2011年03月11日

3/29はHOST LIVE

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2011年03月10日

わすれないうちに

<<啓蟄にあたり>>

流れ星さえも 君の瞳目指してた

揺れる雲さえも 君のくちびる目指してた

それは突然の光 夢でも見てるような

まっさらの空気 初めて息を吸う

風向きが変わって 予感はあったんだ

でもそれが一体 何のことかなんて

それは突然の熱 身体が浮かぶような

真っ青な空に 初めて声を出す

はじめはもぞもぞ 動いて運がよけりゃ

寝床が見つかる それに立派な羽根が生える

そのときは 大空を 飛んで やがて

そのときは 流れ星 雲より はやく

君の元へ



2011年3月5日17:00頃・きわきわ52歳のうちに。
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2011年02月18日

緊急・明日

 明日(土曜日)、かおるちゃん(カオリーニョ藤原)来襲!!!

 おなじみの「投げ銭ライヴ」です。


19:00か20:00ぐらいから。かなり幅あるけど。
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2010年12月20日

めでたくて・痛くて・びっくり・なんでまた めでたくて・痛くて・びっくり・なんでまた?

 冬期講習を前にライヴが2連チャン。それもさほど責任のないライヴでまあお気楽だ。

 大体、自分主催というのが多くて、客入りのこととか(実際はあんまり悩んでもさほど結果にはカンケーないけど)・進行のこととか・アタマ痛いことが多いのだが、いってやってかえる・みたいなのは大好物。

 今日はカオルちゃん(カオリーニョ)のレコ発がRAIN DOGSで。

 昨日はBossa 姫と後輩主催のパーティ。

 まあ営業が出来てよかった。

 しかし、帰って店に戻るときチャリをこいでると、なぜかわからないが、走っててチャリがアンコートローラブルになる。おそらく着ていた長いコートが車輪かギアに巻き付いたのだと思う。

 「なにすんの・あんた・ちょっとまちなさいよ・いや・まぢで・お・おおお・あ・あっ・うわ・うわ・うわっ」

 そんなことがこれもおそらく3秒ぐらいの間に起こり、地面に叩き付けられてしまった。両手でステアリング持ってるバヤイ・まあそのう・顔面からいっちゃうわけで、左顔面を傷つけてしまった。

 「あああ・おれの美貌が・・・・・」

 店長とヒゲオトコに介抱され、アヴァランジェちゃんはステアリングの左がうにぃいっ・と曲がってしまった。かなりの衝撃だったと思える。と・思える・と他人事のように言ってはいるが、なかなかショッキングだ。いや・そんなことよりも・・・

 「ううう・おれの美貌が・・・・・・・」

 そんなわけで、こんなカオで本日のめでたいレコ発に参加するわけですが、うちのアホがおんなじようなことが友達の結婚式の前日にあったような・そしてその崩壊したカオはめでたい式において存在そのものが嫌がらせであった・そんな記憶があるが、それと同列ということになると、なんだかプライドが・・・そして、おれの美貌が・・・・・・。

 しかし、こんなカオのライヴも「貴重」です。カオルちゃんのためにも、本日・今月一杯で幕を閉じる素敵なライヴハウス・RAIN DOGSへ・いらっしゃ〜い。そして発売したてのカオリーニョ「ボサノバ日本一」を手に入れてください。

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2010年11月24日

ばか・ですが、やりましょう

 あるかたのメールで気づいたが、おれ・ばかですねえ・相変わらず。

 ライヴ告知の曜日が明日になっていた。ライヴは「本日」です。

 今回はまあいろいろ・あっちこっちそっちで「不具合」が多く、しかし、それでも音楽というものが「意志」の問題であるなら、「パンク=ニューウェィヴ」の「王道の精神」に乗っとって
80年代初頭の気持ちになってやるのである。「気合い」とも言う。

 また本日も「少数精鋭」の皆様方と良い時間を持てれば幸いです。


マルタニカズa.k.a.浪速のCAETANO
HOST LIVE @SUN HALL
11/24(WED.)
19:00OPEN/19:30START
Adv.2000/Dor.2500(w/o Drink)
SentimientなFOOD by TODO O MUNDO

<>
Bossa Princeza Yuumi
Grande Tres(King 堀内/Caorinho 藤原/マルタニカズa.k.a.浪速のCAETANO)
Convenience Store COWBOYS
with
北林純/ノビ・ナニワーノ(Os Novos Naniwanos)/北村嘉章(Monocism)/岩崎秀昭/木寺勝久


 
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2010年11月23日

明日は「第三回HOST LIVE」

 またまたライヴが試験前。懲りないバカなのだが、どちらも大切な事ゆえ、エネルギーは使う。

 明日の自分の楽しみはCVS COWBOYSなのであるが、新しいメンツ(ブラジル音楽フレーヴォをやるバンド Os Novos Naniwanos のノビ・ナニワーノと爆音シューゲイザーバンドMonocismの北村くん)を迎えてのステージです。

 彼らにとっては、「新しい体験」みたいです。ロックやってもなにかしらちょっと変だもんね・おれたち。聴いてるより演奏するとその「ん・ん・な・なんだ・これ?」という感じになるみたいです。おれとキタバヤシにとっては「フツー」のことなんだがね。

 
 CVS COWBOYSはその出自が「裏SON NA BANANA 」なのであって、脱国境音楽だらけの日常から少し離れて、「ニュー・ウェイヴ」なロックをやってみようよ・片手間に・と始めたバンドです。オリジナルメンバーは「北林純onDr.・友野周平onB.・アンツ元木onG・マルタニカズonG&Vo.・ミルクマン斉藤on Tp.」、その後、ミルクマンが映画関連で忙しくなって、岡島直樹onSaxが加わる。
 最初は「VIBRATORS」と名乗り、友野と二人でお初天神商店街の中の大人のおもちゃ屋で、バイブ購入し、それをステージ上でういんういんしながらライヴを敢行していましたが、まあそんな一発野郎なハプニングはあっという間にしょぼんでいくので、それではいかん・いかんよ・ということで、ドラッグストア・カウボーイズをもじってコンヴィニエンスストア・カウボーイズというのも20世紀末ぽくもあるよね・なんてことで改名した。
 おれは「好きなバンド」です・って自分で言うなっちゅう話だけど、なんだかかっこいいのよ・曲もストレートだし、男っぽいし、声枯れても歌ったんで・ぐらいのことはロックバンド故あり得る話で。血が騒ぐってことかな。ギターも好きなだけ弾けるしね。
 そのCVS COWBOYSに新しい「血」を入れてですね・こないだちょっと再現したけど、今回はもちょっと本格的に・と思ってます。キタバヤシも一番ハマる・よね。はちゃめちゃな上手さが思う存分出せる。あのおっちゃん・上手いけどはちゃめちゃで、天才故の「辞めんか・お前」みたいな目に遭いがちである。ソンナバナナ的には「それもそう」なのだがカウボーイズは大丈夫。
 明日はちょっと飲みながらやりたいぐらいの気分だ。ラフにやりたい。そんな気分だ。

 楽しい一夜になれば良いですなあ・なるよ・きっと。ANYBODY WELCOME!!!!

マルタニカズa.k.a.浪速のCAETANO
HOST LIVE @SUN HALL
11/24(Thu.)
19:00OPEN/19:30START
Adv.2000/Dor.2500(w/o Drink)
SentimientなFOOD by TODO O MUNDO

<>
Bossa Princeza Yuumi
Grande Tres(King 堀内/Caorinho 藤原/マルタニカズa.k.a.浪速のCAETANO)
Convenience Store COWBOYS
with
北林純/ノビ・ナニワーノ(Os Novos Naniwanos)/北村嘉章(Monocism)/岩崎秀昭



 そう・こんな風にね。
 
posted by 浪速のCAETANO at 22:19| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月19日

貫通するSENTIMIENT

 こんな時代だから、気持ちは大切か・と思う。

 みんな、お金に追われ、追われてないと思う人たちだって、その角を先に曲がっているから追っ手が見えないだけで、実は追われている。

 そんな時代だから、気持ちは大切だ・と思う。

 商品をお金で買う。これはわかりやすい。後腐れがないからだ。この後腐れがない・というのもいいのか悪いのか。

 おれはカオルちゃんの最近の歌・かなり評価しているが、まじめに詩を読むならある点に関して立場が異なる。

 カッコーの歌 by カオリーニョ藤原・「カッコ・カッコ・カッコ・カコ・過去」ときて「過去を捨てましょ・・・」と来るのだが、それに対して、明け方の哲学者by マルタニカズ・によれば「記憶とか・思い出だとか・何の役に立たないってこともない」と盟友ながら両者は立場を異にする。

 おもしろいね・おもしろいでしょ。おもしろくない? おもしろいぢゃん。

 カッコーの歌の中に「昔の名前で出ているあなた・みんなはうんざりしてるのよ」というフレーズが有る。ここいらがカオルちゃんの21世紀的なところだとおれは思うのだが、まさに「気分」なのだが、チャラにしてリセット希望みたいなことだと思うが、そこはね、おれは少し違うと思ってる。たしかに「メーワク極まりない」そんな状況考えられますが。

 なるほど・現代を生きるには「カッコーの歌」のように「過去を捨て・前を向いて・一から出直し」がよかろうか・とは思う。まあカオルちゃんも「過去を捨てられない」からこそ「過去を捨てましょ」と歌うのだとおれは思うが、過去を捨てるカタルシスの陰で、何か大切なものも捨てることになるのでは・と、おれは思ってる。こういうこと、まじめ(なフリして)論じてること自体・ククク・なのだけど。

 なぜこんな話をするかと言いますと、今回のホスト・ライヴ、テーマが「SENTIMIENT」であるから。

 この「切なさ・のような感情」は「現在」「未来」とはどうも齟齬を持つ・と思うからなのだ。「未来へのSENTIMIENT」とは言語矛盾のようなものだ。なんだかかっこ良かったけどね。ちょっとメモしとこうとは思うが。

 SAUDADE(サウダーデ/サウダージ)という感情も「現在・未来」とはどうも相性悪い。おれはSENTIMIENTとSAUDADEはおとーちゃんが違っておかーちゃんがおんなじ・みたいな・そんな感じを両者に対して持っているが、それはその感情の対象は常に「過去」だからではないのだろうか。

 星野哲郎さんというなかなか偉大な作詞家が最近なくなったがその「昔の名前で出ています」という、あの歌の持つヘヴィな過去へのSENTIMIENTを見るときに、SENTIMIENTとは不可逆的に過ぎて行く時間の中で、人の心の中にはさまざまな「澱」のようなものが溜まってくる。「澱」はまだしかし燃えるのね。何かが凝縮しているからね。それをもう一度・エネルギーに変え、未来へ向けて何かを発することでそのSENTIMIENTは成仏する・そんな気がします。

 それには体内のパワーは残ってなくてもいいような気がしてる。その澱=SENTIMIENTがエナジー・ソースになってくれるからなのだ。元気な若者とSENTIMIENTなる感情がなんだかすれ違うのもだからわかる。

 先ほどの「言語矛盾」はここへ来て、なんだか使えそうな気がしたね。「過去から未来・へのSENTIMIENT」とは成り立つね。

 
マルタニカズa.k.a.浪速のCAETANO
HOST LIVE @SUN HALL
11/24(Thu.)
19:00OPEN/19:30START
Adv.2000/Dor.2500(w/o Drink)
SentimientなFOOD by TODO O MUNDO

<>
Bossa Princeza Yuumi
Grande Tres(King 堀内/Caorinho 藤原/マルタニカズa.k.a.浪速のCAETANO)
Convenience Store COWBOYS
with
北林純/ノビ・ナニワーノ(Os Novos Naniwanos)/北村嘉章(Monocism)/岩崎秀昭



ここでもやはり対象は「PASSADO(過去)」であったりする。
posted by 浪速のCAETANO at 13:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月14日

過去よりのギフト

 ある方からこのブログに突然のメールをもらい、まだおれがばりばり音楽をやってる頃、よく見に来てくれていて、ライヴ・テープも持っていたが、それも劣化し、音源がないか・と問い合わせがあった。

 なんだか、不思議な感じだった。20年ほど前の話だと思うが、ほんとによくライヴをやっていて大阪はミューズ・クアトロ・ファンダンゴ、京都はビッグ・バン、磔々、東京は青山CAY、インクスティック、ロフト、エッグマン、クロコダイル、ラママ。関係者もよく見に来ていて、いつ契約を・・みたいな時期が2度ほどあって、彼がよく来てくれていたのはそんな時期だと思うが、その時の印象がどうも彼の中では褪せることなく永久機関化しているか・の思いを持った。

 それは・わかる。自分も、多くの過去の音楽がもうえ血肉化してしまっていて、それはもう内臓化・とも言ってもいいぐらいで、ある種「固定」してしまっている。そして、それらがあるからこそ、自分が「生きて来れて・今も生きている」との実感があるのだった。だから、その立場を置き換えたときに、「ものすごくわかる」という半面、「おれでいいの?」なんて気にもなる。ただ、当時はエネルギーに溢れていたという事実は事実として「わかり」、そのエネルギーは「保存」されるという法則もリスナーとしての自分にもあり、そんなこと言っていただけるのは「音楽家冥利」に尽きる話だった。

 今も別に音楽家としての能力・パワーはさほど落ちている自覚はないのだが、単に年を取ったことと、環境が様変わりしてしまったことが大きく、本当の音楽好きは減ってしまったということが、音楽を難しくさせている。まあ、個人のトラブルがそれに拍車をかけたことは否めんなあ・なのだけど。

 そんなこんなでまあまあ「ディプレッシング」と言えるような気持ちにはしょっちゅうなっていたのだけど、それでも「まだ」ニッチを探す「懲りないバカ」なのだけど、まあ「死ななきゃ治らん」性癖とも言えるが、まあよかろうと自分を認める。

 過去の自分がやっちゃったことがこんな風に帰ってくるとは思いもしなかった。コンドル2という曲があるのだが、彼の心の中にそれは棲み着いているみたいで、それはおれの中に棲み着く「どの曲」と相似形なのだろう等思えば、なかなか切なくもうれしいできごとである。

 こんなときは素直に「うれしい!!!」と言ってしまおう。


 過去は過去というだけで美しく、その美しさは今やや元気がないときの方が際立つのね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:34| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月13日

VIVO(LIVE)です

DOIS VIVO



Bossa PRINCEZA
e
浪速のCaetano


1+1>2


por Yuumi e Marutani Kaz


10月18日
@ PARADISE CAFE em 扇町
19:30〜
Charge \1500(drink 別)
PHONE 06 6363 3858


posted by 浪速のCAETANO at 16:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

私的連絡・mtさんへ

ありがとうございます。今通販を辞めていて(再度始めるとは思うのですが)、代引きとかでお送りしますよ(オマケも付けて)。
monile9@gmail.comまでお知らせいただけませんか。
A DECADE-IN FAKEは時期によってさまざまなフェイズがあり、どの時期を・ということがあるのですが、どの時期も良いですよ(自画自賛)。

DISCOGRAPHYとしては、

○NO SIGNIFICANT DIFFERENCE(ルベエレ品新)PUNK-FUNK時代です。4曲入りソノシート。UO、MISSILE、STRANGER IN PHNOM PENH等
1000円・在庫あり。

○最前線物語(ルベエレ品新)ミュージック・マガジンでかなり「褒められた」やつですね。手と機械と半々な感じです。機械と人間は友達・がテーマだった頃です。6曲入り。A RACE REPLACABLE 、WATCH MATAHALI、我赴香港趣上海、ESCAPADES等。2000円・これもきっと・在庫あると思います。アナログ盤。

○SUPER BOX(BOX RECORD)コンドル1・コンドル2でディヴィッド・バーンより1年も早く、ロック・ミュージシャンが「ラテン」をロック側からのヴェクトルで料理した記念すべきアルバムです。世界で一番早かったです。自慢です。だはは。これは、最近BOXがいろんな組み合わせでシリーズ出しているのですが、このアルバムが売られているという話は聞いたことがありません。こーゆーの音源のオマケっていいんぢゃないかと思いますが。アナログです。

○DE LA SIESTA(FORUS RECORD)何曲かがスタジオで何曲かがライヴです。コンドル1もコンドル2も入っています。ほかに10$少女ですとかマニアック・ガールなんてのも。コンドル2の2番目のアレンジが聴けます。在庫あったんじゃないかな。2000円です。アナログです。

○光合成の季節(asile)ブックレット付きの「カセット・アルバム」です。宅録のハシリなのですが、ミックスは今をときめく「杉山勇二」です。A面は「歌わせ編」キング堀内・シーラD・岩崎秀昭・ピニャコラーダ、これも今聞いても全然古くないです。B面はマルタニ全開。ここで初めてあの名曲「手品師の帽子」「ヴェランダ」が歌われました。この在庫・微妙なところです。一応2000円です。

ここからCD時代です。

○endorphin(JMPS)ありにんげん、SM RUMBA、ハードコア・大快楽物質E。かなりの傑作アルバムです。持ってますか?残念ながら、これも在庫はありませんが、音源はなんとかしますよ。

○MAGIC MELODIES--TURN TO THE POP2(SWITCH)スウィッチ・コーポレーションからのオムニバスなのですが、2CDで一つはオリジ
ナル・もう一つはカヴァーです。なんとトップバッターは「ミス・チル」です。おれたちはトリ。当時はおれたちが一番エラかったんだけどなあ。これ・ミス・チルファンの中で「幻のナントカ」になってるみたいです。当然在庫はないです。

○東京ラテン宣言(アポロン)ワタシ誰アル?、S-KENプロデュースのオムニバスです。ここではもうSON NA BANANAです。この演奏はすばらしいです。ある種のピークです。これも「ラティーノ誌」で最も「センティミエント」である・と絶賛されたSON NA BANANAです。ほかの音楽雑誌では「ラテン界のさくらと一郎」なんて異名もいただきました。喜んでいいのか・・・・。これももう在庫はねえ。オマケ・コース行きですか。

○LET'S SPIN(RAFFLESIA)SON NA BANANAからさらに名前が変わって「PARABOLA SPINS」です。早すぎた「脱国境音楽」です。最近貴方ぐらいの歳のミュージシャン連中が「再評価」というか「初めて聴いてびっくり」しています。20年以上前にこんなことをやっていた日本人がいたなんて、と絶句しています。MARUTANI KAZ のある種の集大成でしょうか。3000円。在庫あります。TODO O MUNDOでも買えます。この前のラテン宣言とこれはHONZIもいます。だいぶアホなことをさせたので、HONZIファンには「なにすんねん」かもしれません。でも「師匠」の言うことは聞かなきゃいかんのです。

○CVS COWBOYS(RAFFLESIA)SONNA BANANAのリズム隊おんなじの「ロック・チーム」です。ライナーをミルクマン斉藤が書いてくれています。ギターもキーボードも弾きまくっています。オリジナル以外にカヴァーも3曲。スコティッシュ・トラッドとクルト・ヴァイルとスラップ・ハッピーのピーター・ブレグヴァドです。これシロートさんに言っても「?」というカオをされます。基本マニアックなのね。そんなつもりないんですが。

つかの間のiyashi

つかの間のiyashi

  • 作者: マルタニ カズ
  • 出版社/メーカー: 文芸社
  • 発売日: 2000/09
  • メディア: 単行本



文芸社)CDbookです。オビに書いてある通りです。

というようにまあまあ数あります。もっとあったかもしれないが、思い出せるのはここまでです。

それと未発表曲が50曲はあります。スポンサーになってください・なんちって。

代引きでもよろしいですし、京都ならマルタニ自ら「宅配」も承りますが。

では、よろしくお願いします。メール・お待ちしています。
posted by 浪速のCAETANO at 22:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今月はこれだけよん

 ボサ姫とのライヴがあります。

 定員13人限定みたいです。
 
 
BOSSA PRINCEZA YUUMI e MARUTANI KAZ a.k.a. 浪速のCAETANO
  10.18(Mon.)@パラダイス・カフェin扇町。19:30スタートです。チャージは1500円。


 パラダイス・カフェは天神橋通り(松屋町通り)と扇町通りの交差点の南西2軒目やったかな・3軒目やったかな、エンジ色のいかにも・なビルがあってそこの4階です。

 ボサ姫のボサノヴァと浪速のカエターノのブラジルから出かけ、あっち行ってそっち寄ってこっちもカスる・そういったtodo o mundoなライヴになることと思います。告知がちょいと遅くなってしまったのですが、そうは言うても「定員13名」と言いますから、「貴方」のために・度はかなり高いと思います。予約はどうしたらいいんだろ(パラダイス・カフェは初めて)。

 多分、たぶん、パラダイス・カフェに直接電話していただけるか、出演者にまでれんらくしていただけるか・そんなことでしょう。

 また続報あれば次に書きます。ANYBODY, welcome!!!
posted by 浪速のCAETANO at 20:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月07日

第一回「秋の歌」

 世の中は最悪ながら天気はよい。せめてもの救いね。

 秋になるとやはり、切なく・セクシーであって「歌」が必要になる。浪速のカエターノの考える「秋の歌」

 RATHER OLD SONGS ながら何曲か。「OLDIES BUT GOODIES」なんてアルバムもあったぐらいで。

 IF by BREAD

 A LOTTA LOVE by NEIL YOUNG

 Debaixo dos caracóis dos seus cabelos por ROBERT CARLOS

 THAT OLD FEELING by CHET BAKER

 I'M NOT IN LOVE by 10CC

 Non mi innamoro più per CATHERINE
SPAAK


 The Lark in the Clear Air by
CARA DILLON


 WALK ON BY by Dionne Warwick

 SUNDAY MORNING by VELVET UNDERGROUND
& NICO


 CARINHOSO por Marisa Monte e Paulinho da
Viola


 SAMPA por CAETANO VELOSO

 LIFE IS LONG by David Byrne & Brian Eno

 以上、浪速のカエターノによる「第一回秋の歌」でした。
posted by 浪速のCAETANO at 16:26| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

他人のフリ見て我がフリ・・・

 前線の北側の空気はシベリア由来の冷たい空気。昨日で空気入れ替わったね。

 しかし、一昨夜明け方なのかな、あの雷・すごかった。近くに落ちとるね・あれ。雷神である。一昨日の場合は「かなりの祟り」と古代人なら思ったはず。タイムリーなのは「小沢くんの」祟りでしょうか。この「トーン」多いですね・最近。しかし、すごかった。

 外に出ないから、半袖で長堀まで行って失敗しました。勘狂ってた。

 他人の音楽を聞くことはいろんな意味で興味深い。批評がそこには生まれるし、おれのばやいそれが「批判」と取られること多し・だけど、それは間違いなく批評なのだけど、演ってるヒトの歳が近けりゃ、今・演奏している音楽へと至る道までわかる。

 あるとき、音楽は、現在の音楽のつまらなさに至る三叉路の選び方を間違えてしまったのだけど、間違いの一つ目は技術至上主義の路を選ぶこと。70年代終わり〜80年代初めは、おれは「パンクの時代」と言ってしまってるが、別宇宙には「クロスオーヴァー=フュージョン」と呼ばれる「安モンのジャズ」が存在し、スタッフとか・スタッフはその時だけそんなに悪くなかったが、それをやり続けると退屈極まりないことにしかならない人たちだったが、もっとアカンのはラリー・カールトンなんて耳障りのいいフレーズを連発するバカギタリストがいて、そんなのが、おれたちの裏宇宙では(おれたちが裏・だったのかもしれないが)ちやほやされとったわけ。

 その時点で「大衆音楽」なんてニュアンスは払拭され、その証拠にそんな路を選んだ人々の音楽の根拠は「上手い」ということしかなくなってしまう。「おもしろい」ではなく。いつか来た道のチープな焼き直し・なのだね。その代わり、音楽はわかりやすさを求められるようになり、深さ・を失っていく。

 ただ、その人々も「使いよう」はあるのだね。今のR&Bやジャズ系のVo.のバックのリズム隊としては使える。そんな音楽がどれほどの値打ちがあるのか・おれはわからんが、業界の音を支えることになってる。だいたい、彼らは目線はアメリカだったりする。

 脱線するが、イギリスのロック(今でさえ)がおもしろいと時々思うのは、そんなに技術に頼らずに、おもしろいアイディア(それはギターのリフだったり、ギターとベースの絡みだったりするバンドの原点みたいなことなのだけど)だけで、いってまえ・という気概のある音楽が存在することだったりする。バンド・というのが、彼らにはやっぱり大事で、それは地元のサッカーチームほどの存在感で彼らの中に延々あるのだな・ということがわかる。

 戻るが、おもしろさと上手さの両立というのは、おもしろさ→上手さの順でないと成就しない・ということなのだ。早い時点で上手さを追及することはおもしろさの犠牲の上にしか成り立たないということなのね。残念ながら、いや・実に。長くやってりゃそれなりに上手くはなるので。ピュアな精神の方が大切ね。

 まあ、どんな形でも音楽の存在はあっていいのだけど、自分ならそんなことはしないな・というだけで。その方が楽しいというわけで、ただ、最初の三叉路間違えた人も、自分を正当化しないことには首吊りたくなるから、そんな中なんとかやっていかないといかんてのはわかる。また、こんなにジャンルが多様になっちゃった挙げ句、ひとつひとつそれはこーで、これはあーで・と、いちいち解説するのも無理なのであって、ここんとこ「ほんとの楽しさ」とはなんなのか・をお見せしていく以外にないわけ。ここでも言葉なんてあんまり能力ないのだった。使い手にもよるが。


 昨日・こんなバンドがボサ姫のバックだった。正直退屈なのだった。当時は一瞬・お・と思ったのだけどね。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

うーん満足満足

 19日・来ていただいた方・どうもありがとう。あんなぐらい人がいると熱気感じるね。食べ物も充実してたね。カスレどうでしたか? おれの作品でした。グースファットは入れてないけどね。A美店長もMタキもごくろうであった。そして客なのに店員にさせられた方々、ごめんちゃい。まあそこんとこご愛嬌でね。一人三役ギターもかなり冴えてたのではないでしょうか。みなさんのおかげです。また店では11月にね。Hi!!!デイヴ・ハンフリー、またおいでね。ギター教えるよ。

 記録しとくのはいいかなと思って:

 FOTHERINGAY
 WHO KNOWS WHERE THE TIME GOES
 LONG BLACK VEIL
 以上アイルランド

 DEVONSIDE
 WALTZIN' FOR DREAMERS
 TIME TO RING SOME CHANGES
 以上スコットランド

 HARD DAYS NIGHT
 以上リバプール

 SECRET
 以上ドイチェランド

 POWDERFINGER
 UNKNOWN LEGEND
 以上ニール・ヤング

 SUNDAY MORNING
 以上ルー・リード

 JE SUIS VENU TE DIRE QUE JE M'E・・・・
 LA DECLARATION D'AMOUR
 以上おフランス

 MON ILE
 以上レユニオン

 CASA PORTOGUESA
 MAE PRETA
 以上ポルトガル
 
 FINA ESTAMPA
 RUMBA AZUL
 MI COCODRILO VERDE
 LA BAMBA
 以上スパニッシュ・ラテンアメリカ

 EQUATORIAL
 SAO VICENTE
 DEBAIXO DOS CARACOIS DOS SEUS CABELOS
 AMOR I LOVE YOU
 SORTE
 ASA BLANCA
 ROSA
 以上ブラジル

 LEONZINHO
 BELEZA PURA
 MIMAR VOCE
 O CIUME
 SUPER BACANA
 TERRA
 以上カエターノ

 MY FUNNY VALENTINE
 THE LAST WALTZ
 以上スタンダード(この言い方若干違和感あり)
 

 SUNDAY SUNNY MILL VALLEY GROOVE DAY
 以上南部

 赤いマーブル
 葡萄
 2001の小心者
 WOUNDED WHALE
 以上浪速のカエターノ

 40曲。意外とやってないな。まあ未遂に終わったのもあって、カウンター内が忙しかったから「部下との共演」ができませんでした。TEAR STAINED LETTER、やりたかったな。いや・実に。また今度。

 次は10/18@パラダイス・カフェでボサ姫と・の予定です。

 
 気分はフレンチだった。ジャック・タチの映画のようなおじさん2名。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:08| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

120分世界一周ライヴ@TODO O MUNDO

 今・「つけ麺」の取材のバックに「ライク ア ローリングストーン」と「シナモン ガール」が流れてて、「TBS今すぐ死ね」と思う。

 ボブ・ディランやニール・ヤングは「まだ」生きている。なのに・そんな・だ。

 いつ頃からだろうか。過去の名曲をつまんない映像のバックに「使い散らかす」ようになったのは。

 80年代の終わり頃だったかなあ。「ラブホ」の宣伝・それも2分ぐらいの長いのに「ホテル・カリフォルニア」が使われてた。「ホテル・カリフォルニア」に乗せて「ラブホ」の紹介がされてた、という方が近い。「ホテル・カリフォルニア」自体はあまりにもヒットしすぎて「ちょ・ごめん」とおれは思ってたから、イーグルスがそんな目に遭わされても「ふん・自業自得」と思っていたのだが。

 ただ、当時のLAの精神の退廃を歌った名曲ではあって、おれは「ちょ・ごめん」ながらもよく出来ている曲だとは思う。しかし、ラブホよ・ラブホ。ミーツがある時、ラブホを宣伝で載っけてた時期があって、「終わりや」と他人事ながら思ったことがあったけど、それと近いかな・遠いかな。ま・いいんだけどさ。

 おれの往年の名曲「ワタシ誰ある?」も「このヒトは誰?」みたいな番組で使われていたと人づてに聞いたことがある。「なにすんねん」だ。

 ただ、ビートルズの曲はそんなに使い方が荒くないように思う。まだ僅かながらその使い方に敬意を感じることがある。「使い捨て」感には少し遠い。それに比べて、アメリカのロック・スターたちの曲の使われ方はかなりの荒井注だ。

 おれたちは非差別部落民か? 昨日も書いたことにも関連するが、あのサウンドを製作するのにおれたちがどんだけ苦労してるか知ってんのか・マスメディアの「他人のフンドシチーム」の人々よ。詞を書くのに七転八倒してることを知ってんのか。

 モノを製作する人間より、媒体の人間の方がエラいっておかしくない?

 それが現実だったりする。情けないことである。

 そもそも、言葉を超えるチカラを持っていた音楽が言葉の中に押し込まれてしまったような最近の情況に不満と不安を抱いている。言葉が大手を振ってまかり通り過ぎ。だからモノゴトを説明できるひとが重宝されるんだね。わかってたつもりのものが「またわかんなくなっちゃった」そんな新たな疑問を問いかけるようなものがおれは好きです。

 解釈を確定するようなこと・もうそんなのにうんざり。そんなんじゃ「俳句」なんて成り立たない。そこから何かが広がっていく・そこに人の精神を自由にさせ、元気をもたらすものが内在していると思うのだけど、今はその広がっていたものを「収束」させるような作業ばっかりだ。

 時代が閉塞感に満ちているのかどうか・それはそのヒトの今居る場所によって異なると思うから、その問題の立て方自体は「問題」だとは思う。ただ、今まで出来ていたことがやりにくくなっていることだけは確か。そしてそのやりにくさは元へと戻る気配はない。だからそれを閉塞感と捉える人が居てもしょうがないと思う。人口が減りつつあるのに息苦しさが増す・というのは何かがおかしい。これから息苦しさが減っていくかどうかはしばらく見ないとわからない。それもこれも「自分の感覚」です。バカにはバカなりのやり方・ってあると思うよ。

 音楽の復権を目指して、ドン・キホーテ、本日もやっときます。20:00ぐらいから。


 長く走れますように。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:39| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

バカはやる・か?

 これまでの「甘く・息苦しく・このまま死んでもまあ良い」と思えるような数々の愛情場面の記憶の集積のような曲があって、それに包まれた生活をしていて、ちょっとアタマおかしいわけだった。

 世の中には「音楽」がきっとよくわからないままオトナになった方々が大変多く、まあ時代も時代なのであるが、音楽なんて詳しくなくたって生活出来るし、仕事に差し支えないし、さらに言うなら音楽そのものの全体性がかなり損なわれている時代というのもひとつあって「刺身のツマかなんか」のような扱いなのであって、ほとんど小沢くんである。

 やや飛躍もあるが、そんなもの・である。

 もう業界はほとんど「冒険」はないから、どんどん過去に音楽・であったものが「ちいちいぱっぱ化」している。秋元某なんてホント死んだらいいと思うが、おたくの大量発生がもう何年も前からそれを支えるし、これからも支え続けることになってる。

 それとあまりにもわかりやすい帝都集中で、ほとんど大阪には業界が「ない」。空気に向かってライヴするというのは非常に効率悪い。そんなもん普通の効率の悪さぢゃないのね。ある時から、売れるための音楽・というジャンルが「露骨に」出来てしまって、しかもメディアにアタマ下げないと使ってもらえないような情況も出来、メディアに支配される・なんて意味では「民主党の代表選」と同じである。

 それでもどこかに「良心」のかけらみたいなものもあるとは思うのだけど、そこに行き着くまでに5回はイヌのうんこ踏む。

 過去には「間違いなく」いい音楽が流通し、そしてそこに絡んだ人間が正統な報酬を受けとる・なんて仕組みがあった。真摯な作曲家・真摯なプレイヤー・そして真摯なリスナーがいた。音楽は希望だったし、音楽でモノを考えるということが成り立っていた。それも80年代のアタマで、すごくいい情況になったのも束の間、そこから雪崩のように崩壊していった。儲かると思えるものは大変お金をかけられ、そうでないものは放置・思えば音楽は新自由主義の学校だったか。実権場と言うか。

 なぜ・過去の曲は「いい」のか?

 それは、だれでもできることはやっぱつまんない・からだと思う。誰でも出来ない事を誰でも出来ないマナーで作っていたからだ。今は誰でも出来るマナーに溢れている。録音技術の発達はありがたいことなのだが、ややもすると、そればっかり・な音になってしまう。コムロくんの音やドリカムとかの音の「今聞いたらおぞましいこと」この上なさ・はそんなことが原因で、そんな音楽のギターソロなんてブライアン・メイがスタンダードである。あ・なるほど・だからクイーンは「定番化」しているわけか。凄い間違いを犯してしまってるわけだった。

 そう言う音を軽蔑して、オルタナティヴを探している人々もいる。ただ、「過激」なんてことをモチーフでやってるとなかなか「凄い衝撃・しかし直ぐ萎む」ことになり、がっくりだ。DJの作る音が「一瞬だけですぐ消える」のはそんなことに原因がある。すごく大雑把に言ってるが。

 最近は中年男女の「昔の歌謡曲」志向があるが、それもよくわかる。おれも昔の歌謡曲は好きだ。ただ脱国境音楽家としては、その歌謡曲は全世界の国にあるという事実から目を背けることはできない。ブラジル歌謡なんて泣けますよ。ケルト歌謡も。

 印象で言うが、「歌詞がわかる」ということに「あまりにも依存」していらっしゃらないだろうか。歌詞がわからない・という時点で思考停止あるいは拒絶・なんてことになっちゃいないのだろうか。そんな印象です。おれは世界各国の歌を日本語の歌と同列に歌っていて、明日もそうなのだけど、なんだかね「これは全地球人の財産だな」と思えるのね。それを知らないなんてのも「やや同情」します。

 「音」の素晴らしさがわかるのが「特権的」かもしれないが、だからといって、言葉だけが頼りの方々にそこんとこ譲るわけにはいかない。とはいうものの喧嘩売ってる・というわけでもなく、説明したい。体感していただきたい。馴染めば絶対みなさん好きになると思う。それはなんといっても平均を取ると「音楽的」に日本のものより「高度」だから。ボサノヴァなんてジャンルが哲学みたいだしね。

 それでいて「ポップ」でもある。そこんとこが「高度」なんだね。決して「高級」ではないので。

 歌詞も「高度な演歌」「普通の演歌」いろいろです。お国柄・いろいろでおもしろいです。

 そんな脱国境音楽をベースにしたラフレシアの「オムニバス」製作にもやっとかかれそうな今日この頃、音楽の復権を目指したい。音楽全般の責任はとれないが、自分のレーベルのことぐらいはやらんといかんですね。音源はたいへんたくさんある。「音楽」がわかってる人には「フルえる」音源の数々です。実際に「わかってる」人がフルえてました・こないだ。

 明日は明日の風が吹く。決まり文句ですが「ヒマで狂いそうな方・120分世界一周ライヴ@TODO O MUNDO」へ。お待ちしてます。これも楽しいよ。


 反・エコ・SONG。I also WANNA LIVE IN A DIRTY OLD TOWN.
posted by 浪速のCAETANO at 20:13| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月16日

酒とライヴと物忘れ

 昨夜はフラミンゴでライヴ。

 自分の曲をほとんどやらないライヴ。時々そういうことをしないと、セクショナリズムのようなものに陥ってしまう。「おれセクショナリズム」。過去に誰かによって作られた「名曲たち」のなかから「選曲」して自分の体内で血肉化されたものを自分のフィルターを通して再解釈したものを「自分の歌」として歌う。

 世の中にはたくさん音楽をやっているヒトがいるが、ちゃんとした音楽家からちゃんとしたリスナーへと渡る歌が少な過ぎる。

 ちゃんとした音楽家・ちゃんとしたリスナー・その間を取り持つもの、その三つの「不在」が主な原因だが、「えー・というとその環境はガタガタやね」ということになる。「不在」というより「荒らされすぎ」なのかもしらんが。

 JASRACがどうこうというより、「カヴァー」は「オリジナル」より下に見られる傾向があるが、なんのなんの、キミのその軟便のうんこほどの完成度のオリジナルとやらはヒト様にお聞かせするような代物ではなく、陽の当たらないカビ臭い部屋ん中で「自分が作って自分が聞く」だけにしときなさいね、「おおやけ」にせずにね、と忠告したいわけである。

 そう簡単に優秀なオリジナル作品は出来ないし、出来てはいけない。きっとカルく出来てしまったそんなものはたいしたことないからである。音楽がというか「日本のロックのようなもの」の大衆化が始まる80年代に、ロックを知らない世代に対してロックを形から導入するそんなマーケティングが始まって、汚らしい音楽が流通し出した。きたならしい音楽の代表格といえばN淵剛くんだが、そんなおれたちが「ダサ」と「嘲笑」の対象だったN淵剛くんは同じく「ダサ」と「嘲笑」の対象だったリスナーをわんさか獲得し、見事に日本人の中には「イナカモン」が数千万人単位で存在する事を証明してみせたのだけど、それは別の角度からK室くんによって、低能サウンドに意味不明な幼稚園児語を乗っけても「イナカモン」には売れるという、というかこの国には「イナカモン・プラス・バカ」というダブルの資質と才能を持った人々も数千万人単位で存在するという「市場調査」結果までだしてくれたわけでした。決定的だったね。

 最近のワカモノの詞もキモい。ということはワカモノの心象風景がキモい。おれのまわりにはTVのバカ番組外さずに見てるなんてヒト少ないので助かっているが、そんなじゃない集団の中に放り込まれたら「気ぃ狂う」だろう・と思う。ワカモノが他人と違う事をしたいと思いながらも行った先が別の他人とおんなじなんてのは、そこんとこメディアというかTVとバカ番組に大きく囲まれてしまってるという環境があると思う。

 まあ・今やなかなかオリジナル作品ですごいのは書けない時代か・と思うが、だからっつって
新地の横断歩道のところで「木綿のハンカチーフ」歌って小銭かせいでるような別のバカでもいかんのだよ。こないだ見てなんぢゃそれ・と思った。

 ロックという音楽は、同時代的に発展してきたアメリカン・ブラックの音楽と呼応しながら70年代に間違いなくピークを迎え、しかし、それはイギリスのN淵剛的なクイーンのようなリズムに「コク」のない・つまりアメリカン・ブラック的な要素が一つも入っていないバカの琴線に触れる音楽がより「商業的」であるということが判明してからは「あ〜あ」なのであって、やっぱおれは思想的にも感覚的にもルーツ音楽の片鱗が感じられない音は「軽蔑」する傾向にあるみたいである。ていうか楽しくない。その辺、風俗から音楽に入ったわけじゃないから。

 そんな意味も含めて三人で始めて今度25日にお披露目する「南部三世(仮称)」は楽しんでやってる。勉強勉強だったりする。南部のコクは「体感」するしかなかったりするから。こんな現場主義は好みだったりする。少しずつ完成してきてる。でもほんとの完成はもっと先のほうが随分とおもしろい。25日は名だたる名曲たちに囲まれて、自分の曲もそれに遜色ないのを選ぼうと思う。

 しかし、50代と毎日酔っぱらう・と物忘れの相関関係は確かにあるな。おれよりもひどい症例に昨日出会った。TAKE CARE OF MYSELFである。またまたとっ散らかりにて失礼。


 顔役が揃う。
 
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2010年08月10日

体感温度マイナス3℃ライヴonお盆

 突然決まったのですが、8.15(日・お盆・敗戦記念日)にフラミンゴ(今もフラット・フラミンゴ? よーわからん・だれがおせ〜て)、「体感温度マイナス3℃ライヴ」を行います。まあ・店主のフラミンゴ渡邊氏とは、顔を合わせれば罵倒し合うフレンドリーな関係であります。

 15人でキツキツだったなあ・こないだのカオルちゃん/とおるちゃん。電話がわからない。最近移転して以前の日宝エンパイヤ状態雑居ビルに戻りました。前の店から路挟んで西側の扇町通りが天神橋筋というか松屋町筋に当たって南に折れてすぐの「楽園食堂」が入ってるビルです。もうええかげん詳細連絡あると思います。なんといっても罵倒し合うフレンドリーな関係なので。

 出演は浪速のカエターノと岩崎・小松くん・BOSSA姫が予定されています。25日にやるユニットの泥縄式本番練習も兼ねてますが。アマチュアリズムがいいねっ。カネ返せ・は「浪速のカエターノ」ソロもちゃんとやるから、それはないです。

 詳細決まればまた。

 墓参りはお昼間でよろしくどーぞ。

 フジロックにおとーちゃん来てたみたいね。
posted by 浪速のCAETANO at 15:57| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

メトロ@ジャニス

 メトロファルスのライヴに行く@JANUS。ジャニスと読ませてなぜJAN(U)Sなのかはよくわからん。権利関係? 訊くの忘れた。ブッカーはファンダンゴ初代店長むーちゃんである。

 メトロファルスはおよそ25年前、神戸女学院で対バンした。25年前のライヴァル。今年30周年を迎えるバンドだ。継続はチカラ・だったりする。与太郎ちゃんは、ファントム以来、演劇関係のお仕事も多く、とんでもなくメジャーな人々と仕事を最近はしている。

 与太郎氏とは一昨年HONZIのお通夜で再会した。前夜遅く死んだHONZIが奥の(といっても狭い家で)ベッドに横たわっていて、その呼吸の余韻がエコーしているかのような空間だった。こちらのリヴィングには入れ替わり立ち替わりヒトが訪れ、中川五郎さんや与太郎氏、スカパラの欽ちゃん、スパン子夫婦、ZAKに連れて来られたUA、とか。五郎さんやスパン子夫婦、与太郎ちゃんなんかは腰を据えて飲んでおり、おれも東京で行くとこないからとにかく飲む以外なく、ただただ飲んでいた。ダンナのイデホフも、こんな場合、どんな顔していいのかわかんないよね、でもその気持ちわからんでもない、そんな感情を共有していたような気がする。

 その後曾根崎時代のトドムンドにも何度か与太郎ちゃんは来てくれたし、厳ちゃんやメリーさんもなんかのライヴの流れで来てくれた。

 さて、昨日のライヴ。チカラ抜けてていい感じだった。オリジナル・メンバーは上記の3人なのだが、優秀なサポートを配し、パーマネントのバンドはやはりいい。楽曲がどうこうより、あの時代・とは80年代だが、ということは70年代にコドモだったということで60年代にはもっとコドモだった・ということなのだが、遅れて来たパンク世代のエネルギーの盛り上がり盛り下がりの経験の中から、非ロック音楽へのアプローチが始まり、そこは個人の事故みたいな流浪と行き当たりばったりの出合いの積み重ねなのだが、今の・特にパンク以降のミュージシャンにはその数だけ変なミクスチュアがあり、そしてその個性を最終的に決定づけるのはコドモであった・もっとコドモであった時期の音楽体験が大きい。80年代を真ん中に挟み、時代を下る・遡る、この二つのヴェクトルがダイナミズムを産む。その後であった世界音楽もおれたちにとっては未来を感じるものであったがその中の半分ぐらいは、他の国のミュージシャンの70年代の試行錯誤であったりする。

 時間軸の歪みが顕著になったのも80年代であるが、それはまた「新しいものはないよ」というマニフェストでもあって、それは時間的にも空間的にも、つまり四次元的な音楽の旅を促す強制力が働いていたのだな・と改めて思う。

 そういう旅を結果に残している、優れたバンドです・ということだった。おれたちはお互いにシャイなので、面と向かうとあまり大したこと喋れないのだが、まあそんなことでいいのだった。

 しかし、東京のバンドを見ていつも思うのだが、みなさん分をわきまえているというか、上手いくせにオンステージ/オフステージともに紳士的だ。それに比べて大阪の・・・・いや、ヤメとこう。


 
posted by 浪速のCAETANO at 11:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月28日

ホストライヴREVIEW

 久しぶりにいい汗をかくライヴで、それまでの冬の体質から夏の体質へと変化してしまった。何だか全身の血が、夏仕様へと入れ替わった・そんな感じだった。

 代謝が一気にギアチェンジしたみたい。一昨日まではヒートテック着ててもまだ寒かったのたけど、昨日からコットンTシャツでOK。

 昨日は@SUN HALL HOST LIVE。

 ゲストのみなさんの音楽にちょいとずつ絡みながら進行していく。ゲストは6組11人。知らん仲ではないがまあまあ大変である。

 ミタキ・サカキバラのアルクヒトビトから。ここではサポートギタリスト。曲・あんまり覚えていない。それでもノリよく弾く。音源のリズムがビート感にやや欠け、たまに見失うがなんのその。これでカラダは温まる。

 次は最近バンドでベースを弾いてくれてる瀬戸一成くん。彼は奇妙なほんわか音楽・とでも言えそうな(そうとばかりも言えんのだが)やっている。これはお互いに本日のコラボに関して「忘れていた」ことがあって、MUTUALあいたたた・なのであったが、楽屋練習でなんとかなる・かな? おれが忘れていたのは、インターにソロがあるってこと。しかし・そのう、ペットが抜けておれひとりが放置されて・バックなし・のソロなのだった。脇に汗かきながらなんとかこなす。

 続いてBOSSA PRINCEZA YUUMIちゃん。パブリックな場で「石畳の街」の初回お披露目なのだけど、転調の際にどーもキーをつかみ損ねてる。舞台袖で「おとんの心境」である。うーん・まだ定着してないな。まあしかし、本番は最大の練習であって、ちょっと難しい曲を作ってしまったか・とやや反省もするが、そのうちできる・きっとね。サンバがサンバであった頃から・をDUOして声をもって上になり下になり、そこは満足な出来。カオルちゃんも最後一曲参加。おれとカオリーニョと一気にDUOするなんてこの贅沢モノ。

 そしてカオルちゃん・カオリーニョ藤原。ここは演奏には参加しない唯一のセット。ただ「共作」した2曲・があって、カオルちゃん最近それをよく歌ってる。「折り畳まれた時間」「あいまいな夜」そのオトコマエ路線から「がたがた」「時代に逆行」「リズムの申し子」と続く。いいラインナップだと思うけどね。おっちゃんやや元気なかったかな。いろいろあるからね・現実は。

 さて、今回の目玉というかお騒がせというか、キタバヤシジュンコーナー。瀬戸ちゃんベースでシューゲイザー・殺害せよ・北村くんをギターにキタバヤシジュンの曲を2曲。1曲目はおれが詞とメロディを担当した10年ほど前に作った「プログレみたいなん」。これは形容でもあって曲名でもある。4度半のコード進行でメロディ・作りにくい歌いにくい.転調も4度半、そして短三度・さらにはもう一回4度半とめまぐるしい。おれもイントロで見事にコード半音ズレの大間違い。しかし、シューゲイザーの爆音にて助けられる。2曲目はCVS COWBOYSの「片目でチンバのせむし女」。なんぢゃこりゃー・なタイトルながら、曲はアイリッシュの伝統をふまえ、さらにはイタリア古楽のパスティーシュ・それらのコラージュ。だいぶキタバヤシさん・入れ込んでて、入れ込み過ぎにて、笑える話多数発生。責任というものを持たずに・責任というものからあまりに遠いところで行きているからなのだが、長い間そうやって生きてきたおっさんの突然の責任感は「滑稽さ」を伴わずにはその責任を遂行できん・という話なのだが、またまた多くの逸話を残した。

 ホストの最後はキングちゃん。ここではハープの木寺くんも加わってギター・カオリーニョ、ベース・おれ、ドラムス・キタバヤシ・というスーパーブルースバンド。最近の常なのだが、木寺くんの横で「座って」ベースを弾く。それはカオルちゃんの目線と同じ高さ・というわけではなく、バンドの骨格を支える仕事をしたい・ということなのだ。常にフロントマンなので、ついつい、立っちゃうと目立ってしまうそんな「習慣」が身に付いてしまってる。それはブルースバンドにおける自分の技量とはやや乖離がある。だから、そんなことを抑えるために座る。そしてキタバヤシ/カオリーニョとアイコンタクトを交わしつつ、音の骨格を支える。まあ・ゾーキン掛け・だね。しかし、そのゾーキン掛けが楽しいのである。ブルーズのばやい。一言でブルーズというがそのジャンル内ヴァラエティは驚くほど豊かでもある。ブギからバラード、ストマン・コード進行のフェントンの曲、そしてストンプと、おれも充分楽しんだ。

 しかし、この時点でかなり疲れてしまった。

 最後に自分パート。久しぶりの「土曜を逃げろ」「ワタシ誰ある?」そして、カオリーニョを呼んでなつかしの「大快楽物質E」。サンホールの社長まで客席おるやん・足立っちゃん。パンキー・ズーク、パチャンガ/サンバ、正統ズーク、と来て最後は「手品師の帽子」で終わる。アンコールにも応えれんほどの疲労でしばらく楽屋で動けませんでした。

 しかし、その間に着々とおれのカラダの中では代謝における「脱皮のようなもの」が行われていたのでありました。

 次のホストライヴは7or8月の予定です。あーーーーちかれた。いや・まぢで。
 


 
posted by 浪速のCAETANO at 16:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

ホストよん

 さて、本日は@アメリカ村SUN HALL、マルタニカズ・HOST LIVEですが、「雨男」いまだ健在で、午後からきっと降るのだ。

 おれたちが奏でる音楽は、今・という時代の閉塞感をひとりひとりが自分の心の中で一瞬取り払ってみたら、すごく楽しめる音楽なのだけど、人は時代のヴェクトルにある程度は寄り添わざるを得ず、そこから来る足元の腐敗に絶えず晒されるわけだから、しかも市場原理主義はそりゃもうカラダごと・家ごと・街ごと持ってっちゃうから、価値観は混乱し、その混乱を整理する間もなく、次の混乱がやってきて、地震の復旧もままならない時に火山は噴火し、洪水が起こり、竜巻が舞う、そんな社会では正気を保つことさえ難しく、あるいは正気を保つために全エネルギーを費やせずにはいられず、人が文化的に生きようとすることは、人が人であるための基本的営みとバーターするしかなく、そんなことを思えば、フツーに生きることだけだって大変なことになっちゃってるから、なんか打倒そんなとこ・で音楽をメディウムとして繋がれんものか・とはいつだって思ってる。

 多様を偶然にも持ち合わせた場合、今はものすごく不利である。でも、しょうがないんだもんね。よく年下の彼・彼女と話をすると、多様を否定的に捉えてることに気付く。イメージがボケて、結局流れていく・みたいなことなのだが、情報過多の環境での自分の護り方みたいなことだと思うのだけど、アタマではわかるが、カラダがそれにはついていけない。まあ・ニッチな世代特有の傾向かもしれないが、どうも固有の「快感原則」に従ってしまう。

 すごすぎてわかんないのか、しょぼすぎてわかんないのか、どっちなのかわかんないのだが、ありのままを曝け出す機会である。もっと周到な準備ができれば良かったが。

 まあでも、参加してくれた人々と来てくれた人々とでいい時間を持ちたいと思ってます。

 土曜は神戸のチリ人と、日曜は中津のインドネシア人の団体と、昨日は中国・韓国・台湾人の生徒と、それぞれ数時間過ごすのだが、なんか、そんなのが「普通」で一向に構わんのだけどね。元気だったら「毎日がパーティー」でもいいんだけどね。「体力だけ」がすべて・ですね。ほとんどアタマっていらんよね。アタマ単独ではね。


 本日来れない方に。VERDADE.
posted by 浪速のCAETANO at 11:01| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月05日

詞を書く

 もわー・とあったかい。でも明日からまた寒いそうだ。寒いと言ってもこの時期の寒気にウォッカ一気のみの根性はない。ヒートテックでプロテクションOKだろう。

 カオルちゃん(カオリーニョ藤原)のソロアルバム用の歌詞を書いていた。まあ喜んでいただいてこちらも嬉しいのだが、やや難産だった。日本語を前提としたメロディーってそんなにリズムが複雑ではない。演歌にせよ、JPOPにせよ、細かくても8分のウラぐらいまでで、そんなのに日本語を当てはめてお話を作るぐらいはお茶の子さいさい・さのよいよい・なのだが、カオルちゃんの持ってきたメロディーは、おれたちにはよくあることなのだけど、16分のウラでメロディーゆらゆら、つまり作曲の時と作詞の時はお互いのことを全然考えない・ことがあったり前で、そういった思いやりのなさが真摯な姿勢なのであって、これはオノレが詩・曲両方作る時も全く同じ。

 さらに今回は作曲者からの「括り」があり、それは「40代オトコと30代オンナの、不倫ではないかな・ないな・いや・それでもええな・いやどうかな・まあええわ・どっちにせよ(!!)、まあ恋愛というものはこうありたいものやな・みたいな」「なんかな、もの倦げな気分やねん・でも僅かながら希望もあんねん・みたいな」と言い残してアールグレイを飲み干して帰っていったカオリーニョ藤原というおっちゃんがおって、なんかわかったようなわからんような、「ほうほう・うーん・まあまあ」など曖昧におれもお茶を濁していたのだが、「納期」が近づくにつれ、期末テストがあって実はしばらく忘れとったのだけど、突然メールがカオルちゃんから来て、「4日に行きます〜」とそこにはあり、おれも3日に試験が終わったとこだったから、やや・というかかなりアセったわけだった。

 で、スローなブラジリアン・ボレーロでいーっぱい音が詰まった中で歌詞を考えながらその音たちを括り・仕分けし・再構成していくわけだけれども、オリジナルのメロディーのニュアンスは極力残し、しかし、話を始め、話は跳び、エキセントリックな言葉の並びをサビに持ち込んで、それでも歌としての整合性を保ちつつ、これはポップスなのだがポップスにあらずという際際のとこで収める。

 で、自分で歌ったものをPRO TOOLSに吹き込んで、それをCDに焼いて作曲者に渡す。

 で、ウケの問題は置いといて、ヴォーカリストとしてはおれはカオルちゃんに一日の長があるので、その歌はプロトタイプであると同時にテキストでもある・ということになる。そんな過程を経て、ひとつの曲が「共有」されていくわけである。だから、「手品師の帽子」でも、変なセクショナリズムに陥った、主にカオリーニョシンパのアタマ悪いのが、手品師の帽子って「曲は」カオリーニョで詩はマルタニさんと、詩はマルタニさん部分をものすごく早口で言ったりしてるのにたまにカチンとクルことがあるけど、そんなものはやなあ、お前ら如きのぺーぺーに言われたないのよ。「共有」なのよ「共有」。おれはカオルちゃんがそれらの曲を「おれの曲」ということに100%異論はないし、それらの曲をおれが「おれの歌」ということにカオルちゃんも100%異論はないわけよ。一粒で二度おいしいの。

 だからね。いい作業を終わった後はいい気分なわけよ。見事に作曲者・作詞者ともにカネがないが、これがさ。世の中なんか間違っとるでしょう。しかし、今度のカオリーニョ・ソロはいいと思う。カオルちゃんの他の曲もかなりいい。「時代に逆行」や「リズムの申し子」。ならでは・のラインナップになるはずです。トドムンドの投げ銭時にもだいぶ受けてたもん。おれはウケた。

 間違っとると言えば、5才の息子を餓死させたおかんの「ダンナに似てるからその子が嫌いだった」という発言。日本人のあかんとこのすべてがこの一言に「凝縮」されていると思います。「救い」がない。なさすぎる。

 カンケーないがトドムンドのひとたち・ほんとに「英語」勉強してな。それって「交通安全」てタトゥー入れちゃったアホのガイジンといっしょやで。


 ARE WE not MEN?
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2009年10月22日

カオリーニョ@TODO O MUNDO

 毎日陰鬱だった。だけど、やれることをやるしかなかったりする。

 というわけで本日は「カオリーニョ藤原」の投げ銭ライヴ@TODO O MUNDOです。

 なんと・かおるちゃんがあなたの耳元で演奏してくれます。完全生ライヴ。

 チャージとかありませんから、気軽に来て、そいで、「うーん」と唸って、「おおっ」と盛り上がって、時にしんみりなってジーンともきて、最後は「わっはっはー」で終わりたい。

 みんな・待ってるよー。

 人生の花・THIS IS 艶歌ボサ。
posted by 浪速のCAETANO at 10:06| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

IRREPLACABLE

 病気で、または自ら命を絶って、ヒトって死んじゃうものだ。

 いずれ、死ぬのだから、早いか遅いかだけなのだが、どれくらい自分が大きかったのか(あるいはちっちゃかったのか)試しに死ぬわけにはいかなかったりする。死は一回性。生もまた一回性だった。

 加藤さんもこんなにある年代を中心に悲しまれる・なんてことがわかっていれば死なずに済んだのかもしれない。鬱病とはそんなものなのだろうか。自死に向かってあまりに用意周到で、そこまで気力が「モツ」ものなのだろうか。よくわからない。

 精神科医の北山さん・京都であった時になんとかしたってよ・とは誰もが思ったりしないかな。

 そういえば、かつて京都の「市」で加藤和彦・安井かずみ夫妻を見たことがあるのを思い出した。陶器を見ていた。なんか彼らのいるそこだけ非常にリファインドな空気があった。がさつさとは無縁の、公家的でかつ都会的といったそんな雰囲気。今をときめく・なんて表現はダサイがそんなこと。自意識がほとんど加藤さんには感じられなかった。

 遺書が密葬の場で公開されたみたいで、こう綴られていた。

「これまでに自分は数多くの音楽作品を残してきた。だが、今の世の中には本当に音楽が必要なのだろうか。『死にたい』というより『生きていたくない』。消えたい」

 情況への批判とも受けとれる。まあ、そっち方向から見よう見ようとしているおれもいるのだが。誠実で才能のある音楽家に虚無感を覚えさせるようなこの環境。その評価が過去の過ちへの反省もなく歪んだカタチで固定化していくそんな環境。そこんとこ修正しようなんて気力も喪失してしまった惰性で動き続ける音楽業界。

 政治のやり方だけはちょいと変わるのかな・ぐらいのところまできているが、人はこと音楽なんてサブ・ストリームにあるものにはものすごく無批判で体制迎合的だったりする。
 
 人は毎日死んでいくが、若くても年老いていても、そのことは実は重たいなあ。

 より繊細ではなく、より強欲な人たちが生き残ることになってる・なんだか不思議だけど。何かに執着することは寿命を延ばすのかもしれない。厭な感じだけど。


 このセンスが今はもう存在しない。ものすごくコストがかかっていたのだ。

 彼のセンスって決して80年代以降のものじゃなく、60・70Sの原体験から日本とともに発展したもので、だから、その一回性ゆえに不世出であり、だから凡庸な音楽家でも彼に「関わっている」だけで、そのセンスに包まれたわけだ。音楽を作る上でのコアになるもの、それは理屈とかではなくなんだかもわーっとした、現実と非現実の間を行き来するエネルギー体なのだが、お金も時代性も想像力も才能も環境として必要で、そのまれなるものが彼には偶然あった。だから周囲は夢が見れた。これからは見れない。ダサイ人々が残っただけだ。
posted by 浪速のCAETANO at 14:24| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

考える

 なぜ、加藤和彦氏、死んじゃったんだろう・とずぅーっと考えている。

 いろんなことがTVからは流れてくるが、印税による収入だってあり、お金はたっぷりあったはずで、おれの年間2500円とはエラい違いだし、ほぼすべてのミュージシャンが彼のことを尊敬していたはずで、現在は最先端でなくとも(今って最先端は最先端ではなく、最先端なんてモノは存在しない)、これまで最先端が意味のある時代までは常に先頭走ってたのは事実で、ある時日本の最先端は「YMO」になってしまったが、そのYMO+αを起用して作った「パパ・ヘミングウェイ」から始まるあの金字塔とも言える三部作。

 安井かずみさんと共に作ったあの金字塔。安井かずみさんはまあなんというかトーキョーの先端人間で、加藤氏よりもいくつか年上で、彼を見事に素敵なオトナへと変えてくれた、そんなGURUでもあったと思う。そして、彼女にライフスタイルから何から影響を受けながら、極東の視点でヨーロッパの退廃まで表現してしまった・というのがあの三部作だった。当時の極東はかなりのものだった。ヨーロッパは黄昏れていたが、当時ニッポンはバブル。

 TVによると、誰もその三部作に言及しない。安井さんのことには触れたとしても。

 おらは死んじまったダー・か、いのーちーかけてとー、ばっかりだ。

 彼は作曲家である。作詞は北山修氏であり、安井かずみ氏である。彼の死後でさえ、それが代表作なんて言われるということは一般的に、彼が存命のときでも軽薄な人々はそう思っていたということだ。なんか不本意な感じがしてる。作曲家であってサウンド・プロデューサーな彼を語るのに「おらは死んじまったダー」で果たしていいのかどうか。日本人の軽薄度は等比級数的に増大している。

 あの三部作の歌詞は、びっくりしたことを覚えている。それは安井かずみ氏がこんな歌詞を書けるとは・という驚きで、あの歌詞にあのサウンドで、ヨーロッパの歴史が凝縮したわけだった。それほどの大作だ。書いたということは書けたのだ。「成熟と退廃」が見事に詰まっていた。

 オトコにとってオンナの人というのは大きいなあ・と思う。加藤さんはミカ氏とのサディスティック・ミカ・バンドは木村カエラで代用が利いたけど、多分そんなのやってもやらなくてもどっちでも良かったんじゃないかな。「タイムマシンにお願い」や「スキスキスキ」もキャッチーな曲だが、まだあれはトノヴァンがオトナになる前の曲だし。

 それほど、その三部作の意義は大きいのだが「?」だ。誰も取り上げない。完全に無視されている。大衆社会ならでは・だと思う。東京の正にYMO周辺のミュージシャンならきっと同じ意見だと思う。あそこが一番すごかった・って。

 一番すごいとこを「素通り」されて、でもなんだかしらないけど先駆者だ・大御所だ・といわれるのなら内田裕也と変わらんじゃないか・と思う。永ちゃんとか。それ意味が違う。

 歌を歌ってるヤツ(いわゆるヴォーカル)のルックスだけで「かっこいい!!!」となる時代である。そこに「人間の凄さを見る」なんてバカなコメントが大手を振ってまかり通る時代だし。富澤一誠なんてバカが「大衆及び業界迎合コメント」を日経とかにいけしゃあしゃあと書いてなぁんもブーイング来ない時代だ。それほど音楽はシロートのためのものに成り下がってるのね。

 オトコにとってやっぱりオンナの存在は大きく、加藤さんにとっては安井かずみさんが限りなく大きかったのだと思う。そしてその二人で成し遂げたあのグレイトな作品群。それ以降は90年代以降の靄のなかに加藤さんもまた霞んでいた。90年代・それは「サルが作ってサルが聞く」という時代の始まりだった。

 そんな中で、あの三部作がベンチマークとなってしまってたとするなら、それは悲劇としかいいようがない。それを超えたいと思うのがアーティスト。しかし、「一人」では超えられない。しかも、それって一体なんですか?というのが業界とお客。

 大衆音楽の現代の難しさ・がそこには見えたりする。どんなにかっこいい音楽作っても売れなきゃしょうがない。そして,売れるか売れないかはヴォーカルのルックスが今的にグッドかどうか。業界の視線は「今だにメジャー視線」だ。オリコン一位が一万枚ちょいのこの時代に。加藤さんの言う「やりたいことがなくなった」は、今の業界・音楽情況では,という枕詞が付けばわかりやすい。

 思うのだけど、「誠実な音楽家」は90年代から生きにくくなったはずなのだ。バカが開き直っちゃったからだ。小金持ったバカが、開き直って、そこへ向かって、これまたバカな「音楽家」なんて言葉に値しないバカが、そこにものすごく安易な迎合を始めたからだ。もうギャグでしかないような音楽に溢れた90年代だった@ニッポン。

 なんだっけ、天皇のなんとかの会で「お歌を披露するのが前回がX-JAPANで今回がEXILE」なんでしょう。

 「不敬罪」だ。

 
 YOU'RE A LITTLE GIRL. いつもピニャ・コラーダ。

 

 


posted by 浪速のCAETANO at 20:54| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

トノバンが・・・

 トノバンがなくなった。自殺だという。

 理由とかはまだよくわからない。だが、自殺は絶望の表現だからなあ・と暗い気持ちになる。

 日本人のミュージシャンでは尊敬出来る人だった。一番尊敬していた。

 「素晴らしい愛をもう一度」北山修・作詞、加藤和彦・作曲、も良かったが、なんと言っても安井かずみと夫婦だった時代の「パパ・ヘミングウェイ」からの三部作が素晴らし過ぎた。あの作品群を越える楽曲群・アルバムは未だ出ていない。安井さんの詩もすごかったけど、そのアルバムのコンセプトが、当時の日本の最高のミュージシャンたちとのコラボレイションにより奇蹟になった。奇蹟が三回続くと、それは奇蹟でもなんでもない。それが実力ということだ。

 多分、そっちはあんまり触れられることはなく「ヨッパライ」とか「イムジン河」とか「素晴らしい愛をもう一度」のことばかり取り上げられるのだろうが、そうではない。それだけではない。あの三部作は「明治から始まった日本の近代化の到達点」なのだった。

 ここんとこ大袈裟に聞こえるかもしれない。でも真実なのよ。ほんとにほんとに。

 ミカバンドの先見性も忘れちゃいけない。当時はキャロルみたいな、おれからするなら、かっこわりぃロックンロールバンドがメインの時代だ。70年代半ばのこと。YAZAWA氏は人としてはかっこいいけれど、音楽は大嫌い。

 当時、Tレックスやモット ザ フープルやティヴィッド・ボウイに加藤さんもいち早く反応していたのがわかってた。だから、カッコ良かった。

 音楽情況は90年代からもう「なし崩し」という言葉がぴったりの悲惨なことになってしまった。21世紀になってからは、何をか言わんや・だ。

 どの業界も同じだけど、マーケットを広げようと思えば、それまでの顧客以外のセグメントに訴求しないといけない。資本主義の宿命というなら、それもよし。しかし、そのことは、例えば音楽の業界・クルマの業界でいうなら、「売れるモノ」を勝手にトーナメントで何個かの「超売れるモノ」へ収斂させ、「カッコいい・値打ちのあるちょっと売れるモノ」を「売れないモノ」へと貶めてしまう。

 アホでも聞ける安易な音楽、サルでも乗れるイージーなクルマ。そういう辟易とするものだらけが氾濫する。業界人もホントにバカであるから、お金の匂いに引き寄せられる。ちょっとでも「売れそう」なものしかリリースしなくなる。その結果どんなことが起こっているか?

 結局、ワカモノには「?」かもしれないが、その音楽の質が急降下するわけ。コムロとかが偉大なアーティストみたいになっちゃってたことがその証拠なのだけど、やっぱつまんないのね、曲が、詩もだけど。それはも今現在のオリコンのトップ10とかで「1万枚」以上売れてる曲が2・3曲しかない・という現実を導いてしまう。たった「1万枚」も売れんわけよ。メジャーがよ。広告もできないよ・そんなじゃ。

 クルマにしてもそうだ。おばはんとかでも運転出来るクルマばっか、売るからさあ、軽やワンボックスの死ぬほど醜いクルマが日本の道路を占拠することになる。

 結局、今モノが売れない業界、そんなのばっかだが、それは業界人・つまりアンタらが、そうしちゃったのよね。目先の儲けに目が眩んで、そのマーケット自体を潰しちゃったわけよな。ホントにバカな人たちだ。

 資本主義の最終段階だからとも言えるだろう。が、しかし、彼らに気概がなかったことは確か。もう21世紀に入ってからなんて、悲惨の極み。

 加藤さんが絶望しても、しょうがないかな・と思う。ホントのとこはまだわかんないが、遺書があったというから、そのうち漏れ聞こえてくるだろう。

 ホントのとこはわからない。かつてジョイ・ディヴィジョンというあまりにもストイックなバンドのVO.だったイアン・カーティスが、やはり業界に絶望して自殺した。しかし、本当は彼女にフラれたことが原因だった・なんてこともある。ヒトの絶望の方角はそのヒトにしかわかんない。

 日本の音楽の質を劣化させた戦犯は、尾崎豊とブルーハーツだ。ブルーハーツは対バンもしたことあるから、よくわかってる。音楽的に,その後の世代になんのインスピレーションも与えない3コードの遅れてきたパンクの残りカスだ。もうそんときにゃあ、パンクは終わってた。尾崎もブルーハーツも日本人の貧しさをものすごく体現したシンガーとバンドだ。インスピレーションはなぁんにもないが、その後の世代はみんな影響を受けてしまってる。「悪影響」だ。そして、歴史は「もいっかい」ができない。資本主義の最終段階ともカブる。日本人の「喜劇に近い悲劇」だな。

 加藤さんの気持ちがわかるような気がする。最も敏感な精神がそんな目にあったりする。ご冥福を祈りたい。

 うたかたのオベラより。何でも等価・ってのはいかんよ。脱構築・がよくなかったのかもしれない。
posted by 浪速のCAETANO at 18:37| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

masterpieceの塊

 ふとしたことから、このところ旧いラテンをよく聴いている。

 ものすごく曲として高度で引き込まれてしまう。ブラジルのみならずラテンアメリカ全般といってもいいと思う。

 おれは残念ながら音楽に関しては「消費者」ではないので、その曲を体内に溜め込むことになる。聞き流しの出来ない曲ばかりで金縛りみたいになる。体調悪し・だ。

 過去の音楽家(コムポーザー・プレイヤー・シンガー)の熱に直接あてられる感じは悪くないのだがそれを受け止めるのにものすごく体力が要る。

 その音楽とは、現在のたとえばJPOPなんかとはジャンルの違う何か・何て言うのかよくわからんが、コアなマトリックスであって、ほぼ大衆音楽なのだけど、じゃその大衆はどんだけ音楽的にレヴェルが高いのだ・と今の情況からすると予想もつかないわけだった。

 どの曲も「屹立」しているのだった。

 世の中の流れ・といえば、はいそれまでよ・なのだが、「安易に論じ合える事柄」が多過ぎると思う。

 消費者が「どうモノゴトを消費するか」でしか、オノレを表現出来なくなってから久しいと思うが、そこんとこ、それこそ安易に受け入れてる人々多し・でげんなりなことがある。

 例えばフランス人との共通点がそれ・だったりするなら嬉しいとは思う。違う・ってとこがスタート地点だったりするからなのだが、なんだかなあ、みなさん「安易なシムパシー」に嬉しがり過ぎではないのか・と言っておきたい。

 そんなに自分に自信がなく、群れ・を志向したいのかな・と思えば、ココロが寒くもなるが、エエ年こくとヒトはもう変えられない。あ〜あ・である。

 あ〜あ・なのだが、周囲にガン飛ばしてもしゃあないから、オノレの内部を深めて行くことにする。最初からそれでよかったぢゃん・という身もフタもないが、一回りして落ち着くべきとこに落ち着く。


これTVドラマの主題歌なのかね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:16| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月23日

セットリスト

 16日のセット・リスト

 1.ワタシ誰アル?
2.WOUNDED WHALE
3.コンドル2
 4.手品師の帽子
 アンコール
  ヴェランダ

 22日のセット・リスト

 1.明け方の哲学者
 2.空と海〜EQUATORIAL〜水蒸気(medley)
 3.LAST DECADE
 4.らくだの夢

 記録は大事でちゃんとやっとくのである。

 記録は大事だ。

 さて、次は久々のラフレシアン・コムプレックスの準備。

 まあしかし、ライヴの翌日というのは、尋常ではない。あんまり何もできない。

 なんか変なもんいっぱい出てんだろうね・アタマん中で。

 特に昨日のようなギターを弾きまくった後はもひとつ「今日は多めにだしてま〜す」という染之助・染太郎だ。

 ギター・好きなのね。エレクトリック・ギター・ね。

 まあ一日アホでいるのである。ぺろとごろごろ。


 マラゲ〜〜〜(ちんげ〜〜)ニャ。いや・アホやから本日特に

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月20日

カモ〜ン

 8/22(土)FANDANGOに出演します。

 対バンは良く知らない・若い子だと思います。奄美の子らが一組いたような気がします。

 「歌もん」をやってくれ・と依頼が来ていて「おう・歌もんね」と了解したわけですが。

 普段の「脱国境音楽」という括りの中では、なかなか出来ない曲というものもあり、最近の「お腹いっぱいまでやらない」というライヴ情況では、およそ100曲がいつもお蔵入りしてしまいます。

 いつもはやらない100曲のうち、5・6曲やってこようと今選曲中。

 まあ・でも・ハズレはない・と確信しています。

 ですので、よろしければ。出番は8時前後かと。


 こういうものが過去には歌もん・だったのね。
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月17日

しいちゃん追悼の

 しんどかったけど、おもしろかったけど、しんどかった。

 「FAREWELL TO GREAT MOTHER OF 十三」は無事終了いたしました。関係者のみなさん・ご苦労様でした。来ていただいたみなさんありがとうございました。

 初期ファンダンゴのメンツであったぽーの橙橙から始まり、カオリーニョ藤原の強烈艶歌BOSSA、キング&ハートビーツは松さんのギターが炸裂して、やっぱブルースバンドはそれがあると絶対的だ。そしてそのあとに出たあの小僧のような人は誰だったのだろう。ちょうどXOUちゃんに曲の指導に行ってて聴けなかった。その後シュトウケンイチくんの一人ブルースにウルフルケイスケがゲストで入り、観客を湧かせ、ほろほろ鳥。彼らは良かった。ギターのいないピアノ・ベース・ドラムとVO.屋台仕様の提灯も雰囲気で70年代の京都を思い出してしまうような。で、トラブルもあったが最後はマルタニカズ・ヒットメドレーで「まとめる」もちろん、バックはカオリーニョ・XOU・純プラス伊丹くんとぱあこちゃん。うまくまとまったと思ったけど、どうだったんだろうか。

 後半にはむーちゃんも登場して、パパにげらっちに更に懐かしのFANDANGOメンツが集合して、後コング桑田が来れたらな・惜しかったな。こってりも身体だいぶ悪そうでちょっと心配だけどな。

 まあ、みんな年を取っていくのだが、しいちゃんのおかあさんが居てくれたファンダンゴでおれたちも育っていけてた・なんてのは奇跡的でもあり、そして最高に幸せだったのだな・と思わず目頭が熱くなる。

 そのあとしいちゃんの二階で打ち上げる。昨日みたいな日は、そんなになかろうが、その現場に居れた人はなんらかの大きなアウラに包まれていたはずだ。そのアウラはしいちゃんのおかあさんがかつて「そこにいた」という事実に由来する。

 「記憶とか想い出だとか何の役にたたないってこともない」

 いや・ほんとに。

 かつて味わった幸せを異なる環境のもと、再現する。環境は異なるから、同様にはならない。でも再現しようとする。それだけでもう良かったりもする。


 
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2009年07月30日

告知など

コンテニュアスなリハビリ計画が立てられています。

まあ・理想的。

8/1(土)@SUN HALL
WATUSSI(from Australia)
Heartful☆Funks
ally
マルタニカズ

OPEN 18:00/ START 18:30
前売 \1500 / 当日 \2000

これがこないだ「藤の湯」で突然決まったライヴ。オーストラリアからのWATUSSIくんはルックスから判断すると、アボリジニの血も混ざっとるのではないかと思われます。「レゲエ/ラテン」な音という足立っちゃんの話。マルタニカズは19:50〜20:20と聞いています。




8/16(日)

『FAREWELL to GREAT MOTHER of 十三
~しいちゃん追悼ライヴ』
マルタニカズ/カオリーニョ藤原/キング&ハートビーツ
/ほろほろ鳥/橙橙
/シュトウケンイチ(コックァドゥードゥルズ)
*スペシャルゲスト有り!!

OPEN 5:30 START 6:00
\ 2000(inc.1drink)/\ 2500(inc.1drink)


しいちゃんのおかあさんの追悼です。おれもかおるちゃんもキングちゃんもウルフルズも大変世話になったしいちゃん。と・いうことでスペシャル・ゲストとはウルフル・ケイスケです。

チラシに載せた文章を添付しておきます。

しいちゃん追悼ライヴ
(FAREWELL to GREAT MOTHER of 十三)

「大きな人だった。
 FANDANGOの初期から中期、特に初期、まだできたての十三のライヴハウスがあっという間に「あそこはいい!!!」と評価が定まったのは、しいちゃんのおかあさんの存在による。それほどFANDANGOとしいちゃんは初期〜中期ファンダンゴ出演者にとって、まるで夏の日の串カツとビールのような、あるいは絶妙な漫才コンビの相方同士のような、お互いがなくてはならない存在であるという堅い関係ができていた。だからおれたちはファンダンゴでのライヴが終わると自然に「焼肉の口」になってしまうのだ。
 おかあさんがいたからムーちゃん(初代店長)はじめ初期スタッフがいれて、そして初期〜中期出演者が思う存分音楽的に暴れることができた。その頃の音は現在よりも「希望」や「可能性」という抽象的なエネルギーに溢れていた、そんな気がする。
 ファンダンゴに出演するときは「帰ってくる」という気持ちだった。ホームである。ホームには普通マザーがいる。それが誰かは言うまでもないが、一般的には子供はある時期が来ると「母離れ」を模索する。しかし、おれたちはほぼ全員「母離れ」をしたくない子供たちだった。東京や大阪の他のライヴハウスから「帰って」きて、「よしよし」されたかった。多かれ少なかれおれたちはみんな「しぃちゃんチルドレン」だったのだ。

 出来の悪い「息子たち」からのグレイト・マザーへの、言葉では表現出来ない感謝と追悼の意を音と声に込めて。」


9/2(水)
ラフレシアン・コムプレックスVol.8@中津V-CODE

ここはまだ値段とかは決まっておりませんが、今のところ出演は:
レス ザン ゼロ、すっぽんぽん'ズ!!!!、かみじょうたけし!!!キング堀内、カオリーニョ藤原、マルタニカズという感じです。

久しぶりのラフレシアン・コムプレックス。Mグが2日前に帰ってきます。かみじょうくんも出ます。一体何をするのでしょうか。キングちゃんはこの日はマルタニカズプロデュースの曲も。このライヴは詳細は後ほどということになります。



国民的歌手とは美しさとそこにいる人々との魂間のフィード・バックがいつだってなされているものであった。クラウディア デ コロンビア。名前もドッカーンだ。
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2009年07月04日

JACKSONとその世代

 ちょっと体調が悪い。2日連続で欠席。tutorでいっぱいいっぱいだ。

 いっぱいいっぱいからそれを越えてはいけない・と何かが言っている気がする。無意識の何かなのだが、それに従う。きっと暑さと前々からのトラブルの余波のミクスチュアが原因でしょう。

 トラブルの解決って手をつける前にどっと疲労感が出てしまい、先送りとなり、それがまた疲労感の元となる・そんな悪しき循環をもたらす。でもいい加減何とかしないと。限りなく気は重い。

 まあしかし土日はピーターパンである。

 ピーターパンと言えばマイケル・ジャクソンなのだが、ギャグの対象になりがちなマイケルなのだが、それは大衆がイッパシの意見を言うようになったことと関係が深い。も一つ言うなら、ブッシュ政権8年間の極右超大国の大間違いとも関連してる。

 特に切れ切れの情報(主にスキャンダラスなこと)しか入ってこない日本では、それプラス顔の変遷くらいしか話題にならず、あとはマイケルがネヴァー・ランドに何百億とかそっち方面の視点からのニュースや数々の奇行など、なんだか、今うようよいるオカマ・ニューハーフタレントのブレイクの下地を作ったみたいな役割を無責任に押し付けられていたような気がする。

 しかし、ほぼ40年前から、フィンガー5の例や、今のとりあえずノリのいい曲には意味も無くうしろで踊ってるその他大勢がいる・などというように、ものすごい影響を、そのプロトタイプとして与えたやっぱりビッグ・スターなのだけど、おれはそこんとこはまあどうでもいいのだけど、それよりも、2001の時にアメリカが国を挙げて「復讐モード」と化した時に、それに対抗しようとした数少ないアーティストの一人であった・ということだ。あの時、一番印象に残っているのは、ニール・ヤングによるピアノの弾き語りのイマジンだったが、マイケルは独自のやり方で犠牲になった人々への追悼曲を録音しようとしていた。

 いわば、その非常事態の中で「正気」の大切さを逆風を受けながらも訴えようとしていたわけで、ただその奇行とスキャンダルがまた別の角度からの逆風となり、その本意が伝わらなかった・そんな印象がある。

 この21世紀の最初の10年間はものすごくアメリカが保守化・それも宗教をベースにした保守化という、まるでアメリカが敵視する国と同じ構図に陥ったがゆえの「近親憎悪」か!!とツッコミ入るぐらいの・らしくないDECADEだったと思うけど、そことの馴染みにくさが彼の奇行の一因だったことは間違いなく、それは「アメリカだけ・より世界を」「イデオロギーの硬直よりも優しさとか柔軟さを」そしてもちろん「闘いよりも平和を」というほんとのアーティストであるならあったり前ぢゃん・な考え方をもつキャラクター付きアーティストとしてはかなり生きにくかったはずなのね。

 日本のワカモノなんて、彼が人生をギャグにして生きてるヒト・なんてイメージがあると思うが、おそろしいことに、そのガワだけパクったような人々が現実にあちこちにいる。「ガワだけパクる」正にこれ・ニッポン人らしいことなのだが、その「風俗的パクリ」が、その着地点はどこになるのか・うーん「聞きたくない・知りたくない」とにわかに南方師匠になるのだが、なんだかいやな気がしてる。

 ありがちなのだが、マイケル・ジャクソンも「被虐待のコドモ」だった。

 21世紀の最初の10年は、「優しさがネガティヴ」な結果に終わることになるDECADEだった。

 そんなことはどう考えてもあってはならないことなのだけど、時代は「小賢さ」や「パワー」を根拠に進んで行った。30代・40代の前半の人々のことはわからないが,アラウンド50代の人々にとってとてつもなくツラい10年間だったと思う。それはものごころついた時代の「差」なのであって、それこそ誰のせいでもないんだけど、アラウンド50の人々が見て聞いて感じた何かが30・40代の人々が物心ついた時にはもうなかった・というただそれだけのことなのだが、そのことの重さを表現する言葉が急には出てこない。それは60年代と70年代の間で失われてしまった何か・ということなのだが、それはひょっとしたら「貧しさ」かも知れないし,「熱」かもしれないし、「自由の可能性」かもしれない。しかしどの言葉も不十分だと思う。

 より先端で生きる者はより時代との軋轢を経験し、より多くの成功とより多くの挫折を味わうものだから、マイケル・ジャクソンの死は、なんだかそんな風にも捉えられる。

 しかし、これから世界のパラダイムが確実に変容していく時に、そこを生き延びることの出来なかったマイケル・ジャクソンの「コアな部分」それは奇行や整形の背後に隠れてしまって見えなくなってしまっていた部分が、彼の伝説化とともに再び浮上してくるに違いないと思う。そしてみんなはそのとき無責任に驚いてそれを賞賛するのだろう。その無責任は責められないんだけどね。


ABCよりこっちだったりする。
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

SO PITY

 tutor先でおかんの愚痴(至極まっとうな)に付き合ってたら11時回ってた。

 最近にしては遅い時間に出勤して、7月に予定していた近くのデザイン事務所の周年パーティの思いの食い違いに、そんなんじゃあやってられまへんわ・ということになってひとしきり荒れて、しかし、せっかくのいい機会だったのになあ・と残念に思う。いやー・ホント残念。

 「やってや」「やるわ」で、事の詳細はお互いお任せで物事成立・というほど人間関係に成熟はまだ見られていないわけであった。

 しかし、ほんともったいない音楽家たちとの出合いだから、どこかでライヴができたらな・と思ってる。久々な音楽的トキメキだったのだから。


 旧ブルーノートのライヴでは「あんまりな選曲」に思わず「カネ返せ」と怒鳴ってしまったガル、だけど、適切な歌を歌えばやっぱりいい。だからこその「なんだ?その選曲」だったのだけどね。w/ジャキス

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

長屋ライブ・後

 長屋ライヴは「苦情」がきたね・やっぱり。

 今後は、「美とアコースティック」にコダワって、秘密結社的にやっていく、そして、もっと早い時刻にやっていく、そして、その後の「飲み」を重視する。こんな感じです。コード・ストロークはやらない・ぐらいのことでいいかなといった感じです。

 また来月もやろうかと思ってます。あんまり・めげないね。次回はさらに耽美的にやる。

 お座敷化した真ん中の部屋があって、奥の部屋とのボーダーにおれは座り、なんだか変な感じ。暴発のできないライヴはヒトの精神を鍛える・と思った。だから、またやろうと思う。

 結論から言うと、やってよかった。

 自分の中の「区別」ができたし、これによって他所の場が相対化できて、セットの違いが明白になり、エレキギターを弾くことへの渇望も生まれ、それはちょっとした爆発にも繋がると思うし、その自分の「振れ幅」が明白になって、おれは極端をゲットすることになるか・と思ったりする。

 すると「浪速のカエターノ」はTODO O MUNDOにいるということになる。あちこちに拡散していた「かれ」はそこにとりあえず固定される。

 いいんじゃないか・と思う。


 ちょっと舌ったらずなハスキーな声と、ギュイーンなスライド。好きである。



 
posted by 浪速のCAETANO at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

たまには告知でも

 さて、本格的に暑くなってきました。引っ越し後クーラーなしで過ごしていたが、さすがにこれはきびしいな・というわけで、クーラー設置屋さんへと電話する。

 本日はライヴのお知らせを。

 今週の日曜@TODO O MUNDOにて。
 これは浪速のカエターノ店でのお初ライヴ。詳細はトドムンド日誌で。

 7月に入ると、中津の木村クンというデザイン事務所の周年パーティでやることになってるみたいです。こちらでは、できれば、純ちゃんとパンデイロのぱあこちゃんを呼んで、その繋がりでフォネイロの方も呼んで最後はフォホー(FORRO)で終わりたいな・なんて勝手に思ってる。あ・そうそう、木村クンの先輩の、そのルックスとギタープレイのギャップがすばらしい橋本くんとの共演もあります。

 そして今日先ほど、ファンダンゴの鶴一と話をしていたのだけど、8/16(日)@ファンダンゴ、「しいちゃん」のおかあさんの追悼ライヴをやることになりました。出演者はこれから決めていくのだけれど、まあ、オールドファンダンゴファンの方々には嬉しいラインナップになりそうです。むーちゃんも絡めてこれから作戦を練っていく・という次第です。

 せっかく身軽になっての@中津生活なのだから、ファンダンゴにもしょっちゅう出ようと思ってます。動いていると浮き世を忘れられたりもするもんだしさ。


 SOCAの爆弾野郎・ARROW「HOTHOTHOT」で夏を先取り・というわけだね。このソカのビートをジュンちゃんが叩けばだ〜れも真似できない「パンキー・ズーク」というオリジナルになります。

 


 
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2009年05月05日

ブリッジとしてのGP

 黄金週間もそろそろ終わり。あんま・カンケーなかったけどね。

 コドモ帰りをしてた。約30年ほどだけど。

 最も「light my fire」な時代かなぁ。そこに戻って「熱く」なる・ということはそうなのだろう。

 結局、何も成長などしていないのだ。

 その時代に、やっぱり人生狂わさせられてたんだなあ・と思う。当時よく聴いていた音楽は時代との緊張関係が「絶妙」で、しかも質も量もものすごく、もう「刻印」されていたのだな・と実感する。

 音楽は社会と慣れ合いになってきたところで、必ず「先祖帰り」があるわけで、どこまでも時系列的に進化していくわけではない。その先祖帰りの中での「最大」で「もっとも効果的」だったものが「パンク=ニュー・ウェイヴ ムーウ゛メント」だった。

 パンクと一言で言うが、現場にいた人間からすると、今一般的に思われている「ノリや風俗」の表すパンクとは随分印象が異なる。

 日本人のダサいとこは間違いなく「形」から入ることだと思うが、もっとダサいのは、ほんとは形から入ったのに、もう何十年もそれやってるみたいなカオができることだ。耳が痛いヒト・いるはずである。

 「型」はいいのだ。型は必要なのだ。それは「形=ガワ」とは似て非なるもの・ね。

 モヒカンでチェーン・がちゃがちゃが街に溢れたのは80年代も終わり頃じゃなかったろうか。もうパンクは随分前に「終わってた」。

 77〜言っても82年ぐらいかな。ちょうど大学一留による5年間とほぼ重なる。

 音楽的実験がさまざまなヒトビトによってなされ、それはカッコの斬新さなんかよりずっと斬新だったのだ。

 ちょうどその頃はジャマイカ・イギリス(特に)のレゲエとも絡まって、それはそれはエキサイティングなシーンだったのだ。

 ほぼ、それはイギリスに於いて起こったのだった。イギリス人に取っては(当時は英国病なんて言われ)音楽はなくてはならないものだった。失業保険が大きかったのね。大抵のミュージシャンは失業保険貰いながらバンドやってたんだから。

 ピストルズ・クラッシュ・ダムド・シャム69ここら辺が「ヘタ」を売りものにした「衝撃&勢い」のヒトビト。

 当時はインディーがものすごくたくさんあって、その中でも「スティッフ」と「ファクトリー」がやっぱり一番良かったかな。

 「Stiff」にはニック・ロウ、エルヴィス・コステロ、イアン・デュリーたちが在籍し、「Factory」にはジョイ・ディヴィジョンがいた。

 同時に、メジャーのアーティストが「しょーもなく」なっていってた時代で、酒場(Pub)で演奏し続けてた「売れないミュージシャン」たちにも陽の目が当たるようになった。

 当時は、パンクの影響でビートがとにかくアップになっていった。今日紹介する{GRAHAM PARKER&THE RUMOUR}もそんなヒトたちである。彼らはヘタではなく、RUMOURはイギリスのTHE BANDと言われたヒトたちであって、「強烈なR&B」という感じ。全盛の頃、厚生年金中ホールで見たあの興奮が甦る。その後グラハム・パーカーとはクアトロの楽屋で話もした。バンド自体がその「過渡期」を体現しているし、時代はやはり、表層の奇抜さを追い求めたことから、6・7枚のアルバムとものすごく質の高いライヴ・アルバムを出して、その後消滅してしまったが、バンドとしての完成度の高さはブロックヘッヅに匹敵する。いや・本当に
すばらしい。ストレートな歌もんもやはりおれは好きなのだ。そして、サウンド・プロデュースをやってないヒトにはわかりづらいだろうが、サウンドの凝り方や組み合わせが非常に奥深く、何度聴いても飽きない。ギターのリフやフレーズもこれは超クロート好みだ。「手」で出来る事の最高峰のバンドの一つです。では・どーぞ。
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2009年04月21日

突然ですけどユーミン

 朝の番組を寝ぼけ眼で見ていたら、ユーミンの特集だった。

 ユーミンを初めて聴いたのは「高一」ぐらいだったろうか。当時はフィメール・シンガー・ソングライターのハシリの時代で、その前にはニッポンのフォーク・ブームというのがあり、中学時代には吉田拓郎や泉谷しげるやあがた森男や加川良や高田渡先生や、そしてその元となるアメリカのシンガー・ソングライター、CSN&Yであるとかもちろんボブ・ディランだとか、その前ならPPMだとかピート・シーガーだとかウッディ・ガスリーだとか、そっち方面遡ると、そんな人名がそんなにうーんと考えずに浮かんでくる。

 当時はもう一つ流れがあって、それはロックの流れなのだが、ビートルズに端を発する流れとブルーズ/R&Bからの発展形があって、それらは互いに無関係でもなくあるところ絡まり合いながら進化していくわけ。

 そのフォークの流れはおれが中学生時代のリアルタイムな話。ビートルズとなるとおれは小学生ということになってしまう。その頃プレスリーが「終わり」もう完全にロックとフォークとそしてその融合と・みたいな時代になってくる。中学時代は「ダンヒル・レコード」が好きで、グラス・ルーツとかスリー・ドッグ・ナイトとかハミルトン・ジョーフランク&レイノルズとか、もちろんその頃にエルトン・ジョンやキャロル・キングも既にいたし、ヒット・チャートと現在進行形の音楽がさほど乖離していない・というか、まあそんな幸せな時代だった。それがおれの中学生時代。1970〜72年・昭和で言うと45年から48年。当時はThe BANDのシブさはまだわからなかった。

 ダンヒル・レコードのアーティストの楽曲は非常に優秀なソングライターたちの手による。PFスローンやポール・ウィリアムズ。よくよく考えればビートルズに対抗して結成された業界バンド(タレント)・ザ・モンキーズにしたって曲は珠玉である。もうひとつ、大きな存在としてサイモンとガーファンクルもいましたね。

 そんな中でおれが高校生になった頃(1973頃=昭和48年頃)、フィメール・シンガー・ソングライターが何人か出てきたその中で好きになったのはまずは「りりぃ」だった。そのあとに聞いたのが「荒井由美」だった。当時はりりぃのエキゾチックなそのルックスとハスキーな声にやられてた。それに比べるとユーミンはブスだったし、なんだか一本調子な歌が「なんじゃ・それ」と思ってた。しかし、時間が経つとなんとなく鼓膜に聴神経にまとわりついてくる声だった。

 おれが高校生の時、ユーミンが歌番組に出ると少し騒いでいたら、一緒に見ていた親父が「なんや・歌へたくそやないか」と言うてたのを思い出す。「おっさんの森進一の物真似もたいがいやで」とはそん時は言い返さなかったが。

 フリーやジミ・ヘンを聴くのとは別の次元でユーミンは聴いていた。ユーミンは当時の女子高生のハートを鷲掴みしてしまっていたからだ。当時のユーミンを形容する言葉に「思春期ブス」ってのがあった。歌に含まれる、切なさと毒はちやほやされてた思春期時代を過ごした女の子には出せんよな・ってことだった。一作目の「ヒコーキ雲」にはそんな歌が多かったように思う。

 ユーミンの初期には「三人称的な歌」が多い。一人称であってもどこか、客観視の視点があって、洒落っ気と醒めた視線と・つまり「東京の洗練」があちこちに散りばめられてキラキラしていた。バブルの下品さはなく、ほんとにそれは「洗練」。日本全国の高校生はその歌われる情景に救われ・憧れたのだった。

 それは細野さんをはじめティンパンアレーのチカラに依るところが多いのだが、サウンドも秀逸だった。なんだか、べたーっとした歌・みたいに解釈されている「卒業写真」でもベースのシンコペがビシバシだったりする。ミックスもいい。

 番組では中期の曲も何曲か挙がっていたが、それはおれにはつまらなかった。ほとんど興味なく聴いてないってのがあるけども、サウンドが「オアシス」的でつまんない。歌詞も日本人のバカ化におもねたようなものになっていってて面白くない。その後の最近の別の意味での「大きな歌」も右っぽくて嫌い。ユーミンには「東京の洗練」はドンピシャだが「日本的洗練」は似合わない。

 ルージュの伝言が「魔女の宅急便」に使われてたってのも当然ながら知らなかった。

 何か一つだけアルバムを挙げろ・と言われれば「コバルト・アワー」だろうか。ヒコーキ雲も悪くない。やっぱり初期の4枚だろうなあ。ヒコーキ雲・ミスリム・コバルトアワー・ぎりぎり14番目の月。14番目の月が1976年(昭和51年)。そこには「中央フリーウェイ」が収録されていて、これぞ「東京の洗練」だと思う。そこからおれ内ではユーミンは失速していく。ブルーズ/R&B、そしてパンクの時代へと進んで行く。

 ユーミンはブスだったけど、お化粧が上手でスタイルも良く、服がよく似合ってた。ファンのブスが無理せず憧れられる・そんな存在だったと思う。当時は別の場所に「歌謡曲」もしっかり存在し、山口百恵だって同時代的に存在したのだ。ジュリーもね。

 いやー・やっぱりいいよね70〜80'Sへと至る時代。

 では・パーソナル・ベスト10を: ←(結構喜んでやってる)

 10. やさしさにつつまれたなら
9. アフリカへ行きたい
8. 雨のステイション
7. Chinese Soup
6. ヒコーキ雲
5. 少しだけ片思い
4. ベルベット・イースター
3. 卒業写真
2. ルージュの伝言
1. 中央フリーウェイ

 大変失礼いたしました。

 
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2009年03月29日

会心の一夜が終わって

 いやー、FANDANGOが昔のFANDANGOだった。

 マルタニカズは「最高」でしたよ。昔のFANDANGOだったらそうならざるを得ないわけで、それは条件が揃えば「あったり前田」なのだけど、最近そんなこともなかなかないわけで、久しぶりのむーちゃんの乱入もあり、見た事のないものが見れたのに来れなかった方・残念でした。

 でもね、見る側にも「都合」ってものがあるからね。奇蹟というものは一人の奇蹟ともうひとりの奇蹟の時間的・空間的スパークですから、それは恣意性のないものでだからこそ、「奇蹟」なのであって、だから、おれとしては、貴方のちっちゃな奇蹟に対応出来るように「準備」をしておきますね。また、いつか・ね。

 懐かしい顔とたくさん会えた。そして、彼らは実はヒトを辿って行くなら、意外に近いところにいたわけで、昨日会えた人々にも、この20年間というものおれが塾で夜に時間が取れなかったことからくる「疎遠」とドルチェ・ヴィータが原因でそのサークルの外にいたりすることになっちゃってたわけで、まあしょーがないことなのだが、そんな中できっつーい存在感だけは示せたかもしれない。

 いや、しかし、懐かしかった。ぽーがいてパパがいてむーちゃんがいて、あとしーちゃんのおかあさんがいたなら、「完全なるFANDANGO」。この20年間の「変容」はしょーがないが、それは社会の悪い方への「変容」に対応したものだから、しかし、音楽の成り立ち、それはおれたち世代が最後の砦であるが、その世代が特にノスタルジックではない音楽をやっているおれのような人間が演る場としてのFANDANGOは出る度に「タイムスリップ」させてしまいたいなんて「野心的」な気持ちにならんでもない。

 S-KENに会えたのも嬉しかった。おれをプロデュースした唯一の人である。まあ形式上かも知らんけど。ゲラッチやリングリングサーカスのアメリカ人(何遍も会ってるのに名前知らんのな)パパ・ぽー、KAJAともHONZIとFANDANGOで一緒に演った時以来だったし、A Decade-IN FAKE時代によく来てくれてた竹内くんやら、これを読んでくれてる彼(名前知らんのな)とか、ナガイも来てくれてたし、なんというか、ピリピリのおかげなのかもしれないが、ほんとに素晴らしい一夜だった。久しぶりに「自由」とか「解放」とかのいつもは見えない姿がそこの角っこを曲がる後ろ姿の影ぐらいが目を掠めたような気がした。

 何かを幻視したり、それに個人的に熱狂したりすることからしか何も始まりはしないのだとするなら、80年代のそれは、あまりにマークが甘い中でおれたちみんなが、そこに甘え、必然的にだから失敗したのかもしれない。誰かが「ロックとドラッグだけしか残らなかったな」と言っていたが、そんな甘い認識だったからやられてしまうのだ。精神の高み、などというと、またトランス系やドラッグ・カルチュアと誤解されてしまうが、そうではなく「音楽のチカラ」だけでそうなれたりするのね。昨日、現場にいた方はそのニュアンスがわかると思います。音楽の全体性の回復がほんの50分間できたような気がしたのね。音楽によるのですが。

 ピリピリに「ありがとう」なんて言った事もないし、言うべきシチュエーションに陥った事も一度もないが、昨夜の「場の成り立ち」が彼の死がトリガーになったことだけは事実で、まだ生きてる人間として、彼には「ありがとう」とそして仕切ってくれた伊丹くんには「ごくろうさん」と言っておきたい。

 しかし、うちの「美人ダンサー」結構人気あったのね。They miss THEM. でした。

 
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2009年03月28日

貴重なもの

 かおるちゃん、おれとの二曲だけやってくれるそうだ。

 あんまり無理していただきたくはないが、彼なりのピリピリへの思いもあるのだろうと考え、それ以上は何も言わなかった。

 久しぶりに弦を自分で替える。最近はずっとナガイにやらせていた・というかやってもらってたというか、どっちかな、おれはどっちでもよかったのだけどね。

 で、自分で久しぶりに替えた。なかなかいいもんだ・と思った。

 ヒトがゆっくりではあるが確実に目の前から消えていく・そんなフェイズに入ったという事が言えると思う。おれたちは「生物」であるからそれも当然の事なのだが、当然の事を当然と「いやーんいやーん」ではなくやっと受け入れられつつある・というフェイズでもある。50年以上かかるっちゅうことみたいである。学習が遅い。バカってだけじゃないんだがね。

 ギター弦の張り替えもそうだが、なにげない・当たり前の事が当たり前にできることの「深み」みたいなものが最近見えたりする。

 何かを整理・だとか、精算・だとか、そんなこともそろそろ始めるべきではないのか・ということを直観的におもったりもする。「欲」なんてものの絶対量が最近減ってきている実感もある。それでも残るものがある。それは非常に「主観的な」感覚で、自分が自分であるためのものへの執着である。逆に言うなら別に自分に独自のものではないなら、別に・ってことでもある。そのマナーが「肩のチカラ」抜けるのである・ミョーに。

 自分の変容を感じるのね。たぶんエロジジイにはなれんな・おれ・残念ながら。大谷崎のような。即断するのは早いかな。エロはエネルギーでもあるから、わかんないか。

 今日はいろんなミュージシャンとの共演で楽しみである。そんなときは「独自色」に必要以上にこだわってみたくなったりする。かおるちゃんとの「至福の時」とはそのてっぺんにあったりもする。

 前売りいる方は09081456467までお電話いただければ取っておけると思います。おれの仕切りではないけどファンダンゴだからそれくらいのことはできます。

 ですので、TODO O MUNDOは8:30pmからの営業となりました。
posted by 浪速のCAETANO at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

告知「これで最後のピリピリ・ナイト」

 しいちゃんが亡くなって、奇しくもPILIPILIの追悼ライヴのちょっと前とか言うのもさ、なんか「そこらへん、あんたら集まってなにしてんの? 終わったらはよ・おいでや」とFANDANGO前でおかあさんが、おいでおいでしてるかの如きタイミングで、そう言えばPILIPILIよう怒られとったなあ・おかあさんに、なんて思い出したりしてね。

 そのライヴはPILIPILI一番弟子でもあり、しかしながらPILIPILIの保護者でもあった伊丹くんが仕切ってるライヴなのだけど、伊丹くんの告知メールが送られてきてるので、それをそのままいっときます。



さて、いよいよ10日後に迫る・・・
「これで最後のピリピリ・ナイト」

関西独自のアフリカ音楽探究のオリジネイター、
2008/12/22に亡くなったピリピリを追悼するコンサート。
関西アングラ・ワールド・ミュージック・シーンを創世した、
ベテラン・ミュージシャンたちによる、音楽の祭典!!

日時: 2009/03/28 (土) 16:30開場
場所: 大阪十三 ライブ・バー Fandango
 淀川区十三本町 1-17-27 Tel: 06-6308-1621 
http://www.fandango-go.com/
料金: 前売 \2,000/ 当日 \2,500 (いずれも1ドリンク付)
予約: fandango@fandango-go.com 06-6308-1621
イベントに関するお問い合わせ:
jakiswede@mac.com 078-985-6550 (伊丹)
主催者HP: http://homepage.mac.com/jakiswede
ピリピリHP: http://web.mac.com/jakiswede/iWeb/Pili-Pili

おまけ・・・カウンター奥で、ピリピリの残した写真アルバムを公開します!
パンク・バンドをしていた若い頃の写真、初めてのアフリカ旅行の道中の表情、
初代「オーケストラ・ピリピリ」、「ノンストップ・カイマン」そして「カーリー・ショッケール」
また、「DJピリピリ」として大阪のクラブ・シーンを賑やかしてた頃の数多の写真・・・
演奏に疲れたら、どうぞカウンター奥で、「くすっ」としてください。ほんまおもろいで・・・

16:30 開場
17:00-17:20 JT Stars (親指ピアノとアフリカのバイオリン)
 http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=81_1gHnHdsc
17:30-18:00 C-RAG (もとZound System, Rootsrock Reggae)
 http://zound.exblog.jp/
18:10-18:40 KAJA (これぞ元祖Japanese Reggae)
 http://www.kajaandjammin.com/
18:50-19:20 カオリーニョ藤原 (ブルージーな和Bossa)
 http://www.myspace.com/caorinho
19:20-19:50 マルタニカズ (「浪速のカエターノ」まさしく脱国境音楽)
 http://monile7777.seesaa.net
20:00-20:20 後藤ゆうぞうとワニクマ仲間
 (バッキングは、ほぼ大西ユカリの「新世界」)
20:20-20:40 ノンストップ・カイマン
 (ピリピリが率いたアフロビートの先駆、22年ぶり一夜限りの「ほぼ」再結成)
20:50-21:30 カーリー・ショッケール
 (リンガラ・ポップスにイカれ、全てを日本語で歌い切った
  伝説のバンド、14年ぶり一夜限りの完全復活!!)

 

 個人的にはいろんな想い出があるのだけど、なんかこういうの混ぜていいのかどうかよくわからんが、当日はまぎれもないミュージシャンなのだから、その倫理観にのっとって、しいちゃんの一番好きだった曲もやろうと思う。かろうじて音楽が音楽であった時代の空気、微力ながら再現したい。

posted by 浪速のCAETANO at 05:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月24日

ヘンタイはヘンタイである

「今日は、最近ブライアン・イーノとのコラボで、お互いに一人ではこれまでやれなかったことがやれた・そのアルバムからとトーキング・ヘッヅの曲をやるから。これが本日のメニュー」とDAVID BYRNEは最初に言った。

 DAVID BYRNEがヘンタイに戻って良かった・と思った。生まれついてのヘンタイの方はヘンタイでいいのね。

 しかし、打ち込みも使っていたし・使わざるを得ないのだけど、まあそんなことはほんとにどーでもいいというか、ちゃんとそうじゃない場面では証明出来るポイントを持ってればいいのよね。

 「起こることはきっと起こる」とトーキング・ヘッヅナンバーズ・って言われてたにしても、リメイン・イン・ライトとフィア・オヴ・ミュージック、スピーキン・イン・タンズ・さらにはブッシュ オヴ ゴーストからまでもそないこられたら、参ったなあ・だ。嬉しいけど。

 NYCのダンサーたちもステージというより舞台みたいなノリで、かなり計算し尽くしたステージ構成で、アメリカは元気になっちゃったのか・という気がする。

 楽器を演奏しないヒトビトが6人もいてそれで総勢11人の大所帯なのだが、さすがDAVID BYRNEやることがいちいちカッコいい。音楽テクニックというよりアイディアがすごい。DAVID BYRNEという人は曲作りはすごい才能があって、ステージングにおいてはギタリストとしてはさほどそうでもなく、しかしフロント・マンとしてはムチャカッコいいヘンタイで、ステージングにおいてはさっすがニューヨーカーというとしょうもないが、ポップのニュアンスをちゃんと残したまま、アートとのコラボをごくフツーにやってしまえるヒトで、今回もコンテンポラリーのダンサー3人がすごく重要な役割を果たしてた。いまの日本のような、なんかやるときにいちいち能書き垂れられて、こちらのヤル気なくなるとかとは無縁の、コラボが出来ていて、フツーに踊れるヤツがゴロゴロいるなんて情況があることからくる底辺の分厚さみたいなことを感じた、うっとうしいやつなら「替えたらいい」だけの話だもんね。

 それは楽器演奏者についても言えることで、弾けるヤツはいっぱいいる。そこも文化を支える裾野の広さみたいなものが見えて、いいなあ・って感じ。

 音楽としての完成度のためには手段を選ばないとかっていうのがおれは実は好きで、しかし、その完成度なんてのは恣意的にいくらでも自分に甘く出来るけど、そこらへん・ライヴなんかだと、手でやることはいくらでも技量次第で余地が残ってるわけで、そこんとこの加減がほんとに上手なDAVID BYRNEなんだけど、新作はイーノとの共作ではあってもステージはDAVID BYRNEそのものであって、イーノどーのこーのってのはステージに関してはピントはずれだ。

 変なガッツをステージ上では見せないと・みたいなおもんない空気が支配してるニッポンの現状に風穴。しかし、こんなこともサブ・ストリームの出来事であるから、別に・だろうが、一生懸命にはいろいろ表情があるのね。

 NYパンク・ニューウェーヴの正統的サヴァイヴァーであるDAVID BYRNEがそこにはいて、ストップ・メイキング・センスの第2幕ヴァージョン違いを見てる気にもなる。いいんだけど・好きだから。

 こないだの時とは全然違ってポジティヴで、やっぱりこないだはちょいDAVID BYRNEにとってもツライ時期だったんだな・ということもわかる。ヤング@ハートでおじーさんおばーさんたちと共演したのも良かったかな。全米的にDAVID BYRNEはスタンダードの一つであるという認識がなされたわけだし。

 しかし、先日のバラク・オバマの演説といい、表現における言葉の絶対量・ステージングも踊りも「言葉」であるとするのだが、その絶対量とそれを伝えようとするところの意志みたいなものが、ニッポンであるならすぐに茶化し入って、くじけがちになるのはポスト・モダンの進行情況ゆえか? どうかわかんないが、きっとそうだが、彼らのその意志に揺らぎがないところは、すごいこと。ニッポンの「お笑い」が他人の心の中を安易にすべてえぐって白日の下に晒してしまおうとしているのを、位相を変えて、自分から先に、「こんなヘンタイどやねん」と先に提示する。お笑いと言う名の、何か大切な共通の遺産を刹那のために浪費するような暴力(例によって勘で言うのだが)に対抗するにはそんなことしかないな・と深く思った次第。

 久しぶりにステージのアーティストと一緒に歌ったなぁ。
WHAT IS HAPPENING TO MY SKIN? WHERE IS THE PROTECTION THAT I NEEDED 「AIR」IT HURTS YOU TOO 「AIR」IT HURTS YOU TOO.
SOME PEOPLE SAY NOT TO WORRY ABOUT THE AIR SOME PEOPLE NEVER
HAVE THE EXPERIENCE W/AIR 

This ain’t no party, this ain’t no disco, this ain’t no fooling around/ No time for dancing, or lovey dove-y/ I ain’t got time for that now などなど。

 気分よかった。
 中津チームの強引によって行けたわけで、そこんとこアプリシエイティド。久しぶりの二色での打ち上げは言うまでもなくおれが支払わせていただいた。こんないい目にあえたしね。安かったけどな。
posted by 浪速のCAETANO at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

D.B.にVAMOS

 普段FUCKな人生を歩んでいても、相対的弱者にシムパシイを覚えることがあるだろう。

 自分が生まれる時・場所なんて自分で決められない。おれたちは生まれて気がついたら、経済と軍事が支配する世の中だった。で、たまたま日本に生まれた、幸か不幸か。生まれ落ちた国というものは、100%好きとか100%嫌いとか、そんなことにはならず、好きだけど嫌いだけど好きだけど嫌いだけど・・・・・・・・・・とだけどだけどが延々続くもので、どっちかにめでたく落ち着くとかそういったものではない。落ち着いた方には、そう・よかったすね・と言っておきたい。

 音楽など関わっていると余計にそうなる。テキストはいつも国外にあったからね。

 全盛期のアメリカ・イギリスのロックはもう相対化でき、それによって育ってきたわけで、いまやノスタルジックですらある。しかし、それ以外の、その後に発見した国々の音楽、これに関しては、まだいまも驚きがあって、それもなんというか、エスニックとポップの両方が満たされている音楽というのはいかん・ヤバい。

 昨日のR&B,BLUESがアフリカン・アメリカンの民族音楽だと思うが、各国・各地域にそれはあり、そしてあるときからそれらはアメリカン音楽にも影響を受け・みたいなこともあり、いろいろそれぞれがお互いに寄り道を仕合い、発展・衰退していってるのだけど、その中でも延々ダメになっていない音楽というのがあって、それはダメになっちゃってる方が残念ながら多いからこんな話になるのだが、そのダメになっていない音楽を延々紹介しつつ、自分もそこらへんからおいしいとこはいただきつつも、しかし、その態度が決して「帝国主義」的ではない、もう巨匠といってもいい頃なのだが、最初の出だしが「ヘンタイ」であったがために、どうもそんな感じにいつまでもならない・という希有なミュージシャンのライヴにこれから行ってきます。

 おれは行けるかどうかビミョーだったのだが、中津チームがゴーインに設定し、チケットも買ってくれたから、甘えちゃうことにした。

 素晴らしい音楽がその国あったとした時、経済的な視線は解消される。普段はおれたち、バカだから、そして想像力の貧困さで、経済的な視線が唯一・みたいなことになりがちだが、だからブラジルとかキューバとかアフリカとかに対して、そんな気になれるところが音楽のいいところだ。サリフ・ケイタとかユッスー・ンドゥールが出てきた時もそうだったし、ディヴィット・ラダーやロス・ベシーノスと共演したときもそうだった。豊富にあるものを交換するのがいいんだよね。

 敢えて見に行くというアーティスト・ほんと少なくなった。

 カエターノとリチャード・トムプソンとディヴッィド・バーンとヴァン・モリスンとカルリーニョス・ブラウンとマリーザ・モンチとニール・ヤングとぐらいしか思いつかんな。

 今回はブライアン・イーノとのコラボのNEW CDが素晴らしかったから期待してる。そして以前の何をやるかな・なんてのも。

 思い切りファン状態になれるアーティスト・少なくなったよなあ・しかし。ま・いいのだけど。
posted by 浪速のCAETANO at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月23日

PILIPILIに向けて

 奥田さんなんて呼んだことなかったよなぁ。

 最初の出会いからピリピリだった。@ファンダンゴ。アフリカのルムバ・ロックをやっていたカーリーショッケールと、汎ラテン音楽をベースにしたサルサ・ロックのディケイドインフェイクはよく対バンをやった。
 
 おれたちが、ソンナバナナに改名してからの方が絡みは激しかった。当時の・カーリーはみんな「喧嘩腰」で、一触即発な感じもあったよ。おれたちも若かった。向こうのVO.も「カズ」だったわけで、そこんとこなんか最初っから「おもしろくねーなー」って感じ。

 そんな時、ほとんど昼から飲んでいるピリピリがなんだかんだちょっかい出してきて、うるさいのう・と思っていたが、毎度毎度のことになると慣れるのね。

 やっぱ・おっさんも「先輩」・それもかなりの先輩で、関西の音楽シーンの決して主流にはならないが・だってアッフリカだから・しかし、その音楽のヴァリエーションという意味では、おれたちだってそうだが、おっさんもそこら辺・下支えしていたわけで、その証拠に今、大西ユカリと新世界の新世界部分は元ピリピリの「ノンストップ・カイマン」出のヤツら多し・である。

 DJもやっていて、あれは1993年だったか、心斎橋クアトロのカウントダウンでちょうどソンナバナナがその時間帯担当で、その時のMCで「大阪が世界に誇る・ソンナ・バナナ!!!」とコールしてくれたことはいまでも忘れてないさ。

 その頃はちょうどS-KEN絡みのカメレオンナイトで盛り上がってて、その大晦日もそれだったと思うが、パラノイアの大盛り上がりの時も必ずいて、おっさん・大阪のプロデューサー気分だったと思うが、だ〜れも、そんなことは思っとらんという精神的ミスマッチはおれたちみんな面白がってた。

 つい最近も、ファンダンゴの伊丹くんのコンゴ人含みバンドの時のDJも面白かった。

 せっかく最近、みんなが、優しくしてくれるようになってきたのに。

 森本さんがCD作れ・とウン万円くれた・というのも人徳(て言うのかな?)・なんかそれではないけど、むちゃくちゃなサマが、人徳モドキの感情を他人に湧かせるなんかはあったなあ。

 おれたちの打ち上げに乱入して、女子にいじられ、前川くんに怒られとったあんたは、それからそういう音楽の仕上げみたいなことをやっとったんだなあ・と思い、あれはラフレシアン・コムプレックスのVol.1だったと思うと、涙が出てくる気がする。泣かんけど。

 もうそんな時間になると、酔っぱらいにもほどがあり、もう何言ってるのかわけわからんのだが、それでも空気全く読まずに突っ込んでくる、そんなあんたは、おれたちみたいになんでもとりあえずウエルカムなやつらには居てくれて嬉しかったよ。

 カーリーのメンツとも時間が経ち、それぞれおっさんになって、「やあやあ」と言えるようになったし、伊丹くんとは何度も演ってるし、キューピッドみたいな場まで提供しちゃったりなんかしたりして。キミら・当事者もピリピリに感謝・・してるよ。

 ウデはだいぶインどったかもしらんけど、あんたはリアル・ミュージシャンだった。

 だって他見事になぁんにもないんだもんね。「酔っぱらい」とかは社会的にヒトを呼ぶ名称じゃない。

 自分もその頃もうたいへんやったから、知ってるか知らんかわからんが、ピリピリ・行った先にはHONZI がおるで。よろしく・伝えてほしい。

 おれたちもみ〜んな、そのうちすぐに行くんだから。

 あんたが何宗だったかはしらんが、もし仏教なら、往相還相(おうそうげんそう)という浄土思想の考えがあるで。前述の意味ではあんたは、往相はした・めちゃくちゃやったけど。次は還相やな。浄土から再びこっち戻ってみんなに功徳をふりむけなあかんちゅうことやねん。

 そして悪人正機説によればきっとあんたは阿弥陀仏によって救われ、往生すると思う。

 でも今はゆっくりしてください・奥田さん。
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2008年12月22日

PILIPILI DEAD

 今年はそんなことなかった・と書いたとこだったのに、ピリピリが死んだ。

 ピリピリかおる・本名奥田かおる。

 思えば長い付き合いかもしれない。

 昔、ア ディケイド イン フェイク時代、阪大の学祭に、ヒカシュー・ローザルクセンブルグと一緒に出た時に「さだお」というミニコミ誌でその特集を組んでくれていて、その記事とは関係なかったがその雑誌にライティングしていたのが、ピリピリだった。25年ほど前かと思う。

 おれたち「売れてないミュージシャン」はこんな感じで死んでいくのだが、ルムバ・ロック・マスター、だけど書く曲はフォーク・ソングだった。いい曲もあったよ。

 世代・かな。やっぱ痛いくらいに「純」なとこがあって、「もう一度きみを愛せるなら、夜空の星を全部あげる」かなんか、あの歌おれは好きだったよ。

 あんたを、もう一度ぎゃふんと言わせたかった。

 送ってばっかりはつらいよ。ばかやろう。
posted by 浪速のCAETANO at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

Only The LONELY

>寂しい人だけが
今夜の私の気持ちがわかる
寂しい人だけが
この気持ちがどこか違うことがわかる
あの人は行ってしまう
私の心も行ってしまう
永遠に行ってしまう
とても遠いところへ
でも寂しい人だけしか
私が泣く理由はわからない
寂しい人だけしか


寂しい人だけが
私の心の痛みをわかる
寂しい人だけが
貴方のために泣いたことを知っている
また明日になれば
新しい恋に出会い
そしたら哀しみは去ってしまうだろう
でもそれは貴重な機会
もし貴方の寂しい心が哀しみに溢れたとしたら
寂しい人たちだけの


<訳 por おれ>

 ご存知ROY ORBISONの「ONLY THE LONELY」だけど、あ・この場合のロイ・オービソンはほんとのロイ・オービソンで豊津のロイ・オービソンとは国籍も生年月日も宗教も年収もおそらく違うのだけど。中秋の時節に沁みる歌だった。

 昨日ふとBSにCHを変えたら、ELVISの「THIS IS ELVIS」かな、見覚えがあったからきっとそうだと思うが、やってて、これも神の思し召し、ELVISの曲の中ではMOST FAVORITEな「SUSPICIOUS MIND」が始まる。この「WE CAN'T GO ON TOGETHER
WITH SUSPICIOUS MIND」ってとこがフェチで、それが終わるとすぐに本を読み出したんだけど、いや、でもElvisの歌はすごいよ・やっぱ。若者のオトコの「心の震え」があんなに体現された歌ってない。

 秋はCHET BAKERが定番で、夜も冷えて参りました、ヴェランダに風呂上がりの軽装でいるのもちょっと寒い、となれば、カーディガンなど無造作に羽織りに中へ入り、ついでに三千盛の超特を微妙な「ぬる熱」にして、最近買った昔のラジオみたいな敢えてしょぼい音の鳴るCDプレーヤーから「CHET BAKER Sings」を流し、ヴェランダに戻ってくればぼ完璧なる「深い秋の夜」ができあがる。そして「That Old Feeling」のペットが始まる。イントロが終わるとチェット・ベーカーの中性的ないつ壊れるかもしれないようなセンシティヴな声が聞こえだすというわけだ。

昨夜君を見て忘れてた気持ちが甦った
視界に入ってきた時忘れてた気持ちが甦った
君が通り過ぎた時ドキッとした
君が目に入って僕は心臓が止まったような気がした

さらに、忘れていた熱い気持ちを思い出し
恋の火花はまだそこにあることがわかる
僕に新しい恋はありえない、それをはじめることはばかげてる
忘れていた気持ちはまだ僕の心の中にあるからだ

<訳porおれ>

 半世紀前のアメリカは音楽が音楽であった。やばいことはそれなりにあるとしてもだ。

 金融危機が起こる前、こんな歌の数々は「ファンタジー」の立場に置かれていたような気がしている。

 それがリアルなサウダージ感を伴って、今おれたちの手元へ戻ってきた。

 依然「ファンタジー」と思う人たちもいるだろうが、きっとそうじゃないだろう。こんなことがリアルだった時代は確実にあり、人間がどんなにスレても、「That Old Feeling」は共通の何かとしてそこにあると思うからだ。

 人と人の関係に置いてこれらの歌はどれも「押されてる人」の側の物言いである。しかし、歴史が教えるところによれば、歌は必ず「押されてる側」からの発言だった。押されてる側からしか歌は生まれない・ということである。

 押されてる・ことが前提でそこをひっくり返すんじゃなく、押していた側も含めて最後は大きく包む。これである。

 押される・のも悪くないとコムポーザーは思うのだ。


 
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2008年07月09日

コブシの力学

 サンディー・デニーの声が熱く湿った空気の層の上っ面を滑ってやってくる。そして一瞬アタマを冷やしなさい、ま・いいから。と言っている。大先輩にそんなことを言われると、洗面所に行ってアタマから水かぶろう・なんて気になるものだ。

「時というものがどこへ行くかなんて誰もわかりゃしないのよ」とサンディー・デニーは言う。「私は時を数えたりもしないし、時を怖がったりもしない」とも言う。

 この「時」と思った瞬間にそれは過去のものとなり、もう二度とは帰って来ない。考えてみると、なんと「浪費」をしていることだろう。

 アイリッシュのシンガーは英国のそれらと比べてもやや異なり、すっと流して聴かせてはくれない。それはその独特の「コブシ」がいちいち引っ掛かるからなのだが、そのコブシなしでは歌というものは実は語れず、それかなくても語れるというのは藤山一郎センセぐらいのもので、そのもっともコブシに遠いと思われる藤山一郎センセにしても「おーかーおーこえーてーゆっこよ、なんちゃらなんちゃらなんちゃらほんがらかに」の「ゆっこよ」と「ほんがらか」の部分はその前後から想像もできないような見事で一瞬のコブシをぐりんとお回しになり、まさに瞬間芸でこちらをけむに撒いたあとは、「そんなことやりましたっけ・ワタクシ」とこれまた素知らぬ顔でノンヴィヴラートで見事に丘を越えてどっか行っちゃわれるわけであるが、そのコブシなしでは決して歌を語ってはいけないはもとより、歌ってもいかん、と思うわけである。

 コブシを解析するならば、ある音を発する場合に、その一音下の音から半拍のスラーあるいは、その音から半拍で一音行って来いするのが一般的で、しかしこう書くと味気ないことこの上なく、まあ一般的と言ったけど、世界には「例外的なコブシ」に溢れていまして、そのコブシのひとつひとつに引っ掛かってしまうおれの場合など、いちいちそれに反応するわけで、もうちっとも人生前に進まんわけなのよ。ワタクシの人生の停滞はコブシにある。いや・まじで。

 コブシの使い手は間違いなく、歌のとんでもなく上手い歌い手であって、日本にも演歌の方々の素晴らしい歌い手の方々、歴代いらっしゃって、そのコブシが喩えて言うなら最近の「R&Bが好きなのよね・アタシ」なんて言ってるオンナたちにオーティス(レディング/クレイどちらでも可)聴かせると、決まって重すぎ・やら、トゥーマッチだのほざかれるのと同様、日本の過去の演歌の歌姫から百恵ちゃんまで、やや重い感じはするのだろうが、そこんとこ非常に残念だ。何故か? そのコブシに「人民の哀しみ」が宿っているからだ。

 一つの音を発する際に、コブシを使うということは、その一音に簡単にいうなら感情を込めるわけであるが、大衆音楽としての歌の場合に感情と言えば、それは歌い手のそれであると同時に聴き手のそれであるわけだ。大衆音楽の宿命として、それは歌われた時に聴き手からのフィードバックが必ずあり、そのフィードバックされた感情の増幅による・永久運動が大衆音楽の生命線だからね。そしてそのコブシには繊細さと10の声量を出すところを3とか4にするという抑制・が不可欠なのであって、で、みなさんもうおわかりのことと思うが、歌が高度であるというのは、決められた音をコーンと出すのと、その音に至るまでにあれやこれやの作業が必要なものとどっちがムヅい? なんてことを考えてみたら一目瞭然ということになると思うのね。コブシは時の密度を飛躍的に高める。そしてそこにある情報量も同様に高める。聴く側もいちいち引っ掛かるわけである。

 思い出すのも不愉快だがEUROのスポンサーがなんちゃら生命でハーフタイムとかで大塚愛がアカペラで歌うCMが延々流れてたが、声を張る一瞬があって、その時「お前の中の汚いもんが全部出たー」だった。犯罪や。いや・ほんまに。

 新世界の三共という激シブパチンコ屋が好きなのだが、そこは演歌ではないが60〜70sの日本のポップスが流れていて、それがいい・かなり完成度高い歌がある。再認識するわけだけどね。そしておれがほぼ25年通っていた今や伝説の居酒屋である豊津の長崎屋に流れていた有線の演歌チャンネル、サウダージである。やっぱ似合う似合わんというのにも伝統というか時間の蓄積っているよね。

 ひどい出来事の裏側には、ひどい目に遭ったとしても街のBGMがヒトの気持ちを汲み、優しく癒し、共感させるものであるなら、そこまで「殺伐」とはならないであろうに・といつも思う。全世界の社会が変容しているのと同じく音楽も今変容している。より「含み」のない直裁的なものになっていって、聴き手の想像力を拒否するようなものとなっていってる。かつてはシンガーソングライターは思想家ほどのオピニオンリーダーであったというのに、情けない話だ。

 ではお前微力ながらなんとかせえよ・と右ナナメ前方のオトコが現れる。そうや・そうやねん・とチカラなく答えながら、もう一度サンディー・デニーを聴く。
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2008年06月01日

弾むか・さらに沈むか

 6月初日。まあいろいろ大変だ。みんなも大変。おれも大変。ここで「変態」と書かないとこが、人の成長をほのめかす・というものだ。

 どーも、ヤル気が出ないのだが、そうも言ってられず、一般論だが余命はどんどん時間に浸食されていく。そんな環境にない・というのが正しいのだけれど、そうも言っていられず、何かの「弾み」になれば、と思い6月8日(日)マルタニカズ a.k.a. 浪速のカエターノao vivo(いわゆるライヴ)@TODO O MUNDOということになってます。シークレット・ライヴです・とか言いながら公表するこの不条理。世界の有り様と同じであります。

 まあ精神的にツラく疲労天国な時というのは「好きな歌を歌う」というのがいいね・ということでありました。バイーア(ブラジル)から南米を北上し中米からアメリカ南部経由してアイルランドからEUを横断してインド洋立ち寄って極東に戻ってくる。おかえりなさい。
「3時間世界音楽主要国一周の旅」ということなのね。

 それに慣れてるヒトビトには「あー懐かしい」慣れてない方には単純に「なんじゃこりゃ〜でも新鮮」なんてことになればよいですなあ。広い心でお付き合いしましょう。日本全国の「ヒマで狂いそうな方」来週の日曜の夜、お待ちしてますです。

 誰も「じゃ・フライヤー作ろうか」であるとか、「じゃ・宣伝しましょう」とか、おれの音楽を広めよう・なんて、言ってくれない思わない、孤独で孤高の「無駄打ちライヴ」であることは間違いないのだけども、リハビリが必要なこの精神に何か役に立てばな・なんて思っているわけなのね。でもリハビリになるかな。ま・やってみるべ。

 MCラムパンペイロへのおれなりの回答を書いていたのだけど、フリーズにより電波の彼方へと消滅してしまった。またその気になったら書くし、口でも言うわ。

 
マルタニカズ a.k.a. 浪速のカエターノao vivo@TODO O MUNDO
OPEN 7:00pm START 8:00pm DJ ミタキユウイチロヲ
ゲスト: これから電話。Charge等未定(きっとベリィチープ)
 

 

 
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2008年05月16日

声ってぇやつはぁ

 最近TVで流れてる「ミッキーマウス」の歌が不快だ。

 厭なエロなのだ。DON'T YOU THINK SO?
 あっそう・思わない。思わなけりゃそれはそれで構わないですが。

 お○んこ疼きかけの無意識のエロが、多分歌ってるあのバカオンナの声の中にあるんだろうけど、不快だ。かようにその声(特に歌声)にはもう全部「出て」しまう。隠そうとしても「抵抗は無意味」である。

 それに引き換え、ABCのムーブの中で歌う「加藤アナ」のあのド下手な歌・かんなり好きである。

 日本のフィメイル・シンガーの歌、基本的に嫌いだが、それはなんかアナタたちかんちがいしとるんではないの・という印象による。「歌がうまい」というただその一点におれとは「見解の相違」がある。

 声がよく出る・とか R&Bぽい節回しの物真似が群を抜いてるとか、なんだか日本人が歌を歌うことにおいて「とっても浅薄な・美意識のつもりだろうが、そんなもん美意識というか!!!」とおれが思う・とってもズレてるポイントをほとんどのみなさんが持っていらっしゃる・ということなのね。そこんとこ・重大なのだけど、その「とっても浅薄な・美意識のつもりだろうが、そんなもん美意識というか!!!」という感覚がいつ形作られたかと言うと80年代からなのだ。まだ・80年代は「いろいろ」あった。それが90年代・21世紀と進むに連れておれにしてみれば「なんじゃ・それ」ってもんが、もう主流も主流、ど真ん中のストライクゾーンを形成しちゃった。忌み嫌って「見たくない・聞きたくない」なんて避けていると、そいつらは一大勢力になっていくのだ。世の常ね。

 日本の歌・という独自性でいうなら「演歌あるいは艶歌」が懐かしい。ほんとのR&Bをベースにしたキング・トーンズやクール・ファイヴが懐かしい。ハワイアン艶歌のマヒナスターズが懐かしい。北原ミレイの「鰊があれから〜・・・」が懐かしい。「津軽海峡冬景色」が懐かしい。バーブ佐竹だって懐かしい。ラテンを題材にした歌もたくさんあったのだ。森山加代子の早口や西田佐知子の消え入りそうなしかし濃厚なエロが懐かしい。都はるみのウンコ出そうなくらいの「気張った」歌が懐かしい。リンダこまっちゃう・なんて衝撃的だ。

 ま・キリがないからヤメとくけど、なんとみなさん「個性的」なことよのう。

 それに引き換え、今のシンガーって、なんかコンビニの棚に並んでるような「置き換え可能」な「商品」ばかり。もう今のワカモノの親なんておれと同じか・もっと下か・ってトシであるから、そしておとーさん・おかーさんなるとやっぱ生活が第一だし、昔のヒット曲は知ってても、いまだにアメリカのThe BANDの時代・であるとか、イギリスのヴァン・モリスンの時代であるとかそんなこと言うてる親ってまあおらんよな・というのが妥当な考えで、その子たちとなると、一見選択の幅・数量は広がり増えた気がするから、その中で選ぶだけで、ちっちゃなセクションの中に囚われて終わり・なんてパターンも多いわけで。

 まあ「昔は良かった」はおっちゃんだけど、まあそんなものが「終わらず」続いているなんていう、現象を内在した人間も奇跡的におるわけで、まあ「kato aki」「ザ すっぽんぽん'ズ」のアルバム・乞うご期待!!!
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2008年04月16日

裏方の初歩の初歩

 やっと録音の環境が整いつつあるのだけど、まだプラグインがよーわからんのだ。

 今日は曲の各トラックに名前を付けて、なんかそんなことしてたらもうこんな時間だ。先日の録音でのDr./Per.もやっと聞けた。亀の歩みである。

 膨大な音源にプラスまたこれからの膨大な音源がある。気が遠くなりそうだけどね。効率とはこのような場合に始めて考えねばならんのだな・と思うわけ。

 夜はどうしても酒を飲んでしまうから、日が高いうちにそっちの作業は限られる。夜に音をいらうと眠れなくなるしね。と・いうことで、本日の作業は終了。

 また来週・ではなくまた明日!!!

 
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2008年03月28日

一仕事終えました

 忘れんうちに書いとこうと思い書いてる。

 とってもいい異質なメンツととってもいいスタッフ、そしてとってもいいお客との間に生まれる緊張感と親和性のバランスの中、事は進行し、無事「ONE TWO HONZI 」は終えることが出来ました。もう一度関係者全員に「ありがとう」と言いたい。

 そしてクリスチャンであったホンヂ、天国からいつかあるとき・舞い戻り、どこかにいたわけ? おまえのヴァイオリンはどっちもすぐに弾けるようにセットはしてあったんだが。チューニングは狂ってたかもしれない・少々・だはは。

 なんとなくだが、「場」のチカラというものを感じた。それはやっぱり、コアになるヒトビトの「気」のチカラに由来し、それは幾重にも枝分かれし、隅々に行き渡る。そしてそれは還流し、また・場のチカラへと形を変え、だけど・振幅というよりも円環としてエネルギーが流れていたから、ムードが尖らないんだな。そしてその場の中心にはやっぱりホンヂ・おまえがいたみたいよ。悪意のカケラもそこには存在せず、みんなの記憶にあるおまえを心の中で再現し、そしてそこでプレイするヒトビトの中によっこらしょ・と割り込ませ、そこにあるはずのおまえのヴァイオリンを、聞こえる音と体内ミックスして楽しんでたみたいな気がしたよ。

 できるやつのムチャにはおれたちもおまえも寛容だったから笑っとったかもしらんが、まあそれでも愛が溢れる時間空間とは良いものである。ちょっと歪みがあるとこもいいのね。問題はいつだってそんなことになるとは限らないことで、ヒトの心は良くも悪くもなるんだから、だがしかし、その両方を包み込んで余りある体験なんてのはそう簡単には味わえないわけで、それはそれでホンヂの人生後半を駆け抜けていった凝縮されたエネルギーの伝播が確かにあった・と思う。それはキミの「貢献」だと思う。ヒトが他者に貢献出来ることなんて「その程度」で充分だ。

 さて、おあつらえ向きに桜の蕾がほころびかけてきた。みなさんの桜の下での宴のトピックとしてホンヂのこと・そして昨日のこと・それは必ずやいい「サカナ」となることだろう。そんな中におれの悪口も入っているだろうが、それもまた「良し」なのだ。

 
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2008年03月25日

最初で最後の

 なんと楽器関係出演者全員集合で最初で最後のリハだったが、だはは、10年を数時間で思い出せ・ノリも出せ・声も出せ、というわけにはいかんよな。そりゃそうだ・そうよね。

 まあしかし、急速に気持ちが揺れながらも「一本化」していく様子もあり、これやったら怒られるなんてこともないわけで、リラックスもし、10人もいるとあちこちで歓談もあり、4時間リハ取っても2時間もやらずに遊んでしまうような以前のノリも健在で、だがしかし、現実にも包囲されとるわけで、この場合はとりあえずカタチを複製しないといかんというまたまた気持ち的な「一本化」も存在し、いい時の感じも垣間見え、その余韻を
保存しときたかったから、終わるとすぐに帰ってきた。

 しかし、大編成のバンドはいい。ゴージャスだ。昔はそんなことが当ったり前田だったけど、おれも知恵遅れながら、そんなことを今遂行出来ることの「プレシャスプレシャス」なんてことは充分理解しとるわけで、その瞬間だけは大切にしたい・と思うわけなのだ。オリジナルメンバーはおれを含めてリズム隊とミルクマンの5人だけだが、その5人には「あの至福の時」を思い出してもらいたいし、他のサポート5人組には、「現在進行形」としての、自分らがやっていることとは別の、脱国境音楽パイオニアとしてのソンナバナナを体験してもらいたい。なんだかんだムヅかしいこと言っても、これがマルタニカズの考えるロックであり歌であるってことだけなんだな・ということもわかるでしょう・きっと。

 昔の名前で出ています・最近流行である。ツェッペリンからグループ・サウンズまでね。おれたちのリユニオンはちょいと違ってた。今はきっと一回きりになる可能性が高いけど、まあ当時音楽的に煮詰まってたわけではなかったし、興行的には煮詰まっとったが、だはは、また存続していれば新しい曲もできていたのだろう。興行的に・・・・とは大編成の維持もまあムヅカしかったわけなんだけど、こんな気楽な立場なら、たまに集まれれば・とはちょっぴり思う。もうライヴをガツガツやる体力もないし、でも録音ならできるかも・なんてこれもまたちょっぴり思ったりもする。

 しかし、まあ、みなさん、出演者の取り合わせといい、かかってるコストといい、ちょっとないライヴになりそう。終電で帰る腹づもりで27日は「サンホール」へと足をお運びいただければ・とは思います。帰れなかったらそのあとTODO O MUNDOで始発まで飲めばいいのよ。カンタンなハナシだったね。
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2008年03月08日

HONZI 追悼ライヴに関して

HONZI の追悼ライヴもどんどん出演者が決まってきた。ギャラとかないにもかかわらず、中川五郎さんが南谷朝子さんと出てくれることになった。ヨタロウさんやたまご等東京組とおれたち大阪組が入れ替わり立ち替わり、現れ、歌うことになる。なかなかいいんじゃないかと思っている。サンホールのHPやまた新たに撒かれるチラシの文章は僭越ながら書かせていただいた。

ミーツのスケジュール欄にも書いたのだが、フィッシュマンズ以降しか知らない HONZI のファンにぜひ足を運んでいただきたい。何度も書いたし、事実だからまた書くが、彼女のプレイの数々はこの大阪で彼女がモまれながら身につけたものである。その音楽的イディオムの豊かさはここ大阪にこそあったわけで、これは東京のことを非難しているとかそういうことではなく、彼女がいろんなミュージシャンとパーマネントとして、あるいはテムポラリィに付き合う上で学び・得たものを彼女の本質と融合させ、それをもって東京での彼女の活動があった・ということなのだ。とにかく、これは東西問わず、もの凄い数のミュージシャンと共演しているから、わけわっからんまま、とにかくごった煮のままそれらを受け入れていったわけで、きっとそれらのある部分は未整理のままだったと思われる。その未整理さが彼女のプレイの魅力のひとつだった気がする。

HONZI ファンに今回ひとつプレゼントをするとしたら、大阪での彼女のパーマネントバンドであったA Decade-IN FAKE〜SONNA BANANA〜PARABOLA SPINS(これらにはZAKも深く関与していたのだけど)のどれかのCDにHONZI の詳細なクレジットと解説を付けて当日販売しようかな・と思っていて、それは自分がやらなきゃな・と強く思うわけである。

HONZI のクレジットされてる音源を探しているサイトがあって、やはり、ここでもKAJAとの音源が拾われてるがA Decade-IN FAKE〜SONNA BANANA〜PARABOLA SPINSの分はまだ気づかれていない。HONZI ONEのDe La Siestaの作詞作曲でおれの名前、追悼文でのおれの名前までは拾われているが、そこから先のつながりの上での展開までは突き止められてないようだ。ザ・タッチ仕様でこちらから「ちょっとちょっと」するのも趣味じゃないので、突き止められるのを待とうと思ってる。その方がどちらも楽しいよね。

D23P9424.jpg

ONE, TWO, HONZI
3/27(水)@SUN HALL
http://www.sunhall.com/
<<出演>>
伊藤ヨタロウ、たまご、VOCE、松本雄吉(劇団維新派)、Asian Sonic Ensemble、キング堀内、Gosei-H、勝野タカシ、NIMA、中川五朗&南谷朝子、あべのぼる(福岡風太、島田和夫、他)、SONNA BANANA、ミルクマン・・・and more!!


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2008年02月21日

Primaveraの感触が

 純ちゃんも疲れたろうが、おれも疲れた。DAY 2はまあ順調に進み、いくつかの録りを残して、あとはおれの個人作業となりつつある。

 録音にも第三者が見て面白いとこもあるがすごく面白くないとこもある。昨日はどちらかというと見学しているひとにとってはすごく面白くないパートだったろう。見学者約3名いたが退屈して帰ってしまった。タイミングが悪かったわけね。

 大正のフリーピープルというスタジオでやっているのだが、そこには「先生」もいて環境はばっちりいいのであって、大阪の誇るエンジニアの前川くんとともに「録り」をやるのだが、久しぶりに音楽をしているという実感がある。ライヴに実感を感じることとの対照で言うなら、今は音源作りの方が「音楽」の実感がある。これは傾向で見るべきことではなく「揺れる」ものなのだが、今ははげしくこっち側に揺れとるというハナシなのね。

 フリーピープルと吹田のYOUが大阪の2大スタジオなのだが、フリーピープルに行くと知り合いに会う。昨日もヴァーミリオンサンズ・XOYOの今北くんと、そうだなあ20年ぶりぐらいかなあ「懐かしい再会」だった。かと思えばサントスが普通に「これからリハです」なんていたり・とかね。なんだか空気感がいい感じなのね。「先生」のおっとり感も「そうよなあ・こんな空気の中ならそのままでいれるよなあ・なるへそ」って感じ。控えの間があんなに広いというのが大きいな。吹田に比べると少々遠いが次からリハはそっちやな・と思う次第。

 「今」の音楽が積極的に嫌いな人間が作る音楽。経験的快感原則に従ってやってる。まあいっぱいいた過去の音楽的ツレの中で純ちゃんとの付き合いも約30年になるけど、本地は別として、ほんとに音楽が必要でやる意味のあったひとはごく少ない。一過性のものだったのかなというヒトも多い・ということか。聞く・じゃなく・ヤルだからね。本で言うなら読む・じゃなくて書く・だからね。そりゃ人を選ぶというのもわからんでもない。根拠のないパフォーマンスで目を眩ませられること多いけど、そんなんではいかんでしょ・やっぱし。10年後に必要以上に恥ずかしかったらいかんでしょ・やっぱし。未熟ゆえの恥ずかしさはあってしかり・だけど。

 昨日はあまりに疲れて、帰りハードディスクとPCとMbox運ぶのでいっぱいいっぱいになって、さっきTascamを取りに行って来たが、寒が緩んでた。目の詰まってないセーターとネックウォーマーだけでちょーどいい!!!冬が終わりそうになると唯一自分の年を意識する。啓蟄がやってくるからだ。今年は閏年だから1日早まるのかな。身近なとこでは「おれ=虫」説はまあまあポピュラーなことではあるが、いやそこんとこ実感として虫の気持ちはわからんではないのね・これがまた・いや・まじで。

 となると、今おれは地上付近の穴のとこまでは来てるけど、「どーしよっかなー、うーん・まだちょっと時期尚早」など独り言いいながら、地下30センチぐらいで一休みしている彼らと気持ち的同化が叶い、ベッドから出るのがまだちょいと迅速ではなかったりするわけ。

 

 
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2008年02月19日

もう・いぢわる

 久しぶりに「トリセツ」をマジメに読むことになるわけだが、二つのコンピュータはおれをあざ笑っているのだった。

「あ・こんなとこでそんなスイッチ押したー。それぢゃーあっかんわ」
「あー・さっきええとこまでいったのに、なんでそんなことするかな」
「くっくっく、まだわかんないとは。だからマニュアル飛ばし読みあかんて」
「えっ・そのデータどこ入れんの。ちゃんどハード・ディスクに入れな、あとで失踪すんのに」
「うわっ・今何抜いた? 」
「なんかカラダのチョーシ悪いんだけど」
「うわ・いまシステム終了すんの?」
「それあかんて」
「なんだか呼吸がくるしい〜」
「おれもなんだか苦しい〜」
「あ〜・記憶が消えていく〜」
「おれは誰、ここどこ、いま何時?」
「う〜死ぬ〜」
「ぐ る じ い〜」
 ブチっ!!!

 機械のぶんざいで、おれにナメた真似するからじゃ。

 と・いうことでTascamからのデータ転送は大失敗。どーもわからん。明日、早めに行って「先生」に教えてもらおう。さすがに今回はエルボーかますのはヤメといた。お・少しセーチョーが見られるんぢゃないのかい。そう思うかい。いやそうかもしれないな〜。そうだといいのに。そうであることを「希望・します」
 と・昭和天皇化したところでなんの解決にもならんのだが、これよりひどいことは回避されました。

 そして、明日はRec. DAY 2なのだ。

 
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2008年02月12日

録音の・・

 新しい週だ。気持ちも切り替えなきゃいかん・というわけ。

 ゆうべから新しいソフトのことを「先生」に電話でレクチュアしてもらっているのだが、先生のソフトが2つ前のヤツで、なかなかうまくいかんのだが、まあじっくりやるのだ。

 曲とひとくちに言っても、段階を経るごとにその表情は変わっていき、そう変わらないものもあるのだが、おもっきし別もんになるものもあって、そこは苦労もあるが楽しみなことなのね。

 だいたいおれは自分のアタマがMTRになっとるので、すでに曲ができたときにはアレンジも完成していることが多いのだけど、それがベストかというと、必ずしもそうではなく、アレンジャーの立場として作曲者のヘッド・アレンジを批評する側に立たなきゃイケナイ。自分で自分を批評するのだが、まあこれはいろんな「ものづくり」をやる方にとっては避けて通れないものだから、それを「えらいだろ」なんて言う気はさらさらない。ただ、その過程において、批評する側とされる側の乖離が音楽ではけっこう激しくて、手間がかかって疲れるのだ。スタジオのこっちとあっちだからね。スタジオの中は「孤独」である。その孤独感は「好き」というか「むちゃ好き」なのである。それに引き換えミキシング・ルームでの決断を迫られる孤独というのは、もうほんとに大変なのだ。「おれにやさしい別人のおれ」がいてくれたらどんなにいいだろう。しかし、その音源製作の責任はミキシング・ルームのおれにあるわけで、例えば「アホか」と言った言葉はインカムで中のおれにも伝えられるが、ミックス・ルームとスタジオ中を隔てるガラスに跳ね返ってそれを言ったディレクション中のおれにも突き刺さり、もうなんだか混乱してきたりもするのだった。

 まあそのもろもろコミで録音というのは面白いのであったが、まあその場合はセルフ・プロデュースの難しさの一例だけど。他人のプロデュースならもう既に客観性が確立しておるのでもっと容赦なくできるからいいのだ。そしておれに泣かされろ。しかし泣いてもユルさんのだ・はっはっは。

 ん・先生がヒマになったみたい。

 
 本日私立高校の合格発表が相次ぎ、京都女子を受けたコ(このコは通るのわかってんだけど、京都だから日程が違うのね)以外は全員合格していた。てんかんもちで必ず一時間のうち20分ほど「あっち」いっちゃうやつも、何とか合格で、ホッとするわけだが、ひとつの中学が明日から期末テストで「なにすんねん」である。いや・なにすんねん。それから国立前期、それが終わると普通の期末テスト、それが終わると公立高校、それが終わると国立後期、と続く。かように二月は「逃げる」三月は「去る」のだが、来季の生徒募集もかけないといかんし、けっこう・というかかなりバタバタな日が続く。お笑い・のようなバタバタで自分でも笑ってしまうのだが、笑いっぱなしじゃ停滞するわけで、進まないことには後で「泣く」ことにもなるから、精神的にもツライのだ・なんて言うときながらも、遊んでるように見られ、いや別にいいんだけどね・と言いつつも酒飲めばとりあえず、その日のことは彼方へと忘れ、しらんうちに誕生日が来て、年を取り、なんだか気がつけば4月なのだ。いやしかし、春はもっとも好きな季節であり、旨い弁当とワインもって温かい場所へと行き、ほえ〜とまずはしてやるのだ。そうなのだ。
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2007年10月08日

すっぽんぽん'ズ FINAL LIVE

 とりあえず、これで一段落・活動停止となる、ザ レーベル ラフレシアの「飛び道具」すっぽんぽん'ズが難波ロケッツの「ミラーボール・ライジング」に乱入するみたいです・本日。

 出番は早く6時台と言っていたような。おれも冷やかしで行きます。
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チカラ入ったぜ・空回りもなく

 会心のライヴの時って、脳内物質がぴゅんぴゅん出て、カラダの疲れと精神の高揚感がインバランスになり、翌日は目の焦点が定まらない。そんなときクルマは運転しない方がいいのだ。

 久しぶりに長い時間(とは言っても、以前の感じからすると1/2or1/3って感じだが)できて、スロースターターのおれの精神も喜んでいた。カオリーニョ藤原との久しぶりの「対バン」にもちょい燃えるものもある。キングちゃんらもしばらくお休みってことだけど、やろうと思えばできるでしょ。ま・しかし松さんが帰ってくるのを待つってことの意義もわからんでもないね。

 かおるちゃんも新しい曲・新しいテーマをゲットしつつあるな・と刺激になった。藤原薫という人はこれがまた・ね、かつてはスーパー・ギタリストだったが、今はトータル・ミュージシャンでプロデューサーである。もちろん大阪・東京での人望も厚く、そこがおれとエッライ違いなのだけど、お互いリスペクトし合える元仲間/今仲間でライヴァルであるが、競合は有り得ないという不思議な関係である。

 ミュージシャンを育てるのも上手い。おれもシロートを育てているが、かおるちゃんの場合は自分とプレイできる人材を見つけ育てるのが本当に上手い。基本がやっぱり上手いギタリストであるからそこがね、おれみたいな元パンクとは違う。しかし、パンクの精神もこれはどの時代であろうが、音楽をレベル・ミュージックと捉えたことのある人間には備わっているものなのである。パンクは形状ではないから・そこんとこほぼみなさん誤解されているのだが、だからモヒカンで長渕剛みたいな歌をうたうサルも存在してしまうのだが、そこんとこいつまでたっても不毛なニッポン人だちである。かわいそうに。

 ま・ともかくカオルちゃんのワン・セットを見て聴いて、進行していると再確認できて嬉しかったのだ。その分おれだって気合い入ったもん。

 FANDANGOの20周年なのだが、あれから20年かー、としばし詠嘆である。87年である。88年かな。前期A Decade-IN FAKEから出演しているわけで、当時はキャンディ・ホール(実にトドムンドのご近所である)がメインだったから、ファンダンゴは割とカルいキモチで出てたかなあ。でもそのうち、最重要ライヴ・ハウスになってったわけよね。何故か? そこには自由があったからなのだ。今、神戸芸術文化ホールにいる初代店長ムーちゃんのキャラがやっぱり大きくて、求めているものがおれと同じく「熱狂」であって、やっぱ、そこはほら、音楽(ロックと言っていいかな)の一番パワーある点で、それがやっぱり一番だ・というかそれがなけりゃダメぢゃん・なんて暗黙の了解があった気がする。その背後には「いい音楽」という前提がやっぱりあってね、そこでパンクの話に戻るけど、ガワだけパクったヒトビトがそのヒトビトは物心ついた時にはもうパンクは終焉してたのだが・いやしてたからなのかな、見事にガワだけパクって、「ただバカが騒ぐための装置」にしてしまった。そこからおかしくなったかな。歴史は戻れないし、おれが言ってる事だけが正しいってわけでもないとは思うが、しかし、「いい音楽」がベースにないとあかん。何がいい音楽かってことはいろんな意見があろうかとは思いますが、ひとつのポイントが時間に対する耐用性があるということだろうと思う。

 こないだのファンダンゴでは大阪のブラジル好きなら一度はプレイしている「手品師の帽子」の本家が聴けたー、とカオルちゃんの弟子たち・つってもかなり名の売れた子たちだけど、純粋に喜んでたもん。

 ちょっと自分に関しては次の展開を・って気になってきた。これ以上バラエティを
・なんて思って自粛しとったが、そうでもないよな、と思いました。次のライヴは決めてなくって、録音があって受験シーズンにもそろそろ突入だけど、今はいつでもやれる・なんて全能感に包まれてるからダイジョーブ。

 HONZIの追悼の意味もあり、おれなりの個人的な話だけど、その思いを演奏に充分反映できたと思って、それがせめてもの・といった感じ。HONZI・成仏するねんで。
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2007年10月03日

C U @Fandango

 昼も夜も何かをするのは疲れてしまって、すると必要以上に飲んでしまってヴォイジャーを見てしまって、久しぶりの金魚運動のゆらゆら帝国の中寝てしまっていた。コンセントの関係で金魚運動をする場合、寝る向きが逆になるのだが、それもよしだ。

 逆の磁界の中に寝る=7・8時間過ごすことは何かを中和してくれる「気」がするからである。

 なんでもそうなのだが、どちらかに針がぴーんと振り切ってしまうことはやっぱり・これ・極端で、ワカモノの時分は「極端」がかっこいいぜ・など思っとったのだが、それはほら、そんな事少々やってても、どこもイタまんというか新陳代謝活発というか、そーいうことだったのだ。キモチはいまもあんまり変わらんのだけど、カラダへのタメージと言いますか、そこんとこ・よろしくぅ、で済んでいたことが済まなくなってくる。年を重ねるっちゅーのはそういうことだったのかな。それを補う智慧がそれに反比例して増加傾向にあるのもこれまた年を重ねるの in other words的には「成熟」なんていいまわしも
あるくらいで、まあ自然と身に付いているはずなのだが、自分の場合はどうか? そこんとこどうも「知恵遅れ」傾向が見られるのだ。

 大体こんな年になりつつも売れない音楽をやり続けるなんてのも「知恵遅れ」の典型的パターンなのであるが、しかし・ま・そこは・ほら日本のポップ・あるいはロック・あるいは大きくまとめると音楽などというのは、最初っからすでに情報過多な運命にあり、最初っからその世界音楽の大きな波の中で、乏しい知識とその大衆性と日本語というその限られた範囲の中で極めていびつに成長してきたわけで、その偶然性または一回性というサイコロ振りによる「できちゃった婚」的なしゃーないな・な、この子を育てるしかないわね・とりあえず、そうその・とりあえずですべてが進行してしまってるわけね。しかもそれは自己増殖を続ける「ギョーカイ」を作っちゃって、まあこの一連の出来事とは全世界的に起こった大衆文化の結末とも多くの部分共通するんだけど、ただ、取り残され・忘れられたものもその何倍もの規模であり、それは過去のオプションとして量的・質的に置いてけぼり・にされた何かなのであって、さらにそれらの組み合わせの可能性もまだまだ残されているのである。

 10.5のファンダンゴに集まられる「巨匠たち」はその置いてけぼりにされた何かの組み合わせにエネルギーを注入し、音楽としてよみがえらしむる、という作業をライフ・ワークとされている方々なのであって、そこんとこ・年季なんて言葉では言い表せない「試行錯誤」の途中経過なのであって、大衆性と、以前には存在した音楽の持つ崇高な部分のハザマでカンペーしてきた歴史の産物・しかも大きく分けて3通りの、という世界が繰り広げられますから、これを読んでるアナタ・是非来なさいよ。三者三様にHONZIの逝去には傷ついているのであり、そんな中でのライヴですので、涙腺ユルい場合もあるとも思いますが、かつて彼女がおれの後ろでVIOLINを弾いていた曲・なんてのもやりたいね・と思ってます。
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祝!!!20th ANNIVERSARIO!!!

 10/5(金)19:00〜Fandango20周年記念スペシャル・ゴールデン・デラックス・ライヴ

マルタニカズ/カオリーニョ藤原Bossa Tres/キング&ハートビーツ
2000/2500


VAMO LA!!!!
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2007年09月30日

MEMORIA DA HONZI 2

 きっとお通夜や葬儀に参列した方々、昨日の仕事が大変だったろう。

 感情をブレさせないように、爆発物を扱うようにして、一日を無事に終えた。かおるちゃんヨメから「今日は店来ないの?」と電話があったがTUTORから帰ってもう鍋を喰いだしていたから、「ごめんね・今日は」と謝っておく。みんな・なにかしらやるせなく、穴が空いているのである・ハートに。

 昨日は大阪時代の彼女の事をいくつか書いたが、まだ出来上がっていなかった段階からできあがる時期までの記憶が圧倒的に多いから、しょうがないか・と思う。それによって彼女の実績・名誉にキズはつかんだろう・と信じている。

 彼女の導きによって、疎遠になっていたヒトビトと距離が少し戻ったような気もしている。そうだとするなら、最後まで彼女は「接着剤」だったなあ・と思う。帰りはなんとオーツキと帰ってきた。へんなの・だった。教会で岸にも会ったり、まあトモノとも握手してこれたし、与太郎さんと話も出来た。「藤本義一」なんてあだ名も頂いたりして。まあ与太郎氏は梅田芸術劇場で新春に3週間ほどミュージカルがあるみたいだから、楽屋見舞いでもしてトドムンド来て頂こうと思ってる。ん? まだあるかな・微妙だな。

 その「福」という彼女のリーダーバンドの彼らとも再会できたし。現在進行形だった彼らの哀しみもわかる。モーテン・ヨアキムというノルウェー人がいて、それは彼女がノルウェーの童話をモチーフでCDにしたのかな・その絡みで、今東京芸大に来ていて、彼が、大阪へ行く予定と言うから、10.5にライヴがあるから来るんだったら、中津に泊まっていいから、ということで来ることになり、ピアニストである彼となんか一曲やることにした。そんな出会いも用意してくれていた。

 フットワークのカルさは彼女の身上でもあった。ZAKにシトロエンを売った時、東京に彼女が移るときだったのかな・乗って持って行ってくれたこともあった。「むちゃ・かわいいなー」と後で電話が掛かってきた。好奇心は旺盛だから、どこでもすうーっと入って行き、知らん間に自分の居場所を確保する才もあった。ちっちゃかったのがよかったな。若い頃は俗物な部分も人並みに持ち合わせていたが、この10年ほど、鬱を克服してからかな・彼女の内面が「澄んで」いくのを感じていた。大阪にいるこちらから見るなら、それが東京という街の音楽発信のためのインフラが集中しているという事実への対応のなせるわざかな・とも思ったが、どーもそれだけではなかったようだ。さまざまなヒトのまたは国の音楽に触れた(それもその数半端じゃなかったろう)ことが彼女の精神を純化させ、すべてを受け入れる覚悟のようなものが出来上がっていたのではないだろうか。音楽のすばらしさと音楽のこわさは長いトンネルの先のやっと見つけた隣同士のドアみたいな関係であるから、まあそしてその種の覚悟が出来ちゃった場合は迷わずに両手で両方のドアノブを廻すのだ。

 60年代の音楽家の死とは共通点も相違点もあると思うのだが、音楽自体が進化しているように見えるが、そしてヤル前から現代人は耳年増になってはいるが、本質的にはさほどその求めるゴールが違わない事、などを考慮すると、「音楽に死す」という概念はまだやはり生きている気がした。

 彼女は晩年はとっても澄んだ心で真っすぐに音楽の事だけを考えていたのだろう。いいスペシャリストの凡例がそこにはある。

 

 

 
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2007年09月29日

MEMORIA DA HONZI 1

 出来事を納得して消化できないままに、次の出来事が立て続けに起こるから、混乱している。

 なんていうのかなあ。

 彼女とはもう20年以上の付き合いだった。最初は高校生で、かわいい服を「着せられて」A Decade-IN FAKEのステージでPOLI-6を弾かされていたのだった。オトナっぽいスーツ姿のオトコたちの中に混じって。

 しばらくして、やっぱり一人だけ違和感があるのが拭えず、最初のメンツからは外れたのだが、中期A Decade-IN FAKEには幼なじみのトモノやカワゴエと共に復帰した。その頃はヴァイオリンに戻っていて、よくチューナー代わりに「Aちょーだい」と、その絶対音感を重宝した。その頃はまださすがにオリジナリティというものはあまりなく、音色は欲しいけど、フレーズはこーしてあーしてと指示をして、ちょっとピッチズレとんで・絶対音階・などとからかわれたりしながらも、キャンディ・ホールやBIG BANGなどに出てた。

 中期のA Decade-IN FAKEからオーツキ・トモノ・コージが抜けて、後期のA Decade-IN FAKEが始まったのが1988頃だったと思う。岩崎?がいてシーラがいて、カオルちゃん(カオリーニョ藤原)がいて、それまでにいろんなセッションで腕を磨きつつあった彼女とディヴィッド・バーン、3 ムスタファズ 3と連続のライヴの日があり、その2日目のMUSE HALLで、彼女と会い、今こんなこんなで一緒にやらないかと心斎橋の居酒屋かどこかで言った・と思う。なんだかんだ言っても「つかずはなれす」という関係で、トモノがやっぱり連絡を取ってたから、彼女があちこちのセッションにカオを出してるという情報もあり、内橋くんやまっちゃん(現ZAK)なんかと懇意であることもそのころわかった。

 その頃のある年末ライヴでSON NA BANANAと改名した。そのときのバナナ投げにも彼女はいた・と思う。

 そこからはまっちゃんや彼女の人脈からミルクマンや・バブルガムに行ったこさやんやら、ホーン隊も充実し、大編成の早すぎた脱国境バンド・SON NA BANANAが誕生するのだが、その中でも、かおるちゃんのギターと彼女のヴァイオリンはリード楽器の2枚看板だったと思う。

 ある録音があって、それはどこだったかな・野田阪神かどこかのスタジオで録音をしていて、随分旨くはなってはいたが、フレーズが「常識的」というか、今イチ面白くない傾向があって、「土曜を逃げろ」という曲のフレーズを20回ほどやり直しさせたことがあった。そんなにキーに忠実じゃなくとも、もっと自由に弾けよ、と言いたかったし、実際に言ったのだが、本人にしてもそういう「辱め」はそれまできっと受けたはずもなく、半泣きになりながらも、一度もスタジオを出ず、ブレイクも取らず、弾き続けた。すると15回を過ぎるくらいから、何かが変化し始め、きっと開き直りだったと思うが、目に見えてよくなってきた。最後は最初に弾いていたフレーズとは似ても似つかん、自由で独創的でやんちゃなフレーズが立ち上がってきた。ヴァイオリン開眼!!!の瞬間だった、と思う。もう訊くことはできないが、「あれから何か変わったでしょ・アナタ」と確認したかったなあ・と残念に思う。

 S-KEN絡みのクラブ・イヴェントや、キティやソニーからのメジャー行きの話など、けっこうワクワクするキモチの中で、SON NA BANANAは活動を続けていたのだが、そのうちメジャーの話が立ち消えになり、かおるちゃんをリクオに引き抜かれて、活動が制限されたり(ほんま失礼なやつだ)、92年の終わりにPARABOLA SPINSとさらに改名してアルバムを作って、そのレコ発ライヴを何本かして、まっちゃんが大阪を離れ、その後、しばらくは都島の公団にUAとともに住んでたみたいだったが、彼女は活動の幅を拡げ、さまざまなヒトのライヴに呼ばれ、可愛がられ、ついに自分名義のアルバムを出すまでに至る。SON NA BANANA時代のコンドル2という曲を録音したいというから快諾した。その頃の最大の彼女の活動はフィッシュマンズだったと思うが、心斎橋のクアトロにフィッシュマンズが来た時、本編でも参加していたが、彼女が前座をしたことがあって、そのコンドル2(彼女のアルバムではDE LA SIESTAというタイトル)をやるときなんてPAブースの中、ZAKの横で、「おとうさん」みたいな気分で見守っていたのを思い出す。

 どこか危なっかしいのだが、行動力があり、葬儀の最後に歌われていた「彼女を送る歌」にはプレイの間は恋人同士のようで・という一節があり、その通りだ・と思った。ぼくなりに正確を期すならば、その・現在プレイしている音楽に一瞬の間に入り込み、その音楽に「恋」をしていた・とそんな気がする。東京に行く前後から音楽へののめり込み方が「本気」を感じさせることもよくあり、もう迷いが感じられなかったから東京のミュージシャンの方々ともいい時間を共有できたのだろうな・ということはよく分かる。5年ほど前まではTODO O MUNDOにもふらっと立ち寄ってくれていた。最後に会ったのは自分の東欧スタイルのバンドで去年の暮れにRAIN DOGSに来た時、出射くんも一緒で、他のメンバーが大阪を感じたいというから、梅田地下街の立ち飲み屋に連れて行った。そのときカオルちゃんとちょっとした誤解があり、そのことでくそーとぼくがなっていて、そのままで別れたことがもうひとつ悔いも残る。別に何もなくてね・と言いたかった。

 ちょっとした「カルト・ヒロイン」だよ・もはや、キミは。しかし、そんな名誉なんてことはどうでもいいのもよくわかってて、ただもう一度一緒にプレイしたかったな。

 疲労天国の「いや〜ん・いや〜ん」の辱めだとか、ワタシ誰ある? のフィドル奏法とか、ハッカーのトーンダウンするところの絡みとか、LAST DECADEのピチカートとか音の想い出はいくつもあってその曲がある限り、なんどでも甦ってくる。背が小さいからといって自家製の台を作ってそれに乗って弾いてる姿も忘れない。まあSON NA BANANAはバンド内ギャグの嵐でそれでよく「自家中毒」したりもしたけども、音楽的にはあれを経験したら、コワいもんはもうなかったとも思う。少しはコーケンしたかな。

 しかし、やっぱり、もう一度ライヴやりたかった・一緒に。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

さて・次はおれたちも・・

 エイモス・ギャレットの日本ツアーも終わり。

 音楽なんてその値打ちがわからんサルに聴かせても意味がないんだから、今回のツアーなんてその人気と集客のバランスが最高に良かった・ということになる。宮崎と東京最終2ライヴでは「真夜中のオアシス」をやったみたいである。東京での最初は、おれはあんまりスキではないが、アメリカン・カントリー・シンガーみたいな歌い方の中村まりが、そしてファイナルでは彼女とサンディーがマリア・マルダーをやったみたいだ。そしてあのソロはやっぱりあのソロだったらしいよ。まさに「Drunken GOD」の面目躍如ってとこだろう。サンディー&サンセッツはミューズ・ホールで対バンしたことがあるし、サンディーなら充分マリアの代役務まったろう。その声はかなり魅力的だし。上手くて魅力的な声というのがなかなか日本人にはいないけど、サンディーは日本人ちゃうやん・よー考えるに。

 またまたオンナの声論になっちゃいそうだけど、歌えばそこにそのヒトが出現する。だから歌が魅力ならそのヒトも魅力なのだろう。そんなレヴェルを超えてその民族の存続までもその声の持つコブシに引き受けるファイルース(フェイルース)のようなヒトもいるが、そんな例はまれで・これからはさらにまれ・であるから、それはそれでじーっとそれを見守るしかなく、それとは別に、これからの歌い手は技術もさることながら、その人間を磨いていただきたいと思うわけである・なんつって。

 今週末・RAFFLESIAN COMPLEX Vol.6 @SUN HALLですよー。

              Rafflesian Complex vol.6
            <<シックスナインはいやん・の巻>>
                  Jun.9 '07
                 @SUN HALL
          18: 00OPEN 18: 30START(いつもより早いよ)
                 \2500/2800
              top_rufflesia.gif
             KATOAQUI / LESS THAN ZERO
            すっぽんぽん'ズ / MCラムパンペイロ
                キング&ハートビーツ
              ジョン松平とニューアマゾン
               オルケストル・ピリピリ
                 マルタニカズ
              ゲスト:カオリーニョ藤原

         Produced by marutani kaz(the Label Rafflesia)

             RAFFLESIAN COMPLEX VOL.7
             <<熱中症ありがとう・の巻>>
              Aug.5(Sun.)@FANDANGO


             Supported by Todo O Mundo
         Information: the Label Rafflesia(06-6389-1769)
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2007年03月16日

「やってくる」幸運

 もうおれの気持ちは変わらない。西から太陽が昇ろうが、インリンが目の前でM字開脚をしてくれようが、もう変わらない。尤も、その股間に逆イラマ的にカオをぐいっと押し付けられたりしたら・・・いや一瞬アタマは空白になろうとも、甦った意識は「やっぱり、おれの気持ちは変わらない」だ。

 ナニを言うとるのかこいつは・・と思うかもしれない・いや・思うでしょう・いいのよ・おもっても。

 感情の起伏がもともと「偏差値70」ほどある身としてはいろんなこと・いろんなところでアバレ、みなさまにはご迷惑をかけとるわけなのだが、まあおれもそこまでアホではないから、2回目に会ったぐらいではそんなことはないのだが、だから余計に「誤解」「曲解」の嵐の中に自ら進んで身を投じたりはしないのだが、気をユルす間柄になると「甘え」が出ちゃうのね。まあ、甘えっぱなしではいかんので大抵は甘えさすこともあるのだが、そんな場があるというのはまあ大切で貴重なことで、ただそんなことだけではいけなくて、みんなそれなりに自分の足で立って歩かなきゃいかんと思い、そういうことは促進しているのだが、それでもやっぱりホームという場では時に感情の激流に身を任せてしまっても、それに抗うことも「も〜いい!!」の池乃めだか・になることがある。

 みなさま大変失礼をばいたしました・と。

 ただ前哨戦として、これはもうほんとにびっくらこいてこいてこきまくっとったのだが、そのインリンの目の前M字開脚が実際に起こる可能性ってどれくらいだと思う?
 例えが適切じゃないな。では・インリンが「あなたのお宅へ出張!!!M寺開脚」なんて可能性はどれくらいだと思う。まあ・ほとんどないでしょう。普通はリングサイドのチケットをなんとか手に入れ、やったーやったーと喜んだとしても東西南北どの方向でフォールすんのかわかんないわけであって、そういうこちら側からの「働きかけ」があって物事動くのが可能性であって、それでも一応M字開脚ケツバージョンであったとしても「うん・まあそれでもよかったよな」ととりあえずの納得をするなんてのが人生なのよ・でしょ。ピンポーンって鳴ったから出て行くと、頼みもしないのに「こんにちは〜」なんてインリンがM字開脚して見上げてるなんてこと・あったらどーする? ないよね・ないよ・そんなこと。

 それくらいの起こりえない可能性の話をこれからするからね。

 エイモス・ギャレットという「神様が酔っぱらったようなギター」を弾く天才ギタリストがいて、この人はリチャード・トムプソンとともに最もおれが尊敬するギタリストで4度目になるのかな・来日する。そこまではいい。全国15カ所回る。それもいい。京都は磔磔である。うーん・納得。神戸は「ジョン松平とニューアマゾン」がこないだやったなんちゃらというライヴハウスである。うん・ま・しょうがないか・さほど客は入らんだろうしね。もちろん大阪もある。どこでだろう? おれは豊津に住んでいる。以前マリア・マルダーが江坂のブーミン・ホールに来たことがある。その翌日がおれたちのライヴだった。おれは楽屋でマリア・マルダーの香りの痕跡を嗅ぎ回ったものだった。で、エイモスの、そのマリア・マルダーの「midnight at the oasis」での誰も真似の出来ないような浮遊感と煌めきが無限に交錯して聞いてる人間を翻弄し、北風と太陽なら太陽方式で腰を立たせなくしちゃうそのギターソロに何度へろへろになったことだろうか。今・ミーツに電話して「記事を書かせてくれ!!!」と強く交渉した。

 で話はじゃ大阪はどこか・ということになるのだが、それが・おれは豊津に住んでるよね。そこから吹田方面へ100mほどいったとこにスタジオ・アンツというスタジオがあった。PARABOLA SPINSやCVS COWBOYSの録音はそこでやった。アンツ元木くんがそこのにーちゃんで、まあおれたちは我が者顔にそこでタチふるまっとったのだけど、そのアンツが潰れてその後は極真空手の道場になっていて、それも潰れ、なんちゃらストリートなんていう、アコースティックのライヴハウスになっていた。ほとんど気にも留めなかった。なんとなくテイストが違うのではないか・なあんてハナが利いたからなのだが、そのなんちゃらストリート(5th ストリートでした)にエイモス・ギャレットが来るのだ。

 やっとここでインリンの「出張M字開脚」と繋がったのだ。そのような幸運が向こうから「やってくる」確率のことをおれは言いたかっただけだったのだ。ご清聴ありがとう。http://toms-cabin.com/Amos2007/
 
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2007年03月15日

ライヴハウス

 ラフレシアン・コムプレックスVol.5のタイムテーブルを作っていたが、いっぱいいて「も〜たいへんっ」である。前回はサンホールで今回はファンダンゴである。

 ほんとはそんなことしたくはないのだが、適当に順番やりたいもんからやれ〜・など言いたいのだが、時代は変わってしまった。おれたちミュージシャンは「管理」されているのだ。誰に? ライヴハウスにである。ここで話が終わると小ワルのライヴハウスだけがその元凶ということになるから・それでは片手落ちだから続けるが、ライヴハウスは「自主規制」をしているのだ。それではライヴハウスは誰に管理されているかと言うなら、警察権力・ダークな権力・いろいろ考えられるが、ハナシをはしょって言うなら、我々市民に管理されているような錯覚を覚えさせられるかの如くして結局は国家権力によって管理されている。そいつらのズルなとこは指針だけを示してそのオペレーションを「我々の側」にやらせてるってとこだ。

 そうなるとナイーヴなこちら側の人々はどーなるかというと「過剰な自主規制」ということになる。そこはライヴハウス側の意識がどれだけ向こうの方を向いて・ということはこちらを守るという意識を持って・その圧力をせき止めるか・ということになるのだけど、はなはだ情けない情況がそこにはあって、おれの立場としてはそんなライヴハウスに対してこんだけはやらしてよ・みんなにこんだけのことはやらせるからさ・なんていう下請けの孫請けみたいな立場にあり、なんだかサミシい気持ちになってくることがあるわけである。ファンダンゴの変わり様は見事で、好きなライヴハウスには違いないが、なんでそこまで・・みたいな納得いかんとこがあるわけである。アナーキーながら愛に溢れたライヴハウスであったファンダンゴにおれたちもアナーキーながら愛に溢れた演奏で応えていたわけである。そのアンビヴァレントな2つのファクターは「おもしろい場」には必然のクルマの両輪であって、今のファンダンゴにはそれがなくなってしまった。サンホールはカオルちゃんがスタッフでいるからまだそんなに締め付けはこちら側にはない。カオルちゃんが止めてくれてるわけだ。

 しかし、よくよく考えてみるなら、しばらく出てない時期があって、その間にファンダンゴの変容はあったのだが、演る側にもそこは問題があって、そいつらが愛のないアナーキーだったのではないか・と思うのである。ただの憂さ晴らしとしての音楽というか、元々パンク系多かったのだが、店の前で「このおれ」がみんなとハナシしてるだけで「ファンダンゴ」のやつから怒られるなんてことは、おれが出てない間にそこでどんなことが起こったか・なんてことを想像させるに難くない。おれの知らん間にほんとにただのアナーキーになりかかったんだなということは「しいちゃん」のおかあさんらが「最近の客は・・・」みたいなことを言ってたことも思い出すし、加藤たちも散々嫌な思いもしたんだな・と思う。そしてファンダンゴを存続させるためにとったマニュアルだったのかな・という結論となる。

 ただね・そのマニュアルにはおれたちも従うし、ファンダンゴの変容を嘆いてもしょうがないわけで、それでも以前のむーちゃんのいたファンダンゴの「熱」みたいなものをおれが演るときぐらいはこちらから提示してみたいと思う。ほんとにヒトを勇気づけることというのは期待しててもあかんのだ。自由の萌芽というのは実はそこここに転がっているにも関わらず、みんな小さすぎてそれに気づかないか、自堕落になって見て見ぬ振りをせざるをえないほど現実に疲れとるわけで、そこんとこ実になんとかしたい。ピリピリがコンゴ人と喧嘩して辞めさせたり、キングが腸閉塞で入院して退院したらしくまた入院しないといかんかも知れないらしく、なかなか事はスムーズには運ばないのだが、おれがやると言ったらやるのだ。絶対に10時には終わってないとあかんから、「押し」は禁物である。その最初と最後はおれだから自分にそのマニュアルの一番きっついとこを課すということである。それはええの。みなさん6時にはだからきてないとあかんのよ。そしてみなさん・カラダだけはほんとに気をつけてください。
BCP021-52.jpg「ほんとに気をつけてください」誰やねんお前は。
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2007年02月09日

夜に・ナチュラリーで

 昨夜・TUTORが思わぬ長引きで店でなんか喰って帰ろうと思い、デットエンドストリートへ。ホタルイカのアヒージョと生春巻きとスペアリブで南仏ワインをほぼ一人で一本飲み、ミタキの遅い開店を待って、ナチュラリーへ行く。ホタルイカのアヒージョはなかなかよかったぞ・ユルフンコック!

 立ち退き情況に関して言うなら今はモノ事が表面に現れる前の・なんか下でごそごそやってる状態・という感じ。立ち退かせる側もなかなかいろんなヒトがいて大変だろうなと思う。変な言い方だが。カウントダウンのコール前の準備期間という気がしてる。まあでも「ある」うちに使っといてくださいね。
「いつまでも あると思うな トドムンド」五七五でいっとくね。

 キーはコラボというか協力なのであって、非常に無力な個人(ある部分は卓越していたとしても)の限界を拡げる必要があるわけ。次の2.22ラフレシアン・コムプレックスもそうだし、その次の4.1ラフレシアン・コムプレックスもそうだし、その間にひとつ挟もうと思っている露地春祭りもそうなのであるが、みんなの協力が要る。それはいつも露地にいる住民だけのハナシではなく出演者・スタッフみんなのことであって、おれたちは世間的にはまあ大した事がないという自覚を持たないとあかんのよ。過去に少々大した事があってもそれは加速し流れていく時間の中では何かを発信し続けないと結果的に世間の過小評価を招く事になる。なかなか大変な情況なんだけど、そこで出来る小さなフロス(ちっちゃな泡)を大切にするしかないんだから、まあ関係者のみなさん・およびサポーターのみなさん・そこんとこよろしくお願いします。

 それにしてもナチュラリーの壁・なかなかお気の毒ではある。
jolene_blalock020.jpgそこんとこよろしく・ねん
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2007年01月22日

まあがんばってみようか

 普段月曜は一般的な日曜なのだが、今日は昨日一昨日のセンター試験のフォローでそうもいかず、心身ともにだらけながらもなんとか問題を解いて解説する。

 朝起きてベランダに行くと「なんじゃこりゃ〜」的なあたたかさ。あたたかさはいいのだが、なんだか「こわい」あたたかさで、それは春がありがたくないあたたかさでもあり、おれたちが原始人なら「ひゃっほっほ」と喜ぶのかもしれないが、いろんなことを知りすぎていることもあって、なんだか本格的にやばいことが起こるのかなぁ・など力なく思ってしまうわけだね。

 急逝してしまった中島らもさんの娘婿がCVS COWBOYSのギタリストだったアンツ元木くんなのだが、彼が昔店にやってきて「日本語で世界に通じる言葉」をバンド名にしたいから、というから、おれはそんなもん「ウタマロ」しかない・と断言したが、おれの言うことをきかずに、「津波」にしやがって、ウタマロはレーベル名に成り下がったのだが、そこのメンツたちはなぜか過去現在未来の共演者が多く岸や岡嶋はじめサントスやジョン松平や元木ちゃんもそうだが、そのコンセプト違いの別動隊になるのかな、「ASIAN SONIC EMSEMBLE 」のCDをサントスが持ってきてたから昼間聴いていた。「よく勉強している」という感じ。さほど驚かなかったが、演奏はカッチリしてた。この我が国に馴染みのない音楽をいかに世界市民の意識を持ってやるか・なんて課題は、正攻法で過去に「ソンナバナナ」でやっていいとこまでいったがアタマ打って、その後、上澄みだけとりこんだ宮沢某とかいうペテン師によってまたまたちっちゃな天皇制を東京では作り上げてせこい商売やりつづけているのだが、まあ・これほんとにムヅかしい試みで、それをやっていることには敬意を表するよ・元木ちゃん。まあ・おれもヒトリ脱国境音楽家として今やっとりますが、過去の日本の歌謡曲と言われるものの中に世界音楽を生き生きと取り込んでいたいいサンプルもあり、そこでの大衆性の獲得の仕方にヒントがある・とおれは見てて、そんな意味ではジョン松平くんのやろうとしてることはまあそれを逆手に取ったようなことかなあ・とこれもまた評価してる。ソンナバナナ時代はほんとに「孤軍奮闘」という形容がぴったりの孤高の路を歩んどったのだけどそれから15年も経てば少しは状況も(いい方・悪い方?)変わっている。ただ今の日本人は自分の等身大のもんしか反応せんからね。そこへもってきてSMAPなんかが、「きみは今のままでよくって・世界で一つの・・」なんて歌うから、「アホがアホを肯定されてる」わけでそんななかでの、このようなアプローチに対して、音楽をヤル側の楽しみが第一義的にあるととするなら、そこを最優先することからしかなぁんにも始まらないし、その点はおれも賛同する。まあ・でも最後はいい曲を書けるか・やね。まあ・お互いがんばりましょう。
1/26シャングリラでライヴがあるらしい。よければ、みなさん。CDのアートワークはなかなか素敵だった。コーヒー&シガレッツみたくて。
posted by 浪速のCAETANO at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月26日

年末'06

 クリスマスも終わり、一気に年末ムード&モードですが、さっき鍋焼きうどんを作ろうと思い下にいったら本日のBGMは「ミュゼット」だったから、買い物してるうちにクレープのハムチーズ巻きなど喰いたくなったが、初志貫徹で鍋焼きうどんにGO!!!の年末午後であった。スーパーマルシェなムードは微塵もないが、そこにパリのスーパーを幻視しながらかき揚げなどを買うのは別に悪い気はしない。いっそのことその有線永久にかけといてよ。豊津のおばちゃんが「マダム」化するかもしらんで・ってそんなことは有り得ないが。かけるチャンネルに困っての苦し紛れの行為だとは思うが、そんなとんちんかん・がおれは好きよ。

 普段のBGMなんてひどいもんだから・さ。「おえーな曲に泣きのギター」とかもっとも食欲なくなるコンビネーションだし・ね。

 TODO O MUNDOの選曲は10年間やってきましたが、ま・最新の曲なんてのはないが、大雑把なところでは1930から90's初頭までの自分が愛した曲の「群れ」のオンパレードがそこにはあって、それ以降がなんでないかと言うなら、そこまでで楽曲のアイディアが出尽くしとる・とおれは思うわけで、それ以上に新しいものは「ない」なんていささかゴーマンにも結論づけてしまうからなのだ。それはポップの形成に関する「一回性」に注目するからなのであって、厳密に言うならおれの好きなポップはもうそこで終わってくれていいのである。もちろんコドモはどんどん育ってくるのは分かっとるよ。その同時代音楽が必要なのもわかっとるよ。だからコーダクミなんてねーさんが「おる」っちゅーのもわかっとるよ。コーダクミだけじゃなくっていろいろ「いる」っちゅーのもわかっとるよ。ただフェイクはフェイクでフェイクなのよ・ごめんちゃい・って態度はないと。こいつらの態度は「THIS IS 'THE' MUSIC 」という態度なのが気に入らんだけなのね。一週間前のコーヒーをもう一回抽出して黒い色つけたような「おえー」な代物をありがたがってバカコドモに聞かせてる・そこが気に入らんだけなのよ・忘れてね。器材の発達もそんなところに貢献しちゃ本末転倒ぢゃん。

 そういうわけでおれたちがコドモだった頃のロックやソウルはなんだかちょっとヘンテコなものになってしまっているのだけども、というよりか、そんなフィールドは日本にはそもそもなく、すべて「歌謡曲」になっとる・なんてことをいうと本家歌謡曲のみなさまには・そんなつもりじゃありませんなのだけど、早い話、曲書くヤツが「ぷー」なだけなのよ。本家歌謡曲の曲を書いてた作曲家はみなさん素晴らしい作家だった。服部センセーはじめ。それにひきかえ、今のコーダクミとかの作曲のやつなんて曲書けとらんよ。早い話・音楽で曲書けんなんてのはダメ・文章書けない小説家とおんなじぢゃん。

 そんななかでの同時代音楽なのだけど、見通しは「真っ暗」だがやるしかあるまい。来年上半期というか、その流れでプロデュースに専念するために、自分のライヴは封印しようと考えてる。まあ自分がそんなことして「戻って来れるのか/」という懸念もあるこたある。どうなんだろう。わからない。ただ、このザ・レーベル・ラフレシアのメンツの各個体をおれの手にかけて、世に出したい・という希望を達成するには、自分の事にかまっているヒマははっきり言ってもうないからね。それが達成したあかつきには、自分の事をメいっぱいやろうとは思うが。
seven.jpg我慢できるのか?

 
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2006年12月24日

SO THIS IS X'MAS

 聖夜などと言えば何かがこっぱすかしい。家は浄土宗だった。

 ただ、X'masはキリスト教徒の祝祭日を超えた何かになってしまっている。インドネシア(イスラムとヒンドゥーの国)にもサンタの格好したおっさんがいる。日本のコマーシャル・クリスマスも、溜まっちゃって溜まっちゃってしょうがないワカモノ男子と疼いちゃって疼いちゃってしょうがないワカモノ女子のタメだけのものではなくなってきつつある気がしている。格差の上の方ではきっとまだそんなんなんだろうが、おれたちゃカンケーないもんね・なヒトビトのクリスマスはなんか質素に世界平和を祝う日になっていきつつある・と希望的観測もこめまして思う次第。

 そんな気に昔からなっていたのはジョン・レノンの「HAPPY X'MAS」の存在が大きい。非常に完成度の高い素晴らしい歌だと思う。発表されたのはベトナム戦争末期だったろうか。副題の「WAR IS OVER」が切実で、チビながら激しく感情移入したことを覚えている。

 ジョン・レノンの訃報を聞いた時のことも忘れられない。大学5年の冬、いやいや就職を決めて、「パンクとレゲエ」の卒論を書いていたときにFMラジオからそのニュースを聞いた。当時はオノ・ヨーコさんの垂れチチがひどく日本人全体の美意識&プライドをキズつけ、なんと醜い・と思い、ジョンはなんでそんな垂れチチと結婚したのだ? とおれたちも「?」だったのだが、オトナになるにつれて、彼の平和を求める気持ちと当時の小野さんたちの世代の持つ日本女性の奥ゆかしさの中に何かがスパークしたんだろうな・なんてことが少しずつ分かってきた。

 リバプールの悪ガキが平和をまず内的に訴えるヒトになるというのは、動物虐待のコドモが動物愛護のオトナになることと似て(これには異論ある方多いと思うが)ヒトのこころの同一性とは一体なんや・どーなっとんねん?という話になるが、コドモのままオトナになるとは限らないという素敵な臨床例がジョンである。世界を変えるなんて言わず、オマエの心の中を変えれば?なんてとこも、ものすごい素敵な話で、資本主義社会を革命によって倒し、社会主義社会を作り、それがバラ色どころかもっと悲惨な社会にしてしまった、中国・ソ連・東欧の指導者達に対する、唯一そして暗黙のアンチ・テーゼになっていたことも忘れられない。理想を訴えるための知名度は功を奏したかに見えたが、それが仇となり暗殺という結果に終わるのだが、ジョン・レノンは20世紀の生んだ最大のポップ音楽家の一人ってことは間違いない。ジョンにあやかろうとする低能ミュージシャンもどきが後を絶たないが、それもまあしょうがないか。

 HAPPY X'MASはラヴ&ピースに溢れ、途中からヨーコやコドモ達の声が聞こえてくる辺りから、急激に幸福感に溢れ、こちらの涙腺もユルくなってくるのだが、その幸福感は現実からはどんどん遠くなって行くが故に、聞くものの心の中にジョンの魂を共有する場所の面積は増え続けて行くのである。

 HAPPY X'MAS(FELIZ NATAL PARA TODAS AS PESSOAS DO MUNDO)
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月25日

SO TIGHT A SCHEDULE THAT・・・

 本日、なんかよーわからんが、桃山学院大学のOB達による、イヴェントライヴに「マルタニカズw/KATOAQUI&すっぽんぽん'ズ 」で出演します。
 桃大と言えば過去かなりの質・量を伴ってBLUES/R&B系ミュージシャンを排出してきた大学で何を隠そう(隠さんでもいいが)キタバヤシジュンの母校でもある。
 17:20からの30分弱かと思うが、ザ・レーベル・ラフレシアのエッセンスをぎゅーっと詰め込んだプレゼンテーションにするつもり。出演者はかつてのワカモノプラスだまされたおねーちゃんということだと思う。80sというより70sでしょうね。それも悪くないわけ・ね。

 まあ塾やってライヴやってTUTORという強行軍なのだが、自分らしいと言えばこれも自分らしい一日なわけだった。@日本橋アナザー・ドリームだったっけな。
posted by 浪速のCAETANO at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月22日

終わったり始まったり

 Less Than Zeroギタリスト・SKバラによれば、怒涛の日々が終わったと言う。そういうとすればおれはこれからが怒涛の日々である。

 これから三週間・監獄ロックの日々である。身動きが取れない。一人の女子は見事・ムコ女・ドウ女二連発で受かっちゃったのだが、もう一人のかわいい方がムコ女に落ち、キョウ女の発表待ちという微妙な情況で、一般に向けてもう一科目始めないといけない。本日から中学生の期末テスト一週間前となり、それが終わると高校生の期末テストとなり、うちの塾は東大志望(!)から先の中間テスト全科目欠点というY部のような真性アホまでいるもんだから、これがまた・ね。

 そういうならばその怒涛の日々の始まりが昨日の「ラフレシアン・コムプレックスVOL.3」だったわけで、まあみなさん・おつかれさんでした・なんだけども、次のVOL.5@FANDANGOも四月ばか(4/1)に決定して、きっとその頃は録音/ライヴというさらに怒涛なモノがあると思う。その頃トドムンドはあるかね・果たして? などという不謹慎かつ不安定な発言も慎む事なく、言っちゃうわけだが、もう自分の中でいろんなことがパンパンになっていて、どうなることやら・だ。

 今回は「おれ以外」のヒトビトの充実が感じられ、なんだか「成長」なんていう言葉を当てはめてみたりもしがちであるが・しかし、ブレイクダウンして見ていくなら、個々の成長も凸凹(でこぼこ)があり、善し悪しなのだが、本人たちの気合いが空回りしないようにはなってるな・という感はある。ただ、その結果は「サポート」による部分も大きく、さらなる「奮起」が必要・と言っておきたい。音楽・ナメちゃダメよ。そして音楽とは・けっこうコワいもんでもあるのよ。

 みんないっぱいいっぱいだった証がひとつ。だぁーれも録音・録画のこと気にしてなかった。というわけで記録が残っていません。こりゃ失態である・イマドキ。

 ハートビーツは別格の充実ぶりだが、それをちゃんとプレゼンテーションできて良かった。しかし、録音を早くしたい・ってなことを、キングちゃん・松さんに説明できたからそれは収穫だったのだろう。自分の事を考えるといつも思うのだが、ライヴの・バンドの充実のピークが過ぎ、熱もやや治まる頃に録音ということが多かった。ライヴの勢いがその頃はやや下降線を辿り、録音がカンフル剤にはなるものの、傾向としてのダウナー曲線は変わらない・みたいな話になる事が多かったのだ。だから今回などはものすごいいい機会な訳だから、その発展途上にあるデッドエンドストリート住民たちと、リスタートしてかなり復活してきたハートビーツのその熱を捉えたい・と思うわけだ。各バンドのフルアルバムができれば良し・ミニアルバムでもまあ良し・シングルでも構わんと思う。これからサンフォニックスと折衝するわけだが、それはストレス・なことであることは分かりきっているわけだが、先輩プロデューサーのカオリーニョ藤原(カオルちゃん)にも相談に乗ってもらいつつ、なんとかやっていきたいものですなあ。
rafmake.gif
RAFFLESIAN COMPLEX VOL.3.5 on12.31@TODO O MUNDO、
RAFFLESIAN COMPLEX VOL.3.75 on1.14@曾根崎デッドエンドストリート
RAFFLESIAN COMPLEX VOL.4 on2.22@SUN HALL、
RAFFLESIAN COMPLEX VOL.5 on4.1@FANDANGO

THANX FOR COMING TO "RAFFLESIAN COMPLEX VOL.3" WE do hope to see you over and over again.


 
posted by 浪速のCAETANO at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする