2005年11月08日

お祭り後

 まあなんとか「路地祭り」も終わりまして、まあ旧友との再会もあり、バラエティに富んだ出し物・客層もまあ良しとして、そして関係者の労をねぎらいも出来たし,という感じ。
 
 でもきっとおれが一番疲れた。やっぱ、気遣うじゃない。そうは見えなくとも。

 さて、今後のことである。どうしようか。

 最近の世界を見てて思うことは、弱者が怒ってるということだ。イスラム原理主義者の振る舞いも底辺で影響していることは間違いないが、気になるのはフランスだ。かつてのワールド・ミュージック(というジャンルもどうかと思うが強いて言えば、非西欧音楽)の隆盛はパリで始まったぐらい、非フランス文化にも許容度高かった国の中の暴動だから気になる。アルベール・ヴィルの冬季五輪の開会式の素晴らしさとか、バリで乗ったアフリカ系タクシー運転手が自国の文化を普通に誇りにできていたこととか、アラブ系フランス人たち(例えばカルト・ド・セジュールやレ・ネグレス・ヴェルト)の音楽に昂揚したこととか、パトリス・ルコントの「髪結いの亭主」に挿入されていた、劇中歌とダンス。どれをとってもかつてのローマ帝国ではないが、他国の文化を自然に取り入れ共存することはフランスが一番と思っていたからその現状の報道は時代の変化を感じさせた。同じく移民を受け入れてきたイギリスとは違って、コミュニティを作らない・作らせないというのがフランスのポリシーだからこそ、まだ自然に本国人との共生ができているのか、などと思っていたからちょっとショックだ。

 あの、サルコジだったっけ内相の「ゴミ」発言。国内が右傾化してくるとあのテの発言が出てくるのはやっぱどこの国でも同じだったね。フランスが(でさえ)寛容ではなくなってきていること、これはなかなか問題なことでね、EUの国の移民たちはアラブ・アフリカ系の人たちがほとんどだから、これがまたイスラム原理主義者の温床になることも考えられ、邪推と邪推が絡み合ってベースの関係がとげとげしくなることが恐いなあ。

 ネットの影響も、中国の反日デモ同様指摘されているが、実感持って思うことは、コミュニケーションには「体温」が必要ではないか、ということ。コミュニケーション・ツールの発達はどんどん「言い訳」だけがやりやすくなっていくだけじゃないかな。

 そんな世界の様子を考えてみた時に、初めて思うこと。それはデッド・エンド・ストリートであるとかトドムンドであるとかナチュラリーであるとか、その、なんというかクールさがウリではないものが存続できればなあ、ということです。
 切れば血が出るし、痛い。そんな感覚を取り戻せないのだろうか、と切に思うダメ社長の日々だった。
posted by 浪速のCAETANO at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 路地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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