2020年11月25日

一難去ってまた・・

アベシンゾーの「起訴(カモね〜)」を「エサ」に国民投票法の改悪(ハードルを下げる)を目論む改憲勢力。しかも明日採決という。外道である。

だが、アベシンゾーはもう沈んで行くんだろうと思う。そう期待する。検察の矜持を見たい。堰を切ったかのように「新事実」が出てきてる。公明党も突き放したような言い回しをしている。

秘書の人・死なないでね。アベシンゾーのために詰め腹・そんなアホなことはやめましょうね。


その分「特高」がもっと下品にガサツに乱暴に李と組んでおれたちの息の根を止めようとしに来る。きてる。もう始まってるからね。「特高」とハシシタ、李には共通項がある。それは「ルサンチマン」。どうしようもない憎しみ against Japanese。だから怖い。「話せばわかる」が通じない怖さ。

特高には「いかに多く喋らせるか」だな。しかも自分の言葉で。いっぱいボロが出るから。こんな「オワコン」が服着て頭スダレになったようなオヤジがなぜpmなのか?ってことはみなさんよく考えて見たほうがいい。外交の現場・例えばG7等で「みっともないで〜」。まあルッキズムですが。いいんちゃう?対権力者・である。おれたちは「権力者を嗤う権利」がある。揶揄する権利・がある。揶揄し続けようよ。そこ・遠慮する必要・全くないです。いいことしたら「いいね・それ」と言ってあげたらいいが、おそらくそんなことは「稀」です。


三島が市ヶ谷で割腹自決して以来50年になるのか・そうか。自分は中一だったな。その事件と結びついている「光景」がある。校庭で友人のちょっと生意気な「鵜崎」が鉄棒で「大車輪」をしていた。なんの脈絡もないのだけどね。鵜崎の大車輪と三島由紀夫。三島由紀夫と鵜崎の大車輪。もう一つ・その余韻の中で聴いていた「Have You Ever Seen The Rain/CCR」。今の社会の中で・あの歳に戻るのはいやだが、時代も共になら「戻って」もいいな。そう思う。


極論するなら「あの時代」しか生きる値打ちはない・そんな気もするわけである。なんと自己中心的な。バカおやじなのか?ただ、何もかも「形になっていなかった」あの時代の「流動性」・何もかもが「トライアル」・当然、おれも周囲もそして社会も間違いを犯し続けていたが、それらは「もやもやした何か」が形になるための必然だったのだ。


「楯の会」の一期生がおれの10歳上の方が多い。「団塊の世代」の「痙攣」の一つだったのかな?そうも思ったりしてる。左翼と右翼。あまりに大雑把かもしらんが。団塊の世代・めんどくさい。目の前というかもうちょっと距離がある前方の「分厚い蚊柱」みたいな印象だった。その時代の「情報」は2年早く大人になる人間とまだ子どもの人間にとっては致命的な「差」があった。その「大元」が団塊の世代だった。可視化できる大きな蚊柱。そこから「蚊の群れ」は拡散しながらおれの目の前まで広がってきてたなあ・といった印象。「印象」だけど。


さて大阪は北区・中央区、明後日から21時終わりである。2週間と言われている。Todo O Mundoもそうなる。12・11か。2週間ほどの「そのようなこと」で大丈夫なのだろうか?という心配はある。冬越せるのか?バイ菌の中でも大阪市は「さらにバイ菌」視・されそうである。失敬な。中津は「ガード」に守られてる印象があるよ。最近・壊されつつあるが。だが十三や福島に人集中するだけなのではないか。大阪市・色々ダメッジ受けすぎである。大阪市民・受難の年だった。その受難はまだ続いている。一難去ってまた一難だ。
posted by 浪速のCAETANO at 12:20| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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