2019年08月01日

おめでとう ありがとう

本日22歳です。

さっき買い物行ったら「死ぬかと思った」暑過ぎて。

陽炎を見た。

思えば22年前の今日も暑かった。こういうこと初めてだったこともあって、なかなか昂揚してたなあと記憶する。オープニングの日はなんやかんやで6〜70人入れ替わり立ち替わり。飲んでも飲んでも酔わなかった、そう思い出す。

なんか寄り道ばっかしだな。ときどき、キミの本分とは何なのよ?と自問自答することがあるが、何本かのラインがあってね、

奇しくも昨日モルモッツのmasteringが終わり、今出来上がったものが手元にある。今日、明後日はおのれのライヴ、今日トドムンドは周年、それが終われば大学の特別授業、4日間。めまぐるしい。この猛暑の中、どんどんアタマ狂っていくのだが、それもええかな。

もう色々考えたくなくなってきてる。

そして原爆の日に「出くわす」。出くわすと言う感じがピッタリなのだ。忘れている。そしてこの暑さだ。気がついたらその暑さで言うなら、比べ物にならないほんとの灼熱地獄が出現していたわけで、一瞬で人は蒸発し、熱に焼かれて死んでいったのだ。

アホなこと、言ってられん、やってられん、そんな気にさえなるものだ。

1日1日が重たいね。息苦しいのは暑さだけのせいではない。


8月ってホント突然始まるんだもんなあ。

そんなこんなで今日、店で演奏しています。旧いお友だち、新しいお友だち、の少数精鋭第五ゲリラ部隊の皆さまと、リラックスした時間を過ごせれば、そう思ってます。



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2019年02月18日

Obrigado!

周年パーティーにお越しいただいたみなさま、どうもありがとうございました。
ユルいまま始まって、徐々に熱を帯びて、なんか最後は面白かった。なんとなく始まった「キング→マルタニ→ カオリーニョ→キング→マルタニ→ カオリーニョ、、、、、、、、、、、、、、、、」と続く「円環式」の演奏リレー、面白かった。2〜3曲づつやっていくのだが、人の曲に音楽的チャチャ(演奏参入)入れたりして、なかなか思いつきでもないんだけど、だがナチュラルに「あ、これ、ええな」とおもったのね。

またいつかちっちゃな店で、是非やってみたい。別にうちでもいいけど。

肩の力を抜くと、いろんな「世界が」広がるね。そういう発見もあるから生きてて楽しい。どーせ死ぬんだけど。

であるなら/あるから、自分の能力の発現のためのアンテナ錆びてたらクレ556しょっちゅうやっとかなあかんな、とも思った次第。

おれも今年初めて「ギターを弾いたし、声を出した」。この時期はどうもしょうがないのだけどね。まず「生存優先」。生存〜生活のレヴェルと音楽状態はちょっと次元が異なる、とは常々思うところではある。だがそこは「クラインの壺」によって、ハタからは見えづらいが「おれという実存」を介して繋がっている。というかおれ自体が「クラインの壺」だった。みんなもそうなんだよね、実は。

バカ(サルともいう)たちがよってたかって社会の土台を破壊しているからもっともっと何かすることが難しくもなり、人によっては生存そのものがかなり難儀なものとなることが論理的に考えられる。ただ、最近よくいうが、肌感覚、として、オリンピックが非常なる「逆効果」でもって、おれたちの今遭遇している状況をさらに悪い方に加速させるであろうことは、感じてる。1964の近代化のキッカケとなるオリンピアードとは異なり、単なる金の亡者がハエのように集るウンコ「運動会」に成り下がってるのをみんな気づいてるはずなんだけど、馬鹿の一つ覚えの「経済効果」などというわかったようなわからんような言葉を信じてる(フリ?)。その間にどんどん「戦前化」が進行してる。secretaryが望月さんにやろうとしていることはかつての「特高警察」の手法でもある。記者会見なんてその醜さ、言論弾圧の具現であるのは、youtube 一回でも見たらわかる。

小沢くんの最後のお務め、に期待する。もう一度「国民の生活が第一」の時代に戻りたい。

あれは「オマエら」とっての悪夢なのであって、おれたちにとっては今が「地獄の一丁目」だよ。一丁目から五丁目までは中津みたいに距離感のない世界よ。路曲がるだけで次の丁目であるよ。

Todo O Mundo は中津に来てこの10年は存続できた。今度の10年とかあまり考えたくもない。いや、21世紀の20sはもうどエラいものがおれたちを待っている。ここ、もう疑いの余地は、ないのね。無駄な努力(それも楽しいことを削って)してる方いっぱいいらっしゃるが、それ、ホントに「無駄」よ。目の前に来ないと、わからんと思うがね。あんまり同情はしてないんですが。そんな人には実は音楽も「必要ない」からね。だって「覚醒」したくないわけだから。クイーンとかオアシスとか聴いといてちょーだい。似非音楽もどきに囲まれて生きていって下さいね。似非はもう氾濫してるから、それでいいのでは。あんまり交わりたくないからね。

これから10年のことを思う時にさらにselectiveにならざるを得んな、おれの好む好まざるにかかわらず、そう思う。まあそう言いつつも「開いてる」人間なのだけど、おれ。

まあこんなんですが、いつまでとも言えんが、今後ともTodo O Mundoをよろしゅうに。


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2019年02月16日

中津でのAnniversario

本日、告知していましたように、the party @ Todo O Mundo。気ごごろの知れた方々と、ユルくお祝いしていますので。

Todo O Mundo
​O 10 o Anniversario 
@
中津

The Party

Feb.16(Sat.)
19:30 open/20:00 start/23:00 close
But it goes on
@Todo O Mundo




Music/Foods/Drink

King 堀内
Caorinho 藤原
Marutani Kaz
すっぽんぽん‘ズ
w/others

Charge(今回、御祝儀)2500円
Foods (free、いろいろ作っておきます)
Drink(通常通り、泡が伝統的)

キングちゃん、カオルちゃん、マルタニ
(Grande Tres揃い踏み・quanto tempo!)
すっぽんぽん‘ズ
その他
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2019年02月01日

O 10o Anniversario @ 中津

Todo O Mundo
​O 10 o Anniversario 
@
中津

The Party

Feb.16(Sat.)
19:30 open/20:00 start/23:00 close
But it goes on
@Todo O Mundo




Music/Foods/Drink

King 堀内
Caorinho 藤原
Marutani Kaz
すっぽんぽん‘ズ
w/others

Charge(今回、御祝儀)2500円
Foods (free、いろいろ作っておきます)
Drink(通常通り、泡が伝統的)

キングちゃん、カオルちゃん、マルタニ
(Grande Tres揃い踏み・quanto tempo!)
すっぽんぽん‘ズ
その他

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来たる2019年2月14日、Todo O Mundo が中津来て丸10年を迎えることになりました。
こないだトータルで20周年やったとこだから「え、また?」と思われるかもしれないけど、こっちはこっちで大事なのね。

外部の方々からはどう見えるかわかんないんだけど、まあ曽根崎時代のゴタゴタから「もうええわ」ということで、まあよく考えることもなく今のvenue へ越してきたんだけれど。まあ、別の切迫した理由もあったといえばあった。shelter が必要な人間がいたのね。今いないけど。

「なんで中津なん?」

これ、当時、よくおれに投げかけられた質問。ねえ、「なんでだろうね」

曽根崎時代もいろいろありましたが、中津でもいろいろあった。曽根崎が1997/8/1openだったからもう一年半ほど時間が経てば【曽根崎<中津】そんなことにもなってしまう。

始まりは2009/2/14のことだった。おれが何気なくValentine’s dayがええな、といったことで突貫工事だったみたい、だはは。

曽根崎の最初のような「cutting edge」とは無縁の「sustainable 」が店是となったのは21年半経って、そりゃ元気も半減したこともあるが社会環境の変化も大きいのね。おれの環境もどエラい変化したしね。

来てみたら「カウンター」で「鉄板」があった。当時はまだ「cutting-edge 」感も中途半端に残ってたかなあ。「あまから手帖❗️」に載ったりした。【Noirなお好み焼き】まだあるよ。時々出る。

それが徐々に落ち着いてきたもんね。20overともなればさ、one of long established と言うてもええんちゃうかな。で【sustainable 】ね。

いろいろ変わった。以前はwine →vodka、今wine→芋、自分のことだけどね。非寛容な世の中になり、それでも基本的にトドムンドはいまだに【寛容】であると思ってます。まあ、その分緊張感のないお客、多いけどね。ちょっとは緊張感持ちいな。

青美店長も3度入院したし、3度肋骨折ったし。きじことginaは逝っちゃったがticoがいる。おれとは犬猿の仲ですが。いろいろあったし、いろいろあるのよ。

で、戻るが【sustainable】ということになるわけよ。

で、最近の中津は、と言いますと;

変容してる。地下鉄側にはタワーマンションが乱立し、グランフロントできたことも大きくって、スカイビルあたりにはJRの地下駅が出来るということだし、このガード内の3丁目もタワーではないがマンションこちらも乱立で、plus店が入れ替わり、店が出来、ちょっと「カネ」の匂いのする街へと変わりつつあります。「北梅田」なんちって、アホかと思うが。土日、カップルが昼間、中津探索みたいなことやってるのに遭遇したり。うちには迷い込んでこない。around 19 o’clock にならないと「開かない」ので。そしてアホみたいに遅くまで開けることもない、最近は。【sustainable】

だけど、そういう周辺の動向とはTodo O Mundoはあんまり関係ない。美人弁護士からは「客筋が良い」とこの前言われたけどね。まあ、日によってお客の色が見事に異なるからおかしい。音楽関係、business-oriented、同級生、ご近所(除・土人)、放送関係、元生徒、いろいろ。まあ、どこでもそうだろうけど。またそれが交わることもあるし。

人との出会いもあったな。以前は豊津在住だったこともあり、クルマ男だったこともあり、ヒマがあれば、豊津からさらに北へと向かう人生だったから。こっち越して来て、クルマもアルファもサーブも最後のランチアも手放し、電車にも「乗れる!」ようになり、最近は「寝れる!」までに成長し、昼間割引乗車カードも使えるほど。それ普通なん?まあ、いいじゃないの。出来んことが出来るようになるってのはね。

こっち来て知り合った人々と今バンドやってる。メンツはほぼ店で出会った人々。そういえば江くんとも「いこい」でたまたま会うたんやった。やや社交的になったかもしれない。

この中津のこっち側でお客の「quality 」が保ててるとこがおれは値打ちやと思ってる。いいお客ばっかりね。ただ、、、緊張感持ちいな。

その緊張感のなさのベースを作ってしまった「故 高瀬仁」。彼の在阪がちょうどおれたちの一年目からとダブる。毎年この時期、命日がやって来ますが、8月の前半〜お盆同様、この時期は「鎮魂」の日々。そして夏と違うとこは「再生」の日が続くところ。その始まりが2/14なのだけど、The Partyは2/16ね。週末にしましたよ。8/1のGrande Annversario とは違ってこじんまりなpequeno Anniversario。親しい方々と、お祝いさせてください。お祝いに参加してください。最大でも20人ぐらいかなあと思ってます。そんな入れないだろうか。




posted by 浪速のCAETANO at 13:03| 大阪 ☀| Comment(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月02日

O 21o Anniversario; hoji

ライヴの朝、コーヒーはいつもの味だけども、今日のライヴはちょっと違って「現場監督、ときどき主役」だから勢いだけでやれる、ちゅうことでもなく、クールにやりたいな。

なんでこういった「あれやこれや、なんでもあって」そういうものが好きなのか?いろんなlocal musicに対して等距離でいよう、がおのれの主義だからだ。その具現化ね。知る限りそんなミュージシャンは「いない」ので誰からも理解されないが、一緒にやってる「旧いお友だち、新しいお友だち」は何かしら「感じて」いることだろう。hopefully 。

そんな旧いお友だち、新しいお友だちとの演奏を楽しんで、我がTodo O Mundoの21周年を祝いたく。

来年の2月は中津Todo O Mundoも10周年を迎える。時は過ぎるねえ。歳をとるはずである。もうどうでもよくなってるが。

この手のおれのライヴではまあ、まるでサーキットの異なる人たちが一堂に会する面白さがあって、それを一番わかってるのはおれなんですが、パンクとフラメンコ、カントリーとブラジル音楽、そういう組み合わせはまず不可能なはずなのだ。小さなセクショナリズム、を最も憎んでいるおれはだから、そう言うものを共存させようとする。そこにはしかし、担保がいるのね。

いやパンクなフラメンコやフラメンコなパンクはあり得る。カントリーなブラジル、ブラジルでカントリーもあり得る。話はややこしくなってくるので、そこ詰めないのだが、戻るが、異なるノリの音楽の共存をいかに説得力を持ちつつ成立させるかには「担保」が要る。じゃあその担保って何よ?問われれば、「おれです」と答えるのね。

これ「ホント」なのよ。いや、マヂで。エラそうに言っているのではなくて「事実」を言ってる。論理的に考えればわかります。誤解のなきようお願いします。

広く素直なハートの持ち主がリラックスして楽しめる、涙あり笑いあり燃えも萌えもする、そんな1日になればいいのね。

では現場まで、歩いて3分。


posted by 浪速のCAETANO at 10:42| 大阪 ☁| Comment(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月01日

Timetable(revisedーfinal)

ちょっと変更あります。
お目当てのミュージシャン、「あーもう終わってた」そうならないように。

Timetable


6:00pm
ザモルモッツ

6:30
マルタニさんと遊ぼう

w/
太田和麻
坂本寧音
すっぽんぽん‘ズ Meg
すっぽんぽん’ズ Aomi
すっぽんぽん‘ズ
中西雄一
高田靖子

7:30
ヰモリ

8:10
Caorinho 藤原
高田靖子
w/
太田和麻
マルタニカズ

9:00
マルタニカズ y Sentimiento ‘18
w/
アンツ元木
Caorinho 藤原


前半、中盤、後半と目が離せない(自分が客なら)
そんな気がします。

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posted by 浪速のCAETANO at 19:03| 大阪 ☔| Comment(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月30日

秋への扉=周年ライヴ

水問題は無事解決して安堵している。
しかし、繰り返すが、ひ弱である。今だに避難所におられる方々、一刻も早く元の状態に戻られますように。お祈り。

夏休み、というか学校はすでに始まっていて、従来の意味でということだけど、夏にはあんまり仕事とか勉強とかしちゃダメよ。ストレスだと思う。というわけで、よく遊んだ、というか仕事(がお勉強なのだが)しなかった。その分、、、よく寝てた。横になってた、というか、寝たきり、とは言わんな、起きてるし、起き上がってるし。

周年ライヴの準備もそろそろ完了とまではいかんけど、75パーほどできたのかな、わからない。現場主義25パーで。モノによっちゃ50パー超で。信頼できるミュージシャンたちと「いい時間」を過ごしたい。

本日flamenco guitaristと最後の1人ミーティング。パンクから間飛ばしてフラメンコ〜ルンバ フラメンカまで、という「ちっちゃなフジロック」

セコいセクショナリズムとか忘れてさ、音楽の全体性に身を委ねるのがいいのよ。セクショナリズムというなら、おれは「どこにも」関わっているから、セクショナリズム自体が無意味なのよ、おれには。

ワカリマスカ?

そういえば「すべてがある」ってのが過去のというか延々のモチーフだったなあ。フェデリコ フェリーニが一番好きです。

これだけの酷暑体験の後は「秋」が楽しみである。今年は秋への扉となる周年ライヴです。もう残暑とかどーでもいいのね。






posted by 浪速のCAETANO at 15:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

O 21o Anniversario ;timetable

この日曜ですね。approaching。準備も進んでいます。完璧、にちょっと遠いぐらいがいいのね。現場での判断も計算に入れるならば。

TantativeだけどTimetable。

17:00 open

18:00
Start

18:00 ザ モルモッツ

18:30 marutanikazと遊ぼう
太田和麻(p)
藤井拓(g)
中西雄一(fl.g)
坂本寧音(vo)
Sheila(vo)
すっぽんぽん‘ズ Meg(b&vo)
すっぽんぽん’ズ Aomi(vo)
アンツ元木(g)

19:30
ヰモリ

20:10
Caorinho 藤原
高田靖子
w/太田和麻
w/マルタニカズ

21:00
マルタニカズ y Sentimiento ‘18

「知る人ぞ知る」という枕言葉はつくが豪華ですね。贅沢な。

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posted by 浪速のCAETANO at 13:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月01日

O 21o Anniversario (人格あり)

21年もやってると店に「人格」のようなものができてくる。そんな気がしてる。法人に「法人格」があるのとにてる?にてない?どっち?
昨夜は火星が月をリードして南中していた。月は48分/day遅れていくからね。「火星に転勤」した男のことも数分考えた。中津へ来た頃〜最近までの最頻客だった。随分well-knownだと思うが。

ヤツも店が「来るのをユルした」のだろうと思う。おれとかaomi店長が許可するというより。

波長が合う、合わない、というか、波長はまったく同期するということはないけど、それらの最小公倍数があって時々それらが合致する、そんなイメージを思う。

しょっちゅう合致するヤツもいれば、ときどき思い出したかのように「合う」人もいる。もともと合わないのに無理やりおのれにplus 1とかしながら合わせたりしてると無理がくる。そこは永遠に疎遠にもなるが、だから不思議なのは別に遠くに住んでるわけでもないのに、普段そうそう来ないやつがたまに来て、ごく自然に来て、ごく普通に飲んで喋って「また」みたいなことで帰っていく。

最小公倍数が「大きい」タイプの人間が確かにいる。それは、おれも行ったり行かなかったりだから、まあaomi店長はおるが(そしてその背後にはおれはいるが)、だから個人の波長だけの合う合わんではないのね。もっと、おれもaomiも制御できない大きくはないとしても「深い」何か。

店に「人格」がある、としか言いようがない。

だからおれはお客の移り変わりに関してほとんど頓着しない。周りにどんな形態の店ができたとしても、営業的な意味で眉間にシワ、ということもない。大繁盛の店では決してないが、そんなもんいらん。カネもいらん。勢いもさほど必要じゃない。sustainable、ただそれだけ。資本主義に深く加担せず、横目で見ながら資本主義を生きていく、といった
これから店を始めようと思う人間には「?」な感覚と主義でやってるし、これからもやると思う。

お客との「時空の共有」これに尽きる。生産性とか「頭悪すぎる」からね。greedとも無縁。一般的な老舗とも異なる。名店とか、興味ない。雑誌のライターの知性ごときでは記事にすることも無理。おれより賢ければ考えてもいい。だはは。と好きなこと言うてるけど、そこは限りなく真実に近い。土人は土人の店、あるからね。

それもこれも「店の人格」のなせるワザでね。なんやかんやいうても、全ての人間がbias持ってるからさ、そのbiasが溶けてしまったらこんなに居心地のいい店もない、そう思う。例えば、おれもええ歳だが、いろんな店に行ったとしてそこでいろんな店の人に会うが、「ヒトは繕える」のね。で、繕いっぱなし、も無理なのね。気がフッと抜ける時がある。おもてなし、などと言う言葉は嫌いだが、そういう態度がフッと消える時がある。人の気配が消えた時に店の「力」が立ち上がってくる。それはその店の「過去の集約」であり、店に関わる人間たちの「営為の蓄積」でもある。そこでは無理も何もなく「等身大の店の人格」が感じられる。それが「店の波長」だったりする。店は人、そこは間違いではないんだけど、例えば人は一昨日のことなど忘れていたりもする。関わったひとの無意識の連鎖、言った言葉の積み重ね、そんなものが何層にも重なって店に人格ができてくる。それは店にいる人間を凌駕する人格である、と言いたいのね。

へんな話に展開するかもしれないが、承知で言うなら「阿弥陀仏」のようなものか、と思う。真宗のいう他力本願の世界、といってもさほど遠くない。

おいおいまた訳のわからんこと言うとるで、でいいんだけど。まあおれにはそう見える思える、というお話。


無事に21周年を迎えることができて嬉しく思ってて、今日から22周目に入る。また、ぼちぼちよろしくお願いね。ぼちぼちでいいのね。

昨日のset list;

赤いマーブル
Mimar voce





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2018年07月30日

周年week

8/1はTodo O Mundo 21歳のAnniversario。去年の「成人式」の記憶、まだ新しいけれども、あれからもまた1年経ちました。

【20 plus 1】another phase、another cycle、another decade.


7/31〜8/5は《Semana do Annversario》周年ウィーク。

【泡】空けに来てください。


浪速のカエターノ=マルタニカズ、毎日数曲演ってます。


来てね!  ムエタイヌードル アチョー、涼麺、復活してるよ。


Anniversario ao Vivoは9/2(日)中津Vi-Codeにて。


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2017年08月01日

20年間ありがとう、21年目もまたよろしくね!

Todo O Mundo O 20o Anniversario Ao Vivoは大盛況のうちに無事終了しましたことをここにご報告。

いや、いいライヴだったですね。クールで、あったかくって、熱くって。

ゆうみちゃん、西村くん、松原さん、太田くん、モルモッツ、すっぽんぽん'ズ、北村スーパーギタリスト、李くん、江くん、坂本っちゃん、サントス、カナちゃん、なごうくん、Imoriのみなさん、キングちゃん、靖子ちゃん、カオリーニョ、ミルクマン、Vi-Codeのみなさん、チャジャメイ、みんな、ありがとう。

来ていただいたguestの皆さま、石川マギさん、ほんとに、ありがとう。

予定が合わなかった方、今日(つまり8/1)、トドムンドで、ミニライヴやりますからね。泡、開けに来てください、良かったら。北村スーパーギタリストも駆けつけてくれることになってます。

思えば、正確には20年前の今日、曽根崎デッドエンドストリート(まだ未命名)に於いて始まったわけだね。あのときも暑い夏だった。生徒全員呼んで塾の夏期講習を一階でやったこともあった。初期トラブルも多発する。なんとなく関係者全員が過剰高揚するもんだよね、ああゆう時というのはね。

だけど、今思えばほろ苦さでコーティングされた「いい思い出」ではある。物事の立ち上げを1から始めたことのある方には共感いただけるのではないだろうか。多少の差異はあったとしても。

20年目の最後の営業日はなかなかに豪快な「会」=meetingになりました。だけど、今は当時とは異なり、新自由主義真っ只中、そして資本主義のそれこそデッドエンドをおれたちは生きている。これから店を始めよう、と思ってる方には「辞めなさい」と、もれなく言いますが、慣性のついているものに関しては、そのまま、ということが自然だと思う。だから、これからトドムンドは「そのままに」ある地点まで続くわけですね。そしてトドムンドは吉野家ではないから、誰彼かまわず「welcome」というわけではありません。これは、本当は何処の店でもホンネなんだけどね。「土人とサル」は来んな、ということね。ここ、、繰り返しますが、何処の店に於いても「ホンネ」です。代わりにおれが言っとくのね。

土人とサル用の店は世の中に溢れかえるほどあるがな。

「たかが20年、されど20年」店は単に「成人」したにすぎず、そこはおれは謙虚になってるのね。もっと長年やってはる店はわんさかある。どの店も小さな新陳代謝を絶え間なく行いながら外から見たら「一定の平衡状態」を保っているわけです。変わらないためには変わり続けないといけないと思えばこれは何かしら「生物」的なニュアンス・そんな印象があるけどね。「生き物=生モノ」としての店、有機的、これからはそんな自覚を関係者に促しながらやっていきたいです。おれも含めて。

先のことはあんまり考えてもしょうがないんだけど、この「ウンコ」な世の中で、佳き人々の何かしらの「心の支え」のようなものになれればと思いつつ、まず21年目を恙なく遂行できるように精進していこうとおもっております。

何卒、御指導・御鞭撻のほどを今後ともよろしくお願いいたします。



Todo O Mundo店主   マルタニカズ






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2017年07月20日

7/30 Time Table

Time Table

<Section A :  Solos>

17:00〜浪速のカエターノ

17:20〜結美w/西村コージ

17:50〜松原里佳

<Section B :  Bands>

18:20〜ザ モルモッツ

18:50〜マルタニカズ e banda especial[北村嘉章G.・李ヨンウンB.・坂本卓也Vl.・山藤卓実Tp.・名合光央Dr.・小松辰Vo.G.・江弘毅Per.・岡田夏奈Contra B.]

19:50〜すっぽんぽん'ズw/太田和麻eサントス

20:20〜Imori[狩野じゅんじG.Vo.・池田よしあき B. Synbox・服部あかね Vo. Efx.・Alama Dioubate African Guinia Per.Vo.]

<Section C :  Virtuosos(達人倶楽部)>

21:00〜King 堀内

21:30〜高田靖子

22:00〜カオリーニョ藤原w/マルタニカズ

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2017年07月08日

20 years

<たかが20年・されど20年>



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2017年07月01日

20番目の年の12番目の月

昨日からの流れ。というわけだから、「明けまして」がいいと思う。

コーヒーを買いに天六まで行っていたが、真夏ですね。31度だって。梅雨もまた「明けました」ではないのか、おそらく。

今日は最近では1番仕事の少ない日だ。まるで休みというわけではないが。いいのいいの。ちょっとぐらい仕事したほうが酒が旨いから。

カルパッチョ用に鰹を仕入れてきた。白と、だね。

7月に入ったから告知をひとつ。

Todo O Mundoがひょんなことから(ほんとうにひょんなことで、おれが店したいなんて思うわけないじゃん)曽根崎デッド エンド ストリートに店を開いたのが01/08/1997のことだった。だが、乗り掛かった船は沈ますわけにはいかんのね。沈みそうになったことは、あった。だが調子いい時もまあまああった。PHASEも何度も入れ替わった。関わった人間にもいいヤツ悪いヤツいろいろいた。店をやる(やり続ける)というのは、まあおれなどは他のことをいっぱい並行的にやりながらの話で、それこそ多重人格の中の一人格に過ぎないとしても、それでも長くやり続けることの大変さも意義もまあそれなりに分かっているつもりではあって、結果的に良かったのか悪かったのかはよくわからんのだが、これだけは言えるということがあって、それはコストが物凄くかかるということかな。コストの中には「文字通りのコスト」の他に「エネルギー」も含まれる。

多人数が関わっている時も、ごく少人数が関わっている時にしたってエネルギーの種類は異なれど、かかることはかかる。結構ヘトヘトになる。店なんかやらん方がいいですよ。いや、マヂで。今からおれが新たにやれるかと自問自答するなら0.1秒で「ノン」である。まだ当時は30sだったこともあるな。

2度メジャーデヴューに失敗したこともあって、何か潜在的に他のものを瞬間欲しかったのかもしれない。そこは自分でもよくわからないのだけどね。

しかし人生には流れというか渦というか、あって一旦その中に取り込まれて仕舞えば、もう逃げ出すことはできないのね。最初は代理で、その内知らん間に本気になってたな。そこからもいろいろあったが、そりゃ人生で最もカネもあって、身体もアタマも元気な時ですからね。問題もいっぱい起こしつつ、自ら。よく続いたものだ、と他人事のように言ってしまう。まあ現在のアオミ店長のチカラ、かなり大きかったとおもう。感謝してる。昨日もケンカしたが。

なんだかんだ言うても20YEARSの時間が経ってしまったわけです。関わってくれた人々(短期長期、後味良し悪し問わず)にもObrigadoと申し上げたい。もちろん、一回でも来店下さった方々にも。


で、やっぱりTodo O Mundoと言えば「脱国境音楽家・浪花のカエターノ」の店ということになるから自画自賛の記念ライヴをしようかということになるよね。一度だけかつてやったことのあるご近所「Vi-Code」でやるのがいいかなと思って、20年目の最後の営業日に区切りのライヴをやることにしてます。




「Todo O Mundoが曽根崎からthe Bottom of 中津に移ってきて8年半、曽根崎時代の11年半と合計してこの8/1で20周年を迎えます。Todo O Mundoと言えば「脱国境音楽家・浪速のカエターノ」=マルタニカズのお店。その「成人式」の記念してご近所Vi-Codeでの自画自賛ライヴ。盟友King堀内/Caorinho藤原はじめ、東京・関西で活躍する10組のアーティストが集まってくれました。「たかが20年されど20年」人が生まれて大人になるそんな時間の軽みと重みをTodo O Mundoのフードとともに。そんな夜。」



Todo O Mundoの[成人式]

O 20o Anniversario ao Vivo

desde 01/08/1997 até 01/08/2017, então


7/30(Sun.)

@Vi-Code 中津

open 16:00/start 17:00

charge 2500yen(3000yen at the door)


members:

King 堀内/

Caorinho 藤原/

高田靖子/

松原里佳/

結美w/西村コージ/

Imori[狩野じゅんじG.Vo.・池田よしあき B. Synbox・服部あかね Vo. Efx.・Alama Dioubate African Guinia Per.Vo.・山田聰 Tp.Quena]

すっぽんぽん'ズw/太田和麻・サントス/

ザ モルモッツ/

浪速のカエターノ/

マルタニカズ e sua banda especial[北村嘉章G.・李ヨンウンB.・坂本卓也Vl.・山藤卓実Tp.・名合光央Dr.・小松辰Vo.G.・江弘毅Per.・岡田夏奈Contra B.]


M.C. ミルクマン斎藤


Catering: por Todo O Mundo


Produzido por marutanikaz















posted by 浪速のCAETANO at 15:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

19 anos Anniversario

何を隠そう、本日はTodo o Mundo 19周年の記念日です。生憎、お休みだけど。

ほんとは2/14よりもこっちやんな、というのが最近の、店長とのコンセンサス。隣のクソババアの苦情さえなけりゃ店ライヴやりたいところだよね。あー爆音🆗の曽根崎が恋しい。

I miss 曽根崎。I miss Dead End Street。

あの縦3階を90度倒して横3部屋にしました。奥の部屋、個室感出て、「おーここが中津の「底」や」と、なってます。また、ご贔屓に。空調もバッチリ。妖しさ。陰翳礼讃。

最近のトピックと言えば、ムエタイヌードル・アチョーが復活したことかな。曽根崎時代のヒットが帰って来たね。パクチー好きなら試してみたらいいのに。

来年20周年だし、どこかで盛大になんかやろう、そう思ってる。そして今日から20年目が始まってるのね、実はね。大切な一年として過ごしていこう、そう思ってる。

まあちょっとしたお知らせでした。




posted by 浪速のCAETANO at 12:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

謝謝大家

トリビュートの宴。

謝謝大家。


「正しい睡眠。

水蒸気。

流れよわが涙

last decade

p/p

先っちょマンボ」

あとなんかあったかな?

ああ、らくだ、ラクダの夢

お返しに

ヒゲ用二曲(いそうだったので・模範演奏)

にゃんくん、セピルくん、さかもっちゃん、お弟子さん、のぶひろ、
ゆかちゃん、ナカータ、ぴこ、ささむんど、スーパギタリスト、
こまつくん、サラブながい、あおみ店長


おつかれさまでした。


拓、しみちゃん、彼女、めぐ

また今度ね。







posted by 浪速のCAETANO at 14:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月01日

18歳

ほんと、毎年忘れてる。忘れるのが「恒例」となってしまってるのだが、本日「TODO O MUNDO」周年だった。

18年前の8/1に曽根崎の忘れられた露地で始めた。18年ふた昔。もっとかな。目の焦点は自ずと遠い。まああまりにその後いろんなことがあり過ぎて、もういちいち振り返るようなこともあんまりしていない。そういうこと、好きじゃない。だから忘れるのね。そのぅ、「記念日関係」ほとんどキョーミないんだね、おれ。

ただ、思い出してハッとするのはやっぱりその(無駄に?)積み重ねられてきた時間の「厚さ」というか重さというか、そういうことね。ピンポイントで振り返ることは多々あり、と同時に新自由主義の進行とともに「それどころじゃない」現実も包囲網を狭めてくるからそっちの対処もほんと大変だし、その結果どんどん過去は「夢に」近づいていく。あることは過大に美化されるし、またあることは忘れようとするときにエネルギーが入り過ぎてそれにも疲れ、棚上げにしておけば、あるとき気がついて見てみたら意外なものに「変容」していたりもする。なんとなくだが「戦後」に似てるかもしれない、と例によって勘で言うのだが、まあそのぅ、人は時間の産物であるし、いろんなこと同時にできそうで、やっぱりなにかの選択、あみだくじのような迷路の中でジタバタするものなのだな、とそんな感想を持つ。

で、その今日決めて今日やるんですが、騒音問題もあるんだけど、夜の9時ぐらいから「演奏」しようかなと思ってる。

最近「みんなで演奏」が多かったから、たまにはひとりで。久しぶりの「浪速のカエターノ」出動します。

マルタニカズa.k.a.浪速のカエターノ

LIVE
@TODO O MUNDO

本日21:00〜

ノンチャージ
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2015年03月07日

Meu Anniversario

起きたら14:30だった。

いろんな夢をみた。三本建て。面白いねえ、人間の頭って。そして、いろんなエネルギーが押し寄せてくると、それが撹拌されてあるキャパの中に注がれ、そこに収まりきらないものが溢れ、それはまたエネルギーに形を変え、おれに夢を見させた。そんな気がする。

多くの方々に祝っていただいて、そして昨日は天気も佳き日で、このウンコ時代・ウンコソサエティの中の、一輪の蓮の花のような一日だった。改めてみなさんに感謝の意を表したい。ありがとうございます。

実にいろんな人々がいたなあ。和柄バッグ屋、人形屋、デザイナー、クラシック ヴァイオリ二スト、役者、フラメンコ ギタリスト、映画評論家、翻訳家、エセ落語家、独法の男、IT社長、阪大生、先生、等等。

今後の音楽異種格闘技戦にも展望が開けるようなものもあり、ミルクマンとの「放談」会開催にも展開もあり、もう時代と社会とはまるで逆のヴェクトルで生きてゆく以外にこの社会との折り合いをつける手段はないのだ、逆説的ながら、なんてハラ括る。もうひと頑張り、ふた踏ん張り、要るのね。まあ、ゆっくり、と言うてもjust a little time left だから、そんなにうじうじ君ではいかんのね。

最後に、青美店長のコーディネイトに感謝して、さて次は「すっぽんぽん'ズ」である。



posted by 浪速のCAETANO at 16:18| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月14日

今日・明日、周年だよ

本日、Todo O Mundo周年です。6回目。ライヴが重なって、やや埋もれ気味ですが、でも週末よ。周年は今日・明日とやってます。まあ、ダラダラとやってますので。

歳のせいか、時代のせいか、あんまり芳しい未来がもはや期待できないせいか、過去がTOPICになることが多いです。

トドムンドも中津きてからのこの短い時間にもいろんなことがあり、3人と2匹は2人と0匹となってるけど、まあこれも運命。

曽根崎からすると17.5年となりますが、そのHISTORYに少しでも感慨のある方にこのような時期には会いたいね、と思ってます。過去のことを思うことはNEGATIVEと捉えられがちだが、それはどうかな。過去にヒントあり。NO FUTUREの時代には悪くないのでは。

こんな酷い国になるとは、警告はしてたけど、こんなに速く事態が進むとはね。しかも内外両方だもんね。参るよね。

そんなとき、過去はノスタルジアを伴い立ち上がってくる。あのさ、未来というのは否応なく誰もが経験する運命にあるわけです。生きてる限りね。だから、余裕のない人やアホの人はそこばっかりになる。でも、よく考えてみたい。過去・とは、限りのない選択肢の中のたったひとつのSTORYに過ぎない。遣り残しのOPTIONが無限にごろごろ取り上げられなかったものとして転がって放置されてる。NOSTALGIAとともにその過去を未来として選択することだってできる。

進歩、は停滞で、さらには退歩でもある。本質的なものでもうおれは新しいとされてるものは欲しくなくなった。そんな、まあ生きてりゃ疲れる、金属疲労を内在するカラダとココロの癒しの場としてのトドムンドであれればなあ、と思っております。

今日はHONZI LIVEの後、トンボ返ってきます。明日は普通に「?」20:00からね。おれが会いたい方が、おれたちに会いたがってくれてることを、「きぼう・します」


posted by 浪速のCAETANO at 13:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月31日

FOR 8・3

おー、月末や、銀行行かなきゃと思いつつ、気温をチェックしたなら35度。その時点で頭クラクラ。

今は全米女子によるNEIL YOUNGトリビュートを聴いている。最近の愛聴版のひとつであって、そろそろ店にも持って行こうかな。KEYは女子の手の中にしかないです、今や。

さて夏のTODO O MUNDO・中津でひっそりと音楽行事・DAY2は「KINGちゃんのレコ発」です。キングちゃんともう一人の相棒・木寺くん=harpが来ます。カオリーニョが「得意の」ダブルブッキングにて、トラでおれが務めさせていただくことになってます。おれがBLUESのバックをやるって「貴重」ですよ。ちょっとpunk入ってるけどね。でもAMOSも共存してるとこが、普通じゃないです。お面白いライヴになると思います。予定調和・的ではないのね。おれのギターが「異化作用」として働けばいいと思ってます。

実はいろんなギターが弾けます。反射神経にも自信ある。ギタリストは消耗しないからいいよー。やっぱ歌歌うって大変。パワーいる。

では日曜日・キングちゃんにしっかりOFF MICで歌っていただきましょう。声・でかいからね。





posted by 浪速のCAETANO at 16:32| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月24日

<熱帯夜のAo VIVO em TODO O MUNDO>

おー、早くも32度。

講習一週目でまだ身体が未適応。中坊らは、クラブしてることもあり、それがまーまー強かったりするから、時間が不規則になる。早く「ルーティン」にしてしまいたいのだった。ロボット希望。

今週から日曜日、Ao VIVO em TODO O MUNDOです。

<熱帯夜のAo VIVO em TODO O MUNDO>

7.27 <Marutani Kaz>

オリジナルを中心に。今、ちょっとオノレの曲を演奏したい。日本語の歌詞を歌いたい。

8.3 <KING堀内w/CAORINHO藤原>

キングちゃんのCD「ブルース日和」のレコ発です。ここはおれはお手伝いさん。まあ、少しぐらいはでもやる。

8.10 <MarutaniKaz/チカン岩崎>

ここでも、かつてのA Decade-IN FAKEのcho.の岩崎とのハーモニーでかつての曲などを。

8.12 <@Sun HALL>

サンホールが8月で終わることはここでも再三お伝えしてますが、おれも最後に弟子たちを引き連れて、一発かましとこうと思います。出演; 浪速のカエターノ、すっぽんぽん'ズ、ザ モルモッツ、Marutani Kaz/北林純。

8.17 <浪速のカエターノ、すっぽんぽん'ズ、Marutani Kaz>

この頃になると、すっぽんぽん'ズの録音がかなり進んでいるはずで、その音源も活用しつつ、だけど基本アンプラグドなすっぽんぽん'ズも一緒に。

8.24 <夏の終わり、最終回>

なんでもありですが、ここはPOSITIVEな意味で未定ということにしておきます。北村くんや李くんなど、ゲストの人々もいつ来るかはわからない。

始まる時間は20:00より。
そして、すべて、「投げ銭」です。CHARDEは要りません。

ハート TO ハートなお付き合いでよろしくおねがいします。



posted by 浪速のCAETANO at 12:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

葬式を終えて

葬式はエネルギー使う。誰の、であっても。

久しぶりの動物霊園は、霊園らしさが増し、ちょっと芝居がかってきてて、なんかな、だった。おれたちの担当のやつがそうだった。安もんの「泣かそう感」そんな醸し出さんでいいです。ま、「営業」の一環かとは思うのだけど、ネコ葬式ヴェテランとしては、過去からの流れを知ってるからね。もっと、シロートぽくて、ただ一生懸命だけでいいのよ。マニュアルだな。マニュアルに忠実なほど、こちらの「ケツかいい度」高くなるからね、まではマニュアルには書かれてないのよな。

しかし、いつも思うことだけれど「Breathing deeply,Carbon of GINA will make part of me」だ。呼吸は待ってる間深く大きくなるものだ。GINAの身体を作る小さな粒をおれはできるだけオノレの体内に取り込みたい、そう思うの。GINAはおれであり、おれはGINAであり。そう考えると死とか生とかの境はなくなり、永遠の分子原子の循環の中に意識は入り込み、穏やかな気持ちになれる。たまにはそういうことを思い起こさせてくれるのが宝塚であったりする。高台というのも関係あるかな。

しかし、ちょっと疲れた。sub当事者で、当事者のケアと当事者の痛み両方の二役はね。GINAが亡くなる日の宵の口、店長の部屋でアイマスクをしてGINAの尻尾を触りながら寝ていた時、下で「バカわらい」が聞こえつつ、夢を見ていて、その夢の中でもまた夢を見ていて、その夢はどちらもその時の現実=GINAが危篤、から始まる夢なのであって、なんか見事に出演者も近所の身近なやつらばかりで、一番奥の夢から覚めてもまた始まりはGINAの危篤のその部屋で、そしてある時、「これは夢である」と確信し、なのに、その中で無茶することが躊躇われ、なんか惜しいことをしたのだった。

いきそうでいかないGINAの純化された浮遊する魂の波動がヒクヒク動く尻尾を通しておれの精神にちょっとした「いたずら」をした、と思っているが、悪い気はしていない。ネコとか人間とかじゃなく、種の違いを超えたイノチというかSPIRIT同士の触れ合い、そんな気がしている。哀しみとかなかったな。なんだろう?感情からも解放された、SPIRITそのものを垣間見たのかもしれません。new ageとかにはなんの興味もないけれど、この手の特殊な時間帯の、そして、意識が消えて欲も計算もない状態の人間以前ともいうべき精神状態に戻ったようなとでもいうか、いい経験だった。ありがとう、GINA。

店長が、「うーちゃん、キキちゃん、ぺろちゃん、そしてまるちゃん」の塔婆を見つけて面白がっていた。おれは「なんでやねん」な気持ちだったが。

骨を何欠片かもらってきてる。おれは歴代ネコたちの隣にっそれを置いておれなりの供養をするつもり。
posted by 浪速のCAETANO at 18:26| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月26日

GINA 、、、R.I.P.

今日の夜、2pm前だったかな。それまで寝てて一瞬苦しそうな様子になり、店長が抱き上げてその数秒後にGINAは亡くなった。店長の腕と胸の間で、It's good time to dieそんな判断を一瞬の間にしたかのような死に際だった。見事というほかないです。

ひとはいろいろネコに教わるなあ。

思えば15年前、曽根崎dead end streetのTODO O MUNDOの隣の樽長のエアコンの室外機の下からタールまみれで現れたのが出会いだったな。経験上、おれに初見でついて来るネコは「アタリねこ」。その定理に従って店ネコとして飼うことになった。初日は洗っても洗ってもタールが取れず「あ〜あ」だったのだが、時間の経過とともに毛は綺麗になって行き、知らぬ間にゴージャスな雌ネコとなっていた。往年の美しさはこのblogの上に。気持ちも優しい子だった。おれも、ほんとは家に連れて帰りたかったのだけどね。同じくらいゴージャスなキキもいたし、最愛のうーちゃんもいたし、あとタマも、そして新入りのぺろもいたから、そこは叶わなかった。

何かの時に、当時江坂で美容院をやっていたアオミちゃん(現店長)の店に一週間ほど預かってもらったことがあった。店長とのこの最終的な縁はその一週間にある。もちろん、TODO O MUNDOにもバイトで来てもらっていたが、その一週間は「チェントロステイーレ」の店ネコだったというわけだ。GINAの可愛さにKOされたのだと思う。

見事なまでに優雅な身のこなしが身に付いていて(誰に教えられたというわけでもないのに)よく、曽根崎の二階でおそらくは「愛の行為」としか説明しようのない時間を過ごしたものだった。当時は家に帰ればシャノワールのキキがいて、こんなGIFTたち、恵まれ過ぎていてちょっと怖くなったものだった。

ほんとに姿形の整ったネコはその心根もいい。ま、可愛がられるからだろうな。

中津にも7年ほど住んで店の二階が、最初はきじことの二匹体制だったがきじこがクルマにはねられ死に、飼い主も不祥事から店を離れ、店長との蜜月がその晩年だったわけだ。もちろん、その充実の体型からは、経験上から言っても、こんなに早くとは考えるのはちょっと無理だった。そこを無念がる店長の気持ちも良く分かる。ごはんを食べなくなった、との第一報を聞いたときにあまり反応しなかった自分がいた。大事という意識はなかった。その時、即反応して病院に連れて行っていたならまた結果はちがったのだろうか?そこは少し自分を責めている。

店が暇な時には階段を降りてきて、おこたの部屋によくいた。残念なのは、曽根崎時代のいつからか、客をひどく恐がるようになったこと。中津来てからならいつだってその膝の上で眠れる物体がいたのに。おれは見たことはないのだが雷で腰抜かすこともよくあったという。こわがり。そんなわけで、正味の話、おれともそんなに仲良くなかったのだけど、店長が去年入院した時に、毎晩上へ上がって30分ほど抱っこしたり、一緒にゴロンとしたりなかなかいい時間を過ごせた。これから、おれとも仲良くなれそうだったのに。

ネコは自分にとって人間のオンナ以上にオンナというか、オンナのエッセンスのような存在だから、特にいい雌のネコというのは「GIFT」以外の何物でもないわけだった。オンナのヒトとはカブってそうで別のもの。でもどっちかだけにしなさいなら、いまやもう、間違いなくネコ、だけど。店長もこれからちょっと辛いと思う。オトコとネコもこれまた、えらい違うよねえ。

ひとつだけ救われるのはGINAは営業しないネコだったことだ。プライヴェートなネコでいてくれたことは少しだけ慰めになる。

みんな先に逝ってしまう。ほんと、ツライですね。ちびっこだったものがどんどん自分らを追い越して先輩になって逝ってしまう。毎度のことながらそれは「不条理」に感じます。GINA、安らかにね。
posted by 浪速のCAETANO at 18:43| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月08日

たのしかったね

忘備録として書き留めておこう、損はないだろうと思い。

飛び散った流れ星
Last Decade
かつて粒子 以上by さかもっちゃん、笹尾、店長、plus にしけん。

高瀬仁のテーマ
末端肥大で悲哀 以上by 高瀬。

スカイジッパー
Dr. ソウル 以上 by 岩崎。

真夏日 by さかもっちゃん。

Squeeze me tenderly by ザ モルモッツ

ここまでみなさんによるtributed to おれ、二回公演ありがとね。

お返しに
I'll never fall in love again
The revolution
Nothin' but flowers 以上by おれ。

不発弾(啓蟄、土曜を逃げろ)。

面白かったし、予想通り今までにない高品質だった。宙に浮いてた曲も「成仏」できてよかった。店長、歌詞だいぶ間違えとったが。まあでもその一生懸命度には惜しみなく賞賛の声をおくるのね。good job!

次の「Moelabo」へも繋がる何かがあると思うな。次回は5.3ほぼ決定です。すっぽんぽん'ズの参加も決まってます。今月中に2曲レパートリーが増えるし。なかなかゴージャスで楽しい「文化祭」となるのではないでしょうか。モエラドに100人ぐらい集めたいなあ。いろんな「実験」がすでにin my mind。

最後になりましたが、
Many thanks to all concerned for what you've done.






posted by 浪速のCAETANO at 01:26| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月06日

啓蟄だ!

本日、啓蟄。虫たちにはやや酷な状況。やーめた、とか言ってそう。やめといた方がいいよ、老婆心ながら。

啓蟄といえば恒例の、Tribute Live para おれ、ってのが本日開催される模様です。今回は初めて質、良いのでは。今までは何だったのか、な?

ようわかりませんが、でも昨夜のリハ!を見てると、そんな予感がしました。

おれも、カスレ作って参加します。当たり前か。ま、そのう、春の行事を粛々とということです。

是非、みなさん。おれの歌が、声が嫌いという方も、本日はおれ以外の方も歌われますので。店長とかヒゲの男とか。アタマいかれてる大正人とか。余計あかんか?

ま、春の恒例行事のFINALですから、今年度の。みなさん、お誘い合わせの上、どうぞ。お待ち申し上げ候。

おれはバカラックでもやろうかな、と思ってます。では、現場で。

posted by 浪速のCAETANO at 17:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月16日

周年day2

大阪の雪なんかハナクソやったね。山梨がどえらいことになってるみたい。陸の孤島化してるみたいだ。物資が通る道がドカ雪で閉ざされたら当たり前のことだがそうなる。そうなるのにそうならないんじゃないか、と思いがちなおれたちのバカさは最近ほんとに通用しなくなってる。前代未聞の、量的なカタストロフはもう、起こる、これをデフォルトとしなきゃいけない。

そんな中、県の行政が、のんびりしてるかのように見える。国も日曜で開店休業か?小さい政府になればなるほどこんな時、勝手にどうぞ、となる。あたらしい公共なんて考え方もある。自助とか共助とか、なんか聞こえはいいんだけど、災害の規模によってはそれだけでは追っつかない場合がある。今度もまたそう。

Twitterなどで、オムツの再利用法とかが呟かれてたりする。良心は確かに残ってる。ヤバいやつもいっぱいだけど。ただ、その埋れつつある良心に砂かけるというか、それが政治というか行政によってなされるというか、そんな印象あります。中国政府と変わんないじゃん、それじゃあ。ヘリ飛ばそうよ。

被害が少なく、というか酷そうななだが既に、そう祈ってる。


さて、周年day2、無事にというかかなりおもしろく終えれました。アンサンブルの愉しさを味わえていただけたと思う。となりのおばあさん、壁叩いとったけど。

今日は最終日。北村くんと中西くんとの変則ギタートリオplus北林純。両氏にはソロでもやっていただこうと思ってます。ほんとは3DAYS来ていただきたかったのだけど、本日最終日、今日もいいと思う。グレード高いです。泡もたっぷり仕入れてます。お待ちしてます。昨日は元シェフが来てくれてた。懐かしい方々もよければ。

posted by 浪速のCAETANO at 16:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月10日

5周年@the bottom of 中津

昨日は流石に熱くなって言葉遣いが乱れてしまいましたねえ。しつれい。ただね、日本人は明日戦争起こるのに粛々と日常業務をこなして歯磨いて寝る、そんな印象があるなあ。東京デモクラシー?アラブの春みたい。もう言わんとこ。

さてさて、TODO O MUNDOが中津へ逃げてきて丸5年になります。中津の底も最近様相が変わってきた。おれたちはなんも変わった気はしないんだけどね。人心は変容してます。移ろいゆくものに、移ろいいくな、とも言えませんから、ま、おれたちはユルさをみなさんに提供するぐらいしかできないけど、その価値とは見えにくいものながらまあないと困る、きっと困る、そんな風に考えてます。

まあ毎年、周年のライヴをやることにしてますが今年もいろんな一流ミュウジシャンーだははーをお呼びして浪速のカエターノと共演などを考えています。

今週の金曜日土曜日日曜日の3DAYSです。日によりGUESTが異なります。

金曜日。カオリーニョ藤原がやってきます。説明はいらんね。

土曜日。北村くんとさかもっちゃんです。北村くんはCVS COWBOYSのギタリスト。さかもっちゃんは最近何度か共演したCLASSIC VIOLINISTです。

日曜日。北村くんと中西くんか来てくれます。中西くんはFLAMENCO GUITARIST。FLAMENCOをやってもらってもいいし、一緒にRUMBA FLAMENCAをやる、かな。北村くんと3人でも。

どの日も20:00からです。ノー チャージ。ゆっくりしていただいて、一緒に祝ってくださいね。

曽根崎からすると16.5年。もうなんだかすべてのことが現実感に欠けるというか、夢みたいな気さえする。あんまりいい現実って実はないのかもしれませんね。夢もまた現実、でもありますが。

夢の中でシャンパン開けてちょうだい。では、お待ちしてまする。
posted by 浪速のCAETANO at 11:04| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月14日

TODOOMUNDOでこんにちわ

TODO O MUNDOだった店がO LEAOZINHOと名前を変え、やっと馴染んできた今日このごろ、「昔の名前で出ています」。

すいません。

本日からはまた「TODO O MUNDO exーO LEAOZINHO」となります。ほんとは「TODO O MUNDO exーO LEAOZINHO exーTODO O MUNDO」やん・とか言わないでいただくのが大人のマナー。いや、そんなことはないです。まあオトナの事情があったのは確かだけど、そういうことクリアになって、また皆様とこの一触即発の今を・この刹那の連続を過ごすことに相成りました。あらためて、よろしくお願い申し上げます。

TODOOMUNDO de novo。あー・すっとした。

todoomundo復活ライヴもやります。11月23日。またお知らせします。

今、奥の部屋をきれいにしていて、もうすぐひとが入れるようになります。このところの寒波で真ん中の部屋、おこたもSETされています。

さあ、そろそろちゃんと「営業」しようか。

どんな環境であっても「希望」を持ってやっていかなければいかないし、その希望とは「なんか面白そうなことが目の前にある・そんな予感」と言い換えることが出来る。

思えばこの数年、NEGATIVEを振り払う・そういう時期だった・そんな気がしてるし。TOTALとしての厄払いはもう済んだかな。

事故みたいに出会った中津の街も変化が見られる。これは芭蕉のいうところの「流行」。それはそれでそんなことはどうでもいいってのがTODOOMUNDOの「不易」なスタイルで、もうここは変われないし変わりもしない。

今朝は今季一番の冷え込み。お初鍋もそろそろですよね。電飾看板ももうすぐ変わります。

神経も感情もピリピリする時間帯ですが、その一部をTODOOMUNDOで一緒に過ごしていただければ大変嬉しく思います。
posted by 浪速のCAETANO at 12:06| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

さて今週土曜日ね

 来る土曜日・第4回「WINE MEET @TODO O MUNDO」です。

 今回も慎ちゃんw/フロマージュ来店します。

 まあねえ・この集まり、ほとんど赤字の・店にとっては「バカ企画」なのだけども、みなさんの「So Happy!!」な顔を見るとセロトニンが大量に分泌してしまうのね。

 今回も泡・白・赤、全部で7種類、飲んでいただきましょう・喰っていただきましょう。そして酔っぱらっていただきましょう。

 明日の昼間一日掛けておれの担当分・仕込みましょう。意外なものもたくさん用意していますが、限定15名「要予約」です。もう数名空きがあったようななかったような。よくわかりませんので店の方に訊いてみてください。

 5年ほど前までは、おれも「もっとばか」で、年間500本ほど飲んでました・ワイン。

 しかもなんでもかんでも食い物の隣には「赤」があったような気がする。ばかですね。

 しかし、ミスマッチもなんのその、思い入れもあったものだから、いろんな「意外な組み合わせ」を体感することとなり、まあわかりやすいところでは「マグロの漬け」や「蛸の煮物」などに赤は「Bom Demais!!!」ってことにもおなかの底から気づいたわけ。

 最近は一穴主義はヤメて、芋の方にだいぶスキューしながらも、ワインはその合間に・って感じなんだけど、それでも時には晩飯に胡桃パンとチーズとちょっとしたサラダにワインなんて、シンプルながら、「Mui Bien!!!」もう他の食い物飲み物なぁんにもいらんけんね・ってな気持ちになることも多い。

 そう言えば、こんなのも好き。日本酒と・大根おろしを摺って鰹節を大量にまぶし、醤油をかけ、それをメシにかける・というものであるが、ネコメシっぽいでしょ・しかし、もっとも高貴なネコメシ・とも言えんぢゃねーの・と自負するものである。ネコは大根おろし喰えんからね。そんなシンプルなものの頻度が高まる The Former Half of 6th Decadeではあります。

 ま・しかし、そのよーなアブラとアクの抜けたような晩飯とは対極の「第4回WINE MEET」、いまだ・空きがあれば是非。きっと「お満足〜!!!」と思えるはずです。
posted by 浪速のCAETANO at 17:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月24日

満足できたかな?

 中津にトドムンドが来て以来、3度目となりますワイン会。

 今回はしんちゃんのチーズ隊も参加してかなりの充実・だったような気が。

 ワインはブリュットに始まり、白はブルゴーニュのシャルドネ、今回はゾーヴィニオン・ブランはなしで、その後赤に移り、カベルネ〜カリメネール〜テンプラニーリョ。

 FOODはなんか色々あったなあ。白用の食べ物作り過ぎやったね・店長。泡〜白で10品目ほどあって、それにチーズがたたみかけるわけで、なんだか「饗宴」ぽかった。で赤になるわけだけど、もう飲めません・な方々もいたけれど、それでも少しずつね・ってことで、しかしまたチーズは赤に合うわけで、結局「赤」はどーも・なんて言ってた人々も、「おいし〜いっ」てなってたよね。

 まあ定番のカスレ・五香粉まぶしの焼きトン・焼き鳥・ブフキャロットとまたまたフードも怒濤・なわけで、いや「饗宴」でした・正に。

 またやりましょう。ワカモノ女子が「これ・来ないとわかんないですね」と言っていたけれど、そうでしょう。まあ・やりすぎですが。採算度外視・だもんね。

 しかし、おれも楽しかったです。サーヴィスするのって悪くないね。まあこちらも「飲みながら」ですが。そんなユルさは許してね。

 
 SAMBA MAMBO・ってそんな乱暴な

 

 
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2010年12月26日

くるくるぱーの二日間だった

 24・25とTODO O MUNDOでは「わいわい」な時間が過ぎていく。

 24は中国人生徒の友達たちがバイト終わりで集まる・ことになっていたが、これがまた集まりが一糸乱れぬ・わけがなく、集まるだけでかなりの混乱をきたし、さらにそこに韓国・台湾と異なる国民性が混ざり合って、極東サミットみたいなことになっていたのだった。

 やはり「勢い」があるのは「CHINESE」である。というか「一人のチャイニーズ」とここは正確を期しておいた方がよかろうか・と思う。暴れ回っていた・が正しいと思う。授業中暴れ回ると、学級崩壊なのだが、まあそんなこともなかったことはないが、店で暴れるのなら、まあ少しは多めに見てあげるわけだった。

 少し驚いたのは後から来た韓国の男子が、「申し訳ありません・タバコすってもよろしいでしょうか?」と訊くので、「どうぞどうぞ」と言えば、「目上の人の前ではそうする」という「目上って誰や?」と周りを見渡せばなんのことはない・おれでした。だはは。

 「儒教」がいまだ見事に機能していて、びっくらこいた。ちょっとしたカルチュアショックよね。

 後から来た韓国人も最初、おこた部屋にきつきつで入ってるのを見て、「なにこれー・狭過ぎー」と一応コンプレインしておったが、おれは「うそつけー」と思っていたら、案の定、5分後には「狭さ」を楽しんでいた。ダイジョーブよん・おれたち東洋人なんだから。

 しかし、そのバカ中国人一名にヤラれ、落ちてしまい、ふらふらの体で家まで帰ったのだった。そして、翌日は冬期講習初日。

 目が覚める。1:30である。「1;30かー」

 ん? 1:30!!?

 冬期講習は1:00からでした。

 慌てて起きて、玄関まで行くならみなさん踊り場に溜まっていた。「いやー・ごめんごめん」

 こんな時も「笑って終われる」そんな人間関係。こいつらみんないいやつ・なのである。もちろん、その分時間延長でね。

 お詫びのしるしにみんなをクルマで豊津まで送り、さて次は「すき焼き大会」です。

 おれはもうほとんど食欲・性欲・出世欲・にいたるまで限りなく「ゼロ」に近く、やっぱイヴェントが2日続くとなるとその2日めはややぐったりなのね。

 気力を奮い起こしてなんとか店まで行く。店まで行けば仲間がいるのでなんとなく紛れる。

 結局、14・5人いらっしゃいました。「おとなのすき焼き」どうだったでしょうか?

 さすがに、終わった後そんなに飲めず、早々に帰る。みなさん、ごくろうであった。

 そして早く寝て、本日は準備万端にて子供たちウエルカムね。

 くるくるぱーの二日間だった。しかしなんとなく「ピース」なクリスマスだった。本意とするところである。


 かっこいい。
posted by 浪速のCAETANO at 14:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

文化の日だって

 文化の日(笑っちゃうが)。

 トドムンドではカオリーニョ藤原ライヴ。

 相変わらず「快調」なカオルちゃんだった。快調すぎて、となりのおっさんの苦情が出たほど。

 いや・これは皮肉でもなんでもないの。カオルちゃんのピッキングがかなりパーカッシヴだ・ってことの裏返しで、カオルちゃんのギターを聴いていると、ジャンジャカジャンジャカギター弾いてるヤツが「さる」に見えてくるほど、それこそ「文化」の優劣が顕在化するほどである。別の楽器みたいです。

 みなさん・満足されて帰ったみたいでよかった。札が舞い・銭が飛ぶ、そんな投げ銭ライヴでありました。

 ミックスされたてのホットなソロアルバムも試聴したが、少し残念だったのは、セルフ・プロテュースの「限界」みたいなものが垣間見えたことかな。一部でもおれにプロデュースさせてくれてたらな・と思った。

 どんなにすばらしいミュージシャンでも(というのは楽器がうまく弾ける・歌がうまく歌える・そんなことはあたりまえのことで、さらにアレンジも出来、他の楽器も弾くことが出来・というレヴェルでさえも)、録音はやってるうちに、どんどん「狂気」に支配されて行く。だから、おれが言ってるのは、立場の問題であり、視点の問題なのだが、セルフ・プロデュースはそこがなかなか難しい。いや・ほんとに。

 最初はクールに始まるのよ。それがある日を境に自分の作った音に自分のアタマが支配されだす。熱がクールネスを飲み込んでしまう・そんな臨界点が必ずある。そもそも創造とは「ゼロ」からの積み上げだから、そこにはプラスが「常に正解」という暗黙の了解がある。引き算・って勇気がいるのね。無限の足し算の誘惑。

 だから、「おいおい・あのね」という視点が必要なんだね。

 まあ・カオルちゃんもこれ「実験」だからね。実のある実験だったと思います。このカオルちゃんのソロはライナー・ノーツを書かせていただきたい。ていうか、勝手に書いて、持って行こう。そして挿入しよう。ないもんね、ライナーの入ったアルバムなんて、最近。

 12/20の日に、いわゆる「レコ発」やるみたいです@RAINDOGS。おれも呼ばれてるので末席を汚したいと思ってます。


 アグアズ ジ マルソ。師匠と弟子の絆・を感じる。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:27| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

ワイン会からさらに

 ワイン会のセットリスト・みたいなもん。記録しとかないと。


 泡:モンムスー             焼き牡蠣ウィスキー垂らし
                     水菜とエノキのサラダ
 
 白:シャルドネ             タラ白子フライ
   ピノグリージョ           チャンボッタ
   ソーヴィニオンブラン/セミヨン    甘えびアヒージョ

 赤泡:レッジァーノ・ランブルスコ    明石ダコと小芋の煮物黒胡椒かけ
        
 赤:ボルドー2種             マグロのカマ・香草鉄板焼き・バルサミコソース

 オマケ赤チリのカベルネ         ワイン豆腐
                     すねとすじワイン煮

                     ティラミス

                     コトリパンのドイツ風パン死ぬほど。

 ごっつぁんでした。ですね。これで3000円ポッキリとは「持ってけドロボー」です。

 裏話を言うなら、上の倉庫をごそごそしてたらモンムスーが見つかったのと、ボルドーは自分用に買ってたのを流用したから、こんな「奇跡」が可能になりました。もし次ぎやるなら(やりたいけどね)も少し「現実的」な値段設定になることと思います。

 でもまあみなさん喜んでいただいてよかった。また普段のTODO O MUNDOもよろしくお願いね。

 ワイン会に関してだけは「おれプロデュース」でやりたいです。

 今週は、今日も寒くて、明日はもっと寒くて、明後日は更に寒い・と予想されています。

 そろそろ、おこた「ALL SET?」と指示を出してます。「お初鍋」も、「READY?」と指示を出してます。

 おれもお初鍋喰いたくなってきました。「おれと鍋」なんていう企画もよいですなあ。それ、いただきましょう。

 またワイン会やろうね。
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 08:46| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

新しい公共・で人は死ぬ

 奄美に対しては初動の遅さ・だけでなく、メディアを通じて現場の様子を伝えてはいるものの、おれには「放置」という印象がある。その印象を感じたのはこれが初めてではなく、それはいつだったかと思い出している。

 それはマンガなら「めんどくせーなあ」という吹き出しがつくようなもので、もっというと「そんな厄介なことになりやがって」と思う気持ちが行為のそこここに窺い知れる・そんな感じの政府の「感情」だ。新潟の地震の時もそんな気になった。そうそう、沖縄の大学に米軍のヘリが墜落したことがあったよね。それって、今の普天間の移設問題の直接的な要因になったことだと思うのだけど。

 そこんとこ「ん?」と疑問持ったのは、やっぱり「阪神・淡路」の時かな。あのときも「初動」はものすごく遅かった。

 1995が東京とそれ以外が「中枢」と「末端」である・というような再構成の最中だったのだな・と今・わかる。1995と言えば15年前。まだ・世の中はマシだったし、人はまだ今みたいに「中途ぱんつな政治性」に毒されてもなかった。社会が「悲壮感」と「不審感」に包まれている・ということもなかった。

 今・民主党の言う「新しい公共」という概念は「阪神・淡路」の経験から気づかれたように思う。民主党によれば:

 「20世紀は、経済社会システムにおいて行政が大きな役割を担った時代でした。しかしながら、経済社会が成熟するにつれ、個人の価値観は多様化し、行政の一元的判断に基づく「上からの公益の実施では社会のニーズが満たされなくなってきました。そして現在、官民の役割分担の見直しが行われ、民間企業や個人と並んでNPOなどの民間セクターが重要な役割を担いつつあります。これまでの行政により独占的に担われてきた「公共」を、これからは市民・事業者・行政の協働によって「公共」を実現しなければなりません。これが「新しい公共」の考え方です。」


 なんてことみたいである。

 つまり、政府が、「これがイんぢゃない」とやったことが、みんなに「それズレてるよ・そんなことじゃ・ねーよ」と言われ、「だったら現場のひとでやってね・そこんとこよろしく」
ということだ。

 これは、平時なら、それでもよかろうと思う。そして、いわゆる「小さな政府」の根拠にもなる。だから「平時」なら、それでもよかろう・だ。

 問題は「not平時」にもこの考えを当てはめたいのだな・と思える点なのね。

 今は、すでに普段がすでに「not平時」だったりする。爆弾こそ飛んでこないが、精神的に「いつわたしは堕ちて行くのだろう」という不安と現実的な危機にみんな脅えている。それが普段の生活で、そんな中、災害が起こる。

 三日で900mm降るとは想像もできない雨量だ。想像力のない方と算数の出来ない方に僭越ながらお教えする。1cmが10mmである。10cmが100mm。では900mmとは90cmである。約1m。これが「平坦」な地面に降った量なのね。ご存知のように島の地形というのはアフリカの、地平線が見える草原のようなフラットではない。早い話「でこぼこ」だ。「でこ」に降った雨は「ぼこ」を求めて下に流れる。単純に考えて、でことぼこの面積が1:1であっても、「ぼこ」に集まる水量は2倍の1.8mとなる。人は低地に住むものだ。おれたちの身長は170〜180ぐらいよね。川が最終的にその水量を回収するにせよ、「ぼこ」地域を通った後に川に注ぐわけでしょう。えらいことよね。そんな「実感」からものごとは考え始めるべきだと思う。

 国庫支出金ではなく地方交付税交付金を増やして、地方の裁量を大きくし・と言うのって、「地方分権」なんていう謳い文句(なんとなく耳ざわりいいよね)とともに「改革派」と言われる首長が声を上げていて、なんだかみなさん、それがいいなんてことにもなってるが、おれには、現在オノレの失政により、格差の生まれた「地方」をそのまま放置するための方便に聞こえる。「新しい公共」とはなによりもその考えに奉仕する言葉に聞こえる。

 要するに「災害」が起こったときにも「まあ・キミらでやってよね」ということだね。

 ブッシュのカトリーナ時のニュー・オルリンズに対する態度は新自由主義のアメリカならある意味「当然」の態度だったのだ・と思えば納得できないかな。「健康保険」ないんだぜ・アメリカって。国が地方を・または個人を「助ける」という「発想自体」が存在しないわけね。共和党のティー・パーティーなどは早い話リバタリアンの巣窟であって、次の中間選挙ではオバマの民主党は大敗を喫するという確率の高い予想だったりする。

 おれたちもメディアの言説とか、過去20年ぐらいの「自分のことは自分で」みたいなある種の「洗脳」によって、オノレのトラブルはオノレの責任みたいに「刷り込まれ」ているが、特に今の30代・40代の人々そうだけど、そのアメリカナイズ/新自由主義の教育は中国の「反日教育」と相似だということも気づかないといかんとおれは思う。

 災害というのはメディアにとって単なる「ネタ」に過ぎず、東京から芸能レポーターに毛の生えた程度のバカキャスターを派遣し、とってつけたような深刻顔も嘘はすぐばれるし、本当に現在困ってる方に「今どんなお気持ちですか?」など訊くんじゃない。「自分は安全」という特権の元でのそんなこともう辞めたら。

 こんな話もある。

 奄美は鹿児島県でその選挙区の民主党代議士が「小沢くん」のグループだから政府は「動いてあげない」という話。本当なら、ひどい話。

 釣魚島のことになると「国」が・・とか「国家の」・・・みたいな話にすぐなるのだけど、アホですかキミらは。奄美とはまぎれもない「日本国」じゃないの。しかも人がそこで生き、そして死んでいる「国内」の話だろ。それに関して(何に関してもコメントしないおっさんだが)管くん、一言でも奄美のことに言及もしない・では、あかんよ。両陛下はコメントしたよ。うまいもんばっかり喰ってるだけじゃダメよね。突然の美食家変身は元社会活動家にはみっともない。

 これらすべてのことが「新しい公共」という考えを消極的納得させるための布石に思えるのだ。それは嫌な話・「じゃあ・しょうがないから我々だけでやろ」という有志の方が現れれば現れるほど、政府は「よしよし・いひひ」となる皮肉も内包する。意図的に流布される言葉にろくなもんはない。


 dubliners

 

 
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2010年08月15日

お盆・敗戦記念日に

 朝の番組で「玉音放送」をフル・コーラス聞く。サビの部分「堪え難きを   堪え、忍び敵を忍び」しか知らんでしょう。堪え・の前ブレイク入るのよね。それが昭和天皇のその時の何かの気持ちを表しているかどうかは知らない。

 昨夜・店へ行く前に「日韓」の番組を見ていた。今年は韓国併合100年・ということだから去年から今年をターゲットに「半島と日本」というテーマの番組が多かった。概してどれも良い出来だったと思う。NHKはそういうときはいい仕事をする。ワカモノ向けの番組は「死んだらいいのに」ながら。

 お盆。いろんなところに「死者」が帰ってきているのだろう。このお盆、仏教行事のような気がするが、先祖供養という事から考えると、それだけではないみたいである。やっぱりそこには神道の意味がある。まあ日本人得意の習合の成せるワザだろう。穏やかな気持ちになれておれは好きです。

 夏もこの時期になると「終わりの始まり」みたいな予感でやや切なさに包まれる事も多い。それは「無常観」と通底すると思われるが、自分で自分を分析するのはあまり好きではないので放っている。日本人はデカルトせんでもええよ。

 昨日の日韓の番組でも見てて思うのだけど、西洋諸国の相似形として東洋を見てしまうのはやや違うなと思う。東アジアも結局おれたちの実体験した時期の方が「特殊」だったのであって、その力関係は「古代のそれ」へと収斂して行くのだろう。それがいいと思う。1億三千万・と5千万・と13億ではやっぱり最終的なパワー量が違う。日本・韓国・中国の人口だけどね。それに日本はいち早く脱亜したつもりだったが、欧米の考え方自体の継続性が問われる時代だ。極論だが、「人権」は重視されるべきではないのかもしれない・ほどに思えるときさえある。

 科学者たちの「信頼の置ける予想」として人類の歴史は続いたとしても今後「数千年」であるとする説がある。おれはもっと短いような気がしている。人類が人間として生きる事が出来ないようになった時、ただサヴァイヴァルしているからというだけでは意味がない気がするからだ。でもそれは、このように考えると冷静になれる。

 地球の歴史は46億年とされているが、では地球の寿命は・と言いますと120億年ほどある。もちろん最終盤には生物の住める環境ではなくなる。その頃には太陽に呑み込まれるだろうが、例えば2億年とかのレヴェルでもいいが、当然人類はそこにはいない。地球の陸地はまた「パンゲア」のような巨大大陸に収斂し、もう一度造山活動によって別のチョモランマやキリマンジャロができている。太陽は1.1倍ほどに膨らみ、月は0.9倍ほどに見えるだろう。月は少しずつ地球から離れて行ってるのだ。

 月は空気がないので「風化」がなく、ひょっとしたなら、人類の痕跡がそこで見つかるかもしれない。基地の跡とか墜落した宇宙船とか。それって見つけられないと寂しいけどね。

 しかし、地球は時に環境的に厳しくはなるものの、歴代、生物を生み・育んできたという実績がある。つまり、「次の」知的生命体が登場する確率が極めて高いという事が出来る。過去を見ても、ヴェロキラプトルなんて二足歩行していたし、集団で狩りをしていたし、巨大隕石の衝突さえなけりゃそのまま進化して「爬虫類型ヒューマノイド」になっていた可能性がある。コンピューターを触るラプトル、これが現実の姿になった可能性は高いと思う。

 おれたちが恐竜を発掘したように誰かから「発掘/発見」されるわけだね。そしてそういう繰り返しが十回ほど繰り返される可能性もある・と見てる。人類を進化の最終地点とする味方は「傲慢」と言えるだろう。よくほら地球の時間を時計で表して、人類が登場したのは11:59:59ぐらいでした・という喩えあるよね。その考え方に異を唱える人たちもおりまして、それは地球の寿命全体を12時間にしようよってことなのね。そうなると今は4時台ということになる。まだ地球は半分も「生きていない」。そして人類の歴史は千分の一秒ほどにしかならない。だからそんな生き物に「本格的知性」を期待できないかもしらんでしょう。たしかに世の中には頭のいい人いらっしゃるが、しかし、その生きるタイム・スケールに限界がある限り、その普遍性にも自ずと限界があるって気がします。例えば、それはおれたちが飛鳥時代を見て、そこにある種の「限界」みたいなものを感じる事と似てるかな・似てないかな、どっちかな。

 もう急速にある方向へと「加速度」ついて走り出した人類が行き着く先はどこなのだ・と考えるが、今すぐではないにせよ「悲劇」が待っている事は間違いない。そりゃ絶滅するんだからしょうがないんだけど、できればモルヒネ打ちながらの終焉なんてのが望ましいよね。何世代か先の話ですが。

 今は「意外なことに」氷河期の中の「間氷期」でバカの金の亡者たちが温暖化がどーとか言っ
てますけど、地球はまたいずれ「スノー・ボール」になる。この1万年ほどがやっぱり「温暖」で恵まれていたんだよね。だから農業が可能になった。

 巨大な視野からモノゴトを見ると、これまでの生物の歴史は地球の一ページということがよくわかり、それだからかえって、人類や生物、もっと身近なところでは家族・祖先、知り合った人々・イヌやネコ、そこらへん歩いててすれ違った人々を見る目もちょいと「潤む」ってもんである。

 フラミンゴで「ゆる〜い」ライヴが本日あります。一部25日のための公開リハともいえますが、「体感温度マイナス3℃ライヴ」でもあります。ヒマで狂いそうな方・体温下げに来ませんか。
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2010年07月27日

激務の後のばかオヤジ

 激務の後、店に行ったら「ばかオヤジ」がいた。そいつは、ほんまにばかオヤジで、飲めば飲むほど崩壊していき、挙げ句の果てにおれを拉致して十三まで連れて行きやがるが、行く店行く店、「出入り禁止」の客らしく、何処へ行っても断られる。おれまで、そんなんの連れ視・されるわけよね。

 やっと立ち入りが赦されたションベン横丁のスナックでも柴犬のけつ触って噛まれとった。ばかオヤジ。

 最後はいやや・言うてんのに「キャバクラ行こう・キャバクラ」という話になり、ファンダンゴの並びのキャバクラにおれを引っぱるからけつにローキックして、放置して帰ってきた。ばかオヤジ。頭突きのし過ぎでアタマいたい。

 タチの悪い酒はほんと困ったものだ。今度来やがったら、ハイキックである。ほんまに死んで頂きたい。

 
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2010年07月17日

演歌ボッサナイト

 本日用の夏カレーを作っていたらアセまみれ。いやー・まいったまいった。でも旨いのができてます。そして予想/予定通り「梅雨は明ける」。では梅雨明け記念いっとこうかー。

 
今夜「CAORINHO 藤原の演歌BOSSA NITE」です。


 20:00より2stg。投げ銭制です。もう知ってるよね。カオルちゃんのアジな歌とギターのハイパー・テクをお楽しみに。連れ(キング・浪速のカエターノ)・弟子(ボッサ姫)も臨戦態勢で飲んでます。本日は幸か不幸か先週みたくご予約なしなので、真ん中の部屋でだらけても聴けます。

 
では「CU@TODO O MUNDO!!!」



 そして、ここからは個人的/業務連絡です。monile1780@mac.comのアドレスが不安定で受信便秘を起こしておりますので、メールは「monile9@gmail.com」の方へ御願いいたします。
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2010年04月17日

「USTREAM」@TODO O MUNDO

 本日20:00から「USTREAM」@TODO O MUNDOです。

 本日の出演者: カオリーニョ藤原。さて今夜も「時代に逆行」なライヴをぶちかましていただけるでしょーか。ゲストはBossa PRINCEZA YUUMI e 浪速のカエターノです。

http://www.ustream.tv/channel/caorinho-fujiwara-live-todoomundo
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2010年03月08日

53年目最初の日々

 この週末、はげしく飲んでしまった。飲み過ぎ。

 少数精鋭のトリビュート・ライヴ、なかなかおもしろくて、かつ感動的でもありました。

 しかし、あれだね、みなさんが歌える歌は見事に「non-脱国境系」で、そこに作曲家としての「幅」を見たりするわけだったね。リズムに依拠して音楽作っとらん証拠でもあります。そこらへん「・・・・音楽」やってる・というその・・・・はいろんな国や地域が入るのだけど、それはノリだけの話であったりして、曲も詞も書けとらんひとたちわんさかいたりもするわけで、難しいね。

 リズムも詞も曲も混じって消化されて一体化することが音楽のおもしろさ/すばらしさであったりする。そこんとこ、「批評」するべき言葉を持ったニンゲンに出会ったことがないというおれの不幸もある。

 さて、来週は「ラフレシアン・コムプレックス」です。11回目。梅田レインドッグスです。いろいろ新しい試みがなされています。若手の成長も見られるでしょう。見られない場合もあるでしょう。イヴェントとしての形態も今回は気を使っています。

 前売りはなく、行くよ・といってくれたヒトはフロントで前売り料金で入れます。別に自主制作した整理券的なものもトドムンドにあります。それも前売り同様です。

 そして、The LABEL Rafflesia および TODO O MUNDOへのリンク完了しています。どしどし訪れてくださいね。



 Elis Regina canta "Formosa"

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2010年03月06日

啓蟄だった

 さて啓蟄であって、啓蟄ながらちょっとした寒波ゆえ、ムシたちも「おっとっと」かもしらんですなあ・とやや心配するのである。

 個々のムシは実は苦手。概念としてのムシですね。あたたかい季節とともに現れる「生命力のシンボル」としてのムシが出てくる日に、おれも「こんにちは」したのはかれこれ52年前ということになる。

 各方面からのお祝いのサムシングをいただいた少数精鋭のみなさま、ありがとうございます。まあ・別にめでたくないけど、なぁんて斜に構える態度の悪さのここ数年でしたが、今年は去年から色々あった中でのANNIVERSARIOということもあり、ここはひとつ素直な気持ちで感謝申し上げるのである。お誕生日近辺は悪い「気」がもっとも入り易い時期で、それを友人家族のチカラを借りて「どひゃー」とか「ずかーん」とか「ひゅーひゅー」なんて言葉にならない声などで、ガードするというわけだった。意味があったのよね。いや・少数精鋭のみなさん・ほんとにありがとうございます。少数精鋭ってのがポイントよ。

 この時期バースデイ・シーズンである。しかし、何かにかこつけてさわぐ・なんてのはこの沈みがちな21世紀のメンタリティにはいいのではないか・と思ってる。

 本日も@Todo O Mundo、なんかお祝いをしてくれるみたい。なんか、「おれトリビュート」ライヴもあるらしい。恐縮です。でもおもしろいものが見れるかも・多分。



 きみを「損なっちゃった」よね。この場をお借りしてお詫びしたい。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:42| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

ustream , go!!!

 そうそう、忘れてた。

 USTREAMの第2回放送が今夜もうすぐからありますよ。

 今回のタイトルは「ハッピィ・バースデイ・眠り髭」です。

 眠り姫の間違いじゃないの?

 ううん・眠り髭よん。


 ヒマで狂いそうな方・よろしければ。

 
posted by 浪速のCAETANO at 19:02| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

周年御礼

 TODO O MUNDO周年にいろんな立場で来ていただいた方々、要は「現場におった方々」ですけど、ありがとう&おつかれでした。おれも「普段より多め」に演奏させていただきました。

 さてと、ここからだよね、現実的には。

 いろんな発信とオープンマインドが大切かな・とおれは思ってます。いいヤツと出会いたいですね。せっかくの「場」だから。

 まあ将来のことは「未定」であるから、何が起こるか・なんてわからないけれど、結果を怖れず、ベストを尽くすぐらいしかないですからね。できるだけ「明るい思想」でね。

 最近、最後までどうも店にいられない。何故か? わからない。最後までいない方がきっといいのだ・と無意識が告げている。いろいろ気を使う。ヨッパライの不毛の攻撃も後味悪い。まあきっとそんなところなのだろうけれど。酒に関する体力も落ちてきてる。

 昨夜は「YOU STREAM」の実験をやってみた。店内の様子をリアルタイムで配信するのだけど、まあモニター注視しているわけではないので撮られてる側にはそんな自意識もなく忘れちゃってるのだが、まあなにかイヴェントの際には発信をしてみたいわけである。一応ターゲットは世界中なのだが、きっと見る人は一桁人だろう。それでもいいか・と思ってて、しかしその無駄打ちがやや好転されるためには、「ラフレシア」であるとか「トドムンド」であるとか「浪速のカエターノ」であるとか・そんな単語をもっと「流通」させないといけない。

 おれたちのパブリシティべたはなかなか自信があって、そんなことであるから、自己満足に終わる可能性も大ながら、ややヒントになることではある。

 しかし、店やら音楽やらやっていて最近思うことは、このサイテーな時代を共有している人々とはなんとなくコミュニティ的な付き合いにならざるを得ないところがあって、そこはとってもいいことだったりする。もう一歩踏み込んでみたいところでもある。

 さて、これから「バースディ・シーズン」である。たまたまだけど。なにかにかこつけてわーわー騒ぐのはこのサイテーな時代へのレジスタンスみたいな気がしているが、何かの先送りかもしらんが、先送っとくことは基本的に悪くないのである。


 粋な男をいいオンナが歌う。
posted by 浪速のCAETANO at 18:34| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

明日は周年

 ヴァンクーヴァー五輪の開会式をぼーっと見てた。アルベールヴィルには到底及ばないが、まあまあ良かったのではないか。しかし新大陸の国はどうもその歴史の大半が先住民によるものなのであって、しかし、先住民の扱いは「イロもの」だから、そこが気に入らん。

 カナダはしかし、その先住民政策に関してアメリカよりはずっとマイルドな手法でやってきている。そこは救われる。軍事同盟を結んでいるのは日本と同じだが、必ずしも無批判なアメリカ同調という態度を取らないところも好感を持てる。最近の語学留学はニュージーかカナダと相場が決まっている。セキュリティの問題が解決されているということだ。カナダ人は元々アメリカからやって来た人々だから、根は同じながら、元イギリス人も元フランス人も、どっちかになることを強制することなく共生しているところは知恵があると思う。

 カナダ人と言えば、ニール・ヤングがそうだし、リヴォン・ヘルム以外のザ バンドのメンバーは全員そうだ。カルガリー五輪の時はロビー・ロバートソンが、開会式の音楽監督をやっていたと記憶する。

 冬の五輪はどの競技も技術がより多く必要だ。国別の入場を見てて思ったのだが、ヨーロッパでも温暖な地域・例えば南欧のスペインでも10数人の選手団、ポルトガルにいたっては「一人」だった。中欧・北欧はそりゃ多いが、それでも日本より多い国はそんなになかった。どこもお金ないのね。と、考えると日本は「あるとこにはある」ということになるな。国威発揚のためにはお金出すねー。それでも前回はメダル一個だ。

 冬の五輪で面白いと思うのはなんと言ってもアルペンの滑降。今はダウンヒルっていうのかな。アクセル・スピンダルという恐ろしく速いスキーヤーがいる。ほんとにこのヒト、おっそろしく速い。時速160kmにもなるという。人間が機械のチカラ借りずに出せる最速ではないのかな。

 スピード・スケートの1500mってのも面白い。この距離は短距離と長距離の両方の選手たちが出る。短距離の人は間違いなく失速し、長距離の人は間違いなく後半盛り返し、というのが際々のところで繰り広げられる。「いいですよー・いいですよー」の解説の人は今回いないのだろうか。

 あとはアイスホッケーかなぁ。こんな時しか見ないが、これは燃える。球技といえばこれだけね。なんか、いつも思うのだけど、すごいもんを見たいね・どうせならね。

 さて、明日日曜はTODO O MUNDOの中津来て初の周年です。まあ、だらだら飲むのがメインだけど、ちらっとだけライヴも前半にあります。チャージは1000円です。フードつき。その代わり、みなさんスパークリング開けてよね。お願いいたします。いつも通り18:00から開いていて、ライヴは19:00ぐらいから始めて、そんなに長くはないです。

 前祝いに何人か来ていただきましたが(オブリガード!!!)、まあ明日は明日でジャスト1年なので。

 では C U Tomorrow。

 ラストワルツに於ける名演。


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2009年11月19日

投げ銭やや不発ながら

 アンプラグド・と言えば聞こえは良い。

 難聴の方にはややきついか。

 カオリーニョ藤原の投げ銭ライヴ@TODO O MUNDO・numero2。

 カオリーニョ藤原を中心に、キングちゃんと浪速のカエターノが時にチャチャ入れる・というスタイルも二回目で定着したのかな。背後からセメる・ってのもコミで。

 高校時代のヒトんちでスタジオ入る前の練習みたいな・そんな雰囲気もあるが、ヤッテル内容が高校生ではない。プラグドならそのまま録音して、ライヴ音源にもなり得るほどのクオリティなんだからさ。

 ただもうちょっとお客さん来て欲しかった。ひとりひとりに投げ銭の負担がかかるよね、少ないと。匿名性が低くなって。でも来て「投げて」くれた方ありがとう。パートのおばちゃんは・残念。

 でも毎週やるとそりゃしんどいか。特に来る側が。

 でもまた突発的にやりましょう。

 でもやっぱ、値打ちを感じていただかないことにはどうしようもない。感じて。

 ノエル・ホウザ
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2009年10月23日

BOA NOITE!!!

 せっかくひさしぶりに創作意欲が湧き、「ええぞええぞ」という感じだったのが、法務局行って見事に萎む。

 くそー・である。

 ほんまにくそー・だ。

 病気になる。あーいうところに30分もいると。

 それにしても、昨夜は楽しかった。気合いも入りすぎず・抜けすぎず。どなたでも楽しめ、気も楽で、ナチュラルな盛り上がり。背後から客をセメる・という手法を編み出すカオリーニョ藤原エラい。狭い店ならではでした。キングちゃんもあれくらいの量のブルーズなら、ヘヴィでもなく、かつ・やった気にもなるよね。おれも燃え尽きず、軽く、アーティスト部分だけいい感じに刺激され、だから創造意欲が湧いてたのだ。それをあの大阪市法務局の・・・、

 まあ・ええわ・ユルしたる。

 最高のメロディが浮かんだ・と思えば、消えていき、テレコを取り出せば、やっぱり、記憶通り電池がなかった。そりゃそうだ・と思いヨドバシカメラにICレコーダーでも買いに行こうと思い、じゃあついでに法務局も行っとくか・となったのが大間違いだった。

 今日は途中で大間違いの大失敗だったにも関わらす、昨夜はそのプロトタイプ作成の実験ライヴとしては大成功の「奇跡的にいい夜」だった。中津で初めて、曾根崎の「あの」感じが出た。こっちこじんまりだから、余計なんというか密接な感じもするわけよね。ゲラちゃんのような小型相撲取りぐらいのヤツが居ても何とかなりました。なんとかなるもんだね・なんとかしようと思えばね。

 今後はあの時間空間をできるだけ多くのみなさまに味わって欲しいものだ・と思いました。入れ替わり立ち替わりね。鉄板の部屋がヒト入りきれなくなって、真ん中の部屋に人だかりがして肩越しにこちらを見ながら聴いてる・という絵を幻視する。きっとそれは現実となることでしょう。

 できれば月イチでやりたいね。何かこれまで勢いがつきそうになると、ネコが死に、A美嬢がアバラを折り、Mタキが自分ジャーマンスープレックス投げっ放し・する・みたいなことばっかで、ほとほと「お祓いでもしてもらうべき・やっぱし」なんて思いかけてた。なんか付き合いきれんわ・という気分になっていた。

 これまで、いーっ・てなってたのはただの食い物屋とかバーとかなんでもいいのだが、そんな視点にばっかり晒されていて、そこにものすごく自分が「消耗」してたことがあった。いや、もちろん、そこは大事なところで、それが中心なのだけど、もちろんしっかりやっていただかねばならんのだけども、それだけ・という評価の視点はやっぱりややツラい。

 昨夜やってほんとに良かった。メゲることだらけで、もうどうしようか・などと思っていたところに一筋の光が一瞬見えた。そこは幻視ではないことを祈りたい。ていうか、今度また意識して見るし。


 しかしMCのヤツの服・派手過ぎではないのか。ボランはVo.G.共にグー。
 
posted by 浪速のCAETANO at 18:30| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

よかったら・ね。

 まあこのような時刻にお誘いをしたとしても「効果薄」とはわかっているものの、まあそれでも、記念すべき中津での一発目のおうちライヴであったりするから、日曜の夜ですが、ちょいとTODO O MUNDO冷やかしにいったろう・または旨いワインが飲みたいなあ・あるいはおれORあたし「ヒマで狂いそうである」といった方、よかったら中津まで来ませんか。

 本日は大皿料理とドリンクオール500円自己申告制でやってます。チャージは1000円でそのなかには食べ物代も含まれているという良心の店TODO O MUNDOです。食べて飲んでわいわいやりたいわけだよね。

 ではでは。


 本日のネタばらし。ボサノヴァだけがブラジルのおいしいとこでは決してない。ビートルズをはじめとした当時のロックの影響が顕著なこんな曲も大変素晴らしいわけだった。真似って、したとしても必ずその人間が出るじゃない。自分のカラダに染み付いたものがある人なら余計にできたものはアマルガムとなる。
posted by 浪速のCAETANO at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

抵抗は無意味・でもないのかどうか

 思い立ってヨドバシカメラへ。5分だよ・5分。

 店の音楽にどうも「脱国境ムード」がイマイチ足らん・と思い、曾根崎初期〜中期にアホほど作った編集MDの代わりのCD-Rを編集しよう・ということである。

 今、TODO O MUNDOは音楽の比重が低く、多分それは対面カウンターになったこととお客の特質の相乗効果なのだろうが、それとあんまり音楽に興味のあるヒトが来てないこともあるのだろうが、おれとしてはやや不満も残る。だから、少しずつそっち方面、版に焼いていこうと思ってる。

 やはり作っていたMDの数は膨大で、そこに選曲家のセンスと聴く者へ対するくすぐりなんかもあったはずなのに、それが全滅してるということは、音楽の比重も低くならざるを得んなあ・と思うわけ。それはしょうがないことなのだった。

 まあ、レジスタンスを始めるというわけね。自分の店でのレジスタンス・というのも変な話だが。

 日本人は基本的に音楽なくても生きていける民族だ・といささか乱暴だが言ってしまえる。必要としている人々も一部であり、その中には必要としている「気」がしている人も多かったりするし、一時期のはしか・みたいなことになる人もその中の多数派で、だから、結局「良い音楽」これの定義は一般化できなくて難儀なのだが、もうそんなこと言う時代でもないのかな。であるなら、好きな音楽・ということにしとくのがいいかな。その好きな音楽に包まれて、お客もそれに反応してくれることが嬉しいのだけど、なかなか難しいのかもしれない。

 まあ・それでもかまわないが、レジスタンスである。

 しかし、一体誰に対するレジスタンスなんでしょう?

フェアポートのライヴァル、PENTANGLE。ベースは今リチャード・トムプソンとやっているダニー・トムプソン。喜ばしい皮肉だ。ひんやりするでしょう。
posted by 浪速のCAETANO at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

実験ね

 やっぱり、この年になると、やってきたことしか出来ないよね。

 となれば、やってきたことをやりつづけましょう・というわけで、豊津が中津に入れ替わっただけの生活、曾根崎が中津に入れ替わっただけの生活というものが求められるわけである。

 新しい土地ゆえ、困難もそれなりにあろうが、ここで初めて「根気」なんて態度が必要になるのだろう。がんばってみたい。

 「根気」に「がんばる」だって。環境は人を変容させるねぇ。受け入れるしかないもんね。お・「受け入れる」だって。

 人と人は基本長い目で見て50:50がいいよね、と同様店とお客も50:50がいいよね。厳密には51:49かもしれないが、いや、なかなかそうはならんことはわかりながらの話ですが、当事者の事情にもよるし、しかし、理想的にはそんなことの方がいい。現場もそこだけではないし、廻り廻ってってこともある。

 中津TODO O MUNDOでもライヴを敢行してしまおうか・と思ってて、奥の部屋をステージにして、一度実験的にやります。

 曾根崎の定例行事がないのはやっぱりさみしかったりする。デッドエンドストリートのような無法地帯ではないから、爆音は無理だろうけれど、そこはややマイルドな味付けならばなんともないのではないか・という気がしています。美しい目の曲を選んでやってみよう。

 日は日曜で時間は夕刻からがよいでしょう。

 今度かその次か、またここか店のブログにてお知らせします。

 季節柄、こんな気分だったりする。


 
posted by 浪速のCAETANO at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月12日

バランスいい夜

 昨夜はまあ早めに帰って、本日吹田まで税理士のところへと行く。

 昨夜はTODO O MUNDOバランス良く、可愛い女子が二人お座敷に、可愛くない髭野郎が一人・失意のアーティストが一人、松竹芸人が一人、スペイン帰りのおじさまが一人、失恋の女子が先輩と、というヴァラエティに富むラインナップだった。

 男男男男男男・男、というイカクサさにA美ちゃん参りがちだったから、梅雨入りしたことだしねぇ・それはとっても良かったのである。

 バランスとは大切である。インバランスは文字通り平行でも平衡でもなくなり、とある方向へとSKEWしていく。とある方向とは、まあ日によっていろいろだが、どっちでもいける状態と、もう行ってしまうしかない状態と、行って一生帰れない状態とがある。

 店主として畏れるのはダイナミズムがあるうちはまだいいの、行ってもう帰れないっちゅうのが困っちゃうわけである。

 昨日はどっちでも行ける「余裕」の状態でちょこっとどっちかにSKEWしたかと思えば、逆方向にも体重掛かり、ひじょうに心地よく、疲れなかった。疲れる要素はいっぱいあつたのに・だ。それはとりもなおさず、お客のヴァラエティの成せるワザであって、そんなのがいいなあ・と思ったよ・いや・まぢで。

 バランス悪いのって船なら転覆である。

 見た目の暑苦しさをその歌声とギターで見事にバランスを取るRON SEXSMITH。いやー・バランス・ってとっても大切ですね/ですよ。
posted by 浪速のCAETANO at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月30日

もうひとつのTODO O MUNDO

 トドムンド浜松派遣村と「同姓同名」の中津トドムンド店主です、こんにちは。

 歴史は我々の方が長いです。しかし、それは我々がというか、あるオトコが15年前ほど前から「ポルトガル・ブラジル狂い」になってしまったことが原因です。そして「言葉」とはその文化に関わるすべてのヒトビトのものである。だから「トドムンド」という発語を世に広めることはいいことです。

 日本人はあまりに言葉に対して「カルい」と思われます。言霊の国の歴史と伝統は今や何処へ? という感ありです。すべての言葉を4発語へと縮めるようなことに関しては「なんかなあ」と常々思っている一人でもあります。そんなに急いで何すんの? という気持ちです。

 いや、別に大したこと・何もしとらんのよね。縮める快感と、それによって対象の「矮小化」を計っているだけなのです。何故矮小化が必要かというなら、そうでもしないと、どんどん相対的に小さくなっていくオノレがモたん・ということに尽きます。すべてをカルくしないことには、現実に潰されてしまうヒトビトの「嘆きと叫び」がそこにはあり、しゃーないなあ・ということなのね。情報がヒトビトのこゝろを蹂躙しているわけです。

 浜松・というからには、トヨタ関連の仕事場がたくさんあったのだろうことが想像出来ます。カエターノが東京・大阪、そして名古屋で公演したのも、マリーザが大阪には来ず、東京・名古屋だけだったのも、在中京のブラジル人の存在が理由にあります。公園でカポエイラの練習をしているなんてこともあると聞きます。

 あの、フィリピンの、不法入国でおとうさん・おかあさんが強制送還されたあの女の子の例を引くまでもなく、日本は「外国人」に対して非常に冷たい国です。その冷たさは「時代錯誤的」で「イナカモン的」の両方の性格をもちます。気分は「いまだに鎖国」なんだなあ。外部の者に対する拒絶感はどこにでもあります。「都会」ではないんだね。歌舞伎町やらそう言う一部を除けば、ほんとの意味では。都会が良くて、村がダメという意味ではないですよ。どちらも、良さと悪さを兼ね備えていて、そのいいとこだけを安易にミックスもできない。しかし、どちらかにベースを置きながら、もう一方を改善して行くなんて姿勢がないと、社会は活性しないし、共同体の回復も有り得ない。

 新聞等で報道されているように「TODO O MUNDO」はMUNDOを世間と見るなら、その意味は「みなさん」ということになり、文字通りMUNDOを世界と読むならALL OVER THE WORLDとなります。どっちもいいね。閉塞感からは遠くって。

  おれなどはギター一本もってそこへ行き、ブラジル歌謡の3時間コンサートでもやっちゃおうか・ぐらいの気があります。

 今はなきシネマアルゴにて映画「クアトロ・ジアス」の初日に開演前ライヴをしたことがあって、「ブラジル人を泣かした」こともあるわけで、ほんまに行っちゃおうかな。「浪速のカエターノ」でした。「浪速のルイズ・ゴンザーガ」でもありました、その時は。どちらの称号もブラジル好きの「他人」による命名です。自分で言ってるんじゃないのよ。

 何度も言うけれど、トドムンドという発語が「奇異」なものにならなくなることは「良し」である。そして、その派遣村が機能することを祈ってる。

 困ったヒトたちがいて、そのヒトたちが自分を守ろうとギリギリのところで組織した集まり、そこへ名を付ける。そんな状況でのその名は「希望と連帯」を内包していものでなくてはいけない。それが「トドムンド」だった。発想としては同じであります。おれはそこんとこ「誇り」に思うし、自分のチョイスが間違ってもいず、かなり先の世界を言い当てていたことが良かったと思ってる。いつだって早過ぎて、自分が飽きた頃に世の中が追いついてきて・あ〜あ・なのだけれど、自分の停滞ってのもたまには変なシンクロがあるね・と思う。

 おれの気持ちとしてはね、そのヒトビトすべてに「トドムンドのカイピリーニャ」をふるまいたい、と思ってます。
posted by 浪速のCAETANO at 10:06| Comment(1) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月19日

理想を追っかけ

 何かやっとかないと落ち着かないので本日も@Todo O Mundoである。

 今日はイタリアンテイストの白身魚のホイル蒸しでもふるまおうと考えている。店の理想というのがあり、というか、自分が客ならこうイキたい・というのがあって、まあ、そのぅ、個人的な熱狂・からしか物事は始まらないから、それでいいのだ・とバカボンパパ化してしまうのだけど、それは白あるいは泡から始めて、サカナを食べ、ちょこちょこっといろんなものを食べ、そして赤へ移って、肉をちょいと食べ、みたいなコトなのだけど、まだ店の中がばたばたしていて、おれの主旨が未浸透ではあるが、はやくそうしたい。気取ったメシというわけではなく、鉄板の守備範囲の広さをフルに使って、繊細なものから下品なもの(下品とは悪い事とはちょいと違う)まで、セオリーなどなく、順番もなく、ただただ喰いたいものを喰い、飲みたい酒を飲む。そんなのがいいのである。

 だから時間があれば店にいて、焼きたいときは焼くわけなのである。

 オープンキッチンの良さもコワさも、わかるのはまだまだこれからで、夜が更けてきたなら、そこは気楽なバーと化し、強い酒なんかが出て、しかし、また小腹が空いたというのなら、ナシゴレンや娼婦パスタや酒盗パスタやら、ピザやらガーリックライスやら、あるいはエスニックなオムライスをみんなで分けっこして〆たいわけね。

 やはり、そのイメージの源泉はデッドエンドストリートにあり、人が自由になれる場所としての店でないと意味がないと思うのである。今は店の者だけが自由な感じだけど、そんなことをみなさまに浸透していきたいと思うのである。

 中津の街はなかなかに保守的でもあり、しかし、そんな中、水に真っ赤なインクを一滴落とすかの如く、少しずつなにかからなにかへと色をつけていきたいわけであって、デッドエンドストリートの「あの」ニュアンスを出すその日まで精進・というわけだった。

 まあ今んとこ夜まで騒いでも苦情は・ない。これからあったかくなるに連れ、もっといい雰囲気になると信じている。昨日はドアを半開けにしてマリーザ・モンチが中津の通りに漂っていた。今まででは有り得ない「素敵」だった@中津。

 明日はおやすみだよん。今宵マージナルヴィルでお会い出来ればいいでしょうね。
posted by 浪速のCAETANO at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

環境も劣化

 小沢くんツブしは、道半ば。

 それにしてもさぁ、「世論調査」と言いますが、メディアがこんだけ「小沢・悪」の番組やって、その番組のプロパガンダ効果は? とまさにそんな感じよね。

 いや・がんばってほしい・小沢くん。ぜひ・がんばってほしい。千円ぐらいなら献金するよ。今は自公の政権を潰すこと・が最優先なのだと思う。その後の事はその後のことでいいと思う。それにしても早くしないと。みんなが大変だからね。

 明日は中津ご近所挨拶回りに行く。ご近所は大事である。なかなかこの時期忙しくて時間が取れなかった。いろんな場面での「充実」は必要で、ばたばたの中では、ガワはできるが、そこんとこが難しい。

 その一つが音楽だ。店の音楽なのだが、曾根崎で使っていたMDがハードもソフトもナガイの体液によりインでしまっていて、しかたなくiPodでやっているのだが、そのシャッフルの空気読まん度にムカつくわけである。だれのやねん? と問えばおれのやん・となって自分で自分顔面パンチしたくなるのだが、もうムカついているのだ・とにかく。

 トドムンドの環境はそのMDによるところも大きく、それがないとなると、よそのアホな店の環境と重なって、いかん・なのである。大至急なんとかせねば。

 音楽なんて、どーでもいいヒトにはどーでもよかろーが、おれらはそうはいかんのね。

 曾根崎には「女の声」という編集の名MDがあり、そこにはドゥルス・ポンテス、カトリーナ・スパーク、ハレス・アレクシーヴ、ドリス・モンテイロ、アマリア・ロドリゲス、サンディー・デニー、メアリー・ブラック、ファイルース、マリーザ・モンチ、ガル・コスタと言った、「真実にいい歌」に溢れたMDがあった。それがヒトのこゝろに沁み、そしてヒトを勇気づけ、何故か? それは「真実にいい歌」だったからなのだ。

 今はそれがない。それがほんとにいかんことなのだ。早くも第一の危機がやってきた。
それを今やろうとしても、12年前とは状況が変わった。アナログ・プレーヤーは故障、iMacのドライヴにはDVD入ったまま、出て来ない。したがって、iTuneをこれ以上増やせない。最悪だ。

 困った。
posted by 浪速のCAETANO at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月01日

らしい・夜

 MARCH HAS COME.

 SPRING HAS COME. と言えんところが辛いところだ。ただ、朝方中津から帰ってきて
2時間ほど寝て起きて、ヴェランダにでたら、あったかかったですねえ。気がユルみかけた。なんかいろんなことがどーでもよくなりかけた。アブないとこでした。

 あたたかさは人の緊張をほぐす。北風には負けなかった旅人が太陽のあたたかさにコートを脱ぐ気持ちもわかる・というものだ。

 冬〜春の季節の変化ほどドラマチックなものはない。やっぱりこの季節が一番好きである。そして「感情」ももっとも騒ぐ。感情の表面が「粘膜」となる。ちょっと触っただけで、イヤン・となる。困ったものなのだ。

 昨夜のTodo O Mundo、やはりアホが集合するとおもしろい。アホがアホでいられる場、まあアホの種別はなかなかデリケートなバリケードではあるが、そこは阿吽のアホたちである。店は半分以上「お客」によって完成へと向かう。

 曾根崎の記憶が日々、ある特定の場所へとしまわれていくのを感じている。寂しさのようなものが薄れていきつつある。現実への「適応」とでもいうべき何かなのだが。

 昨日も言っていた事なのだが、現在のトドムンドのある場所は「キタの辺境・中津マージナルヴィル」である。ではどこが中心なのかというなら、やっぱりそれは梅田。梅田は拡大していて、例えば梅田芸術劇場・大淀方面で言うならスカイビル、そんなランドマークからおれたちのいるところまでは実際に歩くとほんの少しの距離である。しかし、意識の距離というのは少し違って、その梅田文化圏のはずれにある中津は、またまたそこが「エアポケット」のような場所である。店の周りを夜に歩けば、高層ビルが手の届く気がするところに見える。おれたちのエリアは、その眩い明かりと関連がありそでうっふん・なさそでうっふん・なのだが、おれはそう言う状況を楽しめるようになった。街の記憶がリニューアルされた風景を眺めながら、中津界隈のリアリティは何か・取り残されたような一種のサミシさもあり、そこに哀愁もあり、その感情はおれは嫌いじゃない。よく似てるなと思うのは一周回って、やっぱりデッドエンドストリートなのだ。その取り残された感は貴重なリアリティでもあったりする。

 街全体が「隠れ家」である・とは最近頻出フレーズだけど、おれの実感でもある。デッドエンドストリートに勝るとも劣らぬ「アジール感」であることはちょっと言っておきたいな。

 どこか他の世界に通じるような感覚。それは新トドムンドにもあるのね。ワームホール感と言い替えてもいいか・と思う。奥の「謎感」がそそっているかな。

 ワインを開けて、「これ旨いから飲んでみて」みたいなことでお客同士で分けっこしたり、昨日はミルクマンが来てくれてたから、ミルクマンが映画の「パパは何でも知っている」になって、みなさんの質問に答えてる様子なんて、すごくいいムードであった。これぞ・トドムンド。

 まあ、毎日そんなことにはなってないが、通りを通るみなさんが、「突然」出現したトドムンドの、まあイヌ・ネコでいうなら「コーモン嗅いでる」時期で、しかしながら、外に置いてる名刺も少しずつ減り、まあぼちぼちでないと物事は進まんのだけれど、それでもSLOW BUT STEADYで何かは亀の歩みで進んではいる。もうバブルは要らないから、みんなが無理なく続けれる環境にならないかなあ・と思う次第。

 そうそう、S井くんが曾根崎の旧トドムンドに新トドムンドの移転のお知らせを貼ってくれているはずであった。そうやって協力してくれるヒトがいるなんてのが、泣かせるのである。

 形・場所・そんなものは変わるのは当たり前だが、底を流れる、まあこれは関わる人間の性格・性質に由来するそれぞれのグルーヴ感はそう簡単には変わらない。

 本日は日曜定休ですが、月も替わって、人の気持ちも変わって、ということは次のフェイズがそこの角で待っているかもしれない。
posted by 浪速のCAETANO at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月28日

失禁しちゃうぞ・

 エロバカトラックバックをデリートして、しかし、何が嬉しいのか・と思いながら。そんなことにエネルギーを使える事がある意味羨ましかったりする。

 無駄なことができる幸せ・ね、ま、それが無駄・とはこちらの評価であって、多分それはある仕事の一環なんだろう、だから、まあ・いろんな仕事があるだろうから、それはそれでやってもかまわんよ・とは思うのだけど、トドムンドのトラックバックにもかなりのエロトラが満載で、今は亡きユルフンが、消し方わかってなかったと思われるが、延々残したままであって,アッタマ来たからパスワード変えた瞬間に消した。ブログの管理においても「人」が良く出て、ユルフン管理のブログはユルフンらしい「だらしなさ」に溢れていたわけだった。

 しっかりカレー作れ。

 それはまあよしとして、本日、トドムンドへと行きます。

 ねぎま、ブリ照りなどもあります。なんだか日本酒のムードだな。でもそれで赤もおいしゅうございますのよ・いや・まぢで。

 二階への階段も確認しないと、なんかちょっと「機能的すごい」になってるとミタキの自慢のメールが届いていた。

 では、マージナルヴィルのTodo O Mundoでお会い出来れば。
posted by 浪速のCAETANO at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月16日

少しずつね

 疲れたが、でもよかったと思う。

 まだREBORNしたばかりなのでなんとも言えないが、でも、いい店になると思う。居心地はすこぶるいい。昨日は二つ目の部屋にとりあえずおいたソファでぼーっとしていたが、時間を忘れた。疲れていて中川財務相だったのかもしれないが、まだ酒は飲んでなかったから、ちょっと違う。ソファは今・足を取っているから視線は小津映画の低さ+10センチと非常に昭和の日本的だ。相撲取りが座るぐらいの座布団が欲しいなとおもっている。

 とは言うものの、別に・特に昭和的なニュアンスに溢れるというわけでもない。昨日は小物をあちこちに設置して、そうすると、さらにトドムンドらしくなる。

 中津にこんなもん作っていいのだろうか・なんて気にもなる。街全体が「隠れ家」と言った感じの中津である。中津に初めて降りた・という不届きモノもいる。

 まだ大学5年の頃、千林大宮に住んでいたおれは、阪大のBOXでのリハにギター担いでチャリに乗って中津の駅にチャリを放置し、待兼山まで通っていたのだった。今の「いこい」らへんに置いてたんだね。時代と状況ぐるりと回って「縁」があった。

 阪急のヒト、お願いだから「中津駅廃止」なんてヤメていただきたい。中津の駅は日本第三位の「細さ」であるという。名誉な事ぢゃん。かえってみんな安心してないからね。イノチがけで電車待ってるよ。素通り多いけど。両方からの同時素通りより、両手を広げプロペラのように回っているヒトもいます。中津ホーム上プロペラ・フェッテと言われています。

 しかし、日曜日はヒトもネコもほんとにいない。笑っちゃうぐらいの人通りのなさである@中津。

 今週は2つめの部屋を塗って、来週には3つめの部屋を完成させて,後は「ソフト」の充実かな。

 鉄板で何でも焼いとこう。昨日はシュニッツェルにソールのムニエル、そしてまぐろの顔・牛串のコノヤロ焼きが好評でした。曾根崎からのメニュー、ナシゴレンなどは鉄板はすごくおいしく出来る。

 今週はおれは行けないから、A美ちゃんとミタキor誰か・のノリで店は回り出すだろう。早くそうなって欲しい。タイトロープにつま先立ちは変わらず、精神的にも健全とは言えんながらも新しいフェイズの日々は過ぎていくのだろう。すこしずつしか物事は進まんからね。

 


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2009年02月12日

移植が成功する

 昨夜は中津泊でマシンで寝た。

 ドアが付き、泪・涙・ナミダである。トドムンド日誌・参照。

 今日は法務局〜区役所とリーガル関係の処理。これから行ってくる。サイトーがお金を振り込む気配がなく、というかそっち関連のヒトビトどうも信用出来ず、殴りたい。約束は守れよな。まだ一時間あるから・まあ待ってる。

 本日は「発表」もある。こうしちゃいられないから、とりあえず動こう・と思う。

 
 で池田の法務局・北区役所と回って来た。8V入院中ゆえ、サーブで行く。コンヴィニエンス・ストア・カウボーイズw/HONZIのライヴ・テープがあったので、行って帰る間に一ライヴ終わる。うーん・なかなかカッコいいのだ。オトコの色気に溢れていた。

 以前は普通にやれてたこと・それもやや倦みながらやっていたことが今は普通にできないのだ。贅沢だったのだなあ・と思うと目がうるっとなるが、まあ・中津でイチから出直しなのである。謙虚にいきましょう。

 サイトーは振り込んでいた。雀の涙が帰ってきた。

 今見て来た店のフロント・フェイスも良い・と思う。今回の造作はペンキ師匠とペンキ弟子そしてシェフがほとんどやったのである。おれは何してたかというと、あーでもないこーでもないという役を今回もやった。しかし、その役目もいるのね。小学校時代の図工だけ2とはあんまりカンケーないのである。その代わり、晩メシの用意をした。現場の炊き出し担当である。こんなときに身内にメシを作るのはまあ得意技である。満足していただき、本日の疲れが吹っ飛び明日への活力へとつながるメニューにさせていただいた。

 まあできること・できないことがある。あんまりできることがカブらんのでいいチームワークと言えようかと思う。拓坊もよく手伝いに来てくれている。感謝している。床の木枠を黙々と切っていたのは拓坊である。それにくらべ・・・・・やめとこ。

 明日は保健所のおっちゃんが確認に来る。床が今日あがって、棚も出来て、フロントフェイスも大まかできて、明日はフロントライトもつくだろう。おれはトドムンド玄関オブジェの改良を仰せつかっていたのだった。忘れてた。ちゃんと「立つ」ようにしないと。縁起悪い。

 今日で私立校の発表終わるだろうから明日は朝から「失禁」したいものであった。

 カンケーないがダイハクリョクより、マルタニ塾トップページの基礎学力が基礎「額」力になってる・指摘を受ける。確認してみると、・・ほんとだ。おもろいけど、A美ちゃん・たのむでしかし。しかし「額力」って・・・・・・究極のプラグマティスト塾やったりする。
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2009年02月04日

中津のための

 原稿書きでエア・ポケットのような日なのだが、そんな日もあっていい。

 ただ、ちょっと出遅れてしまったし、今週は塾の始まる時間・ちょっと早いから、途中で中断することになるだろう。

 そして中津に関するおれの担当。二階部屋の秘密の設備・というほど大層なものではないが、これがあると現代人は救われる・というモノを探している。何個か候補が有り、ちょっと迷う。あんまり新型でも場所取るしなあ・ややシブ目がいいなあ・しかし、効果はないといかんしなあ・しかし高すぎるのもなあ、など迷い出すとキリがない。

 まあ・しかし、楽しいひとときである・これ。

 コスト・パフォーマンスの鬼・と化してやるのだが、こんなときアホのこだわりを見せてしまうおれはやっぱ・アホなんだろう。しかし、これあったらホントいいんだって。みなさんの「小さな幸せ」のためにおれはやるのだ。ん・なんかカッコいい。

 二階のコンセプトは今回は鄙びた旅館や民宿の一室なのね。そして「お客のお客によるお客のための自主的な営業」を目指してます。なんかよくわからんと思いますが、まあそのぅ、携帯による注文とか、そんなのは曾根崎をTAKE OVERしてさ、やっぱり「ユルむ」ってことは大事であって、活気に溢れた部分としっとりした部分とユル〜い部分を混在させ、大きな中心があって、しかしマージナルなパートが小さな中心にもなる・そんなことを考えてる。それをマルタニカズ選曲の音が包む・といったイメージなんだからね。

 そうこう言ってるうちにもうデッドラインまで10日切ってしまってる。こちらもそろそろケツに火つく頃である。

 もう・ケツ・火傷だらけである。

 

 
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2009年01月15日

求む・Volunteer大工

 頼みの「敏腕シロート大工」のおっちゃんが、身内の不幸間近の一進一退で手伝ってくれなくなった。あららー。

 中津のドアは曾根崎から持ってきた。あのドアはトドムンドの顔であって、あそこからみんな「どんなんかなぁ」と覗いて、それから入ってきたものである。だから持ってきた。

 枠組みを重かったカウンターの二次活用で作り、ドアを嵌め込みたいのだ。

 VOLUNTEER大工の方いらっしゃいませんか? どなたか。

 朝から保険屋がきて、中津を見に行ってきたみたいで、「あんなとこでやらはるんですか」と言うから「そうですよ」と答える。

 曾根崎を立ち上げた時も、同様の質問は受けた。だから、以上・である。

 午後からはホシザキと折衝。でも元ユルフンの愚行により、冷蔵庫がダブルになっていたのがめぐのにーちゃんが買ってくれそうで、そこはよかった。

 元ユルフンの壊したもの:
 ルノー・エクスプレス
 冷蔵庫
 その他、壊れかけ・あるいは・「溶かした」もの
 無数。

 しかし、なんで「溶ける」やねん。特異体質である。「強酸性の液」を体内に持っていると見た。

 中津に行くとなかなか片付いていてびっくり。ごくろう・である。

 いろいろおれ自身に問題があって、うまくいくかどうかわかんないが、少しでもいいようになればと思ってる。

 それにしてもVolunteer大工の方・だれかいませんかー?
 
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2009年01月10日

引っ越しは完了でした

 引っ越しは完了した。

 ひょっこり「えのもと」がやってくる。「どうしてんのかなあと思って」「もう露地は終わりやわ」

 拓坊・ユルフン・ヤマダ・後からナチュラリーのおっちゃん・A美が合流。中津の「いこい」に二日連続で行く。

 「マルタニさん」と入った途端に誰かがおれの名を呼ぶ。

 前川くんだった。「年末いかれへんくてすんません」

 いや・そんなことはどーでもよくて、ということで連れが帰った後、こちらに合流して飲む。12時でいこいは終了。マージナルヴィルへ移動して荷物で一杯の中、なんとか座って飲んでいるうちにおれの目はマージナルヴィルに「TODO O MUNDO」を幻視したのだった。

 フリー・ピープルの森野くんも前川くんのもと「先生」であるらしい。録音のスタッフがすぐそこにいるなんて、こりゃ便利だ。中津事情を先輩に色々聞く。キタでこんなに注目されていない場所も珍しい。おれたちもひっそり・そして中でじっくり・盛り上がっていこう・と決意する。

 いやー・年末からずっと、「事後処理」が続いて、「初七日」ぐらいのニュアンスである。ちょっと疲れました。

 明日はサイトーに鍵を渡す。おれは初めて「デッドエンドストリート」をツブしたヤツに会う。

 
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2009年01月09日

最終段階

 ミタキ部長・A美監督の下、カウンター外れたよ。

 長い方のヤツは150kgほどあったと思う。男子4人でも抱えて新御堂まで運んだら、誰かの腰がいつか潰れることを予感させるズシリとくる重さで、急遽台車二台によるエジプトピラミッド方式をベースにミッレミリアスタイルを散りばめた急ごしらえの後輪駆動車による直線には対応できるがカーヴはちょっと・なんてローレヴェルではないステアリングさばきの台車ャーズ・により楽チン移動がなされたわけであった。

 これ・使える。前の台車はしょぼいほどクイックなハンドリングでいいのだ。

 いやー重たいものは大方中津へ移動出来てほっとした。

 後はドアと電気系を外すぐらいかなあ。ミタキ部長・A美監督、GOOD JOBだった。

 こんなときおもうのは「専門家」とされる人間たちのショボさだよな。

 専門家・つってもそれは自分の経験内・に限られて、あーでもこーでもない・と意見はは言うが、どんどん話を大層にしていく傾向があるね。仕事を独占するための無意識の発言傾向だと思うが、それにひきかえうちのナチュラリーのおっちゃんは「さすがびんぼーにん」ではなくて「びんぼーにんの知恵」のブリコロールである。おれたちはみんなそうなのだけど。ヤマダもナガイもよくやった。まあ・ナガイはやっぱり「やりよった」けど。

 「現状復帰」してみると曾根崎はやはり築60年の歴史が建物自体に刻み込まれていて、それはいい意味・悪い意味両方だけどね。「一般論」というのをおれは時にひどく嫌うが、いやーでもね、「一般論」では不可能ですね・あれを作るのは。みんな・大方の人々はそれが出来た後に訪れたから、それを「既に在るもの」として捉えてるからおれとのズレができるのね。

 「偏差値的」なことでは盛り上がらんのね・おれが。申し訳ないけど。

 新しいジャンルの創出・ぐらいの話かな。比較対称・うーん・・・なし、なんてのがよいですなあ。

 では「愛」をもって解体の仕上げに行って参ります。
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2009年01月08日

解体的解体

 昨日・行く予定ではなかったが、みんなの慰労の意味も兼ねて、お寿司やさんごっこ・のお寿司を持って店へと向かう。

 涙を堪えながら、解体を手伝う。ナチュラリーのおっちゃん・やるね。

 カウンターを外すのがやっぱりもっとも手こずっていて、施工者の東西新風堂のカワゴエにどーやってつけたん? と尋ねるものの「うーん・忘れた」だって。

 アホであることは昔から知っていた。新ぷー堂と呼ばせていただこう・これから。

 しかし、昨日の段階でゆるゆるにまでできていたのだ。今頃外れているかもしれない。

 塾終わりでおれも駆けつける。

 小野小町が死んで「腐っていく様」を時系列的に絵に描いたものがあるが、やはりそんなことと同様に実際・目の当たりにするとこゝろは揺れる。

 しかし、荷物を本日分・中津へ運び、「次」のためのミーティング。

 今日・明日がヤマ場だ。曾根崎のイームズはじめ椅子たちは中津のカウンター前に据えられている。二つ目と三つ目の部屋の扱いがポイントになるかと思う。これもじっくり考える。じっくり・つってもそない時間もないが、しかし一ヶ月はあるぞ。

 本日は大物を搬送しないといけない。安全靴がいるかもね。昨日もそうだったが。

 慣れんことに対して「カタチ」から入ってしまう滑稽さが内包されている。

 

 
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2009年01月07日

・・の先にあるもの

 SAUDADE DE TODO O MUNDOをアップしたものの、どんどん解体されつつあります。

 「ああ無常」です。わりとこの手の感情引っ張るタチなのですが、明日は自分も解体に参加するので、一気に現実へと引き戻されるからそれを待っている。

 思えば不思議なものである。

 アタマの中の出来事が現実の出来事となり、生活の場となり、いろんなヒトにいろんな感情を湧かせ、そこを必死で守り、その「場」のためにヒトはヒトを罵り、ヒトに殴りかかり、それがプライドになり、それによってプライドを傷つけられ、それがあるために「通り」が出来、「街」のようなものが出来、そこにはその場にしかない「季節」もあり、そこでしかできない音楽もアートも有り、それは幻ではない・と誰もが確信し、「永遠」ということを誰もが疑わなかった・そんなものが今は、撮影が終了した映画のセットのように解体されているのだった。

 TODO O MUNDOは映画だった。

 文学的な意味で言うのではなく、そこに関わったヒト・かけたカネ・エネルギー・鳴っていた音・装置、そんなものを含めて「映画」だった。

 映画にも使われた・とかそんな意味でもなく、おれにとっての「映画」だった。

 まあ・であってもミニ・シアター系だけどね。

 能力の限界までそんなことをやる・なんてこと、ないもんね。それによって監督は莫大な○○を負う・なんてとこも似てたりして。脚本も何度も変わったしね。主演女優・助演女優もね。しかし、救いは、確かに誰かにイムパクトを与え・誰かの記憶に残る・ということであるし、確かに誰かを救った・ということでもある。

 ヒトとはコストのかかるものであるし、コストをかけたからといって、それに対する見返りがそれに比例してある・というものでもない。経済合理性とは関係ありそで・うっふん、なさそで・うっふん、ほらほ〜ら・・・・・・・、とかいうものである。

 あのね、思うのだけど、ヒトはみなさん「映画」を撮ってるのだね。

 コストをかけ、架空のものをでっちあげ、それに真実味を持たせ、あわよくば見る人を泣かせてしまう。うーん・人生の本質がそこにはあるよね。すべてはバブルである。これもまた人間の本質に近かった。元気のあるヒトはおおよそバブルな体質を持っているということに他ならない。その元気はそういうふうに使う以外にないから。

 バブルを過大評価も過小評価もせずそのように「普通」に捉えてみるのもいいんじゃないの・と思っています。

 たかが「泡」なのだ。

 イスラエルに攻撃されているガザの人々のことに感情移入しながら、それを敢えてやらせて「原油価格」をもう一度上げようとしている(としか見えない)世界の金持ちたちを本当に批判するのはこちらの禊が中途ぱんつではムヅカしかったりもする。ヒトを殺すのは絶対にいけないが。絶対に。

 ただ、そんなときに、過去に生きた、それもその精神性の高さによって生きた人々の姿がもう一度、萎えた精神に「喝」をいれてくれることもあったりする。

 トドムンドの正面入ったすぐ、目につく一人の男の「肖像」・覚えてますか?

 そう「エルネスト・チェ」です。

 彼はこんなことを言っている。
 「もし我々が空想主義だと言われるならば、救いがたい理想主義者だと言われるならば、できもしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう。その通りだと」

 カストロとともにキューバ革命を成し遂げたチェ・を社会主義者だからいいのだとか悪いのだとか言うことは意味がない。真の革命家とは、用がなくなれば「追われる」ものなのである。イデオロギーに凝り固まったヒトではなく、その時その時の「何がヒトを幸せに・より不幸でなく・することが出来るか?」という問いに真摯に対応し続けたヒト・という認識がある。当時の世界だと「幸せ=自由」「不幸=不自由」と置き換えてもいいと思う。

 時代もあるのだと思う。当時は誰もがこんなに「カネ・カネ」言ってなかったが「カネ・カネ」と思ってたヤツらは少なかったが確かにいた。資本家・だけども、現在とはその裾野の広がりは比べようもなく、みんなはもっと「狙ってなかった」

 しかし、チェ・が本当に目指していたものは、社会主義的な思想の実践ではなく、その先にあるもの・だったはずなのだ。その先にあるもの・それが今、おれたちがマジで考えなきゃいかんことであって、それは「経済とは位相をずらした価値観」をどれだけ経済とパラレルに持ちうるか・ということだと思う。

 ちょっとでも自分が得する・ということに反応してしまう、おれたちの精神に刻まれている「新自由主義的負の遺産」からの価値を転換した先に、それはあるのであって、それはほんとに「スター・トレックの精神」にも一歩近づくのであって、そうでなくちゃ21世紀になった意味もリーマンが潰れやがった意味も無に帰すのだ。

 ユルフンが「最終的」にひとつだけトドムンドに貢献した・とするなら、チェ・のポスターを「勝手」にあそこに貼ったことだったなあ。

 空想であるとか・理想であるとか、新自由主義下ではもっとも「ぷー」なものとして扱われていた。現実だけが大手を振って歩いていた。自分の理想は地上げの現実の前に「とりあえず負け」ってことになっている。その勝ち負けなんてことももう古い。みんなで「A little bit of WIN-WIN or LOSS-LOSS」でいいんでないの。ここんとこ、「勝ち負け」にこだわったり「根性」とか、むだなルサンチマンを敢えて焚き付けないとするなら、それは「人類の進歩」と言えるような気もしてくる・っちゅーもんである。
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

記憶の中のパラダイス

 
デッドエンドへ向かう 昼間のこと思う
デッドエンドへ向かう 昼間のこと忘れる
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露地に隠れる 時代が遡る
おれのお初はどこに あたしの徳兵衛はどこに

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人間だけでもなく すべてにとってシェルター
ジーナが迷い込む ろばもぱっかぱっか歩く

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露地に迷い込む もうきみは安全だ
やくざに売ったりはしない おまわりに売ったりもしない

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廃墟の中のパラダイス 記憶の中のパラダイス
さあ ワインを開けよう グラスを用意して
もっともっと開けよう グラスが足りなけりゃ
回し飲みでいいさ でもナガイの後はごめんだぜ

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誰かが言ったんだ ここは68年のパリだ
そうか そう思って見るなら きみがアンナ・カリーナに見えるぜ

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誰かが言ったんだ ここは千石イエスの方舟だ
そうか そう思うのなら みんなでテーブルを囲もう

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曾根崎キッドが出没し 浪速のカエターノの歌うPORTOGUESE

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温かい光の中 時間は揺れていた

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時間は揺れながら クオークの振動と共鳴し

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そしてその振動は 永遠に続くのだ

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廃墟の中のパラダイス 記憶の中のパラダイス

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さあ ワインを開けよう グラスを用意して

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もっともっと開けよう グラスが足りなけりゃ

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回し飲みでいいさ でもナガイの後はごめんだぜ

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FOTOS por SHOSAKAI
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2009年01月04日

おめでとう・そして・・

 かなり出遅れておりますが、謹賀新年・FELIZ ANO NOVO 2009。

 みなさん・ご存知と思われますが、曾根崎デッドエンドストリート・及び曾根崎トドムンドの「ご臨終」を看取っておりました。

 ヒトが死ぬ時、その家族は大体、その後の儀式・つまりその準備・遂行に大わらわ・またはてんてこ舞い・により、「哀しみ」を感じる時間というものがないものなのである。そこんとこ気を張ってやり遂げていかねばならないものであり、そのバタバタは家族たちが「TOO MUCH SORROW」により打ちひしがれないようにするための機能を持ち、その儀式はそのための装置でもあったりするわけ。

 その機能の中に今入っちゃってる。だから哀しみを感じずにこのバタバタを生きざるを得んのだが、11日に鍵の返還があり、その前に備品とおれが創ったものは運び出さないといけない。

 ただ、自分は冬期講習が今日・まさに今から始まるわけで、みなの者に委託することとなる。8日からはおれもいこうと思う。

 「死と再生」ということを考える。

 根の国・熊野には後白河上皇よりは少ないが後鳥羽上皇よりは多く詣でてるおれといたしましては、一旦死んで甦る・というコンセプトがまあ・なんとなくだがわかるようになってきた。それはゲーム世代の「あー・やられたー・くそー・・・ハイ・リセット」とはちょいと異なる感覚である。

 それは「表面を滑っていく」ような疑似イノチの連続ではなく、一旦ほんとにあの世に行って帰ってくるかのような消滅と再生のプログラムなのであって、だからゲームで死んだ主人公はクローンであるのに対し、根の国での再生は「別人28号」なのだ。姿カタチは変わっていなくとも、何かが違う。いや・姿カタチさえも変わっているのかもしれない。

 そんな・おれにとっての「身近」なコンセプトにより、TODO O MUNDO を再生してみたい。

 正直言って、おれの前には日本人ではだぁれもあの曾根崎の露地に「積極的価値」を見いださなかったのだ。それが、あのような「素敵」な空間に一度は生まれ変わったのだ。おれが、そこにいつもいたわけじゃない・という批判も受けた。でもそれは、あまりに「一般的」すぎて、相手にする気にもならん。店とマスターの切っても切れない関係の一般論であり過ぎるからだ。そもそも、一般論では成り立たない店だったのだ。一般論で成り立つなら、おれ以外の日本人のみなさん・あの露地をあそこまでおれがやる前に再生して見せてくれていたはずだもんね。

 当事者でないヤツは好きなこと言えるのね。どーぞどーぞ勝手にドーゾ。

 で・儀式と再生・である。

 最初・曾根崎トドムンドは中津トドムンドの「ドナー」になる・など思っていたのだが、ちょっと違うな・と思い出してきた。

 そうではなく、「表面的に滑っていくイノチの連鎖」ではなく、「おじいさんと孫」のような関係性をおれは思う。

 今なら寿命伸びてっから、ひいおじいさんとひ孫・かな。そこには「遺伝子の連続」はあるが、人間性は別である。当事者を繋ぐ遺伝子の連続の中には他者のDNAが「ちゃちゃ入れてる」からだ。それはいかんことか? そうではないのだ。

 そうではなくって、他者のDNAが「ちゃちゃ入れる」ことによって内部の免疫系が強化されていくのだ。それは必ずしも表面化しないけれど、そして何の役にたつかはよくわかんないんだけれど、しかし、それはある予想もしなかった危機の対応に効果を持つのだ。

 そして、もっと大きな摂理とは、ひいおじいさんが死ぬことによって、ひ孫が生まれる・ということなのだ。

 そんなことを考えて、少し盛り上がってしまうわけだった。

 おれはオリジナルなものしか興味がないので、っていうか、テキストのないものしかやれん・という特異体質でもあるから、今はマージナル・ヴィルの名を広めようと思う。今回はそんなことで文句言われることもなかろう。

 ちっちゃな権威の中に入れ込もうとする人々ほんとに多くて参る。人見てやったらいいのにな・と思う。まあ・そんなこともバネのエネルギーとなったりもするから歓迎・ですけど。

 これからしばらくは中津マージナル・ヴィルのことに関しての話題が必然的に多くなるだろう・と予想されます。そして多くの困難も待ち構えているでしょう。まあそのぅ・そこんとこ「アホの団結」により乗り切りたいものだ・と考えます。

 11年5ヶ月にもわたり、曾根崎デッドエンドストリートおよび曾根崎トドムンドを愛していただいてほんとうに感謝しています。店は店であるという身もフタもない「資本主義下」の考え方だけではトドムンドは成り立たなかったでしょう。店の者によく言っていたことは「店と客はフィフティ・フィフティである」という事だったのですが、て言うことはどーゆーこと? と訊かれても、それには一度も答えたことはなかった。そこから先は各自が考えることであるから・答えない。実はこの正解は人の数だけある。だから答えない。そしてそれは「決して方法論には成り下がらない」・つまり応用はできない・マニュアルにもならない・そんな種類のことであるわけでした。

 場を創る・ということが、店をやる人間の「思い込みとこだわり」だけでできるものならそんな簡単なことない。そんな公開オナニーのようなイージーなことではなく、そこんとこ「公開メイクラヴ」であるわけで、そう考えるなら、やる側の思い込みだけ・ってのが上滑りしていくことがわかるでしょう。その裏返しとしての必要以上の奴隷的サーヴィス・なんてことも有り得ない。店は未完成・でいいわけ。

 それが、おれの思う「フィフティ・フィフティ」へのヒント・なのだけど、と・なると、お客の側の質も問われることにもなり、となると資本主義下のペイできるできない・という話と擦ってくる。

 でもね、どの分野のどんなことにせよ・「そこんとこ」しかやる意味なんてないのね。

 曾根崎トドムンドは不幸にして消滅してしまいましたが、中津トドムンド@マージナル・ヴィルでの「再生」を楽しみに待っていてくださいね。

 本当に長い間ありがとうございました。
 
 そしてトドムンドに関わってくれた延べ50人ほどにもなるかなあ・なみなさんにありがとう。

 そして最後に・本当にありがとう。曾根崎の名もなき露地。

 
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2008年12月31日

2008年末に

 冷えてきたね。

 年越しそばの出汁をとっている。今年はおせちも簡単なもの。正月は曾根崎に居っ放しになるからだ。

 昨日ちょっと飲み過ぎでやや・オエー・なのだが、ハイウルソを買いに行って飲んだら治まった。サトウのハイウルソ、あなたもいかがですか? 薬局・薬店ではなく、ローソンにしか売ってない。部外品です。

 さて、2008年・平成20年(もうそんなになるのね・びっくり)も終わる。2009年は多分自分が生きてきた中で最もヘヴィな年になることでしょう。いわゆる自分も林住期に入るのだから、自分のリソースをもう一度点検して、間違いなく待っている困難に取り組むつもり。サヴァイヴァル・ってこれはみんなに言えることなのだろうけど、こゝろの深いところで繋がりながら、サヴァイヴしていきましょう。

 では本日、お会い出来る方々とはお会いしましょう。

 お会い出来ない方には PROSPERO ANO NOVO 2009!!!

 
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2008年12月30日

本年最後の・・

 できるだけTODO O MUNDO行くので、VISIT TO SEE ME!!!

 昨日から皆勤の予定です。ご臨終には立ち会うのである。

 昨日も短時間にいろんなことがあっておもしろかった。Loose Trapが名古屋から・ミナミからはなほちゃんはじめクルママルタニ塾生たちが訪れてくれ、あやしい地上げ関係か大家関係か知らないが明らかトドムンドの客ではない客がいて、店を見回したり、「雑多」を絵に描いたような店の雰囲気。加速したときのトドムンドってなんか・すごい密度が高まる。おれがしょっちゅう行ってたら良かっただけかもしれない。歯車って一つ狂うとすべてに不具合が出る。

 ハイボールのマスターともちゃんと話せてよかった。以前のプログで「条件闘争」にしかならんことへの失望・と書いたのは、世の中の仕組みへの失望であって、ハイボールのマスターへの失望ではないので。

 「熱い」のも TODO O MUNDOである。

 しかし、今頃になって、惜しむ声があちらこちらから。

 そんなもんなのだよね。そんなもんなのだ。

 今頃になって「中津」の不毛もよく説かれる。そんなこたぁわかってるさ。しかし、「敢えて」おれたちは「辺境」へいくのだ。そう・おれたちは「バカ」なんだよ。バカで結構。

 ホンチャンの塾も本日、中三のたこ焼き・ピザパーティである。やつらすぐTVに走るのが難・なのだが、今「ルーキーズ」を見ながらたこ焼きを焼いてやがる。今・おれんちの塾はEXILE一色である。ホワイトボードには毎日Vo.のヤツへの愛の言葉が中坊が帰った後には残っている。そして今はコーラをはじめ炭酸のアラシだ。おれはしゃーなくて、ワインの残りを飲んでしまったが、おっとしまった高校生が後に控えてたんだった。まあええか。

 あんまり立ち止まり過ぎると、「感傷」が首をもたげてくる。次のことを考えるしかないのね。

 で・次のこと。まあ・でもあんまり言えんな。お楽しみ・だね。ミーツで「辺境の街」特集してくんないかな。「美はマージナルに宿る」なんちって。

 TODO O MUNDO寿命・明日は営業とはちーと違うから、あと3日となりました。まあ来年は余韻ですから、本日が通常最後と言っちゃってもいいね。おれももちろん行きますよ。9時にアテントして、10時にご失禁よてい・って感じよね。

 

 
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2008年12月22日

最終決定

 今弁護士からメールがあり、TODO O MUNDOは1月3日までの営業が認められましたので、そのようにさせていただきます。

 正月2日・3日は顔を出します。

 年越しライヴもできますね。

 それから10日までの間に引っ越しだね。
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透明な流れの中で

 自分の判断が、果たしてこれでよかったのか、とはまあおれぐらいのトシになると誰もが、そう自問自答するのだろう。

 そんな小学生はいないと思うし、最近ではそんな中学生もあんまりおらんか・と思われる。

 年末は、なんだかそんな気分になりやすい時期でもあるらしい。

 忙しくしている時はそんなことを忘れ、ぜーぜーはーはーと息を切らし、あー終わったー・はいメシメシと、ワインか焼酎をくびー・であとはおぽろ・あとはおぼろ・で知らん間に朝・なんてのも「理想」である。

 そんな理想的な毎日とは限らないとこが、バカのくせにちーとだけ・ものを考えたりするとこがちっちゃな不幸を広げたりもするからやや問題でもあった。

 ものを「考える」とひとはいささか・不幸になったりもする。

 ものを考えなくてもひとは不幸になる。

 不幸を「死」と置き換えてみようか。いづれにしてもヒトは死ぬ。それでいいのだ・とバカボンのパパがそこで出てくるのだけど、バカボンのパパには「揺れ」がない。だから「それでいいのだ」と言えるのだけど、そうなるとバカボンのパパはほんまのアホなのかほんまの賢人なのかわからなくなるのだが、多分どちらでもあるのだろうが、小市民的な悩みからは自由であるところが・かっこいい。

 不幸を死と置き換えることは現世的ではあるが、その置き換えは正しくなくって、それは不幸と死の間には数えきれないプロセスが存在することも有り、また死は不幸ともかぎらない。

 今年はもう一週間ほどになっちゃったが、去年のような友人たちの「まだ若い死」には遭遇しなかった。おれが遭遇しなかっただけで、そんな目にあった人々は世に多数いるだろうけれど。

 いみじくもおれも言っちゃったが、「今年の・・・」みたいな話がまた今もあちこちでされているけど、なんだかそれももう無理がある。みなさんの気持ちは既にもう「普通に悲惨」な来年へと行ってしまっていて、今年ばかりは今年を「感慨を持って振り返る」という気になかなかなれない・と思う。一年という単位があんまり意味のない今年である。非東洋的だ。

 ほんとは時間の断絶などないのだが、80年代の半ばぐらいからこちらがそれ以前とはまったく異なる「ような気がする」のと同様に2010年以降は今とも全く異なる「ような気がする」時間帯になるのだろうと思う。違うのは、今の時代が振り返った時にみなさんが「一体そこでは何が行われていたのか?」と、経済を除くと、全く記憶が甦らない・ようなLOST 3 DECADES となっていはしないか・という悪い予感がする。

 自分自身に記憶がない。そんな過去。いや・今は覚えてますよ。しかし、忘れることが、「善」みたいなとこあったじゃない。リセットする、ゲーム感覚と近いかも知らんが。自分探し・だとかさ。プッ・だけど。この十数年。ポジティヴに・とか、「空」元気だして・とか。敢えてそんなことをいわないと・ってとこにそもそも嘘もあった。現世的・夢の総決算というか、しかし、全部パーで「赤ずきんちゃんガブリ」、そして空はどこまでも青く高い。

 日本はポストモダンでプレモダンというへんてこりんな国になっちゃってるが、特に雇用の問題なんかにそれは顕著だけど、これもまた資本主義の実験台の運命なのだろう。そこんとこ「汎アジア的というか汎非欧米的な課題」なのかもしれません。

 来年からは「仕事が特権的」というニュアンスがより強まる。これまでとは違って、それがあからさまにアナウンスメントされるようになる。なんだか階級が固定されるね。アナウンスメントされるってことは。メディアは「雇用問題」をオンエアすることで、そんなことに「貢献」しだしてる。

 「横丁社会主義」の出番かも。

 キタの辺境・中津マージナル・ヴィルを立ち上げないといけません。その前に曾根崎デッドエンドストリートを残る方々にお返ししないといけません。以前の名もなき露地・として。11年5ヶ月・そこで「遊ばしてくれて」ありがとう・の言葉とともに。

 

 
 
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2008年12月20日

あと10日

 東京のどこかのなんちゃら部分で煙が出て、ネットがダウンしてた・という。

 脆弱だ。

 そんな脆弱なものをベースにおれたちはある部分を生きている。ただ、そんなものは以前はなかったもので、ないならないでよかったはずのものが今やあって当たり前になって、それがトラブると、1日の生活の中で酒のないメシみたいなそんな気にさせられる。

 不憫なことである。

 同時に生物としての生命力も多分弱められている。

 不憫なことだ。

 ネットの便利さ・これは否めないけれど、ネットのヒドさ・これも誰もが「だよね〜」であろう。

 言葉がそれを発する当人と存在する位相が異なるということがここまで言いっ放しのやりっぱなしの・なんてことに・・・・なるんだね。

 秋葉原の加藤・が「誠実」に見えてくる・というものである。レスポンスした誰かの言を「真に受けて」ネガティヴに盛り上がって人殺しちゃったわけだから。

 不器用な人間にはつらいシステムだし、もっと言えば世の中だ。あ・これは昔からそうだね。

 だから、本体の安全を担保しながら、そことは異なる位相での罵詈雑言のやつら、ここんとこ法律を体内化しているわけだけども、そういったア リトル ビット クレヴァーだが決して友人にはなりたくない「小市民ども」よりも加藤の方が愛おしく思えてしまうのである。

 カンケーないヒト殺しちゃいかんけど。しかしね・あいつが正当に自分の窮状を訴えたとしても誰がそれに聞く耳持っただろうか? 人を殺すぐらいなら、自分がもっと派手な抗議的死に方を選ぶべきだった・と思う。

 そんな「余裕」も「根性」もなかったわけだしね。やっぱコドモの頃に殴り合いの喧嘩しないといかんよね。

 ただ、加藤の気持ち・の理由のような出来事がもっと大規模でいま起こっているわけだから、おれはやっぱりそこには「政治」で救うしかないと思う。共同体は不可欠であるが、それは当人のいる場・という「運」にも左右される。共同体を作れない・そんな孤立した人間がものすごくたくさんいる。言わばそれらは「両輪」だ。

 しかし、作りたいと思って作れる共同体ではないことも、現代のネックであって、むしろ共同体なんちって、言葉にした瞬間・何かがふーっと飛び去っていってしまう。

 自然発生性ってのがものすごく難しそうだ。だからやむにやまれず一緒にいるしかない・なんてのがしょうがなくって理想的なのかもしれない。

 しょうがないこと・ってのが最近「好み」で、これはもう「運命」なのだ・と思えてくるからであって、ものすごく理想とは・大阪とリオデジャネイロぐらい・遠いのだけど、そんなものを「善し」とする自分がいる。

 やっとそんな心境になれてきた。

 TODO O MUNDOはあと10日だ。今・弁護士を通じて、正月の2日・3日までの営業許可を取ってもらおうとしていて、非在阪の方々のためと、大晦日のやっぱライヴはあった方がケジメがつくだろう・という考えに基づいているのだけど、みなさん・どう思われますか?

 冬期講習の間・おれも身動き取れないし、31で終わっての「夜逃げ」的なニュアンスはどうも・人間ちっちゃくなっていけない。

 おれがいる中でやっぱり余裕を持って「終わりたい」と思うわけ。「責任」ということもあります。

 まだ・返事は来ないけれど、そんな要請を今してます。

確認用見本.jpg
大体4パターンほどできそうな感じです。

 本日も・きっと失禁でしょう。アテント。

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posted by 浪速のCAETANO at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月17日

失禁情報

 今・はらはらしながら連絡を待ってる。やっぱ・関係者としては年末年始って・ね。

 本日・塾終わりで失禁いたします。ちょっと遅いけどね。

 Tomemos uma bebida comigo!!! VAMOS!!!
 
posted by 浪速のCAETANO at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする