2019年07月09日

普通に、普通の言葉で

もうおれは「voted」。

選挙区・全国区ともにおれの投票先は「大苦戦」だ。これから何かドラスティックな好転があるとも思えないんだけど、消費税上げても負けない与党がいる。不感症・レイプされているのに抵抗も反応さえしないそんな人々たちもいる。majorityとも言えないが選挙行かない人を除ければ選挙制度の妙と言うかね。もう内心滅びたがっているとしかおもえないんだけど、さほど当たってなくもない。現実もそれを追いかける。

もうかれこれ30年ぐらい「調子悪くって当たり前」だ。最初は個人的なことだった。体調とか精神的にだとか。それでも「モってた」のは、甘えられていたのは社会がまだそれほど崩れてはいなかったから。戦後数十年掛けて構築してきた「タメ」があったからね。で、ある時から、もう他はダメなんだけど、カネだけはある、そういう時間帯が30年ぐらいはあったのかなあ。だがそんな時間帯ももう終わってしまった。その、幾らかは「満遍なく」存在したカネは「偏在」するようになり、それは新自由主義の蔓延とともに「もう戻っちゃこない」。

ある時から、社会に順応することが、自分の中で何かしらかっこ悪い、と思えてくるようになった。なんかいろいろ「うまくやる」ことに嫌悪感を覚えた。管理も真綿で首を絞めるかのごとく、徐々に進行していたし、なんかもっと若い頃に漠然と感じていた、生きるに値しない社会が可視化されつつあった。

基本的におれはストレートを投げる前にカーヴやシュート、今で言うならスプリットやチェンジアップ、もっとわかりにくいカットボールなどを投げるやつなのでごく近しい人間にしか理解されないが、もうそんなこともどうでも良くなってきてた。

15年前〜5年前、ほんとにやる気がなくて、投げやりだった。だが、投げやりの「しっぺ返し」は必ずあるもので、price to payというかさ、payし続ける日々だったな。この5年って。

で、おれもまた、基本的に「このあかんのは自分のせい」と思いがちだった。その裏返しとしてうまくいくのは自分のおかげ、なんていう驕りもあるということ、ね。でも、やはり刷り込まれていたということがある。だが、ある時に環境の変化とおのれの変化が「リンク」した。

わかってたつもりがわかってなかったんだね。

環境はじわじわとそれこそ管理の手のように間隔を狭めてくる。で、そこを対処療法的に解決はできるが、そのシステムが構造的である場合、いつでもどこでも誰にでも、気づかない限り何度でも起こることだったりする。

太郎ちゃんは、何かそのシステムに根本的に違和感を持つ専門知識を持つ人々を伴って弱い立場の人々にそれこそ寄り添おうとしている。そこが黄金だということね。

声をあげれなかった人々の声を代弁するというが、どこか「他人事」よね。既成の政党。

てる子ちゃんとか野原さんとかpunkだしね。

2%の得票率か1人でも全国区で通れば政党条件を満たす。まずはそこだね。すぐに解散総選挙あるよ。

普通に政治のことを語ろう。生活と直結しているものだからさ。
posted by 浪速のCAETANO at 08:32| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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