2020年04月03日

#4 パラボラスピンズ❣️

The LABEL Rafflesia 配信#4。
「Let's Spin!」by Parabola Spinsです。

Parabola Spinsと名乗ってはいるが、実質「SONNA BANANAあるいはA Decade-IN FAKE」です。

当時、気分転換にクルマ乗り換える、みたいな気でバンド改名する、が自分内流行やったみたいです。Citroen→Lanciaみたいなノリで。十分ケーハクだったよね。だははは30 years ago. ま、ええやん。

このアルバムのリリースは93年1月。だけどこの10曲はアレンジもコミで80sのうちに完了しておりました。録音が遅れたのはおれがカネなかったから。大所帯だからね。12〜13人の集団。当然段取りに手間が掛かる。ホーン隊もいるから譜面も書かなきゃならない。

スタジオは豊津のご近所「studio ant's」.

エンジニアは今をトキめく「ZAK」。

Dr.北林純、

Per. 芳垣安洋、山北健二、山下純

B.友野修平

E.G.カオリーニョ藤原、マルタニカズ 

 A.G. カオリーニョ藤原

P.Key. マルタニカズ 

Vl. HONZI

Tp. 永田、西田、ミルクマン斎藤

Sax. 川越智夫

Vo. シーラD. マルタニカズ 

Cho. &飛び道具、みなさんで。

そんな感じ。大所帯だから難航したな。

まあでも、最後は、お金足りなくなって、Fiat pandaをaomi店長に売った。

まあすぐにシトロエンBXGTi買うとったが。、、、バカ。


このアルバムはかなり重要だと思います。この手の音楽集団が、もっとショボいレヴェルでは「mixture」なんちって、その後現れては消えていったけども、80s後半の段階で「ラテンアメリカ〜カリブ」のビートを大胆に取り入れ、それを「rock…pop」の範疇の中に力業で押し込んだ、という意味で。

いつの時代にも「アホのコピーバンド」はいるのね。まあアホは死ぬまでアホですから「触らない、放っとく」。問題外。先達の、欧米のロックの日本化みたいな試行錯誤の「ラテン〜カリブ版発展的展開」なのかも知らんね、とも思えるわけ。当時は渦中にいたから自覚なかったけど、今倍ぐらいの歳になってそんなことを思ったりする。

当時「世界の音楽を噛んで噛んで、下痢してまた噛んで、、」なんてよく言ってたんだけど、そうやって身体に負荷掛けて、まあ「血肉化」されたものしか作品としては意味がない、とは言わんが、時々中途半端で面白いもんもあるんだけどさ、高い完成度の「連続した」新しい音楽とはある一定のVolumeを伴って出現するのである。

このアルバムとおそらく次(かな?)に配信される「marutanikaz historia numero um(1)」を聴いていただければ、いま言ってる意味は伝わると思うよ。いや、まぢで。

Rumba Flamenca〜Punk〜Jazz「揺れる街」

Merrengeの「疲労天国」「遠い結論」

Cha cha cha〜R&Bの「プールサイドは日本晴れ」

おそらくこちらの国で最初のCumbiaの録音された曲「恋のバンジージャンプ」

アロウも真っ青「Punky Zouk=Soca」の「ハッカー1/2」

PachangaがPunk化してしまう「ジョブレス 
ホームレス ミー&ユー&ブラック」

マルタニカズ 20代の最高傑作.Bolero「コンドル2」

きっとこれを超えるjapanese Sambaはなかろう、と今も思えるカオリーニョとの共作「手品師の帽子」

エンディングはBossa Nova「タワーの下で」

これに「土曜を逃げろ」や「ルパン〜ワタシ誰アル?」時にはクレッツマーを散りばめたレパートリーでいろいろ「大きな」舞台でたね。

横浜国大の学祭は対バンが「近田春夫とビブラスドーン」「頭脳警察」「シーナ&ロケッツ」

パンタに「西部警察のパンタさんですよね」と言って誰がシバかれる〜、とか、シーナ&ロケッツはリハは別人がやってた、とか、ビブラのTommyが初期ア ディケイド イン フェイクの解散危機の際のバナナホールでのライヴを見に来てて、そんときの「ラジカセ」持って演った「10$少女」がむっちゃ印象的やった、なんて盛り上がったり。

S Ken兄貴のカメレオンナイト(あれは90〜91やったんかな)@クワトロでの「カウントダウン」がおれたちで今は亡きPilipiliが「大阪が世界に誇る、ソンナバナナ〜!」なんて紹介してくれて見事に「ハッピィ ニューーーーギニア」でみんなコカす、とかギャグの自家中毒がおれたちの「持ち味(なんやそれ)」

芝浦インクスティックのライヴではこれもまた「今は亡きレッドシューズの社長(セックコーポレーション)」に気に入られ、「レッドシューズ貸切」そんな信じられない目にも遭った。当時の外タレ(デヴィッド ボウイはじめ、すごいメンツやで)来日の際にはかならず寄るレッドシューズだからね。僥倖って言うのね、こういうの。

土佐堀のクラブ「パラノイア」も、対バンがピリピリや伊丹くんの「カーリーショッケール」田島くんの「オリジナル ラブ」で、おれたちがトリ。カーリーのパーカスが乱入してきて、わやくちゃになりそでウッフンなとこを盛り返して、逆に超盛り上がったな。

青山CAYや京都MUSEのライヴの映像はネットで見れます。マルタニカズ かソンナバナナかで検索してみてください。


ホンモノともいっぱい演りました。

富士通カリビアンカーニヴァルは92.93日本代表で92はNY Salsaの大御所「Johney Pacheco」と。93では「Milly,Jocelyn & Los Vecinos」と。ベシーノスのやつらが、おれたちのリハ見て大騒ぎしてました。梅雨明けのジャストなタイミングでよく覚えてる。

Socaのスーパースター「David Rudder」との共演の時はカオルちゃん不在で、急遽アンツを呼んで、おれパートをアンツに、カオルパートをおれが、みたいなことにして、久々にトロピカルギターを弾きまくって楽しかった。


そんな数々の「戦歴(まあまあ栄光の)」を持つ「SONNA BANANA〜Parabola Spins」の「脱国境音楽」が強烈に詰まったアルバム「Let's Spin!」ぜひ聴いてみてくださいね。

超長文で大変失礼ぶっこきまして、ごめんちゃい。











posted by 浪速のCAETANO at 17:46| 大阪 | Comment(0) | The LABEL Rafflesia | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。