2014年10月17日

<SENTIMIENTO 14>de novo

<SENTIMIENTO 14>をUNIT名にした。「SERGIO MENDES とBRASIL 66」みたいな、。

『脱国境・半透膜UNIT』であります。

まあ、脱国境は永遠のおれのテーマですが、その『半透膜』が少し説明がいると思った。

細胞<cell>の細胞膜は半透膜です。細胞内の塩分濃度を調整してる。Pointはその穴の中を水分子だけが行き来出来るのね。アジの薄い方から濃いほうへと水分子が移動して濃さの平衡を保つわけですが、その水分子をこのUNITを行き来する「ヒト」に喩えている。誰が来ても誰が今回は行ってもいい、ということになります。半固定。固定でもいい。

やることは決まってて、自分の「脱国境音楽」と「世界音楽」そこは変わらない。その際・世界の概念ももっと広げていきたい。それ専門ではないが、それ専門の方を水分子に、というわけ。いろんな音楽的異種格闘技をやってきてよかった。こういう形態が「理想的」だったのだけど、おれもアホなのでなかなか思いつかなかった。

次回の「水分子」の方々、もうピックアップしてる。これは楽しくなりそうだ、と思っています。
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2013年10月27日

21世紀の「アメノウズメ」

昨日の「GANGIO GANGIOMA」の舞台が頭の中から離れない。

豪華なその世界のゲストたちと同等の立場で「めぐ」が舞っていた。あれは踊りではなく「舞」。

舞踏の文脈でいうなら、おそらく「掟破り」にも見えたその「舞」なのだが、ジャンルの脱国境を成し遂げた素敵な舞い手のDEVUEに立ち会えたその喜びの方が大きい。

めぐは間違いなく「アメノウズメ」。そこ・日本一。「突き抜けた美しさ」があった。もちろん舞踏という現場の、逆風に一見思える・実は順風が背中を押したこともあるだろう。だが、その・これまで垣間見せつつも、自爆していたその表現の顕在化に見事に大胆にそして奔放に成功していた。やったな・めぐみ!!

おれは、その現場に立ち会えて「幸せ」だったよ。こういうの「break through」と言うんだよね。

なによりも「解放されていた」ことが良かった。伊達にいろんな世界に首突っ込んだわけじゃないよな。スケールの大きい舞い手になっていくだろう。その可能性は見える。

すっぽんぽんz・めぐ・のことでした。
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2013年04月16日

散歩がいい

散歩がいいわけだった。イキってなくて。

ほんとは何の用事もなく、というのが理想なのだが、となると<徘徊>と混同されるかもしれない。

ちょっとイカン。ちょっとイカンと思う。なんとなく思う。

自転車屋のおとうさんにハンドルを付け替えてもらう。新地の端っこの・・・事務所へ行く。生物の問題集を買う。これだけこなしつつ、散歩。いろんな目に遭う。

いかにも<ただしそうな>チビ・メガネ・マスクの女からUNITED ARROWS前で話しかけられる。何かなと思って、ハイ?と顔を向けると、歩きタバコ・迷惑ですよ、と責められる。お前とおれの距離は3メーターはあったやろ。このブス・チビ・メガネ・顔にパンツ履いとけよ、お、履いとるな、許したるわ!、と言いそうになるが、あまりに<不毛>なのはわかってる。だから、そのまま四ツ橋の横断歩道へと向かう。

・・・事務所で書類を受け取る。さてここは梅新。本屋となると、ジュンク堂ではないな。紀伊國屋だな。

と思い、梅田へ向かう。夕霧そばや三叶の前から、ああ、inspireはここへ移っとったか、など発見もあり。お初天神商店街を歩くが、なんか昨日も・それもほぼ12時間ほど前にも同じ方向へ歩いていた気がする。

揚子江の本店が移転していた。御堂筋に面したビルの中みたいだったが、最近といっても一年ほど前だが、再訪しといて良かった。ノスタルジーを、ほんの一瞬だけでいいのだが、現実化することもままならない事態が実際に起こってるからねえ。

紀伊國屋へと行く。日頃の不注意と無関心から、昔よく行ったbigmanのとこからちゅるっ・と入る喫茶店てまだあるかな・なんて思って見るならば、案の定、点心というか中華というか・そんな店になっていた。ままならないノスタルジイ。

そうこうしてると電話があり、見慣れぬナンバーながら出てみると義理の妹だった。弟のヨメ・という方がしっくりくるか。つい先日、父親の葬儀があり、おれも弔電を打っておいたから、そのお礼というかなんというか。

儀礼的な話に終始するが、突然知り合いのパーカッショニストの名前が出てくる。彼女はレアな<イタリア古楽>の歌い手で、おれともよくやってたパーカッショニストと今度やるという。打楽器系は最も音楽を選ばんからね。
弟とも差し障りのない話をして電話を切る。他人のような兄弟である。

古書の街からかっぱ横丁を抜けると中津はもうそこ。あったかいから外メシだな・と思い・本日は中津公園。ムチャ近所やん。でも、阪急に沿ってポツリポツリとあるベンチ、意外に<隠れられる>ことを発見した。隠れて何をするというわけではないけどさ。

電話があり、自転車屋のおっちゃんから、ちょっと見て、と言われる。本日2周目、スカイビルへと向かう。

うめきたの巨大ビル群を横目で眺めつつ、<こちらがわ>との非対称に苦笑しつつ、自転車屋へ。

ハンドル交換終わっていて1500円でいいというから、丁重に礼を言い、帰ってきたが、ん?違和感。

何だろうとよくよく見たなら、変速機が前後ろ逆に付けてあった。

戻ろうかと思ったが、まーええか・とも思い乗って帰る。やり直すとなるとブレーキレヴァーもっかい外す必要があるし。1500円でケチつけるおれにケチつけたいと思えたからなのだが。

しかし、変速・やりにく!上町大地登る時だけ・だがね。
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2012年11月07日

メールが届かなかった貴方へ

秋もSENTIMIENTも
大変深まってきた頃の
ご機嫌伺い
de Rafflesia e O Leãozinho


Numero 1

ASHIYA・ブルーマイス
結美&マルタニカズの秋ボッサ&脱国境音楽
11月10日(土) 20:00スタート〜夜更けまで チャージ\2,000
ASHIYA・ブルーマイス ・ 阪神芦屋駅北へ徒歩5分 TEL.0797-34-8345

晩秋の週末を
Bossaと脱国境音楽で
過ごしましょう。
YUMI_.pdf


Numero 2

ワイン会@ O Leãozinho

おなじみ、しんちゃんのチーズと
ワイン・そして日本酒の宴。
意外なマリアージュが
あるかもね。
11月17日(土)

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2012年09月18日

混乱がいろんなとこに

 混乱がいろんなとこにあって、身内のそれで右往左往していたら、対中がヤバい。ほんと・ヤバい。

 中国は、ちょっとした紛争もあり・とハラ決めたみたいです。どーすんの?

 最終的には「国連」まで行くと思う。

 それにしても、日本国家の責任者たち、在中邦人の身の安全に関してなんかしてんのか・キミらは。プラス・中国にある日本企業の経済的安全に対してもなんかしてんのか?

 対する、自民党も「右翼度」を競う演説の嵐である。まして、その方がどーやらウケているみたいなのである。

 ヤバいね。

 ほんとに自民党には「右翼」しかいなくなった。ここ・曖昧な・ではなく、わかりやすく右翼ってのがポイントですよね。総選挙では過半数取れなかった第一党の自民が維新と連立して「安倍首相」なんてのが「かれら」には理想なんだと思うけど、えええ、いいのかなあ・それで。

 日本が「右翼」にシフトして行くのに呼応して中国が「左」へと急旋回しているのをご存知だろうか。

 毛沢東の写真なんかがデモの時に存在する最近である。これは、忌避されていた「文化大革命」が中国国民の中で「相対化」されたんじゃないかな・と思わせる現象だ。となると北朝鮮がこれに「乗っかって」くるよね。

 ロシア・韓国も利害関係により、脇を固め、おいおい、完全に日本は「孤立」ぢゃん。なんで・そーなるのっ!!!!!

 これ・ほんと、日本の「バカメディア」をはじめとする長い間の「右傾化キャンペーン」の賜物だ。サッカーの試合なども少し貢献している。

 それでも、デモに参加しているひとびとより、参加していないひとびとの方がたいへん多い・という事実をおれたちは忘れちゃいけない。

 日本に於いても「中国なんか・・・」と思ってるヒトより、「それでも戦争はダメ!!!絶対」と思ってるヒトが、かろうじて・でもいいから多い「はず」なのだ。ちょっとここ・自信ないが。希望や希望。

 今・責任担当者は、非戦争に向けて「身体張るところやろ?」、公務員なら。

 

 
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2012年08月27日

巨大台風が通り過ぎつつ

 巨大台風が通り過ぎつつも、本土は実感もなく、汗が出るだけ。沖縄は大丈夫だったのか。

 本日から二学期が始まる学校(主に非・大阪市の中高)があり、となると、ばかたちは宿題をしてなくて困るの巻である。今・やりに来ている。ほんまにしょうがないやつらである。

 頭脳労働なら手伝ったあげると言ったら、肉体労働まで「手伝ってや」などチョーシ乗るから、「でぶ」とか「ブス」とか言い逃げし、こちらのPC部屋へエスケープ。

 まあしかし、ちょっと早い気するよね、夏休みおわんの。この最後の週が「宿題用」である。伝統に照らし合わせても。

 土・日はどこも行かず、料理と読書三昧。京都国立博物館の大出雲展に行きかけ、帽子と靴まで履いたが、思いとどまった。どーも、こないだ出雲で見たものとほぼ同じではないか・との思い、断ち難かったからだ。

 そして日曜はおそらく「どこ行っても」人多いからさ。平日の時間がある時に、本読みつつ、空いた京阪ででも行こうか・と思う。しかし、京阪・シブいとこ走ってるよね。裏京都みたいなとこ。中世からの流れで言うなら。「京都」が出来てからの時系列で言えば・ね。

 まあ・こうなっちゃったものはしょうがないのだけど、でもしかし、京都はおいしいとこ「取り過ぎ」である。都であったのが794〜1867というおよそ1200年と言うから畏れ入る。そこからの・というか奈良に都があった頃からの「歴史」はほぼ確実であるから、そこは否定し難い。

 問題はその前・である。

 710以前の歴史というものが、あまりにわからなさすぎるわけである。「通史」というものはこの際どうでもいいのであって、それは記紀・それも紀を盲信することが「正しい国民の姿」であるかのような強制力が働いてる? うーん・どうだろう? そう言いつつも、みなさん「聖徳太子」が不在であったことなどそろそろ当然になってきている今、それでも紀は絶対なのかなあ・という疑問は、あってしかるべきだろう。ただ、みんな史上最悪の・というかこんだけ資本主義が「進んだ」あげくの「生活防衛」がメインの日々を送る中、そんなことまで気が廻るかよ・ってのが真実なんでしょうね。

 「生活防衛」は大切よね。おれもそう思う。

 ただ紀がウソってことが判明した今、「わしらはなんでした?」という疑問を追求せずにはいられないのね・おれはね。

 だいぶわかってきてます。だけど、わかんないところもまだいっぱい。

 最近の発見、それは「神話はばかにできん」あるいは「神話はメタ真実」である・ってことです。現実の正統度を補完するために造られた神話は、しかし、そこからフィード・バックして見えてくる事実があるんですね・これが。それと考古学の裏付け。これがぴったりあったなら、仮説がほぼ証明される・なんてことになる。

 なかなかそんなことで「話合う」ひとなんていないんだけど(そこ・ややロンリィ・ね)、ま・いいぢゃないか。知ってることをみなさんに教えたいなあ・と思うのだが、おそらくみんな興味ないんだよね。それを知ってることが別にかっこいいとかじゃないしな。映画や音楽なら、実用性もあるけど。残念である。

 語り口・研究かな。

 
posted by 浪速のCAETANO at 22:25| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

そうはいうものの

 そうはいうものの、昼間は暑い。法務局へ行く。用事・シブ過ぎである。

 昼間まで時間があり、天一のコーヒー屋で時間を潰す。潰すと言ってもまあ例の本を読むということだが。

 ウエイトレスのねーちゃんが、おそらく、大学生でまあまあ賢く、哲学科かなんかで、ボランティアをやってて、今度どこかの国へボランティアで行く、そんな話を仕事の合間に延々していた。そんだけ、マスターがふんふんと生返事になってるにもかかわらず延々出来るとはまあいわゆる「KY」のねーちゃんなのだが、そんなのがボランティア行って大丈夫なのだろうか・と心配したが、心配ご無用である、あったりまえだが。

 ま・がんばってねー。

 正午過ぎて、天神橋筋商店街を北上しながら本日の昼メシを模索しようと思った。

 1号線からすぐのエリア・魅力的である。南北とも。そこまで足を運ぶことはどちらかと言えばあまりない。ただ、ちょっとコーヒー屋から漕ぎ出して加速度ついてたから、また来週〜・ということになった。

 これもいいが、そっちもね、そっちもいいが、あっち見てから、なんて思ってるうちにカレーを喰いたくなったのだが、カルダモンが閉まっていて、サグンもなぜか混んでいた。まだ12時台だったからねー。

 結局中津まで戻ってきてしまった。ステーキ・海老フライなどというややおこちゃまメヌになってしまった。ありがちですよね。

 しかし、天神橋筋商店街の昼メシ時とは、もう百花繚乱である。牛くんのように胃袋複数欲しい。カツオブシ工場に紛れ込んだネコみたいになっているオノレを自覚するわけである。ほんと天六住みたい。ダメになるかな。なってもいいけどね。

 今年の夏はエアコンレスで終わりそうだ。壊れてるのに気づいて修理屋にメールで連絡していたら、おれのメールが「あっさりしていること」に修理屋のおっさんがキレやがって、「うちは忙しいから、お前んとこなんか行けるかー」みたいなメールをくれよった。「わけがわからん」おっさんがいるものだ。

 ほんと今年の子たちには「ごめんちゃい」なのだが、文句も言わず来てくれてる。これが去年だったら・と思うとぞっとする。

 そんなわけで、エアコンレスなのであって、勢い、コーヒー屋に籠ることが多くなる。寺山もそんなところで執筆をしてたってさ。だからなんなん・ですが。

 しかし、コーヒー屋の存在は「大きい」。いい街にはいいコーヒー屋がある「はず」だ。昨日、神戸に行った際、にしむらコーヒーで時間を過ごしていたが、高いけれど悪くなかった。530円は高いよね。居心地はしかしよかった。広々してて。そこ、むずかしいとこ。ま・いいかー、が結論ですが。

 和光にも行けてないなあ、残念ながら。究極のおばあさん喫茶だが、おねえさん喫茶より、おにいさん喫茶より、おじいさん喫茶より、断然・おばあさん喫茶である。LOVEである。AMORである。


 Where Did Your Heart Go?

 

 

 
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2012年05月15日

こってり・成仏を。行けなくてすまん。

 gmailのアカウントをなぜか2つ持っているのだが、その一つはiPhoneで見られるようにしているのだが、もう一つの方は「発信用」にしていて、しばらく開けていなかった。

 悪い・というのは聞いていたのだが、その彼が「4.26」に亡くなっていた・ということを今・そのメールを開けて知った。不覚だった。そっちの方は受信はない・なんて思い込んでいた。そこから発信しているのだからその返事があるはずなのだ。

 FANDANGO時代のライヴァル・バンドのVo.だった。最後に会ったのは、kingちゃんのバンドのライヴだったかなあ。

 まあ正味の身近・とは言えないが、全盛期のファンダンゴで切磋琢磨した仲だった。

 先輩だけでなく、同輩もまた逝ってしまう。なんだか辛い時代になってきてる。
posted by 浪速のCAETANO at 22:03| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嗚呼・Donald

 Donald 'Duck' Dunnが突然・しかも東京で亡くなったりするものだから、驚く。

 職人ですよね。20世紀最高のベーシスト。オーティス、レヴォン・ヘルム、清志郎ともやってたね。

 最近、クルマでオーティスばかり聴いていた。「gotta gotta」のイメージ先行し過ぎのオーティスの歌は実は「狂おしいほどのラヴ」を歌った歌ばかりで、しかもしっかり制御されたその節回しは決して「声でかい」だけのヴォーカリストには歌えない・難易度の高い歌なのだった。

 みんな・ちゃんと聴いてみろ・と言いたい・声を大にして。

 しかも「かなり・切ない」

 バックの「MG's」の贅肉を削ぎ落とした演奏あってのオーティス・レディングのソウル・スピリット溢れるその歌が完成する。いや・奇跡だからね。しかし、奇跡とは、器材のtoo muchの充実とは関係ないのね。逆にtoo muchでは奇跡は起こらんのだ・と言いたい・これも声を大にして。

 しかし、ものすごく好きだったミュージシャンがぽろぽろ亡くなっていく時代を迎えてしまったのだな。15歳上の人たちに、そんな人たちが固まっていて、まだ70くらいは「若い」なんて思ってたが、ヤバいこともいっぱいやってるし、それと過度の興奮の連続と失意・なども考え合わせると、サラリーマンやってたおじさんたちとはやはりちょっとちがうよね。

 いや・しかし、歌のための「最高のベーシスト」Wish the God'll walk w/ you.ほんとに惜しいです。

 スティーヴ・クロッパーもがっくりきてるだろうなあ。ふたりの絡みも「黄金」だった。たくさんある、彼の参加アルバム・試験が終わると聴き返そう。

 自分のライヴの前後にそんなことを知って、空回りしない演奏に於けるガッツとは、と考えた。コムボでやる音楽は、他の演奏者への敬意から始まるなんていう「基本的なこと」をちゃんとやりたいと思うわけだった。おかげで、納得の行く演奏ができた。いつもそうありたいと思う。それが、ダック・ダンという・勝れた他者との演奏に精通する・勝れた音楽家から学んだことだった。

 「先輩たち」どんどん逝くなあ。

 なにげないことがすごくかっこいい。


 Steve Cropper, Donald Duck Dunn final US performance TIME IS TIGHT Marshall, TX


 Otis Redding shaking Monterey!  ところで、「すっぽんぽん'z」のめぐよ・キミは今・何を思う。
posted by 浪速のCAETANO at 12:26| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月26日

きわきわ2

 無罪は無罪であるのだから、そこは潔く認めるべきだと思う。

 小沢くんの「説明責任」と言うが、裁判より重たいものはないはず。三権分立を子どもに教えられないようなことを国会議員は言うべきでもすべきでもないのでは。コイズミjr。

 それよりも、検察の「どぶさらい」ではないのかな・責任というなら。

 検察は証人を脅迫・監禁してウソの証言を書かせ、それを元に「ウソの捜査報告書」を作り、検察審議会のシロートに判断させ、議決させた・のだから。

 国策捜査・という疑いも晴らす必要があるのでは?

 メディアで「小沢くんへのリンチ」を数年続けてきた人々の「反省」を聞きたいが、「裁判がおかしい」なんてことを言うんだろうな。「それでもなにか・・・・」みたいな話が小沢くんの場合はあるのではないか。今も各ニュース番組・なんだか「くやしそう」である。

 おそろしい世界になってしまったものだ・と思う。今更ながら。小沢くんの問題が始まって以来、この国はさらに右カーヴしてしまった。フランスの大統領選挙を見てみるなら、中道の二人に完全右のルペンと完全左のメランシォンのバランスがいい。日本のように全員が右向け右・してないところがうらやましいですよね。石原・橋下くんなどはフランスなら極右のルペンの立ち位置にいるんだけどね。そんなところにしか期待が持てない状況が、それがこの国の「戦争」へと向かわざるを得ない「現実」を示唆している。あ〜あ・だ。

 ぜひ・もう一度小沢くんにがんばっていただきたい。地裁前に詰めかけた支持者が「国民の生活が第一」というプラカードを掲げていた。そこが、民主党政権の一丁目一番地だったはずである。

 控訴しても「無罪」は確実。是非、そのような「まことに無駄」なことはおヤメいただきたい。

 
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2012年01月20日

FRIO


 ちょっと寒いね、最近。寒過ぎ。うちの家はほんと・寒いです。

 ガスファンヒーター・セラミックヒーター・電気カーペット・サーモラクティル・西川の膝かけ、と総動員しているが、まだ寒い。さぶい。

 で、どうしようもなくて、「最後の手段」江頭2:50的タイツを導入する。

 これ、こないだ新潟へ行く時に、万が一の時のためと思って買っていたのだが、ガラガラバッグの奥の方に潜んでいて、忘れてたのだった。まあ、この際、背に腹は変えられん・ってことで。

 で・どーか。

 あったかい!! 

 これ、手放せんというか・足放せんというか・である。

 昔・ももひきというか、パッチというか、ありましたね。そんなものはかなり記憶の彼方へと遠ざかっていたが、まあ・そんなことよね・これ。しかし、もう寝るときも手放せんというか・足放せん・である。

 何着か買ってきとこう・と思っている。

 今のは・真っ黒・ゆえ、江頭・なのだが、鏡に映ったそれは、「笑える」。カラダ硬直して倒れたくなる。

 次は別の色を・など思う。

 プロレスラー気分にもなる。ラッシャー木村・って気分である。「みなさん・こんばんは」だ。

 「みなさん・こんばんは」ってなあ。プロ・の定義はむずかしい。

 肌着も最近はすべて「ヒート・なんちゃら」にしている。これって近年の「ジョーシキ」かね。

 最近の悩みは「洗濯物が乾かない」だ。冬でも洗濯は嫌いではない。だからするのだが、なかなか乾かない。

 
 さて、明後日はおおたくんとの音楽異種格闘技戦です。おもしろいと思うんだけどな。

 
por tim maia

 

 
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2011年07月02日

さて下半期(2011.5年)

 2011の後半の始まりですね。

 最近の時間の進み方と凝縮度は一年の上半期・下半期がそれぞれ一年・な感じがしてる。DON'T YOU THINK SO?

 仕事は「おじいさんのおしっこ」なのでまだまだ続く。高校生の期末テストは7/9まで続くのだった。かみさま〜。

 しかし、そんなとき神様は「あらわれない」のが定説であった。そういう神頼みはお互い虚しいのでやめておくのである。

 本日はひんやりしている。いい感じ。梅雨が戻ったのではなく、一旦明けたのだが、また入ったのだ。一緒か? いやちーと違うよ。確かに明けとったのだ。この数日間は正真正銘・夏でした。DON'T YOU THINK SO?

 ひさしぶりに物理を教える。そういうのがあるとリフレッシュする。数学や物理はちゃんとカタルシスがあるからもやもやしないで終われるから、何となくその後の酒がうまい。ひきずらずに終われる。その点語学はちょっと「。」で終わらんこともあり、後で「ん・あれでよかったのかな?」と、あれこれ考えてしまう事もある。後の祭りだけど。

 さて日が変わって7/2。

 本日もまあ忙しい。高校生を昼間見て、夜は外仕事だ。明日は高校生と学校の予習。明後日は学校行って帰ってきて高校生見て、それから外仕事。ああ・明日はリハもあったのだ。数人の人間が同時進行している。もう手帳なしではとっても無理である。

 この激暑の夏は仕事なしで避暑地で「ほえー」としたいものなのだが、そのような「貴族」の人生からはほど遠い。そう思うだけで、実際、貴族にはなったことがないので、実は退屈してしまうだろうと思われる。だから一瞬でいいんだけどね。貴族的瞬間というかさ。

 しかし、そういうことに勝るものもある。音楽の現場だ。音楽と言うと「歌」と思われるかもしれないが、実はそうでもない。歌は肉体労働が9割である。あんまりおもしろいものじゃない。音楽の喜びは「楽器の演奏」にある。そしてこれが、これとはアンサンブルとインタープレイなのだが、これが楽しい。フットボール系のパス廻しなんかに近い・とおれは思う。最近、バカミュージシャンとバカ業界人とバカ学者が、これも商売上の便宜かと思うが、ある音楽をある特定の音楽家個人にのみ由来するかのような話が多い。そしてそんなとき誰それは「天才」である・なんてね。チープ極まりない話である。特に大衆音楽の場合は一人では生演奏は出来ないから、すばらしいミュージシャンの周りには優れたバイプレイヤーが存在するものだ。そんな葛藤と協力体制の中から素敵な音楽とは生まれるものである。個人崇拝も要らない。やっぱり日本は誰かに「天皇の面影」を投影するのが、アンタも好きねえ・なのであって、しかしよ、天皇がリアルな権力者であった事実は歴史的にハナクソほどくらいしかないわけで、天皇を持ち上げる「実権を持つもの」が必ず存在したわけだから。

 演奏が楽しいわけよ。音楽が豊かか貧相か・の境目は「その演奏が楽しいか」による。もちろん、熟練が要る。スタジオ・ミュージシャンのような熟練だけではいけない。プラス・かつてジャズに・ロックに・パンクに存在したあの「熱を伴う熟練」が必要だ。

 そうなると誰とやっても楽しい・というわけでもない。限られてくる。限られた中で、そんな人間とどんだけ知り合えて、その音楽の原型で納得させられるか、それが音楽をやる人間の「真の値打ち」かと思う。

 もう、おれもおっちゃんなので、あまり「根詰めて」はやらないのだけど、そんな距離感もいい音にはたいせつだったりする。

 今・もっとも喰えないものが音楽なのであって、そして喰えている音楽というのは「腐臭」を放って鼻曲がるのであって、となると、パートタイム・ミュージシャンだらけ・という現状になる。

 よく言う、スウィングの大きさというか、あっちの生活がある中での、「純粋に楽しみ」としての音楽の存在をもっとみなさん真剣に考えても良いのでは・と思う。音楽に関して言うなら「プロがすごい」というのはまたちょっと違う。だって「客」が史上ないぐらい「あほ」なんだもんね。

 そして、音楽もまた時系列においてパスされるものだったりする。この二週間は「SWAMP」や「BAYOU」や「STORYVILLE」や「MARDIGRAS」を脳内に溢れさせ過ごすつもりだ。


 FOXY SEXY

 
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2011年02月12日

やったね!!!

 エジプトの民衆のパワー・すごい。

 自分たちは何百人も殺されたが、暴力的でない「革命」(いまだ道半ばながら)を成し遂げつつある。

 大統領を退陣させるとはね。

 エジプトの軍のあり方がなかなかあり得ない。独裁者と民衆の間の緩衝の役回りが見事だ。特殊だと思う。

 イスラム・というよりは「アラブ」と言いたいエジプトなのだが十分イスラムでもある。

 ただイラン型国家にはならないような気がする。いろんな人が希望も込めていろんなことを言っている。希望を言うなら、親アメリカ・親イスラエルではないアラブの大国としてパレスチナ側のスタンスで立派に再生していただきたい。

 ポイントはイスラムの原理と世俗との絶妙なるミクスチュアだと思うのだが、トルコ型ともちょっと違う「アラブの盟主」としてのエジプトになっていただきたい。

 四大文明発祥の地・エジプトである。クレオパトラのプトレマイオス朝のエジプトであるから。そんな過去の偉業がもたらすイメージとは世界の目に対してはものすごく「効果」がある。「歴史」の行く末はまだもすこしあるか・なんて気にもなるというものだ。

 ここでもヘゲモニーの一元化が崩壊しつつあることが容易に見て取れる。アメリカも「変わり身」速い速い。あーあ・となると日本って世界一「遅れてる」。

 エジプトに於いて民主的な選挙が宣言通り行われれば、いいミクスチュアが出来ないだろうか。「アラブの盟主」として、中東・アフリカの他の国のお手本になるような国になると良いな・と思う。「アラブの盟主」だから周りの国々に対する影響も計り知れない。「遅れてる」と思われている地域がこのような「逆転」の可能性があることが今苦しんでいる人々に勇気を与えるだろうと思うからだ。

 今や・産業を除けば「先進国・途上国」の分け方はあまり意味がないものになりつつある・と感じる。

 アナザー・ムバラクさん(sudanese)も喜んでいるはずだ。
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2010年11月16日

山田と田中

 寒かったねえ・昨日。いやぁ・まじで。

 午前中は普通だったが、午後から冷えてきたよね。

 上町台地の公園での自主弁のともはビールじゃなく、普段なら飲まない日本盛・ワンカップビッグだった。しかし、カロリーを入れてもなんかまだ寒い。手袋も、油断してして行かなかったから手も寒いじゃないか。で・九条商店街まで向かい、洋品店(いいよね響きが)にて手袋を購入。この際デザインは無関係であって、ポイントは防寒という一点のみ。

 なんで九条なのかというと、好きな喫茶店(純喫茶)があるからなのだが、店の人・客を通じて「おれが最若手」、しかもBGMは「王道のイージーリスニング」というディープではあるが何か懐かしい・そんな「サ店」があるのね。コーヒーもおいしい。

 そこで、普段なら読まない週刊ポストなんてのを最初読みつつ、その後また古代へと戻る。

 とりあえず本日働いたしもういいのだ。そして本日は大正の「酒屋でライヴ」へと向かう予定だった。

 「山田屋」という酒場・酒屋でシブそうだが、そこのおっちゃんが西成のこれまた渋すぎる「立ち飲みの奥でライヴ」という「難波屋」という店があり、そこに「インスパイア」されて始めたみたいだ。その難波屋はXOUちゃんやカオルちゃんがたまに出てて、そこのブッカーが今となってはあまりに懐かしい「名ライヴハウス・エッグプラント」のエンジニーアだった吉田くんで、その話をカオルちゃん経由で聞いていて、おれもそっち方面「興味」があり、そんなところでカエターノやゲンスブールやスコティッシュ・トラッドを歌えばどうなるのか、あるいはおれのあまりに人懐っこくないオリジナル曲を歌えばどうなるのか・といった「こわいものみたさ」な興味・関心というのがあって、前々から「いっぺんいくわ」と約束していたのだった。

 5時半になった。そろそろ行くか。銭湯にでも行くかな・とも思ったが、そこからかなり走らなきゃ行けないという「噂」もあったし、湯冷めがこわいな・ちょっと今でさえやや鼻ずるっときてるしな。で、直行することにした。九条から大正は目と鼻の先であるが、大正の駅は確かに「目と鼻の先」である。しかし、「大正」TOO DEEPでした。

 大阪ドームを右手に見て、大正橋を渡って大正駅から南下するのだがスタジオ「フリーピープル」前を通り越して、どこまでも続くこれって後で分かったのだけどR173なのね。篠山行くときのR173である。旧友再会のようなR173だった。そのR173がどこまでも続く。

 前に、泉尾工業の受験に付いて行ったことがあり、R173のある地点から右に曲がるとそこら辺に行ける。事前に軽くネットで調べたら
株式会社山田屋というのが泉尾2-18-4 とあり、きっとそこだな・目星をつけていた。

 で、たいがい南下したな・と思える頃、タバコ屋のおっちゃんにどの辺で曲がったらいいか・と訊くと、この辺や・というから、その辺で曲がる。そしてなんだか寒いので、こんなときは炭水化物だと思い、ローソンでおにぎり2個を一気食いし、さらにチャリをこぎ続けるわけだった。であーでもないこーでもないと探しているのだが2丁目の16、2丁目の20番地までは行くのだがどうも18番というのが出てこないのね。それでもおっちゃんやおばちゃんにつかの間のコミュニケィションを図りつつ、じわじわ18番地に迫って行くのだった。

 そしてついに18番発見!!!

 「山田屋」の文字も。やったー!!!!

 しかし・・、

 「かつおぶし・乾物・卸・山田屋」だと?

 太平洋ひとりぼっち・といった気分である。

 思い込み・の男はこんなときに「なす術」を失う。

 はー・どうするべ?

 とりあえず、まあカオルちゃんに訊くか・と思うが出るかなあ?・と思い電話するが出ない。リハかも知らんしなあ・やってる側の都合だし、そこはおれもよくわかる。

 最後の手段は髭の男だ。

 で髭の男へ電話すると、出た。

 「どうしました」

 「迷子やねん・だはは」

 やつは地図をプリントアウトしていた。

 「山田屋やんな?」

 「マルタニさん・田中屋ですよ」

 「どっひゃー」

 ありふれた名前はこれだから困る。

 南恩加島小の先の大正通を右折だって。

 予断というのはいかんですね。

 ライヴの方はと言いますと、ライヴ前に3時間飲んでたカオルちゃんはユルい感じ。町田さんはブルースベースのガッツ溢れるギタープレイに声。あとで訊くなら同い年だった。もう三年若かったら、あのギターのガッツはちょっと出ないもんな。また違うガッツになってる。納得だった。もうちょっと飲んで話したかったが、チャリ転倒という最悪の事態を避けるのも・明日のある身としては有り・なのね。

 しかし、それよりもなによりも、大正の誇る「美女軍団」の凄まじさと恐ろしさを目の当たりにしてやや躊躇いは隠せないおれではあったが。

 大正・なめたらいかんみたい。


 大正美女軍団のこゝろの襞の繊細なところも刺激してみたい。
posted by 浪速のCAETANO at 13:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

業務連絡

 勝っちゃんへ。

 右上の THE LABEL RAFFLESIAのリンクからCONTACT USまで行ってくれればおれのメールへアドレスします。よろしく。
posted by 浪速のCAETANO at 10:45| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

good day to die? NO.NEVER!!

 赤ずきんちゃんガブリ。

 昨夜一時頃、きじこ(キジー)がクルマにはねられ死んだ。

 家に帰るとミタキから電話があり、すぐまた店に戻ると、動かなくなっていた。ついさっきまで尻尾触って怒らせてたのだ。

 ドライアイス屋の前で、十三方向から来たクルマにはねられたと言う。

 そこから20mほど公園の方へ行ったところにタクシーの洗車場が有り、そこにはバイトのにーちゃんたちが常に外で客待ちをしている。

 かれらが、その現場を見ていた。

 TODO O MUNDOに来たことある方はわかると思うのだが、ドアを出て右に10歩ほど歩けばドライアイス屋である。そこで路はクロスしている。まさに現場はそこなのだが、店のやつはだれも「急ブレーキ」の音など
聞いていない。

 「轢き逃げ」である。それも、なんというか、そのきじこの命を奪ったその行為に逡巡と反省の気配がまったく見えないことにおれたちは深く傷ついてしまう。

 ドライヴァーの側にも衝撃がないわけないのだ。にもかかわらず、急ブレーキをかけるでもなく、クルマを止めて自分のしたことを確かめるでもなく、なんというか、カナブンがフロントガラスに当たった・ほどの感情しか、そのドライヴァーが持っていなかったことにおれたちはこころを痛めるし、憤る。

 そのドライヴァーはおんな・だという。そして、洗車のにーちゃんたちはそのクルマもドライヴァーも良く知っている・という。

 おそらく、近いうちにそのドライヴァーと対峙することがあると思う。難しい時間になると思う。娘を轢き逃げされた親の心境だからだ。

 「畜生」という言葉をいまだに使う人間・いるが、それは人間だけが特別だという、おそらく、良く考えるとさほど大した根拠もない手前勝手な思い込みの短い歴史の産物だ。

 中津の街は野良猫も多い。そいつらはやっぱり外生活のプロで、自立しているし、うちの店のネコのような中途ぱんつな外と中の「ええとこ取り」ではないから、五官はもっと研ぎすまされているはずだ。そんなやつらでもたまに轢かれてたりする。

 最近きじこはネズミを捕まえてちょっと得意気になっていたこともあって、間が悪く、クルマより獲物の方に気を取られてしまったのかもしれない。

 身体の傷はなく、右顔面から出血していたから、そこがクルマのバンパーに当たって飛ばされたのだろう。

 苦しまなかったであろうことが、唯一の救いだ。

 昨日までそこに、いなくなる気配がまるでなかったものが、いなくなる、という喪失感に耐えなければいけない。

 そんなことばかりだ。

 どこまで悪くなるのだろう・と少し畏れさえ感じる。

 おれもネコを亡くすことには慣れてはいるが、キキとたまは老衰でだったが長女のマリーと三女のうーちゃんは突然死だった。

 マリーは腫瘍が見つかって、手術後病院に駆けつけたら、痙攣が始まっていた。

 うーちゃんは、病院で突然の心臓マヒで死んだ。

 ただ、きじこの場合、その一分前まで元気一杯で生命力に溢れていたから、やるせなさが募るし、まず第一混乱する。何が何だかわからなくなる。赤ずきんちゃんガブリ・だ。

 小学生の頃、一緒に近所を走り回っていた犬がやはりクルマにはねられて死んだ。はねたおっちゃんは恐縮して福砂屋のカステラ持って謝りにきた。

 犬は大きくネコは小さい・そんな問題ではない。

 そして、ネコを外に出す・とはこういう事態も想定しておかなければならない・ということでもある。そこは理屈ではわかるが、命が・というか、家族の一員が突然「殺される」ことを瞬時に納得はできない。

 イラクやアフガンが「地獄」である・とはこういうことがもっときっつい理不尽さで満ちあふれている・という意味なのだろう。

 被害者側に立つための想像力の弱体化が諸悪の源のような気がする。

 死んでいった人間(ネコ)が望むことはきっと「復讐」ではなく、その死によってアホな人間が何かを学ぶってことだろうと思う。

 加害者も。そして被害者側の人間「さえ」も。

 そう簡単には割り切れないけれど。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:50| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

夏の終わりの始まりの終わり

 昨夜・油断して、半パン・Tシャツで外に出たら,「寒」となって、引き返して長Tへと着替えました。

 もう夏は終わってしまう。今年は短かったね。

 昼間の残暑・も、もう「悪意」は感じない。

 ええやつ・っぽい暑さである。

 結局、期日前投票は行けず・で、明日行こうと思っている。そして最高裁判所長官の信任には「×」をつけてやるのである。天下りの典型なのよ・これ。外務省→最高裁判所長官とは一体何なのだ。

 今年は、秋のしんみり・が「効くー」という秋である。情緒的です。

 しかし、最低月イチで、ライヴをやろう・なんて思ってるし、録音も再開しよう。環境づくりだ。

 多分、9月末は十三クラブ・ウォーターになると思います。サンホール・ファンダンゴもまたそのうち。

 昔は、そんなノリでMUSEやQUATTROに出てたのだけど、もうそんな時代でもない。しかし、音楽もまた「継続」であって、まあ・なんでもそうなのだけど、やれる曲がわんさかあるから、振り分けていっぱいライヴしないと「おっつかない」わけである。

 だから、あっちこっちへと出没しようかな・と。神戸VARITも今むーちゃんがやってるから、それも有りかな。京都も誰か呼んでくれれば、8V飛ばしていくけどね。

 後・プロデュースね。

 おれの「フランス・ガル」は何処に。きっとゲンズブール化できる邂逅があると信じてる。



 RAFFLESIAN COMPLEX VOL.9 @中津Vi-CODE 9/2(水)
 19:00 START チケット2000円・TODO O MUNDOで取り扱っています。
 出演: レス ザン ゼロ、すっぽんぽん'ズ、シュトウケンイチ、かみじょうたけし、サントス、橋本健二、岩田晶、山本朗、キタバヤシジュン、キング堀内、カオリーニョ藤原、マルタニカズという感じです。


 こういうの聴きたい時はハートが折れとる証拠である。あばら折れとるA美嬢・などもいるが。
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2009年08月07日

逃避行へのトキメキ

 特に好きでもないし、やったこともどーか・なのだけど。

 「逃げろのりぴー!!!」

 「土曜を逃げろ!!!」
posted by 浪速のCAETANO at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

七夕よりはじめて

 天気予報は晴れなのに空はやや重苦しい。

 七夕だけど年に一度の織姫・牽牛の逢瀬は見れないですかね。

 というか、年一回の待ちに待った逢瀬・それをなんで「公開」しなあかんねん・という本人たちのご意見もあろうか・と思われる。それも至極真っ当な気もする。逢引であるならこっそりがよかろう。

 小学生時代のある七夕、北西の空に動きながら近づいていく2つの星を見た。家族も一緒に居たからあれは事実だと思うが、「ほー」だった。科学に「希望」があった時代だから、それは非科学的と言われることがマジョリティながらも勢いとしては科学に軍配が上がる・そんなアトムの時代だけれども、今となっては科学は最新の仮説・なんてことはわかっちゃいるが、科学イケイケの当時にしては、そのことは「わからんこと・あるなー・まあでもええか」などと思いながらスイカにかぶりついていたのだ・おそらく。

 七夕の夜にドンピシャでそんなものを見た・なんてのはなんか大きい気もする。見えないもの・わからないものに対する「畏れ」、それはその後の倫理観とも関わってくると思われるが、「不思議な」ものを子供時代に見て、それを科学的に簡単に納得しないことは大切かもね・と思うのだ。というのも科学は最新の「仮説」であるからして・ということだから。それが新説によって乗り越えられたときの色褪せ方のみすぼらしさってないわけで、デヴィッド・ボウイが出てきた時のマーク・ボランみたいなものだ。尤もマーク・ボランはその後おれ内では見事に復権するのですが。今でも大好きです。

 まあまあ近いところで恐ろしいことが起こっている。アキバの加藤のときもそうだったけれど、結局「本人の弱さ」みたいなことにその原因を求めたがる傾向があるが、それだったら今の「社会」の特異性を棚上げすることにならんのだろうか・と思っている。過去にも格差はあり、それは今よりも量的にはもっと大きかったはずである。それは極論・「古墳」などが作られたことを考えればすぐにわかることなのだが、その際にその量的なことだけで物事は考えるべきではない。そこには「情報」と「資本主義の究極」あるいは「大衆社会」という要素が、実はこれらはあまりに・あまりに自明のことであるから、その要素に入れることを忘れてしまっている・というかおそらく恣意的にカウントしていない。

 欲望をこれだけ喚起したあとでの格差・だから、問題なのであって、そこは村上さんの卵と壁の喩えにも見られるように現代の最高の知性を持ってしても如何ともし難いものがあるし、人がこしらえたシステムがその本来の意味に忠実に、かつ、それに反して人の首を真綿で絞めるように身動き取れなくしているわけだけれども、そんな中で相対的に「自分」のそして「自分の命」がカルくなってくることはあったり前の話だろう。何かを求める時に、情報が行き渡った社会に於いては、その対象をゲットする際の競争率もまた史上最大となるからね。自己実現の可能性が一見広がったあげく、その可能性は限りなく「ゼロ」に近づく・というのが「今」なのであって、さらにそこには階層が固定に向かっていることもあり、生まれや親の財産みたいなものが決定的な要素となり、しかも社会はメディアによって、それをエンターテインメントとして再構成することにも成功している。TVでよく放送される「大阪のおばちゃん」の街頭でのインタヴューの質の劣悪さや無責任さが見事にそれを証言し、大阪のおばちゃんの再生産にも拍車をかける。歌舞伎や落語など、日本の伝統とはとりあえず、それは善きもの・と捉えられ、それはある種の権威も背後に見え隠れし、そこに反応する人々もものすごく増えてしまった。

 アメリカ文化に対抗する上での日本の伝統。その両方が質・量ともに極大化している。それも一種のバブルなのかもしれない。すべてにお金が絡んでしまっている。当然と言えば当然か。

 思うのだが、清少納言たちが宮中で使いだした言葉と道長たちが使っていた言葉の断絶と、ギャル語と放送で使われる言葉の断絶はどちらが大きいのだろう。簡素化とか便宜上なんてコンセプトはよく似てると思うんだけどね。仲間内の言葉という点も共通だと思う。そんな「TINY WORLD」はどこにでもあると思う。現代は商品価値というもうひとつの要素が加わるからまたそこで歪みが生じる。

 権威を伴い強制される伝統に回避するぐらいなら、ギャル語の中に埋もれて「何人」でもない人間になる方がマシ・なんて思うこともある。生活者の視点と便宜があれば、なんでもいいはずなのだ。だから、マンガ美術館はダメなのね。

 此花の放火にしても、最近は派遣切りの話題も敢えてメディアは避けていると思うし、政治ショーをおもしろ可笑しく伝えることにばかり精を出していると思うが、またサミットで無邪気に笑うばか面を見せられる人々の中に、次の放火犯がいても全然おかしくない。早く解散して政策をすすめるぐらい「しか」政治家にはできなかったりする。できたとしてもそれが本当に困っているヒトに届くかどうか・というところである。では、早く仕事せんかい・ということに普通はなる。


 オカマのマーク・アーモンド。この「パーリー・スペンサーの日々」はいろんな人がカヴァーしている。マークもカヴァー。David Mcwilliamsがオリジナルです。おれはグラス・ルーツで中学生時に聴いたなあ。どのカヴァーもバッキングはほぼ同じ。ストリングスがいてー・という感じ。 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

たまには食い過ぎ

 週末だね。

 もう既に期末テスト前なのであんまりカンケーなかったりする。ビンボーなのにヒマは・ない。特に他人の用事のために走り回るのがイマイチである。

 やっとクーラーが付く。が、がんがんにつけるタイプでもない。汗をかかないと、アトピーのような気になってしまうのだ。ガテンタオルの方が好きである。旧い「体質」ということになるのだろう。生まれたときからクーラーがあった世代とは違って。これはある種の「強み」だと思う。

 消費税・とてもぢゃないけどはらえましぇん・と税務署に「泣き」の電話を入れる。分割にしてもらった。今年は今までで最も少なかったのだけど、それでもウン十万はでかいよ。あと法人の市税と府税が合わせて7万。今の7万はおれにとって大金だ。だからして、ウン十万ともなるとね。日本人ヤメたいぐらい。あ・ヤメても税金は取られるのか、選挙権なかったりするくせに。酷い国だね。

 最近・昼間にビールってのが習慣化してしまってていかんと思いながらも、なんというか・だ。まあ・夜はガッツリ食べないことになっているので、まあいいか・とも思っている。

 最近、痩せて、しかし、20代のベスト体重には4キロほどまだ落とさないといけないのだが、いや・別にいけなくもないのだが、昨日はふらっとチャリンコで福島から野田そしてコーナンまで行き、ちょっと買い物をし、となりのスーパー・マルハチでお弁当でも買おうとおもったが、突然の「あれも喰いたい・これも喰いたい病」が発病し、お弁当+鳥の竜田揚げ+肉じゃが+おから+和総菜などという暴挙に出る。ロング缶も買って、淀川辺りで喰ったろうと思い、場所を物色していたが、あいにくお天道様はてっぺんにあり、陰が皆無であって、阪神高速とJRの橋の下へと避難するが、あまりのうるささと振動・そしてあまりに堕ちた感じに「だめだこりゃ」で、さらに風もびゅーびゅーで弁当砂だらけになりそうだったが、上に置いたチャリまでもどるのもじゃまくさく、もういいや・って思った途端にテント発見。そこに見渡す限りでは唯一の「陰」を発見。風は依然として強いが、もうそこに決めた。

 で、喰いだす。とてもじゃなく喰えんな・と思っていたが、喰ってしまう。おそろしい。多分1500KCALぐらいはあったのじゃないか。まあしかし、夜とうふとまぐろのヅケだしええか・と思い直す。

 そこは野球場のバックネット裏も兼ねていて、ふとグラウンドを見ると軟球が一個転がっていたので、それを腹ごなしにバウンドさせてしばし遊ぶ。高くバウンドさせてフライを捕る要領で上を見れば、それはまだおれがかわいらしい少年だった頃の絵と同じだった。「青空と白球」ね。おれの目には同じなのである。「おれを含む絵」となるといささか、無理も問題もあろうか・とは思うが。そんなときは敢えてオノレを客観視しないものなのであった。

 今・まだ中津界隈の地理がアタマの中でクリアではないから、しばらくは退屈せんな・と思った。問題はなんも解決してないにもかかわらず・だが。


 人生の大方のばかばかしさ・これはやはり共有となるとW/ええトシこいたおっさんと・となるのだろうか。B-52'Sである。ばかばかしさ・と言えばおれは彼らを想起する。そして動く映像を見た時、VO.のこのおつさんのあまりのカッコわるさに夢中になってしまった。このへなちょこ具合が、もう・っさいっこー。DON'T YOU THINK SO?
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2009年04月12日

後ろ向きで行こう

 ヒトとヒトがくっついて離れてくっついて離れて、いろいろあって、最後、経験と学習によって肉体的にも精神的にもそれぞれのテリトリィを侵さずして共存する・というか共存するようになる。

 そんなのが理想的だ。

 問題は、現実の締め付けはヒトをして理想を忘れしむる・ということである。

 気を付けたいものです。

 本日は束の間の休日。昼まで寝て、これからゆっくり早目の晩メシにかかろうと思う。

 パ・リーグの野球が面白かったりする。オトーサン的である。それもよかろう・と思う。先週いろいろあったし、今週もいろいろ待ってやがる・からだ。

 環境とはなくなって初めてその価値がわかる。およそ、なくなるまではピンと来ず、なくなってしまって「後悔」するものなのだが、別の環境が待っていたりする。それらは一概に比較出来るものでもなく、それはそれ・これはこれ、である。

 「前向きに生きる」ことが素晴らしいとされているが、そうかな? と思っていて、おれは「後ろ向き」がいいのではないか・と思うひとりだ。前には勝手に進んで行くからだ。勝手に・というか放っといても前には進んで行く。その際に、何かに対処する術は「後ろに」しかなかった。

 さらに、後ろには「膨大な量のノスタルジー」がストックされていて、およそ・前に進む際に、求める結果は後ろのノスタルジーの再現である。

 「未来」なんてことは信じていないおれとしては、何度でもおんなじことを試みて生きていく訳である。進歩・など別にどうでもいいのだ。っていうか進歩・してないし。

 良かった事は常に「後ろ」にある。その「再現」だけで充分なのだった。
posted by 浪速のCAETANO at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月13日

フィアット・サーブ・アルファロメオ

 さて、「経費節減」とは悲しい言葉だ。

 中津マージナルヴィル人たちのアシであった、フィアット・ウーノ・ターボ・アバルト・フェイズ2・レザーパッケージが、まあ寿命と車検満了と車検をうけるにはまあちょっとお金かかり過ぎ、という数々の悪条件のもと、廃車の決断を余儀なくされるわけだった。

 で、今回サーブ900ターボ・コンヴァーチブルを中津人のためのアシに提供することにした。アシにはけっこう豪勢ぢゃん・なのだが、手持ちのクルマを使い回しするのがもっともコストかかんないわけで、ノーチョイスであった。

 まあだいぶファースト・カーとして活躍したからということと、8vとじっくりいつまで付き合えるかわかんないが、付き合ってみることにしたかったからなのだが、いろいろ心中波風が立たないか・と言えばそうでもないのだが、カー・シェアリングもコンセプトとしては「悪くない」のであって、シロートいわす時はまたサーブ乗りに行こう・と思ってる。

 ウーノもナガイの「荒い運転」と「カラダから出る得体の知れない液」により、苦労をかけた。中津から豊津まで帰ってくるとき、ガソリンライトが案の定点灯していたが、ままよ・ターボ効かしまくって帰ってきた。

 タマのことを思い出す。あんなに仲悪かったけども、最後はおれの手を握って逝ってくれた。ウーノもおれはあんまり乗ってあげれなかったが、最後はおれの手でエンジンをオフにする。ホント、おんなじなのだ。ややセンチにならんでもないのだが、「経費節減」はそれより上位概念なわけで、「うーん・もうっ!!!」なのだ。

 いや、気を取り直してこれから濃く付き合うわけだ、8vとね。
 壊れないでね。
posted by 浪速のCAETANO at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月27日

07年末に 2

 年末年始は冷え込むらしい。久しくなかったような気がする。極寒の正月。

 クリスマスが終わり、正月までのこの浮き足立つ時期、「もーええ・もーどーなってもええ」と放し飼い気分の方々多いと思われるが、いかがでしょうか。

 年末年始のTODO O MUNDOその「放され飼い」な精神にびったりですから、また・よろしければ。

 年末は31まで開けていますが、9時10時ぐらいからは、「2007・2008を跨いでウンコしちゃうぞライヴ」ありますので、お誘い合わせの上いかがでしょう。

 ええ加減成長せーよ・相変わらずなそのタイトル・とか言っていいのよ。バカは死ななきゃ直らない。まあ自覚はしております。ま・そのう、どこまでバカ化が進行するのか・コワくもあり楽しくもあり、そんな中で新年を迎えつつあるわけだけど、バカはバカなりの生き方もあろうか・と思います。

おおっとTUTOR行かなきゃ。
posted by 浪速のCAETANO at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月25日

FELIZ NATAL

 NATALである。X'masであるが、世界は平和か? キミは平和ですか?

 昨夜はすき焼き大会だったけど、今イチおれの特製割り下の受けは良くなかったかもしれない。いーんだもんね・ごっついええ肉と葱で一人でやるんだもんね・また。

 カンケーないお客のみなさまにもふるまい、ええ店やった。

 ちょいとカロリー過多な日々が続くから、本日はぐっと方向転換して「シブ目の和」にしないと、と思う。カラダがそういうの求めてる。

 おっと質問が来た。本日から冬期講習ってわけなのね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

無常なのだ

 杉山・ZAKなき後(別に生きとるが2名とも)の関西エンジニア界の首領・前川くんに渡すフリ・プロ用のMDを作っていたら、ちょっとアツくなってしまった。マルタニカズ'ズの演奏に対して・である。
 音楽は生きていて、録音時の感覚が甦るものもそうでないものもあるが、それにしても世界のどこにもない音楽がこの中にあるんだがなあ・とROLANDの埃をはらったりするのだけど。

 うたを録ってないものも何個かあり、あっそうかと思ったが今日はちょっと無理であるから明日録ろうと思う。
 音楽には(まあなんでもそうかもしれないが)ココロの準備というか、溢れる寸前まで自分のパッションを高めないときびしいものもある。

 昨日、女優からCDと手紙が送られてきた。D蔵が生きるか死ぬかの時に録音が進行中だったのだ。「兄への想いがいっぱい詰まってます」と書いてあった。そうだろうと思う。おれの見舞いの姿や弔辞の言葉がココロに残っているとも書いてくれていた。こちらも何か書こう書こうと思いながらも、年末を迎えてしまった。静岡の墓にも参らねばと思う。家族もそうかもしれないがおれだって喪失感には苦しんでいるのだ。しかし、死者は死者であってもそうではない。夢にだって出てくるだろうし、面影をアタマに浮かべることだってある。そう考えると、死者と生者のボーダーも曖昧になる。生きてるやつだって考える事のないやつが大半なのだから。

 100年経てば人の細胞が5年で入れ替わるごとく、社会のその様子は変わらなかったとしてもキャスティングは別物なのだ。そのときやっぱり、今の誰かの役目をその時代の誰かが担っている事だろう。ただし、善きココロを持ったヒトビトの割合は減る事があって欲しくない。まるで「方丈記」なのだが、日本人の持つ「無常観」は自分の精神をしっかり包んでいるなあ・と思う事がある。そのワザトラマン(旧!!)ではない無常観がなかなか共有できないんだよな・ということも今のご時世よくわかる。

 虚しさを埋めるため楽しい事を追求するわけだが、追求してもしてもその虚しさ(空しさ)はやはりまだ依然としてそこにある。では虚しさ(空しさ)を凝視すればいいのか・という問題でもない。俗世に生きるわれわれは虚しさ(空しさ)を喰っては生きていけないからだ。それは社会性の回避にもヘタすりゃつながってエラいことになる。だからムヅかしい。うまいことやんなきゃいけない・ってハナシよな。

 本日トドムンドに失禁ではなく出勤・と思っています。

gina2.jpg「今また失禁にはもひとつ早いにゃん」
 
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2007年11月30日

JUST ONE DAY

 久しぶりにアクティヴだったのだ。活動的ならアタマは冴えるのね。わかっちゃいるけど基本ダラダラくんである。普段のダラダラがしかるべき際のアクティヴを支えるわけ。メリハリが必要なのだ。

 そいでもってしてぇ、クルマ取材でルノー・メガーヌ・グラスルーフ・カブリオレだったのだが、i Podを差してマイ・カブリオレ化してまあ楽しい取材だったのだが、しかし、「もう全然売れんねん。もーやばい・いやほんま・やばい」とルノー箕面のおとーさんが嘆くわけだが、メガーヌ自体はよくできているのだが、そしてそれなりにカッコいいのだが、プジョーにはキャラクターのスタンドアウトにおいて水を開けられてしまってるわけだった。気の毒だ。ルノー車はもと国営企業であって、なんかの例えに「ルノーのクルマみたいに退屈なオトコ」なんて形容があったほどだから、もっさり・もっちゃり・なイメージが本国フランスではあり、ただしかし、時に5であるとか21であるとかスピデルであるとか、マジメを売りにしているオトコがときどきハジけて、「でも・おっ・意外に素敵?」なんてクルマをたまに出す。

 おれはトゥインゴとルノー・エクスプレスに乗ったが、悪い印象はないなあ。走り・の分野でさほど期待しなかったからかなあ。居住空間としては非常に満足しました。使い勝手もいいし、乗り心地フェテッシュとしての満足もあった。

 フランスって国、今は右寄りアメリカ好きのサルコジくんになってその以前との違いがわかるような事態が未だなく、なんともいえないのだが、そのソフト・パワーは威力がある・ってのがミシュランでも確認されたけど、まあそれを「権威」の方に持って行かずにさ、「東京うまい店・高いけど」ぐらいのタイトルのグルメ本がも一つ出たぐらいのとこでどーなのよ。まあいろんな立場にある方々が、それなりの対抗意見を述べられているのをチラホラ垣間みるに、他の尺度もいくつもあるということを再認識して、時と場合にもよることなので、例えば1000円札一枚しか持ってないときになんにも役に立たんでしょ・ミシュランは、というように、お金持ちとビンボーの間を自由に行き来する際のある場面での指針・ぐらいのところでいいのではないか、ミシュランのような「権威」にまつり上げられやすく、カンケー者たちもすぐその気になりやすいなんてものを、チャカしたりして異化するのがおれたちの「おシゴト」なのではないのかね・なぁんて思う。

 なんかみなさんの意見を読んでると、肩にチカラはいってんのだよな。雑〜に言うなら高級を志向することって一番わかりやすいが、一番手抜きもできたりすることで、しかし、絶品の料理には何の罪もないからね。

 その後メガーヌをディーラーに返し、担当のA倉オナミちゃんに礼を言って(ナオミって名はおれのなかでは必ずオナミに変換されるのであるが)アルファでシフトの感触を再確認しながら五時五分前に家に戻り、ぺろの鼻くそを処理していると女子中生たちが来たから、2時間教えて、日本橋へ向かい2時間教えて、こんなときしかなかなか来れないからな、とTODO O MUNDOへと立ち寄り、メルローをみんなで空け、前菜を喰っていたら、F岡が来たので、ハナシをしてたらぺろに抗生物質飲ますのを忘れていたことに気づき、タクシーで帰る時に、運転手のおっちゃんといろんな都道府県の「「全面」禁煙」てダサくないかい?という話で盛り上がり、「いやおつり・取っといて」と気分良く帰ってきたのだった。

 アクティヴである。おれにとってはこれが限界。ヒトってエネルギーだね・と思う。

 200x150.jpg本日は活動量が激減していますが・・・反動ですね。
 
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2007年02月01日

当然

ただいま「国産車VS輸入車」特集を実施中!
ただいま「国産車VS輸入車」特集を実施中!わたしが選ぶなら「シトロエン」あなたはどっち派?投稿頂いた方全員にキャッシュバック!中古車情報はカーセンサー.net

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2007年01月23日

いませんか?

 久しぶりに銀行まわりにチャリンコで行ってきた。

 「久しぶり」ではいかんのだけど、あんまりにも小額ではチャリンコ飛ばすのサムイじゃん・ね。ということで財政縮小の折り、銀行周りは週イチぐらいの頻度になってしまってる。

 ラフレシアのHPも放ったらかしになってて、自分がWEBデザインをやれればいいのだけど、その勉強をするヒマがないし・その気もない。誰かやってくれないかなあ・と思っているが、そういう手を差し伸べてくれるような知り合いがなかなかおらんのよね。自分に取ってはものすごい・邪魔くさいことだから、ほんと・誰かやってくれえ。おれは他でいろいろ忙しいのだよ。そんな誰でも勉強したらできるようなことなんか興味ないのよ。勉強してもあかんようなことは興味がある。誰かだから助けてくれえ。というかやってくれてオペレーションは自分でやるから最初の立ち上がり・ほんま誰かやってくんないかなあ。いや・ほんとにお願い・と思ってる。いや・またはそんなことをやろうと・すっと思えるにはどうしたらいいのかな。

 トリセツ嫌いというのがある。もうほんとに読むだけでイライラしてくる。あんなもんをじーっと読める体質のヒト・「ほー」である。読まなきゃ先進まんちゅうことがわかっとるから余計に嫌なんだね。コドモたちに嫌いな科目やらせるときのこっちがココロ痛むあの感じ。できればそんなのパスしてあげたいもんね。ただ極力そんな場合はストレスを感じさせないようには努めてはいるが、こと自分の話だと、なぁんにもオブリゲーションがないから、「ぽい」しちゃうことになる。自律・なんてことはほんとにムヅかしいな・なんて思う。人生のどこかで「ジミ」に生きることを体験しなければいけなかったのだな・と思う。あんまりジミに生きてこなかったツケがそんなとこに出てる。ジミーちゃんかぁ。しかし、人に頼らずなんでも自分でやれることも大切だが、あるところを見切って人と何かすることは「コラボレーション」なんつって、悪くない。アート・リンゼイなんてその典型で、そんなことでうまくいくタイプもいる。でも自分はちゃうな・と思う。

 アンチ・スペシャリストの困難がこんなとこにあったりするが、しかし、何かちょっと軌道修正を迫られている感がある・かな。うーん・でも誰かやってほしい。いませんか? 奇特なヒト。
seven3.jpgどうかな
 
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2006年12月14日

空白の一日

 あまりに忙しすぎた反動でなぁんにもしたくない。TUTORも休みにする。ただメシを喰って酒を飲んで風呂入って寝るだけの生活をすることにした。サッカーを見たいがうちのバカTV映らない。まあいいか。ビデオでも見ようか・と思う。まあなんだか本日ふらふら・なのだ。
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2006年11月11日

やられた!!!

 曾根崎デッドエンドストリートの各店舗に関しては土地所有者・TODO O MUNDOに関しては大家でもあった方から突然の封書。

 11.8付けで土地売り渡したってさ。土地を押さえられて、さておれたちどうなっていくのか?

 こんなことは未経験であるからなんとも言えず、さてどーなるものか? まずは向こうの出方をみるしかあるまい。ソファーもイームズのテーブルも買ったとこだったのだがね。

 大きな流れに逆らうことが延命になるとして、それがどの程度の「意味」があるのかを目を凝らして見ていかなければいかんのだけど、ほらね・物事っちゅーのはね・このようにね・ヒトが一番ね・パワーがね・なくなってる時にね・連鎖してね・起こるものなのよ・ね。

 まあ・こんなことは隠していても時間の問題でみんなにわかることであるから・この場合はディスクロージャーが正しいのだが、この・経済性にそぐわないからといって歴史を消すという暴挙に加担はしたくないが、加担しないためには、はっきりいうと、TODO O MUNDOの10年弱の歴史はもとより、それはおれのアタマをスルーしての話だが「曾根崎心中」の舞台である露天神社(お初天神)への妄想とも言える自分の「愛」というものがやはり今イチみなさんには伝わりにくかったのか・という反省も込めて言うとするなら、「とにかく・みなさん・TODO O MUNDOへNaturallyへ来て!!!」ただただ長く続くものだけがいいとは思わないが、10年弱と言えば、ある種の習慣化したものも体内に抱えているわけで、それがなくなることに対する「喪失感」を想像するに誰に一番のダメージをもたらすかというなら・そんなもん決まってるわけで、これまでも4匹の猫を10台のクルマを喪失してきた身としてはまあ耐性はある・とは言え、ダメージに変わりはないのである。TODO O MUNDOをやるという意味でおれもいろんなことを犠牲にしたが・もちろん得る所も大きかったのだけれど、そんな外部の意図によってオレのこの「高尚な」理念が踏みにじられるのは口惜しいじゃないか(ややヒロイックに聞こえるかもしらんが・しらんね・ま・いいじゃないか・言わせろよ・そんぐらい)。

 まだおれはその「株式会社オーイーシー」とやらとはノー・コンタクトであるから、どんな人間がどんなことを言って来るのかまだ知らない。ただ、曾根崎デッドエンドストリートの運命の具体化のようなものが本日ありました・ということなのである。いいものをいいというには・ヒトの後押しが要る。そんな意味もコミでもう一度「みなさん・TODO O MUNDOへNaturallyへ来てちょーだい!!!」

gina2.jpg「て・いうかワタシはどーなるにゃー?キジこも」
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2006年10月06日

あるカテゴリーとの大量再会

 昨日はものすごくハードな一日だったが、た・の・し・かったわけよ。シトロエン2CVを運転しまくったわけだよ。

 ものすごく1速が重く(なんつっても4人乗っとったからな)ものすごく遅いんだがものすごくかわいいのね。シフトが変なところから生え、一見変なことしないとハイらないのだがこれは、autoneedsの二井さんのレクチュアを受けたらいたって合理的であることがよーくわかった。しかし、ややその運転に慣れてくると、ほらシフトの場所ってカラダで覚えてて、ほとんど目視しないでしょ。その位置はやはり特殊であって、空気を掴んでしまうことも数度。いつもなら少々赤なりたてでも右折しちゃうのだが、いつものつもりでやってたらサンドイッチなりかけも久しぶりに経験。チンクエをもっとのんびりさせたというか、ほんとうに牧歌的で、初期のクルマってこうだったのね・ってのがよーっくわかった。

 しかし、なんといってもautoneedsに置かれているクルマの数々だ。オール・シトロエンなのである。2CV・GS・DS!!!・BX・CX・XM。一千万ほどお金あれば、一通り買うのになあ〜、とその気持ちは例えて言うなら、かつおぶし工場に紛れ込んでしまったネコみたいな「自分をなくす」になってしまったのだった。

 いやー、なんといってもシトロエンだよ。以前乗っていたBXがあり、同じノアールで、後で調べたらTZIのガワにTRSの内装でハートは16vだった。これぞ理想のBX。ガワは新しく、中はふんわか、心臓は最強。もう・商談したかった。いやまじで。

 社長の二井さんは知的な方で、生物が体内で体液循環することによって進化のドライヴがかかったことを引き合いに出され、ハイドロとそれを内蔵するシトロエン車を例えられてました。ね・そうよね、LHMオイルは血液というより、リンパ液みたいだもんなあ。なんかそわそわが一日経っても治まらん状態でこれは困った困ったといいながらもなんだか嬉しい・変な気持ちなのだ。

 多分日曜もそわそわはまだ健在だと思うんだけど、ピカデリーアモナイト、かるくぶちかましときますので、そのあとみんなで名月でも眺めワインを飲みましょう。帰ってトドムンド開けよう。三階で飲もう。

DSC_2867.JPG合い言葉はちゃっちゃっ・がつーん・で。
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2006年07月14日

朝帰り・よりはじめて

 朝帰りだったが朝あまりの暑さからか目が覚め、「あ・そうか。銀行行かなきゃ」と江坂往復したが、くらくらきた。ゆうべはtutor帰りでTODO O MUNDOに寄り、そこからNATURALLYに流れカエターノ・ヴェローゾ三昧なのだった。A美ちゃんが「闇の美容師」しにきてくれて勝手にCD出してきてかけとったが、エルヴィス・コステロの1stやらディヴィッド・バーンのUOやらを家では聞いてその間に髪の色が抜けていくわけだった。そしてクルマではアル・グリーンを聞き、トドムンドに行けばまたディヴィッド・バーンがかかっていて、ナチュラリーではLUAKA・BOPのコムピレーションからミタキらの録音聞かされてN井のベースにダメ出しし、そのあげくのカエターノ特集だった。なんだかよく音楽聞いた一日だった。最近・とんと音楽聞かんが、それは意識を持って聞くとけっこう新しい音楽というものは「ムカつく」から・というのが大きい。

 音楽情況はまったく変わってしまった。ただし、自分の音楽というものが既にありますので、それをリファインすることがまずはプライオリティーだから・いいのだ・それで。

 テレビ電話を使って自らの「コカン」をほらー・って見せまくってた高校生(やったかな?)が捕まった・という話。テクノロジーの進歩にヒトのレヴェル・アップが追いついていないといういいサンプルだと思うが、見せられた方は「はい・もしもーし」で「うわ」「ぎゃー」なわけだけれど、それを見せられたそれも女子高生だったと思うが「もう・しばらくは見たくないです」と言っておったが、なかなか彼女の私生活に「含み」を持たせる発言で興味深かった。「しばらくは」て。

 世の中は「症候群」だらけである。原因が特定できないが共通の症状をもつ。Mキノがスティーヴ・ジョンソン症候群とやらで入院してたらしい。クスリの副作用か、皮膚がやられたり・ひどいと失明に至ることもあるらしい。Mキノ・だいじょーぶか? 皮膚は最近のポイントかもしらんな・と思う。症状出やすい。なにをかくそう(かくさんでもええが)自分もメニエール症候群だから、こう暑いと「なんによってクラッときてるのか」が識別不能・レーダーマンである。

 さきほどの「見せたい少年」は「モノ」だけをほらー・だったみたいだが、コート内すっぽんぽんおじさんin spring・などはそこ・プラス・全体(含むカオ)を見せたいわけで、きっとその際カオは「恥と恍惚」なんてものがビミョーに入り混じっとるような気がするけど、動機は複雑に入り混じり・しかしながら行為としては「同種」であるからこれを「ほらー・症候群」と名付けてもよいでしょう。

 一種の自己顕示欲がベースにあるような気もするが、そういった「部分」で自己顕示してしまうのは社会では迷惑なので止めましょう。しかし、自己顕示が欲なんて言い方をされると、それは食欲・性欲なんかと一緒にされそうで「しょーがないじゃん」というようなことになってしまうのもなんだか癪に障る。物欲なんてのもそうだけど、それを認めるのが当然という風潮には「どうかな?」と思う一人だ。世界には「喰えない」現実もたくさんあり、食欲なんてのも「選択の自由」という認識をおれたちはしがちなのだが、そんなとこから自己顕示欲や物欲といったもっと「上位」にある欲望とこんがらオトコ・こんがらオンナになってしまってるのではないか。「生」の希薄というのはそんなとこに原因があったりして、リアルに生きる・なんてことが見えにくい。ありえん・と思っているかもしれないが、アフリカや北朝鮮では一杯の雑穀の雑炊が「ごちそう」という現実だってあるわけだしね。

 相変わらず論旨がとっちらかってごめんちゃいなのだが、酒も抜けてないボケなアタマであったりもしますけど、しかし、モノをしっかり食べる・食べられるという根拠というのは単なる日本に生まれた「ラッキー」なのであって、では北朝鮮に生まれたアンラッキーな少年と何が人権レヴェルで違うかといいますと・何も違わない。だから喰えないやつが傍らにいる中でちゃんと喰えるちゃんとした人間たるようにココロがけながらだね・食糧の貴重さに思いを馳せつつ、その後他の上位の「欲望」の実現を目指すべきなのだ。単純にハラ減ってたら「自己実現」もないでしょ。

 モノが溢れて余ったら捨てて、ヤバい食い物も多く、その区別もムヅカしく、皮膚の細胞はちゃんと成長せず「いんきんかと思ったらアトピー」だったりして、アレルゲンをいくつも持つ子供だらけで、なんか誰もが思っていることだが「異常」だ。この真夏日の連続の中で異常な出来事がまた起こるのかなあ・やっぱり・ひょっとして。
tn_q_004.jpg「やっぱ・・おしえない」
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2006年07月07日

a slice of life

 期末テストはもう少し続く。

 ということで金曜は(というかほぼ毎日のことだけど)メシを作る。本日(というかほぼまいにちのことだが)ワインを飲もうと思うわけだから、野菜もちゃんと喰いたいところで「ラタトゥユ」を作ろうと思った。トマトとナスとかぼちゃがあった。だからズッキーニとパプリカを買いに下へ。
レジの中村久子サン推定年齢45歳コドモ2人・から「料理よくなさるんですね」と声をかけられ「ええ・まあ」などと答える。帰りに塾のチラシをチェックするが2枚減ってたけどまだ補充するほどではない。魚も焼こうと思うが、鯛かなあとも思うが、冷凍庫の掃除も必要なわけで、思い起こせばタラの切り身が残っていた。じゃあそれでいいや。粉付けて焼こう。味は現場のノリで。バケットがまだ来てなかった。

 ニンニクをスライスして、鷹の爪とともにオリーブオイルで炒める。超弱火で。その間に材料を切って、トマトを湯ムキしておく。順に炒めていく。オイルが回ったなと思う頃に赤ワインと白ワインを2:1ぐらい全部でワングラスほど入れて後は煮るだけだ。ローリエ入れるの忘れずに。タイムはないがまあ・よしとして。

 昨日はオージー・ビーフのスライスで肉じゃがを作ったのだが、火にかけているのを忘れ、塾に突入し、Y部が「なんかにおう・なんかにおう」とうるさいので「うるさい・アホ」などと言っていたら、ほんとになんか匂ってて、それは肉じゃがで「オー・マイ・ガッデス」だった。アホの言うこともたまには聴かにゃあいかんのね・これがまた。

 汗をかいたほうが体調がいいから、塾の時間以外はクーラーをかけないようにしている。扇風機の良さを見直す。かつてはみんなそうだったわけで、しかし、亜熱帯化の進むニッポンという側面もあったりするわけで、これもまた微調整が必要。ぺろもいろんな比較的涼しいとこを探して、昼間は「死んだように」寝ている。ほんとに死んでないかたまに心配になるぐらいの本格寝で、まあ基本的にちょっとしたことでワーワー騒ぐタイプではないのだが、こんなに微動だにしないと心配になる。真っ黒けだから、呼吸によるハラの動きもガラがないとわかりにくい。たまに声をかけるが3どに1度ぐらい「なんやねん」とカオを上げる。その際に鼻の下があまりに長くてびっくりする。それネコにしては異常やで・アンタ。そして「うっさいなー」とまた寝にかかる。めんごめんご。

 ラタトゥユは出来たみたいだ。火を止めて水分飛ばして、冷ましたらあとは冷蔵庫へ。バケットもう来ただろうか?たばこのついでに見てこよう。

 
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2006年06月04日

短小化は反対だが・よりはじめて

 誰かがどこかで、なんでもかんでもにわかにワールド・カップ一色の盛り上げか「うざい」と書いていた。ワールド・カップをW杯と書くのも「うざい」と言っていた。そういえばMグがゴールデン・ウィークをGWと書くのが「うざい」とも言っていた。

 コンドーですっ!!!とヅラをトバしてみたい。混同です・多分。

 なんでもかんでも縮めるのはおれだってうざい。

 こないだtutorでアニキがオトートが「足打ったー」とか騒いでるのを「こいつ、ゲサでしょ」かなんか言ってきた。2秒ぐらい考えて「オーゲサ」という意味に当たり、「あーそーね」といいながら、痛いと言ってる箇所をボールペンの先でつついてやった。

 前にも書きましたが、アホみたいになんでもかんでも「短小化」しちゃうやつはペニスも短小である・かどーかは置いといて、精神は確実に短小である。ただ、それと昔からすでに短小化されていたものをワカモノは「ごっちゃ」にしとるのだなあ・誰かそこんとこの違いをわからしたらなあかんなあ・と思った。

 W杯ってのはTELEPHONEが電話・REFRIGERATORが冷蔵庫になったような感じなんだけどな。GWにしてもイニシャルなわけで、こんな例は他になかったかな? えーと、ライヴのPAとかさ。おれ個人の話といたしましてはGWと見てゴールデン・ウイークと読む・そのココロはなあんにもない・W杯と書いてワールド・カップと読む・そのココロもなあんにもない。

 それと例えばおれが嫌いな短小化はまた別のポイントかな。うっとーしーのは、例えばコンピュータ屋さんで「ボーいちもいけますよー」これはボーナス一括払い・ドリカムなんて存在からうっとーしーし、ミスチルなんてのも同様・最近では「シューカツ」・自分の事言うなら「カテキョ」。万田このみ・なんてアイドルとか出てきたらどーすんねん・といささか心配してしまう・老婆心ながら。

 それにうっとーしーと思っとるワカモノと志を同じくするものだけど、めたらやったらに何でも噛み付くっちゅうのはそれは「歴史」を無視するものだから、物事を知ることも大事なことなのね・と言っておきたいわけだった。

 テレビというのはTELE・VISIONなわけで、そもそもの最大の間違いの歴史のしょっぱながこれである・と思う。意味が通るかどうかが正誤の分かれ目かな。ただ語呂がおもろいと・わらっちゃうんだけどね・思わず。

seven3.jpg「わたしはセブンオブナイン ユニマトリックスゼロ 第三付属物・長いか?」
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2006年06月02日

超ムカつく・よりはじめて

 中学生ではないがひっさしぶりに「超ムカついた」。ムカついてムカついてどうしようもなく、そのムカつきはまるで治まる気配がないから、もうどうしようか・と思うほどだ。

 と思うほどだ・というところでややそれは治まりをみせかけた・かにみせかけといて、またぶり返す。

 話が食い違うときは、前提が違うのだけども、それは情報を持っている人間がそれを埋める作業をするのがマナーなのに。合わない人間というのはいるものだ。頭ごなしにモノを言われることほど暴れたくなることはないのだが、それとは別にやや戦慄に感じたことがあって、それは何かというと、自分の中に「炎」を飼ってる人間ならわかることなのだが、その相手の持ってる「炎」の種類を識別できる。もちろんあくまでも基準は自分の「炎」の質になるのだけど、自分のはどうかと言えば、ばか正直に真っ赤というか完全燃焼しないとものすごく煤(すす)がでるからそれが嫌でとにかく酸素をいっぱい補給しながら燃えとるのだが、そいつの「炎」の色はなんかどすぐろかったからだ。

 それは何だろう・とずっと考えていたら、空気が足りないところで燃えている情念・だということがわかった。その「炎」は空気がいっぱい必要な自分の炎に比べると「どんな悪環境でも燃えてやる」といった意思みたいなものを感じ、それは本人の意思ともまたちょっと違うというような、制御不可能なニュアンスがあったからこその「戦慄」だったのだけど。

 なに言うとるかわからんかもしらんね。まあ、ココロに「炎」のある方だけ、わかってください。

 なんだかそのタイプの人間というより「炎」に生まれて初めて遇って、正直びっくりした。

 と・いろいろ分析をしているうちにムカつきは治まってきた。客観性は混乱時には大切な手段ですね。

<梅雨だからこそのスパークリング その3.>por TODO O MUNDO
img10431458522.jpegオリオール・ロッセル・キュヴェ・エスペシアル F4600
オリオール・ロッセル家は家族経営のワイナリー。自家葡萄園のぶどうをていねいにていねいにカヴァへと作り上げる。カヴァはシャンパーニュと工程はまるで同じだからね。シュワっといっといて!!!
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2006年04月12日

Slice of LIFE

 天気もまあまあ、おだやかな日だし、久しぶりに江坂まで歩いて銀行へ行く。家の下の公園で、新中三と思われるばかたちが10人ほどブランコにたかっていた。一人用じゃなくて親子とかカップルとかで乗るやつあるでしょう。貧乏な風景だ。

「いやー、そしたら三つも保険降りたん。すごいやん」
「そんなこと始めてやったし、びっくりしたわー」
路地の地面と二階でおばちゃんたちが喋っている。

 江坂までの路はもう無限に組み合わせがあり、気分でその都度選ぶのだけど、今日はセブンイレブンでビタミンCを買いたかったから、余り通らない路を選ぶ。江坂公園の横を通ると桜はもう葉っぱが出ていた。出てくる時ちょっと寒いかなと思っていたが、ダマールの10から15℃用の半袖のTシャツと黒のジャージでちっとも寒くない。ちょっと大きめのブーツがやや歩きづらかったがそのうち慣れてきた。

 新御堂の信号を小走りで走ると、ちょっとブーツががばがばする。銀行は予想通り空いていて、あまりストレスにならなかった。がんばって江坂まで歩いていって人が「とぐろ」な場合、そのやるせなさは絶対みんなわかっとらんと確信する。社長のストレス・パート1 だ。

 帰り、バスのタイミングが合えば、塾の宣伝チェックがてら乗って帰ろうと思ったが、30分待ちはちーときびしい。歩いて帰る事にした。フィアットはちゃんと置いとるか・帰っとるかチェックに行くと、本日はおりこうさんに帰っていた。でも一回ぐらい洗おうね。

 堤防の上を歩こうと思う。風が気持ちいい。少し汗ばんでいる。寒さからは解放されたことがはっきりする。このところ天気は悪かったが、これから晴れの日は快適だ。クルマで何処へ行こう・などと考える。能勢はこないだ走ってきたとこだし、じゃあ何処だ。亀岡の方か・美山もいいのでは・いやそれなら湖西道路はどうだ・篠山に蕎麦喰いにいくのもいいぞ・さらに足を伸ばすなら高野山から高野龍神で龍神温泉なんちって・・・ばかの想像は膨らむのであった。

 堤防の桜も葉っぱが出てきた。この前、どうしても「部屋に桜」が欲しくなって、パチンコ帰りにここらを歩いた時、枝をちぎってぶらぶらさせながら「お持ち帰り」したんだった。その桜は今お満開である。
「副長!!何をされとるんですか・そんなカッコで」jolene_blalock020.jpg「桜持って帰るのは非論理的よ」

 この中途ぱんつな時期のここの堤防の路は「かなりいい」。秋の深い時期だったと思う。夜に澄んだ空気の中「夜空を巻き込むメタモルフォーセス・トゥナイト」などという言葉の連なりが浮かんだのもこの路だし、この路自体が歌にもなったりしている。N.E.X.の広告塔はIL SALONEに替わっている。今日もピーちゃんランドでは負けたが、レレレで取り返した。

 たまには歩かないといかんが、しっかり歩くと「クル」ね。これから歩きにはいい時期だし、また歩いて江坂まで行こう。ん? あほを絵に描いたようなやつがマンションのマーケット出入り口から出てきた。おれの5mほど前を歩いているがおれには気がつかず、シンコー・ミスギヤ方面へと向かっている。橋んとこでこっち気づくかなあ、と思っていたら、やっぱ・そこは・ほら・あほだから、気づかず、買い物へと行ってしまいよった。まあ・本日もがんばってくれ。
 
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2006年03月17日

WBC 3

 あれれあれれ?
 アメリカがメキシコに負けちゃった。信じられんことが色々起こる第一回大会の不思議。

 一旦切れた緊張感取り戻せるのかね、でも。一番国を背負ってなかったのがアメリカチームだったということになるね。みんなリーグ戦の方が「全然大切だもんね」と思ってるのだろう。そもそもメジャーの一番が世界一なんだから、もうそれでいいやん、いらんことせんで。これが本音だろうか。オトナ・やな。松井もオトナ・やったな。イチローはコドモか・そうなると。

 しかし、今回なぜ自分がけっこうおもしろがってWBCを見てたか・と考えてみると、昨日も一昨日も言ったが、「負けたら終わり」なんていう緊張感とプレイヤーの真摯な姿勢にすごく新鮮なものを感じてた・ということがある。サッカーと一緒でオリンピックはプロ・アマ混合みたいな釈然としないチーム編成であるし、変な球場で真っ昼間に試合あったりでなんか盛り上がらない。やっぱ夜がいいよね。ナイターというか、夕方〜夜が野球気分でしょう。

 野球の(正確にはBASEBALLの)W杯一回目としては不備がありすぎるのは否めないとしても、これはサッカーも同じだけど、ナショナルチームだと、あるもんでやらんといかんでしょ。プレイヤーに限りがある。レアルやミランみたいな資金力にもの言わせたオールスターチームなんかとは違って、いる選手だけでやんなきゃいけない。サッカー選手なんてのは国旗を背負って戦うことを至上の誇り・喜びと信じているから、次のシーズン棒に振ってもアズーリやセレソンとして戦う。それが一般的になってることはサッカーが世界的スポーツとして野球を遥かにリードしていることになる。ラソーダ氏なんかは野球をその世界的スポーツにしようと思ってるわけだし、それには各国のベストメンバー選出が前提となる。

 キューバは間違いなくベストメンバーだし、その他の中米・カリブの国もそうだ。韓国は言うまでもない。ということは日本とアメリカだけがベストメンバーを選ばなかったことになる。もっとも野球の盛んな2国が一番WBCにヤル気がなかったことになる。その両国には国を挙げてなんていう「盛り上がり」がなかったということじゃないかな。2大実験国家は国家という枠組の中からも逸脱して、なんか他のものになろうとしていることの表れですね。松井が来なかったこと・これは国境を越える「経済」が松井にとって国より大切だったというわけ。ヤンキースでの地位=仕事=経済活動だからね。

 イチローは刺激が欲しかったね。チームがおもんないみたいだし、個人成績に関しては行くとこまで行っちゃったし、その刺激を理念としての「世界一」に求めた。でも・奇跡的にまだ終わっとらんから、ね。三度目の韓国戦、一回ぐらい勝たないとかっこわりいよ。

 野球はパンパシフィック・ローカル・スポーツであることは否めないし今後それを超えて発展する可能性は低いと思うが、「次の瞬間<<必ず>>何かが起こる」スポーツであることを再認識することになった。ワカモノにはなんか「タルい」のかもしらんが、少々くたびれてきたヒトビトにはそのタメも含めて楽しむのに「無理のない」もんであった。

 WBCのことばかり最近言っているが、ぜ〜んぜん予定外の話で、そんなハプニングけっこう自分でもびっくり。しかし、そういった「寓有性」が生きてておもしろいわけよね。
VFSH0057.JPGつめを切られる
 さて3月も半ばで本日春の嵐である。まだ「仮性包茎」のような春だ。仮性包茎と言えば、うちの「燃えた男」(燃える男ではなく・実際燃えよった)の火傷もだいぶ直ってきたみたいである。時節柄ガスボンベの空気抜く際は火の気のないとこで行いましょう。

posted by 浪速のCAETANO at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月15日

WBCよりはじめて

brave.jpg・・・なのにエラいヒト・その1

 WBC・メキシコ戦、思わず見ちゃったが、おもしろかった。プロの選手たちが、むちゃ殊勝にやってる姿はW杯的で、その真摯さが画面からも充分伝わってきた。こんなシーズン前の緊張はどこの国のヒトビトも初体験なはずだから、そんな時期での松坂の153km/hはそりゃ打てんわ。

 それにしてもキューバ・メキシコ・プエルトリコ・ドミニカってアメリカ国内のいわゆる「ヒスパニック」のヒトビトであり、マイノリティーだ。かれらがアメリカの出生率を上げるのに貢献しているわけだが、その才能の受け皿を用意できるところがアメリカの、まあ、エラいとこでもある。ヒスパニックのヒトビトはNBL、アフリカン・アメリカンはNBAとNFL、カナダ・ロシア・北欧のヒトビトはNHLとその棲み分けも見事だ。

 ヒスパニックのヒトビトの故郷は、どれもすんばらしい「LATIN MUSIC」を持つ国だけど、いかんせん、超エリートかアスリートかミュージシャンになる以外に夢も希望もない現実もある。そんな中アメリカというマーケットがあったことは幸運だったと言える。

 スペシャリストになる・ならなければいけない、という強制力の働く文化圏だ。アメリカだってそうだ。ただ、それを日本人もなんのためらいもなく影響を受けたりしてるとこ・ぼくは「?」だ。余裕がないとき、ヒトはアセる。アセって「もー、どっちかきめてーやー」など・言ってしまう。「うーん」と迷ってると、「おとこらしくない」まで言われたりする。「放っといて」などと思うが、評価が確定しちゃえば、もうアウトやん。

 話は飛ぶがヨーロッパの国々ではそんなことはないように思う。マッチョという概念は「アメリカン」だし、「カウボーイ」に由来し、それが逆にヨーロッパおよび全世界に広まった。それってけっこう「たーんじゅん」でブッシュの行動パターンそのまま。日本は真似しないでもいいはず。何故か? 日本にはアメリカにない歴史があるからだ。

 ヨーロッパのヒトビトは「逡巡」する。ヨーロッパといえばもっと歴史がある。アメリカがなんであんなに「単細胞」なのかというと、アメリカの歴史は近代からしかないからだ。中世・古代の歴史はない。中世・古代なんて、もーむちゃくちゃである。理不尽と不条理の嵐である。ヨーロッパはその理不尽と不条理の中からすんごい社会的・人的犠牲を払いながら「人権・資本主義・民主主義・自由・平等」なんていう概念を作り上げ、体現してきたわけだから、そのいいとこどりで国が始まったアメリカとは「苦労」が違うわけ。高度経済成長時の日本の産業のような後発のええとこどりで「有利な国づくり」をしてきたというわけ。だから、アメリカ人のプラグマティックさ(身も蓋もない超現実主義・と訳してる)の根拠はそこにある・とぼくは見てる。目に見えるものしか信じないというか感じれないアメリカ人。科学信仰である。たばこと肺がんとかの関係に見るようなファナティックな健康志向とか、わかりやすい。あとクジラの話とかね。なんかすべて合理/割り切れると思っているわけだね。

 ヨーロッパ(日本人もそうよ)のヒトビトは理不尽・不条理なんてことを「歴史的」に理解しているから、そう簡単には割り切れない。それは「逡巡」と理解されることも多い。でもね、こんだけヒトがわんさかいる世界で、利害も散乱している世界で、すぱっと割り切れることってあるのかね? ここに合理性の限界も見えてくる。

 日本ってどちらかと言えばヨーロッパにずうっと近いのよ。さらにものすごく独自である。アメリカ人の真似ばっかりせんでええんちゃうかなあ。
B0001D3KNK.01.THUMBZZZ.jpg・・なのにエラいヒト・その2

 アメリカ人の中でもそんな意味エラいBrave ComboやDavid Barneなんてヒトビトもいる。やっぱバカ音楽にはおされとるけどね。

 あすの韓国戦も見てしまいそうだ。
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2006年03月14日

寒おます・よりはじめて

 本日も寒おます。
 もうこれで本格的な寒さは最後だろう。そう思うと、なんだか名残惜しいような・そんなこと言うくせに寒さはきらいなくせに・でもなんかやっぱり名残惜しいというか・鍋の季節ももう終わりか・なんて煮え切らないやつだった。

 江坂まで行くがチャリンコこぐときに当たる風は冷たい。今日は公立の中学校の卒業式で、昨日、「明日5時でええかな?」と公立入試組に聞くと、「ええーっ!」とY部がいうから、「あっそーか、式終わった後、クラスでなんかあんの?」と聞けば「習字」だって。なんで習字やねん。わけわからんぞ、Y部。いや、しかし、キミのおかげで、今年の中三は根本的に明るかったわ。最後はそんな時期でも明るすぎるオマエに、みんなキレとったが。

 寒いと思い出すこと。それは大学二年の冬だったか、衆議院選挙のバイトをしたことがあって、それはなんと「自民党」。しかも布施の塩川正十郎という、変なところで人気者になってしまったあの・政治家の選挙のバイトをしたことがあったのよ。いやー、メンボクない。

 そこには土地柄、近大・大商大・摂南大・阪南大等、南北河内の誇る、イカつい先輩たちが集まり、それはそれでおもしろかったわけですが、そしてそのバイトを仕切ってるおっさんが布施の「○○組」の組長で、噂には聞いていたものの、自民党の政治家とやくざの方々がこんなにあからさまにあっけらかんと仲良しなのにも「おー!」だったのだけれど、その組長のおっちゃんなんてその指たちの数が、それまでの人生でつけてきた数々の「オトシマエ」を物語るわけで、それは想像だがちょっとずつ「オトシマエ」していってもざっと10回以上はつけてはるというか、ものすごい、そのオトシマエのつけかただったのである。指には第一・第二・第三関節まであるでしょう。

 「明日の集合は若江岩田の南口に3時やで。おくれたらあかんぞー」ていうか、おっちゃん、それ一時やん、などというつっこみなんて死んでも入れれない、というか。ね。

 そんな中、おれたちは瓢箪山のなんちゃら公民館とかに塩爺が来るマエにいってセッティングとかをするのが仕事やったりして、先乗りして椅子並べたりなんやかんや、してるんだが、壇上でマイクのチェックのときに必ず出てくる別のおっさんがいて、それは後援会のおっさんなのだけど、そのマイク・チェックの台詞がいつも「きょ〜も、冷えまんな〜」だった。
jolene_blalock014.jpg「っきょうも、っひえまんな〜」

 冷えまんな〜の「冷え」のところが腹の底から絞り出すような声で、その瞬間、底冷えがどっと足元から来るような寒い空気に包まれる・「冷えまんな〜」だったわけ。そのおっちゃんがいないとき、先輩らが真似してマイク・チェックで「冷えまんな〜」と、やるんだけども、オトナとコドモ、シベリア気団と偏西風ほどの差があり、とてもとても足元にも及ばないわけだった。

 寒いといつもそれ・思い出す。あの組長ももう亡くなっていることだろう。指はもうあれ以上減らなかっただろうか?

240x320.jpg ていうか第4シーズンで打ち切りってどーゆーことやねん?
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2006年02月04日

こわいこわい

 いやー、ほんとこわいですね。世界は「マフィア」社会なのだなあ。
 闇の社会・アンダーグラウンド・裏街道、何と言ってもいいのだろうが、金の匂いのするところには必ず、うんことハエの関係ってあるんだなあ。

 野口くんの怪死に関するマス・メディアの報道(2/2文春を除いて)の及び腰と秀逸なブログの突っ込んだ書き方にはかなりの開きがあって、TVだけじゃなんも真実ってわからんということになってるなあ(これは昔から)。

 LDのやばさはうすうすわかってたけど、どこがどうやばいなんてこと普通わからんよね。それがもう「はっきり・くっきり」わかる・わかった。これからマス・メディアがどこまで突っ込んで来れるかに注目しておこうと思います。

 野口くんは「自殺ではない」ということだけはよーくわかった。その背後・そのまた背後なんてことを知っていくとおそろしすぎるでN井のおかん。

 逃げ切れるかな、小泉くんと安倍ちゃん。
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2006年01月26日

fluか・やばい

 夜中の三時頃だった。なんか胃がムカムカするのと、腰を初め関節に違和感があって、目が覚めた。嫌な感じがしてビタミンCと葛根湯を飲んだ。で、トイレに行くと大量に吐いた。久しぶりに吐いた。あんまり信用の置けない体温計で熱を測ると37.5℃と出た。微熱やん。寝苦しかったがそのまま寝て9時に起きて近くの病院へ。

 熱を測らさせられて今度は37.9℃と出た。婦長のおばちゃんが「いつものパターンと違うみたいねえ」「予防接種した?」など訊いてきて少しヒビラすわけだった。

 そのうちに先生登場。「予防接種は?」とまた訊かれる。時間的に言ってまだfluに感染していたとしても出ないらしい。オエーから6時間ほどだからね。

 「今日の夜か、明日もう一回来て」「今回喉はさほど・ねえ」と暗にfluをほのめかすわけだった。

 運も悪い。加湿器がどーもちょーし悪くって昨日は全然ついてなかった。げほげほと嫌な咳のやつに至近距離で数学を教えたわけだった。入試問題だからなかなかそこから離れられなくてね。

 tutorは休むことにして、立体マスクや冷えピタシートを買って帰る。fluなら高熱でしょ。立体マスクには大中小とあり薬屋のおっちゃんに訊くと「先生やったら中でええんちゃう」「大ってよっぽどカオでかいヒト用?」などと会話して帰った。

 ふと気になったことはおれの平熱って35℃台である。37.9℃というのは微熱というにはいささかある一線を超えてやしないだろうか。とにかく「とんぷく」を飲んで高熱に備えた。しかしどーも37.4℃から下には下がらないのだ。ずーっと寝てるからこの腰の痛みとか何の痛みかよくわかんなくなってきた。寒いからぺろを呼ぶが、一瞬じっとしてるのだが最終的に耳をべとべとになるまで舐められ、すごい突発性くしゃみをして行ってしまうのだった。

 しかし、この立体マスク優秀だ。喉がぜんぜんカラカラにならない。自分の呼気の水蒸気をまた吸うからなんだね。
 なんだか果物を食べたい。桃とか、ムリかな。あまり食べてないから胃が痛い。胃液がなんか悪さしてる感じ。

 暗くなってきた。これが終わったらまた寝よう。桃の缶詰でもいいから喰いたい。世間はほりえくんの人物像特集なんかをやってるのだろう。みんなヒマなんだな。自分がヘヴィーなときってどーでもいいもんヒトのことなんてね。
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2006年01月15日

おひさな休日より始めて

 あー、やっと休日がやってきた。ぺろのごはんがなかったので、目覚ましがてらN.E.X.へ。カトちゃんの台でカルく15分ほど打ってぺろのごはん千円分買って帰る。換金してスロットの方を抜けて帰るとき、やってるやつ、目が合うやつ、なんかみんな顔ヤバい。スロットは若いのだらけだがあの様子はなんかほんとヤバい。毎日見るやつもいてやってる様子がヤバい。10万近く勝ってるやつもいる。もちろん合法だから何も文句はないんだが、絶対なんかヤバい。ものすごい殺伐とした心象風景がそいつらの表情から垣間見えて、なんだか話し合いとかができないんじゃないか、っという感じのヤバさ。おれもほぼ毎日目覚ましにパチンコ行ってるが、おれはカトちゃんの台からレレレあるいはシェーだから、つまりハネもの以下からハネものだから、そいつらからしたらものすごい小さいことやってるわけだが、おれなんていても30分だもん。限度。ちょいと目覚ましに行って目覚めりゃもうそれでいいの。ぺろのごはんも買えたし、いたって満足である。

 帰りに出口で元生徒のよっちゃんに合う。途中で大学諦めた口で、よくふらふらしてる。「おー何してんの。ひょっとして、ニート?」「いや、ペンキ屋いってる」なんかスレスレよなあ。スレスレやわ。

 tutorでいろんな家庭に入り込まざるを得ないが子育てとはなんと難しいものよ、と思う。悪戦苦闘とはこのことである。親子の関係とは言わば「格闘技」だな、と実感する。なんだかんだいっても自分が出来もしなかったことを子供に託す母親は後を絶たないなあ、これも実感。対象は決まって男の子である。それを母性というだれもその場では反論できない心情をバックにヒステリックに迫る母親に対して息子たちは無策・でもないんだけど、その反撃はちょっかいぐらいのインパクトにしかならず、それが母性という大きなものを背景に堂々と迫る母にはチョー小賢しい作戦にも見え、多分旦那のオトコらしく無さともダブり、それは火に油を注ぐ結果となることが多い。そんな場に居合わせたときなんて(結構あるんだけど)そら、おっそろしーでー。座ぶとんかぶって隠れたいぐらい。

 しかし、もっと悲惨なのは放られた子供である。世界中に、もちろん日本にもそんな子たちはいる。形のない愛情の押し売りはウザイものだが、愛情のまったくない環境で生きるほど悲惨なものもないなあ。ヒトは抱きしめられることで自分の存在を実感するものだから。それは高度に進化したほ乳類の必然であるという気がする。まあ事情があって抱きしめられない場合もあるけど、それでもヒトはヒトを求めるものだから、ただオスメス間の愛情が絡んでくるとまたまたこれがややこしい。性欲に基づく愛情の上位にあるのが人間愛であることってどんどん精子を製造し続ける元気なきんたま情況ではなかなかわからんことかもしらんなあ。女子のちょっとした記号にコロっとやられてしまうからね。

 そしてみなさん「後悔」するわけだね。
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2006年01月12日

再びmixiより始めて

 mixi漬けにしばらくなってるが、身近なところで言うと「カオルちゃん=カオリーニョ藤原」「松ちゃん=ZAK」「本地=HONZI」のコミュまでありましてけっこうびっくり。あってもしかるべきな活動してるからそりゃそうであるなあ。それに引き換え、おれときたら・・・・・・・・・・・・・・・・・(泣きまね)。

 元SONNA BANANA連中ミルクマンも含めてがんばってる。それに引き換えおれときたひにゃ・・・(死んだふり)
 
 しかしこの情けない情況から脱皮しなきゃいかんなあ。いったい何をやっとるんだ、おれは。かといって身動きとれんのだよなあ、これがまた。と、音楽家としての自分の位置および地位の低さに笑えてくる本日ではありました。まず認知されとらんわけで、まだスタートラインにも立っとらんわけだから、なんやそれ、である。

 なんやそれとやや自分に絶望しながらもハラが減る。日清焼そばをつくろうとしているおれは、なんやそれ。
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2006年01月07日

はーはーぜーぜー

 トドムンドの下水処理の立ち会いに朝6時起きで駆けつける。今回は上も下も詰まっていて難航した。が、見事開通。9:30までかかった。大変な仕事やなあと思う。ナガイと朝定を吉野家で食べて帰る。

 11時からは塾。冬講習9日目。本日中三の部は昼メシをおれがおごってあげる。ドミノピザに予約をしてある。ただし本日の国語のテストで最低点を取ったやつはタバスコ&こーれーぐすon a piece of pizzaということになっていて、けっこーみんな真剣なのがおかしい。おれはネムイ。大学受験の部までモツかなあ。

 タバスコ&こーれーぐすon a piece of pizzaの儀式も無事済み、講習も明日で終わるが、一日空けてまたやつらは来る。11日が実力テストだからだ。唯一塾のない9日だがtutorが2軒ある。センター試験が次の土・日だ。というわけでビンボーはヒマがないという図式。
 
 ばかの一人がうまいこと言ってた。「塾って言うか、中学生向けの保育所みたいやなあ」まあ確かにオマエらは楽しそうだ。でもなぁ、なかなか最近、やっとというのかなあ、自主性がでてきた。程度を知るというかどこまでもイッちゃったきりにならないというか。休み時間は音楽聞いたりTV見たりしてもおれもなんも言わんが、それが終わって、「さ、後半いこか」と声を掛けるとさっとTV消して自分の問題にとりかかるとこなんて「おー、それそれ、そーゆーこと」と口に出そうになる。まーほめるとすぐチョーシのるから言わんが。

 大学は一月後半、高校は2/10と3/18、ケツに火ついてんで。たのむで、しかし。 
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2005年12月27日

年末

 冬講習が始まって本格的受験シーズン到来って感じ。早起きが辛い日々だ。今年は初日から中学生の一人が塾来る途中で交通事故に遭い、みたいなことで波乱含み。一時は情報が錯綜して集中治療室にいるなんてことが伝えられて騒然としたりもしたのだが、左腕を十何針縫っただけですんだみたい。

 さて、時は流れていく。ヒトは流されていく。クリスマスが終われば年末か。FELIZ NATAL E PROSPERO ANO NOVOとはポルトガル語のこの時期の定番文句だが、PROSPERO(期待)できんなあ、新年、というのが一般的な感想ではないですか。悲惨なことと無責任なこととシステムの暴走とがなしくずしだから、もうどうしようもない気もする。

 来年は「負け組」にとことん肩入れした一年にしたいと思っています。それはシステム自体の限界も見えてしまったと思うから。路地も塾も音楽も書くことも自分がやっていることは「システムから遠く離れて」なことばかりだから。うまい話はなかなかないのよね、こうみなさん自覚的かつ客観的かつ狙ってたら。ま、来年は自分自身堕ちるとこまで堕ちないといけない運命だし、いろんなものが失われていく一年になることは自明であるから、それなら未練もっててもしょうがない。できるだけのことはやってはみるが。が、しかし、失うことはいずれ何かを得るための準備でもあるわけで、流れ・流されのヒトの運命とは環境に左右されるものなのだ。それもよし、である。

 笑っちゃうが「年男」である。ほんま、笑っちゃうが。 
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2005年11月17日

第三・第四惑星接近からはじめて

 火星が今一番、地球と近いところにある。つまり太陽と反対側にあるわけで、夕方頃東の空からのぼり、真夜中頃に真上近くに南中する。他の星々よりも大きく、赤みを帯びているから識別し易い。

 空気が一気に冷えてくる頃になると、ふと夜空を眺める習性がある。冬は星を見るのに一番いい季節かと思う。そのためにサンルーフ付きのクルマを何台買ったことか。

 数年前のちょうどこの時期、獅子座流星群を見に箕面の山に深夜に行ったが、その時に見た流星の最期というのがなかなか感動的でした。一直線に落ちてきて燃え尽きるだけではなく、夜空のカーテン(まあそんなものがあればの話)から「ぽろっ」とこぼれ落ちてくるものとか、さまざまなバリエーションがそこにはあり、その数の多さともどもびっくりしたことをふっと思い出しました。

 11月いっぱいはだいぶ寒いみたいだし、晴れた夜はラムを小瓶に詰め替えて山の上まで行って空を眺めるなんていいでしょ。いいと思うよ。
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2005年10月31日

辛いは痛い

 朝、異常な腹痛で寝てられなくなった。だいたいいつも便意で目覚めるおれとしてはそう珍しいことはないのだが、今日のは様子が違った。なんだか邪悪な意図を持ったうんこ(軟)が腸壁を針で刺しているかのごとき痛みなのだった。

 だいたいわかっていた。昨日変な飲み屋で最後に喰った「激辛チャーハン」が原因だった。それは「5倍」という話だったが、その5倍からは唐辛子の種類が変わるということだった。あのさ、ハラペーニョって知ってるかな?もともと辛いもんは好きで少々の辛さには動じないんだけど、昔ドミノピザで初ハラペーニョ体験をしたとき「おっこれはすごい」と思ったことがあった。そのハラペーニョ似のタイ原産という唐辛子(緑)が五本みじん切りにされたものが入っていたわけなのだった。

 それを鉄板で焼いてる女の子も5倍からは焼いてても目が痛いんですと言っておった、今考えればね。

 現実にも喰ってる時痛かった。辛さっちゅーのは痛みである。舌が拷問に合ってる。まあビールを改めて頼んで喰いきったのだけど、ベロに塩を擦り込めば不思議に痛みは消えていった。

 それから家へ帰ってきてそのまま寝たわけだった。そして激痛の腹イタで目が覚めた。自分の身体なのにたまに不思議なことがあって、たとえばイカスミのパスタなどを喰えば、3時間ほどてウンコ真っ黒みたいな、それ早すぎない?辛いもん喰った後はすぐにコーモン周辺・だいじょーぶかーというぐらいのひりひり度にあっという間になってしまう。もともと下痢気味の大腸関係をもつおれとしてはそこらへん気をつけなくちゃいけなかったのだ。しまったしまった。

 おかげで1日トイレ往復の日だった。あれこれやんなきゃいかんこと満載だったのに。大失敗の巻だった。
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2005年10月25日

かけがえのないもの かけがえのないもの、嗚呼長崎屋

 豊津住民以外にはなんの意味もない話。駅前の路地があって、お世辞にもきれいな・・とは言えないんですが、その路地はほんとにすばらしいところで、その入り口に玉乃屋(こないだ心介がこの世を去った寿司屋、今日からサブの三宅が始めるんだけど、それはそれでがんばれよ。行くからな、しょっちゅうは行けんけどな、という復帰に向けて第一歩は、とりあえず良かった。見守っていこう、と思うのがひとつ。
 そしてその奥に長崎軒という中華・そして長崎屋というほんとにグレイトな居酒屋がある。いや、あった。おれも豊津に越してきてそろそろ25 年になるけど、多い時は365日中300日ぐらい行ってた。仕事柄終わんのが11時回る事もあり、そこからちゃんとしたものを喰えるなんてとこがなかなかなく、ほら、そんな気持ちも荒んでるときほどちゃんとしたもん喰いたくなるものだし、酒も飲みたい心境で、そんな時そのすべてを叶えてくれる居酒屋が長崎屋だった。おでん・おひたし・刺身・焼き物・揚げ物・焼き鳥(は喰えんが)・炒め物(ニラ玉が好きだった)酒も土佐鶴があり焼酎も宝山があり、毎日、おれだけではなく、サラリーマンや、関大生やそのOB、植島先生もよく来てたし、パチンコ帰りのおっちゃんらで溢れ返っていた。毎日行く、食べに・飲みに行くにはもう何も過不足ない居酒屋だった。
 愛車精神の取材が終わり、ソデオカがミーツを離れることもそれは残念な話だったが、クルマを下りてその路地を通って、玉乃屋のみんなに「がんばれよ」と声を掛けるつもりが、掛けたんだけど、その前に見た、長崎屋の閉店のご挨拶なる一文に打ちひしがれてしまった。
 いいものはなくなっていく、まちがいなくなくなっていく。聞けばおかあさんの足がだいぶ痛かったらしい。痛そうにしてたけど、いつもこの時期「先生、お風邪召さんようにな」と、おれごときのバカ男を先生呼ばわりしていただいてた。もうなんだかんだすべてが最近、絶望的だ。おれたちは今そこにあるものの半永遠性をついついばかだから油断して永遠性へと格上げしてしまう。「なんで、こーっなるのっ?!!」と終わってしまってから間抜けに叫ぶ事を繰り返している。もー意味がない。うーちゃんが死んだときのような、またまた赤ずきんちゃんがオオカミにガブリとやられてしまったあの感じだ。

 もう豊津に住む事の意味がなくなってしまった感がある。もう終わりだ。
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2005年10月16日

早すぎるしあほすぎるぞ心助

 豊津の寿司屋はやなぁ、ごっついグレード高かったんやぞ。お前が最初店継いだときは「なんやうっとーしーのう」と思ってた。あの牛のカツ丼が喰えなくなるのが許せなかった。
 しばらく無視しとったが、(おれには栄寿司があったからね)、関大前に住んでる時塾終わりで帰ろうと思ったが酒飲みたくて新生玉の家にはいったことからお前のサカナに対する愛着を知った。そのレベルってとんでもないことだった。
 ただサカナにたいするお前は知性さえ感じたが、人間はアホのままだったからまあおれとしても救われたわけよ。お前の思惑とは違うだろうけど、そのバランスはやなー、おれにはええ感じやったわけよ。

 「アホは死なない限り直らん」とはよくお前に言うとったことなんだけど、それをさんざん言わしといて、エネルギー使わしといて、そんなあっけなく死ぬとは何事やねん。あかんよ、それは。ヨメと子供どーすんの。のれんもどーすんの。

 お前が死んじゃうその日の昼におれは中学校の運動会ちょっとカオ出しとこうと思って行ったらもう終わっとってやな、あららーで糸田川の堤防ふらふらチャリンコで帰っとったらヨメさんが泉町の方からやって来てておれの方が前走っとったんやが、敢えて止まって、「先週の土曜日の店でのお前の話、面白かったけど、あの卵の話までいったらあかんやろ、あんな話他の客にしたらあかんで、って言っといてやー、あほやねんからほんまにー」と言付けたわけやぞ。その話をお前が聞いたかどうか、わからんが、すんませんの一言ぐらい言えよ。

 最後に喰った、あの鯖開いて中にたらこ入れた特製の押し寿司も銀ふぐの唐揚げも、あのときはなかった、ホタテの漁師焼きも、あんなん普通の寿司屋では喰えんぞ。絶品やったで。

 これからおれはどこで気ままに寿司くったらええんや、ほんとに困ってるよ、心助。

豊津人なら誰でも知ってる,駅前の玉の家という寿司屋の大将(といっても享年31)が急死して、その何日か前に行ってあほな話を延々してただけに、まるで赤ずきんちゃんがオオカミに喰われたときのような気分。冥福を祈ります。

 
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2005年10月05日

N.E.X. (旧豊津会館)にて

 朝起きて、起きてるつもりがぼーっとしてることが多く、酒飲み過ぎかなあとも思うが、一向に反省の気配もなく、ただただ日々を過ごしておるわけですが、そんなときパチンコが目覚ましになかなか有効で、なんといっても家の裏・パチンコ屋という絶好の学習環境にあるうちの塾といたしましても、まあ塾長自ら、本日の「出」はいかがなものかとカラダを張りまして調査に行っとるというわけでした。
 おれはハネものが好きなので二万も三万も買ったことはないがそれでも千円が五千円ぐらいに化ける(それも15分ほどで)なんてこともたまにはあり、そーいうのいいねえ、コーリツ的でさ。
 世はスロットの時代らしく、パチンコも半分ぐらい、ましてやハネものとキタヒにゃその1/10ぐらいしかない。自分がマイナーであることを思い知らされるまさに瞬間なんだけどね。それはいいとして、パチンコは台は旧いのが好き。パチンコなどというものは可愛い博打なのであるから、そんなもので何万も儲けようなんて思わない。おれとしては目が覚めてくれればいいわけ。だから千円とか二千円とか打って帰ってくる。収支はとんとんちょいプラスぐらいゃないかなあ。
 ハネものは「レレレのおじさん」しかなくこれがほんまにナメた台で、しかし、赤塚さんすごいよね。このレレレのおじさんのシュールさ、どーよ。これだとうまく行けば15分一本勝負だと五千円ぐらい勝つこともある。まあ、勝っても負けても15分ぐらいだから、これはこれと負けてもすぐ忘れちゃう。それが最近五台限定でドリフの台が設置されまして、こちらはハネもの以下の博打率。つまり、昔のパチンコに近い。チューリップの台だ。最近これに気持ちがすり寄っていて、ここで少し玉増やして、レレレで一発勝負というパターンなのだけど、これが負けかけても盛り返す台なのね。だからなかなかやめられない。そして常に「ばばんばばんばんばん」と鳴ってるものだからお昼過ぎまでアタマん中「ばばんばばんばんばん」でちょっと困る。それだけじゃなく「いち、に、さん、し、やったぜカトちゃん」「だめだこりゃ」などの往年のギャグがガンガン鳴るものだから、おれの午前中はドリフなアタマだ。

 パチンコは新世界のニュー三共というシブ台ばっかり置いてる店が好きでよく行くが、そこにあるヘブンブリッジという台の大当たり後のスーパーで「オヌシナカナカヤルナ」という台詞も打ちながら笑いをこらえるのに苦労する。
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2005年09月22日

久々のトドムンド秋の(小)旅行計画

 トドムンドの久しぶりの秋の旅行の行き先を考えているけど、まあ、その旅行も以前とは様変わりもしているんですけど、旅館がいいのか、キャンプがいいのか、ねえ。ひとつポイント: それは翌日のことだ。
 普段、早起きしてるやつがほとんどいないような状態だから翌朝のOUT時間が10時とかだと、もう誰もがほとんど人間の「てい」をなさない状態で放り出されることになるわけ。夜はなんぼでも、な奴らだらけだから、余計にその反動が翌朝にくるわけだね。そんな機嫌も目つきも悪い集団いやでしょう。
 だから大抵の旅館はほぼその時点でアウトとなる。だからキャンプかなあ、ということになるんだけど、これまったキャンプ場もなかなか混む時節なのだ。なかなか遠いとこまで行かないときれいな場所なんてないが、気合い入れて遠いとこまで行くにはキンチョー感なしだからして、ま、なんとか近場で、そんなドライヴァーだけが不当にしんどい目に遭うなんてのはやめよう、ということになってくる。
 そんな中でも候補として残ってるのは、過去の経験で、洞川温泉と九度山のキャンプ場など。新たにいい場所を探す気力もない中、京都の貸別荘(別荘というほどのものではまったくないんだが)ユルくていいんじゃないか、なんて思い出してる。早く追んだされても、そこから亀岡辺りまで行ってさらにバーベキューするなんてこともありかな。
 さてさて、どーなることやら、だ。
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2005年08月27日

個人はいない・のか?

 最近、久しぶりに弟の携帯に電話したら嫁が出た。びっくりして、「こちらマルタニですが、マルタニさんですか?」などとアス・ホールなことを口走ってしまった。
 なんで出んねん?弟にはプライヴァシーっちゅうのがないのかな?と一瞬気の毒になったが、思い過ごしならいいのだが。
 そのことを高三の女子たちに話をしたら、さほど驚きがなく、そのことにこちらが驚く。
 すきあらば、彼氏のケータイのメールをチェックするんだって。違うオンナから(へ)の接触を感知するためだそうな。
 暗い気持ちになってしまいました。「やんなー」と同意の確認をしている彼女らの傍らでおれは完全に「異邦人」だった。
 地域共同体の負の部分がそんなとこに残っている訳か。そーか、そーなんだな、と思った。
 個人なんで概念はそもそも日本にはなかったわけだから、文物として輸入された概念のガワだけ都合のいいように使って、結局中身は江戸時代かよ。本音と建前なんてこと久しぶりに考えた。経済的な余裕の無さが回り回って建前さえ溶解しつつあることも実感した。あーはづいよ。
 個人=自分勝手であると信じてたばかも今の20代とかにはいるもんな。今の10代はまた違う方向に行ってるけど。
 自分のアタマで考えようともがくひとびともいるがどこかでキヴ・アップするひともそれに比例して多い。考えることはもがくことであり、それは辛いことでもあるから。この国の中で個人とは集団から排除された瞬間にしか出現しないいわけで、その時は何か寂しげなスポットライトが当たってる印象が拭えない。群れることにあまりにも慣れ親しんだひとびとの今後は世界の情勢がどんどん個人主義を体験した後の繋がりという方向へ向かうとすればその存在自体とんちんかんである。
 deer,fish,sheep,chinese,japanese 単数と複数が同形の名詞である。そのココロは・・・いつも集団だから?英語って残酷だ。
 総選挙の費用ぼくがいってた500億というのは間違いでした、ごめんちゃい。769億円でした。増えとるがな。壮大な無駄遣いになりそう・・・・・な・・・気・・・・が・・・・・・・・・
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2005年08月23日

早くも秋の気配が

 まさに今日、ほんのさっき、確実に夏の終わりを感じた。ミーツの次回号の本の撮影に家から出た途端に、夏がもう終わることを確信した。今、台風来てるよね。台風が(11号の方かな)列島を蹂躙した後、なにかしらぼくらは寂しさを感じるはずなのだ。中学生たちも「宿題がー」と言い出してる。意識しだしてからかれこれ40数回夏の終わりを体験済みなはずだが、最近は過去の甘酸っぱい記憶だけでなく、ふとした風景の変化に情緒を感じてしまっている。トシのせいかもしらんとも思うが、政治家などを見ているとおじいなくせにいまだギンギンなんてパターンもよーあるわけで、一般化するべきじゃないな、とは思う。まあ、自分のことを考えるに、一日も欠かさず情緒的な365日を送っております、なんてことは決して言えんわけですから、「の中の一日」そんな感傷をもった、にすぎないのだろうけども。
 
 今年の夏は何に依拠して生きていくのか・・などと夏休みの初めに書いたのたけど、もう後半通り越して間違いなく終盤。今年は「曾根崎キッド」及びその舞台の新世界でした。そしてほんまによくパチンコ行ったなあ。そしてよくワインも飲んだ。そのままバタンキューで翌朝シャワーなんてこともよくあった。色々出合いもあった。先輩のブルース・メンや、カエターノがらみで「ルーストラップ」が名古屋からデットエンドストリート訪ねてくれたり、前川くんの師匠で、エッグ・プラント時代によくオペやってもらった吉田くんともひょんなとこで会った。20年ぶりだった。関係ないけど9.11湊川の川沿いの露店が毎日出てるところで「いのち・・・なんとか」というイベントやるみたいです。ライヴと高遠さんて、ほらイラクで人質なったおんなの人いたでしょう、彼女の講演とか。選挙の日だけど、投票行った後、天命を待つ気分で行ってみてもいいな、とも思っています。
 
 高野山で死んだ妹のことを思い出したり、まあこれもある種、再会ともいえる。その時、妹がごく近くにいるような気にななったもんね、いや、ほんとに。夏の間にねこたちの墓参りに行けてないことが気がかりだから、台風行っちゃったら宝塚動物霊園いこうと思ってます。
 
 ミタキのナチュラリーが2周年です。おれんとこも8周年なんだけどね。27日にナチュラリーにてお祝いライヴをするそうです。純ちゃんも来るみたいです。
 
 「夏はヴェランダからおわり始めた。もう少しだけそばにいて。夏のおわり見届けるけものたちの黒目。火星が一番近づく頃呼びにきて。ビルは灯りをはやく消して、大きなジャンク、動かない。夏はヴェランダからおわり始めた。このヴェランダから眺める季節は jimi hendrix の頭の中」: ヴェランダVFSH0026.JPG
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2005年08月05日

揺れた日

やっと金曜だが、昨日はヘヴィだった。坂を転がるかのように悪い想像が増殖していくことがたまにある。普段は自分の事など他人に相談するなどという発想がまるでないし、そのような必要性も感じないし、自分の美意識にも反することなのだけど、昨日だけは誰かに話を聞いて欲しかった。しかし、あまりに身近というのもなあ、と考えてきて、突然わかった。出会い系サイトというものは、ただやりたいとかいうことだけではなく、文字通り遠い人々と「出合いたい」という欲求に基づいているのだね。ポイントは後腐れだね。身近なひとだとかえって言えない事が、見ず知らずの人間相手だと言える、的な事が確かにあるもんなあ。サラリーマン時代の出張なんかで、呼んだマッサージのおばさんと延々話し込んだこともあったな、ごくまれに、なんてことを思い出した次第だった。

 突然話は変わるのだけど(だって昨日と今日は別の日だから)ネットでこんな記事に出合った。(お、出合い)
{● 初心(キタ) 8/10点
曾根崎センター街東入る/06-6311-5344/17〜22/日休/7000円
居酒屋。とてもわかりにくい路地を入っていくとある。佇まい良し。肴うまい。2階に上がると時間を忘れる。---震災でなくなってしまった(?)94年2月。}
 これなんのことだと思いますか?
 実は、TODO O MUNDOの過去なんです。その初心という店の話は、覚えているヒトがあまり路地内にもいなくて、具体的な事を何一つと言っていいほどぼくはわかっていなかった。しかし、「2階に上がると時間を忘れる。」この部分!!!
 昔もそうだったんだあ、とひとり感慨に浸っておりました、昨夜の深夜。今月号のミーツ・リージョナルには路地を特集してもらいたかったから、自分の店に関しては、何もぼくは書いていないんですが、その場所・建物があったことからしか、なあんにも始まっとらんことを思うに(デットエンドもあるわけがないしさ)、その土地の過去のことを知るということは、まあ土地に限らんのだけど、この場合は、必要だと思いました。いい店だったっぽいとこが更に良かった。何か事情があって辞めることになったんだろうけど、かつての大将・女将と一度お会いしたいな、なんて思っちゃいました。
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2005年07月29日

無礼者め

 どーでもいいが、このブログのトラックバックの一方向の充実度はどやねん。たのむでしかし。一言「オ・ニー」と書いただけでこの有様だ。なんでやねん。まあいいけど、延々トラックバックすんのやめてほしい。
 
 今日でやっと夏期講習一週間終了だ。身体を慣らすことからはじめましょうね。ゆっくりほぐしてからね。いきなり入れないでね。なんてことを書くから、またマークされるわけだね。自業自得のばかの巻きですね。
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2005年07月26日

slice of life

 夏期講習、始まっちゃった。しかし教えもって、店のMD10枚作成いたしました。まあぼちぼちいこーか。店のクーラー、めでたく直りました。土曜の夜には店に出没しようと思ってます。今日は久しぶりの雨です。
 
 先日、ミーツの袖岡君から誘われて、クレモンティーヌw/カルロス・リラを新ブルー・ノートで見てきました。バックにKeyのフレンチ1人・その他の楽器のブラジレイロ3人という布陣だったのですが、そのトレス・ブラジレイロスが素晴らしく、圧倒もされ、楽しめました。特にカルロス・ヴェルネック Carlos Werneck というおっさん(自分とタメぐらいか)が素晴らしかった。ああいう、無名だが素晴らしいミュージシャンを目の当たりにすると、ブラジルという国の奥の深さ、裾野の広がり、そんなものをあらためて実感しますね。ありきたりだけど。アンチ・スペシャリストの良いサンプルがそこにはあったような気がします。刺激になった。
 
 しばらくは身動きとれんけどね。

 
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2005年07月05日

いい休日

 びんぼうなのに、びんぼうだから?忙しい。どっちでもえーが、目ーまわる。原稿2つ仕上げて、久しぶりに時間が空いた日曜、パントマイムの先生、いいむろなおき氏の公演を見に千林へいったが、時間があって久しぶりに商店街うろうろしてて、入った居酒屋が超ナイスでまた行こう、きっと。マイムの公演はなかなかおもしろかった。いいむろ氏すごいね、相変わらず。そして茨木美術環というイヴェントの最終日に行く。愛車精神もミーツ、タイミングよく出て、水野氏の個展を見た後、今月の出演者のバラクーダ男がザビエル化しているところへ乱入して巨乳の娘とワイン三昧でへろへろになって帰って来た。自分にしては珍しく行動的な一日。こんなことってあるのね、びっくり。しかしウィークデイは仕事仕事だ。でもびんぼー。なんとかしてほしい。マーク・ベノの原稿終わったけど、ライヴはちょっと楽しみ。
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2005年06月24日

どーなんだろ?

 梅雨の谷間とは言うが、谷間広いっちゅうねん。水不足も深刻化しそうな気配。北陸はまだ梅雨入りしてないって?それも変な話でしょ。本日蒸してます、大阪地方。先日ビートルの取材で曇っていたからサーブの屋根ずるっといって走ってたら途中から晴れてきやがって、めんどくせー、と思ってそのまま走ってたら、見事に日焼け。薄い顔は黒いの似合わんなあ、とあらためて感じた次第でした。

 夏が似合うオトコ・オンナがおりますが、まあ自分はまるで縁はないんですが、どーなんだろ?ジーンズにタンクトップで脇しめててもボッとハミ毛などというのは、まあ自分はまるで縁がないわけだけど、どーなんだろ?いい・わるいの話ではなく、どーなんだろ?先祖の差というか、ね。うらやましくもあり、うらやましくなくもあり。

 よくよく考えてみたら、日本人の顔ってバリエーションあるね。ただ、最近の男子アイドルのカオってどーなんだろ?
思春期の女子がきやーきやーいうとるわけだから、それらは「いい」んだろうけど、どーなんだろ?「監禁王子」に「なぐってー。いじめてー」などと言ってる女子もいたりするわけで、そんな女子はたぶんベリィローレヴェルの女子であると推測されるが、どーなんだろ?今男の子たちはかつての女の子たちのポジションを占めている。これも時代の要請なのか?とすれば、一体どんな要請なんだろうか?戦争がないのがいかんのだろうか。どーなんだろ?と放っておこう。
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2005年06月13日

梅雨入り後

 日曜日、久しぶりの地区のソフトボール大会が午後一時からあることになってたから、アキレス腱とか切れちゃってもいやだから、軽く朝から川沿いの路をハシルでもなくアルクでもなく、とりあえずウォーミング・アップをしたわけだった。

 昼過ぎに豊津中のグラウンドに到着して、本日出る人たちと挨拶などしていた。地区のソフトボール大会に出だしてから、かれこれ15年ほどになる。ずーっとサード四番の「チョーさん仕様」でやってる。ぼくの住んでる地区は老人が多くて、最初出だした頃は地区のおじいさん・おばあさんたちにものすごく感謝されたものだった。しかし、慢性的な人手不足と会長のヤル気のなさが原因で二年連続で出たら二年連続でお休みとか、そんな感じで、だからこちらも年に一回だけグローブしてバット振るなんてことになるわけで、今年も二年棄権したあとの話なわけだった。とにかく大きなのを打つことに懸けていて、前回三年前もライトオーバーホームランぶちかましたし、その感触だけを頼りにいつもやってるんだけど、今年は第一打席の初球、手応え充分・飛距離も充分フェンス越えだったのに残念!!!ファールで、その打席は四球、次は高く上がり過ぎのライトフライで敵のアホライトがファンブルして出塁。その間にもゴロを華麗にさばいたり、足元滑ってエラーしたり、ショートよりのゴロを二つカットして一回は腰ガクガクになりながら一塁送球でアウト。もう一回は回転して立ち上がって送球したが間に合わなかったり、まあ地域のおっちゃんたちからは、「昔はそんなもん、もっとバリバリやったでえ」とか言われたモノの、本人はやっと感触戻って来たのにー、となった瞬間、
次は来年ね。ってことになるわけなのである。PCばっかりやってるから目は間違いなくインできてるし、しかし、ソフトボールのピッチャーの球ってこれがまた、意外と速かったりするわけだけども、それをバットぶん回して遠くに飛ばすなんて醍醐味はいつまでも捨てがたいなー、と思う。

 翌日起きてなんか筋肉痛ではない肩の痛みで病院いったら肩の、鎖骨を繋ぐ関節がちょっとインでた。まあ大事にはならなかったからよかったんだけども、例のゴロカットの回転時なんだろうな、と思います。筋肉痛は2日後の明日ということになってます。これもう約束やし。

 来年は一度ナイター取って、試合前練習しましょうという約束を地区の会長のおっちゃんと交わして、気だるく帰って来たというわけでした。

 近畿は梅雨に入ったが、初日だけ。その後は「既に真夏日」が続いております。他の地域の方そちらはいかがですか?
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2005年06月08日

家族に

 久しぶりに妹に会って(3年ぶり位?)、店の二階で話をした。両親のこと、弟のこと、妹の子供たちのこと。変な気分だった。すぐに大阪を発つことになっていたから、あれやこれや大急ぎで語った感じで、まあ家族とは同居もしていないし、兄弟はみんな家庭も持っているから、目の前のことに追われて、他の家族のことなんか考える余裕もないのだけども。
 ただ、記憶というのはやっぱりそこにあって、おれたち兄弟がまだ無力であったときに、自分が弟・妹(さらに無力だった)のことを考えつつ生きていた時代のことがふと頭をかすめたりもした。決して何かができたわけではなかったが(だって無力だから)、そういう記憶から、今世界のどこかで虐げられつつも身を寄せ合って生きていかねばならない家族・兄弟のことへ想像力を膨らませることは割と容易いのではないか、と感じた。
 お金儲けと愛情の両立(特に脳内での役割分担)をおれたちはトライしなきゃいけないのではないか、と思う。混乱せずに。
posted by 浪速のCAETANO at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月31日

多忙小休止

今日でやっと中間テストの対策終わり。ミーツの原稿も入稿。やれやれ。カエターノ(5/15)以来なんとなく心が浮き足立つ日々もこれで一段落だ。なんといっても各分野の忙しさのバイオリズムは他のバイオリズムのことなど知ったこっちゃないからね。だからこんなことになる。しかし、それでいいんだと思う。似合ってると思う。これで毎日同程度の真綿で首を絞められるような忙し度の日常であったならそっちの方が発狂近いわって気がするもん。

 今日はそのさいごの対策の塾だけだったからちよっと緩んで、昼間銀行行くついでにサーブの屋根開けて北摂を走る。いい感じに曇ってて快適でした。店用の酒と食材もちょいと探せてよかった。

 中三たちはなかなかみんながんばったかもしれない。おれんちの塾はどーしよーもない「くそガキ/ばか」がなんだかしらんうちに「いいやつ/そこそこかしこいやつ」になっていく不思議な塾で、今年もいいスタートを切れたと思う。ただのお勉強マシーンになってどーすんのよ。中学校の勉強ぐらいでストレスためてどーすんのよ。大手の塾は生徒や親に強迫観念を植え付けて追い込んでいくが、そうするやつもされるやつも終わりじゃないかなあ、もう。楽にやろうよ、中学校の勉強ぐらいさあ。

 明日からはなんだろう、なんだったっけ?そうだレーベルのHPだ。サンプルで見たやつがあまりにダサくて返事も返してないんだった。ダサすぎるヒトにキミがどうダサイかっていうのって難しいですね。ほんと、どうしよーかなあ。

 そして、そーだった。明日は魔の消費税の日だった。とうしよーかなあ。だれか現金ちょーだい。
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2005年05月16日

幸せとは、へのある回答

ガリガリではなくなってたCAETANO VELOSO。そのためか声の張りがすごかった。硬軟大小上下左右、自由自在というのはこんなことをいうのだろうな。シリアスな嫁とも別れて、今回「人間カエターノ」が垣間見えた。若い頃のフィルム以外ではこんなことって初めてだ。ギター間違えるなんてね。でも、開放感と緊張感を両方兼ね備えることはそのバランスが難しいことを考えるとやっぱりカエターノは普通のミュージシャンじゃない。初日ってこともあったのか、なんだか手探りで日本の観衆をはかっているという気もしたが、しかし、それにしてもいくら見てもその先がある音楽というのはありそうでない。DNAの曲はあのメンツでやるとなんだか愉快なんだろう。ハッケンハウルは聞けなかったけど、きっと後半ではやるな。幸せな夜だった。あの場に居合わせた誰もが他人を傷つけるなどという感覚から遠く離れることができただろう。カエターノがわかるまでには時間がかかると思うが、やっぱりコストと時間をかけてその中に入って身を任せないとその本質はなかなか手にいれることはできない。オエーな事件の加害者たちといい音楽との距離は想像以上に遠く、そしてもう修復は不可能なのだろう。つまんない音楽聞いているひとに注意しましょう。
posted by 浪速のCAETANO at 16:32| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月12日

寛容、しかないのかな、ないんだろうな。苦しいね。

 また大変な惨事で、関西にとって試練が続く。亡くなったり、怪我されたりした方やそのご家族の身体と心の痛みは如何ばかりかと思う。経済効率優先の犠牲であり、多数の日本人の視野の狭さが浮き彫りにされた出来事だが、考えるに、その立場は容易に入れ替わらないだろうか?JR西日本の管理体制・倫理意識がひどいのは白日の下に晒されてしまったけどもそこの一点攻撃の凄まじさって、特にそれを責めてる人々って、責めるべきなんだろうけどそういう体質というのは果たしてJR西日本「だけ」のものなの?経済効率が優先されていたことが、安全に対する執着と両立しないというのはわかるよね。経営者は効率を優先して(これリストラとも言う)利益をあげることが使命だから、それができる人々が優秀な経営者なわけでしょう。ただ安全でありさえすれば、あのJRの過密な運行状態ってある意味芸術的で大賞賛の対象じゃない?
 ほんの数ヶ月前にインターネット企業のしゃっちょさんがヒーローであったことというのは古い・新しいを超えてそれが経営者の使命であり運命であるということだ。利益をあげることこそ、優秀な経営者の証なのだから。労働管理もきびしくなって当然だし、人も減らして、その人をぎりぎりまで使って。インターネットの世界はそれがいま効率化の余地がたくさんあるだけの話じゃないかな。しかし、効率化じたいが自己組織化という命題とごく近いところにあることを忘れちゃいけない。いずれインターネット企業も壁に当たると思う。
 尼崎の大惨事から見えてくるのは、その寸前まで日本人全体が「いっぱいいっぱい」のところで生きていたな、そしてその反面、利害が関係ないところではごっついヌイて生きてたな、という事実かもしれない。今、ころっとみなさん別人28号化しているけど、電車が遅れてブーたれたことってない?パソコンが遅くてイライラしたことない?メシ屋で料理出て来るのが遅くてけんかしたことない?スローライフなんてメディアのスローガンとして唱えられてるだけで、なかなか日本人なんて全員貧乏性なわけですよ。無意識のうちに効率のこと考えてる。みんなもう狙って生きちゃってるわけだからね。てことは、ヌカないとやってけない、他じゃね。
 お金がすべて、という事で戦後やってきたわけだし、その風土にネット企業の成功とかが出てきてるのはなんの不思議もないし、その後さらに精神が空洞化したエアポケットに子供たちが住んでる。それはぼくたちも含めてその上の世代の責任でもある。JR西日本の幹部もヒラも責任感なしだが、どの企業だって数%のできるやつが数十%のできないやつを喰わしてるわけで、その構図はそれを今鬼の首をとったかのように責めてる人々の間にもないのかな?あるんじゃないの?と疑問を呈しておこうと思う。罪は責められるべきだし、責任もとらないといけないはずだが、いじめの構図にはおれは嫌悪感を持っちゃう。誤解しちゃ、やーよ。JRが良いなんてひっと事も言うてないで。ボーリングしとった天王寺の区長のおっさんなんて、しゃべってんの聞いてるだけで、上にはへつらい、下にはいばるなんていうパーソナリティまで垣間見えて、オエーやし。ただ、あの電車乗ってて助けもせず自分の仕事行ったやつをほんとに呆れられるほど「みんな」立派かよ。終電とかの酔っぱらいにからまれてる女の人とか、道で倒れてる人とかを一瞥して(あるいは一瞥もせず)知らん顔してる日本人て9割超さんかなあ。とするなら彼らの行動マジョリティのそれじゃん。そんなのにかかわりあわない方が「かしこい」はずなんじゃなかったっけ。もういっかい言っとくけど、誤解しちゃ、やーよ。JRが良いなんてひっと事も言うてないし。で、その乗ってて救助活動せずに仕事行ったアホ2名の行動のベースはおれたちが今実際にそうだから、という現実に、JRバッシングが今楽しかったとしても、目を背けるべきじゃないと思います。社会性ってオトナコドモ問わず、どんどんなくなっていってる。
 もうひとつ言うなら、普段「かっこいい」とはされてはいなかった工場とか市場とかのおっちゃんやにーちゃんが英雄的な行動をボランタリーにとっていたこともしっかり記憶されるべきだ。
 いつだって大事が起これば何かが露になる。今、古い体質を継承している大組織というものは、儲かってようが最悪だということはよーくわかった。でもこれってメガバンクとかにも言えることだしね。そんなものはきっと長〜い目で見るなら淘汰されていくのだろう。だからどこかの記者が会見でキレとったけど、社長を責めてもしぁーないんちゃうか。社内の空気は社長にもどーもできんよ、多分。まあその記者はみんなの意見を代弁してという気負いもあったと思うが。しかし、お前がそこでキレても物事は根本的に良くなるとも限らんで、気持ちはわかるけど。これって今の日本全体のユルさと責任感のなさとできればいろんなわずらわしいことに関わり合いたくないなんていう、もんのすごい視野の狭さが間違いなくそのベースにあると思う。外国人から見るなら、日本という国が完全に末期的であるという風に映るだろう。
 少しだけ、気にかかることがある。線路にブレーキ痕がないことと、運転士がブレーキレバーを握りしめていた事だ。減速しようとしていたのにできなかった可能性がまだ残っている。ぼくたちは冷静にならなければいけないと思う。JRの、事故に関しての対応はほんとにサイテーだけど、ほんとの事故原因はまだわかっちゃいないのだ。今の状況じゃ他のJR社員、顔につば吐かれても耐えるしかないだろう。現にそんなことがホームでは起こっているらしい。一般の関係ない人々の怒りのスケープゴートになってることもおれたちは冷静に見つめた方がいいと思う。もう一回だけ言うが、誤解しちゃ、やーよ。JRが良いなんてひっと事も言うてないし。
 そしてさらなる誤解を恐れずに言うなら、自分がもし愛する人間がこんな風に突然逝っちゃったら正気でいられるかわからんから、だからこそ「正気の今」言うが、赦してあげる努力をしたらいい。JR西日本はちゃんと司法で厳しく裁かれるだろうから。今回の事故はもう申し開きできないぐらいにJR西日本以外に事故に関与した集団がいないわけだし、スピード出し過ぎもほぼ検証されているし、運転手くんの精神的焦りもほぼ間違いないし、しかし、だからこそただただ死者の冥福を祈ってそして赦してあげたらいい。不可逆な時間が根拠になる、起こってしまったことに対して人ができることといえば、つきつめれば祈ること、そして赦してあげること、これしか出来はしないのであるから。
posted by 浪速のCAETANO at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする