2019年11月23日

新しいこと

未来の誰かが2015〜2025あたりのことを研究しようとして資料を探そうとした時、それはおれたちが7世紀後半のことを調べるようなものだと思う。

書類が破棄されている。歯抜けみたいに欠けている。


だが、公的な資料は残っていなかったとしても、市井のblogやなんかに断片が残ってて、未来の研究者はそんなとこを当たることになるだろう。「いい仮説」の下であるならそれなりに楽しそうだ。その未来は22世紀ほどの未来だ。


今はまだ21世紀。あともう少しで2020だが、2030には一体こちらの国はどうなっているのか?などふと考える。老人は増えるだろうが、人口はさほど減ってはいない。

地獄だろうか?

論理的に考えればそうなる。

ただ、「三叉路」がその前にある。右に行けば緊急事態条項〜中国型独裁へと至る路。

と、ここまで書いて、左側、つまりそのカウンターになる社会の足元が固まっていないことに気づく。もう一方の路を選んで、さらにその後「三叉路」が数度現れる。

21世紀とは、過渡期である。散々言われてきたことだし、いろんなものの「終わり」が想定される。終わりというか、終わるんだけども、何かが始まるんだけども、「その何かって何?」そんな感じ。

終わるのの第一・は資本主義。こやつはしかし、「ゾンビ体質」であるから、終わったふりして「ジャジャジャジャーン」、息の根をとめる作業は数十回に及ぶだろう。しかし、終わる。延命しても今世紀いっぱいかな。なぜならもうモタないから。今の真の富裕層・1%の人々の望む「社会」は「神」としてのごく少数の自分たちと「その他大勢の奴隷」といったシンプルなものだが、今はその体勢のための過渡期でもあり、試行錯誤の最中である。

古代にタイムスリップしたかのような「身も蓋もない」ものだが、そんなのが理想みたいよ。その中間にはおのれらへ「尽くす」エリート集団が存在するけどね。奴隷の「恵まれた方」といった位置付け。現代のit関連の企業が「トーナメント戦」をやらされその決勝戦が終わったあかつきには、それに近いような状況になっているのだろう。そっちはそっちでそのように、そのようなものを目指して動いている。もう決してひっくり返されることのない「支配」を目指している。完全なる「ディストピア」なのだが、それをユートピアに勘違いさせるくらいの「ギミック」は少なからず持っている。早い話、その社会の「プロトタイプ」はすでにここにある。おれたちの(こちらの国にある)この社会である。広大な国なら隠れ場所はなんぼでもあるが、狭く集約度の高いこちらの国のような「効率的」な社会はその実験にピッタリだし、何と言ってもほとんどの人は「情報弱者でお人好し」である。

資本主義を乗り越えようとする試みはすでに現れつつある。今こそマルクスを「検証」することと社会の「財」を「社会で共有」することだ。

「資本主義のオルタナティヴはない」という悲壮な言説が普遍化したのが90年代。そこから約20年、リーマンショックまでの間、資本主義は『新自由主義』に先鋭化し、おそらく「全能」だったかに見えていた。リーマンショックで「初めて」資本主義の正統性が疑われた。そこから10年(つまり今まで)は、資本は「仲間」の懐に手を突っ込んで、富を奪い、その結果全世界に格差が広がることになった。


ゾンビのような資本主義を終わらせるにはポスト資本主義の「考え方」がいるもんね。ただ、資本主義が進んで行くなら、生産コストが理論上どんどん下がってくるわけだからモノの値段もまた下がらなければいけない。皮肉なことに資本主義が進むことで資本主義が終わりに近づくということもありえる。ちょっと簡単に言い過ぎだが。

情報技術の発達はやっぱりすごく大きいことで、それは資本を持ってる人にもそうだが、おれたちのようなビンボー人たちにも恩恵は大きい。理想が入ってるけど、情報の分野においては資本主導ではない「無償の社会的協働」とでも言えるようなやり方が資本主導の生産性を凌駕する形で現れる可能性もある。情報はモノじゃないからね。「wiki」などにそんな可能性が見える。バカにできない。

もうおれも自分の音楽では「フェチ」からは離脱しようと思うもん。「CD」を作るコストは「安くなったとはいえ」やっぱり「ビンボー人」には高い。そのお金で1〜2ヶ月生きれたりするからね。masteringまでで終わり・となると、コストは1/2で収まる。

ネックは古いモデルにしがみついている人々がまだまだ大勢いるということね。今までのシステムがベストと思っている「エリートなのにバカ・バカなのにエリート」というような人々が、「実は」資本主義を機能不全に陥らせてる。こちらの国に顕著ですが。「経団連」に代表される人々、それはpm一味にも公然と繋がってるけどね。


太郎ちゃん、今北陸キャラヴァンだが、おれの進言が効いたか(んなわけないが)「誰かが借金することでお金が生じる」ことの根拠・説明のフリップが増えていた。太郎ちゃんの「新しさ」はそういうとこにもある。資本主義を終わらせ、ポストキャピタリズムの時代を彼がpmだったらまだ被害は最小で済むね。


LDPなど「論外」だが野党も含めて「すんごい・遅れてる」のがこちらの国だったね。「土人の国」だからしょうがないけどね。
















posted by 浪速のCAETANO at 18:47| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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