「ご無沙汰してます。お元気ですか?」
と、お元気ではないのわかっていたが、言ってしまった。電動車椅子に乗ってる人に「お元気ですか」もないのだが。彼はもうひとつ病気も抱えている。
「ここらへん・全然動かへんやろ」
お客のことを言っているのだ。ハイボールも根強い固定客がいるのだが、おれが行った時間はまだ9時過ぎで宵の口である。やっぱり、新御堂側のあのバイクの放置に顕著に見える、ここら辺の荒れ方には参る。おれをしてTODO O MUNDO を「廃墟の中のパラダイス」と言わしむる根拠だ。自転車を合わせると4・50台にもなろうか。
もう一つ北側の露地を見に行ってみたが、3軒ほどしか開いていない。もちろんお初天神商店街からはぱっと見、そこまで詳しくはわからない。しかし、露地の中の灯りの数は極端に減り、入るの一般人なら躊躇うだろう・と思う。たよしの横ね。
わんわんランドの筋はもとからあんなぐらいの暗さで、寿司恵の横の壊れかけだった塀も補強はされた。おれたちや、何度か来た方には、熟女倶楽部やカップル喫茶は日常的な風景で、まあそんなものは全然悪くないのだけども、却っていいぐらいのことだけども、ニュー・ミュンヘンとたよしを含むそのブロック内で営業している店の数はもう1/3ほどになっている。
廃墟の中のパラダイス・と開き直るしかなかろうて。
その寿命の決定はもうおれの手の中にないが、だから、皆様方には非常に不誠実に映ると思うのだが、できるだけ営業を続けるよう努力します・ぐらいしか言うことが出来ない。
ただ、店に一歩入れば、そこはほら、やっぱりいつものトドムンドなのであって、そこがまた「泣ける」部分なのね。なぁんにも変わっていないのに・というのにさ。
店の寿命もヒトの寿命も周囲を不確定・流動的要素に取り囲まれ、何かが動くときは、そっち方向に「流れ」ができてしまいあっと言う間に結果が出てしまうことが多い。流れを決定づけるのは最後は気持ちの萎え・だろうと思う。
入れたから、と言って何の保証もないが、店のヤツにも「喝」を入れた。真摯に最後までやんなきゃな・と言う意味で。
トドムンドのユルさっていうのは「買い」なんだけどなあ。おれたちあんまり声でかくないけどねえ。
今週も木曜とりあえず行きます。失禁予告です。今月はワインが質・量とも充実してるから、一緒に飲みましょうよ。
デッドエンドストリート延命委員会会長より。










