2007年07月29日

選挙の朝にカンケーないけどな

 さて世間は選挙であって、おれたちはリハである。

 明日の未明には大勢が判明すると言う。酔っぱらっとるな。替えたケータイのテレビでチェックしてみようかな・と思っている。使えるかな?

 今回自分たくさんやろうと思っていたが、タイム・テーブルを組んでみたら、そうでもなかった。そんなものだ。それでも普段よりはずっと多い。多いの概念がちょいと違うのだ。5時間ぐらいやって、今日はちーと長かった? ん・そ〜お? やっぱり!!!などカジョーだったりする。

 そんなことがイマドキ通用しないのはわかってる。わかっとるが、そのよーな現実をかなりの頻度で経験してしまったやつはどーすんのさ・ということであった。かような「負の適応」はあんまり気分はよろしくないのね。

 それでも地球は回るわけで、次の日曜の4時間有意義に過ごすべきなのであって、そのための本日リハなのだった。ラフレシアのオリジナル・メンバーによるライヴは久しぶりで、それはそれで良いところがちゃんと伝わればそれでよし・なのだが、その方法論がわかっとらんやつらは如何すべきか。課題もある。問題は理想の低さである。ま・時間かけないとわかんないかな。だな。

 ただライヴは奔放にやるべきで、かつ自分のバンドの・そして自分の出している音に誠実でなければ自分で責任も取れなくなっちゃうから、そこんとこも学んでもらいたい。音楽だって「ただノレたらいい」なんてのは「大ウソ」である。そんなんだからバカでもやれちゃうなんて幻想がはびこるし、実際ミュージシャンはバカが多かったりする。それじゃあいかんのよ。

 逆に崇高な理念であっても音を介在することによって、どこまでも届く可能性だってある・ということなのであって、これはミュージシャンのアドヴァンテージであることも忘れちゃいかん。これは安易に「音で世界中の人々とコミュニケーションが即座にできる」ということではなく、興味の喚起が可能という意味である。真のコミュニケーションにはコストがかかるのだ。

 ただの音楽なんだからぱーっとやればいいじゃん・そんな小難しいこと言うなよ・と思うかもしれないが、ぱーっとやってぎゃーっと消費されてすぅーっと消えていくのはあまりに現代資本主義に対する批評がない気がするから、それもちょっとね・なのだ。

 もちろん自分が楽しまなきゃいけない。それを無理なく拡げその輪の中に聴衆を抱え込み何かを共有するが、明日になったらみんな忙しく、目の前のことにかまけ、日々が過ぎるが、ふとしたタイミングでその夜のことが甦り、あ・あの人はこんなことが言いたかったのだな・なんて「理解」する・とかいうことがいいのではないか。

RAFFLESIAN COMPLEX VOL.7 @FANDANGO 8.5(Sun.)18:00 STARTでした。
posted by 浪速のCAETANO at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | Rafflesian Complex | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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