2019年08月10日

陽炎

『鎮魂のperiod』が続いているが、公の場で心のこもった言葉を発することができるかどうか、とは公人のマストな資質であると思う。昨日の田上長崎市長の「平和宣言」は(毎年のことだが)沁みた。

『日本政府に訴えます。日本は今、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の責任として、一刻も早く、核兵器禁止条約に署名・批准してください。核の傘ではなく、非・核の傘に』

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バカは、毎年ほぼ同じ原稿。早口。長崎も暑い。市長の言葉の際には目をつぶって、それから片目を開けて、周りをキョロキョロ。嫌なら来んなよ・そんな声も聞こえてくる。

小池くんも映っていた。太郎ちゃんも来てたみたいである。もちろん、メディアは映さないが。


広島・長崎と来て、御巣鷹山へ、そしてお盆・敗戦記念日へと続くこの時期は酷暑も伴って、現実とはまた違う世界に生きているような、まあわかりやすく『死者の世界』とのワームホールがポッカリと口を開けているような気になるのはおれだけでは無いと思う。

おれの唱えてる『アホでいましょう』というこの時期への提言は何というか・小賢しい論理性が邪魔であるという直観に由来するものである。

鎮魂に論理はいらない。理屈は要らないと言うべきか。

いつまで「鎮魂の主体』でいられるかはわからないが、いつその対象になってもよく、する・されるの区別さえもこの暑さによって溶かされてしまうことが理想的とまで思えてくる。

おれたちはおそらく今?この時期、「死に限りなく近づく」のだろう。脳内でもなんか「変な液体」が出ているに違いない。だから自分が少しづつ「狂って」行くのを自覚する。最低限の社会生活のための一部を除いてどんどんタガが外れて行く、そんな日常は、そう悪くない。願わくば、近い将来、この時期に大災害が起こらないことを祈る。「まとも」に戻れない気がするからだ。

まとも・って何?だが。

ただこの時期は自分が「陽炎」にでもなった気になるわけである。


posted by 浪速のCAETANO at 09:28| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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