2020年10月29日

明らかに流れは変わってきてる・のに

なんなんだろうなあ?

こちらの国ではcovid-19の被害が「factor X」が原因で「危機がまだリアルなものでなくなってる・あるいはみんな忘れたがってる」のかも知らんが、EU・USAではこちらの人々の想像以上に深刻なんだけどね。

現実を見ない・と言うか「見たくない」人々で溢れかえってるわけだった。

その「象徴」が大阪・大阪市だったもんね。最前線だったもんね。

靴の裏から足掻いてる感に散々おれたちはやられてて、で・やっとモノ申せる立場になった途端(これ直接民主制だったね)、「靴・足・掻けない」に慣れさせられてしまってるのか・その機会をうまく捉えられてない人たち多い・そんな印象。

でも、文句言いたいなら「反対」。「賛成」な人は文句ないわけだから。まあ権力持ってる人々はそうやって「分断」を目論むわけだけどね。こんなんもうずーっと昔からの「戦略」なのにね。カビの生えた戦略。

ナイーヴだなあ・と思う。



近視眼的視点からちょっと離れてみよう。世界はどんどん「おれの思う好ましい方向へ」シフトしてます。おれ・って誰やねん?という話は「おいといて〜」

それはこのコロナ禍の下、「金融政策より財政政策である」、この潮流が、一番影響力があり、権威があるところから出てきている。行き詰まった「資本主義」の進む道は「新自由主義」ではなかった・こと、そこが最も権威ある場所で「共有され」始めたことを意味する。

少し、進歩。それが「新自由主義の権化」みたいな場所から出てきていること・が注目に値する。

例えば『IMF』・例えば『FRB』・例えば『ECB』、こちらの国以外の先進国の「中央銀行」と「国際通貨基金」が「もう新自由主義はあかん」と宣言した・ということでいいと思う。もっとぶっちゃけると、各国の「財政規律は今は気にせんでいい」ということ、もっともっとぶっちゃけて言うと「おカネ・配ろう」ということね。

それを「報道しない」という国があって、それが「こちら」なのだけど、どんだけ後進国なのだろう・とかおもう。国民は、basicの大きな意味での経済政策で各人が「戦略」を練るわけよね。そのbasicが「新自由主義」な訳よね。それさあ、「金持ちはおれだけでいい」ということよね。そこにはモノの値打ちを「お金換算」しないことには評価できない・そんな風潮はおれたちの無知とアタマの悪さと無気力が支えてるんだけど。

ここに関して言うなら、「かなり貧しい」ですね。だってさ、「必要以上のカネ」って要る?みなさんが必要以上のカネを「実際getする・ではなく単に視野に入れる」だけで期待値が爆発的に高まり、『企業の時価総額』などという、よく考えたらそれ自体が生来バブルな性格を持つ株価の上昇を担保しているわけだからね。

貧しい・と言ったのは、期待値は将来に軸足をおくでしょ。意識はそっち行くんだけど、その分「今・ここ」の対するケアが忘れられがち・なことである。今ここで「人が死ぬ」ことはリアルに感情を揺さぶられることである。将来において「人が死ぬ」は、ほとんどなんともないんじゃない?あったりまえすぎて。ポイント・ズレてるよ・なのね。全世界的に。

ローマ法王まで、この世界潮流には「参戦」してきてるよ。しかし、それの周知をできるだけ先送りする・がこちらの国の政府の方針みたい。

真実から遠く離れて。国も大阪市も全く同じ戦術なのに笑ける。国民を真実から遠ざけて・だけど。正しくは。

でもいつまで通じるかなあ、その戦術?アホは間違いなく再生産され続けてるが覚醒した人も増える。で、アホには発信力はない。と、するなら?



ずっと見てるからわかるんだけど、山本太郎の街宣の質の向上が止まらない。ここまで書いてきた大きな経済と大阪市という政令指定都市だが地方自治の現場
が見事に「向こう側でこんにちは」する瞬間を目の当たりにするわけだね。褒めすぎという意見もあるけどね、やっぱり天才政治家・というしかないんじゃないかな?秀才には決してなれない存在。秀才ごときはハエの数ほどいるが。秀才の成れの果てが「クソ官僚」とかでしょ。お勉強・意味なかったんじゃね?ゴクローさん。


posted by 浪速のCAETANO at 06:02| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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