2008年03月14日

Over&Over Again

 もうセーターを着るほどじゃない。まとめてクリーニングかな。

 月曜が公立の入試であるから、もうひとがんばり・という感じ。晩メシ用の煮物を火にかけながら色々考える。直前になって風邪ひくヤツとかいて、やや心配である。うちの塾は高校生主体で、そっち方向に向かってもいるのだが、中学生も何人かいるわけで、そこんとこまあ中学生にはノリも必要で、その兼ね合いは受験期になるとスイッチのON/OFFがまあまあ大変なのである。私立大が終わると大学受験は大体終わるのだが今年は国公立のコがいたから、なかなか長引いた。どんな受験にも対応するのが我が塾のモットーなので、ここはしんどいがやりきらないと、いけない。結果はもちろん大切だが、受験はそれだけでもない。「受験なんて」と思ってしまうのは勝手で自由なことであるが、そういう「受験批判」の考え方と「受かれば何してもいい」という考え方のハザマでカンペーするというか、その両方から批判とその両方への批評の中でやってるのはなかなか「狭い道」である。

 わかりやすいものが求められ、そのわかりやすさの「極致」である「合格」という現実は何よりも訴求するものだが、目に見えないそこまでの過程とか、シミュレーションとか、そこまでの精神的苦悩なんてことが実は更なる財産でもある。ただ、そこんとこ「ウリ」にはならない。言葉にできず、何よりも第三者にはわからない。精神的には苦痛を与えずに、結果を出したい・とこれは常日頃思っていることだが、ヒトは楽な方に流れがちだから、そこんとこ、だらけずに少しずつ物事をわかっていき、そしてなによりもその関係性が信頼に溢れ、楽しい。そんなのがいいのね。でもそんなのが最もムヅカしいのね。

 どんな場合も理想と現実の間には大きな川が流れ、その川に小舟で漕ぎだせば、「けっこう流れ・きついのね」これが、そこで引き返せばなんにもならず、しかし、向こう岸は遠く、この流れでこう漕げばそのベクトルはこっち向くから、とりあえずやっといて、流れが弱いとこ来たら、一気に漕いで、ああしかしまだまだ向こう岸は遥か彼方、しかし、少しは進んだぞ。今はある意味、俯瞰はヤメて、目の前の小ちゃな進化に集中して、そして、ふと気がつけば少しではあるが向こう岸が近づいてることを実感するのだった。みたいなこと・よね。

 なんにしても現実から始めるにしても、「理想」を幻視しておかないと、つまんないわけで。現実だけではさほど心躍らないからね。理想が存在してるから、何度も同じことが出来る。その同じことは、同じことではないのだ。一見同じことの、実は内容のヴァリエイションを工夫しながらクリアしていくことからしか、理想へと近づく道はない・ような気がする、春雨じゃ・濡れてゆこう・の本日である。
posted by 浪速のCAETANO at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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