2009年08月05日

島を遊ぶ

 土曜日は@SUN HALL、WATUSSIと共演。

 ルックス ライク アボリジニ、と思っていたら、コロンビア人だった。歌詞もラテンでコンガのヤツもウルグアイ人。あとはオーストラリア人の8人編成。

 曲はあんまりいいとは思わなかった。しかし、演奏は熱く、ライヴはエネルギーに溢れていた。もうひとりパーカッションがいたらよかったね。

 ここはいっちょう国際交流か・と思い,急遽、コンガのヴィセント(ヴィセンテがホント)と話をして、ワタシ誰・・と、くじらに入ってもらう。

 実は純ちゃんとお好み喰いにいってるときに、たまたまヴィセンテ、とギターのヤツ、ドラムのヤツが入ってきて、やーやー・ということになる。お好み焼きに関する注文やお勘定のヘルプに店のおっちゃんから感謝される。

 しかし、久しぶりのライヴで妙に疲れた。

 早めに帰ってくる。純ちゃんと久しぶりに長話ができた。

 翌日、店の2名とT瀬と4人で伊勢湾の島へ行く事になっていた。

 朝9時に、と言っていたら、ほんとに朝9時にみんな来るから、びっくりする。おれも6時ぐらいに目が覚めたのだが、ちょっと早過ぎて、二度寝したところ、哀しくも切ない夢を見てしまい、ダメージを受けた。

 本日の目的地とも関連があって、なかなか混乱してしまった。で、結局おれがぐずぐずしていたから一時間ほどロスする。

 阪神高速の梅田入り口より乗り、西名阪というルートで行く。とは言っても、今回は運転したがっているMタキに任せる。というわけで、ナヴィ・シートにて、あれやこれや、本日の夢をベースに思考は空を飛び回る。

 名阪国道を走っている時に、事件が起きた。

 T瀬のおばあちゃんが亡くなった・との一報があり、「ええっ」となる。不幸中の幸いは、おばあちゃんは名古屋であって、まさにおれらはその方向へと向かっていて、「じゃあ、鳥羽から近鉄で行く」ということになる。

 鳥羽で船を待つ間「伊勢うどん」を喰うが、「なんじゃこれ」である。こんなものに地名をつけて名物化していいのか? ほんとにいいのか・三重県民。あまりに無造作なそのレシピとその味・である。ほんまにええんか? と眉間に皺にて疑問を呈しておきたい。

 T瀬を鳥羽で送って、船に乗り、島へ向かう。一人減ってしまった。後になって思えば「梅雨最終日」、海はまあまあ荒れていて、船は左右に揺れる。蒼い海の上の空に積雲・というおれの中の第一級の風景とはほど遠く「残念」だ。やっぱ・それは南の島・までおあづけ・かな。


 旅館には一人減る旨伝えておいたが、当日のキャンセル大丈夫だろうか。

 旅館は海の前で、雨は降ってはいないものの、晴れてもいない。要は曇っとるわけだが、夕食の時間だけ決めて、釣りに行く。

 しょぼい釣り竿3人分借りて、釣り出すが、意外に釣れるのね。グレのちびっこ。バケツに水を入れて「成果」をそこで泳がすが、みるみる対面通行の渋滞みたいになっていく。生きてる魚のウロコと言うか鰭と言うか、グレはなかなかヤンキーで、ウロコなんて金属的で「ジャキーン・ヌルッ」そんな擬態・擬音語が似合う。ウロコの収縮がおれたちでいうなら筋肉の収縮に対応してるのね。

 でも、魚の「クル」感じ、悪くないね。あんなちびっこたちでもイムパクトあるんだからね。

 展望風呂入って、晩メシとなるが、まだ明るいうちから飲み出すのはとてもいい。魚介が並ぶ。そんな豪勢というわけでもないが、おれたちももうそんなバカ食いもできないし、〆張鶴を飲むのが目的であるし、充分に「豪華なアテ」であった。担当のおばあさんが「これキャンの分な」と車エビの煮たヤツを持ってくる。キャンの分? んー、キャン=キャンセル・理解理解。ワカモノからおばあまで、この国の人々は縮めんの・アンタもスキねえ・である。しかし、その縮め方はいかがなものか・だ。でっかいホタテの焼き物や、伊勢エビの刺身なんかがよかった。

 酒飲みの宴はおじいちゃんの放尿のように続くのだけど、〆張鶴が少し残った状態で今度は黒霧島へと移行し、最後のもずく雑炊まで「酒の肴」化してしまう。まあ、いつものことだけどね。

 この島は「寝屋子」の島として有名だ。

 たまたまその日、タコと魚のつかみどり大会・というのが、少し離れたビーチでやっていて、「いっとこうか」という話になり、クルマで送ってもらう。プールの中は子供・オトナ入り乱れてえっらいこととなっており、確かにみなさん「つかみ取り」をしている。タコ捕まえている人もおり、しかし、タコはもうない・と言われた。じゃあ何がいんのよ・ということなのだが、目を凝らすと、鰺が逃げ回っている。「よーし、やったろうじゃないの」と急にヤルキー学園化する。酔ってるのと、あと軍手があるから強気になれる。昼間も軍手があれば、グレのちびっこたちにとっても良かったのだ。そうなのだ。

 もうすでに始まって30分ほど経っていて、ほんとはタコを捕まえたかったのだが、この際、鰺一本に絞り、プールの隅っこで待つ。一匹目ゲット、二匹目ゲット。すぐさまシメてもらう。ふと、鰺の立場になる。捕まえられて、生かされて、プールに離されて、捕まえられて、〆られる。やってられん。やってられんわ・とも思うが、明日の朝メシのオカズが増えた・と喜ぶおれもいる。喰って供養である・という普通の結論に落ち着く。バカの考えることはそんな程度だ。

 TODO O MUNDO本体チームはどうか・というと、収穫ゼロ。まあ2匹いたら充分か。迎えにきてもらって帰る。

 知らない間に酔っぱらって寝てしまった。

 翌朝、早く目が覚め、A美嬢が起きてたから、散歩に行く。昨日少しちょっかい出して仲良くなったおとんとおかんがヤンキーの三兄弟がいて、その長男の小太りが、早起きしてて「こんなカニおったで」と情報をくれる。カニはおじさん興味ないのね。

 旅館の裏山に展望台があって、そこに上りたかったのだが、階段がトラウマ化していて厭がるA美嬢をほぼ拉致しながら上っていく。実は昨日、途中まで上ったのだが、蔵の横から目の前1mのところを鳶が掠めていった。「おおー」と思ったのだが、その後、数羽がアタマの上を優雅に飛び回っていた。そいつらは多分この島での食物連鎖の頂点にいるのだろう。そんな余裕が見て取れた。

 一番上の展望場から海を眺めていたら、船がぽつぽつ帰港している。「水蒸気」の歌詞のことなど考え、本日「梅雨明けだな」など話していたら、帰ってくる船が増えてきた。

 何が水揚げされていくか見に行くことにする。

 漁港の競りを傍観していたら「部外者はしっしっ」とされる。3kgほどの鰆がたくさん揚がっていた。

 朝メシの時間になる。本日天気良しである。朝メシ後ちょっと泳ぎというかビーチへ、という話をしながら朝メシのおかずを肴に、そして昨日の鰺の塩焼きも肴にビールを飲み、〆張鶴の残りを飲み、黒霧島の残りを飲む。結局、ごはんが残ってしまう。

 「ビーチでおにぎりかぶりつく」というアイディアが出、それで盛り上がり、ジャーをテーブルに持ってきておにぎり自主制作やー、と、正にその時、一分前にねーちゃんが来たからもうしばらくだれも来ないはずだったのに、おばあさんが「がらっ」と襖を開ける。

 「いやー・おにぎりはだめよ」と怒られる。

 けちー・とは言わず、しかし、おれたちのブリリアントなヴィジョンは未遂に終わる。

 チェックアウトして、ビーチまで送ってもらう。旅行者の移動手段がないため、この島で「アシ」は泊まってる旅館のクルマである。運転手は旅館のヨメなのだが、なかなか忙しい。おれたちみたいに荷物預けといて、海に行くやつらもいれば、その時間新たに到着する客もいて、短い距離ながら、ハイあっちいって、ハイこっちいって、ハイこっちいこうと思ったら船一本遅れるからこっちいかないで・と、目廻りそうだ。「あっか・上げない」というのに似ている。

 空いている。雨の後だし、そんなに綺麗でもないが、まあよしである。さっそくビールを飲んで、ビーチを眺める。A美嬢は、「浮き輪でぷかぷか」することが一大目的であったので、さっそく浮き輪を借りてくる。しかし、やや昨日からハラのチョーシが良好と言えず、頻繁にゴートゥートイレットを繰り返している。Mタキもなんでか席を外し、おれ一人になる。気がつけば隣に浮き輪がある。

 いわゆる「魔がさす」ということなのだが、全然思いも予定もしていなかったことが、いくつかの条件が知らん間に整うことによって現実になるものである。

 気がつくと、浮き輪でぷかぷか・な、おれだった。

 意外に水は冷たく、しかし、一旦水に入ってしまえば、沖のブイまでぷかぷか・のまま行ってしまいたいものである。「魔」はこのようにいくつもあったりする。魔は魔の母であるね。

 そうするうちに二人が帰ってきて「異変」に気付いている様子がこちらから見え、いたずら好きの子供の心境になり、「すぐ返す」つもりだったのだが、「まあいいや」という気にあっという間になり、さらなる「魔」の増殖をみる。

 そのうち、二名も「別の」浮き輪をレンタルし、海に入ってくる。

 「もう」とA美嬢が怒っているから、ぷかぷかをヤメ、ばたばた・で責める。「こわいこわい」と逃げやがる。「風船太郎」みたいに見えるのだろう。

 Mタキもブイのところでぷかぷか中である。

 水を舐めると「確かにしょっぱい」。海に入るのも、イルカと泳いで以来だった。SAVVYの連載時代だから10年振りではきかない。こんなことももっと気軽にやっとくべきだった・と後悔する。後悔だらけだ。

 上がって、ビールとヒルネで、その時に油断して、中袖のTシャツを着ずに寝てしまったものだから、胸が真っ赤っかだ。

 また迎えにきてもらって、連絡船で島を後にする。充分遊んだ気がする。

 松坂で高速を下り「ホルモン一平」で最後の散財をして帰る。Mタキに任せっきりで一度も運転しない「旅行」は初めてだった。何かが確実に変化してきている。

 
 過去に於けるイメージだけは残るんだけどね。
 

 


 
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2008年10月20日

PETIT VOYAGE

 もう籠の鳥はいやだった。

 籠の鳥というような可愛いもんではないのだが、この際ユルせ。

 日曜に出発して月曜の夕方に戻ればいいわけで、簡易お手軽貧乏一泊旅行に出かけるわけだった。

 ガソリンを8vに入れるついでにオイルが気になっていたから見てもらうと、「時期」だった。換えてもらうことにする。えーいついでや「洗って」と口走る。30分で中も外も男前な8vに「変身」するわけね。宿には3時に入ると言ってしまったが今江坂で3時なのだった。よーあることだけど。

 奈良に行こうと思ったのは久しぶりに「浄瑠璃寺」を訪れてみたくなったからだ。厳密には奈良ではなく京都なのだけど、浄瑠璃寺に行くのに「京都へ行く」とは誰も言わんわけであった。完全に奈良の文化圏だしね。

 第二阪奈というのを通ったことなかったから、どれくらい「近い」のか試したかったし、所謂大阪・奈良の府庁・県庁を39分で結ぶということだし、「ムチャ近い」という意見はいろんなヒトから聞いていたから、まあ・お試しするのである。

 で、結果はと言いますと、・・・・・

 「ムチャ近い」だった。

 ほんま・近い。

 南森町から阪神高速に乗ったのが3:30、奈良に着いたのは4:00前だった。旧阪奈道路の入り口までのもたもたと入ってからのくねくね(好きだけど)とは違って、ドカーンと一本道で奈良着だった。これなら墓参りもたまには来ようかな・という気になった。ただ近鉄奈良駅近辺がダダ混みで進まない。今日の宿はサンホテル奈良である。朝食駐車場コミでポイントのディスカウントも使って7100円。貧乏旅行なので「これでいいのだ」なのだ。

 で経験上近鉄奈良らへんをうろうろしながら電話して「どこかな〜?」と尋ねる。するとフロントのおっちゃんは「そっちじゃなくてJR奈良駅の方だったのよ」と言う。「ああそうでしたか」と向きを変える。久しぶりに行くとJR奈良近辺、ものすごく変わっていてびっくらこく。奈良駅はそのままだったが(建物はなかなか素敵である)その周りはまるで「別の街」、で、やや、あいたたた、というのが心境だった、偽らざる、そん時の。

 でなんとかホテルを探し、クルマを立体駐車場に入れようとするが、「ミラーって閉じませんよね」とホテルのねーちゃんが言うから「閉じんなあ」と答えると、その駐車場ってよくあるもう省スペースのやつで前にチンダル藤田にクルマ貸した時に蒙った「耳取れました」というミラー破壊が難なく予想出来るわけ。十三で中三のバカオンナがおっちゃんを轢いて引きずった事件とは関係も度合いも違うが、耳取れたらあかんのよ。サルでも運転出来るオートマばっかし作るから、こんな事件も起こるねん・この事件に関して言うならとおれは密かに日本のクルマ・メーカーに怒っている。ゴーカートだからね、オートマって。あんなの、自動車学校行かんでも全然平気だもん。

 まあそんな悲劇は避けたいわけである。ヒトでもクルマでも。

 だから「外」に置かしてもらうことに相成りまして、無事解決。雨も降りそうにないし、いや・洗ったばっかだったからさ。

 そしてなんやかんやしてるともう5時前だった。ちょっと出かけよう。ちょっとハラも減っていたのだった。JR奈良まで戻って東に歩けば猿沢池だが、その「参道」的な路なのだけど、絶望的だった。ここまで絶望的とは思わなかった。もうサイテーである。情けない・を通り越してなんかハラ立ってくる。しかし、久しぶりに猿沢池までは行こうと思ったので我慢して歩く。日曜っちゅうのが失敗よな。池の周りを一回りして五重塔を確認して、もう興福寺なんかには行かず、別の路を下った。しかし、ハラ減った。

 入る店は決まっていたのだ。さっきJR奈良の前を通るとき、チェーン店の連打の中、ひっそりと佇む、激シブの店を見つけていたのだ。「更科」というから基本そば屋なのだろうが、すばやくメニューをチェックしたらそうでもなさそうだった。まあ古くからある街の食堂というニュアンスだった。ちょっとそこで飲みたかったのだ。

 暖簾をかき分けて入ると、おかーさんがいて客はいなかった。

 4人がけのテーブルが10個ほど3列に並んでいて、奥から2番目のテーブルに入り口を向いて座る。キリンの中瓶と冷や奴、板わさで少し飲もう。それで久しぶりの「カツ丼!!!」でガツンと〆よう・なんて思った。

 で、飲むわけだけども、しばらくいてわかったのだけど、ものすごくリラックスできるのだ。だれに何の気も使わず、他所の家なのに「普通」の気持ちになれる。そして、開けっ放しにしてある引き戸の上1/3は暖簾なのだが、下2/3からヒトが歩き、クルマが停まり、走り出すところが見え、ヒトは会話をしながら歩き、その会話の断片が次々に聞こえ、まるで、そうだなあ、その、下2/3は「映画的」なのだった。

 飲んでて思ったのだが、「ものすごく今贅沢な時間を過ごしているな」そして「厭な気」がまったくない場所だったのだ。「狙って」こんな場は作れない。ありのままの姿を気負いもなくありのままに示す・ということは「こんなに美しく・疲れないことなのか」と。で、おれは思わず尋ねるのだが「この店何年ぐらい、やってはるんですか」するとおかーさんが「もう73年」と言うからまあびっくりもしたし、納得もしたわけだった。この肩のチカラの抜け方は、そう来るわけだったよ。

 贅沢とカネが等価交換できないこのような場があることがただただ嬉しく、おれは日本酒と椎茸昆布にじゃこおろしを頼んでしまうわけで、まあおかーさんと自分の母親のことやトドムンドのこととかを話していたら、おかーさんも若く見えたがもう70だ、とわかり、関東から嫁に来てもう44年、ここのおじいさんは天理の更科で修行して、かつてはうどん・そばだけではなく、お好み焼きや、寿司もやってたというからびっくりなのだ。

 街の食堂ならでは・の話である。奈良駅前での関東弁はよかったのかもしれない。さらっとしてるし、距離感も保てるし。

 色々話をして「何時までやってるの?」と訊くと6時過ぎまでと言うが、その時もう6:15で、「今日は暇だし、もう閉めようかな」と言っていて、悪いなと思ったが、もう一本酒を頼み、カツ丼は口ほどにもなく「無理」でなべやきうどんで〆ることにするわけだった。おかーさんは6:30からサザエさんを見たい・と言っていた。

 するとここから客が4組立て続けに来まして、おかーさん「突然」忙しくなるのだが、慌てた風はまるでなく、一人ですべてをこなす。「おれ客呼ぶのよ」

 おかーさんのサザエさん未遂はやや気の毒だったが、おれはとてもいい気分で店を出たのだった。

 パチンコしようかと思って羽根ものを探すがない。諦めて本屋へと行く。行きつけではない本屋ってなんだか新鮮でしょう。他所の街で本屋に入るのって好きである。普段の本屋では発見出来ないものが発見出来たりする。異なった独自のコンセプトで本が並んでるからだと思うが、そこで「ある本」と出会ってしまった。それは熊野に関する小説だったのだが、「なにすんねん」と最初思ったのだった。そんな権利・だれにもないはずなのだが、そう思ってしまったんだからしょうがない。ただ、読んでみようとも思った。別のヒトの熊野への思いを見てみたかった。で、他二冊とともに購入して、ワインのあてをローソンで買ってホテルへ戻る。

 ユニットバスながらまあまあ広い湯船にお湯を溜め、ワインとたばこを持ち込んで読み出す。

 なかなか興味深い。知識の再構成だな・と思う。ものすごいウンチクがあるのだが、熊野自体を語る際にはそれも必要だろう。あまりにも知られていない事だらけだから。

 しはらく読んで、そうだ「NHKスペシャル」見ないと、と思い、上がってTVをつける。留守録してきていたのだけど、リアルタイムでやってりゃ見たいテーマだったのだ。

 その本を読みながらワインを2/3ほど空け、知らん間に寝てしまっていた。

 朝は7:30に起きて、支度をし、朝メシへ。このホテルの朝食はよかった。

 外国人がムチャ多い。アメリカ・ロシア・ヨーロッパのどこか。リーズナブルだということがよくわかる。サンホテル奈良・なかなかいいよ。街も流石奈良で、外国人多し・だ。
 
 ホテルを出て、浄瑠璃寺へと向かう。久しぶりだったから路を間違えてしまったが、ご愛嬌。しかし、どの路も空いていて、オイル換えたての8v快調快適である。田舎の国道ってなんでこんなに気持ちいいんだろう。目に入るのは「緑」であって、こんな感覚が定期的にないとおれやっぱあかんな・と実感するわけだった。浄瑠璃寺への最後の登りカーヴなんてタイヤが鳴くわけだった。

 参道を上ってぼーっとしてたら下で「にゃー」と声がする。ちびネコだった。逃げない。路のど真ん中でごろんするこやつはきっといいネコに育つだろう。お腹を撫でてしばし、たわむれ、帰りにまだおったら、持って帰ろうか、とも思った。浄瑠璃寺は浄瑠璃寺だった。このロケーションがいいのだな。京都でも奈良でもないような。ヒトもそんなに多くなく、ただ鳥の鳴き声がたまに聞こえるだけ。静謐を絵に描いたような寺である。
KC3A0097.jpg「静謐」
081020_1035〜01.jpg「池の向こうから本堂を臨む」

081020_1039〜01.jpg「キミらはかなりグロい」

 しばらくぼーっとしてネコのことを思い出し、やや、どきどきしながら降りて行く。しかし、子猫はいなかった。縁がなかった。

 では帰ろうか。

 墓参り行こうかとも思ったが、ちょっと戻るには遠い。また来週。

 帰りはR163でゆっくりと帰ろう。ところでドリームランド跡って何になってるの?

 誰か知らん?



 
posted by 浪速のCAETANO at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

いろんな生き物・接近遭遇

 玉川峡に行った際に、実は事前にこの時期ならではの目論みがあって、それが果たされた事は嬉しかった。

 ついついアツくなって視界が狭くなっていた時、ぽつりぽつりと川の上に光るものがあり、それが上下対称に動く。大方それはペアになっており、都合四つの光が二つずつペアとなり上下対称に動くのだった。

 蛍を見るというのがもう一つの目的で、その心細くも確かに光る生き物は現実から離れられない我々を幽玄の世界へと誘ってくれる。それは直前の視界の狭さをコッパズかしくさせ、静かにオノレの暴言を反省するわけだったのだけども、その様子はここらへんに生息している・おれたちも含めまして・生き物の中で最も飄々として最も高貴であるかのような気になる。スタートレックでよくある・肉体を持たないエネルギーだけの生物をす
ぐに連想させ、その目の前に広がる闇は蛍だけではなく、他にいろんなものがいる・という確信を導くわけだった。実際に「たぬきに気をつけて」とは注意されていたのだが、おれたちはその時はバカドランカーだったから気づきもしなかったのだが、朝起きて別に食い物も取られてはいず、すっかりそのこともお忘れになっとったのだけど、よーく見てみるならまな板には、五つの肉球の足跡がペタペタとその痕跡を残しているのだった。やっぱり来とったかー。

 蛍を毎年観賞しに行くほどの優雅な生活ではないから、いつ以来かなと思い出してみるなら、貴船以来やな・と答えが出た。あれはもう七月だったと思うが、川床で鮎の懐石を食べ、酒をさんざん飲んだ後、「今年は蛍は遅くてね」と、ひろ文の別嬪の娘に言われて上までのぼったのだった。そのときは乱舞していた。月も出ていて月と目を結ぶ角度に近づけばその光は消えるのだが、それまでは「星か!!!」ぐらいの明るさで、本読めると思ったものだった。和泉式部にキモチが寄り添った感があった。

 そんなに毎年見るもんでもないと思うが、たまには見てみたい。他のどの生物とも異なるタイプの生き物であるから、しかるべき時にしかるべきヒトと見てみたい。今回はそれが叶いまして実に良かった。

 しかし連続でココロがはげしくざわついた後というのは「復帰」に困る。毎度のことながら。
posted by 浪速のCAETANO at 13:19| Comment(1) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月29日

ガタガタ・よりはじめて終わる。

 昨日で一段落したがもうカラダがガタガタになってしまったから、秘密のヒーリング施設へこれから行く事にする。

 例の一件からどーも心身のバランスが崩れてしまった。だから「あそこ」へ行く。しかし、どーだろうな、今回のこのカラダのガタガタ度はちょっと普通ではなく、大丈夫かな・と、やや不安なのであるが、「あそこ」以上のそんな場はなく、やっぱり行く。

 ヒトもえらいが機械も最近はなかなかえらいのだ。天気はまあまあいい。
charlie_ha.jpgいづこへ?
posted by 浪速のCAETANO at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする