2019年11月28日

バタバタしつつ

太郎ちゃんの全国ツアーで、時々、「すごい瞬間」がある。

昨日もあった。@浜松。

酔っ払いのバカ・へのチャレンジ。本人は本人で、一生懸命生きてるんだが思うようにならない。「もうどうでもいい」or「自虐的冷笑」そのどちらか。「負のエネルギー」に支配された人間の相手は一般的にはひどく消耗する。それを克服するには「絶対的なエネルギー量の差」を「感情を排して」見せつけるしかない。太郎ちゃんはいまそれをやってるし、やれてる。

息切れ間近の国民国家の「最後の救い」。


市民との対話・これは政治家を鍛える。「Road」が彼・彼女を鍛える。バンドがライヴで鍛えられるのと相似だね。


タウンミーティングは文在寅もやっている。立派だと思う。pmできるかなあ?どっかなー?

その段階でもう月とスッポンではないのか。

『月とスッポン』


人のスケールもよくわかる。人は「晒されて」なんぼ。何をする人かによるが。

晒される・ということは「貶められる」とも紙一重で、そんな瞬間に人は好む好まざるに関わらず「能力総動員」を強いられる。能力総動員・となるともう普段、余裕こいて考えてたことに想いを馳せる余裕もない。髪のセットがイマイチやったな・とか鼻毛切ってたかな・とかゴマが歯に挟まっとったのブクブクすんの忘れた・とかパンツちょっとヨレてポジショニング悪い、う〜んもうっ・とかまあ卑近な例ばかり上げて恐縮ではあるが、平常時には些細な「気になること」にかまってるヒマもない。忘れる。

そんな「ちょっとした〜ホンマに大変な」修羅場は、だが人を鍛える場でもあって、脳内物質もピュンピュン出て、ある時からそれは自分にとって「快感の現場」となる可能性もある。後天的な「アウラ」や「カリズマ」はそういう時にポッと出現したりする。


昨日まで、中坊の期末テストで、「塾やって女子大行って帰って塾」が二日間あり、1日目の夜は店で午前様だったから「死ぬか」と思った・昨日。今日は10時まで寝た。珍しいことだった。おそらく頚椎からきてると思うのだが、以前は左手だったのが今回は右手がずーっと痺れている。ちょっとひどいので、しかし、どこへ行くべきか迷っている。だいたい、おれの2番目の頚椎は「ローリング」していて、それをレントゲンで初めて見たとき、「エズきそうに」なった。しかしどうしようもないのよねえ・こればっかりは。


年齢とともにいろんな不調が現れてくるが、これも「しょうがない」。この変容(劣化とも言えるか)もまた「楽しむ」べきことなのだろう。体力のピークって自覚のないままに「通り過ぎて行ってる」。

もう・そのピークにはないことは明らかなのだが、そこへのノスタルジアとアクセプトの狭間でカンペ〜するのがいいのね。歳をとる「愉しみ」なのかもしらんな・など思う。


おいおい、バタバタしてる間に11月終わっちゃうよ。師走ですね。あっという間に時間が過ぎて行く。今のままじゃ「長く生きる」=「苦しむ時間が長い」が必然である。あっという間に死にたいね・バタバタしつつね。



























posted by 浪速のCAETANO at 12:35| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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