2005年09月16日

洪水の前に----Before the Flood

 アメリカ南部の象徴ともいうべきニュー・オーリンズがカトリーナにやられて以来というもの、全世界はアメリカを信用しなくなっているんじゃないか。だって、そうだろう。
 ネヴィル・ブラザーズの曲に何度となく出てくる「BAYOU」という単語。これがニュー・オーリンズの街を端的に表しているわけで元より「0m地帯」というわけなのだ。
 あれは世界をリードし、憧れられ、強大な軍事力を背景に自国の民主主義・新自由主義を世界に輸出し、何カ国かの政権を転覆させた国の映像としては「あり得ない」話だものね。

 ごく簡単に言えば、カトリーナがやってきました。これはずいぶん前からわかっていたこと。正確な情報と避難の方法がアナウンスされていたかもわからない。これはそのトップのブラウンというおっさん(危機管理の仕事なんてしたこともないドシロート)はじめFEMAという連邦緊急事態管理庁の怠慢が原因であってね。そして白人は逃げました。黒人・老人・貧しい人々は取り残され死んでいきました。そしてその後無法地帯(どこかの国・某イラクみたい、皮肉なことにこれがまた)と化しました。略奪・暴行、銃乱射、警官も洲兵もわやくちゃになっての修羅場である。

 ブッシュは「ニュー・オーリンズなしのアメリカは考えられない」と言った。しかしそのおかんブッシュは「そんなもともと彼らはええ生活してへんやん」みたいな失言・暴言を吐いちゃって、ハイ本音出ましたー。その後始末も大変だけども、実際の街の後始末こそもっと大変なわけで、一般にはジャズが生まれた街ばっかりみんな言うとるが、それは事実ではあるが、それだけじゃなくってカリブに開いた土地柄、そしてフランス系住民の多さから、シンコペーション多様の独自の海洋性のセカンド・ラインというビートやアコーディオンと洗濯板で奏でられるザディコ系の音楽やこれまた独特の作曲家オナミじゃなかったナオミ・ネヴィルことアラン・トゥーサンに代表されるゆるくてゴージャスなブルース・フィーリング溢れるが、別の一ジャンルを割り当てないとしょうがないような楽曲、プロフェッサー・ロングヘアーからの伝統を受け継ぐ、Dr. ジョンに代表されるフレーズ自体がコブシになってるピアノ、そしてそのベースにはヴードゥー教なんていうブラジルのカンドンブレに匹敵するアフリカ系の宗教があったりする。
 ね、ジャズだけではないし、毎年開かれる「ジャズ&ヘリテッジ・フェスティヴァル」なんて含蓄あふれるタイトルの音楽祭が象徴するようにアメリカの音楽的遺産(ヘリテッジ)はすべてここにあると言ってしまっても過言じゃあないぐらいすごいのよ、ニュー・オーリンズって街はね。南部をめざせの南部はここやねん。この巨大な音楽的財産を内包する街に意識の上で近づくという内的な精神運動こそがぼくが唱える「南部をめざせ」運動(運動なんていうとなんかおかしいね)のコアなのよ。すべてがある、それがニュー・オーリンズだったのだけど、その文化的価値は経済の論理によって台無しに・見殺しにされたとぼくは見ています。その責任者であるジョージ・W・ブッシュなんておっさんは他国の人もいっぱい殺しちゃったが、自国の文化も見殺しにしちゃったわけで、これは歴史によって必ず厳しく裁かれると思います。そんなおっさんのポチ2 号なんかやめてよ。ダッセェーじゃん。故リチャード・マニュエル、故リック・ダンコもあの世で怒っとるで。きっと。
posted by 浪速のCAETANO at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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