2007年12月08日

表面は単なる薄い膜

 土曜日は気は楽なのだが、まあ忙しい。月曜の10日に大混雑する銀行に行きたくないから今日のうちに行っておく。フラストレーションを極力溜めたくないのだ。

 パンクしたチャリンコを修理し、江坂の銀行を回るのだが、土曜の江坂も最低の街である。そして三井住友これまた最低である。三菱東京UFJとはえらい違いである。土日に出来る事がぐっと減る。平日にそれをやりたくないから今日行ってるのにそれができなきゃ意味ないぢゃん。手数料ばっかし取りやがって・・と街の社長は怒るのである。サーヴィス業のつもりがあるのなら、土日も働かんかい・と言いたいのだ。ヒトのフンドシで相撲取ってるお前らなんかなぁ、身なりの正しいサラ金やんけ・など思うわけである。

 年末になると銀行は混む。もうそれもおっとろしいぐらい混んでしまう。ただそれを一年経つと忘れてしまってるバカ社長が居る。そんなことなんかどーでもいいバカ社長は日々の雑事に追われ、「もう今日は絶対に銀行行かなアカン」とココロに決め、そしてチャリンコを飛ばして年末のある日、江坂へ行った瞬間に思い出すのだ。

 「あららー」と。
 まあいつも、どんなときでも空いている某信金から振り込めばいいんだけどさ。

 カンケーないけど、刑務所経験者で年末になると犯罪犯して留置される方いらっしゃるが、なんだか気持ちわからんでもない。賑やかな時期に行き場もカネもないとそんなことも考えるだろうな・と思う。

 その罪と言う「表面」に表れた事にしか他人は反応しないものだけど、そこまでに至るには誰にも知られない葛藤があったはずだ。もっと短絡的に犯罪も増えとるが、そんなものはどーでもよく、というか、その被害にはまずは自分の知人にはなってもらいたくはないと思うのだけど、短絡的ではなく、もっと思い詰めたあげくのそれら・というものがあるはずだから、そんなところはモノを書いてる人間がトレースしないといけないはずだなあ・と思うのだ。

 心の中には相反する事が渦巻いてはいても、それを「誠実に」表現することが「不誠実に」なる世界におれたちは生きている。ヒトの本当のココロの内なんて他人にはわかるすべもないが、自分にだってよくわかんないのである。時間が経って「あ・そーいうことだったのね」とオノレの欲しいものがやっと周回遅れでわかったりする。もちろん、その頃にはIT'S TOO LATE.であって、そんな後悔ばかりをするわけである。「ヒト」として生きるということはそんなぐらいのことなんだよなあ・とそれも最近ならわかる。

 見た目不誠実であっても、相手をいたわりながら、「誠実」に少しずつ説明する意外にないのである。相手がそのときそれがわかんなくともしょうがない。時間もかかったりするわけ・ね。

seven.jpg「と、言いながらも「表面的」なものに弱いのはなぜだ?」

そこやねん・問題はー。

posted by 浪速のCAETANO at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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