2008年05月19日

可変的視線

 さて、本日から久しぶりの「試験ウィーク」だ。およそ2ヶ月半ぶりだが、ややフレッシュな気がする。終わりと始まりの違い、そして気候のせいだろう。

 今日はハンズで「あんまり気持ち良すぎて・チビるよ」という例のボールペンを買ってそのまま神崎川沿いまで行き、1人力で北上する。いつもと違う左岸を走るから新鮮で、どんどん行ってしまう。セーヌ河の左岸と右岸がその成り立ち・雰囲気・文化的意味においてことなるが如く、神崎川の左岸と右岸もまた全然違うのだった。整備の度合いに於いては左岸の勝ち。左岸では小学生が3人学校も行かず、川辺に座り込んで弁当食っていた。シブすぎ。そしてワカモノ男女がブロックの上で濃厚な膝乗りラヴシーンをやってた。行きはオンナが一人で座ってたのだが帰りにはデブの男がいて、その膝上での話だった。そして途中から神崎川と安威川に分かれ、左岸は安威川沿いを走ることになる。しかし、一体どこまで続いているのか。

 北摂在住ながら、摂津・茨木方面弱いのよ。試験が終わったらどこまで続いているか・行ってみよう・と思っている。川沿いの路。鳥飼ぐらいまでは予想付くのだけど、そこから先ってあまりイメージできない。淀川の源流は琵琶湖だけど、神崎川ってね。

 川沿いの路の上には、川に沿ってもうひとつクルマも走れる路があり、そいつも気持ちよかったりする。ただ、いつも・ってわけじゃない。絶望的な気になる場合もあってこちらはケースバイケース。

 明日からはもう昼も夜も拘束されてしまうから、それに台風も来ていることだし,ま・ええか・と思ってる。

 ガソリン高騰でそんなにクルマにもバカほど乗れないし、ちょーどいいや・と思う。

 四川省もミャンマーはもちろんだが、二次災害の時間帯に入っている。地獄はこの地上にこそあったりする。しかも、今は「地獄の入り口」なのかもしれない。M8.0とは凄まじい。動いた断層も400kmというから、想像を絶する。日本で言えば東京〜名古屋間だ。たかがウン十年の経験で地球を論じたりすることはできない。たまたまこれまで幸運だっただけにすぎない。

 規模・ということを考えざるを得ない。ネットワークはグローバルに繋がってしまった。いつもではないが、時には地球的規模で物事を考えないことには、これから先、不具合が出るのではないか。それをするには「想像力」が不可欠だろう。目の前のことを見ないと喰ってけないし、しかし、大きな視点がなくては、足元を救われる。

 多元的文脈の中にみなさん・いるのだ。それは好む・好まない・にかかわらず。
posted by 浪速のCAETANO at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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