2025年08月20日

母の手紙

たきこは高校卒業後、奈良の教育委員会に勤めていた。その頃の手紙である。

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寺山はうちの天理の実家に3泊したとママは言うてたな。その時のおばあちゃんの「寺山はん、まむし食べはりまっか?」にビビった寺山の表情について母からは何度も聞いている。

関西と東北・文化には大変な隔たりが当時は(今もかな)あった。当時、母はまだ名門(w)添上高校に在学中、寺山も青森高校の高校生である。しかし寺山の行動力・すごいね。当時あやめ池に住んでいた橋本多佳子に惹かれていたという事もあったのだろう。


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多佳子。「七曜」の主宰でもあり、母の師匠でもあった。自宅の裏の崖は「多佳子の崖」と言われていた。
15年ほど前に母をSAABに乗せて連れて行った。



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ここに出てくる「佳世子さん」は母の親友でとっても綺麗な人。寺山も「PANの中では一番のbelle」と評している。若くして(20代で)亡くなった。彼女の話をするとき、ママはいつも泣いていた。


そして寺山の唯一の短冊「詩人死して舞台は閉じぬ冬の鼻」おれが持っている・・・・・・はずなんだが、、、、、、どこ行った??????

そういうとこ、ほんまカス・である、おれ。






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2025年08月19日

寺山のハートにママが乗っかった瞬間

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寺山から松井牧歌への手紙。


かなり個性的な、寺山の字。


昭和29年4月13日



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2024年06月18日

と言いつつ、また泣いたが、、

「無間地獄」と去年以来「前期」この時期のことを指してよう言ってたが、もっと大きな無間地獄とは、母の晩年での母への伴走のことだった。自覚なかったけど・だはは、バカ。

客観視できる現実ならまだしも、もう大きすぎて長すぎて目の前のことでいっぱいいっぱいになり、「ここどこ?いや、そんなこと言うてる場合ちゃう」。日々をクリアすることでほんと精一杯。エネルギーはそこで尽きてたんだな・と振り返ってる。

まあ24時間・365日・2年半にも及ぶ「ママWatching」。それも日々・状況は「絶望」へとapproachingってさ。

そりゃ、精神の「軸」は別次元いってまうわね。「介護殺人」という現実は普通にあります。おれも大阪〜長崎・「行き来」していたから救われたけども(まあそう言いつつも帰ったらWatching継続なんだけどね)あれがベタ〜っと付き添いしてたら、もうほんとの「地獄行き」も可能性は十分あった。と言うより「Optionの一つ」になり得る。自分も死ねるかどうかは「その後」どんだけエネルギーが残ってるか・による。


いや〜・でも終わった。やっと終わった。お袋が「一般」を嫌い、おれもそれは激しく同意するから「施設」なんていう選択肢は全くなかった。側から見たら、介護4の母親が「一人で」実家にいる・「は〜?」だと思う。「なんちゅ〜こと・してんの?」だとも思う。

だが、「嫌」なもんはしゃ〜ないのね。時代と社会に逆行しながらも「簡易なテクノロジー」を使いつつ、できることはある。これ、おれの音楽作りのコンセプトとも似てるんだけど。


実家には何万句にも及ぶ「たきこの句」が残されている。家族・身内・お弟子さんに「選」してもらった「たきこの句」とともに灰になっていただこう・と直観した。こんなもん「常々」考えてるわけじゃないし、そんな余裕もなかったが、亡くなる前日に電撃的に弾丸ツアーで母と添い寝し、手を握りながら眠って、その後おれのご幼少期の写真を一緒に見て、もう何も喋れなかったがおれが不覚にも大泣きしてしまったからか母も泣いた。「魂が触れ合った」瞬間だった・と思う。確かな時間をシェアできた・とも思う。

まあ、おれたちはお互いに「マウント取り合ったり」その結果「罵倒」しあったりして関係を築いてきたのだがエネルギーの不完全燃焼の際には疎遠となり、完全燃焼の際には深く結びついてきたのだった、今思えば。実は/実にお互いがお互いに対して「ストレート」なのだった。

そのストレートさが、母が弱るに連れて不安・恐怖の中で、捻れていき、最晩年は変な当たり方もした。お袋が看護師・介護士に「当たる」のをヒヤヒヤしながら大阪から見つめていたりもした。

だが最後の最後に「魂」同士の、激しく言葉にならないスパークのようなプラズマレヴェルの交感ができた。なんかね、その魂同士って、おれのものでもお袋のものでもない2つだった・と今思っているのね。なんかもっと大きな存在の中の「おれパート・お袋パート」がぐるっと光速で回って向こう側でこんにちは・そんな感じの交感だった、今思えば。母がそういうところへ「戻る」直前だったってのが大きいのかな・とも思っている。


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家族が選んだ句がこれ。あおみさん「選」の句は母がTodo O Mundoを訪れた際に「ちゃっちゃっ」と書いてくれた句。残りの家族「選」の句たちは一人一人に母が「どう映っていたか」を示すものの一つかもしれませんね。なかなか興味深い。

葬儀では「お通夜」で20分ほど話をしたから、葬儀屋が横におって「10分」で終われよ・との無言の圧をかけてきたから、その理由が「火葬の予約時間に間に合わんかも知らんから」という「お前・鼻蹴ってほしい?」レヴェルのふざけんな(とおれが思っただけ)だったから15分にしといてあげた。あのさ、死んだ人間がこのおばさんで、喪主がおれやで。「誰の言うことも聞くわけないです」。一般が嫌や・て言うてるやん。まあ、知らんか。



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最後は誰かの母・ばあちゃん、ではなく『俳人』として送ってあげたかった。これからは本人は「関係性」からは自由になれるのだから。関係性は残されたものたちがそれぞれ考え・感じていればいい。最後の一月半ほどベッドから出れなかった「蔚積した」感情を自分の持つエネルギーで、花と自分の言葉を連れて空を海を土の中を自在に動き回ってちょうだい。自由を押さえつけられるのが一番嫌いだった・ことはおれがよく知ってる。

火葬のガス点火は喪主の仕事で、その際に思わず出てしまった「ママ・ごめ〜ん」は偽らざる気持ち。でもそれによってあなたが自由になるのなら悔いはないです。

今後はあなたの残した「句」をじっくり味わいながら生きていきます。意識的にこれまで距離を置いてたからおそらく「驚きの連続」で打ちのめされるかもしれないが(言葉を扱う人間としてね)、それがど〜した・パクったんで。あなたのものはおれのもの。legitimacyに文句つける人は世界に存在しない。

妻として・母として・祖母として・曽祖母として、Roll Playほんとにお疲れ様でした。そしてほんとにありがとう・ママ。

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2024年06月14日

母の死

バカ田大学から六甲の山上の(今年まで)女子大までは下道で2時間弱かかる。

BGMは「Raising Sand」Robert Plant / Alison Clausが鳴っていた。昼間の看護師さんからは「食べ物・飲み物を受け付けてくれない」そんなメールが来てた。なんか「ストローを噛んで摂取拒否」していたらしい。朝のセッションではおむつ替えにものすごく「抵抗」していた。鬼の形相・だった。陰部が「爛れています」と報告があった。これが毎日続くのは「辛すぎる」なあと思った。

そして昼・のストロー噛み事件。いつもは寝返りを打ってこちらとあちらにあるベッドのバーを持って安定を図らないと寝てもいられない。そんな様子だった。

それが、おれが梅新あたりを走っている時に見たお袋は上を向いて夏掛け布団を「ちゃんと」着て眠っていた。まるで誰かに丁寧に掛けてもらったかのようだった。おれは「生存確認」には画面をアップにして「胸部の上がり下がりを画面の揺れによって確認する」方法をとっていた。

その時は揺れだけでもなく確かに胸部は上下していた。朝方のやや苦しそうな大きな息ではなかったがこれまでもそんなことはあったから「大丈夫」と思っていた。クルマ運転しながらだから確認には限界もあり、昨日はまあまあR2混んでいた。到着がギリギリっぽかったので運転に集中していた。16:30始まりのところ、16:20ごろの到着だった。でコーヒーを買いに行き、授業を始めたがスマホは音声を落として画面だけを見ていたのだが、16:30のヘルパーさんが微かに「母の名前」を呼んでいるのが聞こえた。その声に応えない母親におれも違和感を感じ、ヘルパーさんとおれのメールが「交差」した。

ヘルパーさんのメールには「意識がありません。心音はしてます」とあった。急遽、看護師に連絡する。10分後に到着し、臨終を確認し、医者を呼ぶ。

母は、in my opinion、「死のうと思って死んだ」「もういいと思った」。意志があった・そんな気がしている。

死に姿がこう言うのもなんだが「美しかった」のだ。


今、母をwatchしていたカメラにはおれ「以外」のみなさんが集っている様子が見えている。彼らはこの数年のおれの「無間地獄」のような日常は、知らない。まあ、楽しくやっている。ハゲ比率高いな。ハゲ家系なんかい・


昨日、ちょっと店で飲みすぎた。今日の授業は、、、酷かった、だはは、ごめんちゃい。ただ大学はそうでも日曜の EJU対策のテムールンくん・ミラーンちゃん・オルギルくん・ハンガリドくんのためにはちゃんとやったで。是非頑張っていただきたい。venueは阪大ですね。


お通夜・葬儀は土日だが、おれが行けないことで母はもう1日だけ家にいれる事になった。看護・介護の方々が訪れてくれていた。本当に献身的な方がいらっしゃって、思わずカメラ越しに声をかけて、二人で泣いてしまった。

ほんまに早く太郎総理になって介護職100万円給料アップをしないといけない。そのインターフェイスは「過酷」である。インターフェイス現場にいる人こそ「尊い」。おれはその実感をこの2~3年間でいやと言うほど味わった。


ちょっと「腑抜け」になってしまっている。明日から喪主の日々であるのに。まあ言うても2日やん・とも言えるがそのあとまたこっちの無間地獄(と言ってた@2023)がまだ半分残っている。やる事少なくなって、楽になるはずなのに、なんか今日は「腑抜け」だった。二日酔いであることを祈りたい。

まあおれ、還暦すぎて突然マザコン・みたいな状況になってたからね。そんな気はないんだが、愛情の対象が母の晩年に「他と」被らなかった・そんな奇跡があったわけで。

別れた妻からは「素敵な方でした・・・・・・」

別れた前の前の彼女からは「長崎での楽しい思い出は鮮明に覚えている」そんなメールが来ていた。

もう彼女たちはおれを通り越してずっと大人であるかのような気がした。

山形健次郎にも連絡した。何かしら過去の栄光的なものを残したい・そう言っていた。だいぶ舌もつれとったが。寺山と山形とたきこ。母を連れて北海道大名旅行できて本当よかったな。


今家にいるおれ以外の者たちは、「母」であるとか「ばあちゃん」であるとかの意味をたきこに押し付けすぎていた。まあそれに乗るから相手もチョーシこくんだが。

おれだけはそんなたきこを「母」と言うより、まあもちろん母は母なんだけど、表現者と見ることもできる。

特に言葉のセンス。特に高尚とかではなく、そんな時もないではないが、平易な言葉遣いの中に鮮烈な「感情」が見え隠れする。その感情の「昇華」の仕方が見事だったりする。というか、他にない。堀内薫・橋本たか子・山口誓子の「直系」の弟子であるという強い自負さえあった。

その俳句ができなくなった時が「たきこの1度目の死」だったのだと思っている。。肉体の死を迎えるここ数年は普通のおばあちゃんと言うにはなんかちゃうが(それは看護・介護の方も感じていた)だがやっぱり余生だったのかな。余分な生・という意味の。

母を買ってくれていた人々もどんどん亡くなり、それと呼応するかのようにだが、一般的な・世間における俳句自体も「J」っぽくなっていってた。おふくろの本音は「しね」だったことを期待したい。もうちょっと別の言葉を使うだろうが。

伝説的俳句結社「牧羊神」そして七曜の同人として、そういう華々しさといぶし銀を同時に持つ経歴って長崎においては「貴種」であるからね。全国的にもそうそういない。まあ俳句自体が「マイナーな詩」という側面はあるにせよ。そうでもないんじゃないかな最近は。底堅いものも感じてた。おれは母との「弟子」になるのが嫌で、手を染めなかったが、いいのか悪いのかそれはわからない。

おれは作詞家・別ジャンル、とかいうてたおれが小さかったという気もしている。

その時代が一番幸せそうだったな。。長崎新聞社にも「顔」で出入りしていたね。ファンがいっぱいいたから。ちょうどおれと「仲悪い」時期ね。あかんやん。そういうことへの「罪滅ぼし」の意識があったのだろうか、おれの中に?

まあしかし、母は「亡くなった」。おれ、たきこは「不死身」だと思ってたんだよね。何度「これで最後かもしれない」と悲壮な思いで実家を後にしたことだろう。10回20回では済まない。だがその度に「復活」していたからね。

「余命」も一年ほど伸びた。おれが杖ついて実家へ行った去年の今頃、もう「あかん」と言われてた。米寿も無理だろうと言われてた。米寿plus 0.5いったやん。

もう母親とは話できないが、瞑想するとマントラに乗って連れて行かれた先で「会話」できそうな気がしている。おれ別にスピリチュアルはいっちゃいないのよ。

まあしばらく「まともな」会話できてなかったから。

さて明日一番の新幹線で長崎へ向かおうと思ってます。無茶早起きや。頑張っていただきたい・おれですが。





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2023年01月07日

さあそろそろ

母親との「合宿」だな。そういうことね。

まあそれでも介護の方達がなんやかんやおれができないことをやってくれるので、まあ自分の本意は叶えられている。ありがたい。

さて本日・最終日だけども予定が先送りになり(ご老人の食欲・ムラがある)朝からええ肉を焼いている。となると基本赤が開くわけで、膵臓やる前のaomi店長みたいな1日が始まる。

廊下の床が滑る。で、よくそこで転ぶとか尻餅とかそんなことになった時に床の摩擦があれば立ち上がるのに少しは役に立つのではないかというシロート考えから、ホームセンターへと行く。そういうマテリアルを探して敷いてみた。ちょっと実験も込みだからケチった。もしうまくいくようなら、ケチらず、全面そうしてみようか・とも思う。もうマテリアルは決まっている。


博多のあごだしで取った「もつ鍋のスープ」を見つけ、最後の晩餐(明日の早朝のフライトでback to  大阪)はそれで行こうと思っている。ニラもキャベツもモツもニンニクも鷹の爪ももやしもある。博多由来ならきっと美味いんじゃないか・と期待する。もう他所に食べに出る・が無理だから・ごっつぉう・は家で。充分である。

母からもらっていた自分の「誕生〜生後一年」ほどの間のアルバムを、引っ越しの際にこのままでは「紛失」するという危機感が募り実家へ送っていた。感慨深いものがある。

おれが生まれたのは昭和33年(1958)だから昭和の中期だね。終戦が昭和20年(1945)であるから戦後13年ということになる。保存がまあまあ良かったからかセピア色とまではいかないがしっかり白黒の写真のアルバムである。昔のブラウン管のTVも写っている。その時代へのnostalgiaがあるかといえば「いやそんなに」なのだが、それはまだ「意識」がなかったからなのだろうと思う。おれもまたそれらの写真を見て「知る・納得する」という作業を経て理解へと至る。

幼稚園〜小学生となると記憶ははっきりしてくる。だが記憶が「0→1」となったタイミングは一体「どこ?いつ?」というと大変不明瞭である。祖父との思い出がまたそれとは異なるサイドストリームとしてある。「武蔵坊弁慶vs牛若丸」という「ごっこ」が好きだったようだ。そして一間ほどの壁にひたすら絵を描いていた。ん?「絵?」御幼少時はアーティストやったか・おれ?だはは。

母も若かった。自分がこどもの母親となり、再生されたそんなことが表情から窺える。お袋もそこから色々と学び現実と同時に自信のようなものも受け入れていったのだろう。

おれが好きな写真があって、それは彼女が今のおれぐらいの歳だと思うが、こちらの新聞社主催の会場で「講演」をしているものなのだが、子育ても終わり「俳句に復帰」して「おばさんながら輝いている」。ある意味、中央の俳句界を知る俳人として、あるいは堀内薫・橋本たか子・山口誓子直系の俳人として・または寺山修司らとの「Punk俳句結社・牧羊神」の創設者として、話を聴きたいという人は後を絶たず、そんなことだった。

長崎の由緒ある俳句結社を任されたり、また「七曜の同人」としての「シロートを組織してグループで投稿」したり、随分とご活躍だった。そんな時代の写真である。

「母が死んだら、遺影はそれやな・と決めている。なんで、死ぬ寸前の「ドヒャー」な写真を遺影にしなきゃいかんのか・がよくわからない。そういう「正直」をおれは「頭悪すぎて」憎んでいる。何でもかんでも正直に・ってなんなん?刑事事件の被告ではないのだ。

年初の母との「合宿」はこうやって終わろうとしている。毎回毎回実家に行く度に色々発見がある。これはミュージシャンやアーティストとして即効性のないことだらけだが人としてはとても大事なことなのだ、となると、ミュージシャンやアーティストってのは世間的に見て、な〜んや・ぐらいの値打ちしかないような気にもなってくる。

おそらく半分・当たってる。こちらの国のミュージシャンやアーティストとして認知されてる者たちのアウラなど「アホの全面的な後押し」の結果だからだ。業界のアホとそこら辺のアホの共同作業の結果にすぎん・全ては資本主義によるFictionである。
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2021年06月23日

母のこと・など

バカ田大学で2コマ終わりスクールバスで駅近辺まで戻る。その界隈はこれまでも、そしてこれからも隆盛などというものとは無縁のエリアなのだが、たまに「食堂」で飲んでいる。

昨日など、卵焼きを焼いてもらってゲソ天・冷奴・餃子plus大瓶で1160円だった。「どんな元々デフレやねん」なのだが「驚くべき単価」なのだからしょうがない。世界は広い。

バカ田大学に行く日は「世間から隠れる」そんな印象がある。その活動はで世間では「カウント」されません・とかね。学生いないから余計にかもね。隣のスーパー高校生を輩出する高校とのコントラストも奇妙な感じ。そこにも今教えてる子がいる。

バカ田大学の日はおれにとって「歩く日」であり、アプリによると「6000〜9000歩」歩く。一万歩などここ数十年歩いたことはない。そう思う。おれは歩くの・嫌い。ちょっとそこまでもチャリで行く。

だが、歩けなくなったお袋を見ていると「移動できる・それも『自前の』能力で」と言うことは偉大なことであるな・と思う。そう思って古いスニーカーを捨てて新しく4つ買った。違う・5つだった。おれは基本、玄関に10足ほど脱ぎ散らかしているが、以前はサドルシューズだらけだったのが今ではPatrickだらけになっている。


お袋の膀胱がんが「ほぼ治って」しまった。発見されてから一年半。奇跡でいいと思う。大変ひどい癌だったから、おれは半分諦めつつも長崎へと通った。去年など(危険が極大化した時期だった)初夏に二ヶ月ほどいたし、夏も一ヶ月、正月も1週間、それ以外にも2〜3週に一度通っていた。継続は・じゃなくて(それ・頭悪い)反復が力だった。今年も桜の時期にPandaで行き、隠れた桜の名所に連れて行った。

お袋は「事故と病気」にダブルで遭遇する傾向があり、以前の乳がんも吟行の帰りにバカ親父の居眠り運転により蜜柑畑の崖を5m落ち、外傷性くも膜下出血の治療中に検査で発見された。

今回も去年の10月にコンビニの駐車場の車がバックしてきた際に当たられて肩を脱臼し、右手が動かなくなった。そんなこともあって、おれはしょっちゅう長崎へ行き「日常の買い物」をし、冷凍し、メシをつくり、あるいは作り置きをし、戻ってくる。うちの巨大冷蔵庫・なかなか貢献している。

県内に妹がいるが、お袋が脱臼した際に、やってきて、脱臼したその日の夕方に「わざわざ」お袋を前に座らせて2時間ほど「パワハラ」して帰るクソ女である。「わたしがせっかくゆっくりしたいと思っていた日に・なんでこんなことで来ないといかんのよ・にいちゃん、来てよ」。こんなこと・てどんなことやねんお前・殺すぞ・と言いかけてやめたが、そんなもん。「出禁」にしている。弟は弟で「早く施設へ入れろ」と冷たい。

まあ、お袋の葬式まで会うこともないだろう。姪っ子・甥っ子がたまに来て、お袋の写真を撮ったり、携帯をチェックしたりしている。妹へ情報を送っている。「ママ、これプライヴァシーやからな。人にスマホいらわしたらあかんねんで」といくら忠告しても孫には甘い。

うちの家は5人家族だったが「アーティスト」はお袋とおれ・であるから、その心のヒダの微妙なとこをわかってあげれるのはまあおれだけだし、そこを弟妹に「分かれ」というのも所詮無理な話。寿命がそう長くもない時間帯で、さらには「アーティストに冷たい」社会の中で、そんな「無理・無駄・無益」からは距離を取ってあげたい。

だがお袋の「お弟子さん」になりたい人は後を立たず、困っている。この発病からの一年半、おれはじーっと見てたが、「俳句へののめり込み方」は特筆すべきものがある。自分の俳句が「平安神宮」「東大寺」「熱田神宮」へ奉納されたこともあり、まあそういうこともお弟子さんたちには「効果」があるのかもしれないが、まあ言うても「牧羊神」オリジナルメンバーの3人のうちの一人である。お袋は橋本多佳子主宰の「七曜」の同人でもある。山口誓子からの「直系」。

3人とは「寺山修司・山形健次郎・たき子」だが、札幌の山形健次郎は健在で、この夏札幌まで行くか・という話にもなっている。山形は「寺山記念館」を作っている。この連休に東大の研究者が「寺山研究の発表」をそこで行う予定だったのがコロナ禍で一年延び、だがしかし、その前におれが時間作れる時に一回行っとくのはどやねん・という話になっている。

この夏の感染数が「極小」の時期に弾を避けるように機動的に行って帰る・というアイディアはいいと思った。おれも自分のやらなあかんこと山積してんのに、なんでそんな・と自分で自分に突っ込むのだけれど、うーん、よくわかんないが「親だから」みたいなつまんない結論になるのかな?いや、違うかもね。たき子だから・が正解に近いと思う。あの「集中力」に畏れ入ってる・と認めざるを得ない。どんどん、それ以外の日々の「短期記憶」は失われていってるが、「ご飯、何食べた?」はあっても「ご飯、私食べた?」はまだない。ストレスが短期記憶を司る「海馬」にはよくない。まあ重要性の問題もある。日々の些事など「重要ではない」んだろう。ある意味羨ましいし、そんな精神状態に正直「憧れ」もあるのね。


だが、癌が「消えた」のだ。すごいこと。人の体は「精神」で出来ている。これはおれの実感だが、B型は余計にそう思える。これ「実感」。おれがしょっちゅう行くことで、ストレスとは真逆の精神状態になれたとしたなら、息子冥利に尽きる・ということである。

変な話。おれは「コロナに感謝」している。グーで殴られるかも知らんが、だから「変な話」って言ってんじゃん。

長崎滞在とリモート授業を可能にさせてくれたからだ。これが平時が続いていて、お袋の癌だけが現実であったとしたら、おれは全ての仕事を辞めて「実家」で今生きていただろう。まあクソ維新からの被害からは距離を置けるが、だが大阪に大事な人間もまあいる。これは社会全般の話。テクノロジーの「いい使い方」をせずに、旧態依然のやり方でないと仕事じゃないとか考えてるサルの脳しかない決定権を持ったバカはまだ多い。行ってる予備校の理事長なんてその極みだが、そいつとか「見た瞬間アホ」なので、言うてもしゃーないなあ。だが、おれの「one&only」の立場を使ってとことんわがままを通すつもりだけど。理系科目全般教えれて学生に絶大な人気を誇る「他の人」探してごらん・ということだけどね。間に入る「中間管理職」大変みたいだけど。1週間・心労による休養で休んどったけど。ごめんね。

いや、バカが悪いんですよ。

お袋からその報告があったのが昨日。奇しくもその日はそこから別の病院へ「ワクチン・2nd shot」だった。せっかく癌から生還したのにワクチンで死んだら嫌やで、ママ。そんな身体張ったギャグ要らんしな。その歳でそれ要りません。





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2021年05月29日

@nagasaki

実家に戻ると自分用のデスクと6マン円のチェアが待っている。
最近15マン円のソファベッドも入った。寝ごごちはバツグン。普通のベッドも各寝室に置かれているから「ど れ に し よ か な?」状態である。長期滞在の折には、ベッドジプシーのようなことになる。

デスクとチェアとソファベッドは家具の二神の社長が70%offのトモダチプライスで準備してくれた。在庫処分できてよかったんちゃうん。だが気に入っている。「ニ方よし」である。

お袋は3週間分衰弱していて、つい最近、同じ結社の60年来の俳人仲間の方(95歳)と夜中に長話をして、その方が翌朝亡くなったことが堪えていた。

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「友のこと 案じつつ逝く 五月かな」  たき子


最近お気に入りの柿安の肉ともり漬物のすぐきやらなんやら、あんぱん屋のアンパン、Hatsutatsuのバタール2種を買ってきている。岡本のmon Luireのお菓子は句会用。

自分が「カンフル剤」となってかろうじて命を繋いでいるという実感がある。これは正味の話。

だから今年は仕事を抑えている。元々あんまりヤル気、ないのだ。自分のことも大切だから、あんだけチャラかった自分が、こんだけチャラくなくなってしまうのも、ある方面以外いい傾向ではないな、そんな気がしている。チャラいっちゅうのはその、ある方面が一番わかりやすいんだが、それは最も「表層」である。

今日は仕事入れていない。明日は帰る前に1sessionだけ。色々お使いを頼まれている。大谷くんが降板したら出かけようと思っている。ソファベッドの支払いも。

いりこと昆布、鰹節は彼女には欠かせない。毎日の味噌汁は必ず前日から出汁を取っている。この味噌汁の味がなかなかおれの記憶の埋もれてたものを浮かび上がらせる。厄介な面がある。今日は恒例の肉を焼こうと思っている。ローストビーフかな。

お袋は「原稿書き」をものすごく今やっていて、そこに関してはおれも邪魔できない程の集中ぶりである。内容はすべて「俳句」のこと。動かない右手でよくやっている。それでもその字は惚れ惚れするほど美しい。精神的には瑞々しさを保っている。見かけはすっかりクソババアだが。

札幌の牧羊神の生き残り、山形健次郎の「寺山関連の会合」がコロナで一年延期となり、「来年まで、、、」が親子内では暗黙の合言葉となっている。5月の連休。2022。

そこまで「カンフル剤」であり続けるつもりである。自分のことはまあ、もう少し時間はあるだろう、と、タカを括っている。



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2021年03月26日

結社 烽火

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2021年02月12日

たき子との日々

こっちきてもう2週間になる。気温は少しづつ上昇してきたように思う。

「短期記憶」っていうのかな?失われていきつつある。やや、こちらのハートにも痛い。本人もそこは「自覚」がある。あんなにいろんなところに同時に気の回る「秒速のたき子さん」がいまはその影もない。その原因であると本人も言い、おれも客観的にそう思う・昨年10月の交通事故による右肩の脱臼により腕が上がらなくなり、「字」がまともに書けない(本人談)ことからくる精神機能の低下が本人はものすごく腹立たしい様子で、事故の加害者が「一回しか謝りに来とらん」とご立腹である。

「保険屋が中入ってるから」とその度に諭すのだが、「短期記憶ゆえ」なんども「情けない」と繰り返す。

かつてできたこと。それも得意だったことに対するダメージは大きいな。みんなにこれ言えることね。

俳句のことに関してはよくやっている。そこがなくなれば本当に深刻だから、「最後の一線」はなんとか保ってる。

涙もろくなっている。最近も(おれが来てからだが)うちに出入りするお弟子さんのお母さんが亡くなった。隣の幼馴染のお母さんは・介護に行っていたのだが、どうも深夜に病院に運ばれたらしい。

そんな同世代の動向もまた、彼女の心に「ある種の諦観」を生みつつある。

新自由主義とはまた異なるけれど、おのれに対する「プライド」がなければいきていけないし、あればあったでそのプライドが「誰からというわけでもなく自然に」傷つけられることもある。「何にも役に立たんからもう生きてる意味がない」そんな言葉をよく言う。

太郎ちゃんは「生きてるだけで意味がある」と言うよ。山本太郎は「仏教者」だな。

おれもいつも大阪で見ている番組『モーニングショー」を見ているのだが、コロナの話題や森の話題には(特に後者)、嫌悪感を示す。あんまりそういうのは良くないな・エネルギー吸い取るな・と反省している。


定期的にこちらへ来ているが、「明らかに」変化がある。抗がん剤〜交通事故は痛かった。妹のパワハラも許せんが、お袋にパワーがあるときなら「反発」していただろう。弟の「施設へ入れろ」にもまた怒っていた。そこはおれも、今度会ったら殴る・とか脊髄反射したが。

16日に大学へ行って、そこで「もう入院はやめましょう」というつもりでいる。

まだ共通の話題で「かろうじて笑い合える」そこが頼りだったりする。おれのできることは「買い物に行き・何かうまいもんを作る」。それだけというのもまあこちらもまた「情けない」。

少しづつだがお袋のトータルのエネルギーが確実になくなって行ってるのが実感できるところがなかなかクルものがある。もうしばらくはいる。
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2020年11月28日

母親と

JRの東おおさか線だっけ、変なルートだなあ。大阪の東からやってきて神崎川を南北そして北から南へと2度横断する。グルーっと左回り回りして新大阪に着く。

実家にいる。お袋の体調を観察し、テレワークをし、買い物に行き、メシを作り一緒に食う。

今回はお袋の昔の文章がいっぱい「発掘」されていた。

高校時代のもの、長崎に来てからのもの、堀内薫について、高取英宛のもの(未完)、生まれに関すること、寺山のこと(修ちゃんと言っている。最近は)、もう多筆。いくつかはエッセイとしてもかなり秀逸かもな、と思っている。

おそらく、値打ちがある。旅行記のようなものもある。乳癌治療の際の思いとかも。

生活の不調・不満が動機となって深夜親父が寝静まった頃に書き出して朝まで、みたいなことだったらしい。おれは家を出て45年、その様子を知る由もないが、想像はできる。

動機はどうあれ、文章は美しい。不満や未練たらしいとこはほとんどない。ある種の「昇華作用」が書くことにはあったみたいである。世界とか宇宙を「そこに瞬時に創造する」そんな才能があるのだろう。

まあ確かに、おれのような門外漢にとっても、何かしら「変わっている」。お袋の句、だが。パンク俳句とまでは言わんが、視点のユニークさ・かな。多くのファン(まあまあいる)は「視点が新鮮」すぎてその発想はどこから来るのか?みたいなことは何度も聞いたことがある。おれは敢えて、その世界からは距離を置いてきたが、お袋の晩年である今、ちょっと向き合う必要性(必然性ともいえるか)も高まってきた。まあ、めんどくさいのだが、やらざるを得んよなあ。

まあ分析嫌いのおれが、分析しようとは思わないが、金持ちだったら句集を出してあげたいが、まあ今は「ネット上にアップする」という手もある。

ほんと言うと、お袋の句を「英訳」してみたいと思ってる。世界最小(最短)の文芸芸術である俳句。外国人で好きな人も多い。Slapp Happyのピーター・ブレグヴァドとかね。「haiku」という曲があるくらい。

はよ、それやれよ、と別のおれが言うのだけど、まあ些事にかまけてしまっている。おれも忙しいのよ。ビンボーのくせに。ビンボー故にという見方もある。そっちですね。だが、いつまでも言い訳こいてちゃいかん。

高校時代の、寺山たちとの「伝説的・俳句結社=牧羊神」のこともその当事者たちが、多くが鬼籍にに入ろうとしてるギリギリのタイミングでもある。年上優先かなあ。


なんか「大阪からは出ないでね」要請があったみたいだけど、おれはフライング。

正月はどうなるのだろう?とかちょっとは心に留めおきつつ、母親のいろんなサポートはやんなきゃな、めんどくさいけど。俳句バカ・と自称するお袋に対して「音楽バカ」とは言い切れない自分がいて、それは興味の幅が広すぎるからなのだが、だが、いつだって、generalist はspecialistに道を一歩譲ることになるのである。なんか不思議にそうなるのね。

ま、ええか、母親やし。
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2020年11月05日

地元に何かを

骨董屋 この菜の花も 売りますか


奈良・東大寺での今度の展示の句。
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2020年10月02日

Oct.1 2020

我が心 こうでありたい 満月や
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2020年08月26日

牧羊神の頃

修司よりたき子へ:

「林檎の木 揺さぶり止まず 逢いたきとき」

たき子より修司への返答句:

「薔薇もらう 素直に愛を 受け入れて」
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2020年05月27日

語録1

明るい性格は財産より尊い。
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2020年05月04日

in her high school days(@奈良、68years ago)

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2020年5月4日. 長崎新聞朝刊。


句評が、気に入らんらしい。わかっとらん、と。
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2020年01月14日

一月句会

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2019年12月11日

12月句会

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2019年11月12日

11月句会

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2019年10月08日

10月句会

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2019年09月11日

9月句会

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初夏の頃: 烽火

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2019年04月17日

4月句会

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2019年04月10日

平成最後の花見(9/4/2019)

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2019年03月15日

三月句会

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80うん歳の、今月からの新人お弟子さん作。
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2019年02月12日

二月句会

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2019年01月16日

一月句会

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2018年12月11日

12月句会

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2018年08月27日

2018の

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2016の

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2018年08月10日

長崎の日に

空は秋  ただ美しき  祈りのひ



鳴り響く  祈りのかねに  こらのゆめ




即興でも  詠まねばならぬ  駄句ばかり



「なくなっていく人、多い。そのひとの生きざまを知りかんがえさせられる。自分らしく生きねばね、価値がない(談)」
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2018年07月26日

ありしひの

在りし日の 夫の如きや 酔芙蓉

(ありしひの つまのごときや すいふよう)

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「酔芙蓉、野花、暑い日、梅雨に咲き、夕方は酒に酔っ払った姿になる。だれやらみたい。あの世に送ってやろうかな(談)」

実家の家の前に咲いている。中上健次の「夏芙蓉」もいいがうちの家の前には「酔芙蓉」とたきこは言う。
posted by 浪速のCAETANO at 12:21| 大阪 ☁| Comment(0) | 丸谷たきこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする