2020年07月29日

異化した後・同化する

カスのldpと維新の政治的不作為により(ほかにどんな要素がある?)大阪は「150人超」で、いつだって不利益を被るのはおれたちなのだった。

「え・何の不利益を?」

いや、いろいろあるよ。


Neil Young & The Stray Gatorsの「 Are u ready for The Country?」を聴いている。1971年の演奏だ。今の感覚から言うなら「荒井注・ヘタ」ってことになると思うが、別にいいのね。

David Bowieの「晩年の5年間」のドキュメンタリーというのがあって、最近Bowieの曲作りの「凄さ」に改めて舌をまくこと多いのだが、いろんな時代のBowieの(Tin Machine時代はちょっと苦手だが・ていうかちゃんと聴いてない)各年代における音楽の俯瞰度の目の行き届き方・相当なものだと思う。特にfemale bassist『ゲイル・アン・ドロシー』がいるバンドで過去の曲を「懐メロでもヒットパレード」でもないニュアンスでやり出した頃、悪くないのね。


Twin Peaks出た頃から思ってた。「一体いつまで・」かっこええねん?

そう思ってた。

偉大なる大先輩たちのいる時代におれは生きているのだなあ・などしばし詠嘆。Punkの時代に「相対化」され、にも関わらず、おれの心の中に根を生やしている人たちは『本物』・これ間違いない。いや・ホントに。


これらの人々は伯父さんほどの感覚。父親ではない。音楽をジャンル分けするような「可哀想な精神の持ち主」にはわからんだろうが、細分化自体が非常にその精神が貧相なのであって、おれにしてみたら「同世代」と言ってもいいpunk/new waveの音楽家たちはある意味同志的に思えること多し・だが伯父さん世代にはやはり「リスペクト」だね。全員がってわけではないが、「Queen」とか一晩中「disれる」けど。ホント、よっぽどアタマ悪いわ。Queen Fanのみなさまへ。

おれは「Roots Music」への愛が感じられないものには冷淡なのね。あんまりおのれを「分析」って嫌なのだが、自分のことは「びっくりしたい」から相対化したくないのだけど、なんぼおれがアホでもそこは何となく分かってくる。キー・は「Roots Music」。もちろん、それをobjectiveとしてのヴェクトルで音楽をやるRy Cooderのような人はある意味、分かりやすいのだけど、それを「時代のpop」として「再編成」する能力のあるひとってのはまた位相の異なる才能を持つわけだね。

David Bowieにはそこを「最も」感じる。「重層的」でもあって、曲の「秘密」のようなものをおれもまだ「わずかながら」成長してるので、昨日より今日の方が「わずかながら」賢くなっているので、分かってくる。

「変態」というのはとてもおれにとって重要な要素で、その変態をどうpopの中にさりげなく「異化作用」として取り入れつつも「同化する」かってのが曲つくりの醍醐味なわけ。Bowieの曲もそうで、おれたちは最初、「同化された=完成された」曲としてそれを聴く。かっこいいな〜。聴いてるうちに何かしらの「変態」に気づく。そこからなのよ、その曲とその作曲者へのリスペクトが海嶺のように立ち上がってくるのは。「さりげなく取り入れられた異化」に気づく。おのれのアホさにも気づく。もっと時代が下がると「David Byrne」や「St.Vincent」にそんなものを感じる。David ByrneからSt.Vincentまでは何十年ものスパンがあるが。ニルヴァーナなどには『先輩』のおれは「別に」である。

50sに生まれた・というのはかなりの「significant matter」なんですね。物事はどんどん「安く」なっていくのでね。


音楽のこと書くのは楽しいね。



戻るが、戻らんでもいいのだが、やっぱり戻るが、大阪にすむ市民はin Tokyo同様に「バイ菌」扱いが続く・ということである。これ政治の不作為による以外にどんな原因がある?








posted by 浪速のCAETANO at 15:41| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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