気持ちのいい日。大変快適。昨日の雨とは打って変わって。
寒冷前線の通過により風は強い。だがそれがどうした。洗濯物・よく乾くやんか。書きかけの詞でも書こうか・なんて気になる。
今ゴミを捨てに行ってきたが、ドライ・アイス屋のおばちゃんに挨拶したら「花取られたわ」と声かけられた。中津も昔の「ヘンコな下町」から「新参者の多い住宅地」へと変容している。マンションが乱立するとそうなる。
新参者のための住宅地・ろくなもんじゃない。
「ヘンコな下町」はそれはそれで鬱陶しかったが、花取られる・とかはなかった。だがこの変容は不可逆的。新参者たちが「おのれの街」と自覚していただく・その際には新参者のモラルをあんまり前面に出さずに、そんなことを祈るしかない。
自己責任空気、正常性バイアス、新自由主義に覆われるのは「も〜やめて」だが移動性高気圧に覆われるのは「至福」だった。移動性高気圧は前述のクソ空気よりは上位にあるよ。
奄美が早くも梅雨入りした・と言う。大阪の予報を見ると「しばらく」は晴天が続くみたいで安心した。貴重な時間帯。
少なくとも今年の梅雨明けからしばらく(どれくらいかは?)は「格差」がさらに開きます。ビンボー人チームは辛いよ。一方でthe non-poorはそうでもないかもね。
格差というのは、実態もヤバいが、実態が陽の元に晒されることがもっとやばい。それは「分断」の溝がさらに深まることを意味する。結果、自己責任空気の密度は増す。新自由主義は「憲法もどき」となる。人が疑問を持たない「前提:」となる。
革命・とか国家転覆・とかの文言が表面に出てきます。どっちにせよ、分断が原因の「対決構造」になります。
なんで?いや・そうなるしかないやん。血が流れるまでもう少し・そんな感じ。
この快適な新緑の季節に、中庸の天候の下で、来たるべきヤバい状況のことを思う。まあ爬虫類型は「補正」もしない・と言ってるからね。
未必の故意・というよね、こういうの。









