2019年10月17日

Marisaへ

さほど、もうじかに見たいアーティストって、多くはない。

それだけ時間を費やして何十年にも渡る「予習」っていうの?いかにおれが広いjenreの音楽に精通しているからといって、いや、まあ「掘って」いったらそりゃ、というか全世界音楽といった観点からの人はまだ、まあまあいるが、ある意味Rockからの視点も含む・というかね、それはつまりそこそこ大きなハコで見るという意味だが、今言ったことを全部内包している・今日は『Marisa Monte』である。

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おれが見にいく人って、大阪城ホールとかはあり得ないんだが、今日はZeppのbaysideだ。昨日、Zepp シンガポールが予算委員会で突っ込まれとったが。

そう言えば、あのバカdrummerのBrian Ferryも難波のZeppだったな。その前に見たのはWilco/Norman はQuatroだった。もうそんなぐらいの規模の人たち多くなってきた。

まあわかりやすさとPopularityは比例するといってもいいでしょうか。朝ドラのテーマ曲とかではっきりするけどね。「言葉」ね。言葉のことはちょっとおいといて〜、音に反応する人間というのも、やはりそう多くはなく、人は前頭葉で、それもその一部で音楽を聴きすぎだ。言葉を頼りに音楽を聴くことの「不自由度」について言っている。いい音楽って、脳内を「忙しく」させる。刺激があっち行ったりこっち行ったりと、分泌物なのだがそのレセプター込みで忙しい。

ポルトガル語に反応するとなると、エーゴとも異なり、一般的にはブラジル音楽が頭に入ってないと難しい。Marisaは十分フォトジェニックであるが、ただそれだけの動機では楽しめないと思う。値段も11000円で、Caetanoよりも高い。資本主義ってやーね。まあしかしはるばる地球の反対側へとやってきてくれたのだ。

昨日、たまたま大田ピカリちゃんが店に来て、ほんとたまたまなのだが、ジョアンの映画帰りだったみたいだが、そのぅなんというかブラジル熱というか、本日のMarisaへの布石というか、ドンピシャなタイミングで笑ってしまう。

リハ中だろうか、今頃。David Byrneが『上手いのにハートがある』とナイーヴ時代に単純に驚いていたブラジルの音楽。じゃあ、逆にアメリカのやつは上手いけど経済音楽であることの裏返しだが。

資本主義が終わりそうで終わらないがきっと終わるというこの21世紀に、そんな理想へのヒントという意味でもブラジルの音楽の(音楽産業の・ではないよ)成り立ちって目を離せないとこがあり、その一番美味しいFlutesの一つが本日のMarisa Monte。

いろんな意味で興味深い。前回見逃してるから余計に。
posted by 浪速のCAETANO at 14:47| 大阪 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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