2026年04月23日
2026年02月15日
w/ 「少数精鋭第5ゲリラ部隊」の周年
2025年08月03日
オーウェル世界の中でのレジスタンスとして
ジョージ・オーウェル
「Close to War」でいいの。臨戦体制ね。もちろん「real War」になろうがかまわない。それは副産物。「1984」の著者のこの言葉、噛み締めてみよう。
憲法審査会に「東京の「母希望」のあいつと、大阪のやるで・のあいつ」が入ったよ。前にも言ったように、会派が増えると、その分発言機会が増える。「改憲」にdriveかかることが予想される。
ほんとjapaneseって想像力がない民族ですね。過去と未来を凝縮・集約させた「今」という概念がわかんないのね。流れていく時間の中での瞬間という意味の「今」しか理解できない。なので🐒と言ってる。
あ〜あ・である。
ジョージ・オーウェル的世界をおれたちは生きさせられている。この参院選でもう2stepsほど「point of no return」に近づいた。いや・ほんとはもう越しちゃってるのかもしれない。だが希望的観測として「まだ「越えてない」ことを願っている。
そんな中(どんな中?)本日、周年ライヴです。
28周年だが、前にも言ったがほっとけばO30o Anniversarioもやってくることだろう。まあ何が起こるかはわかんないけどね。だがO30o Anniversarioの現場は今日より「確実に」インでるだろう。まず、おれの体力が2年分落ちている。街の荒み方も2年分進んでいる。🐒の跋扈もより盛んになっている。2年後までには総選挙があるだろう。そこで、今の状況が継続した暁には、ジョージ・オーウェルのいうように「リアルウォー」をみんなに意識させながら「close to war」状況が確立されていっていることだろう。
早い話、より「生きにくい」ことになってる。
鼻垂らした「今」ではなく、過去と・未来を一点に「凝縮・集中」させた今、を本日は生きたいと思っております。
ではvenueでお会いしましょう。
2025年07月20日
Todo O Mundo O 28o Anniversario Ao Vivo
from my fb:
本日は参院選の選挙日ですね。もう投票は済みましたか?
今日の夜から空気が変わってしまう、そんな気もしてます。ヤバいね、こちらの国。宗教右派って怖い。怖いしカネ持ってる。そして大変あざとく、ズルい。さらに口だけでなんとでもなりそうなこちらの国の人々の多さにも唖然としています。大日本帝国の影が列島を覆いに来てます。間違いありません。
そんな中、来る8/3(sun.)はTodo O Mundo 28周年ライヴ。
楽しくやりたい。たが、戦前の空気の下では楽しくない。今28という数字が目の前にあり、2たすと30ということになります。おー、30年。倒れそうになったけど、2年後に自由が保たれているかどうかについては疑問視しています。かなり危ない。
パンク第一世代の自分として思い出すムーヴメントがあります。
「R.A.R.(ロック アゲインスト レイシズム」です。Punkの嵐が吹き荒ぶ70s末のロンドンにおいてジョンライドンやジョーストラマーたちがジャマイカからの移民であるスティールパルスやマトゥンビといったブリティッシュレゲエの連中たちを巻き込んで起こした運動でした。
まあ、チンピラでも正義に加担することは出来たのね。
時代は21世紀のファーストクォーターが終わり、1世紀前と変わらない状況になりつつあります。戦争を知る人が、ほぼいなくなる中、アタマ良くて狡賢い者たちがアタマ悪いが狡賢い者たちを使って1世紀前を「取り戻し」にきてます。1世紀前のことは「リアル」を失い、別の惑星での出来事かのような浮遊感を持って語られます。
戦争の美化が進むということはまたそれが繰り返される蓋然性が限りなく高まるということ。その端緒にはかならず美化されたナショナリズムと排外主義(レイシズム)が現れます。
出演者はChinese.Korean.FrenchそしてJapanese(もっと色々いてくれていいんだけど)。この国で暮らす人々と共に音楽を演奏し、場をシェアすることの「貴重な当たり前」を楽しみたいと思ってます。
是非みなさんおいでください。
we're on the same boat.
marutanikaz
2025年03月22日
Todo O Mundo Jornal
2025年02月16日
Petit Anniversario done(仏・葡・英混合)
2024年12月25日
@eveの宴
2024年09月24日
9・26
Al Green - Take Me To The River
2024年07月24日
O 27o Anniversario de Todo O Mundo
Such a long time We’ve passed
27年と言うからもうね、100回喧嘩しても100回仲直りできるぐらいの時間が過ぎました(Who & What r u talkin’ about?)
かつて「素数」んときはなんか上がらん・と書いたことがあったが、今回は27=3の3乗、ちょっと面白い。3という数字には自分は縁があると感じてます。
そんな27周年。8月1日。こちらはTodo O MundoのGrandeなAnniversario。
10周年ほどまでは周年の数だけシャンパン開けるまで「帰さないわよ」みたいな風習がありました。もうしかし、そういうことが「非現実的」な時間帯入ってきてるからね。だけど、泡・たくさん冷やしときますね。
お祝いに来てください。最後にこの言葉を皆様へ。
『いつまでもあると思うな・親とTodo O Mundo』
お待ちしてます。20:00より。
P.S. そしてTodo O Mundoの周年といえば豪華メンツによる「超・時間押すライヴ」が定例行事となってましたが、ちょっと学習した。それは「しんどすぎる」。で、O 27o Anniversario Vivoを月一で、色んなミュージシャンの方お呼びして、Vol.5ぐらいまでやりたいです。とあるVenueにて。また近々お知らせいたします。
来てね〜‼️
2024年02月13日
Todo O Mundo中津「O 15o Anniversario」
Caros amigos/amigas
2/14はまず第一に「褌の日」第二に「St.Valentine’s Day」そして、Todo O Mundoの、中津における”O 15o Anniversario”であります。
曽根崎で11.5年、中津で15年、そんなことになる。8月にもAnniversario(grande)のイヴェントを考えていて、こちらは(petit)な周年。そうは言っても、もう曽根崎の歴史を大幅に超えちゃった。ニュアンスは異なれど、表面的にさざ波は立っても深いところでの大きな流れに変化はなく、気のいいお客のみなさんといい時間を過ごせれば、そう思ってます。バカとRacist、歴史修正主義者の方々は他所の店へ「どーぞどーぞ」。最近なにかと騒がしい中津ですがおれたちは「@the bottom of 中津」に深海魚の如く存在してるのでそういう喧騒は意識の外にあったりします。浮ついた街にはなっていただきたくないのね。希望です。
Todo O Mundoは「アジール/シェルター」と昔から言っている。設定されたナラティヴは「息を止めて底まで潜ってやっと辿り着けばそこには酒と世界のローカル・ミュージックに溢れたトポスがありました」ということ。ここ、おれたちも初心に立ち返る瞬間です。「エラ」持ってる人はもっと気軽に、だけど。
最近ターンテーブルを入れたのでプリミティヴなDJもできます。Luluの「猫スクラッチ」も上達した(かな?I don’t know)。
前後してもいいから「祝い」に来て〜。アオミさんc/Tico e Luluでお待ちしています!
Todo O Mundo
2023年09月27日
なんとか終わる・anniversarios.
2023年07月31日
おめでとう。ありがとう。
2023年02月11日
Commercial St.Valentine's dayはPetit 周年
2022年07月20日
Todo O Mundo O25o Anniversario ao Vovo
2022年02月14日
O 13o Anniversario
2022年01月14日
タレント
2020年09月30日
2020年08月01日
記念日に思う
本日Todo O Mundo「23周年」を迎えることと相成りました。「おめでとう」「ありがとう」。
昨日・奇しくも、yw帰りに塾もなかったし、せっかくやし太融寺界隈の様子見と知人のご機嫌伺いであの界隈をチャリンコ男していた。
Ganzは閉まっていた。Maggyはちょっとした改装中だった。立ち話をして帰ろうと思ったが、「旧Dead end street」へ向かった。「旧Todo O Mundo」を訪れる。2年ほど前に一度行った。現在は「ほっぽう」という店になっている。
顔を覚えてくれていて、イワシの山椒煮なんかで一番奥の、あれはaudioなんかをおいてたら辺で飲んでた。身体を反らせば、「あの階段」あの角度のままそこにある。トイレに行こうとすると「靴脱ぐ‼︎」と怒られる・元社長。下からと上からと写真をとっておく。
客層は「おっさん」。おかあさんは一本北側の今「ロクでもない」通りになってる(裏参道とかなんとか)ところでおれたちと時期被って店をやっていた。
客層は、だが、そう悪くはない。ちょっとホッとする。「ハイボール」にも寄ろうかなとも思ったが、やめとこう・今日は、だった。新御堂側のでっかい駐車場に「APA Hotel」が建つという。客層・荒れそうやなあ。時は流れた。
一年前に誰が「こんな状況」を予想できたろう?本当に未来ってわかんない。そうは言っても、不可逆に時間は進む。本日から24年目である。「こんな状況」を生き延びなきゃいけない。補償がひと段落終したなら、また考えないといけない。LABELの発信地にするという長年の夢のようなもの・いまだ実現していない。「音楽のちょっとしたレクチュア」みたいなことも発信したかったりもする。どうせヒマなので(ヒマでいいのよ)カウンターでCDかけつつ、最後におれが一曲歌って締める・みたいな「プログラム」を発信したい。ジェニー・ボールが見てくれるかもしれない。あ・いま・ちょっと盛り上がった。
時間は資本主義的見地から言うなら「不可逆」ではあるが、その一方「円環的」でもある。そのような文化の下、生き続けている人々も未だにいる。せっかくの四季のある風土、そこは大切にしたい。季節はめぐり、また次の周年もやってくる。「円環的でありながら不可逆」とは、太陽系の中でおれたちの惑星が公転しながら、太陽系自体もまた宇宙空間を移動するようなことに喩えられようか・と思う。不可逆の先には「こんな状況」みたいなものが待っているわけだったのね。
「こんな状況」にも順応する。おれは「隠し球」いっぱい持ってるからきっと出来るんだけど、身体が以前みたいに動かなくなってきてるのも事実。頚椎はもう治らないし、足腰も弱ってきてる。
だが、そうも言ってられない。人生は短い。何かを回復したくてnew Pandaを買ったが、色々妄想は湧いてくる。全国に散らばっているガール・フレンドたちに、キミの街に「歌いに行くよ」なんてことをしてみたい。new PandaにCubeとギターとマイクを積んで、ついでにチャリンコも折り曲げて積んで「流しのおじさんツアー・全国版」なんてのもやってみたい。今「こんな状況」だし、屋内は厳しいから「外」。例えば四万十川・吉野川なんかの河川敷で「CaetanoをNeil YoungをDavid Bowieをmarutanikazを」演奏したい。なんかやれそうな気がする。淀川でもええが。
こう言うアホなことを考えられるのも「不可逆ながらも円環的時間」のなせるワザである。でなけりゃ「初心」を思い出せない。環境はそもそも・おれたち「選ぶことはできない」のであって、だが、異なる環境において培われたものが、また異なる環境の下でも「応用が利く」こともある。ここ、知恵があるかどうか・だもんね。
「こんな状況」の中には、感染症だけじゃなく、ゴミみたいな国政・クソ地方自治・貧困一歩手前・そんなものも入ってると思うが、ハートの奥まで「こんな状況化」されちゃいけないのね。
で、パワーというのは本人のエネルギーを根拠に、ビンボー人の知恵と工夫によって生み出されるものです。確信してる。
記念日に。
2020年07月28日
O 23o Anniversario de Todo O Mundo
基本『素数の周年』は比較的ジミなのね。今年はそもそもそうなのであり、しかもこの状況ですから、一時は中津の「いこいの隣のCave」というかなり変わった内装の店で行おうなどと画策していたのだが、お店の「やっぱ密はちょっと・・・」みたいなこともあり「そりゃそうよな」とコチラも思い・判断して、Todo O Mundo店内でこっそり行うことにしました。
北村くんが来てくれることなってる。あと岸も久しぶりに連絡が取れたのだが、「大阪の惨状」をみるにつけ、会社から「行くのダメ」と言われてるらしい。これが全国が大阪を見る目だったりする。まあどうなることやら・ね。「安全第一」はそれを尊重すべきこと、間違いないからね。
そんな中でもやっぱりどんな形でも「周年」はやんなきゃいけない。誰もこなかったとしても・である、極端な話。
人がこれからの生き方なんかを考えざるを得ん状況なのだが、店の在り方もまた考えるのにいい機会でもあって、そう簡単に結論は出ないが、それでも何かを考えなくちゃいけない。試行錯誤しなきゃいけない。
当日も距離を取って「さらっと」始めて終わりたいな・そう思ってます。
2020年03月07日
no meu Anniversario.
今年の「おれ・トリビュート」
「真夏日」 por 大塚製薬のえらいさん e Aomi店長
「ひまだひまだひまだ」por ジャケット担当デザイナー e Aomi店長
「葡萄」 por Aomi店長
「甘い混乱」por スーパー・ギタリスト e Aomi店長
お返しに「火星に転勤」をみなさんで、そして『コンドル2』をcom スーパー・ギタリストe Aomi店長。
フレンチ(ミストラル)のマスターも同日生まれ・「鴨のコンフィ」持参でやってきた。仕上げをうちの厨房で。ごっちゃんでした。シャブリ・に白・赤泡、あとはもうなんかわかんなくなってた。
少数精鋭第五ゲリラ部隊の皆様・ご苦労様そしてありがとうございました・com muitas amores.
2019年08月01日
おめでとう ありがとう
2019年02月18日
Obrigado!
2019年02月16日
中津でのAnniversario
2019年02月01日
O 10o Anniversario @ 中津
来たる2019年2月14日、Todo O Mundo が中津来て丸10年を迎えることになりました。
2018年09月02日
O 21o Anniversario; hoji
2018年09月01日
Timetable(revisedーfinal)
2018年08月30日
秋への扉=周年ライヴ
2018年08月27日
O 21o Anniversario ;timetable
2018年08月01日
O 21o Anniversario (人格あり)
2018年07月30日
周年week
8/1はTodo O Mundo 21歳のAnniversario。去年の「成人式」の記憶、まだ新しいけれども、あれからもまた1年経ちました。
【20 plus 1】another phase、another cycle、another decade.
7/31〜8/5は《Semana do Annversario》周年ウィーク。
【泡】空けに来てください。
浪速のカエターノ=マルタニカズ、毎日数曲演ってます。
来てね! ムエタイヌードル アチョー、涼麺、復活してるよ。
Anniversario ao Vivoは9/2(日)中津Vi-Codeにて。
2017年08月01日
20年間ありがとう、21年目もまたよろしくね!
2017年07月20日
7/30 Time Table
2017年07月08日
2017年07月01日
20番目の年の12番目の月
「Todo O Mundoが曽根崎からthe Bottom of 中津に移ってきて8年半、
Todo O Mundoの[成人式]
O 20o Anniversario ao Vivo
desde 01/08/1997 até 01/08/2017, então
7/30(Sun.)
@Vi-Code 中津
open 16:00/start 17:00
charge 2500yen(3000yen at the door)
members:
King 堀内/
Caorinho 藤原/
高田靖子/
松原里佳/
結美w/西村コージ/
Imori[狩野じゅんじG.Vo.・池田よしあき B. Synbox・服部あかね Vo. Efx.・Alama Dioubate African Guinia Per.Vo.・山田聰 Tp.Quena]
すっぽんぽん'ズw/太田和麻・サントス/
ザ モルモッツ/
浪速のカエターノ/
マルタニカズ e sua banda especial[北村嘉章G.・李ヨンウンB.・
M.C. ミルクマン斎藤
Catering: por Todo O Mundo
Produzido por marutanikaz
2016年08月01日
19 anos Anniversario
2016年03月07日
謝謝大家
2015年08月01日
18歳
2015年03月07日
Meu Anniversario
2015年02月14日
今日・明日、周年だよ
2014年07月31日
FOR 8・3
今は全米女子によるNEIL YOUNGトリビュートを聴いている。最近の愛聴版のひとつであって、そろそろ店にも持って行こうかな。KEYは女子の手の中にしかないです、今や。
さて夏のTODO O MUNDO・中津でひっそりと音楽行事・DAY2は「KINGちゃんのレコ発」です。キングちゃんともう一人の相棒・木寺くん=harpが来ます。カオリーニョが「得意の」ダブルブッキングにて、トラでおれが務めさせていただくことになってます。おれがBLUESのバックをやるって「貴重」ですよ。ちょっとpunk入ってるけどね。でもAMOSも共存してるとこが、普通じゃないです。お面白いライヴになると思います。予定調和・的ではないのね。おれのギターが「異化作用」として働けばいいと思ってます。
実はいろんなギターが弾けます。反射神経にも自信ある。ギタリストは消耗しないからいいよー。やっぱ歌歌うって大変。パワーいる。
では日曜日・キングちゃんにしっかりOFF MICで歌っていただきましょう。声・でかいからね。
2014年07月24日
<熱帯夜のAo VIVO em TODO O MUNDO>
講習一週目でまだ身体が未適応。中坊らは、クラブしてることもあり、それがまーまー強かったりするから、時間が不規則になる。早く「ルーティン」にしてしまいたいのだった。ロボット希望。
今週から日曜日、Ao VIVO em TODO O MUNDOです。
<熱帯夜のAo VIVO em TODO O MUNDO>
7.27 <Marutani Kaz>
オリジナルを中心に。今、ちょっとオノレの曲を演奏したい。日本語の歌詞を歌いたい。
8.3 <KING堀内w/CAORINHO藤原>
キングちゃんのCD「ブルース日和」のレコ発です。ここはおれはお手伝いさん。まあ、少しぐらいはでもやる。
8.10 <MarutaniKaz/チカン岩崎>
ここでも、かつてのA Decade-IN FAKEのcho.の岩崎とのハーモニーでかつての曲などを。
8.12 <@Sun HALL>
サンホールが8月で終わることはここでも再三お伝えしてますが、おれも最後に弟子たちを引き連れて、一発かましとこうと思います。出演; 浪速のカエターノ、すっぽんぽん'ズ、ザ モルモッツ、Marutani Kaz/北林純。
8.17 <浪速のカエターノ、すっぽんぽん'ズ、Marutani Kaz>
この頃になると、すっぽんぽん'ズの録音がかなり進んでいるはずで、その音源も活用しつつ、だけど基本アンプラグドなすっぽんぽん'ズも一緒に。
8.24 <夏の終わり、最終回>
なんでもありですが、ここはPOSITIVEな意味で未定ということにしておきます。北村くんや李くんなど、ゲストの人々もいつ来るかはわからない。
始まる時間は20:00より。
そして、すべて、「投げ銭」です。CHARDEは要りません。
ハート TO ハートなお付き合いでよろしくおねがいします。
2014年04月28日
葬式を終えて
久しぶりの動物霊園は、霊園らしさが増し、ちょっと芝居がかってきてて、なんかな、だった。おれたちの担当のやつがそうだった。安もんの「泣かそう感」そんな醸し出さんでいいです。ま、「営業」の一環かとは思うのだけど、ネコ葬式ヴェテランとしては、過去からの流れを知ってるからね。もっと、シロートぽくて、ただ一生懸命だけでいいのよ。マニュアルだな。マニュアルに忠実なほど、こちらの「ケツかいい度」高くなるからね、まではマニュアルには書かれてないのよな。
しかし、いつも思うことだけれど「Breathing deeply,Carbon of GINA will make part of me」だ。呼吸は待ってる間深く大きくなるものだ。GINAの身体を作る小さな粒をおれはできるだけオノレの体内に取り込みたい、そう思うの。GINAはおれであり、おれはGINAであり。そう考えると死とか生とかの境はなくなり、永遠の分子原子の循環の中に意識は入り込み、穏やかな気持ちになれる。たまにはそういうことを思い起こさせてくれるのが宝塚であったりする。高台というのも関係あるかな。
しかし、ちょっと疲れた。sub当事者で、当事者のケアと当事者の痛み両方の二役はね。GINAが亡くなる日の宵の口、店長の部屋でアイマスクをしてGINAの尻尾を触りながら寝ていた時、下で「バカわらい」が聞こえつつ、夢を見ていて、その夢の中でもまた夢を見ていて、その夢はどちらもその時の現実=GINAが危篤、から始まる夢なのであって、なんか見事に出演者も近所の身近なやつらばかりで、一番奥の夢から覚めてもまた始まりはGINAの危篤のその部屋で、そしてある時、「これは夢である」と確信し、なのに、その中で無茶することが躊躇われ、なんか惜しいことをしたのだった。
いきそうでいかないGINAの純化された浮遊する魂の波動がヒクヒク動く尻尾を通しておれの精神にちょっとした「いたずら」をした、と思っているが、悪い気はしていない。ネコとか人間とかじゃなく、種の違いを超えたイノチというかSPIRIT同士の触れ合い、そんな気がしている。哀しみとかなかったな。なんだろう?感情からも解放された、SPIRITそのものを垣間見たのかもしれません。new ageとかにはなんの興味もないけれど、この手の特殊な時間帯の、そして、意識が消えて欲も計算もない状態の人間以前ともいうべき精神状態に戻ったようなとでもいうか、いい経験だった。ありがとう、GINA。
店長が、「うーちゃん、キキちゃん、ぺろちゃん、そしてまるちゃん」の塔婆を見つけて面白がっていた。おれは「なんでやねん」な気持ちだったが。
骨を何欠片かもらってきてる。おれは歴代ネコたちの隣にっそれを置いておれなりの供養をするつもり。
2014年04月26日
GINA 、、、R.I.P.
ひとはいろいろネコに教わるなあ。
思えば15年前、曽根崎dead end streetのTODO O MUNDOの隣の樽長のエアコンの室外機の下からタールまみれで現れたのが出会いだったな。経験上、おれに初見でついて来るネコは「アタリねこ」。その定理に従って店ネコとして飼うことになった。初日は洗っても洗ってもタールが取れず「あ〜あ」だったのだが、時間の経過とともに毛は綺麗になって行き、知らぬ間にゴージャスな雌ネコとなっていた。往年の美しさはこのblogの上に。気持ちも優しい子だった。おれも、ほんとは家に連れて帰りたかったのだけどね。同じくらいゴージャスなキキもいたし、最愛のうーちゃんもいたし、あとタマも、そして新入りのぺろもいたから、そこは叶わなかった。
何かの時に、当時江坂で美容院をやっていたアオミちゃん(現店長)の店に一週間ほど預かってもらったことがあった。店長とのこの最終的な縁はその一週間にある。もちろん、TODO O MUNDOにもバイトで来てもらっていたが、その一週間は「チェントロステイーレ」の店ネコだったというわけだ。GINAの可愛さにKOされたのだと思う。
見事なまでに優雅な身のこなしが身に付いていて(誰に教えられたというわけでもないのに)よく、曽根崎の二階でおそらくは「愛の行為」としか説明しようのない時間を過ごしたものだった。当時は家に帰ればシャノワールのキキがいて、こんなGIFTたち、恵まれ過ぎていてちょっと怖くなったものだった。
ほんとに姿形の整ったネコはその心根もいい。ま、可愛がられるからだろうな。
中津にも7年ほど住んで店の二階が、最初はきじことの二匹体制だったがきじこがクルマにはねられ死に、飼い主も不祥事から店を離れ、店長との蜜月がその晩年だったわけだ。もちろん、その充実の体型からは、経験上から言っても、こんなに早くとは考えるのはちょっと無理だった。そこを無念がる店長の気持ちも良く分かる。ごはんを食べなくなった、との第一報を聞いたときにあまり反応しなかった自分がいた。大事という意識はなかった。その時、即反応して病院に連れて行っていたならまた結果はちがったのだろうか?そこは少し自分を責めている。
店が暇な時には階段を降りてきて、おこたの部屋によくいた。残念なのは、曽根崎時代のいつからか、客をひどく恐がるようになったこと。中津来てからならいつだってその膝の上で眠れる物体がいたのに。おれは見たことはないのだが雷で腰抜かすこともよくあったという。こわがり。そんなわけで、正味の話、おれともそんなに仲良くなかったのだけど、店長が去年入院した時に、毎晩上へ上がって30分ほど抱っこしたり、一緒にゴロンとしたりなかなかいい時間を過ごせた。これから、おれとも仲良くなれそうだったのに。
ネコは自分にとって人間のオンナ以上にオンナというか、オンナのエッセンスのような存在だから、特にいい雌のネコというのは「GIFT」以外の何物でもないわけだった。オンナのヒトとはカブってそうで別のもの。でもどっちかだけにしなさいなら、いまやもう、間違いなくネコ、だけど。店長もこれからちょっと辛いと思う。オトコとネコもこれまた、えらい違うよねえ。
ひとつだけ救われるのはGINAは営業しないネコだったことだ。プライヴェートなネコでいてくれたことは少しだけ慰めになる。
みんな先に逝ってしまう。ほんと、ツライですね。ちびっこだったものがどんどん自分らを追い越して先輩になって逝ってしまう。毎度のことながらそれは「不条理」に感じます。GINA、安らかにね。
2014年03月08日
たのしかったね
飛び散った流れ星
Last Decade
かつて粒子 以上by さかもっちゃん、笹尾、店長、plus にしけん。
高瀬仁のテーマ
末端肥大で悲哀 以上by 高瀬。
スカイジッパー
Dr. ソウル 以上 by 岩崎。
真夏日 by さかもっちゃん。
Squeeze me tenderly by ザ モルモッツ
ここまでみなさんによるtributed to おれ、二回公演ありがとね。
お返しに
I'll never fall in love again
The revolution
Nothin' but flowers 以上by おれ。
不発弾(啓蟄、土曜を逃げろ)。
面白かったし、予想通り今までにない高品質だった。宙に浮いてた曲も「成仏」できてよかった。店長、歌詞だいぶ間違えとったが。まあでもその一生懸命度には惜しみなく賞賛の声をおくるのね。good job!
次の「Moelabo」へも繋がる何かがあると思うな。次回は5.3ほぼ決定です。すっぽんぽん'ズの参加も決まってます。今月中に2曲レパートリーが増えるし。なかなかゴージャスで楽しい「文化祭」となるのではないでしょうか。モエラドに100人ぐらい集めたいなあ。いろんな「実験」がすでにin my mind。
最後になりましたが、
Many thanks to all concerned for what you've done.
2014年03月06日
啓蟄だ!
啓蟄といえば恒例の、Tribute Live para おれ、ってのが本日開催される模様です。今回は初めて質、良いのでは。今までは何だったのか、な?
ようわかりませんが、でも昨夜のリハ!を見てると、そんな予感がしました。
おれも、カスレ作って参加します。当たり前か。ま、そのう、春の行事を粛々とということです。
是非、みなさん。おれの歌が、声が嫌いという方も、本日はおれ以外の方も歌われますので。店長とかヒゲの男とか。アタマいかれてる大正人とか。余計あかんか?
ま、春の恒例行事のFINALですから、今年度の。みなさん、お誘い合わせの上、どうぞ。お待ち申し上げ候。
おれはバカラックでもやろうかな、と思ってます。では、現場で。
2014年02月16日
周年day2
そんな中、県の行政が、のんびりしてるかのように見える。国も日曜で開店休業か?小さい政府になればなるほどこんな時、勝手にどうぞ、となる。あたらしい公共なんて考え方もある。自助とか共助とか、なんか聞こえはいいんだけど、災害の規模によってはそれだけでは追っつかない場合がある。今度もまたそう。
Twitterなどで、オムツの再利用法とかが呟かれてたりする。良心は確かに残ってる。ヤバいやつもいっぱいだけど。ただ、その埋れつつある良心に砂かけるというか、それが政治というか行政によってなされるというか、そんな印象あります。中国政府と変わんないじゃん、それじゃあ。ヘリ飛ばそうよ。
被害が少なく、というか酷そうななだが既に、そう祈ってる。
さて、周年day2、無事にというかかなりおもしろく終えれました。アンサンブルの愉しさを味わえていただけたと思う。となりのおばあさん、壁叩いとったけど。
今日は最終日。北村くんと中西くんとの変則ギタートリオplus北林純。両氏にはソロでもやっていただこうと思ってます。ほんとは3DAYS来ていただきたかったのだけど、本日最終日、今日もいいと思う。グレード高いです。泡もたっぷり仕入れてます。お待ちしてます。昨日は元シェフが来てくれてた。懐かしい方々もよければ。
2014年02月10日
5周年@the bottom of 中津
さてさて、TODO O MUNDOが中津へ逃げてきて丸5年になります。中津の底も最近様相が変わってきた。おれたちはなんも変わった気はしないんだけどね。人心は変容してます。移ろいゆくものに、移ろいいくな、とも言えませんから、ま、おれたちはユルさをみなさんに提供するぐらいしかできないけど、その価値とは見えにくいものながらまあないと困る、きっと困る、そんな風に考えてます。
まあ毎年、周年のライヴをやることにしてますが今年もいろんな一流ミュウジシャンーだははーをお呼びして浪速のカエターノと共演などを考えています。
今週の金曜日土曜日日曜日の3DAYSです。日によりGUESTが異なります。
金曜日。カオリーニョ藤原がやってきます。説明はいらんね。
土曜日。北村くんとさかもっちゃんです。北村くんはCVS COWBOYSのギタリスト。さかもっちゃんは最近何度か共演したCLASSIC VIOLINISTです。
日曜日。北村くんと中西くんか来てくれます。中西くんはFLAMENCO GUITARIST。FLAMENCOをやってもらってもいいし、一緒にRUMBA FLAMENCAをやる、かな。北村くんと3人でも。
どの日も20:00からです。ノー チャージ。ゆっくりしていただいて、一緒に祝ってくださいね。
曽根崎からすると16.5年。もうなんだかすべてのことが現実感に欠けるというか、夢みたいな気さえする。あんまりいい現実って実はないのかもしれませんね。夢もまた現実、でもありますが。
夢の中でシャンパン開けてちょうだい。では、お待ちしてまする。
2013年11月14日
TODOOMUNDOでこんにちわ
すいません。
本日からはまた「TODO O MUNDO exーO LEAOZINHO」となります。ほんとは「TODO O MUNDO exーO LEAOZINHO exーTODO O MUNDO」やん・とか言わないでいただくのが大人のマナー。いや、そんなことはないです。まあオトナの事情があったのは確かだけど、そういうことクリアになって、また皆様とこの一触即発の今を・この刹那の連続を過ごすことに相成りました。あらためて、よろしくお願い申し上げます。
TODOOMUNDO de novo。あー・すっとした。
todoomundo復活ライヴもやります。11月23日。またお知らせします。
今、奥の部屋をきれいにしていて、もうすぐひとが入れるようになります。このところの寒波で真ん中の部屋、おこたもSETされています。
さあ、そろそろちゃんと「営業」しようか。
どんな環境であっても「希望」を持ってやっていかなければいかないし、その希望とは「なんか面白そうなことが目の前にある・そんな予感」と言い換えることが出来る。
思えばこの数年、NEGATIVEを振り払う・そういう時期だった・そんな気がしてるし。TOTALとしての厄払いはもう済んだかな。
事故みたいに出会った中津の街も変化が見られる。これは芭蕉のいうところの「流行」。それはそれでそんなことはどうでもいいってのがTODOOMUNDOの「不易」なスタイルで、もうここは変われないし変わりもしない。
今朝は今季一番の冷え込み。お初鍋もそろそろですよね。電飾看板ももうすぐ変わります。
神経も感情もピリピリする時間帯ですが、その一部をTODOOMUNDOで一緒に過ごしていただければ大変嬉しく思います。
2011年05月12日
さて今週土曜日ね
今回も慎ちゃんw/フロマージュ来店します。
まあねえ・この集まり、ほとんど赤字の・店にとっては「バカ企画」なのだけども、みなさんの「So Happy!!」な顔を見るとセロトニンが大量に分泌してしまうのね。
今回も泡・白・赤、全部で7種類、飲んでいただきましょう・喰っていただきましょう。そして酔っぱらっていただきましょう。
明日の昼間一日掛けておれの担当分・仕込みましょう。意外なものもたくさん用意していますが、限定15名「要予約」です。もう数名空きがあったようななかったような。よくわかりませんので店の方に訊いてみてください。
5年ほど前までは、おれも「もっとばか」で、年間500本ほど飲んでました・ワイン。
しかもなんでもかんでも食い物の隣には「赤」があったような気がする。ばかですね。
しかし、ミスマッチもなんのその、思い入れもあったものだから、いろんな「意外な組み合わせ」を体感することとなり、まあわかりやすいところでは「マグロの漬け」や「蛸の煮物」などに赤は「Bom Demais!!!」ってことにもおなかの底から気づいたわけ。
最近は一穴主義はヤメて、芋の方にだいぶスキューしながらも、ワインはその合間に・って感じなんだけど、それでも時には晩飯に胡桃パンとチーズとちょっとしたサラダにワインなんて、シンプルながら、「Mui Bien!!!」もう他の食い物飲み物なぁんにもいらんけんね・ってな気持ちになることも多い。
そう言えば、こんなのも好き。日本酒と・大根おろしを摺って鰹節を大量にまぶし、醤油をかけ、それをメシにかける・というものであるが、ネコメシっぽいでしょ・しかし、もっとも高貴なネコメシ・とも言えんぢゃねーの・と自負するものである。ネコは大根おろし喰えんからね。そんなシンプルなものの頻度が高まる The Former Half of 6th Decadeではあります。
ま・しかし、そのよーなアブラとアクの抜けたような晩飯とは対極の「第4回WINE MEET」、いまだ・空きがあれば是非。きっと「お満足〜!!!」と思えるはずです。
2011年01月24日
満足できたかな?
今回はしんちゃんのチーズ隊も参加してかなりの充実・だったような気が。
ワインはブリュットに始まり、白はブルゴーニュのシャルドネ、今回はゾーヴィニオン・ブランはなしで、その後赤に移り、カベルネ〜カリメネール〜テンプラニーリョ。
FOODはなんか色々あったなあ。白用の食べ物作り過ぎやったね・店長。泡〜白で10品目ほどあって、それにチーズがたたみかけるわけで、なんだか「饗宴」ぽかった。で赤になるわけだけど、もう飲めません・な方々もいたけれど、それでも少しずつね・ってことで、しかしまたチーズは赤に合うわけで、結局「赤」はどーも・なんて言ってた人々も、「おいし〜いっ」てなってたよね。
まあ定番のカスレ・五香粉まぶしの焼きトン・焼き鳥・ブフキャロットとまたまたフードも怒濤・なわけで、いや「饗宴」でした・正に。
またやりましょう。ワカモノ女子が「これ・来ないとわかんないですね」と言っていたけれど、そうでしょう。まあ・やりすぎですが。採算度外視・だもんね。
しかし、おれも楽しかったです。サーヴィスするのって悪くないね。まあこちらも「飲みながら」ですが。そんなユルさは許してね。
SAMBA MAMBO・ってそんな乱暴な。
2010年12月26日
くるくるぱーの二日間だった
24は中国人生徒の友達たちがバイト終わりで集まる・ことになっていたが、これがまた集まりが一糸乱れぬ・わけがなく、集まるだけでかなりの混乱をきたし、さらにそこに韓国・台湾と異なる国民性が混ざり合って、極東サミットみたいなことになっていたのだった。
やはり「勢い」があるのは「CHINESE」である。というか「一人のチャイニーズ」とここは正確を期しておいた方がよかろうか・と思う。暴れ回っていた・が正しいと思う。授業中暴れ回ると、学級崩壊なのだが、まあそんなこともなかったことはないが、店で暴れるのなら、まあ少しは多めに見てあげるわけだった。
少し驚いたのは後から来た韓国の男子が、「申し訳ありません・タバコすってもよろしいでしょうか?」と訊くので、「どうぞどうぞ」と言えば、「目上の人の前ではそうする」という「目上って誰や?」と周りを見渡せばなんのことはない・おれでした。だはは。
「儒教」がいまだ見事に機能していて、びっくらこいた。ちょっとしたカルチュアショックよね。
後から来た韓国人も最初、おこた部屋にきつきつで入ってるのを見て、「なにこれー・狭過ぎー」と一応コンプレインしておったが、おれは「うそつけー」と思っていたら、案の定、5分後には「狭さ」を楽しんでいた。ダイジョーブよん・おれたち東洋人なんだから。
しかし、そのバカ中国人一名にヤラれ、落ちてしまい、ふらふらの体で家まで帰ったのだった。そして、翌日は冬期講習初日。
目が覚める。1:30である。「1;30かー」
ん? 1:30!!?
冬期講習は1:00からでした。
慌てて起きて、玄関まで行くならみなさん踊り場に溜まっていた。「いやー・ごめんごめん」
こんな時も「笑って終われる」そんな人間関係。こいつらみんないいやつ・なのである。もちろん、その分時間延長でね。
お詫びのしるしにみんなをクルマで豊津まで送り、さて次は「すき焼き大会」です。
おれはもうほとんど食欲・性欲・出世欲・にいたるまで限りなく「ゼロ」に近く、やっぱイヴェントが2日続くとなるとその2日めはややぐったりなのね。
気力を奮い起こしてなんとか店まで行く。店まで行けば仲間がいるのでなんとなく紛れる。
結局、14・5人いらっしゃいました。「おとなのすき焼き」どうだったでしょうか?
さすがに、終わった後そんなに飲めず、早々に帰る。みなさん、ごくろうであった。
そして早く寝て、本日は準備万端にて子供たちウエルカムね。
くるくるぱーの二日間だった。しかしなんとなく「ピース」なクリスマスだった。本意とするところである。
かっこいい。
2010年11月04日
文化の日だって
トドムンドではカオリーニョ藤原ライヴ。
相変わらず「快調」なカオルちゃんだった。快調すぎて、となりのおっさんの苦情が出たほど。
いや・これは皮肉でもなんでもないの。カオルちゃんのピッキングがかなりパーカッシヴだ・ってことの裏返しで、カオルちゃんのギターを聴いていると、ジャンジャカジャンジャカギター弾いてるヤツが「さる」に見えてくるほど、それこそ「文化」の優劣が顕在化するほどである。別の楽器みたいです。
みなさん・満足されて帰ったみたいでよかった。札が舞い・銭が飛ぶ、そんな投げ銭ライヴでありました。
ミックスされたてのホットなソロアルバムも試聴したが、少し残念だったのは、セルフ・プロテュースの「限界」みたいなものが垣間見えたことかな。一部でもおれにプロデュースさせてくれてたらな・と思った。
どんなにすばらしいミュージシャンでも(というのは楽器がうまく弾ける・歌がうまく歌える・そんなことはあたりまえのことで、さらにアレンジも出来、他の楽器も弾くことが出来・というレヴェルでさえも)、録音はやってるうちに、どんどん「狂気」に支配されて行く。だから、おれが言ってるのは、立場の問題であり、視点の問題なのだが、セルフ・プロデュースはそこがなかなか難しい。いや・ほんとに。
最初はクールに始まるのよ。それがある日を境に自分の作った音に自分のアタマが支配されだす。熱がクールネスを飲み込んでしまう・そんな臨界点が必ずある。そもそも創造とは「ゼロ」からの積み上げだから、そこにはプラスが「常に正解」という暗黙の了解がある。引き算・って勇気がいるのね。無限の足し算の誘惑。
だから、「おいおい・あのね」という視点が必要なんだね。
まあ・カオルちゃんもこれ「実験」だからね。実のある実験だったと思います。このカオルちゃんのソロはライナー・ノーツを書かせていただきたい。ていうか、勝手に書いて、持って行こう。そして挿入しよう。ないもんね、ライナーの入ったアルバムなんて、最近。
12/20の日に、いわゆる「レコ発」やるみたいです@RAINDOGS。おれも呼ばれてるので末席を汚したいと思ってます。
アグアズ ジ マルソ。師匠と弟子の絆・を感じる。
2010年10月25日
ワイン会からさらに
泡:モンムスー 焼き牡蠣ウィスキー垂らし
水菜とエノキのサラダ
白:シャルドネ タラ白子フライ
ピノグリージョ チャンボッタ
ソーヴィニオンブラン/セミヨン 甘えびアヒージョ
赤泡:レッジァーノ・ランブルスコ 明石ダコと小芋の煮物黒胡椒かけ
赤:ボルドー2種 マグロのカマ・香草鉄板焼き・バルサミコソース
オマケ赤チリのカベルネ ワイン豆腐
すねとすじワイン煮
ティラミス
コトリパンのドイツ風パン死ぬほど。
ごっつぁんでした。ですね。これで3000円ポッキリとは「持ってけドロボー」です。
裏話を言うなら、上の倉庫をごそごそしてたらモンムスーが見つかったのと、ボルドーは自分用に買ってたのを流用したから、こんな「奇跡」が可能になりました。もし次ぎやるなら(やりたいけどね)も少し「現実的」な値段設定になることと思います。
でもまあみなさん喜んでいただいてよかった。また普段のTODO O MUNDOもよろしくお願いね。
ワイン会に関してだけは「おれプロデュース」でやりたいです。
今週は、今日も寒くて、明日はもっと寒くて、明後日は更に寒い・と予想されています。
そろそろ、おこた「ALL SET?」と指示を出してます。「お初鍋」も、「READY?」と指示を出してます。
おれもお初鍋喰いたくなってきました。「おれと鍋」なんていう企画もよいですなあ。それ、いただきましょう。
またワイン会やろうね。
2010年10月24日
新しい公共・で人は死ぬ
それはマンガなら「めんどくせーなあ」という吹き出しがつくようなもので、もっというと「そんな厄介なことになりやがって」と思う気持ちが行為のそこここに窺い知れる・そんな感じの政府の「感情」だ。新潟の地震の時もそんな気になった。そうそう、沖縄の大学に米軍のヘリが墜落したことがあったよね。それって、今の普天間の移設問題の直接的な要因になったことだと思うのだけど。
そこんとこ「ん?」と疑問持ったのは、やっぱり「阪神・淡路」の時かな。あのときも「初動」はものすごく遅かった。
1995が東京とそれ以外が「中枢」と「末端」である・というような再構成の最中だったのだな・と今・わかる。1995と言えば15年前。まだ・世の中はマシだったし、人はまだ今みたいに「中途ぱんつな政治性」に毒されてもなかった。社会が「悲壮感」と「不審感」に包まれている・ということもなかった。
今・民主党の言う「新しい公共」という概念は「阪神・淡路」の経験から気づかれたように思う。民主党によれば:
「20世紀は、経済社会システムにおいて行政が大きな役割を担った時代でした。しかしながら、経済社会が成熟するにつれ、個人の価値観は多様化し、行政の一元的判断に基づく「上からの公益の実施では社会のニーズが満たされなくなってきました。そして現在、官民の役割分担の見直しが行われ、民間企業や個人と並んでNPOなどの民間セクターが重要な役割を担いつつあります。これまでの行政により独占的に担われてきた「公共」を、これからは市民・事業者・行政の協働によって「公共」を実現しなければなりません。これが「新しい公共」の考え方です。」
なんてことみたいである。
つまり、政府が、「これがイんぢゃない」とやったことが、みんなに「それズレてるよ・そんなことじゃ・ねーよ」と言われ、「だったら現場のひとでやってね・そこんとこよろしく」
ということだ。
これは、平時なら、それでもよかろうと思う。そして、いわゆる「小さな政府」の根拠にもなる。だから「平時」なら、それでもよかろう・だ。
問題は「not平時」にもこの考えを当てはめたいのだな・と思える点なのね。
今は、すでに普段がすでに「not平時」だったりする。爆弾こそ飛んでこないが、精神的に「いつわたしは堕ちて行くのだろう」という不安と現実的な危機にみんな脅えている。それが普段の生活で、そんな中、災害が起こる。
三日で900mm降るとは想像もできない雨量だ。想像力のない方と算数の出来ない方に僭越ながらお教えする。1cmが10mmである。10cmが100mm。では900mmとは90cmである。約1m。これが「平坦」な地面に降った量なのね。ご存知のように島の地形というのはアフリカの、地平線が見える草原のようなフラットではない。早い話「でこぼこ」だ。「でこ」に降った雨は「ぼこ」を求めて下に流れる。単純に考えて、でことぼこの面積が1:1であっても、「ぼこ」に集まる水量は2倍の1.8mとなる。人は低地に住むものだ。おれたちの身長は170〜180ぐらいよね。川が最終的にその水量を回収するにせよ、「ぼこ」地域を通った後に川に注ぐわけでしょう。えらいことよね。そんな「実感」からものごとは考え始めるべきだと思う。
国庫支出金ではなく地方交付税交付金を増やして、地方の裁量を大きくし・と言うのって、「地方分権」なんていう謳い文句(なんとなく耳ざわりいいよね)とともに「改革派」と言われる首長が声を上げていて、なんだかみなさん、それがいいなんてことにもなってるが、おれには、現在オノレの失政により、格差の生まれた「地方」をそのまま放置するための方便に聞こえる。「新しい公共」とはなによりもその考えに奉仕する言葉に聞こえる。
要するに「災害」が起こったときにも「まあ・キミらでやってよね」ということだね。
ブッシュのカトリーナ時のニュー・オルリンズに対する態度は新自由主義のアメリカならある意味「当然」の態度だったのだ・と思えば納得できないかな。「健康保険」ないんだぜ・アメリカって。国が地方を・または個人を「助ける」という「発想自体」が存在しないわけね。共和党のティー・パーティーなどは早い話リバタリアンの巣窟であって、次の中間選挙ではオバマの民主党は大敗を喫するという確率の高い予想だったりする。
おれたちもメディアの言説とか、過去20年ぐらいの「自分のことは自分で」みたいなある種の「洗脳」によって、オノレのトラブルはオノレの責任みたいに「刷り込まれ」ているが、特に今の30代・40代の人々そうだけど、そのアメリカナイズ/新自由主義の教育は中国の「反日教育」と相似だということも気づかないといかんとおれは思う。
災害というのはメディアにとって単なる「ネタ」に過ぎず、東京から芸能レポーターに毛の生えた程度のバカキャスターを派遣し、とってつけたような深刻顔も嘘はすぐばれるし、本当に現在困ってる方に「今どんなお気持ちですか?」など訊くんじゃない。「自分は安全」という特権の元でのそんなこともう辞めたら。
こんな話もある。
奄美は鹿児島県でその選挙区の民主党代議士が「小沢くん」のグループだから政府は「動いてあげない」という話。本当なら、ひどい話。
釣魚島のことになると「国」が・・とか「国家の」・・・みたいな話にすぐなるのだけど、アホですかキミらは。奄美とはまぎれもない「日本国」じゃないの。しかも人がそこで生き、そして死んでいる「国内」の話だろ。それに関して(何に関してもコメントしないおっさんだが)管くん、一言でも奄美のことに言及もしない・では、あかんよ。両陛下はコメントしたよ。うまいもんばっかり喰ってるだけじゃダメよね。突然の美食家変身は元社会活動家にはみっともない。
これらすべてのことが「新しい公共」という考えを消極的納得させるための布石に思えるのだ。それは嫌な話・「じゃあ・しょうがないから我々だけでやろ」という有志の方が現れれば現れるほど、政府は「よしよし・いひひ」となる皮肉も内包する。意図的に流布される言葉にろくなもんはない。
dubliners
2010年08月15日
お盆・敗戦記念日に
昨夜・店へ行く前に「日韓」の番組を見ていた。今年は韓国併合100年・ということだから去年から今年をターゲットに「半島と日本」というテーマの番組が多かった。概してどれも良い出来だったと思う。NHKはそういうときはいい仕事をする。ワカモノ向けの番組は「死んだらいいのに」ながら。
お盆。いろんなところに「死者」が帰ってきているのだろう。このお盆、仏教行事のような気がするが、先祖供養という事から考えると、それだけではないみたいである。やっぱりそこには神道の意味がある。まあ日本人得意の習合の成せるワザだろう。穏やかな気持ちになれておれは好きです。
夏もこの時期になると「終わりの始まり」みたいな予感でやや切なさに包まれる事も多い。それは「無常観」と通底すると思われるが、自分で自分を分析するのはあまり好きではないので放っている。日本人はデカルトせんでもええよ。
昨日の日韓の番組でも見てて思うのだけど、西洋諸国の相似形として東洋を見てしまうのはやや違うなと思う。東アジアも結局おれたちの実体験した時期の方が「特殊」だったのであって、その力関係は「古代のそれ」へと収斂して行くのだろう。それがいいと思う。1億三千万・と5千万・と13億ではやっぱり最終的なパワー量が違う。日本・韓国・中国の人口だけどね。それに日本はいち早く脱亜したつもりだったが、欧米の考え方自体の継続性が問われる時代だ。極論だが、「人権」は重視されるべきではないのかもしれない・ほどに思えるときさえある。
科学者たちの「信頼の置ける予想」として人類の歴史は続いたとしても今後「数千年」であるとする説がある。おれはもっと短いような気がしている。人類が人間として生きる事が出来ないようになった時、ただサヴァイヴァルしているからというだけでは意味がない気がするからだ。でもそれは、このように考えると冷静になれる。
地球の歴史は46億年とされているが、では地球の寿命は・と言いますと120億年ほどある。もちろん最終盤には生物の住める環境ではなくなる。その頃には太陽に呑み込まれるだろうが、例えば2億年とかのレヴェルでもいいが、当然人類はそこにはいない。地球の陸地はまた「パンゲア」のような巨大大陸に収斂し、もう一度造山活動によって別のチョモランマやキリマンジャロができている。太陽は1.1倍ほどに膨らみ、月は0.9倍ほどに見えるだろう。月は少しずつ地球から離れて行ってるのだ。
月は空気がないので「風化」がなく、ひょっとしたなら、人類の痕跡がそこで見つかるかもしれない。基地の跡とか墜落した宇宙船とか。それって見つけられないと寂しいけどね。
しかし、地球は時に環境的に厳しくはなるものの、歴代、生物を生み・育んできたという実績がある。つまり、「次の」知的生命体が登場する確率が極めて高いという事が出来る。過去を見ても、ヴェロキラプトルなんて二足歩行していたし、集団で狩りをしていたし、巨大隕石の衝突さえなけりゃそのまま進化して「爬虫類型ヒューマノイド」になっていた可能性がある。コンピューターを触るラプトル、これが現実の姿になった可能性は高いと思う。
おれたちが恐竜を発掘したように誰かから「発掘/発見」されるわけだね。そしてそういう繰り返しが十回ほど繰り返される可能性もある・と見てる。人類を進化の最終地点とする味方は「傲慢」と言えるだろう。よくほら地球の時間を時計で表して、人類が登場したのは11:59:59ぐらいでした・という喩えあるよね。その考え方に異を唱える人たちもおりまして、それは地球の寿命全体を12時間にしようよってことなのね。そうなると今は4時台ということになる。まだ地球は半分も「生きていない」。そして人類の歴史は千分の一秒ほどにしかならない。だからそんな生き物に「本格的知性」を期待できないかもしらんでしょう。たしかに世の中には頭のいい人いらっしゃるが、しかし、その生きるタイム・スケールに限界がある限り、その普遍性にも自ずと限界があるって気がします。例えば、それはおれたちが飛鳥時代を見て、そこにある種の「限界」みたいなものを感じる事と似てるかな・似てないかな、どっちかな。
もう急速にある方向へと「加速度」ついて走り出した人類が行き着く先はどこなのだ・と考えるが、今すぐではないにせよ「悲劇」が待っている事は間違いない。そりゃ絶滅するんだからしょうがないんだけど、できればモルヒネ打ちながらの終焉なんてのが望ましいよね。何世代か先の話ですが。
今は「意外なことに」氷河期の中の「間氷期」でバカの金の亡者たちが温暖化がどーとか言っ
てますけど、地球はまたいずれ「スノー・ボール」になる。この1万年ほどがやっぱり「温暖」で恵まれていたんだよね。だから農業が可能になった。
巨大な視野からモノゴトを見ると、これまでの生物の歴史は地球の一ページということがよくわかり、それだからかえって、人類や生物、もっと身近なところでは家族・祖先、知り合った人々・イヌやネコ、そこらへん歩いててすれ違った人々を見る目もちょいと「潤む」ってもんである。
フラミンゴで「ゆる〜い」ライヴが本日あります。一部25日のための公開リハともいえますが、「体感温度マイナス3℃ライヴ」でもあります。ヒマで狂いそうな方・体温下げに来ませんか。
2010年07月27日
激務の後のばかオヤジ
やっと立ち入りが赦されたションベン横丁のスナックでも柴犬のけつ触って噛まれとった。ばかオヤジ。
最後はいやや・言うてんのに「キャバクラ行こう・キャバクラ」という話になり、ファンダンゴの並びのキャバクラにおれを引っぱるからけつにローキックして、放置して帰ってきた。ばかオヤジ。頭突きのし過ぎでアタマいたい。
タチの悪い酒はほんと困ったものだ。今度来やがったら、ハイキックである。ほんまに死んで頂きたい。
2010年07月17日
演歌ボッサナイト
20:00より2stg。投げ銭制です。もう知ってるよね。カオルちゃんのアジな歌とギターのハイパー・テクをお楽しみに。連れ(キング・浪速のカエターノ)・弟子(ボッサ姫)も臨戦態勢で飲んでます。本日は幸か不幸か先週みたくご予約なしなので、真ん中の部屋でだらけても聴けます。
そして、ここからは個人的/業務連絡です。monile1780@mac.comのアドレスが不安定で受信便秘を起こしておりますので、メールは「monile9@gmail.com」の方へ御願いいたします。
2010年04月17日
「USTREAM」@TODO O MUNDO
本日の出演者: カオリーニョ藤原。さて今夜も「時代に逆行」なライヴをぶちかましていただけるでしょーか。ゲストはBossa PRINCEZA YUUMI e 浪速のカエターノです。
http://www.ustream.tv/channel/caorinho-fujiwara-live-todoomundo
2010年03月08日
53年目最初の日々
少数精鋭のトリビュート・ライヴ、なかなかおもしろくて、かつ感動的でもありました。
しかし、あれだね、みなさんが歌える歌は見事に「non-脱国境系」で、そこに作曲家としての「幅」を見たりするわけだったね。リズムに依拠して音楽作っとらん証拠でもあります。そこらへん「・・・・音楽」やってる・というその・・・・はいろんな国や地域が入るのだけど、それはノリだけの話であったりして、曲も詞も書けとらんひとたちわんさかいたりもするわけで、難しいね。
リズムも詞も曲も混じって消化されて一体化することが音楽のおもしろさ/すばらしさであったりする。そこんとこ、「批評」するべき言葉を持ったニンゲンに出会ったことがないというおれの不幸もある。
さて、来週は「ラフレシアン・コムプレックス」です。11回目。梅田レインドッグスです。いろいろ新しい試みがなされています。若手の成長も見られるでしょう。見られない場合もあるでしょう。イヴェントとしての形態も今回は気を使っています。
前売りはなく、行くよ・といってくれたヒトはフロントで前売り料金で入れます。別に自主制作した整理券的なものもトドムンドにあります。それも前売り同様です。
そして、The LABEL Rafflesia および TODO O MUNDOへのリンク完了しています。どしどし訪れてくださいね。
Elis Regina canta "Formosa"
2010年03月06日
啓蟄だった
個々のムシは実は苦手。概念としてのムシですね。あたたかい季節とともに現れる「生命力のシンボル」としてのムシが出てくる日に、おれも「こんにちは」したのはかれこれ52年前ということになる。
各方面からのお祝いのサムシングをいただいた少数精鋭のみなさま、ありがとうございます。まあ・別にめでたくないけど、なぁんて斜に構える態度の悪さのここ数年でしたが、今年は去年から色々あった中でのANNIVERSARIOということもあり、ここはひとつ素直な気持ちで感謝申し上げるのである。お誕生日近辺は悪い「気」がもっとも入り易い時期で、それを友人家族のチカラを借りて「どひゃー」とか「ずかーん」とか「ひゅーひゅー」なんて言葉にならない声などで、ガードするというわけだった。意味があったのよね。いや・少数精鋭のみなさん・ほんとにありがとうございます。少数精鋭ってのがポイントよ。
この時期バースデイ・シーズンである。しかし、何かにかこつけてさわぐ・なんてのはこの沈みがちな21世紀のメンタリティにはいいのではないか・と思ってる。
本日も@Todo O Mundo、なんかお祝いをしてくれるみたい。なんか、「おれトリビュート」ライヴもあるらしい。恐縮です。でもおもしろいものが見れるかも・多分。
きみを「損なっちゃった」よね。この場をお借りしてお詫びしたい。
2010年02月26日
ustream , go!!!
USTREAMの第2回放送が今夜もうすぐからありますよ。
今回のタイトルは「ハッピィ・バースデイ・眠り髭」です。
眠り姫の間違いじゃないの?
ううん・眠り髭よん。
ヒマで狂いそうな方・よろしければ。
2010年02月15日
周年御礼
さてと、ここからだよね、現実的には。
いろんな発信とオープンマインドが大切かな・とおれは思ってます。いいヤツと出会いたいですね。せっかくの「場」だから。
まあ将来のことは「未定」であるから、何が起こるか・なんてわからないけれど、結果を怖れず、ベストを尽くすぐらいしかないですからね。できるだけ「明るい思想」でね。
最近、最後までどうも店にいられない。何故か? わからない。最後までいない方がきっといいのだ・と無意識が告げている。いろいろ気を使う。ヨッパライの不毛の攻撃も後味悪い。まあきっとそんなところなのだろうけれど。酒に関する体力も落ちてきてる。
昨夜は「YOU STREAM」の実験をやってみた。店内の様子をリアルタイムで配信するのだけど、まあモニター注視しているわけではないので撮られてる側にはそんな自意識もなく忘れちゃってるのだが、まあなにかイヴェントの際には発信をしてみたいわけである。一応ターゲットは世界中なのだが、きっと見る人は一桁人だろう。それでもいいか・と思ってて、しかしその無駄打ちがやや好転されるためには、「ラフレシア」であるとか「トドムンド」であるとか「浪速のカエターノ」であるとか・そんな単語をもっと「流通」させないといけない。
おれたちのパブリシティべたはなかなか自信があって、そんなことであるから、自己満足に終わる可能性も大ながら、ややヒントになることではある。
しかし、店やら音楽やらやっていて最近思うことは、このサイテーな時代を共有している人々とはなんとなくコミュニティ的な付き合いにならざるを得ないところがあって、そこはとってもいいことだったりする。もう一歩踏み込んでみたいところでもある。
さて、これから「バースディ・シーズン」である。たまたまだけど。なにかにかこつけてわーわー騒ぐのはこのサイテーな時代へのレジスタンスみたいな気がしているが、何かの先送りかもしらんが、先送っとくことは基本的に悪くないのである。
粋な男をいいオンナが歌う。
2010年02月14日
明日は周年
カナダはしかし、その先住民政策に関してアメリカよりはずっとマイルドな手法でやってきている。そこは救われる。軍事同盟を結んでいるのは日本と同じだが、必ずしも無批判なアメリカ同調という態度を取らないところも好感を持てる。最近の語学留学はニュージーかカナダと相場が決まっている。セキュリティの問題が解決されているということだ。カナダ人は元々アメリカからやって来た人々だから、根は同じながら、元イギリス人も元フランス人も、どっちかになることを強制することなく共生しているところは知恵があると思う。
カナダ人と言えば、ニール・ヤングがそうだし、リヴォン・ヘルム以外のザ バンドのメンバーは全員そうだ。カルガリー五輪の時はロビー・ロバートソンが、開会式の音楽監督をやっていたと記憶する。
冬の五輪はどの競技も技術がより多く必要だ。国別の入場を見てて思ったのだが、ヨーロッパでも温暖な地域・例えば南欧のスペインでも10数人の選手団、ポルトガルにいたっては「一人」だった。中欧・北欧はそりゃ多いが、それでも日本より多い国はそんなになかった。どこもお金ないのね。と、考えると日本は「あるとこにはある」ということになるな。国威発揚のためにはお金出すねー。それでも前回はメダル一個だ。
冬の五輪で面白いと思うのはなんと言ってもアルペンの滑降。今はダウンヒルっていうのかな。アクセル・スピンダルという恐ろしく速いスキーヤーがいる。ほんとにこのヒト、おっそろしく速い。時速160kmにもなるという。人間が機械のチカラ借りずに出せる最速ではないのかな。
スピード・スケートの1500mってのも面白い。この距離は短距離と長距離の両方の選手たちが出る。短距離の人は間違いなく失速し、長距離の人は間違いなく後半盛り返し、というのが際々のところで繰り広げられる。「いいですよー・いいですよー」の解説の人は今回いないのだろうか。
あとはアイスホッケーかなぁ。こんな時しか見ないが、これは燃える。球技といえばこれだけね。なんか、いつも思うのだけど、すごいもんを見たいね・どうせならね。
さて、明日日曜はTODO O MUNDOの中津来て初の周年です。まあ、だらだら飲むのがメインだけど、ちらっとだけライヴも前半にあります。チャージは1000円です。フードつき。その代わり、みなさんスパークリング開けてよね。お願いいたします。いつも通り18:00から開いていて、ライヴは19:00ぐらいから始めて、そんなに長くはないです。
前祝いに何人か来ていただきましたが(オブリガード!!!)、まあ明日は明日でジャスト1年なので。
では C U Tomorrow。
ラストワルツに於ける名演。
2009年11月19日
投げ銭やや不発ながら
難聴の方にはややきついか。
カオリーニョ藤原の投げ銭ライヴ@TODO O MUNDO・numero2。
カオリーニョ藤原を中心に、キングちゃんと浪速のカエターノが時にチャチャ入れる・というスタイルも二回目で定着したのかな。背後からセメる・ってのもコミで。
高校時代のヒトんちでスタジオ入る前の練習みたいな・そんな雰囲気もあるが、ヤッテル内容が高校生ではない。プラグドならそのまま録音して、ライヴ音源にもなり得るほどのクオリティなんだからさ。
ただもうちょっとお客さん来て欲しかった。ひとりひとりに投げ銭の負担がかかるよね、少ないと。匿名性が低くなって。でも来て「投げて」くれた方ありがとう。パートのおばちゃんは・残念。
でも毎週やるとそりゃしんどいか。特に来る側が。
でもまた突発的にやりましょう。
でもやっぱ、値打ちを感じていただかないことにはどうしようもない。感じて。
ノエル・ホウザ
2009年10月23日
BOA NOITE!!!
くそー・である。
ほんまにくそー・だ。
病気になる。あーいうところに30分もいると。
それにしても、昨夜は楽しかった。気合いも入りすぎず・抜けすぎず。どなたでも楽しめ、気も楽で、ナチュラルな盛り上がり。背後から客をセメる・という手法を編み出すカオリーニョ藤原エラい。狭い店ならではでした。キングちゃんもあれくらいの量のブルーズなら、ヘヴィでもなく、かつ・やった気にもなるよね。おれも燃え尽きず、軽く、アーティスト部分だけいい感じに刺激され、だから創造意欲が湧いてたのだ。それをあの大阪市法務局の・・・、
まあ・ええわ・ユルしたる。
最高のメロディが浮かんだ・と思えば、消えていき、テレコを取り出せば、やっぱり、記憶通り電池がなかった。そりゃそうだ・と思いヨドバシカメラにICレコーダーでも買いに行こうと思い、じゃあついでに法務局も行っとくか・となったのが大間違いだった。
今日は途中で大間違いの大失敗だったにも関わらす、昨夜はそのプロトタイプ作成の実験ライヴとしては大成功の「奇跡的にいい夜」だった。中津で初めて、曾根崎の「あの」感じが出た。こっちこじんまりだから、余計なんというか密接な感じもするわけよね。ゲラちゃんのような小型相撲取りぐらいのヤツが居ても何とかなりました。なんとかなるもんだね・なんとかしようと思えばね。
今後はあの時間空間をできるだけ多くのみなさまに味わって欲しいものだ・と思いました。入れ替わり立ち替わりね。鉄板の部屋がヒト入りきれなくなって、真ん中の部屋に人だかりがして肩越しにこちらを見ながら聴いてる・という絵を幻視する。きっとそれは現実となることでしょう。
できれば月イチでやりたいね。何かこれまで勢いがつきそうになると、ネコが死に、A美嬢がアバラを折り、Mタキが自分ジャーマンスープレックス投げっ放し・する・みたいなことばっかで、ほとほと「お祓いでもしてもらうべき・やっぱし」なんて思いかけてた。なんか付き合いきれんわ・という気分になっていた。
これまで、いーっ・てなってたのはただの食い物屋とかバーとかなんでもいいのだが、そんな視点にばっかり晒されていて、そこにものすごく自分が「消耗」してたことがあった。いや、もちろん、そこは大事なところで、それが中心なのだけど、もちろんしっかりやっていただかねばならんのだけども、それだけ・という評価の視点はやっぱりややツラい。
昨夜やってほんとに良かった。メゲることだらけで、もうどうしようか・などと思っていたところに一筋の光が一瞬見えた。そこは幻視ではないことを祈りたい。ていうか、今度また意識して見るし。
しかしMCのヤツの服・派手過ぎではないのか。ボランはVo.G.共にグー。
2009年06月21日
よかったら・ね。
本日は大皿料理とドリンクオール500円自己申告制でやってます。チャージは1000円でそのなかには食べ物代も含まれているという良心の店TODO O MUNDOです。食べて飲んでわいわいやりたいわけだよね。
ではでは。
本日のネタばらし。ボサノヴァだけがブラジルのおいしいとこでは決してない。ビートルズをはじめとした当時のロックの影響が顕著なこんな曲も大変素晴らしいわけだった。真似って、したとしても必ずその人間が出るじゃない。自分のカラダに染み付いたものがある人なら余計にできたものはアマルガムとなる。
2009年06月16日
抵抗は無意味・でもないのかどうか
店の音楽にどうも「脱国境ムード」がイマイチ足らん・と思い、曾根崎初期〜中期にアホほど作った編集MDの代わりのCD-Rを編集しよう・ということである。
今、TODO O MUNDOは音楽の比重が低く、多分それは対面カウンターになったこととお客の特質の相乗効果なのだろうが、それとあんまり音楽に興味のあるヒトが来てないこともあるのだろうが、おれとしてはやや不満も残る。だから、少しずつそっち方面、版に焼いていこうと思ってる。
やはり作っていたMDの数は膨大で、そこに選曲家のセンスと聴く者へ対するくすぐりなんかもあったはずなのに、それが全滅してるということは、音楽の比重も低くならざるを得んなあ・と思うわけ。それはしょうがないことなのだった。
まあ、レジスタンスを始めるというわけね。自分の店でのレジスタンス・というのも変な話だが。
日本人は基本的に音楽なくても生きていける民族だ・といささか乱暴だが言ってしまえる。必要としている人々も一部であり、その中には必要としている「気」がしている人も多かったりするし、一時期のはしか・みたいなことになる人もその中の多数派で、だから、結局「良い音楽」これの定義は一般化できなくて難儀なのだが、もうそんなこと言う時代でもないのかな。であるなら、好きな音楽・ということにしとくのがいいかな。その好きな音楽に包まれて、お客もそれに反応してくれることが嬉しいのだけど、なかなか難しいのかもしれない。
まあ・それでもかまわないが、レジスタンスである。
しかし、一体誰に対するレジスタンスなんでしょう?
フェアポートのライヴァル、PENTANGLE。ベースは今リチャード・トムプソンとやっているダニー・トムプソン。喜ばしい皮肉だ。ひんやりするでしょう。
2009年06月13日
実験ね
となれば、やってきたことをやりつづけましょう・というわけで、豊津が中津に入れ替わっただけの生活、曾根崎が中津に入れ替わっただけの生活というものが求められるわけである。
新しい土地ゆえ、困難もそれなりにあろうが、ここで初めて「根気」なんて態度が必要になるのだろう。がんばってみたい。
「根気」に「がんばる」だって。環境は人を変容させるねぇ。受け入れるしかないもんね。お・「受け入れる」だって。
人と人は基本長い目で見て50:50がいいよね、と同様店とお客も50:50がいいよね。厳密には51:49かもしれないが、いや、なかなかそうはならんことはわかりながらの話ですが、当事者の事情にもよるし、しかし、理想的にはそんなことの方がいい。現場もそこだけではないし、廻り廻ってってこともある。
中津TODO O MUNDOでもライヴを敢行してしまおうか・と思ってて、奥の部屋をステージにして、一度実験的にやります。
曾根崎の定例行事がないのはやっぱりさみしかったりする。デッドエンドストリートのような無法地帯ではないから、爆音は無理だろうけれど、そこはややマイルドな味付けならばなんともないのではないか・という気がしています。美しい目の曲を選んでやってみよう。
日は日曜で時間は夕刻からがよいでしょう。
今度かその次か、またここか店のブログにてお知らせします。
季節柄、こんな気分だったりする。
2009年06月12日
バランスいい夜
昨夜はTODO O MUNDOバランス良く、可愛い女子が二人お座敷に、可愛くない髭野郎が一人・失意のアーティストが一人、松竹芸人が一人、スペイン帰りのおじさまが一人、失恋の女子が先輩と、というヴァラエティに富むラインナップだった。
男男男男男男・男、というイカクサさにA美ちゃん参りがちだったから、梅雨入りしたことだしねぇ・それはとっても良かったのである。
バランスとは大切である。インバランスは文字通り平行でも平衡でもなくなり、とある方向へとSKEWしていく。とある方向とは、まあ日によっていろいろだが、どっちでもいける状態と、もう行ってしまうしかない状態と、行って一生帰れない状態とがある。
店主として畏れるのはダイナミズムがあるうちはまだいいの、行ってもう帰れないっちゅうのが困っちゃうわけである。
昨日はどっちでも行ける「余裕」の状態でちょこっとどっちかにSKEWしたかと思えば、逆方向にも体重掛かり、ひじょうに心地よく、疲れなかった。疲れる要素はいっぱいあつたのに・だ。それはとりもなおさず、お客のヴァラエティの成せるワザであって、そんなのがいいなあ・と思ったよ・いや・まぢで。
バランス悪いのって船なら転覆である。
見た目の暑苦しさをその歌声とギターで見事にバランスを取るRON SEXSMITH。いやー・バランス・ってとっても大切ですね/ですよ。
2009年03月30日
もうひとつのTODO O MUNDO
歴史は我々の方が長いです。しかし、それは我々がというか、あるオトコが15年前ほど前から「ポルトガル・ブラジル狂い」になってしまったことが原因です。そして「言葉」とはその文化に関わるすべてのヒトビトのものである。だから「トドムンド」という発語を世に広めることはいいことです。
日本人はあまりに言葉に対して「カルい」と思われます。言霊の国の歴史と伝統は今や何処へ? という感ありです。すべての言葉を4発語へと縮めるようなことに関しては「なんかなあ」と常々思っている一人でもあります。そんなに急いで何すんの? という気持ちです。
いや、別に大したこと・何もしとらんのよね。縮める快感と、それによって対象の「矮小化」を計っているだけなのです。何故矮小化が必要かというなら、そうでもしないと、どんどん相対的に小さくなっていくオノレがモたん・ということに尽きます。すべてをカルくしないことには、現実に潰されてしまうヒトビトの「嘆きと叫び」がそこにはあり、しゃーないなあ・ということなのね。情報がヒトビトのこゝろを蹂躙しているわけです。
浜松・というからには、トヨタ関連の仕事場がたくさんあったのだろうことが想像出来ます。カエターノが東京・大阪、そして名古屋で公演したのも、マリーザが大阪には来ず、東京・名古屋だけだったのも、在中京のブラジル人の存在が理由にあります。公園でカポエイラの練習をしているなんてこともあると聞きます。
あの、フィリピンの、不法入国でおとうさん・おかあさんが強制送還されたあの女の子の例を引くまでもなく、日本は「外国人」に対して非常に冷たい国です。その冷たさは「時代錯誤的」で「イナカモン的」の両方の性格をもちます。気分は「いまだに鎖国」なんだなあ。外部の者に対する拒絶感はどこにでもあります。「都会」ではないんだね。歌舞伎町やらそう言う一部を除けば、ほんとの意味では。都会が良くて、村がダメという意味ではないですよ。どちらも、良さと悪さを兼ね備えていて、そのいいとこだけを安易にミックスもできない。しかし、どちらかにベースを置きながら、もう一方を改善して行くなんて姿勢がないと、社会は活性しないし、共同体の回復も有り得ない。
新聞等で報道されているように「TODO O MUNDO」はMUNDOを世間と見るなら、その意味は「みなさん」ということになり、文字通りMUNDOを世界と読むならALL OVER THE WORLDとなります。どっちもいいね。閉塞感からは遠くって。
おれなどはギター一本もってそこへ行き、ブラジル歌謡の3時間コンサートでもやっちゃおうか・ぐらいの気があります。
今はなきシネマアルゴにて映画「クアトロ・ジアス」の初日に開演前ライヴをしたことがあって、「ブラジル人を泣かした」こともあるわけで、ほんまに行っちゃおうかな。「浪速のカエターノ」でした。「浪速のルイズ・ゴンザーガ」でもありました、その時は。どちらの称号もブラジル好きの「他人」による命名です。自分で言ってるんじゃないのよ。
何度も言うけれど、トドムンドという発語が「奇異」なものにならなくなることは「良し」である。そして、その派遣村が機能することを祈ってる。
困ったヒトたちがいて、そのヒトたちが自分を守ろうとギリギリのところで組織した集まり、そこへ名を付ける。そんな状況でのその名は「希望と連帯」を内包していものでなくてはいけない。それが「トドムンド」だった。発想としては同じであります。おれはそこんとこ「誇り」に思うし、自分のチョイスが間違ってもいず、かなり先の世界を言い当てていたことが良かったと思ってる。いつだって早過ぎて、自分が飽きた頃に世の中が追いついてきて・あ〜あ・なのだけれど、自分の停滞ってのもたまには変なシンクロがあるね・と思う。
おれの気持ちとしてはね、そのヒトビトすべてに「トドムンドのカイピリーニャ」をふるまいたい、と思ってます。









