2020年01月24日

財務省・FU@K

京大の藤井くんとldpの妖怪の一人の論争見てて「あ〜あ」だった。

今・反緊縮を言わない政治家や経済評論家は「殺人者」である。未必の故意ってある。それである。

もうみんなMMTを勉強して「通貨の信用創造」をわかろうよ。

百歩譲ったとしても、「今」の状況では「どうもならん」とするなら、alternativeに賭けてみる・でいいじゃないか。

あかんの?あえてアホのふりして言うてるけど。

もうね、なんかね、22世紀などと言うものは来ないのではないか?そんな感想。

21世紀で世界は終わるのではないか?そんな気がする。もっと言うなら、いまを振り返るなどと言うことは「もうない」のではないか?

イメージが湧かない。

テクノロジーの発達は「自己増殖化」しているからもうそのスピードはもう制御できない。おれたちの身体性が担保するその自己増殖化するテクノロジーとのインターフェイスはその「摩擦」に耐えれるのか?

難しくね?おれたちは「肉と骨の塊」ですが。どんどんそのインターフェイスが毀損されていってるんじゃないのかなあ。おれたちの身体性はウン10万年・ほとんど変化してないのでは。意識ばっかりが「先走り」しているんじゃないのかな?

そう思う。あなたはどう思う?


身近な問題の「国の借金」。通貨の信用創造と国の借金ノットイコールみんなの借金、を身にしみてわからないことにはおれたちの精神がイんでしまう。

現実にそうなのね。あの、施設で十九人を殺した植松、奴はこう言っている;

赤ん坊も含めて全ての日本人に一人800万円(当時)の借金があります。戦争で人間が殺しあう前に、まず第一に心失者を抹殺すべきです。とはいえ一千兆円の借金も返済できる額ではなく・・・・・・・・・・』

まあ、MadMANなのだけど、奴の心象の中にもう「国は終わりだ」「借金返せない」「破綻だ」といった絶望があったことが良くわかる。そこをベースに上記の考えを奴なりの論理(未熟だけどありがち)で行動に出たわけだ。当時MMTは一般化していない。財務省の詭弁に多くの(今よりもずっと)人々が頷いていた時期だ。

Primary Balanceの黒字化・などを実現しようものなら数百万単位で人が死んでいく。予算が半減するからだ。あり得ない。消費税アップも・あり得ない。




財務省は万死に値する。財務官僚もまた・だ。「片山さつき・ロクでもない」はもっと周知されていい。おのれが好きとか嫌いとか関係なく、拠って立つその国の財政が破綻することを前提に人は「精神的に健康に」生きれるはずがない。どうせ・あかんねんから、と言う気持ちは人をして大胆な否定的行動へと駆り立てる。植松が最もわかりやすい。しかし、財務省が・pmが殺したと言われても、おれは「そうかも」と言ってしまいそうである。人を絶望させ、その間違いを言わず、封印し、どこまでも騙そうとしたからだ。




posted by 浪速のCAETANO at 20:58| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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