2016年11月14日

L.R. passed away

LEON RUSSELLが亡くなってしまった。
「眠っている間に亡くなっていた」と家族の話。超天才的ソングライターだった。

MARC BENNOの「Minnows」の奇蹟とレオン ラッセルの名曲の数々が「南部を目指せ」という自分内永久機関的ムーヴメントの意識の上の「第一」のDestinationだった。そこから先もあるんだけど。

カーペンターズの存在の根拠はバカラックとレオン。そう考えるとカレンもリチャードもよかったねと思う。もちろんあの兄妹、バカテクですが、でもさ、もう少し後に生まれてたら、もっとカスの曲やってたと思うから。

TIGHT ROPEを聴いたのは中学生の頃だったと思う。耳に残るのね。粘いんだが嫌じゃないのね、あの声ですが。情報の詰まりまくった声。声は情報である、とはレオンから学んだと思う。

Stranger in Strange Land、Delta Lady、Back to the Island、おれはそういう曲が好きだがメガヒットになったSuperstar、Masquarade、Song for You、書けるのよねそんなんが。そこ。

ピアノもよかったね。南部のフィール満載でね。Dr. Johnのコピーだという意見もあるが、そうかね?ニューオーリンズ的な感じはそうしなかった。スタイルはそうかも知れんが、ソングライターとしての幅、それは黒人音楽を題材にしながらも、黒人音楽というパンツを豪快にはみ出した「剛毛のハミ毛」、などというと絶賛してるのか、茶化してんのかわかんない人いるか知らんが、「最大の賞賛」です、これ。

すごい作曲家だった。「鬼火」というアルバムがおれは一番好きです。おそらく、ここマイノリティだと思う。

マーク ベノはあの奇蹟のアルバム「だけ」と言っちゃっていいと思うのだが、レオン ラッセルはあまりに才能溢れた存在だったからね。

ロッド スチュアートの最もカスな曲「Sailing」を歌っても、ええように聞こえた。昔CMで流れてた。

偉大な才能とその魂に「Rest in Peace」。


奇しくも昨日はNeil YoungのBDでもあった。

おっちゃんにはもっともっと生きていただかないと、それも怒りながら。こんな世界なのだから。
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2015年07月01日

あけまして…

ウンコみたいな政治を戴く、ウンコな年も半分過ぎましたね。腐臭がプンプン。もう大体オワッテルんだけどね。
ただ二倍年歴で言えば「あけましておめでとう」とも言える後半の始まりでしたが。古代の智慧をここはですね、ちょっとお借りしてみるのもいいか、と。

本日から新しい「年」ということで。

そのようなさらっぴんの時間帯、告知です。

恒例の;

​ラフレシア一座公演
<南部をめざせ V15>

7月15日
@
GANZ toi×3
西天満 大阪

19:00 open/19:30 start
\2500/2800
w/o drink

Who'll play?

​出演者その1

<​ザ モルモッツ​>
ラフレシアの実験動物だって人間だ集団モルモッツ

ナカ〜タ(vo.)
髭(vo. per.)
ナガイ(b.)
高1ひでと(g.)
林くん(key.)
ピコ(dr.)

​出演者その2

<​マルタニカズ e Sentimiento '15>

毎回メンツが変わる「半透膜ユニット」

坂本卓也(vl.)
菅野稔子(acc.)
李ヨンウン(b.)
江弘毅(con.)
岩崎秀昭(vo. per.)
中西雄一(flamenco g.)
マルタニカズ(g. vo.)

​出演者その3
<Los Solos Lobos>

二年振りの「南部音楽研究会」

小松辰(vo.g.)
岩崎秀昭(vo. dr.)
紀平joergeporter暁人(b.)
マルタニカズ(g.vo.)
and more…

ちょっとおもしろいかもしれません。この時期、「南部をめざせ」と呪文のように唱えてたのがそうねえ、15年前から3年前ぐらいの時期。とある殺人未遂事件やらぺろの死や店長の病気やらで物事の根本的な成立がかなり怪しくなってそれどころじゃなかった。そのような時にはもっと生活自体の存立のためにハードルをかなり低めへと無意識にシフトしていた自分というものがあったな、と今思えばわかる。

時間がかかるのね。センテイミエント内蔵してるとね。楽しさ、哀しさどちらも数倍。まあその分おれも図太くもなったと思うが。

そのようなものからももうええ加減解き放される時間帯になった。ばかの世話はもううんざりである。

昨日は「すっぽんぽん'ズ」九州遠征の話も出で、これがまた実現しそうな気配もあってちょっと面白かった。ちゃんとプロモーションしよう。サボってた。ちょっとオトナの「制向委」みたいなこともやらせてみようかな、なんてことも思う。

まあそのようなことも含みまして、この夏は進行中。8月にはCOWBOYSも純ちゃんと北村くんにjeorgeporter暁人でやる。モエラドかガンツどちらかで。

二倍年歴の元旦に。

posted by 浪速のCAETANO at 13:41| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月27日

The RECORD

 本日で夏期講習も終わる。まだまだ今年は暑いけれど。

 去年の今頃の日記をちら・と見てみたら、半袖・半パンで店に行こうとしたら、寒過ぎて長袖Tに着替えた・とある。去年は「SHORT & NOT SO HOT SUMMER」だったのね。夏もいろいろ。「記録」って大切。

 というわけで先日の「記録」です。たまに几帳面になる瞬間もあって、なんかのビョーキだと思うんだが、何分続くがわからんけど・だはは。

 on8.25@Sun Hall ホストライヴ・「南部を目指せ」の結果発表です。

 < 松原里佳 >
 1. SOUTHERN NIGHT(Allen Toussant)
2. TRITOMA (松原里佳)
 1は長年恋い焦がれていた一曲で、松原さんが参加してくれることになって脊椎反射的に「やろう」と決めた。アラン・トゥーサンはピアニストだから。歌詞といい曲調といいBAYOU近くの風景の中、アラン・トゥーサンが彼のおじいさんのことを思い出しながら・と言っているようにように、濃厚に空気中の水蒸気がカラダとココロにまとわりついて、しかし、天才の作る曲は食後感がとても爽やか。松原さんサンキュー・ソー・マッチ。
 2は最近「松原旅行企画」の名義で彼女が出したアルバムから。おれのギターの出来はともかくがんばってついていく。Vib.&Violin奏法なんちって。拍手が来て一安心。

 < YUUMI >
 1.MAGAMALABARES(Carlinhos Brown)
2.AMOR I LOVE YOU(João Higino Filho)
3.石畳の街(Marutani Kaz)
4.Desde Que O Samba E Samba Assim(Caetano Veloso)

 BOSSA姫に一度さあギターを持たずにやってみない? と3週間ほど前に言って、そこからあんまり連絡も取らず、お互いばたばたしていて、数日前に一時間ほど泥縄式に合わせた。単独での他人のバックってほとんどやったことがなく、しかし、言い出しっぺ・ゆえ、「空元気」で「根拠のない自信」で・とはまるでアホのワカモノの心模様とさほど変わらない。当日は「ギタリスト」が出演者にお客にと多数いて、それもまた困ったもので、ただ1.2.4.は自分も演っているから・ってのが救い。
 さて、1はフリーなおじさんも突然参加。1.2.は気が向いた時コーラスも。2.の最後のコーラスが気持ちよかった。1.は特殊なコーラスを考えてたんだけど、いつもと違ったキーゆえコードがやや混乱して未遂に終わる。次回・がもしあれば。3.は「声張りすぎず、6分ぐらいでコントロールして」という課題曲。彼女なりのキュートネスを出したいんだけど、ということで作曲者自らヘタなギターを弾く。4.はいつもの介護スタイルで。姫に介護って、そのうち誰かにシバかれるだろう。Bossa姫の「チータ」は総じておっちゃんたちに評判良かったです。

 < 南部チーム >
 1.Back To The Island(Leon Russell)
2.Last Decade(Marutani Kaz)
 3.What Do You Want The Girl To Do?(Allen Toussant)
4.Take Me To The River(Al Green)
 まあこれが今回のコンセプト・リーディング・チーム。小松くん・岩崎との三男声。1.のみ「リカ/ユウミ」Cho.参加。レオン・ラッセルにアラン・トゥーサンにアル・グリーンかあ。そんなのにさりげなく自曲を混ぜるのが確信犯というものである。実はこのチームが最も完成までが遠く、練習しても練習しても「まだまだ〜」となるはずで、店で三人で2度ハモりの練習しただけで泥縄と言うならこれこそが泥縄なのであるが、そしてそんな状態で3.などをやってしまう事自体「むちゃ」に違いないのだが、チャレンジするのだった。しかし、やっていて「誇りに思える」曲というのはそうそうないのね。3.はそうです。「地球人」として胸を張りたい。4.でどんなに終わろうとしても終われんのにはびっくりした。このセットはかわいい女子アコーディオニストを入れてアコースティック版テキサス・トルネイドスみたいにしたいと思っている。このチームのいいところは機動性で、これからちっちゃなハコをセメようと思ってます。小松くんも岩崎もまさに「エエ声〜」なのだった。二人ともパンチあるよね。

 
 < CAORINHO藤原 >
 
1.折り畳まれた時間(CAORINHO藤原/マルタニカズ)
 2.忘れた(CAORINHO藤原)
 3.ガタガタ(CAORINHO藤原)
 4.逆行人生(CAORINHO藤原)
 5.リズムの王様(CAORINHO藤原)
 いつものカオルちゃんである。見に来ていた元バカ生徒が「あのおっちゃん・ヤバいなあ」と言っていた。達人ですからね。

 <カオキン(キデカオキン)>
 キングちゃん・カオルちゃん・木寺くんによるブルーズ・セット。打ち合わせで楽屋行ってたからちゃんと聴いてない。ごめんちゃい。

 <マルタニカズセット>
 1.Bared Bard〜LOCH LOMOND(Trad.)
 2.観覧車に乗って(Marurani Kaz)
 3.Rock'n'Roll (Caetano Veloso)
 4.大快楽物質 E(Marurani Kaz)
 5.コンドル2(Marurani Kaz)
 6.手品師の帽子(CAORINHO藤原/マルタニカズ)

 1.2.3.は今回どうしてもやりたかったCVS COWBOYS。ノビくんのベースと北村くんの爆ギターに期待していた。1.も2.も久しぶりだった。1.のソロ・やっぱり弾いて気持ちいい。1.の前半、2での北村くんの「工夫」は買い・だった。壊れかけのニュアンス欲しいとこだったから。で、3.のようなムチャもやってみるのだった。こっち方面からもカエターノをセメるヒト・きっといないと思うんだが。この時だけ「声全開」北村くんの爆ギターのおかげでモニターで自分の声聞こえづらかったが、みなさんパワー全開でそれでいいのだ・なのだ。
 4.は最近よくやるようになったまだA Decade-IN FAKE時代のズーク。天才時代の曲なので、ほんとよく出来てる。ピュ・は未遂に終わるものの「来る」ではディレイも決まって恵ちゃんパチパチ。ここらへんから岩崎の声が絶妙で、やっぱこいつも見事に天才だなあ・と思う。「才能は欠落のご褒美」を地で行ってる。で、カオルちゃんとおれの「ファイナルの定番」・コンドル2と手品師をかなり押してたからわりとさらっとやって、アンコール「ヴェランダ」でおしまい。

 TODO O MUNDOによる「南部を目指すフード」もほとんどなくなって、ごくろうさん。

 そのあと、TODO O MUNDOへと移動して、飲む・喰う・喋る・寝る。出会うはずのないやつらが、ひょんなことから時間空間を共有して、その後普通にバカ話をしているのが良かった。自分が「メディア」になっていると思い「脱国境音楽家」も捨てたもんぢゃないね・と自画自賛してるうちに眠ってたみたいで、「はよ帰って寝なさい」と店長から促され、ギター2本持ちの快挙も成し遂げバタンQでした。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

南部をめざした

 昨日はホストライヴ@サンホール。
 快い疲れだった。二度目だから、ペース配分がわかってきたのかも。
 途中からランナーズ・ハイみたいな「シンガー' ズ・ハイ」。風を受けてチャリ漕いでるそんな感じでまだまだ歌える感じでした。ていうかそんな歌っとらんよね。そうでした。
 
 サンホールはやりやすい。何遍も言うけど。ステージの奥行きが精神的余裕を生み出す気がしてる。純ちゃんのタイコが遠いというのが、「凶暴」から離れておれを安心させるのかも。純ちゃんのリムの入ったスネアは「錐(きり)」みたいです。

 ミュージシャン同士だから音で会話するのが一番雄弁で、そんな会話の後なら言葉はその関係をうまくフォローできるかな。まずはそれぞれと音出し・というのが基本ですね。いい音楽とはほとんどお金にならないというシステムが出来上がっていて、かと言って、自己満足ではいけなくて説得力をモタないといけなくて・と、しかしまたそれでお金になるためにはもっと別の要素が要って、みたいな「四面楚歌」なのだけど、四方八方から責められているそんな中に結構素敵なものがあったりする。そこには「バカ」が喜ぶ要素はほとんどと言っていいほどないのだが、少し音楽の本質を経験した人にはピクっと来るものがあり、そして同時に音楽の持つ「コワさ」も敏感な人間には垣間見える。それは60年代にジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンが体感し、ザ バンドが予感し、それによって解散に至ったコワさを希釈したものだけど、味や匂いは敏感な人間には充分わかる。

 素敵なものは畏れるべきものでもあるのね。

 またそんなややこしい話に持ってくんだからー・と言わんでもよろしい。これ・ホ・ン・ト・なの。

 しかしそんな音楽というのは楽しい。そんな喜びというのもまあ代替不可能であったりする。セックスもそれには残念ながらかなわない。形も残らない。どんなに複数アングルからカメラとマイクで拾っても、演ってる時の当事者の気持ちとは「ちょっと」違う。だから後で見たり聴いたりして思う事と「現場」はビミョーにずれる。

 ただ、コストをかけて掛け値なく楽しい一夜をたまに持つ事は、その値打ちは数値化出来ないほど貴重なものだったりする。昨日の夜は限りなくそんなことに近かった。来ていただいた方々・そして共演者・スタッフの方々が同様の感想を持っていただけたならそんなに嬉しい事はないです。プロデューサーとしては。

 みんな・おつかれ〜。またやろう!!!
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月24日

南部を目指せ-4

 さて、南部を目指してこの夏過ごしてきましたが、目指す日々もあと一日。後々、2010年の夏は「南部を目指す」夏だったんだな・と記憶に残る事でしょう。ま・生きてればの話ね。

 まあはなはだ個人的で、それも今では無名のミュージシャンがほざいていることであるし、だから何さ・という反応もよくわかる。いやいやそれでいいのね。ただ、おれはこういうのが楽しいのね。ホント・楽しい。まあ不十分なのですが、準備・というものができた。ほら学祭とかでも準備って楽しいでしょ。未確定の未来のある瞬間に思いを馳せるからだと思うのだけれど、その瞬間はどうなるのかわかんない。大コケ・する場合も考えられる。大成功な場合も考えられる。ちょっとしたジンクスみたいなものに囚われたりもする。今のこの「態度」が結果を大きく左右するんぢゃなかろーか・など思えてくる。ちょっと精神主義的になったりもするのね。

 いつもやってることなら全然平気なのだが慣れない事をやろうとする際、ほとんど気持ちはルーキーであったりもする。まだ・かわいいとこあるね・とは自分による自分評だったりする。能力総動員で場に臨むというのが好きだったりする。緊張感ね。

 そのテーマが「南部」というのがいいだろう。南に進路を取れ。北ではいかんのね。それはかけおちの男女や指名手配の人が進む方角である。東は「一旗揚げたろう」な方角だし、西は「都落ち」であって、なんだかな・なのだ。このユルい・じたばたしてもしょうがない時期っつうのは、やはり「南」なんですね。
 
 潜在的な熱を求めて南を目指す。たしか欧陽菲菲も御堂筋を「南」へ歩いていた。愛する誰かを探していたように思う。ハートへの栄養が「南」には待っている(気がする)。そうハートへの栄養なのね。何よりも解放される事を望むわけですよ、ハートはね。元気になりたいと願っている。しがらみからも解き放たれ、課長や・妻や・愛人や・クソガキや・ローンや・ストーカーなどから一旦切り離され、こころを自由に飛び回らす事ができるのはなんてったって・「南」。

 「なんで南部なん?」とよく訊かれる。最初からそれをイメージ出来てない人を説得するのは意外に難しい。「合理的」な人がこれがまあまあ厄介だった。「暑いとこ行きたいねん」「大阪充分暑いやん」みたいな会話が続き、ほんとに北へ逃げたくなる事もある。

 戦争中の「南方」なんて言葉も、手放しでは喜べないものの・おれにはかなり魅力的に響く。「行ってしまったら地獄」だった・ということだけど、行く前のなんとなく浮き浮きする気持ちがおれ・わかる。苦労して帰ってこられた大先輩からは「ばかか・お前は!!」だろうけど。大島渚の「戦場のメリークリスマス」なんて映画が成り立つのもやはり南方であって、それは参加者がすべて「異邦人」ということと関係があるように思う。そんなこというな・現地のむちゃくちゃされた人々の事をお前はどー思っとるのだ・ばかもん!!!・と叱責される事を承知で言うと、それは多分「エキゾチズム」なのだな・とわかる。

 実際にそこを訪れる前に「エキゾチズムの徒」となってしまってるわけである。行ってしまえば現実。虫に噛まれるし巨大ゴキブリもいる。しかし、そんなことは「エキゾチズムの徒」には屁みたいなものである。意識の話だから。ハワイであってもいいよね。

 アメリカの南部は当時のミュージシャンにとってエキゾチックだったはずてあって、そこへいくと「自動的」にカリブ海を目にするのだ。隣はメキシコだし。慣性がついてるから、思いはそっちへ。その先にはリズムの宝庫のスパニッシュ・ラテンアメリカがある。マンボ・ルンバ・マリアッチ・ズーク・カリプソ・ソカ・コンパ・メレンゲ・クンビア・様々なリズムを体験しながら進むと、その先にはブラジルがある。これかなり運命的というか象徴的な話だとおれは思ってる。

 そんな「運動」が「南部を目指せ」だったりする。その南部とは固定されてはいない。蜃気楼のように追いかければ逃げて行くのかもしれない。それでもいいの。バカの妄想とも言える。合理的な人々はそう取るだろう。しかしながら、バカの妄想を語るバカに「熱」があれば、それは一緒に演るミュージシャンに伝播し、そしてそれは聴衆にも伝わる可能性はあると思う。ライヴ後冷たいビールを改めて飲もうという方が多ければ「よっしゃ」だったりする。

 25日は@サンホール、HOST LIVE。チケットはお取り置きしておきますよん。食べ物もTODO O MUNDO出張でトドムンドカップルがサーヴしてます。「南部を目指すフード」って何なんでしょう?


 このアルバムがまさに「南部」。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

南部を目指せ-3

 土曜は「婦女子チーム」とリハ。「婦女子」と書いて、下半身ぴくっときたね。いいのかどうかよくわからんけれど。

 ちゃんと説明する時間がなく、しかし、現場が近づくのにはいつだって「最悪を避ける」という方法しかないのはなかなか不本意な事ではある。コミュニケイションにはその前段階のプレ・コミュニケイションが必要で「共通言語」の設定がマストなのだが、そこの設定とはつまんない話で時間を過ごす・だったりする。

 一応「南部を目指す」ライヴのリハ・不完全ながら一回りして、あとは本番待ち。まことに不完全ながら。でもね。完全不完全とは「量的」な話であって、まだ本番前のリハででも詰める事もできる。そう簡単にはギヴアップはしないのよね。ひとりでできることもまあ意外にあったりする。

 しかし、まあ全般的に言うと「ややワクワクしている」かな。前半はややナーヴァスにならざるを得ないが、後半はきっと「いい全開」ができよう・と思う。でもそのためには前半のチャレンジも要るわけで、チャレンジしましょうよ・それなら。

 しかし、(自分の曲も含めて)好きな曲ばかりで構成されたライヴとはやっぱりそこはほら・楽しいわけよ。素晴らしい曲たちでありながらも演奏される機会のない名曲たちがそこにはあるわけでそれは50・60・70年代の金字塔なのであってこの2010年にそれを再現しようともぞもぞやってるバカがニュー・オールリンズから遠く離れた大阪におりまして・なんていうストーリーなのだけど、まあJASRACには内緒でそこんとこよろしくね・ということである。

 南部を目指せ・というコンセプトとは:
 2005年に書いたものをもういちど。

 南という概念はいつも甘い魅力を放ちながらやってきてぼくたちの脳を刺激する。刺激されてそれは欲求に、刺激がきつければ欲望へと形を変える。すると南には何か自分を解放してくれるものの存在を設定したくなる。

 「その日々はもう終わってしまった。今はただひとり浜辺に置かれたデッキチェアに腰掛け、きみのことを考えている。同時に、きみのいなくなったこれからの生活をどうすればいいのか、ということも考える。ぼくたちの想像力のゲームはやっぱりあんな風に終わることになっていたんだろうな。ゲームって事で云えば一番失いたくないゲームを失うことになってしまった。夢みたいな世界に遊んでる内に時間だけが過ぎていき、気がつけばぼくはやっぱりひとりでこうやって浜辺のデッキチェアに腰掛けている。あのきみとの出来事はもう現実として再現することはできないのだ。
 きみは本当にぼくのことを愛していたのか、それとも単にからかっていたんだろうか。」


 例えばこのような事実から一段落するための場として南部はある。そこは何かから一呼吸置いて自分を、自分の周囲を見つめる場だし、しかしまたそんな現実の理屈が意味のない場でもある。そこにあるものは;

 「太陽が沈んでいくのをただ眺め、波の音を聞き、しかしきみのことを知らないうちに考えている自分に気づき、後悔の念にさいなまれ、やりなおすとすれば、という勝手な想像の中に遊び、夜にはジューシーな酒を何杯も飲み、その酔いの中で鳥の泣き声に耳をすまし、沈んだ太陽の名残りつまり夕焼けが完全に消えてしまうまでじいっと浜辺のデッキチェアに腰掛けている」


 というような、あまりに無垢で手付かずの地球の風景と、あまりに情けない自分の現実、そしてそのギャップである。南の、まあ島がいいかなあ、島なり海岸では、都市生活者の、欲望の湧出は形を変え、しかもそれを安易に満たす装置が容易には見つからない。携帯電話も使えない。子供の頃ほどの利便性の中にヒトはぽつんと置かれてしまう。コミュニケーションと云う点からしても人と人の距離とは物理的な距離のことになる。肩書きもただツーリスト/ ストレンジャーというに過ぎず、人はそこで他のすべての人と等価値となる。そのことが自分を自由にしてくれることに気づくにはしばらく時間がかかるものだ。数度太陽に焼かれ、その火照りを癒すことが半習慣化したころにそれはやってくる。心を覆っていた薄皮が剥がれはじめる。腕や背中の皮が剥がれることがもはやメタファーではないというわけだ。

 「満天の星の下で暖かい凪いだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら眠ってしまう。そこでみた夢はロコの娘との情事かもしれなかった。ふと吹いてきた南風が顔をくすぐり目を醒まさせる寸前に理解したことは、まだきみをとても愛していて、しかし、もうやり直すことはできないという残酷でクールな事実だけだった。自分の魂の中深くもぐり込みそんなことを発見する。そして南風が吹きはじめる場所をめざしてさらに南へむかうという決意をするのだ」

 こうして南部への指向は永久運動となる。

 
 今回のコンセプト・リーディング・チューンであったりする。
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

南部を目指せ-2

 そもそもロックと言うか真のポップ音楽というか、ヒップな音楽と言うか、「そんなもの」がどこで生まれたか・というと「アメリカ南部」で正しいと思う。アフターなアクセントを持つビート・その誕生の地がアメリカ南部だった。

 そこからロックはR&B・BLUESを追っかけながらも相互作用の中発展して行くのだが、たとえばエルヴィスなんてやってることは白い顔して黒人音楽だもんね。

 やっぱりR&Bが一番いいのね。それも昔のリズム&ブルーズね。それ自体もいろんな多様化をしていまして、王道の「HI」や「STAX」それに「MOTOWN」ももちろん素晴らしいがもうひとつ大きな勢力というかちょっと変わったガラパゴス化の一種かも知らんがそんな発展を遂げた音楽・それがニュー・オールリンズなわけ。

 ここの音楽はコクがすごい。どんな出汁つかってるのかな・という感じ。アメリカ南部のベーシックな出汁にカリブ海の風味・フランスの洗練・さらにはヴードゥーの精霊/ゾンビまでがその味付けに参加するというまさにごった煮(ガンボだね)・今で言うミクスチュア音楽なのだが、それが洗練とエキゾチズムの両方兼ね備えた見事な音楽群なのだ。

 そこから「セカンド・ライン」というビートが生まれる。このシンコペーションのお手本みたいなビートは「誰が」「どんな風に」やってもとりあえず間違いなく「楽しくなる」という魔法のビートなのであって、まあラテン音楽に於けるクラーベのスリー・ツーの応用と言えるが、それもまたさっきも言ったように「カリブの風」をしょっちゅう受けてたことと関係あるのだった。「IKO IKO」(いこいこ・でもイクイク・でもなくアイコアイコと読みます)という曲が一番わかりやすいです。機会があれば聴いてみてね。その上にプロフェッサー・ロングヘアー譲りのDr. JOHNというピアニストの前後左右にでんぐり返るこれもまたシンコペ満載のピアノが乗ったりするとその楽しさは「さらに倍」となるのね。

 そして、ニュー・オールリンズのピアニスト・プロデューサーと言えばAllen Toussantである。アラン・トゥーサンです。もういろんな人がカヴァーしている「PLAY SOMETHING SWEET」という曲があるが、ブルース/R&Bのマナーに乗っかってはいるが、それとも異なりディキシーのニュアンスもたっぷりあって「これぞニュー・オールリンズ」である。ほんとに素晴らしいミュージシャンで最近では中島美嘉とかに「安売り」していたが、今後一切そんな気の迷いはヤメていただいて、ニュー・オールリンズ音楽の発展にさらに寄与していただきたい・と思う。

 ひとつだけアルバムを挙げなさいと言われれば「SOUTHERN NIGHT」だろうか・やっぱし。

 何かスウィートなのを演ってよ。何かメロウなのをね。少しフォンキィなのが好きよ。ほんとはマリア・マルダー・ヴァージョンが良いけどね。
posted by 浪速のCAETANO at 19:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

「南部を目指せ」-1

 「南部を目指せ」の準備・少しずつ進んでいる。あれやこれや・の出ずっぱりになると思うが、25日にそれがあることでこの夏は充実を見たかもしれない。

 基本・共同作業がなかなか出来ないタチで、一人で何でもやる方がトラブルも少なく、また逃げ場もないから他人に甘える事もなく、完結するのだけど、こと音楽に関していうと「一人の音楽」と「誰かと演る音楽」というのがあって、それぞれそれらは「ジャンル」なのだが、振り子の振れ幅でもある。

 他人と演る場合に例えばカオルちゃんは「誘われる」側だがおれは「誘う」側で、だからプロデュースなのだけど、それが演奏する人たちの刺激にならない事には意味がない。なってることを願ってます。

 ところで「南部を目指せ」とは何なのだ。

 この異常な都市の熱のことを体感した後では潮岬やあるいは沖縄の最高気温を知って愕然とするわけよね。30℃なんだからね。大阪は36・37℃ということを考えると「南部を目指せ」=「涼みにいこう」なんてことにもなりかねないのだがそうではないのね。

 南が北に誇れる事と言えば何でしょう。実はやっぱりそれが「熱」である。そして開放性(解放性)であったりする。暑くて開放的ならば、仕事する気には普通ならんよね。

 そこでいくつかのイメージが湧いてくる。ルイジアナのBAYOU(湿地帯)に建つコテージのテラスにビール片手に、あるいは島のビーチ・デッキチェアに寝転びビール片手、あるいはリズムと歌と踊りを含む宗教儀式をツーリストの目でビール片手に、そんないくつかのイメージ。

 つい最近破れてしまった恋に対する感傷・過去の若かった時代の出来事に対する後悔と諦観・馴染みのない文化を目の当たりにして最初は驚きそして次第に引き込まれて行く、そんな心象風景を伴いながら。

 南には本質的な「豊かさ」がある。しかし、皮肉な事に「南北問題」という言葉が示している事は近代の経済システムと帝国主義が、豊かであるが故に南の財産を、それより上位にあるシステムによって搾取する構造を作り上げてしまった。産業革命をいち早く成し遂げたイギリスが繁栄出来たのも「インド」「中国」という南の国の豊かな資源があったからだ。そのシステムはあからさまに先の1945年まで続き、そしてその構造は大きく変化する事無く現在まで続いている。

 「ヤル」「ヤラレル」でいうならヤラレル側である。困ったものなのだけど、ヤル側の論理がもうこの21世紀には通用しなくなってきてることに注目すべきです。そして「ヤラレル」側の人たちだけしかいなかったのならば、今のこんな「惨状」はなかったということも押さえておく必要もあります。(つづく)


 コンパとズークの雄の合体。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:39| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月08日

熊野・古座よりはじめて

 トイレ本はいろいろあり、しかも増殖する一方でトイレの中の棚はパンパンで崩落の一歩手前だ。そして、時間限定であるから、いつもいいとこ・で「じゃ・また」となる。トイレ本のテイクアウトはよっぽどのことがないとしないことにしている。している・ってなんか、あなた、それはあなたの生活・とても厳格な哲学的規律に基づき遂行されてるみたいですね・と言われれば、まるでそんなことはないです。ご存知のように。

 本日は街道をゆく・の熊野・古座編だった。これまたみなさんご存知のように中辺路・大辺路・小辺路・伊勢路と詣で路はあるのだが、中辺路ではなく大辺路で行こうと思ったが、波しぶきが大変で参った・場合にちょいと駆け込むのが古座街道なのだった。

 白浜から下り、朝来で迷う。左折で中辺路・直行で大辺路なのであるが、その後に訪れる天候の変化が前述の「参った」という情況である。日置川を越え、周参見から左折して路は上っていて、七川ダムに達する。一時間もかからない。そこから南へ折れるとR371である。このR371という路はなかなかのもので、山走り・峠走りという意味だけど、北は龍神・高野・橋本まで続く路で橋本から高野山に詣で、高野龍神スカイラインをぶっ飛ばして龍神温泉につかり、そこから南下し標高も下り、そういうエキサイティングなドライヴの後に、なんぢゃ・これ、な路が出現し、先ほどのすーいすいなドライヴは一転「修行ですか?」な路となる。15年ほど前にシトロエンBXGTiで走ったときは車内がドリフだった。室内灯は落ちてくるし、ダッシュ・ボードは閉めても閉めてもぱっかんぱっかん開いた。BXがアホだった・ということもあるが、ほらそのシートのすばらしさゆえにドライヴァー本人はさほどその惨状は感じないのね。しかし、本体のどったんばったんがかなりのもので、しかもBXは車体が「水に浮いている」から「運転しているワタシ」はこれくらいの凸凹どやねん・なのだが、車内はやはり「建て付け」が弛んでるわけで、まあそんなボロフランス車のそこんとこ・かわいいわけだけど、なんにせよ、一番弱ってるとこを責めるのがプロレスの定石なわけで、へへ、で車内はドリフ・というわけだった。おもしろかった。

 そんな古座街道を走り切ると本州最南端・串本へとでる。大辺路の波ざっぱーんとどっちがより幸福だったのかはこうなるとよくわからない。

 神武東征神話の時代から熊野はよく史書に登場する。神武東征のようなもの・がほんとだとして、それが3世紀〜4世紀の中国史書に載っていなかった時期だとすると、先に河内あるいは大和で勢力を誇っていた「先の王」を南から攻め滅ぼした際には熊野という土地の存在は大きい。ただ、熊野の1800m級の山々、そして吉野を越えるのはなかなか大変な道のりだなあ・と思う。八咫烏は人間の「擬鳥化」だと思われるが、そんな役割の人間がいないことにはまず無理だろう。

 熊野に詣でることは、上皇たちの辿った道筋をトレースすると同時に、その神武東征のようなもの・のルートを逆行していくようなものでもある。

 そんなことを思うと、明日香周辺に都を構えた時期なんてのはもうすでにかなりモダンな時代に思えるほど、神武東征のようなもの・の頃はプリミティヴな野望がギラギラしている。

 おもしろいね。おれだけ?


 プリミティヴだが(だから)素敵なもの。「突然女の子たちのお○んこ疼く〜」という内容です。

プリミティヴ・モダン仕様。



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2007年05月28日

エイモスin豊津

 ブルーズが・というかオールド・ミュージックがモチーフなのだと思えば、驚きなのだが、音楽はそのパブリック・イメージの裏にすべての感情を内包しているものだから、天性の無意識がその美意識を持ってエイモス・ギャレットに選ばせたスタイルが唯一無二の「それ」だったとしてもほんとは驚く必要はないのだ。

 おれはエイモスを見ていて・聞いていて、ギタリストとしての枷を自分に強固に嵌めながらその意識は自在に飛び回り、しかしカタチはブルーズであるのだけど、そこで表現されているものといったら、それはそれはもう「柔らかい夢の世界」なのだった。

 しかし、何故後続のギタリストはエイモスを目指さなかったのか? いや・おれ・目指したって。今だって目指してるよ。ただ一般論を言うなら、誰も真似のできないことであるから誰もエイモスを目指さなかったというのが「現実的事実」というわけなのだろう。それを目指すってことは自分のスタイルを確立できないままおじいさんになる可能性・リスクを取るに他ならんわけだからね。それほど「類を見ない」ものだった。

 特異な感覚とは、ある意味メインストリートから外れる覚悟を余儀なくされる。エイモスのギターも決して一般的ではなく「カラオケ」で簡単に歌える曲しかヒットしないなんて時代にはさらに傍流へと追いやられてしまう。今の大衆音楽なんて「バカ大衆音楽」に成り下がって久しいけども、アメリカとか日本とかの大衆音楽を成り立たせる経済の枠組みの外からエイモスのギターを見てみるなら、それこそ、言葉の壁なんかを超える超絶表現だってことがわかる。

 昨日だって、単なるアメリカ音楽好きだけじゃなく、もっと広い視野を持つ人間に聴きに来て欲しかった。総勢10人で浪速のカエターノは行ったのだが、その人々の感じたニュアンスが「値打ち」だと思う。ジャンルは「便利」だが、ほんとうにうっとうしい。昨日もやっぱりアメリカ音楽好きの内部のイヴェントであることは間違いなく、呼び屋のおじさん(トムズキャビンアサダ氏)の商売はその方が成り立ちやすいのはよーくわかるが、エイモス・ギャレットのその世界音楽を体現する音色なんてものへの説明が「エフェクターなし」では語彙不足ではないだろうか。うーん・違うな・言葉超えちゃってっからね。尤もエイモス本人はブルースへの愛がその音楽をする上でのドライヴになっているわけだから、こんなこというのは「大きなお世話」かもしらんけどね。

 一つの暗い穴に入ったらそれはワーム・ホールでγ宇宙域がその先には広がっていた・という「予想通りインクレディブル」な素敵な夜だった。来なかった人かわいそう。ていうかバカ。
Amos_top680.gif
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2005年12月20日

ユルさは救いか

 何かが行われる。最初はひとつひとつ行われる。同じことやし、まとめてやろうか、となる。パターンが同じだし。最初はそのヒトしかできない。そのうちに真似するやつが現れる。真似するやつはキーになるアクションに注目する。「あーなるほど」そうしてそれを真似る。そこそこできる。ただし、そうやってできたものはそこそこオリジナルに似てはいるが、真似しているうちはオリジナルを超えることはできない。ただ、さほど匠の技を要しないものは改善されることもある。そしてその真似と改善されたものを文書化して流布することもできるようになる。それはある程度だれもができるように簡素化されている。
 
 それを「システム」と呼ぶ。
 
 そのシステムはオリジナルを真似て、さらに簡素化されたものではあるが、アタマわりいヒトはシステムってなんだかカッチョいいものだと思ってるとこもあって、これさえあればアタマも使わず、ハートも込めず、いつでもどこでもそれができるー、やったやった、と喜ぶだろう。ただし、それは料亭の茶碗蒸しとコンビニで売ってる茶碗蒸しほども味と素材が違う。それはわかるやつにはわかる。わからないやつにはわからない。
 
 システムは「自己増殖化」というものを始める。システムは厳密さと無縁ではないのだけど、厳密さを追求しようとした瞬間にもう一つの厳密さを切り捨てることでしか最初の厳密さを体現できない。枝葉が別れていった先の唯一つの枝を選択することに似ている。その枝葉の重要度はしかし時と共に移ろう。さきほど捨てた枝がほんの一ヶ月先には最重要になってきていたりする。システムが扱うことになる「需要」というものは移ろい易いものだからだ。システムには「遊び」があまりない、ということがわかるだろう。システムに依存したあげくのユルさは致命的になる。システムをブラック・ボックス視というか神聖視する人々がそこにはウンコとハエの関係のようにシステムに「たかっている」。もちろんそれはたかっている人々の怠慢に理由があるのだけども。
 
 南のヒトの持つ「ユルさ」はヒトのやさしさが根拠になっている。それは相手の少々のアクション・リアクションの意外性にも揺れることのない「ユルさ」である。システムにたかって、少々いい思いをしたヒトには「なに古くさいことやってんだよう」と思われるかもしれない。しかし、システムの高度化とそれにかかわる人々の低能化はほぼ同程度進んでいることが最近どうもわかってきた。耐震偽装関連しかり。種々の犯罪しかり。

 奪うことより与えることの重要性を気づいている南のヒトは、人類の進歩から遠く離れたように見せかけて実はヒトがヒトとして最も高度な状態で「止まる」ことを選択した賢明なヒトビトである。そもそも最近の進歩など、それこそテクノロジーの「自己増殖」にノっかってるだけのことで、それを進歩と思い込んでいるだけのことだった。もってる携帯で他の携帯以上に何かができるということがなんかエラいか?

 南のヒトの「弾力のあるユルさ」はヒトの美しい最終形態である。知性とはそれである。知性を持つ動物とはそういうことである。あのユルさはヒトを破滅に導くが、このユルさはヒトを救うのではないかといま思っている。

 
posted by 浪速のCAETANO at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

南部をめざせ、再び(back to the islandとは)

 南という概念はいつも甘い魅力を放ちながらやってきてぼくたちの脳を刺激する。刺激されてそれは欲求に、刺激がきつければ欲望へと形を変える。すると南には何か自分を解放してくれるものの存在を設定したくなる。

 「その日々はもう終わってしまった。今はただひとり浜辺に置かれたデッキチェアに腰掛け、きみのことを考えている。同時に、きみのいなくなったこれからの生活をどうすればいいのか、ということも考える。ぼくたちの想像力のゲームはやっぱりあんな風に終わることになっていたんだろうな。ゲームって事で云えば一番失いたくないゲームを失うことになってしまった。夢みたいな世界に遊んでる内に時間だけが過ぎていき、気がつけばぼくはやっぱりひとりでこうやって浜辺のデッキチェアに腰掛けている。あのきみとの出来事はもう現実として再現することはできないのだ。
 きみは本当にぼくのことを愛していたのか、それとも単にからかっていたんだろうか。」


 例えばこのような事実から一段落するための場として南部はある。そこは何かから一呼吸置いて自分を、自分の周囲を見つめる場だし、しかしまたそんな現実の理屈が意味のない場でもある。そこにあるものは;

 「太陽が沈んでいくのをただ眺め、波の音を聞き、しかしきみのことを知らないうちに考えている自分に気づき、後悔の念にさいなまれ、やりなおすとすれば、という勝手な想像の中に遊び、夜にはジューシーな酒を何杯も飲み、その酔いの中で鳥の泣き声に耳をすまし、沈んだ太陽の名残りつまり夕焼けが完全に消えてしまうまでじいっと浜辺のデッキチェアに腰掛けている」


 というような、あまりに無垢で手付かずの地球の風景と、あまりに情けない自分の現実、そしてそのギャップである。南の、まあ島がいいかなあ、島なり海岸では、都市生活者の、欲望の湧出は形を変え、しかもそれを安易に満たす装置が容易には見つからない。携帯電話も使えない。子供の頃ほどの利便性の中にヒトはぽつんと置かれてしまう。コミュニケーションと云う点からしても人と人の距離とは物理的な距離のことになる。肩書きもただツーリスト/ストレンジャーというに過ぎず、人はそこで他のすべての人と等価値となる。そのことが自分を自由にしてくれることに気づくにはしばらく時間がかかるものだ。数度太陽に焼かれ、その火照りを癒すことが半習慣化したころにそれはやってくる。心を覆っていた薄皮が剥がれはじめる。腕や背中の皮が剥がれることがもはやメタファーではないというわけだ。

 「満天の星の下で暖かい凪いだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら眠ってしまう。そこでみた夢はロコの娘との情事かもしれなかった。ふと吹いてきた南風が顔をくすぐり目を醒まさせる寸前に理解したことは、まだきみをとても愛していて、しかし、もうやり直すことはできないという残酷でクールな事実だけだった。自分の魂の中深くもぐり込みそんなことを発見する。そして南風が吹きはじめる場所をめざしてさらに南へむかうという決意をするのだ」

 こうして南部への指向は永久運動となる。
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2005年12月16日

温かさよりはじめて

 寒い季節には、鍋焼きうどんとか、まあ鍋そのものとか、シチューであるとか、オニオングラタンスープであるとか喰いたくなりますね。代謝が落ちてきてるのがわかってすごく不愉快になることもある。最近4階のチャリ置き場に置いていたプジョーのクロス・バイク、見事にパクられてしまって、江坂まで行くのも億劫である。仕事の一部が一段落するとその一部も込みでカラダ・アタマ両方を廻していたわけだからバランスが見事に崩れていく。ギアの歯が欠けるみたいに。

 温かいはユルいに結びつくだろうか。結びつくような気がする。緩んじゃいかんという気持ちと緩んでしまいたいというダブル・バインドに苦しむ自分ではあるが、少しぐらい休養もいいんじゃない。それとユルさはこれから「クル」んじゃないか、と思う。ヒトはそもそもある部分はコンピューターのようにはいかんのだ。いや、ほんと。こーすればこーなるが分かれば分かるほどその先に未知の地平が広がる。科学もがんばっとるが科学は実証のためのもの。とりあえず、今んとこ、ここまでね、っちゅうのが科学。その先は「無限」である。だからばかでも生きていける。朗報でしょ。
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2005年10月25日

LEON RUSSELL

 もう半年ほど前になるのだろうか。TVから「セイリング」が聞こえてきた。といっても、馴染みのあるロッド・スチゥアートのそれではなく、もっとネバっこいんだが、ひと耳(一目って言葉があるならこれもあるよな)でわかる歌声でそのまあ名曲は唱われていた。画像はベルリンの壁を崩していたなあ。いいCMだったと思う。そんなヒロイックな歌唱ったとしても決して高いとこからの歌にならないのがレオン・ラッセルらしい。これは絶賛してるんだけど。もっと早く来日を知っていたならソデオカに言ってミーツに書くんだった。マーク・ベノとともに超重要な南部のブルースから始まってはげしい「はみ毛」なミュージシャンなわけだった。

 アメリカの黄金期の音楽、いろいろあるが、どうも西海岸かが肌に合わない。ブライアン・ウィルソンの素晴らしさはわかるんだけどナカナカ好きになれない。なんでだろうと思うがよーわからん。若い頃齧った左翼思想の名残かと思う事もあるがどーなんだろ?左翼のどこがレオン・ラッセルの根拠?と訊かれてもうまく言えなかったりするわけだが。よくわからんが、まあ自分が音楽をやる理由も言葉の限界を感じているからかも知らんなあなどと心の底で思っているフシもあって、やっかいなのは飲んで喋ってる時、喋ってるうちに言葉の限界をこちらが感じ、するとたちまちどーでもいいことを口走ったりして、それって今までの文脈からするととんでもないことだったりもするわけで、そんなときに限って相手が「言語至上主義者」だったりもするわけで、そーなると「あいつはとんでもない」ということとなり、途端にこれまでの信用台無しー、みたいなことになり、それでももう2・3ヶ月我慢してくれるやつならもうちょい深いとこで自分のことを理解もされたりすることもアリなのだけど、これがまた現実はそうもいかんわけで、これ、なかなか難しいよ。いや、ほんと。

 いや、レオン・ラッセルだったよね。そうそう。南部の黒人サウンドと言うと、ハイとスタックスだけど、レオン・ラッセルはスタックスのおれ版という感じ。

 よーわからんヒトには、わかるかなー、でも何も言わんよりまし、という事で言うと、ジョージ・ベンソンの「マスカレード」やカーペンターズの「ソング フォー ユー」もひとつ言うと、ドンチュリメンバユトォミユラヴミベイビーの「スーパースター」のコンポゥザーと言えばまだ理解カノーっちゅーか、これでいっぱいいっぱいな解説なんですけど、どーだろ? もんのすごくいい曲を書く、音楽家というかんじかなぁ。すごく才能のあるヒトです。

 南部(アメリカの)の重要性を肌でわかってる自己完結した音楽家です、レオン・ラッセル。今の63・4、のおっさん、ニール・ヤングからカエターノまで、やっぱりすごいよ。ゆるい流れの大きな大河という印象があるなあ。ブルースに殉教するには才能に溢れすぎな、そんな音楽家って理想的かな、と、思います。11/22クアトロです。


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2005年09月16日

洪水の前に----Before the Flood

 アメリカ南部の象徴ともいうべきニュー・オーリンズがカトリーナにやられて以来というもの、全世界はアメリカを信用しなくなっているんじゃないか。だって、そうだろう。
 ネヴィル・ブラザーズの曲に何度となく出てくる「BAYOU」という単語。これがニュー・オーリンズの街を端的に表しているわけで元より「0m地帯」というわけなのだ。
 あれは世界をリードし、憧れられ、強大な軍事力を背景に自国の民主主義・新自由主義を世界に輸出し、何カ国かの政権を転覆させた国の映像としては「あり得ない」話だものね。

 ごく簡単に言えば、カトリーナがやってきました。これはずいぶん前からわかっていたこと。正確な情報と避難の方法がアナウンスされていたかもわからない。これはそのトップのブラウンというおっさん(危機管理の仕事なんてしたこともないドシロート)はじめFEMAという連邦緊急事態管理庁の怠慢が原因であってね。そして白人は逃げました。黒人・老人・貧しい人々は取り残され死んでいきました。そしてその後無法地帯(どこかの国・某イラクみたい、皮肉なことにこれがまた)と化しました。略奪・暴行、銃乱射、警官も洲兵もわやくちゃになっての修羅場である。

 ブッシュは「ニュー・オーリンズなしのアメリカは考えられない」と言った。しかしそのおかんブッシュは「そんなもともと彼らはええ生活してへんやん」みたいな失言・暴言を吐いちゃって、ハイ本音出ましたー。その後始末も大変だけども、実際の街の後始末こそもっと大変なわけで、一般にはジャズが生まれた街ばっかりみんな言うとるが、それは事実ではあるが、それだけじゃなくってカリブに開いた土地柄、そしてフランス系住民の多さから、シンコペーション多様の独自の海洋性のセカンド・ラインというビートやアコーディオンと洗濯板で奏でられるザディコ系の音楽やこれまた独特の作曲家オナミじゃなかったナオミ・ネヴィルことアラン・トゥーサンに代表されるゆるくてゴージャスなブルース・フィーリング溢れるが、別の一ジャンルを割り当てないとしょうがないような楽曲、プロフェッサー・ロングヘアーからの伝統を受け継ぐ、Dr. ジョンに代表されるフレーズ自体がコブシになってるピアノ、そしてそのベースにはヴードゥー教なんていうブラジルのカンドンブレに匹敵するアフリカ系の宗教があったりする。
 ね、ジャズだけではないし、毎年開かれる「ジャズ&ヘリテッジ・フェスティヴァル」なんて含蓄あふれるタイトルの音楽祭が象徴するようにアメリカの音楽的遺産(ヘリテッジ)はすべてここにあると言ってしまっても過言じゃあないぐらいすごいのよ、ニュー・オーリンズって街はね。南部をめざせの南部はここやねん。この巨大な音楽的財産を内包する街に意識の上で近づくという内的な精神運動こそがぼくが唱える「南部をめざせ」運動(運動なんていうとなんかおかしいね)のコアなのよ。すべてがある、それがニュー・オーリンズだったのだけど、その文化的価値は経済の論理によって台無しに・見殺しにされたとぼくは見ています。その責任者であるジョージ・W・ブッシュなんておっさんは他国の人もいっぱい殺しちゃったが、自国の文化も見殺しにしちゃったわけで、これは歴史によって必ず厳しく裁かれると思います。そんなおっさんのポチ2 号なんかやめてよ。ダッセェーじゃん。故リチャード・マニュエル、故リック・ダンコもあの世で怒っとるで。きっと。
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2005年09月06日

マーク・ベノ来阪

 さて、マーク・ベノの待望の大阪公演だ。心境複雑なはずだよなあ。アメリカ南部のカトリーナによる被害。そして今回彼を迎え撃つよな、台風14号。複雑なはずよなあ。芸人(広義の)は辛いね。
 懸念は色々ある。ひとつはそんなこと。もうひとつはバック・バンドだ。ラリーパパ&カーネギーママのサポート。
 「日本の「THE BAND」」は言い過ぎやろ。きっと。おれだって「浪速の「カエターノ」」って本家に対して、一歩も二歩もへりくだっとるぞ。まあ、自分らで言い出したことではないにせよ、おれの命名はby カオリーニョ藤原だかんな。
 いや、もう一回言うが「THE BAND」は言い過ぎやろ。彼らの演奏、WEBで見たが「THE BAND」ではなかったですから。この辛辣な目にびびらず、しっかりマーク・ベノをサポートしていただきたい。まあ、きっとパンク方面からこっちへ流れてくる聴衆はあんまりおらんと思えますので、明日はじっくり見れるとは思うけどさ。
 まあ、ただ、もうツアー始まって何度かライヴをこなしてるはずだから、ダメ出しもいっぱいあってまとまってきてはいるだろう、とは思う。好意的に。ただ、自分が気合い込めて書いた記事に見合う演奏してもらわなくちゃ、と願うだけなのだ。ドラムのやつジム・ケルトナーみたいにタメろよ。ベースのやつ音数控えろよ。ギターのやつチョーシこいて弾きまくるんじゃねーぞ。サックスのやつ、間違えんなよ。みんなコーラスははずすなよ。

 カトリーナはブッシュにとって大失敗だった。後手後手に回って数千人の死者を(アメリカでだよ)出したなんてサイテーすぎる話だ。日本においても選挙一色のこの時期に台風対策が遅れないことを祈りたい。いやな予感せんでもないけど。
posted by 浪速のCAETANO at 16:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする