2020年06月12日

失われいく「大阪」

「づぼらや」が店を閉める・と。それに雨ガッパが「さみしいですね」・と。ただそんだけ?冷たいな。雨ガッパ。

キミらは、おそらく「大阪を大阪ではなくしたい」んだな。

かつての「大大阪」の大阪はあったりまえだが「大阪府」ではない。東京よりも人口多かったことがあったもんね。米の先物取引からノーパン喫茶まで大阪は「パイオニア」だった。

40年ほど前、上六でバイトしてた時に、そん時は東京も知っていたが、まあ大阪唯一の坂である、千日前通りを上町台地の南の端から東へ・鶴橋方面へ下って行く路に「都会」を見た。梅田より難波より「都会」を感じた。

街に落ち着きのようなもの・大人っぽさを感じたもんだった。ちょうどそんな時に「ハイハイタウン」ができた。40年前のことである。ハイハイタウンはたまに行くなあ。渋い店が多いけど。それがいいのね。


奈良に住んでる人間にとっては上本町こそが「大阪の玄関口」。なんばは「後付け」ね。


新世界のづぼらやは入ったことはなかったがそれ自身がiconでもあったよね。存在感・角っこの。おれはぜにやさん一筋だが。以前、meetsに書いてた頃、取材もした。まだ1店舗だった「だるま」「BABY」「ビフカツの美味い喫茶店」。

曽根崎キッドのお話もおよそ新世界が舞台である。フェスティヴァル・ゲートはもうなくなった。jazzのレーベルも(多分今も)ある。地下の大衆演劇場、大西ユカリちゃんがそこでライヴやったな。清水さんやカオリーニョとmeetsの対談(大阪の音楽について)やったのは「ドレミ」やったな。

定期的に行きたくなるのだが、最近行ってない。随分様変わりしたと思う。づぼらやさんという角っこのiconがなくなって、また東京資本のオオバコなどができたら興ざめだな。

何でもかんでも「白日のもとに晒す」みたいな傾向というか思惑はおれは大嫌い。大阪は維新にもう乗っ取られているのだけど、かつての「大大阪」を彷彿とさせるような老舗の存在の消失に対するバカのあの程度のコメントは「大阪に対する愛」など微塵もなく、おのれらのどす黒い欲望の完徹のための道具ぐらいにしか思ってないことを匂わせるに充分である。

早く気づけよ・大阪「市民」‼︎





posted by 浪速のCAETANO at 17:22| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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