2007年07月05日

マの悪いばか

 何かがきっと起こる・という予感があって、それは良くないことで、だからいかにそのダメージを少なくするか・ということをアタマの隅っこにオいてBXを返しに行ったのだ。

 実は前日も行ったのだ。AUTONEEDSが火曜お休みで、トホホ・・・と帰ってきたのだった。今週から来週は激忙でTUTOR行ってとんぼ返りで塾・という日々で、東京へ行ってきたダメージは肉体的・精神的どっちも未だ取れず、そして彼の訃報をその朝に聞き、なぁんにもヤル気がなくなっていたところ、ハイドロに身を任せ、8vを迎えに行くわけだけど、キモチがなんだかざわつくのだ。

 自分に予知能力とかはきっとない・と思うのだけど、何かがオノレの身に降り掛かる・という予感は大抵当たる。そんなときはやっぱり自分のキャパがいっぱいになっている。だから何かを見逃す。やっぱ余裕もって生きたいですなあ。

 友人の訃報も、それを悲しむにはやや「青天の霹靂」で、あっけにとられ、実感がなく、もちろんココロの整理なんてつくわけもない。そんなパンツ前後ろに穿いてもうひとつアタマに被ったような心境で4日で3度目の京都へ行く。

 基本的に京都のクルマ屋さんはまちの中心にはなくはずれにある。アウトニーズもそうで奥ぅのほうである。南インターの第二出口を出て南下して赤池の交差点を左折してそこからはほぼまっすくで途中から路が細くなり、だいじょうぶかな・と思っていると着いてしまう。BXはフロンガス3日分ほど入れてもらっていて、激しい水蒸気?フロン?なんかわからん気体とともに冷気が一応出ている。車幅が結構あって肘オンザウインドウができない。iPodを繋いでいたのだが、こいつやるな・とたまに思うのだけど、宙に浮いたキモチを何か・ある方向に向けるような選曲をしやがる。赤池曲がった頃にはアタマのパンツはもちろん取って前後ろも直っていた。悲しんだり懐かしがったり、何かをしっかりと振り返る・そんな方向性を与えてくれようとしていたわけである。こんなときクルマとその車内はいい。外との隔絶ってありがたい。路は細くなり、前だけ見てゆっくり走る。おフランスマダムといっしょにイタリアじゃじゃ馬娘を迎えに行くというこの幸せ(あんまり共感はもたれないだろうが)を感じながら、亡くなった友人とのいろんな季節・場所の想い出をアタマの中でリプレイしていたのだ。やつに送った1000字メール・その後読んでくれただろうか。死の瞬間の走馬灯の中でおれと過ごした時間がいくつか現れただろうか。何よりも自分が過ごしてきた時間が「良かった」と思えただろうか。みんなに看取られながら逝ったのだろうか。おれが帰る時涙を流してくれていた彼におれは「もう一度会うんだから」と、「もう会えないだろう」とココロの底では思いながら、振り返らずに病室を出た。

 路がさらに細くなり、ひとつ高架をくぐり線路を越えないと行けなかった。その時、ピッピッピーとホイッスルが鳴り、それがBXに向けてのものだとはしばらくわからなかった。前方左におまわりが2名いて、BXを誘導している。何のことかわからない。シートベルトも飲酒もなんの問題もない。「なにか?」

 「すいません。ここ、学校もあって、児童も多いんですわ。さっきそこの交差点で一時停止しはらへんかったでしょ」「はぁ?」「ここらへん初めてですか?」「大阪やもん」「クルマ京都ナンバーですね」「借りもん」「免許証拝見できますか」・・・・・・・「点数が2点で・罰金7000円ですので」

 おれは途中からなぁんにもしゃべらなくなり、サングラス越しにお前らを睨んでたんは薄々気づいてたやろ。やってええこと悪いこと・やっていいとき悪い時・があんねん。久々にリアルな殺意をおぼえたけどね。お前ら2名のことをゴミと言うし、生きていても全く意味もなく、お前らが喰っている食べ物もムダであるしそれでアフリカ人が100人ほど生きれるはずだし、お前らの給料がおれたちの税金で払われているなんて事実に気づいて、お前ら自分がどんだけメーワクで世の中のヒモみたいな存在かを理解して、ものすごくオノレの存在を恥じ、お前のオヤジオフクロの性行為を恥じ、そして、その腰の拳銃こめかみに当てて「産まれてきてすいません」と言いながら速やかに引き金をひきなさい。
posted by 浪速のCAETANO at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | シトロエン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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