2026年05月11日

3タイプ

Three types of people


1.

Those 

who helps you

in difficult times


2.

Those 

who left you

in difficult times

3.

Those 

who put you

in difficult times
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2026年05月10日

非常時(もう近い)の振る舞いとは

「戦時政府とその政策に対する民衆の抵抗」

戦時中のある日、静岡県に住む53歳の未亡人が東条英機首相宛てに手紙を書いた。「どうか一刻も早く戦争を終わらせてください」。彼女は息子を戦争で亡くし、娘は勤労動員に出されていた。そして半年後、警察に逮捕された。

私はこの事例を、戦時下日本の「抵抗」について考える出発点にしたい。当時の日本は隣組や町内会による監視網が張り巡らされ、思想警察が街を歩き、報道は全て検閲されていた。しかし一般市民が無抵抗に従っていたわけでは全くなかった。日記や書簡を丹念に読むと、人々が政府の政策に日常的に「食い込む」小さな抵抗の跡が無数に見つかる。

最も一般的な抵抗は「計算されたルール違反」だった。1943年のある日曜日、推定1万6000人の東京市民が近郊の農村に買い出しに出かけた。闇市場での購入は禁止されていたが、食料配給だけでは足りなかった。農家もまた、政府への納入を義務づけられながら、裏では直接販売を続けた。つまり「非常時」の規範を守りながら、同時にそれを破るという二重の生活が、ごく普通に行われていたのだ。

面白いのは、こうした抵抗が必ずしも反政府的なイデオロギーから生じたわけではない点だ。ある母親は出征する若者たちを見て「生きている葬式がまた通る」と日記に書いた。別の大学教授は「ドイツは負ける」と公言し、一年の禁固刑を受けた。彼らは戦争そのものに反対したのではなく、「自分の息子が取られる」「配給が減らされる」という具体的な痛みに対して声を上げた。

さらに深いレベルでは、人々は「戦死」という国家の美談を拒否する抵抗を示した。ある女性は、戦死した息子を祀る靖国神社に行くように勧められて「あんな馬鹿な場所に行くものか」と怒鳴った。別の母親は、戦死報告を受けた後に「貴様ら軍人め、これで満足か」と焼け跡で軍関係者に詰め寄った。死を美化する国家の物語を、彼女たちは肉親の生の喪失で突き返したのである。

しかし見落とせないのは、これらの抵抗のほとんどが「個人的な感情」の域を出なかったという事実だ。集団的なストライキや反戦デモは、極右によるクーデター未遂事件を除けばほとんど記録されていない。1943年の労働争議は417件、1944年は296件。数字だけ見れば少ないが、これは秘密警察の摘発を恐れた結果でもある。つまり抵抗はあっても、それが政治的な「運動」として可視化されにくい構造があった。

私はここに、戦時下の支配と服従を単純化して捉えることの危険性を感じる。「日本国民は軍部に騙されていた」という戦後の定説も、「従順な臣民だった」という旧日本軍像も、どちらも現実の複雑さを削り落としている。

焼け跡で怒りを叫んだ母親も、闇市場で米を買った主婦も、彼らは「抵抗者」でも「協力者」でもなく、生き延びるために両者の境界をまたぐ人々だった。国家が「一億一心」を掲げれば掲げるほど、その隙間から漏れ出る個人的な不満や諦めは消えなかった。

そして今もなお、私たちは非常時に「正しい振る舞い」とは何かという問いを引きずっている。戦時下の日本人がそうだったように、私たちもまた、システムへの順応と内面の抵抗の間で揺れ動く存在にすぎないのかもしれない。

Samuel Hideo Yamashita(ポモナ大学歴史学教授)
学術書『Daily Life in Wartime Japan, 1940-1945』(『戦時下日本の日常生活、1940-1945』)
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2026年04月21日

はっ、とさせられる




データ少佐@Star Trek、最近で言うならマーダー・ボットの「弊機」、AI全盛前夜の今(もう前夜ちゃう・って話も聞くが)、論理で論理以外のものを吸収しつつあるな。

「論理で論理以外のものを吸収する」。

北京で行われた「ボット・マラソン」、こっち見て「手振っとったヤツ」おったね。

digitalの細分化はanalogにどこまで近づけるか?もうそんなこと言ってる場合でもないのだろう。かなりとこまで近づいてる。「気の狂った人間」の真似が最も難しいだろうけど、それも予想できないという点においては「本物」とそう変わらない振る舞いもできるだろう。

去年からだと思うんだが、突然みんなAIに依存し始めた・ね。専門学校の子たちもさほど難しくもないSPIの問題さえもAIに読ませてたりした。おれもよくわからない物理の問題を読ませてみたりしたが、解説が自信たっぷりの口調・の割にしょぼかったり、まあヒントに気づく・ぐらいには役立つが、よく間違ったり、間違ったくせに言い訳しやがったり、そのくせ上から目線だったり、と「なんやねん・お前」だったりする。ソフトによって得手不得手はあるなあ・という印象。

まあしかし、実は「シンギュラリティ」はすでに始まっているのかもしれない。ただ、これもしそうなら人はどんどんアホ化するね。

大学のレポートでも、AIに依存して書いたものを発表の際に漢字を学生が読めなかったり・そんな笑えない事態も発生してる。

藤井聡太くんがAIとの対局で腕を磨いたり、そういう理屈・論理の世界はよくわかる。だが上記・AIの情緒である・問題は。この点においても、フツーのアホぐらいのことは書けるようになってしまってるね。

なんだか世に現れる文章というか楽曲でもいいんだが「ひどく平準化」していくような・そんな気になっている。AIが活躍するってことは客観化が進むということでもある。ただ「客観化」は人間たちにおいてもこの数十年のトレンドではあった。お笑いの世界なんかにそれは感じてた。あと、人々の会話においても。アホが客観的な流儀だけを身につけて鬱陶しいことこの上ない・そんな場面に遭遇したこともあった。

う〜ん、難しいが、やはり、行き着く先は「荒野」・のっぺりした荒野が一面に広がる世界なのかな・とこれまた勘で言うんだけど、マーケティングにおける「差異の極小化」そんなことになるんじゃないかな・という気がしてます。わからない。

わからないんだが、おれの能力が足りてないこともあると思うんだが、嫌な感じがやっぱりする。そうは言っても、日々能力は落ちてくる。それを補うためのAIってのはあり・という気もしている。最近、固有名詞、出てこないね〜。ちょっと前の「外付けhard disk」・こんな使い方はAIにはちょっと申し訳ない気にもなってくる。

上手い付き合い方を考えないとな。ただ、油断すると「とんでもなくアホ化が進む」んじゃないか。そんな懸念。これ「オールド・スクール」なんだろうか?なんだろうね。


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2025年12月09日

恐ろしい



おれも2018の高槻地震では北区はなぜか震度6弱だったから、揺れの恐ろしさは記憶している。今後1週間にM8以上がくると警告されている。いや無理よ・原発。避難しても寒いし。救いはないんだろうか。
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2025年10月07日

生け贄、と


《日本は歴史を作ったばかりだが、誰もが額装したい類のものではない。日本はついにガラスの天井を打ち破ったが、それは棺桶の蓋に過ぎなかった。》

日本初の女性首相・高市早苗の登場を「進歩」と見るのは早計だと。
彼女は安倍晋三の遺産を引き継ぎ、総務相時代には「放送免許の取り消し」をちらつかせてメディアを黙らせ、NHKを“アベテレビ”化した。
記事は彼女を「青いスーツのブレンダン・カー」と呼び、安倍政権以来の報道統制と排外主義を鋭く抉っている。

そして、読者のこのコメントがさらに象徴的だ。
「日本はアメリカと同じ道を辿っていますが、すべてがゆっくり進んでいるだけ。オールドボーイズクラブが彼女を選んだのは、リズ・トラスと同じ――大惨事がわかっている状況の“生贄”として。
フェミニズムの幻影で鍵を鳴らし、衰退を覆い隠すだけです。」
女性首相の誕生を祝うよりも、彼女を選んだ社会の構造を直視すべき時かもしれない。


鋭い記事


Jake Adelstein/中本哲史さん

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2025年09月12日

the moment

悲劇ではあるが、でも「こんなこと」は言っちゃいかんよな:


「黒人は奴隷のままで服従させるべきだった」

「ゲイは石投げして殺して良いと神の書でも言っている」

「パレスチナ人など存在しない」

「自分の娘がレイプされても産んでもらう」。







Must be a better world w/o him.

hard to feel sorry for him,honestly


「銃による死は残念ながら毎年一定数あるが、それでも憲法上の第二修正(銃を持つ権利)を守うためにはそのコストを受け入れる価値がある」

チャーリーカーク

カークくん、死を受け入れなしゃーないなあ。

支持者も、また。
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2025年07月28日

不倫推奨ってな、おい〜

ぺにへ〜党の内情をつばさの根本が、元党員に訊く。
悍ましい内容。おれが中崎町で見た「日本奪還」チームもあの後、、、、、と思えばえづくんだけど。




このおっさん、元クソイシンからオレペニ党という「燦然と輝く」経歴(今は離党してる)。まあものいいはミソジニー全開だけれど、語る対象のマナーと合致してるんだと思う。🐒ちゃんたち、早く気がついてね〜。

こういう活動しかアホと🐒の暴走を止められんな、今は。



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2025年07月25日

経済を知ろう

大変わかりやすい。


ヒマな時、流し聞きしてみたらいいのに。

財務省のウソも完璧に証明されてる。これすべて中高生レヴェルの常識でわかるよ。
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2025年07月20日

as of today 2

高田渡: 自衛隊に入ろう。


男の中の男はみんな自衛隊に入って花と散る。


🐒たちは🐒のあたまでは自分たちが熱狂してることが何を引き起こすのかに対する想像力は、ない。

反日、徴兵制、核武装、非国民。今回の選挙において、これらのワードが一部の候補者によって堂々と「公」の場で叫ばれたことを覚えておきましょう。

2025の夏のこと。



「🐒と🐒マニュピレイター」戦前・好きねえ。



よう知らんくせにな。



しかし、「宗教右派」っておっそろしいな。戦前回帰カルト宗教。今回の感想だけど。


今回の選挙で「たとえ負けたとしても・こちらの国の人々を救う政治勢力はれいわしかない」ことの確認はできる。太郎の政策しかこちらの国を救えないことも確認できる。結果は結果よ。結果からまた「学ぶ」のよ。

それには「保守・愛国の再定義」が急がれる。Fake保守の締め出しと共にね。
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2025年06月29日

Listen carefully

ヤニス・ヴァルファキスはこう言っている。


https://youtu.be/rGDMoykcL1M?si=8GLXi95ZoqlsUnA3
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2025年06月22日

残念な東京

いや〜東京は厳しい。都議選・1議席も取れないみたいである。参政は3~4だと。

悔しいね。参院選にもやや暗雲漂ってくる。

衆院の勝利(とまではいかないが)でやや浮き足立っていたかもしれない。

神谷のデマにもやられた。選挙ビギナーズと旧安倍信者の塊(クソウヨ)が大挙民族大移動したみたいだな、やっぱり。クソウヨ・ライトクソウヨどんどん湧いてきている。

今日のうるま市の「おしゃべり会」でも若いのが2人も「れいわと参政で迷っている」「なぜれいわは外国人参政権に賛成?」と非常に薄っぺらな質問をしていた。

年季入ったクソウヨは「故意犯」だが、若いライトクソウヨは政治観察歴浅いから、ネットのfake info. にころっと騙されてる。新しい「選挙ビジネス・スタイル」を確立した参政。アホをアホのままで一票いただく。そのアホの中には「ふわふわしたれいわ支持者」もいたと思う。

こちらの国の情報伝播力はネット以前から「ど〜でもいい情報」は速かった。そこに今は「fake」が乗っかっている。

東京は代表も最下位当選だったからね。

ま・一喜一憂せずに。都議選は前回も議席0だった。そこからの「巻き返し」で現在がある。東京は俯瞰するなら街全体が下駄を履き、新自由主義のメッカであったわけで、地方を踏み台にしてその生活を成り立たせているわけで、れいわの主張が「実は」一番伝わりにくい都市だった。

要は東京とそれ以外にはかなりの『温度差』がある。そういうことだ。

参院選はまた「別」。東京は「1 local」。議席は「3~7」だろう。だがれいわは「地方で」は強いからね。風とかは元々吹いてない。地道にやるしかない。


神谷に「土下座」させないといけない。
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2025年06月09日

ヤニスの言葉

・消費税+緊縮財政は上の階級が下の階級から収奪する仕組み。

・通貨発行権を有する国なのに対GDP比債務残高で危機を煽るのは意味がない。緊縮と収奪のために国民を騙している。右のポケットから左のポケットにお金を移すようなもの。

・ドイツの財務状態をまるでお手本のように言うのはおかしい。ドイツは自国通貨を発行できず、全てが外部からの負債となる。日本の参考にはならないし、実際には日本の方が財務状態がいい。

・イギリスはサッチャーの緊縮財政のおかげで自動車や鉄鋼などの産業を潰され尽くした。もはやサービス業しか残っていない。
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2025年01月16日

いいかも

ズラちゃんにこういう刑はどうだろう!

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2023年07月09日

ないんちゃうか

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これで、汚染水の海洋放出を「IAEAも認めた」はないんちゃうか。

Under control,から始まって、「嘘を垂れても良心痛まない」新型のバカ増えました。大量発生してんのは@大阪だけど。
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2023年07月08日

罪と罰

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こちらの方面の犯罪に関して、おれもそれで「過不足ない」とおもう。


強姦→チョン。少女(というか性別問わず)強姦→首チョン。
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2023年01月17日

同感・そして

今の政府が続けば確実に5年以内、恐らく実際は3年以内には徴兵制になってるよ。国民がそういう政府を望んだんだから。そのときになったら何を言ってももう遅い。国会なんか通さず閣議決定て憲法変える国にとって何でもできるんだよ。国家権力を甘く見過ぎだ。


どうして「そこまで」弛緩できるのか・おれはよくわからない。「正常性バイアス・シンドローム」としか言いようがない。精神版の感染症といってもいいのでは?

噂によれば(TV捨てたから)TV朝日モーニングショーにおでんメガネがでてるという。中立な(一見リベラルな)立ち位置を装いながら権力を「補強する装置」。ひろゆきなんかもそう。あとの「ポッと出」の成金たちもほとんどそう。ワカシンとかいうガキも。

こいつら、総じて老人が邪魔みたいなのだけど、これもまた政府の意向を受けたか忖度したか知らんが、D通経由で指示が出てる・と見る。集団自決とか安楽死・とか、ちょっと前には「油断してたらそんなことになるで〜」・とか危惧してたことを今じゃ「普通の言説」に格上げしやがった。セメント屋がまたチョーシに乗ってそんな暴論を得意げな顔しつつ吐いてるが、あんさお前ももうover80のくせに。ボケておのれの年忘れたんかい。権力者のおれはいいんだよ、ビンボー人のお前らのことを言ってんの・かなんかほざきそうだが、おでんメガネがセメント屋を頼りにしてるとこを見ると、「つるんでいる」間違いなく。「老人粛清キャンペーン」始まってるね。

彼らに共通してること・その根底には「やっぱり」税が財源・というコンセンサスがある。

税も財源といってもまあいい・ぐらいが正しい。しかしあとの「精算」においての話。だが税収は「予算が決められた後に徴収されるんだけどね」。毎年「常に」通貨発行されてるんだけどね。精算ってそういう意味よ。「primary balance」などという奇妙な言葉・使ってんのこちらの国だけなんですけどね。その言葉を最初に使ったおっさん・て竹中平蔵さんなんだけどね。概念自体・オーソライズされたものでさえないんだけどね。

まあ日本書紀システムに従って「嘘も100回言えばホント」というかそれ「うんこソングのヘヴィ・ローテーション」と同じメカニズムです。

おでんメガネとかマクロ経済の専門家でも何でもないでしょ。突然もてはやされて「怪しい」とか思わんのかね?地上波もあかんけどABEMAも目くそ鼻くそ。メディアはどこも多かれ少なかれ腐臭を放ってる・でいいよ。リテラシーってほんと難しいんだが大切ですね。て言うか、ほとんどの人・リテラシーを「持ち合わせてない」ってことね。おっそろしい世界に生きてるよ・おれたち。




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2015年06月09日

平尾くんとその著書

平尾剛くんという元ラグビー日本代表、今は某女子大の講師であるが、
TODO O MUNDOの長年のお客である。もう10年ほどになるかな。

ということは、10年ほどいろんな話をしてきた仲だった。彼と話すときはだいたい「高揚感に溢れる」話になることが多く、お互い熱くなること多し、なのだが、その対象はお互いではなく、双方にとっての「第三者」それは人のこともあるが「事柄」であることがほとんどで、そのことについてそれぞれの立場からああでもないこうでもないとまあバカ店主のほとんど世の中に受け入れられない極論にも耳を傾けてくれる。

その平尾くんが初の著書を出した。今、初と言ったけれど、本人名義の本というのは実は二冊目で、ただ、それは対談集だし(内田樹さんとの)、そんなもん「著書」と言えるのかといった斜視する習慣があり、そんなことから、「初」の著書は今回だな、と思っていた。

読むタイミングが世間とズレて、これよくあるのだけど、日本のそのモノの流れというのは編集者的と言えば編集者に怒られるかもしらんが、今そのタイミングでこれを言うとかんと、というような乗っかり被せる、今よ今、そんなこと多しで、おれの場合、ちょっとオアズケ食らいまして、それもけっこう長いオアズケだったから、でもそれが逆によかったなと思えるのね。

書評、といえるようなものを単に「忘れた」から、それがよかった。予断がなくなってよかった、という意味ね。

文章でも、音楽でもそうだが「ひととなり」である、と思ってる。いや、もう思ってるではなく、ここは確信してる。それは小手先の通用する次元を超える。長い文章を書くと。音楽の場合なら、何曲も書くと。「ひととなり」度はその本人に「限りなく」近づいてくる。その近似値を否定できなくなる。だから、怖いわけである。逆に信用もできる。

まあ、小説ではないからおのれの「えぐいとこ」出す必要はないとは思うが。で、そこを言うとまず、「リアル平尾」がどこを読んでも出てる。しゃべってる時と同じく。そして「クロニクル的」だなとおもった。彼はオノレのスポーツ体験(その中には部活から日本代表・プロ選手まで含まれる)を言語化しようともがいてきた、と解釈している。それはよく考えるなら大変な作業で、それはチョーさんを思い出せばすぐにわかるが「ぐーっと、きたやつをガッと」みたいなことが多い。「ペニスの先っちょで」なんてことも、ね。天才はそれでいいんだろうけど。教えられる側にしてみたら「ありがとうございました」とはいってみたものの「????」みたいな。

だから、その作業というのは、平尾くんがやろうとしていることは多難である。ハナから指導が「上手い方」はいると思う。おそらく、その方はある程度物事を客観視できる立場にいたと思うのだ。つまり、現役時代にはあまり脚光を浴びなかった。その時すでに「指導者」としてのオノレの将来を意識的にか無意識的にか考えていたのだと思う。

平尾くんはどうもそれではなく、おそらくもっと無自覚にラグビーをやってきたのだと思う。スター選手の一人として。こう言うと「それ未満です」と本人は謙遜するかもしれないが。

おれは正直、彼の時代のラグビーは、サッカーばっかり見ててほとんど見ていない。だから誰か人に訊けばいいのだが、そんな面倒なことはしない。店で喋ったことがすべてでいいじゃんと思っている。そこから推し量られることで充分です。

で、そうしている内に、おそらく疑問が芽生えたのだと思う。そんな時にいろんな方との出会いが大きかったのだなということが本を読むとよくわかる。先ほどクロニクル的と言ったが、オノレの体験がモチーフになっているからそれはしかたのないとこ。ただ、その中で、真摯に、そして実に誠実に目の前のことに対峙する彼の姿は、悪くない。ひととなり、だ。

彼の、もうあんまり今は言わなくなったが「身体運用」という言葉。そこに対する洞察が深まったんだね、そして手応えを感じてるのね、とおれは解釈してる。昔はまだその言葉がお手玉してる印象だったけど。

おそらく、平尾くんは「TEXT」のない世界を手探りで進んでると思う。そこ、上等じゃん。おれもそういうのが大好きだから。でもそのご苦労もわかる。位相を同じくするSAMPLEってあるようでないからね。

おれ、感想って、その内容を「忘れないと」言えないのよ。著者のフレーズを共有して「おーおー」とかアホちゃうかと思ってるので。で、充分「忘れました」ので。でも清々しい一冊でした。ありがとうございました。でも本のタイトルはバッチシだったね。

また、飲みましょう。


平尾剛さんへ


マルタニカズ


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2013年07月22日

希望の萌芽、全体はカスだけど

全体図はサイテーだが、なんと言っても注目は東京選挙区だった。

太郎ちゃん、共産の新人、民主の現役、自民の現役で三位から五位の三議席を争うことになったが、結果は民主の現役の落選。この候補、楽天の社長はじめ、学者先生など文化人が大応援団を形成してた。今回のムードから自民の現役は負けるはずがないし、太郎ちゃん、共産新人、民主現役、その中から1人落ちる、そんな構図。

もう周知のように太郎ちゃんと共産の新人の当選。めでたい。

共産は都市で伸びた。東京、大阪、京都。NHKがいい分析をしていた。

しかし全体的には、右翼国家の誕生である。日本を取り戻す、ってのは、ヒットラーの、ドイツを取り戻す、と偶然一致している。首相は知ってか無意識か?どちらにしても、キモ!だが。

消費税のことがあり、支持率が下がってその後では憲法の話はやりづらかろう。だから、早い目に勝負に出るのではないか。

ただ、自民の憲法草案はかなりひどい。そして、解説くんがきっとうじゃうじゃ出てくる。そしてそれはいずれ周知のこととなる。アメリカも、おいおい待てよ、となるはず。それでも強行するだろうか?

フリーハンドを与えてしまう方がいいのかもしれない。フリーな状態ってのは、抵抗がない時、それを持て余すこと、多し、だ。そしてかならず、倦んでくる、と見る。

そんなとき、受け皿になるのは、市長が言うような更に右の集団ではもう戦争決定となる。そうじゃなくて、もっとリベラルな勢力。そうなれば、小選挙区制がまたいい仕事をする可能性があるでしょう。

太郎ちゃんや、共産党、そして沖縄の糸数さんのようなひとたちが纏まらんでもいいが、反国家主義で協力体制を取れればいいのだ。森ゆうこ議員は今回残念ながら落選したかもしれないが、これから三年の間に、名誉回復がなされた小沢一郎にもう一回、一仕事する機会があるのではないか。希望もコミで。

希望の萌芽。全体像はカスだけど。そんな印象をもった。関口宏は日本の良心かもしらんなあ。バカボンのパパも最近以外と悪くない。
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2007年12月08日

表面は単なる薄い膜

 土曜日は気は楽なのだが、まあ忙しい。月曜の10日に大混雑する銀行に行きたくないから今日のうちに行っておく。フラストレーションを極力溜めたくないのだ。

 パンクしたチャリンコを修理し、江坂の銀行を回るのだが、土曜の江坂も最低の街である。そして三井住友これまた最低である。三菱東京UFJとはえらい違いである。土日に出来る事がぐっと減る。平日にそれをやりたくないから今日行ってるのにそれができなきゃ意味ないぢゃん。手数料ばっかし取りやがって・・と街の社長は怒るのである。サーヴィス業のつもりがあるのなら、土日も働かんかい・と言いたいのだ。ヒトのフンドシで相撲取ってるお前らなんかなぁ、身なりの正しいサラ金やんけ・など思うわけである。

 年末になると銀行は混む。もうそれもおっとろしいぐらい混んでしまう。ただそれを一年経つと忘れてしまってるバカ社長が居る。そんなことなんかどーでもいいバカ社長は日々の雑事に追われ、「もう今日は絶対に銀行行かなアカン」とココロに決め、そしてチャリンコを飛ばして年末のある日、江坂へ行った瞬間に思い出すのだ。

 「あららー」と。
 まあいつも、どんなときでも空いている某信金から振り込めばいいんだけどさ。

 カンケーないけど、刑務所経験者で年末になると犯罪犯して留置される方いらっしゃるが、なんだか気持ちわからんでもない。賑やかな時期に行き場もカネもないとそんなことも考えるだろうな・と思う。

 その罪と言う「表面」に表れた事にしか他人は反応しないものだけど、そこまでに至るには誰にも知られない葛藤があったはずだ。もっと短絡的に犯罪も増えとるが、そんなものはどーでもよく、というか、その被害にはまずは自分の知人にはなってもらいたくはないと思うのだけど、短絡的ではなく、もっと思い詰めたあげくのそれら・というものがあるはずだから、そんなところはモノを書いてる人間がトレースしないといけないはずだなあ・と思うのだ。

 心の中には相反する事が渦巻いてはいても、それを「誠実に」表現することが「不誠実に」なる世界におれたちは生きている。ヒトの本当のココロの内なんて他人にはわかるすべもないが、自分にだってよくわかんないのである。時間が経って「あ・そーいうことだったのね」とオノレの欲しいものがやっと周回遅れでわかったりする。もちろん、その頃にはIT'S TOO LATE.であって、そんな後悔ばかりをするわけである。「ヒト」として生きるということはそんなぐらいのことなんだよなあ・とそれも最近ならわかる。

 見た目不誠実であっても、相手をいたわりながら、「誠実」に少しずつ説明する意外にないのである。相手がそのときそれがわかんなくともしょうがない。時間もかかったりするわけ・ね。

seven.jpg「と、言いながらも「表面的」なものに弱いのはなぜだ?」

そこやねん・問題はー。

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2007年04月18日

ナガサキ

 いやーな事件の連打で、久しぶりに「本格的」に気分が悪い。

 実家のある街での話だから余計に・である。実家があるくらいだから土地勘もある。その場所もよくわかる。駅前から歩道橋を渡ったところである。こないだ訪れた時はその裏手のバーで飲んだ。だからなんなのだ・って言われると、まあ・そのう、それだけの話なのだが、ただよく知ってる街で、前の市長も撃たれてるし、また今回も・ってことを見ると、実家のある街の「暴力団・右翼」のリアリティを少し感じてしまったのだ。容疑者というかもう犯人と言っていいと思うが10才年上のオトコである。ま・コワい方々は日本というか世界全体に一様に分布していらっしゃると思うのだが、市長が連続して2度撃たれるなんてのは長崎だけのハナシだ。

 どーも・個人的な怨念だけが理由とは思えない。そんなことでヒトを至近距離から撃つかー?

 前の市長は右翼から撃たれた。長崎はご存知のようにヒロシマとともに世界でただ二つの被爆都市である。自分の祖先は長崎のヒトたちではないから身内に被爆者がいるわけではないが、母の俳句のお弟子さんには何人かそういうヒトがおられる。そのヒトたちは医療費はすべて免除である。で・そういう長崎の市長が核に対して否定的なコメントを事ある毎にしてきたのは、もちろん被爆都市という大前提があったからである。

 前の市長の本島さんも被爆→戦争→悪→憲法擁護→天皇制→自主憲法→右翼・こんな流れの中から襲撃されたと記憶する。核の犠牲になった都市のことはもっとみなさん事実を知ってもっとみなさんその重たさを肌で感じて欲しい。おれもこの前初めて「原爆資料館」を訪れ、衝撃を受けました。その重さというのは言葉では語りづらく、今のようなバカ優先の社会では、余計に「別に」なんて反応じゃないと、自分の今の生活との「折り合い」がつけられん・とも思うのだけどね。

 沖縄の首長が自民党の推薦・公認を受けて通ったとしても、国に対して沖縄への「差別的な政治」に対してNon!!!を言うのと同様、ヒロシマ・長崎の首長もあくまでも「戦争」を・へ、連想させ・繋がることに対してはNon!!!なのである。だからそこは必ず、アメリカ追従の政府や政治家と「当たる」ことになる。たとえ、ちょこちょこ悪いことをしていたとしても、そこんとこだけは「確固たる信念」みたいなのがないと市民は彼を選ばないわけである。

 今回の襲撃が前回の襲撃と同じと決めつけるのは時期尚早ながら、「そんなことで
ほんまに人・撃つかー?」なんて考えれば、なにかしら「言論封殺」が匂う。加藤紘一氏の自宅放火の時もそうだけどこの国は少しずつ「言いたいことを言えない・美しい国」に近づいているような気がする。動機はどうあれ、そのショッキングさだけでも、結果的に「よしよし」なんてイヒヒイヒヒしているやつがいると思う。

 長崎という街は「地方都市の良さ」が充満したほんとにいい街なのに最近他の都市に先駆けて「ヤバい事件」が起こりすぎている。母校のラグビー部の活躍はじめ、スポーツではサッカー・バレー・野球と市民のプライドを満たすことが多いのにそれが残念だ。九州の・例えば小倉や博多の人々の気の荒さに対して長崎のひとはどちらかというとおとなしいヒトたちっていう印象がある。でも市長を連続して撃っちゃいかん。次の市長はたいへんビビるだろう。ほら、それだけでもだれかが喜んでるんじゃないの。

 
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2007年01月06日

なんでまた・の連鎖

 犯罪のエグさ・意外性を競ってどうするのだろう。

 もはや家族同士の殺し合いはこちらも感覚がマヒするほど頻発しているから、その「事の重大さ」に反して感情はこちらの精神を守るため動かさないようにしているが、その犯罪の状況が痛すぎるわけである。
 もっとも親和性のある家族内での殺し合いは、その前提となる親和性がなくなっている・というよりも、親和性があるがゆえにそれはあるとき見事なまでに憎悪に変わるということなのだろう。そのベースになる感情は「甘え」かと思う。見ず知らずの他人にはとてもじゃないが言えないような罵倒を家族のだれかに言ったことはないだろうか?
 よく相手をわかっているからこそ、「的確な罵倒」が有り得る。その的確な罵倒は的を得ているが故に相手も自分も深く傷つくことがある。愛と憎という感情は裏腹というか根っこは同じものでそれは「相互理解」に基づく。正確に言うと「相互理解してるつもり」ということなのだが、その・つもりで罵倒できることが「甘え」なのだろう・と思う。
 写真に写る妹を殺した兄という人物は、何一つとして外向きのアウラがない・という印象を受けた。妹にも散々的確な罵倒を受けていたと思うが、不思議なのはそこまでの犯罪をやり遂げる「変なガッツ」があるのが不思議である。幼女誘拐殺人のあの奈良の男にしてもそうなのだが、そのとき彼らは「ヒト」ではなくなっとるな・という気がする。そんなニンゲンが次々に現れ、それも犯罪が現れると予想できない場から次々に現れ、そしてニッポンはなんだか「変な危険のある社会」なっていっている。ニンゲンの全体性をそんな回復の仕方しなくてもいいと思うのだが、今のやつらを取り巻くゲームやらJのPOPやら、TVのバラエティやらクソドラマやら映画やらすべてがそんな・犯罪者ではないはずのニンゲンを犯罪者にすることに加担しているのに早くみなさん気づかないと、次はチミの番かも知らんぞー、とホラータッチな終わり方で〆たりしてみた。
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2007年01月03日

後輩達の・・

 まあ健闘虚しく母校は東海大仰星に敗れ、今年もベスト4の壁は高かったのだが、まあユニフォーム同様すがすがしく散りました・最後に2トライ返して意地を見せたとこは良かったんだけどね。試合中2人が東海大仰星の首へのタックルとレイトタックルで使いもんにならんようになり、交代を余儀なくされて、レフェリーから怒られた東海大仰星の選手の「すんませんすんません」にはイタリア及びラテンのサッカーの中で行われるエグいファールの後の「あーワタシなんてことしてしまったんだろう・そんなことする気は露ほどもなかったのに、何かの間違いにちがいありません・おお神様」とレフェリーに哀願するかのような雰囲気もあり苦笑するのだが、大阪人はラテン人であったりするわけよね・やっぱり。そんなこともあり、厚顔度において長崎のヒトって大阪人にはまだまだ足元にも及ばず、それが実はベスト4への条件だったりするのかもね・などと思うわけだった。
 しかし、前回の試合同様おかーちゃんらの「負けるなー」はそこにあり、団長のようなおっちゃんがいて、「・・・くんのただいまのタックルにはくしゅーー」などと煽るものだからおれも「いえー・ぱちぱちぱち」などとそれなりに参加するわけだった。

 野州高校のサッカーというのを去年見ていなくて見たいなと思っていたら今年は負けちゃったみたいね。管理に勝ち続けるのはやはりちょいとムヅカしかったか?

 神戸製鋼の選手の取材とかがあったからかな・ラグビーが面白い・最近。今回のように何かに感情移入できればいいのだが、まだそこは勉強不足。しかし、その気になればあっという間にそれはできる。まあ冬の楽しみがひとつ増えてよかったかな・という次第。

 しかし母校の後輩達、これから受験勉強大変だが、まあがんばってみようかな・とエールを送り、超レアなすがすがしい終わり方をしてみるのである。
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2006年03月02日

ふつーを見直す

 ま、至極当然のことながら、世の中自分の思い通りにはなかなかならない。

 先日の28日。月末のあの路と銀行の混み方。三時からtutorだったから一時半に出れば、銀行回って間に合うだろうと高を括ってたら、いや、そのう、江坂の三井住友、もう「とぐろ巻いてた」。正しいラインというのが一応あるでしょ。もちろんそこには収まらない人の数だし、外は寒いからね。なんか、うにゅ〜〜っと、苦し紛れにみんな並ぶもんだからどこが最後かもうわかんなくなってた。ヒトの大量発生にはもう、ものすごく弱いのであって、ものすごく限りなくテンションは下がってしまうのだった。

 しょうがなく帰りに一部だけ寄って帰ろうと思い東京三菱UFJチームは諦め、6時までには絶対帰らないといけなかったからもう大丈夫だろうとまたまた高を括り南森町の三井住友へと立ち寄ったが、そんな時間にも拘らず、30人ほどがじい〜っと待ってた。おえ〜だったが、一旦クルマおりた以上、ここは何としても初志貫徹とココロに決め、並んだ。すべてのヒトがすべて別の方向を見つめその視線は見事に絡み合わない情況を10分ほど耐え、なんとか無事に支払いパフォーマンスを終え、新御堂はダダ混みみたいだったから天六から淀川渡って車線変更満載の運転で帰ってきた。ちょうど6:00pmだった。滑り込みセーフ。しかし、このような「気がせく」時間というのはヒトを疲れさせるね。

 しかし、じい〜っと並んでるヒトビトの仮面を被ったようなあの無表情・まあその場では自分もそうなのでしょう・というのはなんかやっぱり「ラテン」なんかとはほど遠く(当たり前だが)、不気味きわまりない。なぜか?一人一人の頭の中で「空想・妄想が渦巻いてる」のを感じるからである。

 みんなは結果としてはフツーなのだが、ものすごくフツーが嫌でどちらかの方向へと志向している。これがどの分野においても意識の二極化をもたらすことになるのだが、その波は社会の隅々にまで浸透していて、自意識過剰な市役所の窓口の20代の職員なんて現象まである。ハヤイ話、うそでもいいからちょっとだけでも「いい思い」が他人に先んじてできればいいっつうか、そんな感じ。なんだかみんながアセって根拠と身のない(なかにはある場合もあるが、まれに)上昇志向と、そこからこぼれてひたすら拗ね続けることによる自己主張が下へ向かうその二極化のおかげで実は真ん中がぽっかり空いているというへんな社会になっている。そこはかつて「ふつー」と言われていた「場」なのだけど、アンチ・スペシャリストかつアンチ・大衆な気質を持つ身としては、そこがスいてて結構快適である。上昇・下降というような強烈な磁力がないし、極めて相対的であるから油断すると「ここは何処・わたしは誰・いま何時?」なんてことにもなりがちだが、2/28に銀行並んでる情況からだけはほど遠い。

 なんといってもいいと思うのは、そこには「イキッた感情」があまりないことだ。イキった感情はものすごくヒトを疲れさせる。むやみやたらに自分も疲れたり、ヒトを疲れさせんのって「犯罪」だろ。

 なんかのアンケートで日本の高校生がその「ヤル気」においてひじょーに低レヴェルって報じられていたが、今言ってることは若干かぶる部分もあるのだろうけど、スいた環境で競争から一旦降りたふりをしてみるのが今は「けっこういい」んじゃないかと思う。正しく負けておくことは次の時代の変化への対応力を培うのではないかな。なーんて思ったりもする、昨日今日明日だったりなわけだった。

「TODO O MUNDO お満開ワイン祭り」ラインナップご紹介;
その1.
<社長たまげた>
モナステリオ・デ・サンタ・アナ [2004] img1029580833.jpeg F5000/H2500
香りがすばらしく華やかで甘いジャムの様です。果実味たっぷり、程よい渋味と、深みが美味しい。バニラなどの樽香が混ざりあって時間と共に凝縮した果実味に変化していくしっかりしたワイン。だからじっくり楽しんでね。モナストレル種100%=南仏で言えばムールヴェードル。ま、権威主義ではまったくないのですが、某6人中5人のソムリエがブラインド・テストにおいて「ベスト・バイ」として選んだ、と言われてます。ま、あとは自分の舌で確認・ということで。
 
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2006年01月24日

なんとなく元気なくなること

 時代の寵児というからにはそういうものを受け入れる受け皿みたいなものがないといけなかった。たっぷりあったっちゅーことでした。「金がすべて」という受け皿があって彼は時代の寵児となりえたわけだった。

 でもね、単なるお金持ちが英雄だった時代ってこれまであったのだろうか? 英雄ってそんなものじゃなかろう、多分。

 反動で「汗水垂らして」系の考えの復活や旧い自民党のおっさんらの復活が一番困ったものだなあ。「汗水・・・」のニュアンスって肉体労働のニュアンスなとこがちょっと違うぜ、と言いたい。カラダは仕事のとき、それがなんであれ使うわけよ。コンピューター前のヒトも目とかに負担をかけながらやっとるわけよ。これってカラダ使ってるわけよ。
 「汗水垂らして」系のことを今更言い出すヒトビトは、ずるいことすんな、ってことを言いたいんだな。ただ、ちっちゃいズルいことってあっちこっちに存在してて、それはなんか得した感と結びついてて、それはインセンティヴとも言い換えることも出来る気がして、それはラッキーをなくせと言う言い方にも聞こえ、この感覚はきっとなくならんだろう、やっぱ。労働という感覚は今は30年前とは変わってしまったのだなあ・と詠嘆。

 新時代のイメージリーダーとして小泉くんにまつり上げられた分だけ余計に悪いことしちゃった、という感じがする。拘置所の底冷えは彼に自分の置かれた立場を認識させただろうか?

 それにしても吉川ひなのは生物学上オンナだったのだろうか、やっぱし。

 またまた、鬼のクビとったみたいに騒いでるメディアには傍観者の暴力を感じるけどね。

 新しいことをして成功することにミソつけたライヴドアとヒューザーの罪は重いが、これが階層の確定にプラスに働く材料にならないことを祈るばかりだ。

 
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2006年01月09日

mixi

 ミルクマンのご紹介でmixiに参加することになった。ウェブ内コミュニティとしてはなかなかいいんじゃないかと思い。早速「from曾根崎DeadEndStreet」というコミュニティを立ち上げました。ただいま部長ひとりだけ。部員募集してますからね。あと「スラップ・ハッピー」と「スター・トレック」のコミュニティもそして「ザ・レーベル・ラフレシア」のコミュニティも立ち上げようと思ってます。部員さらに募集してますからね。ハンドル・ネームはこのブログと同じです。親しい参加者か、このブロクのコメント欄でもよろしいですからお便りいただけたらすぐに手続きしますので。

 ひとつ思うのは自分の中の重要度と世間の重要度のズレがかなりあってそれは気になるコミュニティの参加数に顕著に現れる。例えば;
 ニール・ヤング(1425)ディヴィット・バーン(85)ラスト・ワルツ(100)フェリーニ(1709)リチャード・トムプソン(105)ロベルト・ベニーニ(30)中上さん(802)カルヴィーノ(361)from曾根崎DeadEndStreet(1)おれ。なんとなくわかるでしょう。

 まあ、マージナルな立場からの発言も等価ですから、ここはひとつ気楽に「ぼくらのコミュニティ」を盛り上げていきませんか。お便りお待ちしています。
 
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2005年11月11日

リベルテ・エギャリテ・フラテルニテ

 認識不足だったと思う。フランスの暴動の根っこには言わば「フランス版アパルトヘイト」があったんだ。表面に浮き上がってきているアラブ系フランス人はスターたちだったわけだ。マルタン・メソニエにせよ、ジダンにせよ、ね。

 すでに第二・第三世代になっているということは、移民の問題ではなく、これはフランス国内、ひいてはEU全体の「国内」問題として拡大化していくだろう。日本と連れてこられた朝鮮・韓国の人々の関係とそれは相似だ。移民を排斥せよ!!!とは右翼の常套プロパガンダだが、この場合すでに彼らはフランス国籍をもったりっぱなフランス人なのだから、そのプロパガンダ自体、ヒットラーのかつてやったことと根は同じだ。

 都市の郊外の街としての放ったらかし度というのはどこの国も同じみたいで、その暴動の発端になった変電所のあるクリシーという街は大阪・東京の郊外の教育崩壊地域とダブる。なぜ教育崩壊地域になるかと言えばやっぱりその地域への地方自治体のお金の落ちてなさ度が原因なわけで、とってつけたように例えばマイカルなんか作ったって街の美観から言っても、そんなもの、グロテスク極まりない訳だ。

 多分クリシーという街はもっと凄まじいのだろう、荒れ様が。そしてフランス(EU全体)の階級社会の現実が露呈してしまったというわけだ。最初、ルノーがシトロエンがプジョーが燃やされ、心がそういう意味で痛かったが、よくよく考えればボルボもメルセデスもアルファも被害に遭っているわけで、今やこれ、EU全体の問題だ、ほんとに。ドイツやベルギーでも同様のことが起こりつつある。

 やっぱり気になるのはその下層という階級を構成しているのはアラブ・アフリカ系フランス人はイスラームってこと。宗教的対立とEU内南北問題がクロスするのが恐いことである。

 ヒトは本来不平等な存在だけども、いろんな機会だけはとにかく外部のチカラが働いてもいいから平等に近づける努力をしないと。その本来的不平等は放っとけば拡大する一方だからさ。
 
 自由・「平等」・「博愛」が空しく響くようじゃアメリカのこと批判できないよ。
 

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2005年10月27日

中心の喪失、我が街豊津

 何をたかが居酒屋ぐらいでとお思いの方も多いことだろう。今日たばこ買いに行ったついでに覗いてみると、もう跡形もなく「長崎屋」は消えていた。工事が入ってた。あっけないものだ。40年以上の歴史もほんの数日でちゃら。現実的にはそーいうことなのね。
 
 豊津界隈も色んないい店が出来、そして消えていったが、おれが、それでもまだ余裕こいて豊津にいられたのも、長崎屋あってのことだった。どん、とど真ん中にその存在があればこそ、あんなに仲良かった「串久」や「立浪一番」が消えても心は動じなかった。だいたいさ、串カツやちゃんこなんて非日常の喰いものだしね。やっぱ、毎日のこととなると長崎屋だった。長崎屋のおかあさんはこの豊津界隈のヒトビトの「お母さん」でもあり「奥さん」だった。

 同じく塾業界の独り者や、パチンコの景品を連れの女子にくれてたおっちゃんや、ほぼ毎日来て本読みながら飲んで最後に長崎軒から必ずこってりしたそば類喰って帰ってた青年や、おかあさんに「帰ったぞ」的な振る舞いをするきっと独身の小太りでお相撲さんみたいな歩き方のモテない歴50年といった風情のおやじや、関大時代からずっと来ててここを離れ帰ってきたら必ずくる青年や、おれと同じマンションに家も妻も子供もありながら必ず来て熱燗飲んでる銀行マンや、おれみたいに長年ダイニングとしてお世話になってきたやつとか、人間観察も面白かった。以前は必ず、関大生のある寮のやつらが延々歴代バイトに入ってて、あるやつなんておれが「わけぎひとつ」と頼んだら「はい、ワキゲいっちょーぅ」なんてこともあった。本人は無自覚。しかし、おかあさんの作るそいつらの賄いがものごっついゴージャスで「おれもバイトしたいっ!!!」なんて思ったこともあったのだ。

 世の中というのは、卓越した個人に全然卓越していないヒトビトが寄っかかって成り立っていることをものすごく明確に表す良いサンプルが長崎屋だった。卓越した個人、それがおかあさんであることは間違いない。偉大なという形容詞は長崎屋のおかあさんのためにある。市井のほんとに名もない方だけどもこんなに素晴らしい仕事をなさってた方もめずらしい。

 その中心にぽっかり穴が開いてしまった。今豊津は絶望の街だ。小市民にはさほど影響はないが「心介」の死と長崎屋の消滅のダブル・パンチは豊津のヒトの心も荒ませる。なくなって強く実感することだがこれからどうしたらいいのだろうか、と。晩メシを喰う、ちょっと飲む、その場がいつもある。なんと幸せなことだったろう。おれは大体行けば三千円か四千円ぐらいだったから年200日行ったとしてそれが20年間だったとして3500×200×20で14,000,000円長崎屋で使った計算になる。おれの個人史の中でもこんなに行った・使った店はないし、これからもあり得ない。

 豊津のヒトビトはこの悲しみを抱いて生きていかなければいけない。これはなかなか癒されんよ。泣き言また書こうと思います。女々しいって? ほっといて!!!
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2005年10月20日

巨大化より始めて・・ 巨大化より始めて・・

 アメリカ本土また直撃するみたいなカテゴリー 5 のハリケーンはカトリーナ・リタの規模を凌ぐという。越前クラゲの大きさも異常だ。
 
 かつて高度成長期に「おおきいことはいいことだ!!!」などというTVCMがあった。なんかの家電のCMだった記憶があるが、いまや世界のレトリックがこうなっちゃった以上、デカイのってなんだかメーワクな感じ。
 
 よく考えてみるとデカイのが「美」なんてアイデアはアメリカ発のものだろうね。ハンバーガーもアメ車もデカイ。デカクっていいだろ、わっはっはーな時代は遥か彼方に去って行った、にもかかわらず、まだデカイモノ好きなアメリカに超巨大なハリケーンと、かつての・未来の大国中国から超巨大クラゲというこの現実。アイロニカルではあるが、クラゲは日本の今一番旨くなるサカナを台無しにしてることがムカつくけどね。このクラゲだけど、未必の故意的な中国の陰謀かも。

 でっかいのの物理的なメーワクにはみんな許容度低いと思うが、今でっかいことしようとしてるヒトビトは、そこいら周辺が「高度経済成長」っちゅうことがわかる。その規模というのは感覚マヒしてきそうだけどね、そのうち。してるかな、もう、ひょっとして。実感ってあるんだろうか、一度訊いてみたいものだけど。

 ただアメリカでいうなら、拡大志向の成れの果ての社会で取り残されたヒトビトは文字通りニュー・オーリンズでは
取り残され、ペットといっても犬たちだが、一緒に取り残され、ヒトは多数死に、犬は野犬化し、そして生き延びる。何を喰って? 考えたくない光景だ。

 日本でも猫がおばあさんの足の指喰っちゃったなんて報道(真偽は?)があったが、おれはぺろに喰われるんならいいけどね、別に。生きたままはヤだけど。チベットでは鳥葬である。山の上に死体を置き、鳥にきれいに食べていただく。うえー、と思うかな。ではアメリカはどうなるのかな?

 藤原新也氏の写真集で「ヒトは犬に喰われるほど自由だ」というサブタイトルのメメントモリ(死を想え)という作品を思い出しました。場はインドだったと思うが、そのある種の清々しさと、ニュー・オーリンズの事態の不愉快さのギャップを埋めるための知性をぼくらは持っているのかどうか。ITのシャッチョさんたちにないのだけは確か。お金を使ってもそれは無理だから。

 昨日の党首討論で前原くん、なかなかやってたと思った。あのふたり少し性格にてるかもね。戦略的ヴィジョンの話になると前原くんに分があった。しかし、小泉くんのあんなレヴェルの話しかできないとこって自民党に入れたヒトたちはどう内面でその感情を処理しているのか、よーわからん。あんなものは見ないのかな。だから知らんのかな。いや、ほんとによーわからんのだ、これが、日本人というものは。それかチョーオトナなのかな、小泉くんを許容する、精神のある部分だけ「巨大化」してしまったのかね。すごくずるいヒトに見えるんだけどね、おれ。偏狭なのかね? やっぱり?

 
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2005年10月18日

あー、また行きよった

 民衆のパワーを過小評価してないだろうか、小泉くん。対中・韓当局にはそれぞれ事情もあり、国際的立場もありある程度オトナの対応ができると思うんだが、鬱積した民衆のパワー、それも出口を求めて膨張し続けている場合よ、ってバカにできないと思うんだけどなあ。中・韓(特に中かな)当局が対処できない事態というのはあり得ないことだろうか。

 「皇帝」気分でいろんなことを進めて行くうちに、国内ではなく国外で、致命的なところで足元を救われるような気がします。あまりに国内の常識を全面的に押し出しすぎるのって、簡単なことだけど、グローバリズムと民族意識って相容れない所があって、今中国は再大国化の予感・そして貧富の差という矛盾した自信と不満のエネルギーが渦巻いてるわけでしょう。その10%が暴れたりしたとしても日本の総人口に匹敵するという簡単な計算をちょっとしてもらいたい。GDPではまだナメていられるかもしらんが、人口ってさ、これだれもいわんけど、かなり大きな要素ですよ。常識というのは固有の文化内のお約束であって、外国の民衆って理解を超えるとこってあるからね。靖国もう行ったらあかんと思いましたけど。
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2005年09月15日

夏が終わって

物理的にも、象徴的な意味でも「アツい季節」というのは本格的に終わってしまったわけで、ここからは自分と向き合うわけだね、ヒトは。今日なんて涼しいですね。大阪は涼しいよ。
 
 大変だ。いやほんと、大変よ。みんなが感じていた閉塞感をうまいこと使って、そのエネルギーのはけ口を提供した新自民党に「やられたー」って思ってるひとびとも、それに乗っかってカタルシスを持ったひとびと同様これからなかなかつらいことが待ってるというのが不公平な感じ。

 沈思黙考の季節に入って、まあ夏バテは今年もなんとかせずにすみました。サンマや戻りガツオも、松茸も待ってはいる。酒もメシも赤ワインも旨い季節にはなってきます。

 久しぶりに本日「楽堂」のパンを買いにいった。豊津の誇り・楽堂のパンだが、夏の暑い間はどーも喰えなかった。今朝喰ったら、やっぱり旨かったけどね。熱いスープも今日は飲めたなあ。久しぶりに今日はTODO O MUNDO出勤しよう。これを読んでる方々来てね、お待ちしてます。

iPhoto.app
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2005年09月13日

戦い終わって「責任」が

いやぁ〜、まいったまいった。「改革」って言葉、耳に心地よいもんなー。これでここから4年間は自民党はもう何でもできることになった。韓国の新聞がいみじくも「皇帝の誕生」と書いてた。見事なまでに「右向け右」がキマッター、ですね。
 
いや、しかし、確かに小泉くんのいう「改革」は進むでしょうね。意外に、もうこれがまた対立がないわけであるから
物事はスムーズに進むかもしれない。そして、しかしだ。庶民(含むおれ)の皆様はこれから大変だ。自分らをいじめることになるおっさんを「もうほんとに喜んで」支持しちゃったわけだしね。おれはといいますと、自民党には入れなかったけども、入れちゃった人はもうこれはしょうがないね。「真性マゾ」なんだからね。真性マゾのひとにマゾやめなさいとは言えないですしね。
 
しかし、おれの育った時代のせいかなあ。国の、自民党の宰相をヒーロー視するのって、なんかすごく抵抗があってですね、なじまないんだなあこれがまた。自民党は確かに変わりつつあるんだろうけど、いまだにおいしい思いをしてるおっさんらに対して「メッ!!!」て言えるのかな。まずそこから監視しましょうね。

小泉くん自身、嬉しい反面少しとまどいってないのかな? 敵がいないと燃えんおっさんでしょう彼って。もうどこにもおらんで、敵。しかし、郵便局のひとたちびびってるやろなあ。これからはまずものすごく歳出の無駄を押さえたという証拠を見せてもらわないことには、増税の話なんか中途ぱんつに持ち出しちゃ、やーよ。

拉致のことも「やりっぱなし」にしてるけど、バカ息子の孝太郎が拉致されたら・・ぐらいのちょっとした想像力働かせてくれなきゃ、やーよ。

アメリカのポチ2号(1号はブレア)の自覚を持って、そこからプライドを持って脱却することも考えなきゃ。内弁慶的に日本人相手にはかっこいいことばっかりいうがブッシュには「お手」なんてのも国民は見てるのよ、ちゃーんと。

「自民党をぶっつぶす」あるいは「民主党のあげ足をとる」時ぐらいのパワーをもって、年金改革もしっかりやってね。それにはまず自分らの「議員年金」やめにしなくちゃね。ベースはサラリーマンの厚生年金ではなく、おれたちビンボー人の国民年金のはずだよね。

憲法9条変えたいと思ってるよね。で、靖国には行くわけよね。ふつう、怒りますよ。韓国・中国は。ひょっとして何かい?次の敵は韓国・中国ってことにして、イッキに憲法改正まで持っていくつもり・・・?

まさか、そんなことはないとは思うけど、アナタ頭悪いのであるから、日露戦争から第二次世界大戦までの歴史をもういっかいちゃんと勉強したらどーかな。それはほんとにお薦めしときます。
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2005年09月07日

TV(マスメディア)

 きみらはきっとヒトの不幸が楽しいんだろうなあ。現場へ飛んだアナウンサーなんてごっついヤル気に溢れてんもん。スタジオの女子アナの神妙な喋り口もきっとマニュアルなんかがあるに違いない。その仕事が終わって合コンなんてやんないでね。
 これだけ不幸な事件・災害がどんどん続くと感覚麻痺してくるだろうなと思います。常に新しいゲインが高くサスティンの低い話題なんか大好きなはずだ。マスメディアは世の人々がとにかく肝心なことを考えるヒマを与えないように与えないように機能している。そんなにみんなTVばかり見てないと思うよ。肝心なことを考えたくないのは局の人々ではないのか。自分が公にばかでいられるようになんか自分がはしゃげるものを自分のために探す。マス媒体に乗っければ、やっぱりそれを見ているやつもたんといるわけでして、それでありがたがってくれれば、ものすんごい優越感だものなあ。
 台風の被害者の遺体が今発見されました、などと神妙にマニュアル通りに(だっていきなり感情移入も難しいもん)喋ってるのを見て、ちょっとなんかしらんがカチンときた。おせっかい。
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2005年09月05日

一週間切ってしまいましたが・・総選挙まで

 実家に帰っていたが、どこも選挙一色だし、日曜のフジ・NHK・テレビ朝日の三連チャン党首討論でも小泉くん、言葉で逃げ、最後はホンマに逃げて帰りよったね。
 それにもかかわらず、世論調査では自民・小泉内閣支持率が上昇し、安定多数が確実視されているという。
 日本人てそんなに「あほ」なのだろうか?何かが変わるのがそんなに怖いのだろうか?変わってしまったらもうもとに戻れないとでも思っているのだろうか?戻せばいいじゃん。怖いというなら、このまま自民党が大勝して、名前だけの改革という都合のいいスローガンの元で何もかもがアメリカ化するのを指をくわえて見ながら「あ〜あ」とか「しゃーないなー」とか言う方がおれには怖いんだけどねえ。
 小泉くんの任期あとたった一年なのよ。いま、ひょっとして、すでに政治は芸能化しているのでは?小泉くんの街頭演説では依然として黒山の人だかりだし、首相はなんかえらい芸能人化してしまっているのかい、ひょっとして。
 実家帰ってふと思ったが、あのボケ方誰かに似てると思ったら、親父に似てた。痛いとこ突かれて誤摩化すあの男らしくない態度や、謝りゃいいのに謝らないとこ、話を逸らして、逸らした先の話にアツくなってマイペースに戻し、そして結論はいつも同じっちゅうのは、責められてるときの「新しいふりをしていた親父が、そのズルいとこ突かれて、開き直るサマにそっくりである」ことがわかった。世の、実は変わって欲しくない団塊オヤジたちが陰の支持者かもしれないなあ。
 しかし、小泉くんの言うてることの真の内容というのは何段階にもねじれているからね。早い話、アメリカになろう、ということですよ。靖国にこだわってるから、なんかそんな風に見えないのも計算ずくであると見る。靖国に行くことで「国」を大切に、という風に見せて愛国的にふるまって、実はアメリカに「その国」を売る。シナリオはもちろん「アメリカ製」
 新種の売国奴かもしれませんね、小泉純一郎というヒトは。
 でも、まだあと少しあるよ。時間は。
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2005年08月29日

党首討論会というもの 党首討論会というもの

 一対一の党首討論を自民党が拒否する形で党首たちによる党首討論会ということなったのを見てましたけど、相変わらず、小泉くんの「強く空虚な言葉」が場の空気を支配し、ボケる演技としてならそれもおもしろいのかもしらんが、今後の国の行方がこんなおっさんとそれに同調するおっさん・おばはんに決められると思うと、この、国を挙げての「吉本新喜劇」はいただけんなあ、と思う。どんなオチが待ってるんだろう。
 普通これだけ不誠実な言葉が発せられるとアホでも気づきそうな気がするが、ねえ。これで支持率どうなるのか見てみたい気がしますねえ。これで上がったりして。喜劇というか悲劇というか笑劇(ファルス)だね、そうなると。
 ただ、気配としてワン・イシューの選挙っちゅうのはいかがなものか、という流れも少しずつ大きくはなってきてるみたいだ。明日、公示というわけだから、さてこれから各党首のお手並み拝見と言うフェイズである。「選挙民は女である」とはあのヒットラーの持論であるが、解釈すると、「選挙民は情緒的であるから、どんなに正しいことを論理的に訴えても、それは簡単なことをわかりやすく、フィーリングに訴えることにかなわない」という意味になる。女子は怒るべきだと思うけど。まさにこの手法を延々小泉くんは取り入れてるわけで、国会の答弁にも多用してるわけで、それでもこの支持率の落ちないところは、彼に、絶対的な自信を与えてるわけだから、今思いついたが、そのオチとしては、選挙権持ってるひとたち、「今までは可愛気があったから乗って上げてただけー」というわけで予想も何もかも覆して与党惨敗、みたいな、そんなことぐらいしか、カタルシスがないんじゃないかな。
 明日の朝刊にこのことは詳しく載ると思いますので、今夜のマスコミの態度にもよるが、マス・メディアの中立性も「?」ではありますが、ちょっと注目。ぼくは少し流れ変わる気がしてますけど。
 最後の虎の子の郵便貯金・日米のファンドにくれてやるこたぁないと思うんだけど。どうですか?
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2005年08月28日

 あと二週間か・・・

 そろそろ小泉くんの「一点集中こっちですよお、こっちこっち戦法」に翳りが出てきていやしないだろうか?日本人ってそこまでバカじゃない。と、言いたいところだが、単に「飽きてきた」だけかもしれない。なんかギャンブルみたいな感は否めないが、うまく9.11の段階でいろんな波長がびたっと合わないだろうか。この二週間で情勢はスウィングするだろうが、パチンコの大当たりのようなことが起こらないだろうか。タイミングだよね。小沢くん露出し始めたね。
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2005年08月21日

刺客?(三流時代劇はよせ) 刺客

 品がないことはきらいだ。身もフタもない手段はあなたの美意識を最終的には疑われますよ、小泉純一郎さん。あなたがやろうとしていることはポピュリズムの極地だ。品がない。品がない宰相を品のかけらもプライドもなくなってしまった、可愛そうな大衆の何十%がうさばらしとしての支持をしているだけかもしれないなあ、とは思わない?思わないよねえ。おれは思いますけど。
 亀井ちゃんなんて「今週のスケープゴート」ですね。亀井の悪口、何いってもいいのよ、今週は。という感じですね。亀井氏には政界から消えることに何の未練もこちらにはないけども、いじめっちゅーのがおれは好かんのよ。いじめを見たら、いじめられてる方をとりあえず助けちゃいたくなるわけよ。そんなパワーが及ぶエリアは限られるが。
 いや、勝ってもほんとにしょうがなく、意味もないんだけど亀井ちゃん勝つんじゃないかな。ホリエくんの候補になった瞬間からのあの東大生的なニュアンスは、ホリエの良さも消してしまう。やっぱ、政治って特別なものってことなの?なんかおもんないで。
 
 マニフェストの北川前三重県知事が今日いみじくも言ってたけどムードではなくほんとにマニフェストから議員を選ぼうよ。あとで、「お前そんなこと言うてなかったやんけー」などとツッコミができるのは、各マニフェストを熟読して投票することが前提だから、でもそんなキヴ&テイクの認識とかもなく、選挙権だけあるって人々がもしかしていっぱいいるのであるなら、そして小泉くん、そんなあほにきみのメッセージが届けば自分の勝ちだと思ってるのなら、まじめに考えんのがばかばかしいけどね。だから、フェアってなんなのよ、なのだよ。フェアを考えずして投票もへったくれもあるかよ。公明は別として。フェアな市民、幻想でもいいから、ここの感じがなくなれば、ファシズムやで、みなのもの。いーの、そんなんで。
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2005年08月19日

総選挙・チャンスになる可能性

<今回の衆議院選挙に関して>
 ひとこともの申しときたい。江頭2:50ではないが。
 小泉くんのペースで、しかもやりたい放題に事が運ばれていってると思います。「改革」という錦の御旗は水戸黄門の陰嚢じゃなかった、印籠でした、に匹敵している情況である。郵政に関してのみのyes/noを問う、と小泉くんは強調している。国民のみなさんも世論調査によれば、この小泉節を支持して、小泉氏・自民党支持率が跳ね上がっている。まだ20日間あるからこれから流れが変わることもあるとは思いますが、小泉氏のある意味目つぶし撹乱戦法がいささかフェアではない気がします。それは数年に一度の、500億円をかけて行う選挙の論点が、それにしては物足りないと思える、その郵政民営化の是非だけなのか、ということです。これってかなり異常なことではないかな、と思えるわけです。他の大事な事柄に関して、与野党全会一致をしていて、かつ郵政の問題に関してだけ、意見が分かれている。こんな情況のときだけが、今、小泉氏の前提が成り立つのではないかな。冷静に見ていけば、イラク派遣と韓国・中国の反日の問題。これは外交において自民党のアメリカ追随・国際協調軽視という政策からきています。民主党はこれに対して国際協調重視の政策をそのマニフェストで示しています。これが論点にならないこと、あえて小泉くんが言及していないこと、これがフェアであると言えるのでしょうか?
 問題は郵政だけを論点にし、著名人の刺客を送り込み、話題先行の選挙を行ったあと(その話題にとびつくマス・メディアの知能指数は50ぐらいではあるが)郵政以外の野党との相違点も自民党の政策が支持されたことにするのが小泉内閣の戦法であることです。マス・メディアが騒げば騒ぐほど小泉くんにんまり、という構図です。政治評論家も、今回の小泉くんの戦法の分析とかに関する言及が多く、なんだかマス・メディアと一緒にはしゃいでる気がしてしょうがない。

 せっかく前回のマニフェスト選挙という、それこそ日本の選挙も「フェア」に一歩近づいたのに、今回またこんなムード選挙になるのでは、日本の民主主義の底の薄さを全世界に露呈することになって恥ずかしいったらしょうがない。500億円(よ!!!)使うのなら、もっと身のある選挙になる方がいいと思いませんか?たとえば、争点を少し拡大して(あんまりたくさんになると日本人ばかですから、これまたムードに流れる懸念が)、さっき言った外交政策も選挙によって争うべきじゃないかな。そうすると効率も適度じゃない?効率を重んじすぎても結局わかんなくなってムードになるというのはわかるよね。

 そもそも郵政民営化法案というのも自民党案自体も中途ぱんつになっていて、民主党は法案反対という風にされてるけど移行案みたいなのを出してきてる。ぼくたちもそんなのちゃんと読まないといかんのだけど、ここは簡素化して○× 式でやってみるなら:
      自民・公明          国民新党(自民非公認含)   民主・共産・社民
 ______________________________________________________________________________________
郵政(賛成)    ○               ×                ×
外交(米追従)   ○               ○                ×
 と、こんなことになると思います。これで選べばよくないかい?だれでも分かる事だけど、外交の問題が郵政の問題よりレヴェル低いことないでしょ。あと年金の問題とかは上の2点をふまえた上で下にブレイクダウンしていけばより現実的な選挙になると思うんだけど、どうでしょう?理論上、懸案が多くなればなるほど選択肢は必要になってくるし、上の図にもほんとは郵政が○で外交が×という選択肢があってもいいわけだね。2つの法案なら2の2乗で4通り、3つなら2の3乗で8通りの選択肢が必要になる。あまり現実的ではないが理論上ね。だから、肝心なことは、イラクの法案にしても、ぼくらが手のでないところで決まっちゃったでしょう。これが間接民主制のもどかしいところで、年金も消費税も国会の中で決まっていく。ぼくらにはそのことに対して異議申し立てをする機会が今回の総選挙しかないわけですよ。アツい小泉くんがせっかく解散してくれたんだから、小泉くん、計算してると思うけどさ、自分の強い言葉で国民をノセていけると思ってるからさ、それで、話題作りをして自民党圧勝を目論んでるわけだからさ、もっと賢いぼくたちは、500億使う選挙なのであるから、政党が争点にしたくないポイントもぼくらからすると、その差を審判できるわけだから、審判しようよ。イラクの話なんて一番わかりやすいよ。
 あとひとつだけ。日本の政党が現実的になりすぎてて、おれは危惧してます。理念を全面に押し出す政党の地盤沈下がもう止まらないでしょ。二大政党というけど、どちらも現実追従な感が否めない。「理念」、理想と言い換えてもいいが、理想のない政党ばかりじゃ「ユメもチボー」もないぜ。いや、ほんと。理想の消滅と引き換えに小泉くんのワン・フレーズ・ポリティクスではね。これは見事に空席を埋めてるんだよ。
 今回の選挙。もうおれは必ず行っちゃう。
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2005年08月14日

HG

 レイザー・ラモン住谷はビルドアップされた「新型いでらっきょ」である。
 
 言葉を凌駕するもの、いいよね。大好き?フゥー。
 失礼いたしました。
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2005年08月12日

束の間の休息にふと思う、バカながら

 やっと一段落して夏期講習はお盆休みということになったが、今日明日とtutorが入ってる。世間は世界陸上と甲子園なのだろうか。「世間」と今なにも考えずに言ったが、そういう意味での世間って今あるのかな。マスコミによる、フェイクかな。マス・メディアは生来「あるカテゴリーの人々」を設定して作られている。しかし、ほんとにそんなカテゴリーってあるのか。カテゴリーさえも逆にメディアによって作られていくのではないか。あるいは、単に寄ってたかって「そういうことにしておこう」というだけのことじゃないのか。フジが言い、日テレが言い、TBSが言い、NHKが言い、女性セブンが言い・・・・・言ってるから「そういうことにしておこう」が「そういうことにしておくことにしよう」になり、「そういうことにしておいてもいいんじゃない」になり、「そういうことになっている」になる。受け手は自分がそのカテゴリーとは違うと思ってはいても、自分以外のどこかにそんなカテゴリーが「まあ、あるんじゃないかな」という無責任な設定をしてしまう。実はそれぞれが自分はそれに違和感を感じながらも、外部にはそういう精神的集まりを設定しているだけかもしれないのよ。
 
 マス・メディアって多様を口実に画一を唱えている。マスメディアはその体質上、局・または編集部と個人の結びつきを強化せざるを得ないわけで、これはふた昔ほど前によく言及され、危惧された「華氏451」的情況を自分はそうではないと思いつつも生きさせられているってことになるね。
 
 横のつながりというか、まず横の人と話をすること。家族でも、クラスメートでも、ネイバーでもいいから言葉を交わし、何か自分の情報を伝え合うことが、何か小さい風穴を開けることにつながらないかな。

 
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2005年08月09日

なんじゃそれ

 自民党造反議員たちは新党作るとか威勢のいいこと言ってたのに、実は、無所属で出馬し、ほとぼりが冷めたら、また自民党に戻してもらいたいみたいなのである。小泉くんが首班指名されるかもわからんし、されたところで任期はあと一年。一年の辛抱だ、ということらしいのである。ここでまたまた主権のある国民は「ふりだし」に戻ってしまったのである、気持ち的に。「そんなんやったら小泉くんの方がましやん、やっぱし」なんて。
 不毛、とはこんなことを言う。毛が生えんわけだね。延々パイパンなのよ。
 主権のある(はず)な国民としては、しっかり選挙で落ちていただくしかないですね。今回はやっぱり選挙行った方がいいね。護憲政党がんばってほしいね。比例代表入れるからね。

 二大政党制なんてかっこいいこと言ってるけど、マイナーな考え方(驚くことに永田町では憲法改正が主流になってる)を支持するのが「マイナー・ミュージシャン」としてのスジだ。マイナーな政党が伸びることが、今やマイノリティとなってしまっている、憲法を護るという(特に9条)ことにつながる(はず)。

 国会における価値観の多様性は、民主主義の限界である多数決とは相容れないか?そんなことはないと思うな。党議拘束なんてことをせずにひとつひとつに自分の意見を持って表明していった方がいいと思う。造反議員が小泉くんをヒットラー呼ばわりしていたが、しかしそのぅ、党議拘束なんていうのは、民主主義の欠点である「時間かかる」なんてことを少しでも解消する方法としては間違ってる。時間かけたらええやんか。それしか方法ないんだから。ちっちゃなヒットラーがそれよりはやや大きいヒットラーを批判してもしょうがないと思うが、いかが。古くさいのはその表現である。独裁なんてできるわけがない、今のこの現状で。おやじたちってのはほんとに身もココロもインどるなあ、とみんな思ってないかなあ。でもね、みんな(造反議員にしても自民党員にしてもだが)下野することって怖くてしかたないわけよ。ちょっとぐらい怖い目にも遭っていただかないと。いや、是非遭って。

 民主主義というと「いいこと」に聞こえるけど、「数の力」というとヒキョー者に聞こえませんか?これ、同じことだからね。間違えないようにね。やや、虚しさが残るんだけどね。
 
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2005年07月04日

旧いはデメリットか?

 旧いというだけでアカンもんになってしまうこと、ないでしょうか?「フッルー」は人を傷つける言葉でしょう?

 新しいとされることがほんまに新しいかという検証もなしにとりあえず一瞬の輝き目当てに人は飛びつきすぎちゃうの?
 今、積極的に旧いものの再評価をしておかないと、どんどん消滅していって手遅れになると思います。新しいものが定番になるかどうかは時間にまかせてもいいじゃない。しかし、旧いものは放っておけば、人の意識から遠ざかり欲しいときにはもうカゲもカタチもないってことありがちなので、とても注意がいると思うがなあ。

 時間の速度は昔と今じゃ違うのは事実ではあるが、メディアの大半は新しさが値打ちであるかのような論調が多すぎる。無理に新しいモードでっちあげなくてもいいんじゃない?もっと言えば生まれないのであれば「新しい」とされるものはなくてもいいんじゃない?今でもほんとに新しいものってほとんどなくてフリしてるものにコドモがだまされてるだけでしょう。
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2005年07月01日

疑問1.

 タケヤみそのCMで森光子の太もも辺りを数度ぽんぽんとやってる、あのお椀のお化けの行為はセクハラではないのか?ないのであればなぜか? 多数のみなさまのご意見をお待ちしています。
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2005年06月27日

バカ(含むおれ)たちのために

 酒が残って苦しい。今朝、もう明るくなってから、千鳥足で江坂から帰って来た。ちゃりんこだったら間違いなく四五回こけてえらいことになってた。昨夜のライヴは出演者の年齢といい、ゴザといい、警察が再三来たことといい、なんだか「時代」だった。しかしどんどんつまらなくなっていくなあ。人々の「小市民化」は進む。どんどん進んでアリぐらいまで小さくなりやがれ。踏みつぶしてやるー。と過激(でもないか)に一言。

 何かに憤るが相手が特定できずに内輪もめになるようなことが多い。もともと血の気は多いのだけど内輪もめはいかんなあ、と思う。ただし、みんなヒトにあまえんのもいい加減にしとかないとね。
 
 自分のことは自分でする。言ったことはなるべく実行する努力をする。ギヴ&テイクを限りなく等量へと近づける。自分ができることをよーく考える。コミュニティに貢献する。愛すべきひとたちのためにがんばる。ムヅカしいことか?これ。

 「夏至」である。太陽は限りなくアタマのてっぺんに近い。
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2005年06月15日

「あほ」なんだからぁ

「あほ」がいいね。見るからに「あほ」もいいし、かしこそうに見えて「あほ」だったっちゅうのもよしよしだし、かしこそうで、人もそう思ってるけど「やっぱあほ」というのも捨てがたい。
 だいたい「あほ」である。エブリバディ。どんなに賢さがウリのひとびとも所詮「あほ」である。日本なんて政治家のトップからそのへんのおっちゃんまでほぼ「あほ」である。おばちゃんたちは言うにおよばず。ねーちゃん、にーちゃんの「あほ」度はもう実は世界一じゃないかと思えるくらいである。小・中・高生のあほさは今後、「あほ」の金字塔を打ち立てる可能性が大な将来性溢れるレベルである。
 なんでこうなっちゃったかはよくはわからんが、日本という国はものすごく集約・効率化された情報資本主義の最先端の実験場であることを考えれば、この「あほ」化は遅かれ早かれ、世界へ蔓延するということになる。まいったな、こりゃ。
 近々のことで言えば、FジTVとLイヴドアのバトルも双方が見事に「あほ」だったし、もっと最近ならTの花とH田満さんにいたっては、どっちが「あほ」かを競ってるぐらいで、それを喜んでとりあげてるメディアもほらやっぱり「あほ」やん、典型的に。でも彼らはこう言うだろう。「ちがうちがう、視聴者が求めてるんだから、これをー」と。仮に「あほ」を認めたとしても、その「あほ」の根本責任は、TV見てるあほのおっちゃん・おばちゃん・にーちゃん・ねーちゃんへと転嫁する準備は完璧に整ってるわけで。
 自らのキャパの小ささと責任の大きさのギャップが「あほ」を露呈するってのはありふれたパターンで、だがしかし、世の中の流れはより大きな責任をより少ない人員でこなさせるというリストラ・モードなわけで、これはとりもなおさず、「あほ」頻度増えちゃうよ、みんな覚悟しといてね、というマニフェストでもあるわけで困ったね。
 他人のそして自分の「あほ」とどーつきあっていくか、ってポイントね。でもこれ、「あほ」ってとこから始めればポジティブな喜びに満ちあふれるかもね、そうじゃないとこを垣間みるたびに。そんな鷹揚にはなれんかな。
 しかしかくいうおれも元塾生の「ナオミ」ちゃんの結婚式のスピーチで「オナミちゃん、ほんとおめでとう」と言ったりしたこともあるだいぶ「あほ」でしたのよ。まあみなさん、仲良くしましょう。
 
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2005年06月10日

嗚呼 チェントロスティーレおよびプジョー309GTiそしてルノー・トゥインゴ

 自分が開店時に随分と関わり、そしてずっと髪の毛を切ってもらっていたお店が今月をもちまして閉店する。おそれおおくもその名をチェントロスティーレ(centrostile)という。イタリア車好きなら「おっ」または「なんやとー」ときっと反応する名なんですが。

 なんだか、経済ってさあ、と思う。労働の実感がある仕事がどんどん世の中で不利になっていくこの感じ。なんだかいや〜な気分がある。まあ、考え方および人間が古いといわれれば「はぁ、そーですか」と答えるしかないんだけどさ。

 人はよりリアリティを手放そうとしている気がしています。それが時代の要請なら、受け入れなきゃしょうがないわけですが、なんかすごーく「雑」に新しいものと古いものをいいものと悪いものにカテゴライズしてる気がするのが解せんところでもあります。古いものの値打ちはもちろんそれぞれなんだけど、新旧のものを等価として見るというフェアさに欠ける気がする。古い、にはネガティヴなバイアスかかってないかな、最初っから。

 曾根崎というかつての元禄文化の代表的な地名に惹かれて、8年前に店舗契約を即決してしまったような身としては、ただ新しいだけなんてことにはもはやピクリとも反応できないカラダになってしまっている。新旧のものを等価としてみることがかっこいいぜ。いや、ほんと。そこからしかもう何も生まれないでしょ。そんなことは新しいものが出なくなった'80sから実は始まっていたのだ。

 チェントロスティーレオーナーのA美ちゃんのプジョー309GTiも並びのBar NATURALLYオーナーのトゥインゴも新たオーナーのもとへ無事引き取られていきそうで胸を撫で下ろしたところです。面白いクルマは簡単なクルマの対極にあるわけだから、そりゃ誰でも運転できるのも「癪に障る」がだれも運転しないのはさらに悲劇なわけで、最悪の事態にならずにほんとよかった。どちらのクルマも自分が過去に乗ったことがあって、その面白さ・厄介さはわかりすぎるほどわかっているから、新たなオーナーのもとでまた別のストーリーを紡いでいただきたいものだ、と切に願っております。
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2005年06月09日

クールビズとかなんとか

 なんか政治家たちがそのクールビズとかなんとかでノージャケット・ノータイでテレビでしゃべっとるが、そーなると近所のおっさんと変わらんなあと思うが、どお?おじさんたち中途パンツなワイルド度である。小泉首相はほんとにサリーちゃんのパパの20年後という感じだし、細田官房長官にいたっては疲れた高校の現国かなんかの先生の休日に見える。ただでさえ緊張感ないのに、政府のスポークスマンがあんなんでいいのかな?と思ったりもする。予言するけど、省エネルックの二の舞だろう。

 なんだか無理はないのかな?日本の近代化の経緯を考えるに、背広・ネクタイではない、公人が人前にでる服が設定できにくいのはわかるが、それならいっそのことさらに緊張感をなくしてステテコに腹巻きに雪駄とかどうだろう。東南アジアの要人が民族衣裳またはそれに準じるようなアロハ=開襟シャツなんかを着ている場合違和感も何もないのになあ、と思う。それか伝統を重んじるなら浴衣がよかろう。うちわかなんかバタバタしながら。

 省エネルックの二の舞にならないためには、この梅雨から夏の間はつねに公人は浴衣・あるいはステテコという風になんか法律で決めちゃう。ただでさえクソ暑くて気が緩む時期だからもう緩みっぱなしにしてしまう。国会の言葉遣いも「てやんでえ、べらぼうめ」系が「なにぬかしとんじゃ、ボケ」系に変えてしまう。どんなに悪口・誹謗中傷があっても罪には問われない。党首討論で、アタマにきた場合、コップの水かけてもよし、たまに手出しても3回までは許す。うちわの柄が凶器になったりもして。

 だから政治家は二つの人格を用意しないといけない。「あのおっさん、ステテコになったらからきしあかんやん」とか「K首相は裾さばきの練習で杉良太郎のとこへ通ってるらしいで」とか「勘違いしたおばはん議員がキャミソール着て来て、国会審議一時中断」とか「どーもO党首のしゃべり口がカトちゃんに似て来た」とか「党首討論は笑った方が負け」とか「そこで突然O党首、ヅラとちょびヒゲの奇襲で逆転勝ち」とか「プロレスラー議員が思わず野党議員をツームストン・パイルドライバー!!!」とか「国会中継は東スポでも扱われたり」とか「首相、議長席から飛ぶ!!」とか「答弁は、元気ですか!!!で始まる」とか・・・・・

 ワイルドな日本の夏、ということで世界の人民から一目置かれ、その印象も変わること請け合い。
posted by 浪速のCAETANO at 19:22| Comment(0) | TrackBack(2) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする