2007年09月25日

始めるために終わる

 楽しかったが疲れた。この形態ではこれが最後・と考えれば、少し感傷も入るから感情的にもなる。「だからさあ・お前ら・良いものは「必ず」なくなっていく・っていうそのなくなっていこうとしている良いもの・の現場がそこで・それで、今そこに正にお前らいるんやで」ということを、そんな言葉を使わずに言いたかったのだが、「当事者意識」を持つ・というのは舞い上がってる際にはなかなかムヅかしいのね。

 いろんなヒトたちの「今後」が透視できたようなライヴだった。根拠のない自己というのは、あっという間に崩壊する。おれ個人の時間も残り少ないから、崩壊させてあげよう・という「親切」なキモチになったりする。

 さまざまな要素が絡み合ってヒトの感情は揺れ動くのだが、まあいろいろなことが望みもしないのに押し寄せてきたりするものだ。波に翻弄される葉っぱのように無力だったりするのだが、それでもなお、何かを決断することだってできる。たとえば、それは抵抗を辞めることであるかもしれない。ジタバタしないことかもしれない。視点を変えてみることかもしれない。

 さて・第一フェイズは終わってしまった。今後は第一フェイズの果実というか、結果というか作品を作って世に出す作業である。

 ライヴの中でも言ったように、今のメンツでのライヴとなると今後は困難を極めるということで、そんな場合はジタバタしないことにしており、今後はもうちょっと幅を拡げ、別のメンツ・別のカタチを模索することになるだろう。まあ一期生は卒業ということである。その一期生の作品が、二期生のモチヴェーションとなる・ってのが、理想なのだ。一期生の中でも継続するユニットもあるのだろう。その場合は新旧織り交ぜということに躊躇はない。

 期限を切ってこういうことはやらないと、ただただダラダラとヒトは自分の小さなニッチの中で安住するものだから、それは音作りにとってはマイナスである。まあ・なんにしてもそうなのよ。敢えて辛い場に出て行くことも大切なのだ。

 まあ・しかし、8回もやってきて収穫も少なからずあった。そしてそれはCD(アルバム)としてまたお目にかかることになるだろう。

 まあ・そのう・何かが最高潮の時に終わる・というのは、ちょっとサミシさも残るのだ。しかし、次のことも「やらねばならぬ!!!」なのである。

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:43| Comment(2) | TrackBack(0) | Rafflesian Complex | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ラフレシアコンプレックス、お疲れ様でした。
記事を読んでいて、最高潮のときに終わる、ということの寂しさを感じましたが、また違う形でのカムバックを期待しています。
私があなたたちのライブを初めて見たのは、もう20年以上前のこと。それからずいぶんあいちゃったけど、いつかまたお目にかかれるように、、、
日本からはあまりにも遠いところに住んでいますが、応援してますね。
お元気で!!
Posted by いき at 2007年09月25日 16:31
いやー、世界は狭くなってるのね・と実感します。前にいただいたメールにも返信していなくって、ごめんなさい。まあ考え方はいろいろだけど、アウトプットを無理にでも出すためにはそれが一番だと思ってます。人生はサイクルですからね。また覗きにきてください。きっと通販もしますので、よろしくおねがいします。
Posted by KAZ at 2007年09月25日 17:35
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