ああそうか・サーブが今日から里子に出るんだ・と明け方気付き、少し乗ろうと思ってTODO O MUNDO側の駐車場まで行く。
車検上がってオトコ前になったサーブが、待ってた。もうほとんど・と言っても良いぐらい乗っていず、TODO O MUNDOの店グルマに成り下がっていたのだが、あの一連の出来事さえなければ、アルファと日替わりで乗っていたかった。まあこの時代に二台乗りは逆風過ぎるが。
さっそくエンジンをかけて上全開にする。午前5:00である。夏の早朝にはよくクルマ乗って箕面を走っていたのだった。最近そんなことは一切ない。でも悪くなかった。
しばらく乗ってなかったから、運転自体は大丈夫なのだが設備の操作をまるっきり忘れてる。窓開けのボタンの方向が逆で、「開かん開かん」と思いながらむっちゃ閉めていた。キーを抜くのも一旦バックに入れないと抜けないのを忘れてて、力づくでやっちゃうとこだった。
北港通りに出てUSJまで行ってしまう。なんのため? しかし、当然まだ開いていない。しかし、やっぱりルックス ハンサムなサーブ900Turboコンヴァーチブルは人目を惹く。金髪のおっちゃんが乗っているからではなかろう。両方だろうか。
ターボもイタ車のそれのような暴力的・ではないが充分に利く。これは自分で持ってると好きになるね。ただ、ヒトにもグレードをやや要求するきらいがあるね。オトナのクルマだからね。
シロート受けもはなはだ良かろうと思う。世の中シロートだらけ・が現実でもある。
乗っているうちに変な感じになってくる。屋根は開けているが、空気はクルマとともに動いている。その空気とはおれにとっては「過去の空気」であってこのサーブでの出来事があれやこれや甦ってくる。出会った日・買って乗って帰った日・西宮〜高野山〜新世界〜新地の一日がかりの移動・能勢の雪道・熊野・店からの帰りのトドムンドガールズたちの蛮行。同時にいろんな手触り・当時の呼吸・煙草の煙の消え方までが現れては消える。
死ぬ寸前にヒトは走馬灯のようにオノレの人生の場面がフラッシュ・バックするというけれども、多分これで乗る事もないだろうという予感がそれを引き寄せるのかもしれない。唯一の非ラテン車だった。珍しいことである。でもイブラヒモヴッチのように丈夫。しかしこれがまた今や中国車だった。時代は変容する。中国車と言ってしまうのにはかなり抵抗あるなあ。
旧スウェーデン車はガラパゴス化の産物である。オーストラリア化と言っても良い。有胎盤類と有袋類ぐらい他の国のクルマとは異なる。もちろんサーブは有袋類の方ね。硬い鉄と飛行機のテクノロジーを活用したというようなユニークさがあった。同じスウェーデン車でもVOLVOの質実剛健とも違ってそのフォルムには知性を感じた。それもちょっと変な知性。メルセデスのようななんでもおりこうさんというのではなく、理系だけがよくできる高校生・例えて言えばそんな偏った知性。その一般的じゃないとこがいいのね。基本的に一般的・は好きじゃない。おれみたいにラテン車10数台乗り継いでいるヤツには・というかいるヤツだからこそ、サーブの美点もわかるのかもしれない。イタ車フランス車って基本的に武闘派かナンパだから。官能ってのはあるのだけど。サーブは堅いけれど付き合ってみると、その狙ってないかっこよさに惹かれて行く・そんな感じだった。
時代が変わってみんながクルマの事に詳しくなくなってくると、余計にその偏りが今突出する。オープンで走るとほんとにカッコいいな。プロムナードカーだからブスは乗せれんけどね。それ・何もかも台無し。
10年乗ったクルマというのもおれには珍しく、やっぱりそれはとても丈夫だったから・ということがある。メカのイタイさんもあの放ったらかし方・イタ車なら少しは心配しただろう。オープンとはやはり「ハレ」のクルマで、それは今ちょっと自分にはキビシいな。気持ちだけ数年前に戻っても意味ないのだった。
いろんなものとの別れがこれから待っているが、その中の一つであって、これは別の存在になるためには避けて通れない事だった。と同時にやっぱり過去の自分の選択にも「悪くなかったな」と思えるのだった。単なるノスタルジアではないと信じたい。
粋な男・を捧げよう para SAAB900Turbo Convertible, OBRIGADO.
posted by 浪速のCAETANO at 19:29| 大阪 ☁|
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サーブ
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