2019年07月26日

《風化に抗うツアー》決定

この夏の、というか8月の《Against Weathering(風化に抗う) Tour》詳細決定しましたので。

8/1
(Thu.)
Todo O Mundo
O22o Anniversario

@Todo O Mundo

20:00
[no charge]


8/3
(Sat.)
in 奈良

《120分間世界一周Live》
@ミリアム(高畑)
0742 23 3428

19:00/19:30
2500円w/1drink


8/26
(Mon.)
《ラフレシア夏のご近所ツアーin 大阪》
マルタニカズ w/すっぽんぽん‘ズ

@♭Flamingo(天満)

19:00/20:00
2500円w/o drink

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8/31
(Sat.)
in 神戸

【Vamos para o Sul】
《南部を目指せ‼️from Bayou〜para Bahia》

Musicos;

marutanikaz(voz/g)
Fujii Taku(g)
Ishikura Satoru(fl/sax)
Kishi Kenichiro(per)

dj takashio


8/31(Sat.) 19:00open/20:00start
2500yen w/1drink
@Corazon
神戸市中央区下山手通4-2-5-1
078-219-5392


何処かでお会いできたら‼️



posted by 浪速のCAETANO at 13:15| 大阪 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月24日

8月は『風化に抗う』ツアー

この夏、ご近所ツアーをやろうと思っている。何個かは決まってます。


8.1はTODO O MUNDOの周年(O 22 o)

8.3は奈良・高畑の「ミリアム」と言うお店。

8.31は神戸・トアロード1/3ほど上ったあたりの「コラソン」。

もう一つぐらい大阪で、と考えてるかな。

ちょっと9月からは忙しくなってライヴは厳しいかな・と思ってて、モルモッツの「レコ発」も役者もまたこれが忙しく、秋とか冬とかになりそうなのね。

まあ、8月は「やりダメ」というか、そんな思いがある。

いまの予定は、前半の2つはsoloで、終盤の神戸はちょっと「レアな組み合わせ」というか以前からの知り合いではあるが「ちゃんと」はやった事なかった藤井拓とそのお仲間、そしてSentimientoからは岸を誘ってやってみるつもり。興味深くないですか?おれは興味深いけどね。

自分の中では『Against Weathering ご近所ツアー』と名付けてます。『風化に抗うツアー』ですね。風化がホント激しくって困る、この誰もがスマホを持つ情報洪水時代。


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久しぶりの『脱国境音楽・浪速のカエターノ』聴きに来てください。


posted by 浪速のCAETANO at 19:57| 大阪 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月16日

Rec. done

さあ、今日からmix down。

モルモッツだが、前半は「ザ モルモッツ」だが、後半は高瀬へのエレジー、そんな構成になっている。

後半はだから、高瀬ゆかりの2名に参加してもらった。

北村くんと藤井拓。どちらもすごいギタリスト。ギタリスト好きのおれの「おめがね」に叶うに十分の2人だが、それぞれ、おそらく高瀬への思いのこもったプレイをしてくれたと思う。

しかし、北村くんのギターと拓のギター、ギターという括りでは同じだとしても、全く別の楽器でしょう、と子どもなどは思うかもしれない。というほど、表現形態が異なる。北村くんも拓もすごくそれぞれのテクニックはあるが、その系統分離した挙句、全く別のものになってしまっている。おれは年代的にはその分離の瞬間も知ってるし、それぞれの進化を横目でチラ見しつつ、下手なギターを延々弾き続けてきたが、その進化後の結果を連続で見ると(聴くと)隔世の感がある。

まあ彼らからしたらおれの方が珍しい、という意見もたまに聞くが。

どっちにしてもギタリストにしかわからない、それもかなり上手くなって初めて共有しうる感覚・というのはある。だから納得済みのリスペクトが出来る。その共有できる感覚というのは、ギターがおのれの肉体と精神の一部になっている、「手に口に」なっている、そんな感覚。ツールとかのレヴェルではではなくね。だから饒舌だしね。

おれは「ギター会話」というのを考えてて、ギターの音色、という「言語」による会話なのだが、面白そうでしょ。

例えて言うなら、おれのギターが古ラテン語で、北村ギターがイタリア語、拓ギターがポルトガル語ほどの(離れてはいるものの)距離感ではないかと思う。もっと離れてるかな?いや本質的には同じだからそれでいいと思う。

おれもさまざまなことが実際でき、バックはほとんど一人で作ったが、その挙句に、更なる必要性が生じる。それが北村くんと拓だった。

いいコラボ、と言うのではないだろうか。

よう知らん人とのライヴもやろうと思った。そういうとき、元気な証拠。クソみたいな国での元気ってどうなんやろうとか思いながら。
posted by 浪速のCAETANO at 06:05| 大阪 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月07日

ほんま、やめて

お願いやから音楽を「ナメないで」欲しい。
キミらの「慰めもの」ではないのだ。暇つぶしにやれるものでもないのだ。何かの「彩り」でもないのだ。

それは人生そのもの、なのだ。ドシロートが偉そうなこと言うな、と言っているのではないのだ。キミの「彩」に音楽を使わないでくれ、と言っているのだ。

それを主眼に生きることの辛さを、それが二義的な人間にはわかるはずがないのだ。

ジョアン ジルベルトが亡くなった。

おれは直接に影響を受けたというわけじゃない。だが、事は重大である。彼がいなければ、これはギタリストにしかわからないけれど、Bossa Nova という「奏法」が存在しなかったことを意味する。

ボサは、音楽の流行という、それを消費する経済が主流になればなるほどに、その奏法を理解して馴染んでしまった身には、なかなかに重大な個人的事件なのだ。

これは運命論と言ってもいいと思うが、ジョアンがいて、カエターノやジルやミルタォンやロ、が出てきて、それはもう一つイギリスにビートルズがいたということも重要で、その時その時の偶然に、運命は支配される。

音楽は究極のミクスチュアであり、音楽一穴主義はアホである、というかオレには無理。画期的な曲を作るミュージシャンはみんなそうなのだ。ここで初めて「ドシロートはヤイヤイ言わんほうがええよ」となる。ドシロート=消費者、ね。

ジョアンがいなければカエターノも別のカエターノになり、大阪の誇るカオリーニョもブルーズギタリストのままだったかもしれず、であるならおれはカオルちゃんを誘っていたかどうかもわからず、となると「手品師の帽子」は出来ていず、まあそこからのコラボレーティヴな発展もなかった。

おれはさほど変わりはない。ジョアンにさほどの思い入れはないから。ただ、彼の「発明」した奏法、これはある時、「どエライことやな、これは」というのは身に染みてわかった。親指とそれ以外の指の分業の合理性と芸術性にほんとに痺れた。演奏という意味ではもうこれこそ「能力総動員」である。

今、ボサのギタリストは増えていて、その解説本などもいっぱい出てるのであろうと思うが(おれはそういったアカデミズム化には興味ゼロ)だからっつってそれで全てが言い表せてるなどとは思っていない。

そんなシンプルではない。

ドシロートの皆様は控えめにお語りくださいね。自覚をお持ちになって。「彩り」なんだから。
posted by 浪速のCAETANO at 18:37| 大阪 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月22日

また一つfin.

先場所、千秋楽で、貴景勝の大関昇進のまあ「咬ませ犬」役を演じさせられた栃ノ心だったが、本人は王関陥落でむかえた夏場所。

大関陥落した力士、最近はそのままズルズル行ってしまう。照ノ富士、琴奨菊。把瑠都もそうだったんじゃないかな。

おれは復活が待ち遠しい宇良、パワー全開の押しの玉鷲、パワー全開の四つ相撲の栃ノ心が好きだ、と公言しているが、その栃ノ心、八日目に遠藤の上手さにハマったが、昨日まで9勝と、大関復帰まであと1勝。奇しくも8勝目を献上してくれたのは先場所の因縁の貴景勝の休場による不戦勝というから、人間の運命ってわからない。分かりやすい分からなさ。先場所の今場所だからね。

もう優勝してよ、と思う。千秋楽はdt来るらしいしね。プロレスの興行主でもあったdtのことだからもっと近くでとpmに要求したのだろう。

なんでも「はいはい〜!」と聞くなよ、愚かな。そんなケツの舐め方、する方が悪い、と思うが。

dtを土俵に上げるのだろうか?

そうみたいだね。日本相撲協会は「old Japan 」の巣窟みたいなところだが、そこ右翼、一言あってもいいんじゃないか。

昔のPANAMのオヤジ「ヒョーショージョ!」はギャグとして面白かったが、dtはきっとなんか言うぞ、マイクで。「WWF世界へヴィー級チャンピオン」の表彰ぐらいにしか思ってないぞ。それは「見もの」だけど。

見ものだけど、そう思うおれも「倒錯」してる。その自覚はある。能町さんも文句言ってる。

それはおのれの国の「権威」を踏みにじられることを第三者的に見て暗く喜ぶっていうね。後味はかなり《bad》。

そんなことを躊躇なくやってしまう、あのおっさん。右翼の方、そこ「動かない」のかなあ?


不思議の国。



さて、最後の(おれにとって。店は7月いっぱい)Fandango 、5曲だったが楽しかった。あのステージに一緒に立った「死者たち」と、音の発信により、また遠いとこで繋がる・繋がらない、どっち?今ではないいつかその発信が、星の輝きが数万年後におれたちの目に届くかのように、誰か、あるいは全員に届くかもしれない。何万年かかろうが関係ない。そこでは時間は「無い」のだから。


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大阪のライヴハウスの中で唯一NYCのそれ、みたいだったFandango 。そこには根拠があるんだけど、まあ80〜90sの奇跡の一つだなあと思う。

おれはその奇跡が現実化する際に、現場に居た「当事者の1人」でもあるし、その様子を目撃した「証言者の1人」でもある。

ムーちゃん本人も時系列、混乱してると思うが、1st decade の最初の5年、そこにはまだウルフルズはいず、斬新な音楽的冒険を試行錯誤していたのはFandango第1世代のA Decade-IN FAKE、Pilipiliとカーリーショッケール、body、そんなやつらだった。ウルフルズは第2世代だね。そこから先は初動の困難さとはまた異なる困難はあったろうが、加速度はすでに着いてしまってるわけで。惰性というのは言い過ぎだが。

一口に30年と言っても、そこはもうおれも密な時代とそうでない時代もあり、だが最初と最後、ちゃんと関われたというのは納得もいくし、最後にバンドで出たかったけどね。

昨日、Fandangoからしいちゃんへのながれ、というのはもうこれで「ない」のだ、ということをまだ実感できない自分がいて、横に酔っ払ったムーちゃんがいて、なんというか、その重みみたいなものは後でその重さのまま自分の心に深く沈んでいくのだろうなと気づき、まだそこに至ってるってわけじゃないんだけど、その予感で酔えなかった。

確実に「終わりつつ」あるのだ、という、現実なのに予感としてしか受け取れないことへのもどかしさにややイラっときてた。自分にね。

それでも、自分の大事な何かがまた一つ終わってしまったことだけは、確か。


遠い結論
気をつけてドラキュラ(feat.すっぽんぽん‘ズ)
土曜を逃げろ
コンドル2
大快楽物質【E】



posted by 浪速のCAETANO at 13:23| 大阪 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月16日

Fandango 永遠に

またプリウス、事故った?
何遍も言うがクルマはマニュアルでどうぞ。ヘタは運転しないほうがいい。年齢は一義的には無関係。

まあ、簡単てことはそれだけ危険回避のための手段も少ないってことね。手順の簡素化ってそうなる。オートマ車のことを言ってる。

マニュアル車ならなんでクルマが「動くのか」がその手順を通して体感できることになってる。手順=マニュアルなのだけど。


喉が痛い。例のやつ。親知らずもちょっと動き出してる。

イヤな感じ。

さて;

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fandango のホンマにホンマの最終回。シリーズ・ライヴをむーちゃんが仕掛けてくれてる。

【marutanikaz y sentimiento ‘19】は5/21に出演します。

こないだが実は最後のつもりだったから、演ってる最中にいろんなことを思い出してた。見える景色というのはそう変わってなくて、fandango のステージはもう死ぬほどいっぱい出たから、すぐにあのときどきの記憶が蘇る。

変わったのはおれだったりするかもしれない。いや、でも同じ現場の魔力みたいなものがあり、まあ、今回ホンマの最後に何をどう感じ思い出すのかわからないが、そのこと自体がまず楽しみ。

選曲は終わり。おれたちの一曲一曲は「長い」ので4〜5曲だけど、みなさんとともに楽しめればまたそれもいい。北林純と「編み出した」Punky  Zouk というBeat。当時は(30年以上前だが)こちらの国ではおれたち以外には演ってなかった。その後、誰かがそれをもってメジャーになったという話も聞かない。マシンを使えば簡単だが、あれを身体でやるってのがね。北林はおれを置いて先に逝きやがったが、ほんとは今回もおっちゃん生きてればいい冥土の土産になったのになあ、など思うが。

まあ、この歳になると常態的に「何かが終わっていく」現場に立ち会うのだがそれもまた不可抗力。自然体で見送る以外ないのだ。

記憶こそがnostalgia の根拠。いい老後を送りたい。現実はエライことになりそうだから、想像の中だけでも豊かなものはあった方がいいね。

北摂の誇りFandango 、おれも北摂の人間だったから「いい出会い」だった。清水さんと付き合いがあった頃「遊び場」を十三にに作るという話があって、おれも早速訪れた。その時にむーちゃんがいたと思う。1987のことだった。a long time ago。で、もうその月から出てたからね。で、スタッフもドシロートでアホやったから(褒めている)なんか際限ないというか限度を知らんというか、日が変わってもまだ演ってたこともあった。とにかく予定調和ではない興奮と熱狂はあって、ここはmad clubかCBGBかぐらいのつもりやったな、少なくともおれは。

当時は東京へもよくツアーで行ってて、そこそこ人気もあり、「追っかけ女子」などもいたのだが彼女らの中では「やっぱりA Decade-IN FAKE はfandango で見なきゃ!」が定説となっていた。おれもeggman la mama、loft、INKSTICK、CAY、VIVRE、大阪ではcandy、bourbon、banana、muse、quatro、sun hallいろんなハコ出たが、やっぱり当時、ホームはファンダンゴ。最も頻度高いのは今でもそうだし、fandango の10年目まではおれたちこそが最長演奏時間を誇っていたのだ。

あのちょっとぐらいしか高くないステージもいいのね。ちょっとぐらいしか高くないのに、上がるとまあまあ高い、そんな不思議なステージ。階段降りてステージへ向かう際のあの昂りは袖から行くステージとはまた異なり、お客の目線を感じ、さらにヤル気になっていくのだった。

しいちゃんのお母さんのあの、コンドル2の「一升瓶タイミング」最高だったし、その後のしいちゃん1Fでの朝までコースの打ち上げもまあセットで、そのカレンダーにはおれたちの次回予定が「マルちゃんのバンド」という言葉で印付いてた。むーちゃんが居なくなって足は1/2ほどに遠のき、おかあさんが病気になってまたその半分ほどになった。

2nd decade,3rd decadeは最初の10年みたいなことはなかったが、それでもポツポツ話があって、またおれも企画もしたかな。

3rd decadeにはおかあさん、ピリピリと追悼ライヴもあり、そのvenue としてはおかあさんはともかく、ピリピリのそれとかやっぱりfandango 以外には考えられないわけだった。おれの追悼が十三でできんのは悔しいで。

バンド名を「ソンナバナナ」に変えたのもfandango の年末オールナイトだったな。バナナ投げ。

初代ディケイド イン フェイク、カオリーニョ、岩崎、シーラのいた、後期ディケイド イン フェイク〜ソンナバナナ〜パラボラスピンズ、CVS カウボーイズ、内橋・カオル・誠一・カルテット、光合成オールスターズ、友野や岡島とのパラボラ3、リングリングサーカスのラッパ隊,ブルース・デッセルとの共演もちろんマルタニソロ、いろんな形態でお世話になった。おれもカオリーニョも北林もそこで自分の限界を超えることを経験したと思う。そんなハコって言うほどない。もうすでに管理の時代に入ってたからだ。

思い出は尽きない。

壁が音をほとんど反響しない理想のハコ。その壁には8ビート、16ビート、ワルツなんかとともにPunky Zoukのビートが、刻み込まれているはずである。それはおれたちだからね。

十三Fandango はおれたちの記憶の中にその時代とともにずっとずっと残り続けると思う。




posted by 浪速のCAETANO at 19:47| 大阪 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月08日

生ハムとルッコラの、、、

生ハムとルッコラのピザでも焼こうかと思う。

今、「ザ モルモッツ」の録音をしている。全7曲。やっと「録音自体の」調子が出てきた頃に、お休みが終わろうとしている。「そんなもの」なのだが、「考えながら」と「手でやる」の原則であるから時間がかかる。アレンジもだいぶ変えた、というか付け足した。

手でやる、からにはその演奏の根拠はおのれの技量ということになる。おれはなんでもこなすが、超上手いわけではない。だが、録音となるとアイデアとプレイの差、時間とともには極小となってくる。ここがおれの潜在能力なのだが、普段何%で生きとんねん?みたいな、自分に突っ込むこと多しだが、普段しょっちゅう開けるわけではない奥扉を久し振りに開けた、そんな感じだ。

誰に言うわけでもないが、いいプレイが出来た時は、いいワイン飲ましたろか、ぐらいの気にはなる。

みんな、録音ビギナーズであるからなかなか大変だが、健闘はしてる。が、理想へはまだまだ遠い。おそらく、よくある勘違いなのだが、シロートというものは「ウマさ」への憧れとコンプレックスの狭間で悶死することが多いと思われる。ウマさと良さはまるで別のものなのだが混同しがち。そこをうまく持っていくのがproducer のウデなのだが、もうちょっとかかる。作業自体はおれが90%。残りの10%が彼らなのだったが、「ヴォーカル」というのはやはり、大きい。今回それを再確認する。

まあ、がんばる。

これが終わると、female vocalistのオムニバスアルバムを作りたいと思っている。それも少しづつ録音を始めている。途中でハードウェアが変わるかもしれないが、テレコがおれは好きなので、併用になるか、と思う。実感も大変大事。「必要以上の進歩はno need」それが日々思うところであって、much too well-madeなものが必ずしも普遍性を持たないことはこと音楽に関してはよくわかっている。David Byrneも言っていたが、「何故、子ども時代のあのしょぼい音でおれたちは人生を変えられるほどの衝撃を受けたのか?」ということである。

録音の現場、再生の現場、ラジオの音。

ニッチが埋まっていってることも関係あるだろう。だが、最新の、というキャッチコピーはもう完全に胡散臭いわけで、そんなことよりも偶然の、意図しなかった化合物、とかのほうに興味がある。予定調和ほど元気のなくなるものはないと思うが。そうでもない人も多いことも知ってるけどね。死ぬまで「水戸黄門」見てれば。

5/21は最後のFandango 。今回は「片肺というか、残ってる肺も自然気胸ほどの飛行」に喩えられるが、まあ、Fandango は最後だが、おれたちは途上、そんな気でやろう、と思ってるよ。その準備はまだ半分しかできてない。まあまあ忙しい。

さあクイックランチ後、作業作業。
posted by 浪速のCAETANO at 13:05| 大阪 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

Brian Ferry band@なんばHatch

Brian Ferry bandをなんばHatchに観に行った、w/すっぽんぽん‘ズ。

ある種の憧憬を持って観に、聴きに行けるミュージシャン、なかなか物理的に少なくなってきてる。もっと年下だったらそうでもなかろうかとも思うが。

正確に言うと、【Punk で Rockは終わった】からなのだ。Punkが業界に取り込まれた瞬間に終わった、ということ。そこからは二周目の、先達の残滓を掻き集め、それでもヤングは再生産、再々生産されるから、彼ら用の音楽は「業界的には」あり得るし、それは「間違いなくカネになる」ことが自明であった。一度「実験済み」。Mid-Late 80sからそれは始まったね。

おれにはそこらへんの偏見があり、おそらく、まあ拘りとも言えるが、U2とか聴く気がしなかった。

Queenとかold waveもold wave。何を世の中が騒いでいるのかちっとも分からん。音が「古い」、古すぎる。それに関してはEUが悪い。ヨーロッパ選手権(Euro) のchampion を讃えるBGMをクイーンにしちゃってるから。あーあ、だが他に何があるか、Heroes? うーんわからない。既成事実の強み。

ツェッペリンは今でも聴けるがクイーンはゲー吐きそうである。みなさん、シロートだからか、あるいは、耳触りさえ良ければそれでいいのだろう。「それがポップでしょう」などしたり顔の50代とかいそうだが、うん、そうだね、ただしそのポップにはbottom upの匂いが何もしない。ポップってのはさ、そういうなんかちょっとそこらへんのにーちゃんがギターたまたま持って、お、このノリいいぜ、かなんか、そういう安モンの香りがいいのよ。チャックベリーだってそうだよ。そのR&Rとその背後にあるR&Bのグルーヴを感じられないとおれは無理。モチーフにクラシックを使ってる時点で当時のおれには受け入れ難かった。おれは世界で一番嫌いな曲が「we will rock you」だが、ほんと全ての音源を抹殺してこの世から葬りたいが、何十億単位のアホを前にしたら「多勢に無勢」。であるからおのれの脳内で「we will rock you」のない世界を構築するしかなく、しかしあちこちから漏れ聞こえてくるqueen の悪臭にゲロしそうになりつつ、その都度飲み込んで、逆流性食道炎の往復みたいなことになっとるのだ。誰か責任とってくれるんかい!

で、Punkはその矛先が「great zeppelin 」へ向かった感があった。queenとか倒す対象でさえなかった。しょーもなさすぎて。もっとも『恥ずかしい』音楽だったからだ。「お前しばいても手にばい菌移るわ」ぐらいの感じ、かな。

だから、お金儲けというコンセプトのもと既存の音楽の「再構成」がされたんだね、その後。で、おれより年少の人々はそこらへん当然無自覚だし、世界(欧米)と日本でも(その様子が稀に見る最悪だが)、それ以前とが断絶された音楽シーンが「創り上げられて(捏造です)」行くことになり、その果てが「今ここ」ってことね。

こちらの国の人々なんて音楽資本からするなら「ナイーヴもナイーヴ」赤子の手を捻るようなものだ。さんざんアホ音楽で踊らされてるわけで。いいカモですね。経験って大事よ。


そんな中、まだおれが「憧憬」を持って観に行けるミュージシャンの1人がBrian Ferryだった。

Roxy Music初期のムーグの入ったR&R、Marc Bolan,David Bowieの延長線上の存在。Enoの存在。プログレの香りもあり(プログレ嫌いじゃない)、Rockの進化に「貢献」したことは間違いない。queenなどは退化、だった。ブライアン メイ、ええ人かもしらんが、あんな「伊勢うどん」みたいなギター、アホちゃうか、と思ってたし、フレディの人間ドラマに反応するとか「まさに資本の論理」にやられた〜、である。そこにトラップがあるのがわかっててハマる。ご愁傷様。勝手にやっといて。

いかんいかん、悪口、盛り上がる。

Roxy だった。その後、梅ちゃんも言っていたが、やっぱり「Flesh & Blood」そして「Avalon」のあんな世界を創り上げることができる人間は「リスペクト」すべきだよ。もちろんボブ クリアマウンテンの存在、おっきいが。エンジニアの存在感が増した時代に、おれは後期のRoxyに関しては「凡庸」という言葉を「使いたい」が、凡庸であるからこそ、傑作が出来た、と言いたいのね。曲の凡庸さあってこそのあのアレンジ、ミックスということ。「More than this」といういつ聴いてもフーッとなる曲があるが、ごくシンプルなバックに鳴る極力音数の少ないフィル マンザネラのフレーズ。昨今、リズム楽器としてでなくウワモンとして、あんなに「効率のいい」ギター、ないよ。トニックからサブドミナントへ移行する際のオクターヴ上の1度から下がった2度のシークエンス、震える。シロートさんには「?」だろうが。知るかー、queenとともに滅べ。一緒にpmも連れてって。

悪口、盛り上がる。

で、ライヴである。Brian Ferry 声がやっぱりちょっと往年の、、、というわけでにはいかず、その分クリス スペディングのギターをフィーチャーしたり、ショーとしての気配りが見える。「voice is stuffed」ながら、これは曲を成り立たせてる要素が、何か個人の特筆的才能によってじゃないからその分、byplayerに振って十分見せ場になる。Brian Ferryという人は以前からやんちゃな感じがないというかありふれた言い方ならgentlemanというか、他のとっ散らかった個性の面々とは一線を画すというか、なんかそんな気がしてたのね。立って歌うときの「なよなよ」も健在。男ならなよなよしろよ、でいい。

9人編成で、cho.2名、key.も触るvl. Key も触るsax.以上は女子。あと、key,bass,クリスg.dr,本人という編成。Saxの子は良かった。見た目もいいし。だがおれが目を奪われたのがドラムス。

彼はほんと良かった。あんないい8ビートをあんな楽しそうに、また真摯に、あんな一生懸命に叩いてるヤツを見たのは久し振りだった。しっかりとアフタービート、そんなことは当然だが、途中からおれが見てたのはSAXのねえちゃんでもBrian Ferry でもなくそのドラムスだった。ベータム叩くとき、しっかり右を見る、みたいなとこに、それが乗りの根拠になってることとかに結構動かされたのだった。たーんじゅん、おれのことだが。乗りが大きくてちょっと岸っぽくもあり、しかし、ロックにおけるドラムスの存在感を改めて感じたなあ。おれだけかもしらんが。だがすっぽんぽん‘ズ2名もそれは感じてたみたいである。

最近の観に行ったライヴのウィルコジョンソン&ノーマン ワット ロイの際のドラムスが「お前今すぐ死ねよ」だったから余計にそう思ったのかもしれない。だが、彼は最高のライヴ ドラマー。名前とかチェックしてないけど。

後半、特にヒット曲メドレーになっていたが、それでいいのだが、最終盤の「Let’s Stick Together」のイントロ、saxの一音イントロを聴いて、凡庸→傑作への回路の一旦を垣間見た気がしたね。足し算でも当然ないし、でも引き算というわけでもなく、最初から「その一音」が用意されてたみたいな、ね。Neil Youngの「Cinamon girl」の単音ソロが必然と思えるような。

曲が大変好きだが本人にさほど興味ないわけでもなくて、Bowie ほどの思い入れがあるかっちゅうといやそれほどでも、なBrian Ferry だったが、行ってよかった。特にカリスマを見に行っているわけでもなくね。いいライヴだったよ。

ただし、おれが一番盛り上がったのはBrian Ferry が出てくる前のドラムスがパターンを叩き出したその32barsだったことは白状しておきます。
posted by 浪速のCAETANO at 08:40| 大阪 ☔| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月30日

未来€選択されなかった過去

一昨日の夜、どうしてもTelevisionを聴きたくなって、CDを探そうと思ったが、1/ウン千の労力にメゲ、youtube で探す。Muziliのスピーカーもまあまあ優秀。
Marquee Moon、Adventure というホントにほんとに「奇跡」的な2枚のアルバムを late 70sにリリースした。below.

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ギターの可能性みたいなことよく言われるが、昨日【how music works 】おのれ校正をしていたら第三章が途中で「消えていて」しょうがないから終盤の5p再翻訳していたときにd.b.がジミ ヘンのことに触れて、その可能性のことを書いてた。

「その使用可能な音の範囲はどの固有の文化の流れにも制約を受けなかった」とd.b.は言うのね。

ジミヘンドリックスはまさにそうだ。そうなのだけど、そしてそれは確かに新時代の扉をあけたのだけど、「ちょ、待ってや」というタイプのギタリストもいたというわけ。そこまで「スペイシー」でなくとも、まだ「残された可能性」はあるんじゃないの?というのが彼らの言い分だったような気が今する。

確かにpunk=new waveのバンドのギタリストたち、まあ「ヘタ」だったこともあり、「ビンボー」だったこともあり(おそらく)、そっち方面のギタリスト少なかった。UKで言えばRobbie Robertson ラヴの「シブ系」ギタリスト、(例えばブリンズレィ シュワルツ)多かったこともあって、その「スペイシー」方面は特化し、エイドリアン ブリューが一手に請け負った、そんな気もする。飛ぶがTalking Heads w/Adrian Belew,Bernie Warrelのライヴ(ほとんどstop making sense だけども)、映画のプロトタイプのようなライヴをあちこちでやっていてその映像あるが、ちょうど初来日と初映画のin betweenの時期ね。映画にはAdrian はおらんので。まだd.b.は十分キモい。

当時のNYには少なくとも3人はヘンタイがいて、David Byrne, Tom Verlaine,Arto Lindsayというのがおれの思うところだけど、トム ヴァーレイン こそがTelevisionの中心人物だったね。

おれはNY Punkとセグメントされるものにいわゆる「Punk臭」が極力少ないと思っていたし、そうセグメントされたとしても、UKのそれらとは全く別モンだという印象を当時持った。もちろんstraightforwardはUK。それはそれで時代の気分でもあり、当時大学入りたてのおれといたしましてはそのガツンと来る手応え、嫌いじゃなかった。だが、同時期に(当時はそんな幸せの時代)1stを出した人たちのヴァリエーションがヤバくてどれもこれも「好きなもの」ばっかりで、そっち系だけじゃなく、例えばNeil Young は当時の環境にいち早く反応して「Live Rust」、そこまではさほど興味のなかったHall & Oatesも「X-Static」なんて超カッコいいアルバムを出したり、なんか目回るっちゅうか、当然コステロやグラハム パーカーやXTC、イアン デュリィ&ザ ブロックヘッズ、Joy Division 、、、もうおのれの将来の「drop out」決定!そんな環境になっちゃってたのだ。

で、最も違和感を持った(これはpositive な興味と言い換えられる)のが
NYの3ヘンタイ‘sだったかなあ。

d.b.やArto Lindsayはおのれのextension、expansion にその後勤しむことになるんだけど、もう1人のTom Verlaine (このヴェルレーヌの英語読みを芸名に選んだことからして想像できるが)の耽美的というかトリッキーというかその両方というか、歌はヘタだし(みんなヘタだった)、ライヴを聴いてもギターもヘタだし、だがしかし、その録音だけはほんとに「奇蹟」というのはこういうことなのね、と分かりやすく素晴らしい。聴いたことない人聴いてみたらいいのだけどね。

4ピースのバンドでここまでアーティスティックに仕上げるのは至難の技。しかも音数多くない。ギター、スペイシーからはほど遠い。

「非常に」新しかった。で、その新しさは今も色褪せない。ある意味、当然なのだ。世の流れは「gear」に依存した音楽だらけなのだから。

ジミヘンドリックスまで行くのが当然ということに「なっちゃってる」が、まだギターには気づかれなかった可能性残ってるよ、というのが彼らからもらったメッセージだった。

ブルーズ感のないダイヤトニックスケール多用のリチャードロイドのオブリガードと「ド」ヘンタイ、トム ヴァーレインの形容できない異物ギターのミクスチュア。これは面白かったしいまもおもしろいし、これからもおれは面白がることは決定してる。

自分にしてみたら「バンドの原点」みたいな意味もある。ああいうバンドならいつだってやりたいと思うもんね。専門家システムからは最も遠い。厳密な意味での「アマチュアリズム」の奇蹟とその結晶。

とってもとっても「美しい」のね。

未来とは「選択されなかった」過去の中にある。

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2018年11月28日

アケイディアの流木

言わずと知れた後期 the Bandの名曲。「南十字星」より。

このねえさんたちのversion がかなりよくって、帰りの電車でずっと聴いていた。

あの「Last Waltz」で実は「本当の」最後の曲だったんだってね。しかもw/Neil Young & Joni Michel。と誰かが言うとったが、映像を見るとRobbieRobertsonは「20分休憩入れるし」と言ってる。人の言うてること鵜呑みはダメね。そこ、置いといてー。

これがその映像。貴重だね。


1976のこと。遠い目をせざるを得ない。it’s a long time ago。

1755年、アケイディアの住民たちが大英帝国により強制排除「Great Expulsionと言われている」のことが歌われている。

おれは「the night they drove old dixie town」は演奏したことがある。歌いもした。演ると、聴くとはまた違った感覚になる。いろいろ分かる。でも全部じゃない。その二曲、なんとはなしに共通点を感じるからちょっと挙げてみた。どちらも、the bandらしい、 Robbie Robertsonらしい曲と詞だと思う。

この叙事詩と周到なメロディの組み合わせ、Neil Youngにもコルテス ザ キラー、パウダーフィンガーという曲がある。それよりか、もう少し壮大である。やりようはそれぞれ。良さもそれぞれ。

The Rochesの出来がかなり素晴らしく、聴き込んでしまった。彼女らのも本家同様最後のFrench のrefrain がカッコいい。帰りの阪急の通勤特急は見えない映画を見ているようだった。
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2018年11月22日

手遅れ

ボヘミアン ラプソディに「感動した〜!」の人々へ。

アホのまま死んでいきなさい。
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2018年11月18日

少数精鋭第五ゲリラ部隊との濃い夜

いいライヴだった。おれの出来はもひとつだったが。忙しすぎ。バンド演り納め。ちょっと早いかも知らんけど。
散っていって、そしてまた来年戻ってきてくれるだろう(希望的観測)。甘えちゃあかんのね。予定調和が大っ嫌いなので。ちょっと青いけれど、punkミュージシャンのままで(真の意味でよ)いるということはそういうことなのだ。何べんも言うててまた言うが、punkとはspiritなので。わからんやつはわからんでいいんだよ。おれは精神がpunkでしたよ。

Projectを進めよう。亀の歩みでもいいの。おれは音楽だけやる、というのがもひとつなのだね。おそらく死んでしまう、そうなると。お、そっちの方がええやん、はよ死ねよ、と思ったやつ、いたかもしらんが、でもね、この手の才能って、あんまりおらんのよ。いなくなると「あ、おっても良かったかなあ」なんて。少なくとも、おれは会うたこと、ないです。前例、ないのね、おそらくね。まあ、いいさ。

それはともかく、ちょっとproject始める。来年は録音の年にする。もう録って録って録りまくりたい。そんなふうに思う。あまり時間がない。なかなか暴れるのが大変なのだ(とか言うて暴れとったが先日)。まあ、ライヴというのはエネルギーなのでね。dr.とvo.はドカチンである。

16曲ほど用意していたが10曲ほどに減らした。でもいいラインナップだった気がする。

Set List

Je suis veni te dire,,,,,,,,,
葡萄
いれずみ
太陽女王
ワタシ誰アル?
観覧車に乗って
odeio
Condor 2
大快楽物質 E

Loch Lomond


ライヴと録音は別もん、通底はしてるけれど。別れもあり複雑な気分だったが。すっぽんぽん‘ズとも久し振りだった。また大晦日ヤツらとはGANZです。おれはSolo。
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2018年11月15日

傍流のセンス満載

BLUE RONDO a la Turkを聴きながら。
「んんっあ、ん、っん、んんっあ」ヒューマンビートと呼ぶには腑抜けでセンス良すぎである。そんな言葉はまだなかったよ。

ファンカラティーナという言葉、音楽が存在した。決して主流にはならないのだけど、それはド8ビートからは遠いからなのだが、音楽とはシンコペーションである、のおれとしては無視できなかった。シンコペーションのみならず、その猥雑さにも惹かれた。同様の匂いはネグレスヴェルトにも感じたし、遡るとカルト ドゥ セジュールに、そしてその元を辿ればブルーロンド アラ ターク。時系列を逆行してみたらそうなった。

おれは、まあなんにしても数列横隊でザーッと進んでいくので、その隣にはSavanna band がいたり、もちろんそこからのキッド クレオールがいたり、ブルターニュのソルダ ルイがいたり、ポーグスさえもその括りの中に入ってた。

マットビアンコになってからは、嫌いじゃなかったけれど、猥雑度が落ち、その分売れたみたいだけど、ちょっとおれの興味は縮小した。もっとケーハクなモダンロマンスやヘアカット100などもよくクルマで聴いたな。

自分の中の思考と志向と嗜好の流れは偶然性を持った必然というか、磁石をかざされた砂鉄の如く、ある方向性を持つものである。3ムスタファ3やBrave Combo やマルタンメソニエの仕事とかもその延長上で聴いた。こちらの国のワカモノがブルーハーツなどに熱狂している時代のちょい前頃の話。にほんごに「泣ける」とか、「レゲエが聞きやすい」とか、音楽が大衆化した、聞く必要のないやつがマーケティングの俎上に乗っかってきた、そんな逆風の時代の始まり。こちらの国の右カーヴのフリした戦前回帰もそんな頃から仕込まれた。

周りを見渡してもそんな話をできるやつはいないし、なかなかに孤独ではあるが、ま、ええか、とも思う。新しい音楽的試みはいつの時代にもやはり面白いし、そんなものは商品になってない人間の特権でもあると思う。David Byrneも「amateurism」という項で書いていたな、そんなこと。あと、25ページ。今はコペルニクス、ボーデ、周期律、パンテオン宮殿の天井、音楽的周期律、そんなとこ。あと25pとなると名残惜しい。しかしよう続いたな、と我ながら思う。根気などとは無縁の人生だったからだ。人は時としておのれの中で革命的なことをやっちゃうのだな。

トルコ風ブルーロンドを聴きながら。

明日は「Frute del Sentimiento 2018」


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2018年11月04日

November 16

週末ツアー2連チャンは終了。さてこれから年末まではノンストップだな。
いいんだよー。

おれが遊んでる間に、世間は動く。遊んでようが遊んでまいが動いているとも言えるけど。

安田くんの会見、1時間20分でギヴアップした。あまりの正確で緻密な時系列的説明をお袋と聞いてて、辛くなったのだ。ただ、自己責任という言葉は「本人が本人のことに関して」語る以外には無意味だとのコンセンサスを作りましょう。外野がやいやい言うな、である、おれの意見は。

そもそも「想像力以下」のおれたちが、その想像力も虫程度であるとするなら、その人格は推して知るべし。そんなんじゃ基本的人権、適用されなくなるよ。おお。「思う壺!」


さて、もうNovember has come.

今年最後に「みんなで」音を出す。


Sentimientoの実り 2018

11/16(Fri.)

@GANZ toitoitoi
西天満 大阪

Start 19:00

<<Bands>>

Kurodike
すっぽんぽん‘ズ
Marutani Kaz y Sentimiento ‘18




​今年は大変な、内側と外、本当に大変な
崩壊の具現のような現象が起こり続け
もう「いやだ」って気になった方も多かった
と思うのは、当然だろうね。

Globalizationの矛盾からくるマグマの噴出があちこちで
見られるし、識者や政治家はみんなの絶望の深さを理解していない。

アメリカで起こってることとこちらの国で起こってることは
似ていつつも決定的に異なる。
それは対グローバル、
あちらはNo
こちらは超無批判にYes。
あんまり共通項ないんだけどね。
pmとdtには何も共通点はない。

もう、だから、音楽で、ライヴで騒ごう!
なんてこともおれには言えない。
ただ、時間を共有していっときこの
Fuckな現実に対抗するpowerが
残ってることをお互い確認できないかな。
energyが、fuelが残っていたなら「まだ」イケる。

一緒に確認しましょう。

posted by 浪速のCAETANO at 13:26| 大阪 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

Live at Fandango w/nostalgia

ひょっとしてもう一回あるか無いか、3:7ぐらい。あるが3。明日はFandangoでのライヴ。
キングちゃんもカオルちゃん(カオリーニョ)もいます。

ほんといろいろ世話になった、deste 1987。ちょうど、Fandangoが10周年のとき、曽根崎のTodo O Mundoが始まり、三階をどうしようかなと思ってた時にFandango staffが押し掛けてきて塗りを手伝ってくれた。好意はありがたかった。ただ、酔っ払いの仕事ゆえ、途中で全員寝てしまい、staff 女子は「寝乳」揉まれとったが。結局、塗り直した。バカヤロウ。

それが21年前。みんなええ歳になった。おれはかつてのスタッフに会うのはいつだって楽しみにしてるが、さて明日は誰がいるだろう?あのバカはいるだろうか?

かつてのメンバーは「誰一人いない」Sentimiento‘18だが、曲は新旧ちょうど半々ぐらい。出番が最後じゃ無いのがもひとつだが(単にトリ慣れしてるだけ、他意はない)、まあ気楽にやりたい。

こうやって、何かが「なくなっていく」ばかりでややemotional になる自分を発見すること多しだが、バカ政府(国、地方問わず)、バカ政治家(同じく)が君臨する社会であるから回り回って弱いところにしわ寄せがいく。

みんなそこそこ被害者であるし加害者でもある。おれたちは自分の行為の政治性までしょっちゅう考えてるかというとそうでもない。この分かりやすいものにしか反応しない、象のケツのようなハートの表面の持ち主だらけのリスナーの世界で、分かりにくいものをやり続けて(ポップとマニアックの変な比率の融合)、もう北林純もどっかいってしまい、お陰で自分のハートが強くなってるのか表面だけは硬いが中はやわやわかもしれず、そこ、どうもよくわからなくなってきてる。

まあしかし【Life is an experiment】その音楽もまた実験でもある。その真の評価は後のgenerationに委ねよう。最もノってた時代とは環境も内容もちゃうが、楽しい瞬間をそれこそ一瞬回復したい、そんな気で演奏しましょう、と思ってる。

平日だけど、かつてのFandangoの空気がそこには再現されるはずよ。
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2018年09月29日

@Fandango

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FandangoはかつてのSun Hallともどもおれたちにとっては共に育ったライヴハウスとして、貴重な存在であって、今年で31周年というからTodo O Mundoよりも10年先輩だった。

うーん、とは言え、おれたちの前半はまさに【Fandango】と共にあった。当時豊津(吹田)に住んでたこともあって北摂の南端(淀川のこっち側、北からの視点だね)はまあ自分らの「シマ」だった。行きやすい、やりやすい、飲んでも帰りやすい。そういうことね。

しいちゃんの存在も大きかった。しいちゃんがいてむーちゃんが居れて、初期Fandango スタッフ(ほとんどどシロート)の飛躍(バンドと共に)が実現した。だからむーちゃんを追い出した(ようにしか見えなかった)あのクソ女がブッキング始めてからは、距離感できたよね。ただ、そういうことがあったからと言って、初期のFandangoの値打ちがいささかも損なわれることはない。

おれたち【A Decade-IN FAKE】は当時(90s)東京もよく行っていて、人気もそこそこあり、追っかけもいたのだけど、IN FAKEは「やっぱり」Fandangoで見なきゃ、というのが彼女らの口癖だった。その当時、Dr.は当然北林純だし、ギターはおれとカオリーニョ藤原、ヴァイオリンはHONZI、ベースは友野、シーラがいて、岩崎もいて、ラッパ隊も3本揃って、そのサウンドは充実と豪華を体現したかのようなことだったんだよ。

時は流れる。

先日、ふと大学帰りに十三で飲んでそのついでに訪れてみたら、現店長の「鶴一」から、オーナーが「売ってもうた」と聞いた。立ち退きに関してはおれたちも【Todo O Mundo】でその道のプロに甘ちゃんのおれなどはカルく翻弄され、捻られてしまったけれど、まあそれとは状況は異なれども、慣れ親しんだ土地から離れて、また心機一転を強いられるって鋭気をパワーを「吸い取られる」そんな気にもなるものだ。

シムパシィを感じるよね。

その時、出来るだけ出たい、と思ったし、鶴一にも言った。まあ、今のおれに当時ほどの集客能力はないが、だからワンマンではなく当時の仲間たちとのbookingを頼んでいたところ、キングちゃんとツテンカーク梶くんとのライヴを設定してくれた。しかもツテンカーク梶にはカオルちゃん(カオリーニョ藤原付き)だ。おれとキングちゃんとかおるちゃんで【Grande Tres】を標榜していた時代もあったな。

いずれにしても、「なんちゃら記念」とかではない、久しぶりの「普通の」ライヴ。そしてそのステージは追体験も叶わなくなるという事実。ちょっと、感慨にむせながら「かつての曲、今の曲」を演奏しようと思う。

キングちゃん、カオルちゃんも同様の気持ちに違いない。いろんな世代の方々に見に来ていただきたい、そう思います。


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2018年08月31日

おいでね9/2

おのれが歌おうと思っている曲の、どれもまあなんと「芳醇で緻密」なことか。
陶然とする。まだ若かりし頃、食欲も性欲もビンビンでその頃に、鰻屋で鰻ざく、鰻巻き、ときてシャブリも飲んで、その後、満を持して「鰻重」を黙々と食い終わった、そんな時に味わった感情に酷似していたのだった、喩えて言うならば。

先人の偉業を再度具現化する作業なのだが、しかし責任の重さを感じる。

歌、が最も情報量が多い。感じるか感じないかはその人のレセプターの質と量によるが、こちらが「回転」してないとその重さに潰されそうになる、そんな感じ。回転してるとおれは大丈夫。その曲の進んで行く様をまるで微分されたものを受け取るが如し、なので。時系列そのままに部分的に受け取る、その連続であるから。高速回転した状態で。非常に幸福感に満たされる。

9/2のライヴ、約4時間くらいだと思うんだけど、前半も後半も見応え聴きごたえたっぷりで「ちっちゃなフジロック」の異名どおりの展開になるはず。アクシデントにより予定の方2名ほど離脱したけれど、まあそれはそれ。Accident will happen.

カオリーニョがいる、靖子ちゃんもいる、アンツも久しぶりにいる、フラメンコ中西もいる、もちろん今回の【Booker T & MG’s】であるSentimiento ‘18の北村先生、李さん、岸もいる、太田くんもいる、すっぽんぽん‘ズも揃っている、ヰモリもいる、モルモッツもいやがる、新人寧音もいる。ワインがある、キッシュがある、チャンポッタがある。そんなことね。

とっても楽しみ。プレイイング・マネージャー(現場監督ともいう)としては。
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2018年07月17日

Such a Nite

突然の店ライヴだったけれど来ていただいた方、オブリガード。一気に失われたいくつもの命に宿っていたニュートラルなスピリットというか魂ですね、日本語においては、それら(彼らがただしいのかな?よく分からない)と一方的に交信してるつもりで演ったけれど、そのうちの遊び心のあるというか物好きな誰かの魂は振り返ってくれたかもしれない。

懐かしい顔にも会えた。

放射能はないけれど、東日本に匹敵する豪雨被害に心が痛み、だが募金とか以外に何か助けになれないかとは思うものの、大量の資金も時間もない。

気持ちを「寄せること」「祈ること」。ついこないだの地震にしても、一つ間違えば同様の立場になっていた(北区は震度6弱であったから)。あと10秒主要動が続けば、みたいなことだ。

世の中には等しく全員に同様の確率としての「幸運」「不運」しかなく、今回はおれたちはすんでのところで不運ではあったが、「そこまで」不運ではなかった、あるいは不運と幸運がモザイク状に身に降りかかった、というだけだ。

冷酷な政府のもと、「自助」と「共助」しか存在しないような現状の中で、しかしまだCompassion(お互いを思いやる気持ち)があれば「まだ」やれる、と思いたい。しゅんとしてしまうことが一番いけない、と思うからだ。

エネルギーは「伝播」する。最初の行為が奏功するとは限らず、だがそれでも構わない。次の、またはその次の、その次の次の行為に実効が突然現れてもいいの。

実は豪雨被害、ほんとに驚いた死刑のショー化、以外にもう一つ人の死に関する衝撃的な出来事があった。自分の周囲には何年かおきに「死が集中」することがある。今回もそれかなと一瞬思いかけたのだけども、違う違う、その一番後の出来事以外は極めて「社会的な」事象だった。冷静になれていなかった。

音楽を、というかギターを弾き歌を歌えて良かった、そう思う。まあこれはまったくパーソナルなお話でほとんどの方には関係がないけれど。ここはパーソナルな場ですので。

posted by 浪速のCAETANO at 10:50| 大阪 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月15日

鎮魂の、

最近、アタマおかしいから適切な言葉がさっとでないことがあるのだけど。
それに最近はミュージシャンとしての「認知」もイマイチなそんな「身の上」だけど、だはは、

いや、ちゃんとミュージシャンよ。

で、本日のトドムンドでのライヴは「鎮魂」のためのそれです。

災害、事故、自ら、国家により、死ぬということににこれだけのvariationで一気に迫られたことは一生のうちでも初めてで、ちょっとおのれの精神に対して危機感を持ったのね。

魂を鎮めたい、同時に自分の魂も確認したい。そんな作業が必要と強く感じた次第。

悪人の魂であっても悪というわけではない。その時点ではニュートラルであるわけね。

悪人正機だよ。


まあおれの方が「自称ミュージシャン」みたいで、独り善がりっぽいね、だはは。

ただ、おれは「イクときは一緒にね」なタイプ。

時間合えばね。無理はやめとこ。
posted by 浪速のCAETANO at 16:56| 大阪 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

突然ながら【marutani kaz ao vivo】

あまりに短期間に人の死(それは遠い〜近いまでいろいろ)に接し、非常に辛いと同時に自分の中に、それはネガティヴと決めつけられるもんではないが一概には、だが決してポジティヴとも言えないモヤっとした感情の塊で心の中に澱のように沈殿していきそうになっていて、自分の生命力もまた削がれていこうとしてるのがわかる。Conpassion過多な人間はこういう時困るのだ。

Get up, Stand upしようという、根源的な初動ができなくなることと、被災者の方がもしここにいらしたら、何も言えないが、手を握って相手が離すまでそのままにおきたい、そんな気持ちになるが、本当はがんばって、などど言いたくてしょうがなくなるが「何をがんばるねん」と言われれば絶句するしかなく、その二つのことを自分の中でもクリアにして克服しようと思い、祈りに替えて、突然だけど、ライヴをやることにしました。

奇しくも14日のライヴが飛んでしまって、これも出演者の病気が原因で、それは不可抗力なのだけど、ただあまりしょっちゅうライヴをする人間ではないが、空気に向かってでもいいから、思いの一部をというかエネルギーを誰かに何かに伝えとかないと、と切実に思った。

「エネルギー保存の法則」は真理であって、伝播すると思いたいこともある。回り回って、ということになればいいなと思ってる。


7/15(Sun.) 20時〜@Todo O Mundo

マルタニカズ ao Vivo 

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キャパにリミットありますから予約していただければ混乱は極力避けれるかと思います。

なんとなく嫌がってた店長をこれから説得がてら店へと向かおう。もしかの場合はおれ1人でもなんとかやれるでしょう。
posted by 浪速のCAETANO at 20:53| 大阪 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月07日

maria&amos

梅雨と言えば、梅雨を肯定的に捉えるとするなら、湿気の中へ進んで飛び込んで、一体化するのがいいのね。
あの、脳内の話、あくまでも。


湿気を含む、オンナの声に包まれよう。

特にrainy seasonに限らず、脳内再生頻度大変高いけれど。ほんとに好きなんだけど。

録音の奇跡の典型。そんな曲。
posted by 浪速のCAETANO at 14:59| 大阪 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月04日

ツアー終了

さっき帰阪。いやー濃かった。博多豚骨スープより濃かった。

よく「動いた」。

大阪〜長崎〜博多〜長崎〜琴海〜長崎〜福江(五島)〜富江(五島)〜福江〜長崎〜大阪。

セットリストでも。

@I&I 清川 博多

Leaozinho
Beleza Pura
Un Vestido y un Amor
折りたたまれた時間
葡萄
唐街雨情
Je suis veni te dire que,,,,,,
Fina Estampa

すっぽんぽん'ズ
set

春分(w/すっぽんぽん'ズ)

博多では大橋くんとその部下たち、同級生たちに大変世話になった。ありがとね。

打ち上げで、すっぽんぽん'ズは大橋チーム、おれは同級生の富豪宅へと拉致され、その後合流。

和風旅館で雑魚寝し、そこから九州号で長崎へ。

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jimmy pageに見えんこともない。バス内での軟体寝。爆睡。観光客。


到着後、家具の二上に楽器を預け(返し)、、マルタニ家へ。

ちょっと休憩して住吉 Buddyへ。

セットリスト;


Deste que o samba e samba assim
Leaozinho
Beleza Pura
UnVestido y un Amor
折りたたまれた時間
唐街雨情
Je suis veni te dire que,,,,,,,
Fina Estampa

すっぽんぽん'ズ
set

w/長崎の「二上ファニチャーズ」
Everytime u go away
Here there everywhere
Ooh Baby
Daydream Believer
Sleepwalk

Sweet sweet surrender

そんな感じ。

fotosはまた整ったら上げようかな。足し、で。

cultureの差異を含め、いろいろ勉強になったよね。長崎はクソど田舎では決してないが、地方都市ならではのしきたり(現実的な)もある。博多もまた、異なるが。次からは、No Frictionで!

今回、おれだけが不当にしんどかったような気もするが、この3人のセットで色んなとこ行けたらいいなあ、と思うから、ま、そこはどーでもいいんだよね。機動力。次は四国とか北陸とかいいね!

今回の教訓; 他人から借りるgは「スチール弦」のほうがいいかも。










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2018年03月24日

【O 60o Anniversario ao Vivo-parte 1】終了。

【O 60o Anniversario ao Vivo-parte 1】終了。

関係各位、ご苦労様。一人でライヴはできないしね。特に「この系」のはいろんな人々が関わっていて、その関わってくれてるという事実が時に「ジーン」とくるわけね。昨日なんかその典型。

みんな、ありがとね!

20s、50s、30s後、30s前、40sというシークエンス。それぞれの作品にそれぞれの「色」とがあって、自分のことながら「興味深かった」。

が、physicalにはかなり大変だった。みなさんそう言っていた。とすると純ちゃんのあの「体力?」は一体なんだったのだろう?ライヴ直前の『 カレー丼と素うどん」がsource of energyなのだろうか?不思議なおっさんだったなあ。

今年は長〜いスパンであと2度ほど、考えてる。シーズナリイにはやりたいし、曲によっては今のメンツで録音も話題に上っていた。考えてみる。

打ち上げが終わったのが4:30なんなん?まあおれの歳のことでみなさんを昂揚させれたのであればそれはそれで良しか?良しとする。

さて、次は「Rafflesia Primavera tour in Kyu Shu」である。


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2018年03月22日

明日は「Don't Trust under sixty」@Ganz.

明日は「Don't Trustunder sixty」@Ganz.

ライヴと言うより「Party」ね。いつも「啓蟄」にやっている「marutanikaz tribute」をいい機会だからライヴハウスでやってしまえ、そんなこと。

「Part 1」ね。「Part 2」は夏の店の周年と絡めてやろうと思ってます。今年、実は「忘れていた厄年」でもあり、厄祓いイヴェントは出来るだけやろうと思ってる。

Sentimiento'18の演奏も「クロニクル的」になる。過去の10枚のアルバムからピックアップしてあんまりやってなかった曲などもやろうと思ってる。ものすごく楽しみにしてますが。

もうひとつ。考えていることは過去の塾生たちとの再会をなんとか、いい機会だから、ならんかな、ということ。まあそのう、1000人以上いる。今回、限定的にしか連絡つかなかったが、次の夏の分、もしかしたら秋の分までに「スムーズな芋づる方式ネットワーク」が出来ないか、と試行錯誤。35学年、同じ年に学年の幅があるからそれ以上かな、ここのネットワークをまた1からとなるとなかなか大変ではあるのだけど、長年やってることぐらいしか人には財産なんてないのでね。なんとかしてみたい。


さて、セットリストを考える。

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2018年03月08日

perfume geniousを聴きながら

今週は雨だったり、まだひんやりしたりみたいだが、来週からは来るね、あったかいね。啓蟄過ぎれば毎年のことながら「名実ともにPrimavera」。

「Perfume Genious」を聴きながら。不思議な気持ちになる音楽だ。最近favorite。
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「ほら、見てよ、殺人が、、」@lookout lookout

「彼はぼくにJoy Divisionのテープを作ってくれたんだよ。自分の中に失われた部分があるって言ってた。ぼくが16の時、ビルから飛び降りたんだ。行く準備が出来てることはわかってた。きみのための場が上のあそこや下のそこにあればいいな」@mr peterson

楽器はほぼピアノ。歌ってることはほぼ個人的な事柄。そのマナーも込みで。いやー不思議。賛美歌のようでもある、brandnewな。
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2018年03月01日

O 60 o Anniversario ao Vivo

「冷戦状態のブス」のいるコーヒー屋で豆を挽いてもらっている。ここのおばさま達とは至って良好な関係をキープしてるのだけど、ただ一名、そのブス(relatively young)とだけは、どうも。

最初は良好だったのだ。ただ、おれが好きすぎるおばさまがおられて、両名が在店の際におばさまに興味と対応が集中したことがあり、そこから態度が見事に豹変してしまった。何かの誤解。おれは決して自分から誰かを傷つけることはしません。本当なんだから。

まあ、つまんない話。すいません。



さて3月になったから告知をしようと思いました。

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今現在の態度は「Don't Trust Over sixty」なのだけど、あと数日で「Don't Trust Under Sixty」となる。

勝手なものだ。そう勝手。みんなに喧嘩売ってる。

その後の世界がどんなものかはよく分からないが、これまでもキリのいい人間年齢は存在したわけで、思い出してみるなら今日には昨日があり、明日がある、みたいなことで、それは決してdigitalに桁がレジスターのチンなんて音と共に階段を上がる(あるいは下がる)といったことでもなかった。そんな記憶があって、どちらかと言えばanalogな何かの下降・何かは上昇、そんなgradualな変化に終始した。それも記憶。

数えたらちょうど10枚アルバム出していた。Todo O Mundo始めなければもう5枚は出せていたと思うが、それは後悔してるってことじゃない。いいのいいの。その分全人生的にはなかなか示唆に富んだ経験もさせていただいたからね。でも次は3枚組で出す。オノレの曲20曲とカヴァー10曲、そんな予定。曲はナンボでもある。詩もナンボでもある。いや、ホントに。だから大丈夫。

単なる「区切り」ですが、まあ、週末でもあることですし、時間が許せば足を運んでいただければほんとに嬉しい。

各アルバムからの曲も演りたいと思っています。






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2017年12月11日

Sentimiento '17

<primeiro>

かつて粒子
Sweet little angel
Se vous passez pas la
Chase in the dark
葡萄
真夏日


<segundo>
Je suis veni te dire ,,,,
片目でちんばのせむしおんな
Little Something
太陽女王と月の姫
Bared bard
ワタシ誰アル?
大快楽物質 E
観覧車に乗って
Odeio
Wounded whale
Loch Lomond

ラクダの夢

A Decade-IN FAKEもSonna BananaもParabola Spinsもおのれのsoloも混ぜこぜでやりたかった。そういうことをする時期だと思ってた。それも一つのやり方。7130572D-B2EE-4BBD-8B8E-525F35155B95.jpgfoto por Haruna Kohta








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2017年11月16日

Frutos del Sentimiento 2017

Frutos del Sentimiento 2017
<2017 センティミエントの実り>

今年はあなたにとってどんな年だったのでしょう?(まだ終わってないけどね)

Memorialなライヴが多かったなあ、そんな印象の一年だったな。Todo O Mundoの20周年、北山和可メモリアル、Fandangoの30周年、懐かしいメンツとの再会、そんなreunionな一年だった。

自然現象なら猛暑に台風それに豪雨(もう忘れてるね!)。頻発する「50年に一度の、」という形容。慣れるって怖いことながら慣れざるを得ず、喜劇のような政治と総選挙、しかし自由がどんどんシュリンクさせられていく予感と実感、暴走するマネーとそれに群がる人々。世の中ウンコまみれだぜ。

そんな中でも、果実は実るし、センティミエントも結実する。自然の営みはそれらより上位にあるし、コラソン(心)の営みもまた、現実の動きには影響を受けつつもそれらとは異なるコンセプトでシーズナリィに循環する深層がある。超上位のものと超深いものは連携してる。例えば直喩的にも暗喩的にもそれらは「法律の届かない場」であるから。

2017年も終盤ですが、じゃあ今年のセンティミエントはどうだったの?

すっぽんぽん'ズ(meg e aomi)・マルタニカズ y Sentimiento '17(岸健一郎・北村嘉章・李ヨンウン・坂本卓也)・ヒステリックス(de 京都)が、それぞれのFrutoを。ヒステリックスは京都でずーっとNew Waveやり続けてる。大沢くん(mondo grosso)も在籍してた。北山和可さんにproduceされてた。こないだのblue miceで再会・共演しました。

そして北林純の三回忌追悼も兼ねてます。今年は9月にこんなライヴができなかった。


12月9日(土)
venue: Vi- Code 中津
19:00open/19:30start
adv.2500/@dr3000

<players>

Hysterics(ヒステリックス from Kyoto)

すっぽんぽん'ズ(meg e aomi)

marutanikaz y Sentimiento '17
(岸健一郎dr. 北村嘉章g. 李ヨンウンb. 坂本卓也vl.)

dj: ken kishi

catering : Todo O Mundo
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produced by marutanikaz(the Label Rafflesia)

楽屋およびリラックスのためのvenueはTodo O Mundo開放ね。









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2017年10月27日

エンケンとその時代やらなんやら

<キミも猫もみんな、みんな好きだよ、カレーライス>

そう昭和のネコはカレー食ってた(あまりお勧めできんが)。

遠藤賢司氏が亡くなったと報じられてる。

71・2年だったと思うんだけど、Bob DylanがいてNeil YoungがいてJames TaylerがいてCarol KingがいてDonovanがいてCS&Nが結成され、それにYが加入して、おれの世代だとそこから遡ってPeteSeager、Woody Guthrieまでは当時は知ろうとは思わなかったな。よくわからなかった、しぶすぎて。

片方でビートルズはもう解散していて、だがしかしその影響は蔓延してて当然ストーンズは健在で、アメリカからは「ソングライターチーム(キャロルなんかもその1人)」、PF SLOANとか、Paul Williamsとか、もちろんペットサウンドに代表されるような「Crew」の演奏力とともに、ヒットチャートを賑わす曲が最新のかっこいい曲であったりして、もう片方にはディープパープルやレッドツェッペリン、クリーム、さらにはキングクリムゾンなんかも居て、もちろんジミヘンドリックスも、オーティスも。さらにはマークボランにデヴィッドボウイ。普通、中高生でそれだけのもんに「出会ってしまった」のなら、人生狂うのよ。

混乱するはずだろうね。今の子たちなら。genreが、、、、とかで分けてるとさ。

分かりやすいとこを挙げてみたけど、人物名だけで100行ほど絶対に埋まるのだよね。

音楽の洗礼を受けたのが小学校高学年。エルヴィスとかビートルズ。それはやっぱり。plusオヤジが持ってたトリオロスパンチョスに映画音楽。そっちはオマケみたいなものだけど、後から効いてきたけど。

まあそんな時代、70sの初め頃、遠藤賢司さんのカレーライスを聴いた。ニールヤングの両面性を意識してはったと思う。エレキを弾く遠藤さんは決して上手くはないが「速かった」。そこ、ニールヤングとは違うところだが。

こちらのフォークもよく聴いた。エンケンに吉田拓郎、泉谷、友部正人、加川良、高田渡、古井戸。ディラン2などはあまり知らなかったな。大阪に戻ってきて分かったけど。そういえば恭蔵&BunのBunと同棲してたカオリちゃん(あだ名はババリ…ひどいね)元気だろうか。

<誰かがおなかを切ったって。うーんとっても痛いだろうにね、カレーライス>

なかなかに俳句的であるね、今思えば。三島由紀夫割腹事件のことだけどね。そのことを思い出すたびに校庭の鉄棒で中学生のくせに「大車輪」を敢行していた「鵜崎くん」のことを思い出す。記憶って不思議。1970年のことである。あれ、それ小6じゃん。記憶って、連想って不思議、というかええ加減。いいんだけどね。

ガロのヒット曲、学生街の喫茶店のライヴなんかで弾くあのトンボメガネの人の(名は失念・失礼)スティヴン スティルスそのままのソロとかオブリとかに「ハッと」したな。カッコよかった。

遠藤さんの熱心なリスナーとはおれはいえなかったけど、なんかでご一緒したことあったんじゃないかな、と記憶を辿っている。そのうち思い出すだろう。もしそうだとしてもその当時はおそらくあんまり興味なかったんじゃないかと思う。

高田渡さんともちょっと違う、とぼけ方というか外し方が、しかしおれはいつも真摯であると受け取っていた。切実、でもいい。のちのパンクの先駆けという意味で捉えてる。

関係ないが(なくもないが)「音楽に政治を持ち込むな」なんていう若いので頭悪いの、あんさ、チミが聴いてるまあマシな音楽もくだらない音楽も、60sの政治へのカウンターから生じた反抗の音楽がなかったら生まれてないのね。もし本当にそう思うとするなら、経済音楽に心の底からヤられてることの証明じゃないのか?

おれはそう思うが。










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2017年10月09日

FandangoのValue

Fandangoの30周年ライヴ。まあ、生き残りはうちにはおれしかいないのだが、それでも、かつてみんなを「騒がせた曲」とかを演奏してるうちに、「思い出した」人々もいたみたい。80…90sのFandangoの値打ちは、A Decade-IN FAKE=SONNA BANANAとカーリーショッケールといったものすごくロックからは遠い音楽(実はそうでもないんだが)が演奏され、そしてお客がまあまあいっぱい入ってたという事実だと思う。まあ、マルタニさんの人気っちゅーのもあったけどね。だはは。ただ、おれたちもまたミュージシャン'ズ ミュージシャンだったのは間違いなく、音楽やってるやつもよく見にきてくれていた。濱田マリやトータス松本とかもよく見たな。よく来てた。カオルちゃんとかも見にきてくれて知り合ったし。昔話。

途中で出て「しいちゃん」でみんなで焼いていて、有山/清水duoを聴きに戻る。あのタレの味も改めて舌に残っているねと実感。しいちゃんにもこっそりと挨拶。

ライヴ中は、ステージの意外な広さに、ああ楽だな、と。動き回れるっていいのね。以前はシーラに岩崎、カオリーニョとフロントに四人並んでた。ここで北林の超鋭角スネアでだいぶ耳いわしたな、など思いつつ。岸のスネアはよく聴こえるのに危険ではない。なんなんだろうね。

北村くんや李くんもFandangoお初だったけど、その面白さと破天荒さ(かつてのだけど)は感じてくれただろう。また出たいけどね。あの猥雑さはいいよね。

まあ「しいちゃん」があって(居て)ムーちゃんが居られた。スタッフも居られた。その証拠にムーちゃんが結婚でいなくなり、キョウコちゃんというクソ女がブッキングするようになってからはおれはやや足が遠のいた。リアルに奇跡な時期は4-5年だった。まあそんなもの。

パパにポーに稲垣に鶴ちゃんにハルナ、そしてアホの上田その他、また会いましょう。アホの上田、トドムンドまで彷徨ってきて、すっぽんぽん'ズだけでなく、パラボラとカウボーイズのCDまで買わされとったけど。ディスカウントしたげたけど。学校の後輩だったこともあって「アホか」の連打で可愛がってた。

ステージ上で過去の何かを「なぞるか」のように歌いギターを弾いていたが、何かしら感じたものが形になるかと思うのだが、まだ何だがまとまらない。ある日突然やって来るものかもしれない。待つけど。

まあ、トドムンドの1.5倍のおねえさん、FandangoのO 30o Anniversario、自分の役割を果たせて良かったと思ってる。死んだヤツらも多いけどね。時の流れ。


p.s. Telecaster、かなり「可愛がってる」でしょ!







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2017年09月04日

楽しかった

最近のライヴ機会というのがどうも「ノスタルジア」勝ちすぎでさ。それ事態は悪いことでは全くなくて「ノスタルジア」全肯定の人間としてはそこを否定するつもりなんてないのね。

昨日は「ノンカテ・パフォーマンス・ショー」。

面白かったよ。Todo O Mundo20周年ライヴぐらい面白かったと思う。

いやーほんとに。

当時を知ってる人間は「おれの関係者ではおれひとり」というありさまながら、その分両肩に背負うものはあった。そこは相対的ワカモノにいうてもしゃあない。訊きにきたらおしえるけど。それはそれでいいのね。いろんな世代には固有の事情あるもん。

ただ、New Waveという概念と音は、「今も実に新しい」とおれは思う。延々その枠の中に留まっている人たち2組いたが、いやいやどうして、大したもんだよ。NEW Waveの進化とは「微分」の方向へ向かわざるをえない。その、音楽にとっては一見new modeながらもおのれの首を絞めることにもなるそんな手法を、そうだなあover30years やってる人たちにはある種畏敬の念を感じた。好き。もうおれはそっちできないけどさ。ミンカやヒステリックスだが。潔い。

おれもまあそのNew Wave少年から脱国境音楽家になって久しい。脱国境音楽の中にはNew Wave入ってもいいのね。オールド・スクールなすべての音楽同様ね。

おそらく、昨日のみなさんと異なるところは、と言えば、とにかくおれは「変わり続けて」いるだけの話。いつだってスタイルではないPunk=New Waveの精神を持ち続けてるから今がある。変わる際にそのスピリットが後押ししてくれる、のね。部外者には大変分かりづらいね。いいのいいの。

こと音楽に関するならば、京都はセンスいい。おれ好み。一人でやりにいこかな、そんな気にもなる。

いい刺激になったな。ミンカとヒステリックス。また一緒にライヴやりたいなと思ったね。瞬間を生きる音楽って、それがそのスピリットの結果なのだが、おれもそのスピリットを持ち続けながらマージナルな領域を渡り歩きながらおのれの音楽を作ってきたし、、おそらくこれからもそこ、変わらない。スタイルは違えど、スピリットは同じ。対象が異なるというか常に変わり続けているだけ。おれのことだけど。

ワカ(北山和可氏)が呼んでくれた、と思う。この世からおさらばしても尚、おのれの思いが継承されていく、そんな、そこは教えなのかなあ、大したものだと思った。

若かりし頃のimageが散りばめられたVenueでのほんとにexcitin'な一夜だった。





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2017年04月27日

4.26

<ザ モルモッツ>
introduction
Squeeze me tenderly
自由のために
帰ってきたよ

<marutanikaz solo>
Leaozinho
Beleza pura
空/海
水蒸気
若い世代
Slow Moon's Rose
Fina Estampa

<すっぽんぽん'ズ>
日本の空にはウルトラマン
おもちゃは大切なもの雨の日は特に
よれたパンツ
気をつけてドラキュラ
先っちょマンボ

<Caorinho e Kaz>
曖昧な夜

Maria Bonita
Un Vestido y un Amor
I'll never fall in love again
折りたたまれた時間
コンドル1・イントロ
コンドル2
手品師の帽子
<encore>
Meia Lua Inteira

みんな、お疲れ様

久しぶりの
Caorinho e Kaz
堪能していただけたかと思う。

モルモッツの新展開もちょっと見えてきたね。

すっぽんぽん'ズ Aomiのギターも一皮剥けた。

お客の
少数精鋭ゲリラ第5部隊のみなさまにも
Muito Obrigado

p.s.

店長の怪我は「骨折」ではありませんでした。

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2017年04月19日

[Dois Vivo]

Music around marutanikaz vol.2
<マルタニカズ周辺の音楽>

4/26(Wed.)
at GANZ toitoitoi in 西天満

18:30 open/19:00 start
2800/3000w/o Drink

Caorinho 藤原 e マルタニカズ
[Dois Vivo]

すっぽんぽん'ズw/タク・サントス(tp)

ザ モルモッツ


Catering
por 
Todo O Mundo


​♀かわいこちゃんモルモットが加入した(マジか!?)「ザ モルモッツ」、サントスが参加する「すっぽんぽん'ズ」、そしてかおるちゃんとおれの[Dois Vivo]。

きっと「良い時間」になると思いますね。

[Dois Vivo]は久しぶり。今回は「たっぷり」時間あります。ゆっくり、ゆったり、たっぷりやる予定です。この2人でしか出来ないことってあるのね。今回はまるっきりの「We Alone」。二人で作った曲というのがこれまでに5曲ほどあり、それらはまあなんていうか、かなりいいのよ、これがまた。ご存知の方々には釈迦に説法ながらね。そんなものも混ぜつつ、「え、これ、おたくがうたわれますか?」みたいなサプライズもある。「え、これ、おたくがギター弾かはりますか?」as well。

攻守入れ替えて、みたいなこともやりますね。

今回はSentimiento '17でも、A Decade-IN FAKE・remakeでもなく、[Dois Vivo]。

是非、来てください!<マルタニカズ周辺の音楽・vol.2>

[Dois Vivo]=<お二人様ライヴ>。お待ちしてます。



posted by 浪速のCAETANO at 16:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

何も起こってなけりゃいいけどね

笑ってしまう。笑ってる場合ではないんだけど。その済し崩す速度に笑ってしまうし、そこに抵抗する手段も有効なものがない気がしてさ。

今度は「我が闘争」か。学校の先生も大変であるね。校長が極右だったりしたらそれ致命的だね。道徳・勅語・ヒットラー。

揺り戻しもあると思うんだけど、ただ法律というのは一旦できたらなかなか元には戻せない。種子・水。食のインフラにも手を突っ込んできてる。ニールヤングの宿敵モンサントはバイエルに吸収されたんじゃなかったかな。さて;


Music around marutanikaz vol.2
<マルタニカズ周辺の音楽>

4/26(Wed.)
at GANZ toitoitoi in 西天満

18:30 open/19:00 start
2800/3000

Caorinho 藤原 e マルタニカズ
[Dois Vivo]

すっぽんぽん'ズ

ザ モルモッツ

マルタニカズ w/ トモノシュウヘイ
[ex-A Decade-IN FAKE]

Catering
por 
Todo O Mundo



​一番攻撃しやすい「新月」の夜みたいだけどね。26日は。

おそらく状況も(いい方か悪い方かは?)変わってると思う。うーん、悪い方に一票という気もせんでもないが。







posted by 浪速のCAETANO at 14:44| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

すばらしい夜だったと思う

Music around marutanikaz、無事終了。今回はリアリイ無事。

いいライヴだった。来なかった方、残念でした。資本をバックに流通させられてる音楽「しか」知らない人をーおれは、不憫に思ってる。現場にいること、それもっとも贅沢なんだよね。

ミュージシャンは演奏が大好きなのね。彼らにとって人前で演奏すること、これは黄金なのね。おれは「自由に」していただくことが異常に多いディレクターでもあるが、自由と自由すぎる・の臨界点は、それがポップとして成り立つかどうかで判断する。そこにはおれの独断がある。偏見はないけど。

ジョン松平のエナジー溢れるライヴの最後の曲の時、妹から親父の訃報メールが届いた。まあ覚悟はしていたから動揺はなかったな。それからアンツ元木と久し振りの共演。かつてのギタリストと一緒にギターをひく。なんだかとっても楽しいんだね。4小節も過ぎると「かつての記憶」がお互い蘇ってきてるのがわかるのね。「おれの」ギタリストという意味でいうと、大槻鳥男、カオリーニョ藤原、アンツ元木、北村スーパーギタリスト。そんな変遷があり、いずれもおれより「ほんのちょいとだけ」上手いのだが、シロートにはほぼわからんが、だはは、元木ちゃんはその中でも最もオールドスクールなギタリスト。ただやはり、唯我独尊な状態より、挑発されたときのほうが「いい仕事」になる。ギタリストとしては。わかりやすい挑発ではないが、ギターのフレーズで挑発する、それにもれなく応えるといった久し振りの音楽的やりとり。楽しかったね。

店長とローディにだけは親父のことを告げて、おのれのバンドの演奏を始めるんだけども、今回は10曲中9曲composed by marutanikazである。

どんどん身体があったかくなって、演奏中、時々「あ、親父、死んだんだった」など思いつつ曲は進行していく。Sentimiento '17の調子もすこぶる良かったとおもう。間違えるとかはどうでもいいのね。That's Amateurism。

おれはいろんな音楽モードを持ってるけれど、今回はエレキギター一発のオトコであるから、そうなるとやっぱりギターを、ソロを弾くなんて時にもっともハートと直結する。弾いてる時は暴れつつ、であるからヴォーカルマイクから離れて何か言葉ではないことをわめきながら、親父のspiritに向けて生まれて初めてギターを弾いた。最初で最後、だろうね。いいタイミングで亡くなってくれたなあ、そう思う。そんな機会を与えてくれたおっさんに感謝していた。なかなか普段の会話ではお互い、照れもあり、フランクになれなかったりしたのだが、その時だけはおれの方からものすごく「アプローチ」してみた。エネルギーをギター、というか左手の指に込めて。ギターは80%左手で弾きます。

で、今、音楽をしている自分とみなさん(Sentimiento'17の)のその行為は「崇高」なそれであるなあ、と感じていた。音楽行為とは崇高なものだったね。何度かそんなことを感じたことがあったな、という記憶までもが蘇ってきた。

新自由主義からもっとも遠い行為。

何処かはわからないし、そんな場があるのかどうかもわからないが親父のspiritと一瞬でも触れ合えたのかどうかもまたわからないが、いろんな煩悩をはるかに超えたトポスへと行って帰ってきた、そんな印象を持った。疲労天国の16barsのソロ時、の話。

打ち上げで、そのことをもれなくみなさんにカムアウトして、バカ親父に向けて、献杯もしていただき、関係者のみなさん、ありがとうございました。

これから告別式。
posted by 浪速のCAETANO at 08:10| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

MUSIC around marutanikaz

MUSIC around marutanikaz
[マルタニカズ周辺の音楽]

Jan.20(Fri.)

@GANZ toitoitoi

18:30 open/19:00 start

ジョン松平とニューアマゾン

Asian Sonic Ensemble

マルタニカズ y Sentimiento '17

adv.2800/@door3000 
w/o drink

Catering by Todo O Mundo


2017しょっぱなのライヴは、
脱国境


奇しくもミルクマンが92年の
青山Cayでのライヴ映像をアップしてくれた
あんなライヴはもう出来ないと思うけれど
違うメンバーと
違う時代に
違う状況のもと
現在と過去をMixして「別のアジ」で演ってみたいな、
とは前々から思ってて、今回
岸健一郎くんと山藤卓実くんのInspirationから
実現の運びとなりました

ありがたい
持つべきものはいい後輩たち

去年は追悼ライヴをよくやった
なんか、イヤだね
そこに本人がいないんだからね
どうせなら生きてるうちに見に聴きに来てよ
去年強くそう思った

「生きてるうちが花なのよ
死んだらそれまでよ」
@鈴木清順


業界人たちがサル/イモ過ぎて
そのアタマ/センスの悪さゆえ
「理解」出来なかった
[脱国境音楽]
日本人全体にも言えたことですが
そんな、ずっと逆風吹き荒れる中
後輩たちの助けを借りて
ちょっとやってみる
後輩たちの理解力もかなり向上してる

むずかしそうに聞こえるかもしれませんが
ホントは「ひとなつっこい」
[脱国境音楽]
元はラテンアメリカをはじめとする地域の
Pop Musicだからね

ぜひ「改めて」聴きに来て

今回は
「A Decade-IN FAKE」
「SONNA BANANA」
「Parabola Spins」
を名乗ることは止めにしました

でも当時の曲も何曲か用意しています
ちょっとexciting

共演の
ニューアマゾン
アジアン ソニック アンサンブル
絶対チカラ入るはず
そこも楽しみ

メンツを大いにカブらせて
(サンちゃんなんか大変だけどね)
「あ、また出てる」かなんか
言いつつ、楽しんでいただければ

アジソニとも一曲演ります
(さて、何の曲を?)

今回のSentimiento'17のメンバーです
Xouちゃん(岩田) B.
伊丹くん Per.
さかもっちゃん Vl.
北村スーパーギタリスト G.
サンちゃん(サントス・山藤卓実)Tp.
ジョン(松平) Tb.
岸(健一郎) dr.
マルタニカズ Vo.G.

高瀬にも聴かせてあげたかった
純ちゃんも一緒に演りたかった












posted by 浪速のCAETANO at 13:18| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

Anticipating

風邪引きたくないのに、風邪引きそうだったから、店をパス。エロガッパ化したおっちゃん来てたらしいが、おれは夢の中@ that time。

ありがたいことに、1月は早起きがほとんどない。深夜型人間にシフト。だが2月は朝イチだらけの人生となる。面白いくらいに(別に面白くはないのだが)、9時にそこに居とけ、な人生となる。そこも京都市北部、大阪市東部と電車乗って、座って、寝てれば着く、という容易い経路ではなく、なんかめんどくさいのね、乗り換え。始発で余裕で座って終点まで、そんなのが好み。そんなものは、ない。

なかなか大変、おれにしては。そんなことしたことがほとんどないから。6時起きであるね。睡眠もなんとなく浅くなる。それが連チャン。生きてるだろうか?親父「抜いたり」して、だはは。

まあ、どっちでもええわ。おのれのキャパをちょっと確認してみたい。

今はまだ正月モードのローギア加速前である。

ライヴが迫ってきた。本日最終のリハだけど。みなさん、売れっ子故、今回もまた当日まで全員参加のリハはできなかった。まあプラグマティックにいくとするなら、譜面と各自へのメッセージでなんとかなるはず。まあ、かつてのやや右翼的とも言える一体感など必要ないのかな、という気もするが、それがあると、plus αも大きいことはよく知ってる。そのplus αの大きさはただしかし、予測できない。こうすればそうなる、という類のものではない。今のバンドは右翼的(やや)な状態でのそれではなく、各人が個人的におのれの中で曲を成熟させる、そんなやり方となる。まあそれも実験。すべて、が実験。それがおれの「適応」だったりする。

実験は、可能性を見せてくれることもあるから、そして既成の状況が必ずしもベストとは限らないから。おれは「実験くん」でもあった。すっぽんぽん'ズの録音しかり。ライヴしかり。実験にはある程度のキャリアが要る。

そのバンドのオリジナルメンバーが「一人も」いない状態、そこに意味がある、と思う。思ってる。曲が、その時を「待ってた」んだからね。おれのこと、よく知ってる人ならその曲の存在はわかっていると思うが、「珍しい」曲もやりますよ。

MUSIC
around
Marutani Kaz

マルタニカズ周辺の音楽

1/20(金)

19:00START









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2017年01月02日

速すぎて早すぎたもの

Feliz Ano Novo ! と言いたいところながら、うーん、とりあえず、やっぱ言おう、Feliz Ano Novo!

年末に、1日潰れたおかげで大晦日がバタバタ。おせちは元旦に仕上げていた。12…18時間ズレるのね、一般とね。NY or London時間な正月であるな。

年越しは今回も「すっぽんぽん'ズ」と。GANZから戻って、店で「Starman」の間に明けていた。Let all the children boogieとか言ってる間に。

もう論理的にはmuch worseしかあり得ないのだけど、それでもこの一年が「未だ」blackboxであるとおもっておきたいそんな時間帯である。ちょっとした「抵抗」。身体を精神を休める。大晦日・元旦ともに店長との喧嘩もなし。

さて、ミルクマンが映像をアップしてくれている。1992年4月というから25年前のものになるなあ。Sonna Banana(aka A Decade-IN FAKE、Parabola Spins)時代の映像は「腐るほど」ある。メンツもいろいろ変遷して、それぞれの時代のピークな映像も当然ある。ただそれをおのれでアップする気力に欠けていて、ほらおれは現在進行形のオトコであるからなのだが、おそらく、で、ちゃんとした映像が見れないというミュージシャンだったのだけど、今回のミルクマンの映像は、青山CAYでのもの。パラノイアなんかの時期とカブる。S-Kenにいさん主催のカメレオン・ナイトの常連だった頃。「大阪が世界に誇るSonna Banana@Pilipili」の頃。

北林純(dr)友野周平(b)カオリーニョ藤原(g)のリズム隊にHONZI(vl)にシーラD(cho,per,dance)、永田(tp),川口(tb),川越(Sax)の亜熱帯ホーンズにフロントのミルクマン(tp)そしてバブルガムに行ってた小坂(tb)それにおれ、の11人。それぞれがものすごい高度なことを北林純の高速パンキーズークに乗って遂行してるね。

エンジニアは当然<ZAK>。

北林・友野・カオルのリズム隊はもう「シャープ」なんて言葉が通用しないほどの、キレ方。HONZIも、東京行く前で、一生懸命やってて、師匠がおれであることがよく分かる。当時、これだけのことやらされてたら「なんも怖くないよね」東京のミュージシャンごとき。彼女のベースが「ここ」にあった、というエヴィデンス。そしてシーラはすごくsexyかつcuteでした、やっぱり。

25年経てば2人ぐらいは死んじゃう。

速すぎたし早すぎた。しかし、あそこにいたミュージシャン、おれと共にステージ上にいたミュージシャンを誇りに思う。すごい音楽と一口に言おうと思えば言えるけれど、そういう他人の音楽を聴いてもさほどコーフンしないのは、あの現場にいたからなんだよね。まあ、わかる人にしかわからんのだろうけれど。楽器ができる人間なら、あの凄さはちょいとぐらいはわかるかもね。Sentimiento'17のひとたちにも是非体験していただきたい。惜しむらくはおれの声の調子がイマイチなことかな。だけど、ギターはカッコいいよ、マジで。

youtube、marutani kazでどーぞ。






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2016年12月29日

来年はここから

Music around
Marutani Kaz

​(マルタニカズ周辺の音楽)

1/20/'17(Fri.)

@GANZ toitoitoi

<演る人たち>

ジョン松平とニューアマゾン

Asian Sonic Emsemble

マルタニカズ y Sentimiento '17

Open 18:30 / Start  19:00

adv.2800円 /@door 3000円





脱国境音楽家ex-A Decade-IN FAKEex-Sonna Bananaex-Parabola SpinsCVS Cowboysザモルモッツすっぽんぽん'ズ浪速のカエターノchachachapunky-zoukcubamerenguesocasambasonhowmusicworks南部を目指せpop脱国境音楽家again





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2016年09月22日

@絵本カフェholoholo

10月・11月と仕事が立て込んでいて、あとTranslationも佳境に入ってくるため、意外に明日が2016の演り納めのような気がしている。

店で(Todo O Mundo)でやれなくなっちゃったのが辛いね。となりのクソババア!ババアのくせに「過敏」。リアルくそ土人である。土人は言葉通じないからね。正月前後に来る親戚が、ほら「土人の子は土人」なわけで、当たり前だが、なんか毎年「使命感」に溢れてトドムンドの年越しライヴを「阻止」しようと壁のすぐ向こうで「構えている」。土人のオヤジが聞き耳立てて拳を握りしめているところを想像すると30分ほど笑い転げれそうだが、こういうのって店の慣例が奪われるわけで、その土人一族どないしたろか?!ということなのだった。最近はマイクなしでも、おれのウィーン少年合唱団のような澄んだソプラノが聞こえただけで「ガンガン」と来やがる。土人なのに過敏。土人で過敏。過敏な土人。語呂がいいから、ちょっと面白くなってるが、ちがうちがう。

そんなご近所的不幸を内包しつつ営業しているわけで、それが、なーんか、勢いなくすよね。ホンマ死んでいただきたい。あーゆっちゃった〜。

この辺にはusual attitude。


そんなわけで、暫定・本年最後ライヴは明日「絵本カフェholoholo」にて、です。リンクを貼っておきます。


http://yaplog.jp/holo_holo/archive/3846

伊・仏・伯・葡・亜・秘・墨・米・愛・蘇などからの曲に加え、タワー、青い、、コンド、、、などを演ろうと思ってます。今HONZIがいたら後ろで弾きたがるだろうね。「弾きすぎんなよ」かなんか、おれから言われつつも弾きすぎてしまうヤツでした。今だったら違うかな?


ではみなさまの今年残りの佳き人生を(inc.土人)祈りつつ、今年のそっち方面の早めの仕事納めを。

happy new year!はさすがに時期尚早ですね、だはは。















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2016年09月17日

半クラから動き出し

昨夜は打ち上げもせずにさっさと帰る。
今日、朝から仕事だったからだ。それだ終わってやっと帰宅。これから約3/4日ほどFREE TIMEだ。あーながかった。

昨日は朝から純ちゃんの法事、お坊さん、純ちゃん同級生であった。真言宗。ほーあんたもそうだったの?石橋、真言宗多いんだよね。そこから、阪急の小林一三記念館の雅俗山荘でお食事会。上品なヌーベル・キュイジーヌ(いわゆる)でビール・白・赤と進んでしまい、夜のライヴに暗雲立ち込める。

帰ってきたら14:20だった。出発までもう30分。急いで準備をして店長とタクシーに乗る。

全然違う人々とA Decade-IN FAKE〜Son na Banana〜Parabola Spinsを演奏する。ちょっとコーフンするわけだった。ただしここでも、人が揃って余裕を持ってサウンドチェックを、、、というわけにもいかない。皆さんお揃いになったのは17:30回ってた。おいおい、openって18:00だぜ。

サブタイトルが「純ちゃん一周忌」だしね。ソロ・パートでa little somethingを演る。よく、やったね、2人でね。今回は岸・伊丹リズムチームと北村先生と。

その後、キングちゃん、そしてA Decade-IN FAKEの再現、それの初動、というと手続きが面倒くさそうに聞こえるかもしれないが、やっぱり手順はいるのね。なんでかと言えば、おれ本体と新しい人たちということだからかな、やっぱし。1から作り上げるんじゃなく、今は譜面があるからコミュニケーションは相当楽である。だが、以前は譜面などなく(書く気もなく)、現場のアレンジ(閃き・主におれ)、それに対するやや理論的な反応(主に純ちゃん、ときにかおるちゃん)とで曲を仕上げていってたね。おれの書く曲はだいたい16chでもう既に「鳴ってる」のでおよそその原・曲に近いものになるのだけど、今後もrevisionといいますかmodeficationといいますか、そんなものがみなさんから出てきたら嬉しいな、と思ったね。風通しだけは良くしときたい。

「初動」としてはまあまあ。みなさんの潜在能力を考えると、展開も見えてきた気がしてる。早く名実ともに「A Decade-IN FAKE」を再度名乗れるようにしたい。

関係各位。きてくれた方々、ありがとね。また、近いうちに。曲増やして100人呼んで2時間ライヴやりましょう。












posted by 浪速のCAETANO at 18:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

メールが届かなかった貴方へ

Jornal de Rafflesia  2016秋の初め頃

Bom Dia.

さて、凶暴な今年の夏も終わってやっと9月。かなり過ごしやすくなりました。来週は十五夜ね。晴れればいいですが。

来週・再来週と週末(金曜日)にライヴがあります。だから、お知らせ。

パーソナルな事なんですが、9月というのは全国的に死者を意識する8月に続いて、もひとつ身近な死者のことを考える月になってしまいました。いやあ、しかし、こればっかりは受け入れるしかないから。純ちゃんがあっち行っちゃってもう一年。早いなあ。時間の加速はとどまる事を知らない。あっという間におれたちの寿命も尽きる事でしょう。かと言って明日寿命が尽きるわけではないといった「う〜ん、どっちやねん、もうっ!」いや、まぢで。

その2日はあっち行っちゃった人の事を偲びつつも、ただそれだけじゃ彼らも浮かばれない。どちらも立派な人間とはよう言わんがカッコいいミュージシャンではあった、確かに。ちょっと生産的にやろうよと思ってね。過去を向く事は悪い事じゃないの。おれたちだってもう未来への期待なんかより過去のノスタルジアのレイヤーの方が分厚い。過去のやり残しに手をつける事は生産的なのね。逆説的ながら。後ろを向く事、それと前へ向かう逆方向の不可逆でもある時間の流れの両ヴェクトルの合力がとんでもないところへ飛び火しないかな、そんな事を思いつつ。


Beyond mad dog "JUN"  Kitabayashi Jun 一周忌

9/16(Fri.)@GANZ toitoitoi  18:00open/19:00start  2500/3000(w/o drink)

King 堀内/岩田晶/伊丹正典/友野周平/山藤卓実/岸健一郎/北村嘉章/マルタニカズ&others

Catering by Todo O Mundo


HONZIに聴いてもらいたい歌

9.23(Fri.)@絵本カフェ holoholo  19:00open/19:30start

前売り予約2800+オーダー/当日3300+オーダー

みっち/田島隆/マルタニカズ            みっちは「ハシケン」のお姉さん

大阪市浪速区難波中2-7-25
予約/お問い合わせ
TEL06-4396-8778  mail  holoholo@vivid.ocn.ne.jp

10/5のCaetano Veloso大阪公演の予習を浪速のカエターノで、なんて。


今年の暑さは「いいSentimiento」へのいいエネルギー供給にもなったと思います。Sentimientoはブドウの当たり年現象に近いね。

16日のライヴはA Decade-IN FAKE〜Son na Banana〜Parabola Spins再生への初動です。北林純にもHONZIにもいい供養になると思います。

今年のSentimientoお披露目は秋深い時期に。


marutanikaz


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2016年09月07日

Malavoiよりはじめて

Malavoiを聞きながら。カッサヴよりMalavoiだったな。なんのこっちゃわからんと思うけど。

見に行ったな。シーラとヨメと3人で最前列で踊ってたね。マルティニーク・グアドループは仏領である。海外県という位置付けになってたかと思う。ん?違ったかな。それはReunion島か。終わってから、vlチームとヨメに通訳してもらってちょっと話をした。「カリブの音楽にぞっこんであること」「(あなたたちの)zoukが最高だ」「公務員ってホント?」みたいな戯言だったけれど。ライヴはもう文句なしに素晴らしかった。さいきん「素晴らしい」は安売りされてるが、プロパーの「素晴らしい」。1989年のことだった。

今聴いてるのはZenithでのライヴだね。PCほとんど開けないが、みなさんに曲を送るという作業、これはタブレットではできないから、ご老体に鞭打っていただくわけね。いつお亡くなりになるか、、、。

その頃は乗ってたからね。状況も面白かった。93年にはSocaのスーパースターDavid Rudderがやってくる。共演したのは、、、、おれでした。しかもカオルちゃんダブル・ブッキングでおらんかった。元木ちゃん急遽入れておれのパートをやらせて、おれがカオルパートのギター弾きまくった。トロピカル・ギターね。まだA Decade-IN FAKEだね。いや違う。Son na Bananaだな。トリニダードトバゴに来ないか、なんか、言われたね。その前の年がJohney PachecoにLos Besinosとの共演だからね。富士通カリビアン・カー二ヴァル。当時は企業はまだお金たっぷりあったんだね。楽しかったな。

そんなバンドは日本に二つとなかったから、TEXTのないことをやるのが楽しかった。当時はスカ、レゲエがなんといっても、そっち系では主流で、「ケッ、イモめ!」とおれなんかは思ってましたが、そのイモたち、スターダムの遥か彼方に行っちゃったが。だはは。欣ちゃん、元気ですか?

思うに、日本ってやっぱりイナカモンの国だから、dbみたいな立ち位置のためのスペースがないのね。ハイブロウなものが存在すんのってやっぱりちょっと難しい。当時はまだそんなことわからずに、ホント「どうなるか?」と期待もしたんだけど、時期尚早と、やっぱりべったりした日本語から老いも若きも離れられなかったね。

まあ、ちょっと時間かけて、25年前の熱狂の極大値を再現したいなと。プレイヤーをコンパチブルにして、ここはSENTIMIENTO方式で。

毎回アレンジ違ってそれでいいからね。季節に一回or半年に一回ぐらいはやりたいね。その第一ステップの半分の半分ぐらいかな、今回は。初動ってそんなもん。


9.16(金)@Ganz

9.23(金)@絵本カフェholoholo。




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2016年08月28日

純ちゃんの一周忌に(夏がヴェランダから終わりかける頃)

そろそろ8月が終わる。なんか長かったなあ、との印象。異なる質のヴァラエティがこの夏を長く感じさせたな、と思う。暑さも大概だった。
さて、9月になると、純ちゃんの命日が来る。この一年、重なってしまった偶然の不幸でかなりfelt depressedだった。何かやろうと思っても気持ちが「中折れ」するというか、ね。どんどん目に見えて悪くなる社会のこともそれに拍車をかける。そうなると、死者を羨ましく思ったり、死者に当たったり、死者は何もダイレクトには答えてくれないが、別の場面で交わした会話がある時ふと思い出され、その言葉の根拠やその先にあるものを考えさせてくれたこともあった。「死者は依然死者ではない」ことの証であるんだけどね。

純ちゃんとはA Decade-IN FAKE、Sonna Banana、Parabola Spins、the Vibrators、Convenience Store Cowboysといろんな形態のバンドをやってきたが、そこでかつて共有したテクニカルなこと、あとスピリッツ、そんなものは人が変わっても再現するべきだと思うし、再現できるのではないか。まったく同じものはできないにせよ。そこは変化することに何の危惧もないからいいのね。

いつだって過去のやり残しの中にしかヒントはなく、というか新しい出会い(ヒト/モノ問わず)が必ず再帰的要素を含むということもあって、後ろ向きに思いっ切り進路を取ってみるというのも時間の進行が真逆であるためにその力加減によって変な方向に行かないかな、そこで新しい地平の蜃気楼でも見えないかな、など思っている。

Going backward leads us a weird place.

純ちゃんが亡くなってから、ものすごく逆説的ながら、A Decade-IN FAKE、Sonna Banana、Parabola Spins、の再現を、まあ形を変えてですが、考えていて、それはオノレの熱狂の「極大値」がやっぱりそこにあったからなんだけど、おれは音楽的早漏だったこともあり、あの斬新さをもう一度今の人々に「当てて」みたら「どうなる?」という興味・関心があって、まあ簡単に「世界のリズム」とは言うんだけど、もちろんPOPのなかでという意味だけどね、今回はメレンゲぐらいから再獲得していこうかなと思ってる。

形態はSentimiento'16のカタチ。今回も「空いてる人」で構成しるんだけど、まあ、そうは言うてもなかなかゴージャスかも知らんね。

岩田Xou(B)、岸健一郎(Per)、伊丹正典(Per)、北村嘉章(G)、山藤卓実(Tp)。コンボだけど、コンボにはコンボの良さがある。音分厚かったらええっちゅうもんでもない。

純ちゃんの一周忌に「かこつけて」A Decade-IN FAKE、Sonna Banana、Parabola Spins、の再現の前哨戦をやろうということかな。おっちゃんもきっと喜ぶと思う。

共演は、純ちゃんとは切っても切れない「キング堀内」。キングちゃんはブルーズ・サーキットの中ではもう押しも押されぬSTATUSになったみたい。おれにギター弾かしてくれんかな。

盟友2名で純ちゃんの一周忌に。あとかおるちゃんおったらよかったんだけど、結果、この方が後ろに行ってるみたいで変なとこ行く蓋然性。

純ちゃん亡くなって、高瀬も亡くなって、松さんも、WONも、でだいぶ弱ってたけども、ちょっと動き出そうかな、そろそろ、という夏がヴェランダから終わりかけた頃のちっちゃなマニフェスト。









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2016年08月19日

Live in September

来たる9・16、純ちゃんの一周忌で、純ちゃんママのケアのことばっかり気になってて、というのはバカ高瀬が続いて逝っちゃってそこからいろんなことがガタガタになりまして、ケアするつもりができてなかったことによるんだが、その日、ごはんでも行こうという話になっていて、そうしようそうしようと言っていて、そんな時、河村(@Ganz)から電話があって「9・16早くタイトルとか時間とかくださいよう。あと時間と出演者」最初なにゆうとんねん、とか思ってたが、実に今年の1月、純ちゃん追悼の日。そんな約束してた。

それから友人のお亡くなりラッシュが始まったわけで、おれが忘れるのもしょうがない。

ま、いいや、やるよ。まあ、でも、もうプレイヤーたち、みんなうまってるだろうなあと思い、それでも一応、なんか、たまたまヒマってやつおらんかなと連絡してみるが、相対的若手はみなさん、仕事詰まってて、大御所の方しか残っとらん、とこういう言い方、正しいのかどうかわからんが、現実に残ってなかった。

キングちゃんが空いてて、Xouちゃんが空いてて、あと岸とスーパーギタリストが本番行けて、plus誰かおった?みたいな状況ですが、やる。

そういうわけで、9月ライヴあります。


9.16(金)

Beyond "Mad dog JUN"@GANZ toitoitoi

18:00/19:00
2500/3000円

キング堀内/マルタニカズ/岩田 晶/
岸健一郎/北村嘉章/山藤卓実/伊丹正典
&others

9.23(金)

Honziに聞いてもらいたい歌@絵本カフェholoholo(やったかな?)

みっち/タンバリン博士/マルタニカズ

みっちさんは「ハシケンの姉」です。

honzi memorialですね。











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2016年03月21日

Fandango スタッフたちと

「当たり前にある日常のありがたさを胸に、僕たちはグラウンドにたちます」

センバツ初日のヒモトくん(小豆島高校)の選手宣誓より引かせていただく。

過疎化と少子化により高校が統合されることを言ってる。が、その潜在意識はもっと底流にまで達しているんじゃないかな、そう思う。

震災のことも頭にあっただろうが、もっと深いところ。人為的なこと。

「戦前」が匂ったけどね。


高瀬パパの忘れ物を届けに園田まで。最後に線香をあげ、高瀬のキッタ酒店での残り物の焼酎を分けて飲んで、また会いましょう、と。

彼と大阪を繋ぐものがこれでなくなる。


その後、「Fandango 同窓会」。

いや、なんて言うかなあ。来年30周年というから1987か。おれもまだ20sだもんね。ほどんどドシロートのスタッフとバンドで作り上げたあの現場。特に最初の5年。あの熱。

PILIPILIの追悼やしいちゃんのおかあさんの追悼で顔をあわせるキーのメンツに加えて、昨日は懐かしい顔がいっぱいおったなあ。みんな元気で良かった。ひとり一晩Todo O Mundoに呼んで飲み明かしたいよ。

現役組も早めに閉めて合流して、まあ鶴一とも話して誤解も解けたと信じる。またやらせていただくよ。k子ちゃん、いなかったのも良かったね。あのク●おんな、ね。

あの時代のあの場所、いったいなんやったんでしょう。解明して記しときたい、という話もした。ドシロートなりの先例のないtextもない中の、無謀な突破力なんだろうけど、おそらく。だから業界っぽいスタッフの参入でパワーダウンしたもんね。先の高校球児の言葉ではないが、当たり前のものはその当たり前さが無垢な分、経済システムの横槍にもろい。

なんかさ、コンサルであるとか、SEOであるとか、そんなものがすぐ後ろを追っかけて来てた時代でもあった。

しかし、あんだけの現役・旧スタッフが集まって、しかも嫌なヤツは来ない、それはヤツらにとってあそこが「栄光」である証拠。きれいなままで残ってるのね。みんなそれなりにおっさんおばはんなっとるが、あそこをあの「時」を回復したいんだよね。特に「離れた」やつはね。

ちょっと思うのだが、可能性ないのかなあ?まだ微かに残ってるんじゃないかなあ?と、ナイーヴなふりをしたくもなるっちゅうもんよ。

いや、やられっぱなしもあかんで。

クワトロやミューズもハコとしての完成度は高かったが、やっぱりあの時代はFandangoが一番。サブがサンホール。当時はよく東京のバンドと東京でも大阪でも対バンさせられてたが「A DECADE-IN FAKEはFandangoで見ないと」というのが定まった意見だった。BODYとかカーリーショッケールとかほとんどケンカ腰だった。しかし、それが面白かったな。サルサ・ロックにルムバ・ロックにファンク。そんな音楽的実験もふつうに出来てた。

両脇にシーラと岩崎その横にHONZIとカオリーニョ藤原、うしろに友野とキタバヤシジュン、そして亜熱帯ホーンズを従えてパンキーズークのビートからおれの渾身の「赤道太郎」のイントロで始まるあのノンストップ3時間ライヴ。その手触りって言うの?そんなものがすこし蘇ってきたね。できないかな?「光合成All Stars」みたいなライヴも。

こんなこと思うのってそれを知ってるヤツらばっかりと昨夜いたからだろうか?




















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2016年02月16日

カエターノにバカラック

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2016年01月20日

週末は純ちゃんgrand追悼

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2016年01月13日

dias sem 'ziggystardust'

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2015年12月20日

一人格分・終了。

舞洲。2015最終ちゃんとしたライヴ。

<S.List>

きみの巻き毛の下で

サンバがサンバであるからには

若い世代

Casa Portoguesa

I'll never fall in love again

折りたたまれた時間

Si vous passez pas la

<intermission>

青のルムバ

Beleza Pura

Day Dream Believer

粋な男

Happy Christmas(War is over)

Ju suis veni tu dire ………

Magamarabares

らくだの夢


いい選曲。

誰もこんだろうと思って油断してたら、ヒゲ&拓坊がきてくれた。

cubeはオケ使うとやっぱり限界感じる。

牡蠣うまかった。10個は食ったと思う。ライヴ前に酒だいぶ飲んでたが、このライヴのために来たよ、と言うおっちゃん、おばちゃんがいて俄然気合が入る。

来年はこの1人のセットで、関西の小さな店を回ろう。バンドはバンドで。本当なら純ちゃんとやりたかった、と言うかやってたけどね。

おれ内ゲリラ活動、みたいなものだなと思う。もっともミニマルな形。最小形でないとできないこともあるんだね。おのれの修行という意味もある。

さて、おれの、というか音楽する者としてのおれですが、その2015は終わってしまった。

2016は「GuerraのAno」である。そこでどうおれの音楽は変容するのか、しないのか?興味がなくもない。

人生は実験。おれもきみもあなたもモルモット。
















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2015年12月17日

追悼vol.2を終えて

今年の4月の純ちゃん最後のGANZでの演奏が残っていて、それを聞きながらsettingをしていたら、「あのスネアの音」にやられて絶望的になってた。

今となっては望むべくもないがもっと鼓膜を痛めて欲しかった。

ないものねだり。

存在の不在を確かめるようにライヴは進行し、なかなかおれにとっては「酷」なことながらもひとつひとつ確認せざるをえず、それは混乱ということでもなく、諦観に近いかな、どちらかというと、その中での「次の」可能性を探すといった習い性をややおのれで疎ましく思った。号泣してしまえばそれでキミは自由になれるじゃないか。またまた何かをうしなうけどさ。そう囁くもう1人の自分もいて、しかし、なかなかオノレのプライドはそれを許さんのね。

そういうことがあるから「生きて行ける」んだな。

諦観と言ったが、その中での「茫然」とする自分もいて、まあ店帰ってからは泣いとったが。

ルーティンの一種かな。

彼の場合、普段そんなに会ってなかったし、リハとライヴだけと言っても過言ではないほどで、だから死んだというよりどこか遠いとこへ行っちゃった、そんな印象なんだね。

死ぬ前日も、死ぬというよりおれの印象というなら「なにか別のものになる過程」。大きな環境がその背景にはある。ちょっと変な話に聞こえるかもしれないが「向こうからこっちが見える」のではないか?そうも思った。変な話でごめんちゃい、だが、まことに。

こちらの世界の相対化とかそんなこと。

変な話ついでに;

昨日、リハ中にこの時期に何故か、蝶々がおれの目の前にひらひらと舞い降りてきた。ん、なんだ?と思いつつも練習不足ゆえ、その後も何もなかったようにリハは続いたのだが、そのあとで、かんのさん(acc.)が
「蝶々降りてきてましたね、北林さんかも」なーんて言うから、「え、見た?」とそんな話になって。その場所ってのがおれの目の前だったから、「うーん」と色々考えたのだった。

目撃者2名。一名ではないところに話の妙味がある。

こういう「見る」のは女性であるよね。

梅雨明け夏のカミを92年富士通カリビアンカーニヴァルのステージ上で見たのも、おれとシーラ。

あんた、おったんかい、なんて気にもなる。そういうことを信じることが「そないファンタジックでもない」気が今日はしてます。

GRAN追悼は年明け1・23です。


それからこの土曜日、舞洲のロッジ舞洲、牡蠣小屋にて「脱国境音楽家=浪速のカエターノ=マルタニカズ」今年やり納めライヴがあります。

牡蠣食いつつ、ワイン飲みつつ、綺麗なイルミネーションをバックに世界音楽を演ります。小一時間。昨日、かわいい女子が「目を瞑って聴いてたら世界のいろんなとこ行けました」なんて嬉しいことを言ってくれてた。おれの名前だしていただいたら入場料は要らんらしいです、just500yenだけどね。

そんなことみたいよ。現実に負けずに生きていきましょう。









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2015年12月03日

adieux

Adieux, "mad dog JUN" <狂気の天才ドラマー・北林純を送る夜>

Vol.2
date: 12.16(wed.) 19:00open/19:30start
venue: GANZ toi×3
senders-off(casts):  Sentimiento'15・ザ モルモッツ・ターボー&muniels・すっぽんぽん'ズaomi・マルタニカズ
adv/dor  \2500/2800(w/o drink)

Vol.3
date: 1.23(sat.) 18:00open/18:30start
venue: GANZ toi×3
senders-off(casts): カオリーニョ藤原・キング堀内・ヰモリ・Sentimiento'16・すっぽんぽん'ズaomi・Convenience Store COWBOYS・マルタニカズ & others
adv/dor  \2800/3000(w/o drink)

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2015年09月22日

DAY 3

純ちゃんの供養と思ってやっている。

昨日のフラミンゴは「完璧」なライヴ。完璧とおれが言うんだから、完璧。でも、なんでそんなとき、人口密度低いかね?

いやでも、そういった不満=煩悩でもあるわけで、そういうものを「超えたい」よね。環境に左右されちゃいけない。

本日はご近所FINAL、天三の「てんてん」です。18:00と「早目」です。本日も坂本卓也くん(Vl)と、なんと「すっぽんぽん'ズ」もいます。

chargeも1000円とお安い。「浪速のカエターノ=マルタニカズの脱国境音楽の世界」へ是非。まあこれを読んで、予定を変えることもないとは思えますが、もしかして今日は「シルヴァリィ・ウイークのエアポケット」であるなんて方は「天三・てんてん」へ。CU There!


今日はちょっと暑いかもね。でも「暑さ寒さも彼岸まで」であるわけで夜になれば十分過ごしやすい。最近、この数日夜空を見上げること、多い。「名月」に至るまでの「上弦〜半月」と月が「育っていって」ます。先週の土曜なんて「これぞ上弦の月」といえるような先っちょの尖り。素晴らしかった。お満月だけではないよね。


安保法制の成立と同時に明らかになった「立憲政治」の死亡と盟友の死が同時に訪れたおれですが、ヒトに関してなら「死ぬまで生きる」でいいのよな、でも制度は違う。自分以外を自然に含むからだ。死んだものも、だから、理論上生き返らせることもできる。

共産党の提案、ものすごく検討に値すると思う。と言うか、「そこ」にしか希望はないのではないかな。大義名分は選挙によってしか成立しない。デモを否定してるんではないよ。それらの終着点が選挙、ということね。衆参同日選が願わしい。

ただ、首相は「その前」に仕掛けてくるよ。そこで国民が「揺れ」なければ希望は継続するでしょう。


さて、ミュージシャン3連チャンのDAY3。自分でよくわかるけど「充実」してる。おれは思うのだけど、1人の人間の消滅はその人の持ってた「技術」の喪失で、だから人はみんな「無形文化財」のなのだが、キタバヤシジュンのタイトなドラムだけじゃなく、曲に合わせて使う「ブラシ」の技術やエンディングに向かって180km/hほどまでも「ともに加速する」あの快感とか、その際の抜きつ抜かれつの攻防とかね、そのようなものまで失われてしまうわけですね。

まるで同様なことですが、おれの節回し、高音、ファルセット、低音、アルペジオの技術、高速アルペジオ、かっこいいストローク、スコットランド奏法、そんなものも肉体の消滅とともに消えて無くなる。生きてるうちに聴きに来といてね。

よ  ろ   し  く。

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2015年09月21日

DAY2

中津の店の周年週間で5DAYSというのは過去にあったなあ。

久しぶりの3DAYSのDAY2、今日はフラット・フラミンゴ。坂本卓也くんのvl.と一部やることにしました。今、しました。

自転車操業なので。

昨日は中津商店街内、広義の中津人民10人ほどplus妙齢single(一部未確認)女子3名でいっぱいいっぱいのお座敷ライヴ。0歳〜推定年齢70歳の中津ならではの、だった。

酸欠なりかけたね。参加型、悪くないね。全30曲。

今日はお客がやや心配だけど、まあ3DAYSには「そんな」日もあるね。

今日はキタバヤシジュンの供養のつもりで。

おひまなら来てよね。




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2015年09月20日

Day 1

本日はご近所ツアーの中でも「スーパーご近所」の、学者くんのやってる「ぱぶり家」というパブリック・スペースでのライヴです。

信じられないcharge・\ 500です。ワンコイン。ご近所ならではの地域共同体価格。物事には「初日・中日・千秋楽」とあんのよね。

終わったらみなさんを拉致して「Todo O Mundo」へ雪崩れ込む手はずに。
今日は店長、維新派に行っているから、鉄板はなし(おれ怖い)。でも、ビール煮と焼きたてのキッシュはあります。

みなさん、ラク〜にwelcome!
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2015年09月17日

キタバヤシジュンが、、、

癌の人間のお袋さんから電話かかってくると、「緊張とイヤな感じ」が同時にやってくる。そしてその電話は取らざるを得ない。

今日・明日という「見立て」らしい。看護師に言わせると「今日」らしい。

学年は2年差だがおれは3月、彼は4月、まる3歳違う。だからいま「還暦」のはずである。還暦=厄年だからね。最後の厄かな。最後でひっかかったな。

北林純がいたから、マルタニカズの音楽はあった。ジャンルをかるーく跳び越える音楽。80s〜90sにそんなことやってるやつなんていなかった。他の誰からよりも刺激をもらった。35年になるかな。お互い天才同士。言わんでも分かるんだからしゃーないよな。また、おれの理解者がいなくなる。とことん孤独になりなさい、ということなのかい?あるいはHONZIが待ってるからそんなに急ぐのか、純ちゃん。

いつ連絡が入るかわかんないから予習しもって起きてるけど、でもさすがに明日だけはおれの唯一の「激務」なので、携帯ベッドの電源で充電するわ。

日が3日経ち水曜の朝、純ちゃんは特に苦しむこともなく逝った、とその夕方、おかあさんと奥さんに聞かされた。月曜にお邪魔して、手を握り、おれと純ちゃんの「作品」である「パンキー・ズーク」のビートを両手に伝えていた。最初キョトンとしていたが、そのうち目が座ってきた。もう表情もさほどヴァリエーションもないのだけど、よくよく考えるなら、おれはずっと彼とは「ビート」で会話してきたのだった。フルセットのドラムがもっとも頻度高かったが、ジャンベやティンバレスの時もあった。35年間一緒にやってきたが、お互いプライヴェートのことはほとんど話さなかった。音楽のことしか話さなかった、と言ってもいい。ビートで会話すること、最後にそれをやれてよかったと思う。

ただ、もう死ぬほどおれは辛いが、いつかはこうなることもわかっていた。逆だったらどうなのだろうか?よくわからない。しかし、稀代の天才ドラマーと言うか「ビート クリエーター」と一緒に音楽をやれてよかった。いろいろ思い出はある。また落ち着いたら書こうと思う。



おれたちの歳って社会的にはおっさんだがガン細胞的にはやっぱりまだワカモノっちゅうことやな、とを改めて実感する。

人が死ぬ時、周囲の人間には時系列における分水嶺がある。おれも何人・何匹と見送ってきたが、行かないでほしい、おれを置いて逝かないで、という気持ちが先に立つ。その喪失の予感はヒトを狂わすに充分なイムパクトを持つ。自分にとってそこに有り、それがオノレのベースを作っているもの、広い意味でのやっぱり「依存」なのだと思うが、依存というにはこちらももっと意識をして場を彼・彼女に「空けた」わけで、それは例えて言うなら、家事・料理が好きな男がいて、しかしそれよりもずっと料理の上手い女と住むようになり、しかしいつの日かその女がいなくなった時に、何もできない自分を発見するようなものである。料理の話とは違うが、おれも前の奥さんとの間でそんなことがあった。担当の問題なんだよね。担当外れたことに関してはどんどん疎くなっていく。その分担当の特化がなされるのだが。

その段階から、それは経緯はどうあれその瞬間には極めてエゴイスティックなことだとおもうが、もうひとつ進むと、行く・逝く、彼・彼女の身になって考えることができるようになる。まあ、生きてるのと死ぬのでは少し違うが、。生きたままで別れるのはやはりある種の生臭さが伴うが。まあこれは生きてる証でもあるけど。死にゆく者たちにたいしてはそこから、オノレのエゴが、潮が引くように消えていく。彼・彼女の生の終焉を見守る、そんな態度が生まれてくる。これまでの経験から言うなら死と生は分かち難く、死は生の行き着く先でもあり、目標でもあるってこと。もっと言うならおれたちは「死ぬために生きている」ということなのだ。だから良き死は良き生と同格でただし死は生をタイムライン的には「上塗り」することができるBIG EVENTであるから、そこ良き生を生きた人はその等価として、そうじゃない人ならそれを大きく覆えすものとしての「死」があるべきだと思うのだ。

しかし、びんぼうにんには、そういう濃密な時間を創り出すことも厳しくなっているねと実感する。いろんなことに追われ、小刻みなスケジュールで動いている人間にはね。豊かじゃないなあ、日本て。みなさんが馬車馬となって初めて成り立ってる。それ、ビンボーな世界だとおれは思うが。死の前でさえこんななのだから、死の後、なんてどんだけ「事務的」か、ということね。流れ作業だもんね。ぜんぜんビンボーであるね。

親友であった原田知世の兄とHONZIを立て続けに失くしたのが2007のこと。あれから8年か、と溜め息をつくが、こういうことは「何度も」繰り返される。自分が「生き続ける」限りにおいて。

35年間と言えばもうお互い「空気化」してたからね。空気の喪失という息苦しさに慣れるのか。まだ、もうちょっと自分のことを観察してみたい。
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2015年09月05日

ご近所ツアー

10月になるとちょっと忙しいな、やるならまだ9月中、そう思ってたら一つ決まってその前後にいろいろ不義理していたこともあり、ええいまとめてやってまえ、と相成る。

60曲ほど用意してコア15曲ぐらい決めててのこりを日替わりでと思ってる。

初日の「ぱぶり家」は最近、中津商店街にできた学者くんのパブリック・スペース。ハーバーマス読んだり、ゲームしたり、いろいろ高学歴の子たちが集まってきてる。ちょっと「違う風」を、と思いまして乱入。実は以前からやるやると言っててのびのびになってた。「やるやる」の「のびのび」はよくある話。今回はいろんなついで、がうまくいった。パブリック・スペースゆえcharge \500という破壊価格です。

2日目の「フラット・フラミンゴ」は昔からの知り合い。放浪する店フラミンゴ。日宝エンパイアから始まり、南森町、扇町、と来て4軒目。今は東通り元SMクラブ跡です。どの店でも演ってます。ここは投げ銭。気軽に来て太っ腹というのが好き。

最終日は以前心斎橋店でゆうみちゃんと演りましたね。その何号店になるのかな?天三の商店街内の焼き鳥屋。今回はすっぽんぽん'ズも連れて行きます。start 18:00とちょっとお早いですが。

みなさまと「何処かで」お会いできるとよいですね、と思ってます。

image.jpg
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2015年08月18日

メールが届かなかったあなたへ

[2015・夏の終わりの「脱国境音楽会」]

過激とも言えるような今年の夏も「終わってしまった」という気がします。ただ空気は不安定。Cats & DogsにTornade、VolcanoにEarthquakeにRadioactive、オンナに腹蹴られて死ぬ若いオトコ、社会は・日常はひとの内面の体現化のような「荒れ様」で、そんな中、鎮魂の日々が終わってハートのざわつきも少し収まりかけたこの頃、夏の「傾き」は下り坂へと転じるわけですが、週末の「脱国境の夜」へと貴方をお誘いしています。

出演は「浪速のカエターノ=マルタニカズ」と「SENTIMIENTO ' 15」です。

今回のSENTIMIENTO '15 メンツです。

北村嘉章(g)中西雄一(fla.g)坂本卓也(vl)李ヨンウン(b)江弘毅(per)すっぽんぽん'ズAomi(g)岩崎秀昭(per/vo)マルタニカズ(vo/g/key)

8/21(Fri.)
@GANZ toitoitoi 西天満
19:00 open/19:30 start
\2500/2800

夏の終わりを肌で感じ、名残りを惜しみつつも、お互いがお互いに、残暑お見舞い申し上げる、そんな夜になればいいなと思っています。ウエルカム!

THE LABEL Rafflesia marutani kaz

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2015年07月23日

最近ね

最近音楽が面白い。

もう「新しい音楽」はいらんぞ、と思ってた、しばらく前までは。

それがどーしてどーして。いい音はある。確実にある。

音楽ジャンルは無意味と今までも言ってきたが、それでもやっぱヒトはどっちかに偏ってるもので、もっと広い目を持たないとと「反省」してる。音楽に関しては「いつも可愛い女を探してる」そんな姿勢でいい。

思いつくまま列記してみる。
ロバート プラント&アリソン クラウス。

1日に3・4回聴いてるんじゃないかな。King of RockとIcon of Bluegrassの共演なんだけど、泣くほどすんばらしい。T-Bone Burnetteいい仕事してる。MARC RIBOTもだけど。役割ちゃうが。「Raising Sand」だけどね。ツェッペリン時代の曲もこのメンツでやるとまた別のアジ。アプローチとしてはカントリー方向からなんだけど、T-boneとMARCの存在が違和感あっていい。大変優れたMIXTUREになってる。アルバムには収録されてないが、MARC RIBOTのぺけぺけバンジョーのBLACK DOGとかかなりおもしろい。最後はギターに持ち替えてリボー節全開だが。カントリーとケルト音楽は兄弟だってことが改めてわかるよね。でもROUNDERって立派ね。

WALLIS BIRD。前も書いたが、彼女はIRELANDの33歳。彼女はアルバムというより3人くらいのライヴがすごい。ベースとカホンセットぐらいとのライヴが異常にカッコいい。ギターは「ARBERT KING」仕様。これは草刈機で幼い頃左手の指全部切断したことによるみたいです。小指以外は繋がったという。「あほの子」よばわりしてすいませんでした。彼女はビートの塊。ライヴアルバムばっかりだせば良いのにね。おれの嫌いな本格的な女性の歌い手でもある。でも彼女はいい。おそらく彼女はゲイかバイではないかとフんでる。だからかもしらんな。

COMPAY SEGUNDOとELIADES OCHOA。おれの「見逃してたLATIN」。SEGUNDOの作曲能力とOCHOAのバンマスとしての存在感とキューバギターの奏者としての魅力。日本にも「ソン四郎」とかSONを演ってるのがいるみたいなんだが、それ、なんか違うんじゃね、そんな気がしてる。きっと違う。「東京ラテン宣言」にもソンやってるバンド、収録されてたが、それともなんかちがう。sonはギターミュージック。ROCKにその精神が限りなく近いと思う。OCHOAのバンドなんて「EXOTISM」なんてないもんね。SEGUNDOにはあるけど。アメリカと国交回復してどうなるか?見守りたい。いらんことすんなよ、とも言っておきたい。

あと、RICHIE BLACKMORE。「え、なんて?」と思った方いると思うが。今の彼は中世音楽をやってて、これがいい。ルネッサンス期の音楽ね。DEEP PURPLEとは同一人物とは思えないけどね。ACCO.GUITARうまいねえ。

RICHARD THOMPSON。42枚目!のアルバム「STILL」が最近出ましたけど。こないだ、生エレクトリック トリオ見たばかりだからか、またまたいつものことながら曲もギターも歌もいい。もう手がつけられない67歳。おれも頑張ろうなんて気になる。

Todo O Mundoではそんなのが今heavy rote.かな。もちろん他の世界音楽もかかるけどね。
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2015年07月15日

tobeginwith

本日「南部をめざせ」ですが、安保法案、委員会で可決されそうで、ダブルバインド。

トップがバカってほんとに不幸の極みなのだけど、何か行動に訴えたいが、それをおれは、というかおれたちは、「自由を体現し満喫」することで「抵抗・抗議」に代えたい。

「自由」が今後のキーだと思ってる。自由がどんどん侵食されることはもうわかってる。しかし、本当の自由を知らないと、その侵食は指を咥えてるあいだにあれよあれよと成し遂げられてしまうだろう。だから、おれたちは「自由」に関して自覚的にならないといけない。

おれは喩えて言うなら「フェリーニの映画」のように「すべてがそこにある」ものが好きで、そんなもん以外に値打ちを見出せないが、その実現性がさらに困難になっている今、敢えてそんなことを唱えてみたい。

昔はそんなことばっかりを言っていた。聴いてるみんなも「緩んでた」から、机上の空論みたいな受け取られ方をされとったと思う。その実現には当時とはまた質的にも量的にも異なる障害が存在する。でも、そのときの感覚を覚えている人もいるだろう。ダメになる人々はこの国の劣化・腐敗とともに滅んで仕舞えばいいとさえ思う。昨日までの味方が、敵になることもあるだろう。それは、しょうがない。エネルギーがいることだから。そういう人たちはあーだこーだとその理由を述べると思うが、ハイハイと聞いて、またいつか、とその場を立ち去るしかないでしょう。状況は流動的。しかし、その自由にある部分、共感を持つ人々もその時々に必ずいると思う。

事は妄想からしか始まらないということは良く知ってる。

おれの言ってる自由のモードは、目三角ではなく、もっとユルいもの。その中で「潮の満ち引き」のように何度も小粒の・ときに大粒のecstasyを味わう、そんなこと。

とりとめなくってごめんちゃい。でもきっと、今日は楽しい1日。すくなくともおれにとっては。それが演奏者、GUESTのみなさまたちに「伝播」することからしか物事は進まない。ひとの心の中に戦争の種は生まれるというセオリーから言えば、人の心の中を豊かにすることはその災害から人を遠ざけることになる。

まあ、共に楽しみましょう。

CU@GANZTOI×3

posted by 浪速のCAETANO at 10:47| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月02日

いいものは実はある

誰が今時「Kid Creole & The Coconuts」のCDを、しかも「Off The Coast OfMe」なんかを買うだろう?

もうお分かりか、おれでした。

大して評価高くないね、このアルバムは。彼らなら、BREAK後のもっとショウアップされ、洗練もされ、それこそ憎むべき米米クラブのお手本となった頃のことを知ってる方は思い出すだろう。

このアルバムはそうなるずっと以前のもの。サヴァンナ バンドの香も充分あるが、ややジミ。しかしああいうド派手な人たちの「ジミレコード」って実はいいのね。ハデなギミックなしに、ヤサグレヤサ男のセンティミエント満載な。オーガスタ・ダーネル、好きなんだね。

ココナッツも可愛い。オトナのオンナで可愛い。ちょっと足りない振りの「見事さ」ですね。ほんとに足りなかったなら、香港やらチェンマイやらに売られてしまうのね。足りてるのに足りない振りの「お上手」悪くない。

2003年の作品。おれ持ってたのに引越しで紛れてしまったみたい。このアルバムは前述のように評価、あまり高くなく、だからかな流通も希少でなかなか手に入らなかった。突然聴きたくなった。2003てのはまあギリギリ。録音技術、当時の方向を鑑みた際によ。bonus trackが5つも入ってるってことはエンジニアの「アソビ」の過剰が懸念されるところだけど、今回聴いてtoo much感はやはりなかった。

もうひとつ。アホの子が歌ってるみたいな「lili marlene」が聴きたかった。とっても。

最近のFEMALE、感心すること多しなのだが、まあANNIE CLERKなんて怪物的にすごいのがアメリカに出てきてるけど、アイルランドで見つけた。彼女の名はWillis Bird。彼女、すごい。作曲能力はほぼ天才的。おれが言うんだから間違いない。歌もいい。そしてギターがいい。左利きというのがいい。そして、キミ、ビンボーな子ですか?右利き用のギターをそのまま左利きとして弾く。それさあ、アホで貧乏の黒人ブルースギタリスト仕様だからね。だがこれ、キミ実は確信犯かい、と言いたくなるぐらいにその変なおれの好きなニュアンスに溢れかえっちゃってるのね。ライヴもかなりアバれてて好み。ちょっと前のANNIE CLERK、ちょっと似てるね。心象風景に共通項があるのかも。歳は一緒。おんなはおんなの厄年(33歳)にピークを迎えるのか?日本の33なんて、そこからおもんなくなるのは社会の保守化とLINKしてるのかもしらんが。こないだ久しぶりに会った清水興氏と喋ってて思ったが、おれたちのムスコムスメ世代はその先をウンコまみれで生きた世代とはまた違うのかもしらんな。直前のものが一番ダサく見える、そんな公式を当てはめることもできるか、と。家に「聴くべき音楽の在庫」があるという幸運にも恵まれてるわけで。

忘れられ、置いて行かれた音楽を「回復」させようとするのがおれの試みなんだけど、それは多くをそこから「学んだ」からなのだが、音楽とはPublic/Privateの両義性を持つが、だからこそというかしかしというかそれはクラインの壺でもあり、一番遠いとこから一番近いとこまでは実は瞬間移動できるってことでもあるよね。private場での熟成が必要条件だけど。

ラフレシア一座公演
<南部をめざせ V15>

7月15日
@
GANZ toi×3
西天満 大阪

19:00 open/19:30 start
\2500/2800
w/o drink

Who'll play?

​​出演者その1

<​ザ モルモッツ​>
ラフレシアの実験動物だって人間だ集団モルモッツ

ナカ〜タ(vo.)
髭(vo. per.)
ナガイ(b.)
高1ひでと(g.)
林くん(key.)
ピコ(dr.)

​出演者その2

<​マルタニカズ e Sentimiento '15>

毎回メンツが変わる「半透膜ユニット」

坂本卓也(vl.)
菅野稔子(acc.)
李ヨンウン(b.)
江弘毅(con.)
岩崎秀昭(vo. per.)
中西雄一(flamenco g.)
マルタニカズ(g. vo.)

​出演者その3

<Los Solos Lobos>

二年振りの「南部音楽研究会」

小松辰(vo.g.)
岩崎秀昭(vo. dr.)
紀平joergeporter暁人(b.)
マルタニカズ(g.vo.)
and more…​


posted by 浪速のCAETANO at 12:07| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月05日

この夏のおおよそ

曲を書いたり、ある曲のアレンジを考えたり、教えながら、移動しながら。西中島南方まで行くとこだった。あぶない。

7・15の出演者がぼつぼつ決まってきて、今回は「ザ モルモッツ」「Sentimiento '15」「Los Solos Lobos」というラインナップです。モルモッツ、プレッシャーかかるね。

Lobosも2年ぶりかな。去年やらんかったからね。でもやろか、と声を掛けると、集まってくれる。これ、ひとえにおれの「音楽的人徳」によるものです。「人格的人徳」はもひとつながら。だはは。

センティミエント'15も楽しみである。そこ用の曲を今書いている。譜面も書かなきゃいけないが、若干「気が重い」が書く。今回はおれにしてはレアな「本日やれることは本日にしなさい」である。ほんと、珍しい。雨降るよ、って降ってますが。

純ちゃんは今回呼ばず、純ちゃんとは8月にまた別の新しいことをカウボーイズでやろうね、と言っている。そこはTRAD色、そしてカントリー色!です。北村くんにも曲作り協力していただこうと思ってる。

やっぱ夏は「南部をめざせ」だね。7・15ぐらいならもう梅雨明けしてるかな。太陽ギラギラでもええで、別に。ギラギラぐらいでええわ。

そしてその前に7月の第1週だと思いますが、中津商店街の中の一角を借りて「学者くん」がパブリック・スペースを始めてる。そこで、「脱国境音楽ナイト」を一発挨拶代わりにかまそうか、と思ってます。

ブラジル、ペルー、メキシコ、アメリカ、アイルランド、スコットランド、イングランド、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、レバノン、スイス、ロシアと「廻ってこよう」と思ってます。基本一人で、と思ってるけど、センティミエント '15からヒマな人誰か呼ぼうかな、とも考えてる。店長にもなんかさせようかとも思う。

夏は時々こうやって徐々に気分が上がっていく。上がった時のおれ、面白いよ。日本人にできないことしか基本興味がないのだけど、そういうのってほら、とんでもないパワーが要ったりするでしょう。まあ、久しぶりに「期待」しといてくださいね。

では、今日できることをやっときます。
posted by 浪速のCAETANO at 19:41| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月21日

熱が、、、

なんやねん、今日の方が「より爽やかぢゃないの」と外メシ男は恨めしく窓から外を眺める。

しかし今日は散髪。店長に染めて切っていただく。お返しというわけではないが昼飯を振る舞う。本日はペスカトーレと白。「エコマネー」のようなものかな。

夏にやる予定の南部音楽研究会「Los Solos Lobos」のライヴ音源をきいて曲決め、相撲を見ながら、生徒を待ちながら。

今はBobby Charlesの「Grow too old」がおれが詞を書くと「男じゃなくなるその前に」となり、歌詞中には「ジェームズ ジョイス」や「ED」まで出てくる画期的なものとなった(のかな、わからん)。

LobosはリードVOが3人いて、THE BANDみたいでもありTHREE DOG NIGHTのようでもあり、ここはおれがやってるバンドの中でももっともアマチュアリッシュな感じ。オリジナル曲も3曲ほどしかなく、あとは全部南部音楽のカヴァー。でも30年間、床の間に飾って手をつけなかった分、変な年季入っててやってて楽しいのね。ギターもいっぱい弾けるし。

やっぱり季節柄かね。そこに存在する熱量が増えてくると視線は南へと向くんだね。ま、今は東になんて向いてられんからね、放射能で。意味ちゃうが。その芳醇が現在あるのかないのか、それもどうでもいいのだが、まだあると思うね、おれは。ただね、誤解や曲解の果てにできてしまう音というのがいいのよ。

ま、ほかにも「プロジェクト」といえるものはある。あったかくなって、ちょっと面白くなってきたね。南を見る際の視線の先にはなんちゃらネシアとかラテンとかがさらなる豊潤を伴いつつそこに在るわけで。脳内活動をいかにリアリティとして花咲かせるか。そんなとこしか刺激ないよね。

ワインを飲んじゃったから今強烈濃いいCoffeeで社会復帰中。間に合うか?
posted by 浪速のCAETANO at 18:05| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月20日

wonder wonder

チャリンコ、6月からイアフォンしながらだめなのね。

そんなこと、あまり自分はしないが本日ごはんを炊いてたのを思い出し急遽お弁当製作。ちょっと爽やかというにはウンポウコ高めの気温ゆえ淀川河川敷ではなく公園のベンチ beneath a tree そんなロケーションを探す。

あったあった浦江公園のグラウンド側。ワインではなくロング缶を買って、そこまでの往路も珍しくイアフォン男だった。昨夜からロニー スペクターというかロネッツね、の虜となっていて、まあいろんなものの・人の虜にはすぐなるのだが昨夜〜本日は「The Ronettes」なのだった。

昨夜の店の最後は「I wonder」だったのだ。しかし、それはロニーじゃなくヴェロニカじゃん、とかそんなツッコミいらないの。まあ、ヴェロニカにしてもしょっちゅうロニーを聴き、バックで歌ってるんだからロニーっぽくもなるのね。バンドのギターがふたりおったら、お互い似てくるのと同じだね。

女の声・にはうるさい。ロニーは時々だがたまらない。この時期というかもう少しするとマリアの季節になるのか、とも思う。ただし本日はロニー・スペクターだった。

ロング缶を、弁当食うことなく空けてしまった。なぜか食欲が消えていった。あのハズレ気味のヴィブラートにやられるのだと思うが「クスリ」と一緒ですね。とめどもない至福感に包まれ食欲も、弁当食わずに満たされる。be my babyにはじまり、walkin' in the rain、baby I love you、do I
love you?、I can hear the music、so young、you baby、when I saw you、whydon't they let us fall in love?、is this what I got for losing you? そして I wonderとフィルの名曲が続いていくんだけど、フィルにはゴメンやけど、その意に反してronettesショボいスピーカーで聴くのもいいね。Still in prison?

ronettesはteen女子の「お○️んこ」の疼きを昇華させた最高のグループだが、そこ、おれも感じるところではある。ここまでstraightforwardにはいまさらできないが、時代だけどね。ESTOY ENAMORADO AGORA?など自問自答してみたりするのだった。そんな気にさせる。良かった時代の少女の感覚。少女は女になり、またそこややこしいこともいっぱいオノレも周囲にも持ち上がってくるのだが、LOVING LOVEな状態の少女がロニー・スペクターによって歌われる時、時間が止まりそれを聴く人間をteenに戻す、そういう稀有な歌い手だったね。耳から脳を通して下半身にくるね。ユーミンでは下半身には来ないもんなあ。そのある意味「下品」なとこがいいのね。そんなときもあるのだ。

一晩、幸せだった。

posted by 浪速のCAETANO at 16:14| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月07日

something new

音楽を「音」で聴く。その場合の音ってのは、音質でも音響でもなく、音そのものという意味だが、おれたち、と言っていいかどうかよくわかんないが、おれは何かしらその音そのものを音質やら音響やらを取り除いて聴く回路を内在してるみたいで、ちょっとその手の音楽に「再会」でしたかなと思ってる。

音そのものとは作り手、演り手の出したい音を理解・判断することだと思うが、だから90年代と言ってもいいかと思うが、録音技術が発達し過ぎてしまった時代以降は欧米の音楽の多くはミュージシャンのものからエンジニアのものへと移り変わっていったかのような印象を受けていた。もちろん優秀なエンジニアたち(ZAK、杉山、前川くんなど)はミュージシャンのの出したい音、それが生音であろうが電気音、電子音であろうがそこに寄り添ってくれると思うのだが、よく考えてみたらかつて聴いていたR&BにせよBLUESにせよ大した音質でもなかったし、だからこそ、その表面には現れないというか表現され尽くされてないというかそんな本質とかってに自分が考えていたものを「幻聴」するクセがついたと思う。

ゲイトリヴァーヴなんて今聞くと恥ずかしくなるな。たとえば。スティーヴ リリィ ホワイトも忘れたがってるんじゃないか。たとえばギターの音ならアンプまで、でいいんじゃなかろうか。シミュレーターいっぱいあるが、まあ使いようだけど、音の中に弾いてる本人の指が見えないとおれは嫌だな。そういう使い方ならいい、というかおれもしますけど。

演り手の熱が伝わればいい。そのためにはいい音に越したことはない。ただこれが常識化しすぎるとまた変なことになる、という気がする。もうなっているんだけれど。

音に「安モンの化粧」はナンボでもできる。誰だったか、嫌な時期に「曲はアレンジで聴かせる」なんて言ってたおそらくおれには敵、がおったが、バカも休み休み言えとか思ってたなあ。曲も「すっぽんぽんなっても聴くに耐える」でなくてどうすんのよ。流行りのアレンジの誘惑はあっていいけれど、それも程度問題。音楽は曲である、と思う。もひとつ言うなら、当事者のガッツ。その条件が整ったあと、エンジニアとの二人三脚が始まる。そういうの理想だと思うが。今、どうなのかな。

A Decade-IN FAKEが、というかおれが当時のメンツに「 辞めたけりゃ辞めろよ」かなんか言ってラテンに舵を切ったのは、1987年のことだった。「コンドル1」「コンドル2」がBOX RECORDからリリースされる。そしてDAVID BYRNE(TALKING HEADSですが)が「NAKED」をリリースするのが1988年。およそ半年、おれの方が早い。ここ、何度でも言うのね。この意味 「は?」な人多くて、それが現在のおれの不遇〜びんぼうの一因とも言えるのだが。ま、そこ、いいのだけど、当時のFAVORITEはNY SALSA。の中でも、WILLIE COLONだったな。HECTOR LAVOEとRUBEN BLADESもよく聴いてた。BOOGALOOも悪くなかった。CAETANOに出会ったのも当時。当然SAMBA 、BOSSA NOVA、ノルデスチにFORRO。同時にZOUK、SOCA、そこから仏領マルティニーク、グアドループでカデンツやらなんやら、COMPAにMERENGUE。あとCUMBIA de COLUMBIAね。ハバネラなんてビートを体内化したのも当時だった。オノレなりのマーティン デニー、アーサー ライマンを、なんて思ってたな。そんな中から「ハード コア」なんて曲も出来た。モントゥーノのカタチは「コンドル1」で取り入れてたけど、SONは当時は正直ピンと来なかったなあ。「ラッパ隊」に値打ちを感じてたのだろうな。FANIAのライヴとかに興奮したもんね。その後おれたちも12人編成になる。

ブエナヴィスタのときもあまりのRYの存在感の小ささがなんかなあだった気がする。当時は「BRASIL」行っとったんやな、気が。というかヒトリライヴが好きな時期だったかもしれない。まあなんか元気もなかったと思う。ミニマルへ向かってたかな、音楽も。ただ、一人で出来ない音楽ならすんな、なんて思ってたな。荒れてたのね。しかし、f' '(x)もそろそろプラスへと転じているはずだよ。

もひとつ幅広げることをやろうと今思ってる。愉しみはまだ残ってるみたい。素朴だがたいへん力強い音楽はまだある。

posted by 浪速のCAETANO at 23:48| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月27日

純ちゃんとの抑制ライヴ

昨日の難波屋、なんとか終えた、終えれた。

みなさん忙しすぎ、で、唯一のリハは前日の9:30…11:30pm。おれも、来たる住民投票での市長打倒のため(おれがそのつもりってだけかも)のプチ講演が9:00pmまであって、チャリでゼーゼーいいながら帰ってきて、手冷たいままで、だ。

それに純ちゃんの復帰戦てのがあった。もっと言うなら、その純ちゃんの過去の偉業を知ってるのはおれ、北村くん、坂本っちゃん、岩崎の4名で李くん、菅野さんには「死にかけのおじいさん」に見えてたとしてもそれってしょうがないよね、なそんな状況。

がん治療、体重減、まあおれは見てて心が痛む。だが、それが彼にとって悪くないわけがない。それには音あんまり出せない難波屋ってのはまあ良かったのだろうと思った。結果論。

元気な純ちゃんなら最初の一曲で「ライヴ強制終了」の憂き目にあっただろう。

北村くんが「脳で叩いてた」なんて言ってたが、うん、そうね、そうかもしらんね。

ミュージシャンとしての習い性、技術を伴うものだから余計にチャリンコ乗んのと同じように「忘れない」。そしてそれはその本人がこの世から去って仕舞えばもう味わうことはできないのだ。例としてどうか?しかし、その切なさは残念ながら、おれが一番わかっている、おそらく。純ちゃんでないと、おれの音楽はもう少しレヴェルが下がってたとおもうからね。もう連続して「35年」である。

ドラムスって「重労働」よね。ヴォーカルだってそうだが。一番カロリー使う。昨日ぐらいのライヴならおれは汗ひとつかかないが、それは本当の「ライヴ」じゃないしなあ。気遣いながらライヴはしたくないね。でっかい音出したいしね。純ちゃんにも、パワーは落ちてるとしても「加減せず」たたかしてあげたい。4・26はバッチリの選曲をしようと思う。

純ちゃんの旧友の方が来てたが、そして昔話に花が咲いてたみたいだが、さらには過去のリヴァイヴァルみたいな話になってたみたいだけど、どうなのかな。まあ、そこは本人次第。おれは彼が元に戻るようなことなら、なんでもやっていただきたい。ただ、おれの印象だが、彼は音楽に関しては、常にongoing。あたらしい表現を探している。だからおれといつまでも音楽ができる。そこよね。

「大丈夫です」と短いメールが返って来てた。おれは、その言葉だけしか信じるものがない。信じよう。

久しぶりの曲をきっと思い出す。今度はdr、b、vl、g&voというシンプルかつあんまりない構成だからだ。おれもちゃんとギター弾く。昨日はおちゃらけ。だはは。

だからほんと、みなさん、聴きに来て。おれを敵にまわさんほうがいいのよ。いや、まぢで。



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2015年03月26日

C U @難波屋 TONIGHT

う昨日はばたばたくんで、プチ講演〜前日唯一リハ。まだ昨日までは寒かったです、夜チャリで走っていて。

さあ、今日は純ちゃん、本格復帰とまではいかんだろうが、2nd stage 全部叩いていただく。

一曲一曲、大事に演奏したいと思う。自分にとっても大切な時間だ。是非できるだけおおくのみなさんと共有したいね。2度目の難波屋です。

さて、曲順の最終決定を。基本的に曲多すぎ。

時々、FBで過去の大好きだったバンドの手書きの曲順など見ることがあるが、なかなか感慨深い。

基本手書き。それも省略入ってたりするとこがなんか嬉しい。へへ、もう単なるばかファンになっちゃってるが、これしょうがないからね。

自分もこれから考える。では現場で!
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2015年03月20日

センティミエント '15@難波屋

marutanikaz e sentimiento '15
3.26(木)@難波屋 19:00〜21:00  難波屋なので投げ銭

a.k.a.浪速のカエターノ、すっぽんぽん'ズ PRODUCER マルタニカズの半透膜音楽ユニット・センティミエント'15。
今回半透膜をすり抜けてCELL(バンド)内に侵入したのは、坂本卓也(vl.)そして盟友・北林純(dr.)

今回は北林純、復帰第二戦、本格復帰初戦でもあります。みなさん、見に・聴きに来て!

「BRASIL」も「LATIN」も「TRAD」も「ROCK」も「A Decade-IN FAKE」も「Brave Combo」も「3 Mustaphas 3」も「RY COODER」も「Amos Garette」さえも細胞内には「充満」してる。

北村嘉章(g.)
菅野としこ(acc.)
李ヨンウン(b.)
岩崎秀昭(vo.per.)
坂本卓也(vl.)
北林純(dr.)
マルタニカズ(vo.g.)

だんだん強力になってきたよ。お待ちしてますから。

posted by 浪速のCAETANO at 19:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月17日

Take a load off Fanny、、、、

すっぽんぽん'ズのレコ発、無事に終わってホッとしてる。

来ていただいた少数(とも言えない)精鋭第五部隊のみなさま、ほんとにありがとう、MUITO MUITO OBRIGADO com muitas amores。

アルバムは、作ってる時は、そして作り終えるまではPRODUCERのものだと言ってもいいが(責任の所在ね)、一旦外に出ちゃうと本人たちのものだ。

なにかを卒業させた、そんな感ありますね。すっぽんぽん'ズが「一回切り」というわけでもないが。2ndの可能性もあるね。一発屋に終わらないためには、2ndの今度は必要性が出てくるよね。

曲、書きたくなったら書こうとおもう。義務感とかじゃなくて。

でも、素材としての「すっぽんぽん'ズ」はちょっと面白いから、これをどう売るみたいなことを楽しみたいと思ってる。売らなきゃいけないとかじゃないので。ここ、すっぽんサー'ズ システムのadvantage。

彼女たちにしても、自分のCDがある、という世界に初参入したわけで、その晴れがましさと鬱陶しさ両方をじわじわ味わってまあ次に備えていただければ。

みなさん、とりあえず気になったもので手元にないものに出会えば、先ずはNETへ向かうわけで。しかしそれだけではなく、みたいなことを今考えてる。

面白いことになる可能性は秘めているなあ、すっぽんぽん'ズ。まあそれでも彼女らの美貌?が劣化しないうちになんとかしないと、だはは。あんまり時間が、、、あるようで、、、ない、?

まあでも、面白いことが待ってればいい。セコイことはなしでいい。


posted by 浪速のCAETANO at 05:57| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月15日

すっぽんぽん'ズ レコ発よ!

三月は、3・11、3・10、3・13と厄災の記憶溢れかえってる。

そんな中、本日3・15は「すっぽんぽん'ズ」レコ発ライヴです。

西天満GANZ toi×3まで足をお運びください。

すっぽんぽん'ズのpart time punksならではの側面を垣間見ること、そんな瞬間もあるのでは。

19:30 スタート。場所は読売新聞の一つ南のビルの地下です。

すっぽんぽん'ズへと至る過程も充実しています。ザ モルモッツ始め、LOS SOLOS LOBOSのフロント隊、TRES VALENTE、浪速のカエターノ、、、。

北林純もリハビリを兼ねて復帰します。

おれは彼女らの後ろでサポートします。珍しい。

本日もトドムンドのfoodあります。店長のキッシュ、社長のカスレ。

では、みなさん、現場で!



posted by 浪速のCAETANO at 12:13| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする