2020年01月15日

coisas novas

公文書管理法違反をsecretaryは認め、だが、それは「前年の慣習」を引き継いだため、と言うアクロバティック。前年・とは民主党政権ね。

前年を正確に言うなら、2011・2012のことなのだが、『ん?・2011の大震災でその2年は桜を見る会・やってなかったんじゃね?』


出た〜・なんでも民主党のせい・攻撃。


ここで、それ出す?


なんか哀れだな。もっと哀れなのは「宿題を・ではなく、『宿題あったことを』忘れる・そんな発達障害扱いされてる内閣府の官僚」である。

桜を見る会・追及委員会、全部followしているのだが(ヒマか?)、彼ら『少なくとも』pmよりはお勉強ももちろんできたし、人格的にも劣っちゃいない(あったりまえだが)。


そんな彼らが、バカを必死に守っている。酒田などは「恥の概念」に覆われているな・と思えば、突如シラを切りつつ・地味に反撃したりしてくる。どんなメンタリティなのかが、こんだけ見てたら見えてくる。最初、弱っちそうなやつだなと思ったが、なかなかどうして・小役人のいやらしさをたっぷり持ってる狐だった。

しばきたい。ほんと言うと、アキレス腱固めで歩けなくしておいて、腕ひしぎ逆十字で軟骨イワすかスリーパー・ホールドで落としてその後覚醒させ、その際衆目の前で洟噴き出させて、究極の恥をかかせたい。失禁も伴えば、もっといい。



やっぱりアレなのだろうか?この政権は、ldpの政権は「決して」覆ることはないという確信があるんだろうか?それともそれは「信仰」のようなものなのだろうか?

みんなで寄ってたかって「fictionの国」にして何が嬉しいのだろう。おそらく、カミとの契約社会においては、それはないだろう。こちらの国は大抵の人はそうではないが、ほとんどの他国は「一神教」の国だったりするときに、どう思われるんだろうとかいう・そんなメタ視線を持てないんだとしたら、これ・かなり恥ずかしいことなんだけどな。


そして新手の隠匿というかもう改竄だね・出現したよ。それは黒塗りではなく「白塗り」。そこに何かが書いてあったことさえわかんなくする、というやつね。改竄・でいいと思う。「加工」なんて言ってるけど、そういう「言い換え」に知恵使わんでええからな。



さて、音楽に逃げる。

最近、TVはもとより、雑誌とか全然読まないし、情報が枯渇してるんだが、『tiny desk concert』というのがあって、ミュージシャンが雑誌の編集室のようなところでunpluggedで3〜4曲演奏をする。有名どころも、なんか気軽にたまに出る。Wilco、St.Vincent、Los Lobosなんてのも見た。

で最近良かったのが、Natalia Lafourcadeちゃん、de Mexico。それとMon Laferte de Chili。タイプは全然ちゃうが、惹かれた。

女の声にはおれは敏感だが、モンラフェルテちゃんはちょっと「うるさい」ときもあるが、ナタリアはちょっとアホの子っぽくて好感を持った。

関係ないが、おれはSuperflyのヴォーカルのあの声の無理にない伸びやかさが好きだ。今の朝ドラの戸田恵梨香の歯茎にはまるで興味はないが、あの歌は悪くないと思う。

またまた関係ないが、ゴーンちゃんが逃げたレバノンには「Fairuz」がいる。こちらの国の一般には受け入れがたい歌手・かもしれないが、おれはもう大好きである。譜面にできないような歌唱。譜面にできないギター(amos),たまらない。

NataliaもMonも国の伝統みたいなものが消せずに、そこがいい。チリは若干ダサくて(そこがいいのだが)、メキシコはかなり西欧的だ。ブラジルの超洗練とはまた異なる路を進んでるな・という発見があって、ちょっとハマってみようかなと思っている。ラテンアメリカには「とびきりの旧い曲」がたくさん存在する。宝石のような曲たちだ。そんなものを「共通体験」として新たに曲を書こうと思うことは、大変だが素敵な体験であろうと思う。まあしかし、全ての文化遺産は「全人類」のもの。おれにも体験の権利はあるからさ。

地面近くのものってどうしようもなく魅力的だったりする。そんなものと現代の感覚、そのmixtureが面白いんだよね。

next phaseの入り口近くまできてる気がせんでもない。悪くない。














posted by 浪速のCAETANO at 11:20| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。