2007年09月19日

残暑・よりはじめて

 ぺろが120%のヤル気のなさで、玄関あがったとこで寝ている。まだ暑いぜ残暑。

 そういえば去年も夏が終わって長いこと暑かった。やっと涼しくなったのが11月だったよね。そんなことを思い出しつつ、そう言えば両親の自動車事故からそろそろ1年になるな・と詠嘆する。変なところが凝縮した一年だった。

 殺しても死なんようなおふくろ・という言い方は弱冠の照れも入っとるが、しかし、とにかく2度そっち側ぎりぎりまで行ってもまだまだというそういった渋とさ・なんてのが1930'S生まれのそういうことなのかな・と想ったりもする。例えば安倍ちゃんのあの「ひ弱さ」彼は50年代生まれだが、そのひ弱さはそれをおれも自分の中に見ることもある。年代論はおかしいのかもしれないが、それが喰いものの話になればどうだろう。質素ながらいいものを食べてきたヒトというのはその精神においても、それによって心身が作られていったことを考えれば、相関有り・と見たい。

 想えば贅沢を志向した瞬間に、失われる何かがあって、それを克服するにはその贅沢を「流せる」ぐらいの平常心が必要か・と想う。贅沢によってユルむ何かがあり、あっぷあっぷの状態では逆にこちらが流される。そこんとこ対抗するのは「体力と精神力」と一回りしてまたもとに戻るのであるが、まあ何だかシンプルなことだ。

 手放しの贅沢が今可能かと言うと、地球コンシャスな精神が惑星上を覆いつつある今、それは良心の呵責を伴う。「もったいない」と「でもそんなの関係ね〜」が世界の流行語となりつつある今、日本人のダブル・バイントは世界へと伝播しているかのような気がする。さすが「世界の実験場」。

 カネがすべてではない・ということに関してはいろんな方向から考えてもまったく正しいにもかかわらず、それを超える概念のベースにカネが要るというこのジレンマなのであったが、まあこのような青いこと言うてるうちは現実的にはカネに使われ支配されてしまうわけだった。まだまだ修行中の身ってことねん。しかし、ほんとにどうでもいいんだけどね・カネって。

 見事にカネで買えんもんばっかりなのである。だから経営者としては「破綻」しているのであるが、このパラドックス・ぐるりと廻り廻って、クロスしないかね・時代と。何が起こってもおかしくないようなこの国でそれだけは起こらんっちゅーのはなんかおかしくないかい? って何度も想ったんだけとね。なんだかね、そこだけスルーして行きやがるのね。

 まあ果報は寝て待てという諺もあるこたある。

ラフレシアン・コムプレックスVOL.8 ラフレシア・オールスターズ
9/23(日)@サンホール
ファンダンゴ20周年記念ライヴ マルタニカズ/カオリーニョ藤原/キング&ハートビーツ    
10/5(金)@ファンダンゴ

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Rafflesian Complex | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック