2020年07月27日

ほんま・どーでもええ

一週間ほど大阪を離れていたが、もう「東京並み」になっていた。これで「クソ都構想」とかやられちゃったら、チーンやで。まぢで。

2時間しか寝てなくて朝から学校で「死ぬんじゃないか」と思ったがそう簡単に死ねない。今日もQPコーワgold αとデカビタが妙に効いたかもしれない。まだそれらが効くうちは「下駄はいた体調」ではあるが、何とかやれるかも知らん。体力は、しかし、だいぶ落ちている。気持ちも盛り上がらないからシャーないか。ハートで生きてる身としては。

もう色々あって、参るのだった。周囲も繁華街でおじいさんがすってんころりんしてその挙句、すんごい音しながら後頭部から倒れたのを見た。「うわ・これは・ヤバいんじゃないか?」と思ったが、数秒後には起き上がり、「いや〜すまんすまん」みたいな感じで歩き去った。

何だかもう社会のタガが外れてる・あるいは、底が抜けている。なのに、まだ「生きなきゃあかん」そんな社会的合意を感じる。「いや・もっと好きにさせてよ」「生きるも死ぬも勝手やん」など思うのだが、そんな意見はマイノリティのそれであることもわかってるけどね。

まだ生きなきゃあかんなんて思った瞬間に死んだ利するんやで・など「イヂワル」言いたくもなる。それはおのれに返ってくることも想定済み。

もうほんと「どーでもいいんじゃないか」そんな気にもなるのね。『〜〜しなあかん」とかもうなしでいい。そんなコチラの国の「クソ同調圧力」に更なる圧をかけて一個一個「潰して生きたい」ほど。


もう何というか、本当に「元へは戻らない」のかも知らんすね。もう今年は大学の対面はないな。無理でしょう。社会のこの意図せざる変容に、おれたちは対応していかなきゃいかんのだろうが、しかしこんなん・引きこもりの人間ぐらいしかおらんで。ダーウィンが言うように、「適応できたものが先へ進める」「それに関する処方箋は・ない」。


どっからどう見ても、「殺し」にかかって来てるし、ショックドクトリン乱発だし、もうこのコロナが空けた時には(空けるんだろうか?)おれたちはもう青息吐息になってしまっていて、無反応・無感情の生き物になってるみたいで怖い。


ちょっと「投げやり」になりかけている自分がいるのを知っているが、privateの落胆もあり、まあすぐに忘れるんだろうが、まだ忘れるにはちょっと早く、今日は大変投げやりではある。もう「どーでもええ」。

まあおれのことだから、じわじわと立ち直りもするのだろうが、それでも色々ダメージでかい。


まあまたちゃんと書くが、今週末・そんな状態でも「23周年」のパーティをやりますよ。ちょっと歌いたい。演奏したい・。また明日書きます。







posted by 浪速のCAETANO at 18:50| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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