2026年04月29日

生ギター

数個前のarticle、P.Barakan氏のFBからの借用だけど、生ギターの良さが全て表れている。

アコギ、アコースティック・ギター、生ギター、いろんな言い方があるが、何でもええが、電気を通さない、電気を必要としない楽器である。

人は「最初にアコースティック・ギターを持ち、途中でアコギを弾き、最後には生ギターで終わるべきだ」

おれは生ギターのピリオドです。ちっとも上手くならない(ならなかった)が(だはは)。

ちっとも上手くならなかった・が値打ち・だとも思っている。

IMG_2022.jpeg

愛器(もう30年以上になる)


まあしかし、電力不足が予想される夏が来る。暑い中で「Sandy Denny」の曲を演奏するのは悪くないかも知らんなあ。Pentangleでもいいが。

リアルタイムなアートとしては「音楽」というジャンルは「もう終わってしまった」のかも知らんね。おそらくそう。「音響」は残ったけれど。

その終わりは「ピーク=最高潮」であった60sの終わりとともに始まったのだと思う。おれは(おれたちは)その壮大な名残の中を生きてきたのだろう。名残・というにはあまりに壮大で気が付かなかった。もうIt's already overということに。

音楽だけではないのかもしれない。

まあしかし、音楽自体は周囲のギミックが過剰に肥大するのと反比例してその内包するエネルギーはしょぼってきた。まだ録音技術が確定されてなかった頃、音楽家が演奏を辞めた瞬間に「音楽」は消滅する。It disappears.

おれも「空気に向かって(だはは)」よく歌うっていうか歌わざるを得ない目に遭ってるが、それが原初的なものだろうと思う。まあこれからも空気に向かってギターを弾き・歌おう・と。自分がたきこのメンタリティに近づいてきてる・そんな気もする。
posted by 浪速のCAETANO at 09:16| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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