2020年05月12日

自由で不自由な

今月いっぱいいたかったのだが、今週末か来週アタマには維新の街へ戻らなくてはいけなさそうだ。
母親の2回目の入院には付き合えそうもない。ちょっと情けなく思う。

小銭に縛られているのは「キミも一緒じゃん」とメタおれが言う。

「小さい人間だな」「そういうの小市民って言うんじゃなかった?」

メタおれ、なんか本日は辛辣なのだった。返す言葉もなく、おのれサンドバッグになっている。

大阪は夏日だね、既に。だが、長崎は今日も20〜21度。「海の力」って大きい。暖まりやすく冷えにくい。外洋に向いている海、というのが値打ちだ。

今は飛んでないだろうが「長崎〜香港」10000円からというLCCの広告のバスが走っていた。そっち向きの話もあるね、というのが実感できるわけである。

今、過去の音源の配信が続いてて、そのターゲットにそっち方面も当然考えてるんだけど、それはこれから。ちょっと戦略を練らないと。co -worker も要るな。

それはちょっと帰るまでにボーっとしつつ考えよう。糸口。

今回ちょっと思ったことだが、テレワークの対象を「all Japan」に求めてもいいな。個人事業主として食っていければいいわけで、もう後は音楽を作っていければそれで良い。充分。

とか言いつつ、いい曲書いたのだが、詞が捗らず「うーん、もうっ」なのだけどね。だが曲を作ってる最中は「気分はいい」。生きてる実感、ここにあり、だ。さっと書ける歌も、逡巡の歌もある。逡巡の場合、その「迷路」が楽しくなっていくこともあり、それちょっとヤバいのだ。今回それかも。まあええか。

まあまコスト掛かってんのよ、と言っておきたい。掛けたコストに「見合わん」のが最近の音楽の運命ではあるが、ミュージシャンは音楽をするしかないし、コムポーザーは曲を書くしかないのだ。何のために?

おのれの確認のため、だと思う。単なるプレイヤーなら「演奏する」ことで確認できる。いいね。だがソングライターはそうはいかん。手間がかかる。アウトプットまで時間が掛かる「難産」もよくある。若い時のように言葉が無限に湧いてこない。現実がおれを不自由にさせてるのがよくわかる。ヤーねえ。だがそこでのジタバタもまた値打ち。かつての「天才時代」が懐かしいが、そうではなくなった今はさらに寡作になっていくが、それでいい気がしてる。


まあそんな自由で不自由な日常を愛しているわけだった。

さあ、もうそろそろ潮時だな。
posted by 浪速のCAETANO at 15:37| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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