2007年08月25日

なしくずし

 TUTORがドタキャンにより、時間ができる。

 南森町から引き返す。いいのだ。やることはいっぱいあるんだもーん。
 
 久しぶりの土曜日オフなのだが、できればはよ言うてよね、おかん。新世界にでも行こうかなと思ったが、クルマだった。もう飲酒運転はなかなかできんからね。

 みんなオートマ乗り過ぎやねん。オートマの運転はゴーカートですから、ハンドルだけ握っときゃいいハナシで、そんなもん、何かを操っている気・する? そんなことで運転ができるなんて思わないで頂きたい。おれは両手・両足使って運転してますけど、例えばね、酔っぱらっていたとして、アクセル踏むだけで動くクルマと、ギアを繋いでかないと走らないクルマとではどちらがより凶器でしょうか? ATのクルマです。これは間違いない。酔っぱらってても酔っぱらってなくとも「忙しい」のであるマニュアルって。運転時のそのカラダを使うダイナミズムというのは危険回避の重要な要素と言っていいとおれは思う。だってATって踏むだけでスピード出ちゃうわけよ。気がおっきくなってる時によ。それ、もんのすごく危険でしょう。

 まあ今、酒飲んで運転するなんてことを言うと、もうあっちこっちからの激しいバッシングに遭うこと間違いなく、おれももうしてないけどさ、その大事をおこしたやつらって、クルマの運転というのはそんな楽勝パターンであるなんて意識があるわけよ、ベースに絶対。ほんとに運転上手いやつなんて、酔っぱらっても絶対事故なんて起こさない。要は酔ってなくとも、ヘタなバカが、そんなレヴェルで運転しているから惨事が起こるのだ。

 「賢者の失敗が愚者の法を作る」という諺があるが、今の情況は「愚者の失敗によって賢者も含めたすべての法を作る」である。飲んでも酔わないやつもいる。なんでこう「一括」なのよ? まあ理由はわかっとるんだが。

 サルでも運転できるつまんないクルマを別に運転なんかせんでもええようなヤツに売っている日本のメーカーにも責任はある・と思う。運転を簡素化することは、イザという際の危機管理にはものすごくマイナスであることに気づくべきだ。今度は事故を起こさないようなハイテクを使って「センシング」なんつって、なんだかイタチごっこっぽいぞ。愚かな人間を前提にクルマを作ること、それで世界一のメーカーになること、精神的なイジメがまかり通る教習所もコミでなんかクルマの周囲は変な方向に向かってると思うけどね。

 クルマの連載をやっていて、なんというか、もちろん日本車なんて鉄くず同様にしか思っていないが、なぜヨーロッパのちょっと旧いクルマばかり取り上げるかと言うとね、それはスタイルとかだけじゃなくってね、一般的な日本車クルマの本質からえっらい離れすぎていると感じるからなのだ。パワーなんてさほど要らないのに速いクルマは数値を競う一方で、冗談のような軽自動車・大衆車におえー・となるわけ。そこにはドライヴィング・プレジャーのカケラも感じず、4WD系はただただイカツくなり続け、この狭い日本の道で、他のクルマを意味なく威嚇する。それなら4tトラックでも運転しとけよ・なんてツッコミ・ありだと思うが・どーか? 品もなにもあったもんじゃない。そして、どのクルマもこれがまた「イージー・ドライヴ」なのね。

 トヨタとかニッサンとか潰れろ・なんて、ココロの中では思ったりしたりなんかして〜。

 オートマなんてのもまず発展したのは・・・・・アメリカである。イタリアなんてムルティプラ(ミニヴァン)だってマニュアルだからね。ただアメリカはバカっぴろいからな、そこはまた環境が異なるわけ。

 いや・病気がちの姑のいる家庭のヨメなんかが、おかーさんをしょっちゅう病院連れて行かなあかん・とかそんな情況までもファックと言うてるわけではないのよ。ただ、バカが運転する簡単グルマを取り締まろうというケーサツのその取り締まるポイントがジュッパヒトカラゲだし、そのバカを基準にしたホーリツがそのまたベースになっとるなんてことがおれを「イーーィっ」てさせるの。 
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2007年07月27日

ミニとの一日

 オースチン・ミニ・カントリーマンあるいはモーリス・トラヴェラーの一日。

 右ハンドルのマニュアルはなんだかカラダが疲れるのであった。クーラーがなかったから久しぶりにアタマくらくらきた。パンダに乗ってたときのことを思い出す。こんな暑い盛りによー乗っとった。まあ20年ほど前だからいろんな箇所元気だったしさ。30℃超でダブル・サンルーフ全開なんて荒技もアリだった。ばっかだな〜・ホントに。

 お借りしたクルマはルックス・キュートのドライヴァビリティ5段階の2ぐらいのクルマで、しかしそこんとこルックス・キュートであるから、ドライヴァビリティ5段階の4ぐらいの涼しげなカオを装うのがなかなか大変なのである。左ハンドルならまた全然違うのだが。

 いやー昔のクルマってそんなんだったんだよねー・と言うは易し。昔のクルマの中でミニは依然としてファン・マニアともに多い。パーツの供給がスムーズということもあるのだろうが、ミニ一派と呼ばれる人々が確実にいる。そういうとこ偉大なのよね。しかし偉大なんて感じがちょいケツかいいのよね・おれ。っちゅーことでおれには「無縁」のクルマということになるのだが、先のことは一応わかんないからね、ただ本日の「濃いい」経験はきっとアタマのどこかに残っていくのだろう。

 しっかし本日暑すぎた・と思わない? けっこうふらふらである。こう言う時に限って数学のきっつい問題で「ここんとこわかんないんですけどー」なんてことになることが多かったりもする。本日死んだ脳細胞が数学担当でないことを祈るのだ。
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2007年03月09日

・・素通り・よりはじめて

 うーむ・現金素通り病だ。

 ヒトは何かが過剰で何かが不足するものだから、ま・しょうがないっちゃしょうがないのだけど。慢性現金が不足しているぜ・万歳(まんせ〜)などと結果的に自らを虚しゅうさせることでも口に出しとかないとモタんのだ・放っといて。

 サーブの車検が通らないらしい。ホイールがフェンダーの幅より出っ張ってるという。前回・前々回それで通ったのだ。なんでまた? 車検が厳しくなったという「噂」は聞いていた。だけどそれは改造車とかさ・そういうもんが対象でしょ。おれのマジメサーブがなんでなん?

 お役所仕事の融通のきかなさは正にビューロウィスティック。前通ったじゃん・なんてのが通用せんわけね。で急遽純正のホイールを探さないといかんことになった。バカげている。サーブオーナーだれか「貸して」くれんかね。

 8vもまたオーディオはカセットである。サーブもカセットで、最近それって珍しいらしく、乗ったやつが「給食費」払えん家庭の子を見るような不憫さで「まだ」カセットテープなんですか? など言われるが・悪い? 悪いのか・なー・悪いんかい?

 音質とかそーゆーことじゃなく「何」聞くかということが大事なわけで、さらにおれのアナログ(CD未発売の)を再生するのに昔からカセット作って編集してたりしてたわけよ。もんのスゴい時間かけてるから、そんな気力は今ないわけ。それに買ったクルマがたまたまカセット付きのやつばっかしで、Mグに見つけたったY10はCDだったけど、ただクルマでCD聞く方がカセット聞くよりエラい・なんて思っとる低能がまだ世の中にはわんさかいて、おれは「音源」が大切なわけで、今はさ、iPod飛ばせばチューナーで拾えてそこそこの音質なわけよ。だから家にあるウン千枚のCDとかクルマで聞く必要もないわけね。わかっとらんのよ・わかっとらん。音質の良さというのは大切だが、それはつまんない音楽でもアレンジで聞かせられると「ほぼ同義」であって、そこんとこは本末転倒です。ギター一本でもいい音楽は成り立つ。そーかー・と今、長渕剛を思い起こした方は風呂場で血管切ったらいいと思う。

 と・いうように物事というのは「通じない」ディスコミュニケーションの時代なのだが、アホに合わせててほんとにいいのかな・ほんとにほんとにいいのかな。

 8vがやってきて、昨日はtutorにも乗って行ってしまったのだが、今まさに調教開始したとこなのでなんとも言えないけど、ま・少々「誇り」に思える・というものだ。乗ってお金持ちっぽいとかそういうことからは遠く、ものすごく速いということからも遠いのだが、やっぱり少々「誇り」に思える・というのが正しい。純正アルファエンジンは75以来2度目、そしてこれが最後の純正である。75はv6だったが今回はツイン・スパークだから軽快。この2つのエンジンがアルファロメオの財産(遺産?)なのだから、よく味わって・と思ってる。サーブはコンヴァーチブルだからドライヴァーズ・カーではないし、ドライヴァーズ・カーがひとつあってもいいもんね。まあ・どこが壊れてくれるか楽しみだが、昨日もディーラーから「でもいいでしょ・そのクルマ!!!」なんて連絡があったが「調子いいよ・今日のとこは・へへへ」なんて答えるわけけだけど、その「へへへ」にイタフラボログルマ13台の含蓄がある。まあでもね・当たりかハズレかは時間が教えてくれる。そのためには「保険」のサーブの車検なんとか通さなきゃ。
240x320.jpg言わばわたしのエンタープライズのようなものね

 
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2007年02月07日

満を持してって感じ

 たまには音楽を切って運転するのもいい。

 その場合、エンジン音がBGMとなるのだが、最近のクルマ・みんなおりこうさんになってて「やかましい」っちゅうことがあまりない。 TUTOR先のおかんに一度旦那がプリウスを買った時、サーブと比べられ、「むっちゃ静か」と貶められたことがあり、「静かやったらエラいんかい」と喧嘩腰にはならなかったものの、でもさヨメやコドモのためだけのもんじゃないでしょ・クルマってものは。

 そのエンジン音の中に旋律が内包されているようなクルマが欲しいと思っている。この温暖化(かどうかほんとのとこわからんが・何べんもいうけど)を認める世界的風潮の中、クルマに乗れなくなる未来を直感したからなのだ。

 エンジン音はそれを聴く人間によって騒音にもシンフォニーにもなる。自分が乗ったクルマでいいなと思ったのは、フィアット・パンダのほんとにヒイヒイ言いながら一生懸命回るファイア・エンジンと乾いた低音のランチア・プリズマ・インテグラーレ、そしてプジョー309GTiの4000〜5000回転の低音に高音が混ざってくる感覚。こないだ乗ったアウトビアンキY10も良かった。チビグルマはとにかく回さなくちゃ話にならんから、こちらもきびきびした運転を余儀なくされる。そこがいいんだけど、それを2000CCの・・・・純正直4で・なんてことをもくろむわけね。なんだか楽しい。この楽しさが周囲に伝播すればいいのになと思う。

 さて、本日ミーツ原稿を仕上げて、これから2週間はラフレシアン・コムプレックスと学年末テストにかかりたい。
jolene_blalock020.jpgイッちゃうのねん
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2007年02月03日

アウトビアンキY10に・よりはじめて

 久々にアウトビアンキY10に乗った。楽しかった。
 
 やっぱイタリアン・ピッコロいいのね・これが。イタリア車はリッターカーがいい。それに対してフランス車は1300CCぐらいのがいい。どちらも回して回して、走るのだが、ピッコロイタリアーノの場合はそのヒイヒイ度が直にこちらに伝わってきて、そのう・ほら、ヒイヒイイワす実感・ていうの、そこがいい。フランス車はもう少し懐の深さがあり、シートの良さもそれに加わりあくまでもノーマルなセックスの中に散りばめられた「変態の記号」の数々をじっくり味わう・とでもいうか、シトロエンなんてその典型なのだが、いったて本人はノーマルなつもりが指二つほど触る箇所がビミョーにずれてて「そこだけはいやっ・お願い」なんて感じ。わかりにくいな。

 まあちっこいクルマのいいとこってのは、運転しててこちらが「元気」になるのである。ピーキーなエンジン音がアドレナリンを誘発し、それは右足から機関を通してクルマへ伝わり、バルトリン氏腺液の分泌を促すごとくシリンダー内のオイルの粘度をさらさらにし、さらに激しいピストンの稼働を可能にする・というハナシ。これはでかいクルマではそうもいかんのね・トルクが妙に大きければ回転数で稼ぐ必要がないという話になる。回さんでもまあ速い。実はオートマチック車のおもんなさはそこで、アホのATは勝手に変速しやがるから、引っ張るということが不可能なのである。なんか「ど・よ〜ん」としてる。そんなパワーだけがあるワンボックスに後ろにつかれた場合・「きゃー・やめてー」なんて左に停めて追い抜かさせて、その後急発進からテール トゥ ノーズ50cmぐらいのジグザク運転で責めてあげるのね。ばーか。一生ハンドルだけ握っとけ・サル。
 
 とか言って、いま物色しているクルマは2000CCなのだけど、まあおれもそないワカモノでもないからいつも元気・とは限らんからさ。それにそのピッコロの運転を2000CCのクルマでやっちゃう・しかもR168で・なんてのが楽しいわけよ。本格的に温かくなったらそれよね・それ。
seven3.jpgウカレている
 
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2007年02月02日

なんで今日だけ寒いかなあ・よりはじめて

 よりにもよって宝くじ的に寒い日に取材である。

 昨日夜に日本橋からアメリカ村まで歩いたのだが、ジーンズの穴から風が入ってきて寒かった。本日は「穴なしパンツ」で行こう。アウトビアンキ止まんないでね・お願いだから。

 自分のクルマに関して見積りを取り寄せ続けている。こいつはサンルーフ付き・まれにあるんだよなあ・しかしそっちだったらサンルーフなんてなくてもいいな・見かけが見かけだしな・でもそれならこいつはどやねん・一番16Vっぽいで・ボディ・サイズも小ぶりで小股の切れ上がったようなハシリしそうじゃん・ちょいとまった・こっちのこれ・今乗んないともう乗れないかも・やっぱ4ドアの良さってあるやん・うんあるある・でも4ドアやったら最初のヤツもそうやん・しかもシャーシはおんなじやで・そやねん・わかりやすいかわかりにくいかって感じ・おねーちゃん受けはそっちの方がするやろなあ・えっ、この期に及んでまだそんな事言いますか・そんなこというならこっちのオープンはどうよ・いやそれも考えたんやけどな、2シーターやろ、もう完全にみんなを乗せんの拒否るわけやん、それにオープンからオープンてアホじゃない・でもね、乗ったら楽しくなんで絶対・あっ、なんかクルマの数増えてる・・・・おれと「おれ」の会話は続く。

 イタリア・フランスのクルマになぜこんなにココロ奪われるのか・よくはわからんし、ここは分析するとこではありません・ので放っとくのだが、サーブの引き取り手、見つけなきゃ。5年乗ったからなあ、びっくり、どのクルマよりも乗った。まあその間に別に3台買ったのだが、唯一の非ラテン車である。ウーノ・ターボ・フェイズ2も売る。軽のライトバンが荷物積めてええんちゃう。それならユルフンコックがいつ潰しても「笑って許して」あげれる。ただし、その次は軽トラな。軽トラも使いようあるでー。かおるちゃんに乗せてたトッポとかね・営業車にはぴったり。

 わかるやつしかわかんない世界がおれは好きだが、この大衆情報資本主義の時代、「分かりやすく for everybody」なんてことをちょいと雑誌などにも縁があるから、よく編集者に「お小言」を言われるのだが、まあそれはその雑誌のスタンスにもより、わからんでもないのだが、しかし、どーもターゲットが拡散すると焦点がぼけるのは否めない。これでも随分親切にはしてるつもりだが、一方ではマイナーな世界をあるところでひょいと裏返しにすると、みんなびっくりみたいな話もあり、そんなことはまずはマニアな楽しみとして深化させなきゃいかんなあ。最近のヤラレたな・は「英漢字」と「ロック・フジヤマ」。

 本日ゲイのまーくんと狭いアウトビアンキ車内で二人っきりである。
seven3.jpgボーダーを超えろ

 
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2006年06月29日

続編の準備

 W杯・中休みだ。寝不足解消できて助かった。仕事もハードなのだった。

 好きなクルマを考える。マンガ読まないから、「サーキットの・・・」とか馴染みがないしスーパーカーには興味がない。ま・公道をふつうに走ることの出来るクルマがいい。愛車精神で取り上げてなく(取り上げててもいいけど)面白いクルマを考えるのだ。最近のクルマも悪くないのだが、それなら「ハイブリット車」がいいな。もうガソリン全然減らんっていうからね。環境問題と絡めここは社会派で攻めとく? こんなこというからいつまでたっても「バカ」に見えるわけですね。

 そしていきなりランチアだけど、デルタ・インテグラーレ。アウトビアンキY10。テーマ。

 フィアットなら、やっぱり旧パンダ・バルケッタ・クーペフィアット・あとアバルトなにか。そして500・600・あとムルティプラ。

 アルファも何かひとつ。ここは迷ってしまうところだ。なんかマジメに書いちゃいそうだから。向いてない。でも何かひとつ。あ・スパイダーやスパイダー。

 シトロエンは取り上げたいの・たくさんある。2CV・BX・CX・DS・XM・ami。今のCシリーズもちょっと見てみたい。

 プジョーなら309・605・CC・106・406・405。

 ルノーはルーテシア・21・あとゴルディーニ・アルピーヌ・スピデル・あと変な仕様のトゥインゴ・5。

 シムカなんてないかなあ。

 ニュー・ビートル。あんまりキョーミないが。縦目のベンツ。アウディTT。BMWならなんやろ。キョーミのない地方(ゲルマン地方)はアタマがなんか働かない。ゲレンデはセレブな印象であってもいいか。

 ボルボなら要塞みたいな740はいいかも。サーブは自分の900コンヴァーチブルしか興味ない。

 ノルマン地方だが、ここはバックヤード・ビルダー系の何か。いろいろあるが。ありすぎて困る。ブリティッシュ・グリーンのMGB-GTなんてあればうれしい。R/Tも好きだし。

 アメ車はよーわからんからハシモト先生に教わる。

 日本車はハイブリット車。そしてコペンなんかいいかも。軽のおもしろそうなとこを突っつく。
他はどーみても下品な鉄の塊にしか見えんので。目悪いのよ・おれ。

 新しいクルマもいいんだけど、インプレみたいになっても面白くない。やはり、ヒトと絡ませる・ヒトを絡ませる。これしかないと思う。そのマッチ/ミスマッチ度合いを楽しんで連載できればいいですね。
473242_210.jpg「やや・心配な明日だった」
posted by 浪速のCAETANO at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛車精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

連載の新企画を考える

 はじまりは清原なわけで、ハマーに乗っとる・と。社長がベンツというのも同じようなことで、それはオーナーのパーソナリティの一部を補強する要素としてのクルマの存在というわけでつまんなくない?
 もちろんクルマの存在そのものが、公道を走る限り社会性を持たされることからは自由にはなれないし、モノである限り所有者の意思の内部に留まらざるを得ない「はず」なのである。

 しかし、通りに出てみると、どうだろう。そこでは様々なクルマが「それ自体」存在を主張しながら走っているかのように見えたことはないだろうか? さらにいいクルマに近寄って「中」を見て「見なきゃ良かった」というような・まさにミス・マッチなドライヴァー/クルマ情況が「あいたたた」なことも多い。

 クルマはモノであるが、まあ自分は欧州車特にイタリア・フランス車の80〜90年代の、なんてことないようなクルマが好きなクルマ・バカにしか過ぎないが、そのカワイさを分かっているが・しかし・エンスーと言われればケツがかゆく・なぜならエンスーではないからなのだが、それでもしかし、欧州車というものはその技術は一部グローバルになっているけれども、その時代ならまだ強烈にその国の文化や伝統といった個性が香ってくるわけであって、そこがもうたまんないわけである。

 では、そんなクルマとヒトを強引に組み合わせてみたらどーなのか? というのが今回思っているテーマなのだった。おせっかいながら、例えばキヨハラをチンクエチェントに乗っける。キヨハラがチンクエ見た瞬間からお話は始まる。眉間に皺がよる。おれしばかれるかも。ギャラは出ない。皺が深くなる。それでもなんとか車内に押し込む。中のあまりの狭さに車内がマンガみたいにぱんぱんになっとるがキャンパス・トップを開放して、やっと一息つく。マニュアル運転できるかな。左ハンドルはまあだいじょうぶか。で、チンクエに乗って球場とかへ行く。もちろん高速を使うがこれが「おっそい」。ダイハツ・ミラにも抜かれる。イワすかイワさんかの世界があまりにも身に付いてしまってるキヨハラだから抜き返そうとアクセルを全開にするが100km/hが限界で車体がフルえ、なんか変な匂いもしてくるからさすがのキヨハラもちょっとコワくなり60km/hほどで走る。60km/hなのだがもっと速い気がする。抜いていくやつが「お・キヨハラや。なんでそんなん乗ってんのー」かなんか言いながら抜いていくし、ワゴン車のガテンの団体がおもしろがって並走したりするから「はよ・いけや・ぼけ」とか言うがなんかムナしい。やっとのことで球場着くが、また「なんやなんや」と野次馬が寄ってくる。ファンにはむちゃ言えんので引きつりスマイルで
ロッカールームへ。しかし、その日は3安打4打点の活躍でお立ち台に上がる。インタヴューでアナウンサーが「ところでキヨハラさん・今日は面白いクルマで球場来られたそうですねぇ」とか・振る。「いや・ちょっとね。気分変えよ・おもて」など答えて、まあその場はなんとか終わる。で・自宅までまたチンクエで帰るのだが、活躍したせいかなんだが気持ちいい。上を開けて下路でちんたら帰る。目線の低さも気にならなくなってきた。そして家に帰りチンクエをハマーの隣に停め、
「ひょっしたら今日の活躍はこいつのおかげかも知らんなあ」などとカルい気持ちで振り返った時、思わず声が漏れる「んかわいいっ」

 こんな企画通らんかね? たとえば。

20060519-00000009-dal-spo-thum-「と」09_02.jpg「の」ミスマッチ。

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2006年01月20日

カー・コンシェルジュだって、より始めて

 ミーツの大迫くんからの依頼でクルマ選びの企画があってその助言役を引き受けてクルマを選ぶ。やっぱどーも日本車をカラダが受け付けなくてあかん。アメリカ人に受けてるものってその程度なんじゃないの?など思う。そのライターのオンナがわけのわからんイキッた希望を出してきやがって、「おまえ、ほんまにクルマ選ぶ気あんのかよー、マニュアル運転できるんかよー」とブスだったらいじめてやろう、と思う。

 今後乗りたいクルマがなかなか見つからん。「じゃ、今あるクルマに乗っとけば・乗っとけよ」そりゃそーだ・そりゃそーなんだけどさ。

 そのことはクルマに対する興味の欠落へと繋がる。やっぱこれまでクルマは自分の中で大きかったからさ。こんなことから自分内パラダイムが変容していくんだもんね。それもよくわかってるんだもんね。

 物忘れの激しさを指摘されて久しいが、昨夜も「路地祭り」「ワイン会」開催と開催日まで自分が指定していたことを聞かされ「びっくり」。ちょっと問題かなあ。さっきのいじめたんねん・もその当日になったら忘れとったりして・・。でもまあいいんだもんね。けっして消えない過去の美化された記憶と生きていくんだもんね。と、本日気分的に「もんね君」なわけだった。
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2005年11月16日

なんと大仰な1日

 皇族の婚姻・世界の権力者の来日。きっとそればっかりだったんだろうな、本日のマスコミ。

 本日は14・15回目の愛車精神取材。そして今回で終了っちゅうことに相成りました。さびしいものがあるがしょうがない。関係者全員がさらに乗ってきたとこだったしね。ミーツ・リージョナル編集部大改造があったみたい。サラリーマンはつらいよ、の巻で、内部のことはわからんにせよ、サラリーマン経験なきにしもあらずの人間としては身につまされ、やや無念でもあり。

 中場氏の306MAXIもイカつかったが、こちらは数で勝負の団体戦。クルマって不思議な物体である。こちら側の気持ちの投影で、もちろんレンジはあるがかわいくもにくたらしくも、その変容がおもしろい。

 クルマを介してばかと出合う、これがコンセプトで始まった連載だったが、このクルマって部分はいろんなシュミ的アイテムに変更可能なことなんだけどね、不思議なことにそのクルマの
オーナーとしてはオトコでないと「哀愁」がでないという変なとこ、あるよ。実用ではなく遊びのように乗るわけだからかな。資源の無駄遣い。ただ石油無尽蔵説なんてのもあるわけで「無駄」だからダメ、かどーかはまだ厳密にはよーわからん。地球温暖化もCO2が真の原因かも本当はよーわからん。

 いずれにせよ、その「哀愁」ただようクルマとそのオーナーというのがやっぱりよかったわけよ。スタッフもイマドキ最高だったし、ほら、でも、いいものはやっぱりなくなっていく、という、これはもう、テーゼと言っちゃってもいいぐらいの物事の推移がそこには存在するわけでね。

 いやー、ほんと楽しかった取材だった。ソデオカ、水野さん、またやろーね。やろーよ。
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2005年06月02日

新聞ですか?

 原稿が終わってあとは補足だけだな、と高を括っていたら、神戸新聞に「愛車精神」番外編を書け、と袖岡に言われ、昨日芦屋までとんぼ返りで取材だった。クルマはジープ・ラングラー。年期のはいったクルマにやや年期のはいったおねえさんが乗っていた。神戸屋でインタヴューだったんだけど、外見てるとさすが芦屋。珍しいクルマがよー走っとるねー。

 ややこしいのは映画と絡めろ、という命題があることなんだよ。明日までにプリマス・バラクーダの補足と2つあげなきゃならなかったが、そちらの方は終わった。来月の「愛車精神」はおもしろいと思うよ。まあ自分が書いてて面白かったいうことですけど。
 
 いや、その、ややこしいのは映画と絡めろ、という命題があることなんだよ。これから明日の塾までになんとかします。今日はすばしっこいデブの小6一匹だけなので。

 本日は久しぶりの雨ですね。たまには雨もいいからね。
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2005年05月27日

難敵マッスルカー

 今回のクルマはアメ車である。これがまたよくわからない。自分の興味の薄いことはなかなかアイデアも浮かばんなー。袖岡からは催促メールが。ちょっとお待ち。沖縄で遊んで来たんやろ。
 
 アメリカの'70sといえば、ある意味ロックの黄金時代だ。今、完全に終わったり死んだりしたミュージシャンがバリバリの活躍をしていた。CSN&Yがいた。Yは今の方が強烈だけど。 The BANDもいた。嫌いだったがイーグルスもいた。リトルフィートもいた。ウッドストック系といわれるひとたちがなんともコクのある音楽をやっていた。その中の多くが南部を目指していた。その白・黒をミックスする音楽的実験はアメリカの伝統の再構築という果実をいっぱいいっぱい残している。
 
 マリア・マルダーのアルバムなんて宝石みたいだ。今も'70sのアメリカ音楽はクルマでもよく聞いている。山道なんか走ってるときなどまあかなりいい。そして終盤にはNYパンクも現れる。
 
 その'70sのミュージシャンたちがロードにでたときに今回のクルマで移動していたのだろう。そう考えるとなんだか風景が見えてくる気がする。と、思ってたら、あー、もう塾の時間だ。
posted by 浪速のCAETANO at 17:19| Comment(0) | TrackBack(6) | 愛車精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする